2023年4月、「こども」に関わる政策を総合的に取り扱う主管官庁としてこども家庭庁が設置された。同時に、「こども」に関わる政策の共通基盤となる事項や理念を定めるこども基本法も施行されている。今後、こども家庭庁が中心となり、こども基本法の規定を具体化していくことになる。そこで、本稿ではこども家庭庁を中心とする「こども施策」の実行体制をまとめ、その後こども基本法が定める「こども施策」の理念的方向性を確認する。
1.こども施策の実行体制
まず、こども施策の実行体制を概観する。こども家庭庁を中心とした体制への再編の目的は、「切れ目のない」支援と、分野を横断して政策実施を一元化することにあるといえる。
こども家庭庁の設立背景
こども家庭庁設立の背景には、従来「こども」に関連する施策は様々な省庁がバラバラに担っており、年齢や福祉と教育などの分野による切れ目があったとの問題意識がある。2021(令和3)年6月18日閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2021」には、「妊娠前から、妊娠・出産・新生児期・乳幼児期・学童期・思春期を通じ、子供の権利を保障し、子供の視点に立って、各ライフステージに応じて切れ目ない対応を図る」とある。また、「経済財政運営と改革の基本方針2021」では「関係部局横断的かつ現場に至るまでのデータ・統計の充実・活用等を行」う必要があるとの認識も示されており、いわゆる<縦割り行政の打破>が目指されている。
そのために、同年12月21日閣議決定「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」では、こども家庭庁は「新規の政策課題に関する検討や制度作りを行うとともに、現在各府省庁の組織や権限が分かれていることによって生じている弊害を解消・是正する組織」であることが求められている。
関連政策の一元化
これらの閣議決定の具体化として、2023年4月に始動したこども施策には、少子化対策、子供・若者育成支援、子供の貧困対策の3つの政策分野が一元化される方向である。ライフステージの観点から見ると、これまで少子化対策は主に結婚後、子供・若者育成支援は幼年期から成人形成期(20歳前後)、子供の貧困対策は出産前から青年期を対象としてきた(表参照)。そして、一部のライフステージに焦点を当てたため、必ずしも最適な効果を得られてこなかった。例えば、少子化は若者の未婚化が主な要因だが、従来の少子化対策は既婚者向けの仕事と家事・育児の両立支援が中心だったため、出生率の向上にはつながらなかった(松田2021)。子供・若者育成支援と子供の貧困対策は、未婚化をもたらす経済的要因に直接アプローチする施策ともいえるため、一元化により、より適切な施策を立案できる可能性は高まるといえる。
具体的には、3つの分野それぞれに作成されていた大綱と白書が統合される。こども基本法(以下、基本法)の第9条では、政府がこども施策を総合的に推進するため、こども大綱をさだめなければならないとしている。こども大綱は「少子化社会対策大綱」「子供・若者育成支援推進大綱」「子供の貧困対策に関する大綱」が対象としてきた事項を含むものとされている。同様に、白書も「少子化社会対策白書」「子供・若者白書」「子どもの貧困の状況及び子どもの貧困対策の実施の状況」(基本法により法定白書化)の三つが「こども白書」に一元化されることとなった(第8条)。
また、地方においても一元化の方針が示されている。都道府県では、国が策定するこども大綱を勘案して都道府県こども計画を作成することが、市町村はこども大綱と都道府県こども計画を勘案した市町村こども計画を作成することが努力義務となっている(第10条)。
第13条では地方公共団体は、こども施策を一元的に実施するための連携確保の手段として、協議会を設置できることも定められている。協議会の構成員としては、当該地方公共団体で医療、保健、福祉、教育、療育等に関係する業務を行う行政機関、こどもに関する支援を行う民間団体などが想定されている。ここで、協議会は従来子供や若者の成育支援に関わって設立された別の協議会と区別されない。すなわち、都道府県(市町村)青少年問題協議会、地方版子ども・子育て会議、子ども・若者支援地域協議会、要保護児童対策地域協議会、その他の関連する活動を行う会議体が、基本法の定める協議会の役割を担うことができる。
こども家庭庁の組織と所掌事務
中央次元であるこども家庭庁には、一元化のために内閣総理大臣を長とする閣僚会議である「こども政策推進会議」が設置されている。「こども政策推進会議」は、従来の少子化社会対策会議、子ども・若者育成推進本部、子どもの貧困対策会議を統合したもので、こども施策の実施を推進する政府全体の司令塔の役割を果たす。具体的な方針・施策はこども家庭庁内に設置されるこども家庭審議会に諮問され、長官官房、成育局、支援局の1官房2局体制で実行される。
「こども家庭庁組織体制の概要」(こども家庭庁2023b)をもとに、順に各部署の職務内容を確認する。長官官房は、こどもの視点、子育て当事者の視点に立った政策の企画立案・総合調整を担う。具体的には、こども大綱の策定、少子化対策、こどもの意見聴取と政策への反映を担当し、こども家庭庁設立に際して目玉として打ち出された各種政策の推進役であるといえる。そのほか、支援対象者への情報伝達や広報に加え、エビデンス(実証的証拠)に基づく政策立案や政策評価、PDCAサイクルの確立も担当する。
成育局は、全ての子供を対象とした健全育成のための施策を担当する。妊娠・出産等の支援、母子保健、成育医療等基本方針の策定を担う。また、保育園、認定こども園を所管し、保育所保育指針や認定こども園保育要領を文部科学省と共同で策定する。就学前のこどもの育ちに係る基本的な指針(仮)の策定も行うとされる。その他、全てのこどもの居場所づくり、相談対応や情報提供の充実、こどもの安全確保も成育局が担当する。
最後に、支援局は様々な困難を抱えるこどもや子育て家庭の支援を担当する。年齢や制度の壁を克服した包括的支援の整備を所掌する。児童虐待防止策の強化、社会的養護の充実及び自立支援が大きな職務となる。また、こどもの貧困対策やひとり親家庭の支援、障害児支援なども担当する。文科省と連携していじめ防止施策も推進する。
こども家庭庁の組織体制から、「切れ目のない」こども施策の実行役は「こども政策推進会議」と「こども家庭審議会」そして、「長官官房」の三者といえるだろう。成育局と支援局が所管する具体的な施策との連携が重要となると思われる。以上、こども施策の実行体制を概観した。
2.こども施策の理念的方向性
次に、基本法の条文と、内閣官房こども家庭庁設立準備室の説明資料(以下、説明資料)をもとに、こども施策の理念的方向性を確認する。
こども施策の定義
最初に、こども施策の定義を確認する。まず、政策対象となる「こども」であるが、基本法の第2条第1項にて「心身の発達の過程にある者」と定義されている。加えて、こども家庭庁に設置されているこども家庭審議会の基本政策部会第一回会合における佐藤参事官からの説明では、年齢による明確な区分はなく、未成年だけでなく20代の若者も含むとされている(こども家庭庁 2023a)。
同条第2項ではこども施策の内容も定めている。こども施策は①「こどもに関する施策」と②「一体的に講ずべき施策」に分類される。準備室の資料における記述では、①はこどもの健やかな成長や結婚・妊娠・出産・子育てに対する支援を主たる目的とする施策、②は主たる目的はこどもの成長に対する支援等ではないが、こどもや子育て家庭に関係する施策を指す。②には、教育政策、雇用政策、医療政策などが含まれる。
こども施策の目的
次に、こども施策の目的を確認する。基本法第1条には、次のように記述されている。
「この法律は、日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神にのっとり、次代の社会を担う全てのこどもが、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、その権利の擁護が図られ、将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目指して、社会全体としてこども施策に取り組むことができるよう、こども施策に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにし、及びこども施策の基本となる事項を定めるとともに、こども政策推進会議を設置すること等により、こども施策を総合的に推進することを目的とする。」
この文面から、基本法ではこども施策を以下のような目的をもつ政策と規定していることが読み取れる。
(ア)置かれた状況や環境に関わらず、全てのこどもが「将来にわたって」「幸福な生活」が送れるように支援する。
(イ)(ア)が可能となる社会を実現する。
(ウ)総合的で切れ目のない施策を推進する。
以上の3点である。
こども施策の基本理念
上述のような目的を具体化するものとして、基本法第3条には、こども施策を実施する上で遵守すべき六つの基本理念が記されている。
1.全てのこどもについて、個人として尊重され、その基本的人権が保障されるとともに、差別的取扱いを受けることがないようにすること。
2.全てのこどもについて、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され保護されること、その健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉に係る権利が等しく保障されるとともに、教育基本法(平成十八年法律第百二十号)の精神にのっとり教育を受ける機会が等しく与えられること。
3.全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること。
4.全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること。
5.こどもの養育については、家庭を基本として行われ、父母その他の保護者が第一義的責任を有するとの認識の下、これらの者に対してこどもの養育に関し十分な支援を行うとともに、家庭での養育が困難なこどもにはできる限り家庭と同様の養育環境を確保することにより、こどもが心身ともに健やかに育成されるようにすること。
6.家庭や子育てに夢を持ち、子育てに伴う喜びを実感できる社会環境を整備すること。
説明資料によれば、1号から4号は、児童の権利に関する条約のいわゆる4原則にそれぞれ対応している。1号は「差別の禁止」、2号は「生命、生存及び発達に対する権利」、3号は「児童の意見の尊重」、4号は「児童の最善の利益」の趣旨を踏まえて規定されている。また、5号と6号は「こどもの養育を担う大人や社会環境に係る規定」とされる。5号は児童の権利に関する条約前文および第18条の趣旨を踏まえて盛り込まれたもので、子育て支援および、児童福祉法と同様の家庭養育優先原則に関する規定といえる。6号は子育てしやすい社会の実現に関わる規定である。
こどもの意見表明の重視
基本法およびこども家庭庁内では、こどもの意見表明とその尊重はかなり重視されている。こども家庭審議会の基本政策部会において、事務局側から常に留意すべき基本方針の一つとして言及されている(こども家庭庁 2023a)。
また、説明資料からは、こども家庭庁が、条文の解釈により、こどもの意見を尊重する範囲を積極的に広げようとする姿勢が見られる。基本法第3条第3号では、「全てのこども」に「自己に直接関係する全ての事項について意見を表明する機会」、および「多様な社会活動に参画する機会」が確保されることを規定している。説明資料では、「自己に直接関係する全ての事項」とは、「どのような学校を選ぶか、どのような職業に就くかなど、個々のこどもに直接影響を及ぼす事項」とされる。また、「多様な社会的活動に参画する機会」には、「ボランティアなどの活動」のほか、基本法第11条で規定されている「こども施策の策定等に当たってのこどもの意見反映の機会などが想定されている」。
加えて、条文に明示されてはいないが、同条第4号は、「こども自身に直接関係する事柄以外の事項であっても、こどもの意見が、その年齢及び発達の程度に応じて尊重され、その最善の利益が優先して考慮されることを規定」していると解釈されている。
一方、説明資料には留意事項も記されている。こどもの意見が年齢及び発達の程度に応じて尊重すべきものと認められる場合であっても、別の要素と比較衡量した結果、こどもに最善とは言い難いと認められる場合には、こどもの意見とは異なる結論が導かれることはありうるとされている。
このように、こども施策は、従来の施策と比較して、全てのこどもの支援、こどもの意見表明とその尊重、それらを政策分野横断的に実行することに重きを置いていると考えられる。
本稿では、こども施策の実行体制およびこども基本法から、2023年度から取り組まれているこども施策の基本枠組みをまとめた。実行体制および基本法から、分野横断的にこどもを支援しようという姿勢は確かなものと思われる。今後は、施策の実行段階において一元的実施を確保していくことが目指されるだろう。
引用文献
「経済財政運営と改革の基本方針2021 について」(令和3年6月8日閣議決定)https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2021/decision0618.html (最終閲覧日2023年10月18日)
こども家庭庁(2023a)「こども家庭審議会基本政策部会(第1回) 議事録」https://www.cfa.go.jp/councils/shingikai/kihon_seisaku/JapZTAT7/ (最終閲覧日2023年10月18日)
こども家庭庁(2023b)「こども家庭庁組織体制の概要」https://www.cfa.go.jp/about/ (最終閲覧日2023年10月18日)
「こども基本法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=504AC1000000077 (最終閲覧日2023年10月18日)
「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」(令和3年12月21日閣議決定)https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2021/index.html(最終閲覧日2023年10月18日)
内閣官房こども家庭庁設立準備室「こども基本法説明資料」https://www.cfa.go.jp/laws/ (最終閲覧日2023年10月18日)
松田茂樹(2021)『[続]少子化論—出生率回復と<自由な社会>』学文社