非核化をめぐる朝鮮半島情勢と日韓関係の展望

非核化をめぐる朝鮮半島情勢と日韓関係の展望

2019年9月5日

1.非核化をめぐる北朝鮮の動向と韓国の対応

 まず、朝鮮半島情勢の現状についての分析とそれに関する提言を述べる。北朝鮮の非核化はどうしても実現する必要がある。北朝鮮の核保有が既成事実になると、日韓において核武装論がそれなりの影響力を持つことは容易に予想される。これは、北朝鮮の核の脅威への対応であると共に、核不拡散体制を維持するための米国の影響力の低下にも起因する。北東アジアにおける各国が核武装する「恐怖の均衡」によって辛うじて「平和」を保つことができる状況が望ましいとは考えない。
 しかも、北朝鮮自身も非核化をすると約束している。もちろん、その言葉にどれほど信頼を置けるのかという問題は残る。しかし、非核化するとは言っているわけだから、ひとまず、そうした言葉通りの実行に誘導するということが必要ではないか。そうした選択をしたからと言って逆戻りできないということではないはずである。その可能性にかけてみる方が賢明である。このように、北朝鮮の非核化意思を全面的に信じるわけではないが、ともかく、非核化のための交渉を続けるという選択をするべきだろう。もし、北朝鮮が約束を履行しないのであれば、従来どおり制裁を維持、さらには強化するとともに、北朝鮮が望むような見返りを供与しないという選択を継続すればいいだけではないか。
 ところで、現状は、漸進的、段階的な非核化の実行と、それに応じた段階的な見返りの提供を望む北朝鮮と、非核化の一括実行と制裁緩和など北朝鮮の要求に応えるのはそれが実行された後であるとする米国との間で、立場の乖離が大きい。そして、その間、米朝交渉の仲介の労をとってきた韓国の努力は現状では壁に突き当たっている。2019年2月のハノイ米朝首脳会談の決裂、そして、続く4月の米韓首脳会談の「失敗」はそれを如実に示す。ただし、交渉の完全な決裂を米朝双方とも望んではいないことも確かである。言い換えれば、少なくとも双方とも交渉決裂の責任を自らが負うということを回避している。
 韓国がその離間した双方の立場を仲介することは現状のままでは難しいかもしれない。ではどうすればいいのか。従来の韓国の「仲介の労」の問題はトランプ頼みであったことである。その結果、確かにトランプ政権は米朝交渉に前向きであったかもしれないが、米国の政界や外交専門家はおしなべて北朝鮮の非核化に懐疑的であった。まずは、トランプ頼みではなく、米国政界全体を相手にした説得作業にもっと真摯に取り組む必要がある。つまり、なぜ、北朝鮮の非核化のための米朝交渉を成功させる必要があるのかを、そして、それが失敗した場合の不利益はどの程度のものであるのか、そうした損益を計算して、米国の政界、外交専門家を説得して、北朝鮮の非核化のための韓国外交を支持してもらう必要がある。しかし、これは、従来韓国政府が真摯にはしてこなかった。
 次に、北朝鮮に対する説得である。確かに非核化を前提条件とする交渉には乗れないという北朝鮮の考えを理解できないことはない。しかし、北朝鮮にとっても非核化に伴って獲得できる利益は大きい。それを強調するのである。場合によっては、韓国がその利益を保証することによって、北朝鮮に無理をしてでも非核化の実行とそれに伴う利益の獲得を最優先するように説得するべきではないか。確かに、韓国には依然として北朝鮮に騙されるのではないか、そして、それにつけ込まれるのではないかという、保守派を中心とした根強い警戒論がある。それを説得することは容易ではない。しかし、それが失敗して2017年のような状況に戻ることは、保守派を含めて誰も望んではいないはずだ。
 最後に、なぜそうしないのかよくわからないのが、日本に対する姿勢である。一言で言えば、文在寅政権は、なぜ、日韓関係を堅固なものにして自らの対北朝鮮政策に対する日本の協力を獲得することで、米朝交渉の仲介という役割を成功裏に導くというシナリオを真摯に考えないのかということである。遡ってみると、金大中政権は、まさにそうしたアプローチを選択した。1998年金大中・小渕恵三日韓パートナーシップ宣言、米国第二次クリントン政権のペリープロセスによって、韓国の対北朝鮮和解協力政策に日米を積極的に関与させることで、2000年の南北首脳会談とそれに伴う朝鮮半島の緊張緩和を相当程度達成することができたのである。しかし、文在寅政権はそうした模範とするべき前例があるにもかかわらず、そうしてこなかった。
 確かに、日本が、拉致問題などをめぐる北朝鮮の過去の行動などに起因して、北朝鮮の非核化意思に対して懐疑的であることは確かである。そして、それを、米国を中心とした国際社会に訴え、前のめりになっている、韓国やトランプ政権に対する憂慮を表明したのも事実である。しかし、だからと言って北朝鮮が核開発を続け、核武装が既成事実になることを望んでいるわけでは決してない。北朝鮮の非核化は日本の安全保障にとっても利益になる。韓国政府は、日本を説得し協力を確保することを「諦める」のではなく、北朝鮮の非核化に対して、日韓の共通利益を確認し、そのために日韓の協力の必要性を強調するべきである。どうも、韓国には、一方で日本が協力してくれるはずはないというある種の「諦め」があると共に、他方で、米朝交渉さえうまく行けば日本はそれに従うしかないはずだというある種の「楽観論」があるようだ。その背景には、日本の役割に対するある種の「過小評価」と「過大評価」が混在しており、ありのままの日本の役割を評価しようとはしない姿勢が垣間見られる。

 

2. 外交問題としての日韓関係改善をどう進めるか

 韓国政府は、北朝鮮問題以外の問題、具体的には慰安婦合意や徴用工判決問題で日韓関係を韓国の方から悪化させていることは否めない。文在寅大統領は、それを日本政府が国内政治のために利用していると主張するが、問題の本質を正確には理解していないように思う。韓国政府はツートラックで別々の問題だと主張するが、慰安婦合意や徴用工判決に対して政府は何もできないということでは、やはり日本を味方につける、協力を獲得することは難しいだろう。現時点では、韓国がいくらツートラックだと強調したとしても、実際に徴用工判決の後続措置によって日本企業に具体的な損害が発生しかねない状況である。にもかかわらず、それを韓国政府が放置する状況である。したがって、日本から見ると、韓国の方が日本に何の配慮もなく一方的に関係を悪化させていると映っても仕方がないように思う。
 しかも、1965年の日韓請求権協定によって「完全かつ最終的な決着」と言っているにもかかわらず、韓国大法院が、植民地支配の違法性という論理を掲げ、さらに、協定がカヴァーする範囲を、交渉当事者の意図よりも非常に狭く限定的に解釈することで、「完全かつ最終的な決着」を実質的に覆そうとしている。現状変更を主導しているのは韓国の方にあるのであるから、それに対する韓国政府の何らかの説明責任が必要である。にもかかわらず、これは司法判断であり何もできないというのが韓国政府の現状の姿勢である。確かに、司法への介入はできないかもしれないが、訴訟当事者に会って説明し、当該日本企業の在韓資産の現金化などの法的手続きを、政府が何らかの措置を取るまで待ってもらうように説得するくらいはできるのではないか、そしてするべきではないか。にもかかわらず、それもしない、しかも、何ら明確な姿勢を示さないということになると、やはり無責任だという誹りを免れることはできないだろう。
 何よりも、被害当事者の被害、損害を補償して、侵害された人権を回復するということが重要であるとすれば、それと請求権協定という国家間の約束とをいかに両立させるのかを考えるべきだろう。そうすると、自ずから、【2+1】、つまり、韓国政府と日本の請求権資金による経済協力で利益を受けた韓国企業、当該日本企業が、自発的な協力を通して何らかの基金を創設して、被害者の補償に当てるという枠組みしかないだろう。そして、それは韓国政府主導で行うしか方法はない。にもかかわらず、それすらもしない、司法介入になるからできないというのでは、やはりこの問題を解決し、日韓関係を改善し、さらには、韓国が仲介の労をとって北朝鮮非核化をめぐる米朝交渉に関する日本の協力を獲得する意思がないと受け取られても仕方がない。
 ツートラックを名分として責任を回避するのではなく、北朝鮮の非核化に関する国際的協力を韓国が相当程度の犠牲を払ってでも確保していかなければならないのではないか。日本は、この問題を国内政治用に利用しているだけだと大変な誤解をしているようだが、これは、日本の国内問題ではなく、歴然とした日韓の外交問題である。韓国の司法の問題でもなければ、日本の国内政治の問題でもない。
 もちろん、北朝鮮の非核化はそれほど重要ではなく、日本との歴史問題の方が重要だと考えるのであれば現状のままでも仕方がないと思う。しかし、そうでなければ、もっと犠牲を払ってでも努力する必要はあるのではないか。誤解のないように言っておくが、私は、北朝鮮の非核化のために米朝関係の仲介の労をとるという韓国政府の姿勢に敬意表するし、それが成功してもらいたいと考える。しかし、それが成功を収めるために韓国政府がするべき努力に関しては、現状では大変不足している、できることをしていないと判断せざるを得ない。

 

3.朝鮮半島の将来への見通し

 いきなり、短期間に実現されるのは難しいが、南北が平和共存を通して韓国の現体制に近い形で統一の方向に持って行くということが将来的には最も現実的でかつ望ましい方向だろう。場合によっては、北朝鮮の現体制が何らかの有事によって崩壊した場合への準備も怠らないようにする必要がある。そのためには、もちろん米韓同盟は必要だが、それに劣らず日韓の協力は必要だと考える。それさえも必要ない、韓国だけでも十分対応できると考えるのであれば、それはそれでいいのかもしれないが。
 統一韓国、そして、そうした統一韓国と日本との対等な協力関係によって、対米同盟を共有しながらも、大国中国に北東アジアの秩序形成にどのように関わらせるのかを構想していく必要がある。ところが、日韓が反目し合っていると、日韓の双方の外交の選択の幅は大きく狭められる。自ら選択肢を狭めることが日韓にとって妥当なのか、合理的であるのかを、日韓双方ともに今こそ考えてみるべきだろう。

(本稿は2019年5月16〜17日に、韓国ソウルで開催されたILC 2019における発題内容を整理してまとめたものである)

政策オピニオン
木宮 正史 東京大学大学院教授
著者プロフィール
1983年東京大学法学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科および韓国・高麗大学大学院政治外交学科博士課程修了。政治学博士。その後、法政大学助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授などを経て、現在、同大学院総合文化研究科教授。この間、同大学現代韓国研究センター長、韓国学研究センター長、ハーバード大学訪問研究員などを務めた。専門は、朝鮮半島の政治・国際関係。主な著書に『韓国―民主化と経済発展のダイナミズム』『朴正煕政府の選択:1960年代輸出指向型工業化と冷戦体制(韓国語)』『国際政治の中の韓国現代史』、『ナショナリズムから見た韓国・北朝鮮近現代史』、編著に『歴史としての日韓国交正常化Ⅰ・Ⅱ』『戦後日韓関係史』『日韓関係史 1965ー2015 Ⅰ 政治』『シリーズ 日本の安全保障 第6巻 朝鮮半島と東アジア』『朝鮮半島 危機から対話へ:変動する東アジアの地政図』他。

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