アフリカにアルカイーダ分派を活発化させたフランスの軍事作戦

アフリカにアルカイーダ分派を活発化させたフランスの軍事作戦

2018年9月17日

 AQIMAl Qaeda in the Islamic Maghreb)は、アルジェリア内戦に根差して20071月に生まれた最も新しいアルカイーダ支部であるが、当初は勢力も弱く一般市民から見放された存在でしかなかった。母体が、アルジェリア内戦を無差別殺人など過激な手段で戦った過激派で、他のイスラミスト勢力からも孤立していたからである。ところが、マリ内紛とフランスの山猫作戦やバルハン作戦を契機に、分派を生み、それらが合従連衡を繰り返して、サハラ~サヘル地域最大の聖戦グループJNIMJama’at Nasr al-Islam wal MusliminGroup to Support Islam and Muslims)を20173月に誕生させてしまった。
 何故こんな事態を招いてしまったのだろうか。
 人気のなかったAQIMからJNIMに飛躍した最初のキッカケであるマリ北部に住む少数民族Tuaregの第4次反乱から見てみよう。2012年はじめに起こった第4次反乱は、1960年のマリ独立以来繰り返されてきた反乱に対し、マリ政府が虐殺や強奪の強権でのみ対処し、この地を度々襲った干ばつ被害で受け取った国際援助もマリ北部には回さないなど、対策を怠ってきたのが主な原因である。
 これに付け込んだのがAQIMリーダーAbdelmalik DourkdalADで、彼は、「政府に不満を持つ住民の支持を得て将来イスラミストの国を創る礎にしたい」と考え、かってのTuareg反乱のリーダーだったIyad ag Ghaliを担いでAQIMの分派Ansar Dine(=Helpers of Islamic Religion)を創り、反乱に加わらせた。Ansar Dineらイスラミストは反乱部隊に加担し、当初はともに戦っていたが、Tuaregの要求であるマリ北部の独立を超えてマリ全体を厳格なシャリア法で治めることを主張し、首都バマコを窺うまでになった。
 さらに、このマリ内紛の過程で、MrMalboroことMokhtar Belmokhtarは、ADから「民衆の支持を等閑視して性急に厳格なシャリア法を実施しようとしている」と批判されたのを契機にAQIM主流派と袂を分かち、201212月仮面旅団を創った。仮面旅団の精鋭部隊から成る血署旅団は、西側権益に対する攻撃を言明して山猫作戦後間もなくイナメナス人質襲撃事件を起こした。仮面旅団とMUJAOMovement pour l’Unicite et le Jihad en Afrique de l’Ouest:マリのTuaregMoorsなどの少数民族やモーリタニアの黒人らが、AQIM幹部の殆どがアルジェリア人なのを嫌って団結し、テロ活動を西アフリカにも広げるため、201110月頃に形成したAQIMの分派)は、山猫作戦の最中の20138月に合体してAl Mourabitoun(=The Sentinels)を形成し、マリの不安定な政治状況やカダフィ亡き後の空白を利用して活動を広げた。しかし、その一部は、2015年、幹部の仲間割れを契機にAl Mourabitounを離脱してIS in the Greater SaharaISGSを設立し、201710月ニジェールで米兵4人を待ち伏せ攻撃で殺害し、米の対アフリカ・テロ戦略の見直しを迫っている。JNIM は、Al Mourabitoun主流派、Ansar DineAQIMサハラ支部が、Iyad Ag Ghalyをリーダーとしてバルハン作戦最中の20173月に合体したもので、AQIM分派それぞれの地域の足場を結び付け、従前に増して活動を一体化・活発化させている。
 このようにフランスの軍事介入は、AQIMの飛躍に、もう一つの役割を演じているようであるが、何か問題はなかったのだろうか。
 山猫作戦は、上記のとおりバマコ陥落を前にしたマリ政府が旧宗主国フランスに軍事介入を要請したのを受けて2013年はじめに開始された。フランスは優越した軍事力と植民地支配で培った知見を活かし、素早くAnsar Dineらイスラミストをマリから追い出すのに成功し、その後のマリの平和維持任務をマリPKOMINUSMA=国連マリ多元統合安定化ミッション)に引き継いで、201481日から4000人を派兵してフランス最大の海外軍事作戦=バルハン作戦を開始し、サヘル全域に散らばったイスラミストを標的にした。
 ところが、イスラミストは、フランス軍がバルハン作戦に転じるやマリに戻って来てマリ北部の状況は元に戻り、2016年からはマリ南部の治安も悪化している。その主な理由は、①山猫作戦で仏軍はマリ政府軍よりも有能なTuareg反乱部隊の協力を得てイスラミストの掃討を優先し、反乱の終結を内政問題として不問に付したため、反乱は激化してしまった(20156月に国際社会の圧力で成立した和解合意は実施されていない)のと、②MINUSMAは、マリ北部にまで国家権力を及ぼすのを目的に展開されたが、MINUSMA参加国の多くは、イスラミストの攻撃を恐れて自国部隊をマリ北部に配備していないため、彼らがマリ北部で跳梁跋扈しているからである。MINUSMA2018年はじめ現在、隊員150人以上が殺害された)は、南スーダンPKOより危険で、旧ユーゴに展開したUNPROFORに次いで史上二番目に危険なPKOであり、マリの治安回復や一般市民の保護よりも、自らの安全確保に努力しているのが実態である。他方、バルハン作戦は、マリ周辺のサヘル地域におけるテロ防止を目的に現在も続けられているが、地域の独裁政権と組んだテロ掃討作戦でしかなく、反対勢力の抑圧に利用され、かつ、テロ掃討のための国境警備は昔からの密輸ルートを閉鎖し地域住民の経済活動を阻害するものでもあるため、住民の支持が得られず成果をあげていない。

政策オピニオン
多谷 千香子 法政大学名誉教授
著者プロフィール
1946年生まれ。東京大学教養学部卒業。東京地検検事、法務省刑事局付検事、外務省国連局付検事、総務庁参事官、最高検察庁検事、法政大学教授などを経て、現在、法政大学名誉教授。この間、1995年全欧安保協力機構マケドニア紛争拡大防止ミッション・メンバー、2001年~04年旧ユーゴ戦犯法廷判事を務めた。専門は国際刑事法。主な著書に『戦争犯罪と法』『アフガン・対テロ戦争の研究』。

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