人の成長における愛着の意味と子育て支援

人の成長における愛着の意味と子育て支援

2023年10月25日
生まれた子どもの幸せ

 少子化が大きな問題になっている。確かにそれ自体は深刻であるが、子どもに携わる私たちから見ると、日本の少子化対策は一面的に子どもの「数」に重きを置き、ひとりひとりの子どもの幸せまで十分に考えていないように思われる。
 例えば現在、15歳から64歳までのひきこもりの合計は全国推計146万人とされる。高度経済成長の陰で日本社会においては、子どもの幸せを守り育てる養育機能が不全状態にあることを示している。「子どもの数」だけでなく、生まれてきた子どもが幸せであることを目指す視点を優先したい。
 例えば年齢相応の遊びができない子が増えている。親が世間体や競争にとらわれ,不安と緊張をもちながら、経済的には豊かで便利な生活をしても子どもの幸せにはつながらないことが多い。
 子どもは大人にはない“野生”を生きる人間である。むきだしの感性で周囲を探り、興味をもつと目を輝かせ、わくわくしながら取り組む。その時脳は健やかに発達していく。今、子どもの“野生”にさえ気づかない世代が親になっている。小さい時から学力競争に追いやられ、大人になり子どもを持ち、初めて子どものワイルドな要求にたじろぎ、思わず叩いたり、育児不安に陥ってしまう。
 今は多くの幼児が保育園に通っているが、「社会脳」を生まれもつ子どもには、仲間とのふれあいは欠かせない。社会脳とは周囲の対人関係や人の意図と本音に鋭いアンテナをはる脳の性質を指す。人の心は対人関係オーケストラともいうべき人々のふれあいの中で発達し、子どもは一対一では育たない。昔農家の親は、野良仕事に出かける時にわが子を子どもの集まる母屋に預けたものだ。
 私自身は仕事をしながら、平日は子どもを保育園に預け、土日は思い切り自然の中で親子で遊んで過ごした。子ども時代に大切なのは机上の学びより全身で遊ぶことである。一握りの土の中に数億の微生物が生きていることを体で実感することである。 「まず腕白小僧を育てないと、良い人間を育てることはできない」とJ.J.ルソーは述べたが、今の日本の育児への警告の言葉と思う。
 自然は子どもの五感を鍛える。どんな環境でも生きていけるしなやかな心は、自然の中で遊ぶことにより育つ。私はよく子どもを自然の中に連れだした。山登り、山小屋のランプ生活、田舎の廃校などに、近所の子どもたちと共に出かけてキャンプをした。戦後のベビーブームに隣近所の子ども集団で日がとっぷり暮れるまで遊んだ体験をわが子にも伝えたかった。

人生早期の1000日間

 長い人生を幸せに導くものの一つは、乳幼児に形成される心の安心感である。そこから「愛着理論」は生まれた。愛着理論の提唱者のJ.ボウルビィは、愛着は「人類が進化の過程でサバイバルのために獲得した行動系」と述べている。野生の世界で身を守るための牙も巨体ももたない人間。生き延びえたのは、共同体を作りお互いに支え合ったからである。ボウルビィはまた、「子どもが人生早期にどんなケアを受けるのかが将来のメンタルヘルスに大事」「メンタルヘルスには、幼な子と母親(養育者)の温かい、親密な連続性のある関係の経験が大切で、子どもと大人が共に満足し楽しみあうこと」と語る。
 愛着形成に関する乳児期の脳科学研究は盛んであり、愛着対象は母親が多いが、必ずしも母親とは限らない。子どもが信頼できる相手を自ら選び愛着を向ける。
 受精卵が胎内で分割し、誕生の時には神経細胞の数は数億になる。脳神経細胞は周りの環境刺激により2歳頃までにすさまじい勢いでつながりあい結合(シナップス)を作る。この人生最初の脳回路のつくられる時期を、受胎から始まる「最初の1000日The First 1000 Days」と呼ぶ。人の脳神経回路の芯が形成される。胎内の羊水に守られていた心地よさにつながる安心感が特に大切である。
 人間には「カイロス」の時間と「クロノス」の時間の二つの時間がある。「カイロス」の時間はその人の気持ちや実感からなる主観の時間。「クロノス」の時間は暦や時計など、人類が進化の過程で共同作業を営み生きのびる中で編み出した客観の時間である。

コミュニケーション的音楽性

 言葉や理論を獲得するより前に、人間は共に支えあう豊かなコミュニケーションを編み出していた。表情、まなざし、体のしぐさで、瞬時に相手の腹の内を察すること。笑ったり泣いたり互いに心を響き合わせて共に生きていく術である。
 つまり、人間の脳の芯を創る「カイロス」の豊かに発達した人から、芸術家やクリエイティブな発想をもつ事業家、科学者、文学者などが生まれる。クリエイティビティの源は「カイロス」である。
 愛着をハードウェアにたとえるとソフトウェアにあたるのが母子の阿吽の呼吸ともいえる「コミュニケーション的音楽性(CM)」である。C.トレヴァーセンらは以下のCMの性質を研究した。
●生気情動・リズムとメロディ 生きることはわくわくした生命のリズムを刻むこと。このわくわく感は「生気情動」と呼ばれる。自律神経系を介した内蔵感覚であり、呼吸・拍動・筋肉の収縮、神経のインパルスにあらわれる。
 CMはリズムとメロディのある声がけや動きである。CMにより子どもの脳は活性化し、子どもは呼吸、脈、筋肉の収縮などを総合して相手の雰囲気をとらえる。呼吸が自然体である時の声帯筋はしなやかで、声はリズミカルにはずみ、乳児は相手の安定した心理を察して心を開く。乳児は胎内で羊水に包まれて母親の心音を聞き、音楽的な感覚記憶をもって生まれてくる。
●起承転結 乳幼児と親のやりとりを音声解析すると、そこには必ず起承転結が認められる。例えば、おむつ交換の場面。
 「あら、おしっこしたのかしら」と母親が気づき、子どもに「はーい!おむつかえるよ!」と声をかけながら取り替え、「ああいい気持ち」と言って終わる。この一連の育児行為には、音楽の曲のような起承転結が認められる。父子間でもおきる。起承転結のあるやりとりを子どもはよろこんで吸収していく。
●間主観性とミラーニューロン 乳児はかすかな相手の体の動きを全身で察知し、その気持ちを瞬時に見抜く。この能力は間主観性と呼ばれる。乳児の間主観性を脳解剖学的に裏付けたのはJ・リゾラッテらによる「ミラーニューロン(脳の中の鏡)」の発見である。ミラーニューロンは、相手の動作を見ている自分の脳細胞に、同じ動作の放電を起こし、まるで自分が体験したように感じさせ、共感がうまれる。
 例えば父親が帰宅した時に「ただいまー!」という声に母親が「おかえりー!」と和やかに返すと、子どもはいいなと感じ記憶する。そして自分もそんなやりとりをする人になろうと思う。
 大人の仕事はビジネスの原理によるクロノスの会話からなる。しかし乳児といると自然に、抑揚のある命の原理に基づくカイロスのやりとりになる。そこから音楽も発達した。子守唄はこうした自然な内臓感覚の響きに溢れている。

人間性のモラル

 また、人は人間性のモラルを生まれ持つ。E・エムディは人間性のモラルには次の三要素があることを明らかにした(REV理論)。一つは「互恵性」(Reciprocity)、平たく言えば「おたがいさま」。二つ目は「おもいやり」(Empathy)。1歳半で子どもは目の前の人の苦しみを見て「大丈夫?」と心配する。思いやりは人間の本性である。そして三つ目が「やりがい」(Value)。困難をがんばってのりこえようとする姿勢である。
 社会脳と人間性のモラルは、人類進化の早期に、まだ言葉や理論が発達する前に確立された。言葉をもたない乳児にも認められる。
 人間性のモラルは一言で言えば相手との関係性の和を保とうとする気持ちであろう。子ども同士の遊び、一家団欒、親戚や地域の人たちに可愛がられながら、子どもの人間性のモラルは育まれる。子どもが安心して自然に笑い、泣き、嫌な気持ちを自らすっきり出せる生活が大事である。実際には親はわが子をおとなしくさせようとするあまりに、怖い叱り方をよくする。繊細な子はすぐにお利口さんになるが、生きることの試行錯誤はそこで止まる。その分大人になり育児の時に戸惑いやすい。人の群れにまみれてくんずほぐれつ、もまれながら育つのが子どものしなやかな発達に大切である。しかしコロナ禍の3年間、この子どもに必要な体験は欠落した。そのことによる社会性の遅れなどの問題は今後思春期以降に出てくると予見される。

「カイロス」の家庭

 子どもの純粋な人間性を大人はつぶさないでほしい。家庭では親が仕事を忘れて、子どもとくつろげるようにしたい。
 診療に訪れた母親に、子どもを抱きしめてあげて欲しいとアドバイスをすることがある。すぐに実行しようとする母親の目の奥を、子どもはよくのぞきこむ。親が本気なのか、それともうわべのパフォーマンスなのかを見極めようとする。母親のうわべの意図を感じた子どもは拒絶する。
 そのことから、私自身はわが子が保育園から帰ると、頭をからっぽにしてまず抱きしめるようにした。すると、その日のことを子どもの体が教えてくれる。楽しいことがあった日には、短く抱きしめるだけで満足し、私の膝から降りていく。嫌なことがあった日には、長く抱きついている。抱きしめられて心の井戸がまた一杯になっていくまで続けている。満たされて降りる時の子どもの満足した表情には「カイロスの時間」が流れている。
 その一方、親があれしなさい、これしなさいと口うるさく言うのは「クロノス」の世界。家庭を「クロノス」中心からほっとできる「カイロス」の家庭にすることは、重要な政策のポイントだと思う。
 そして、両親の良い関係こそ「カイロス」の一家団欒の源である。また今の核家族には流動的で多様な役回りが求められる。父親が子どもに兄のように、母親が夫に姉のようにふるまうこともある。大家族には人間関係オーケストラがそこにあった。核家族では親が様々な役割をオーケストラのように担い、三重唱、四重唱の響きあいをうみだしていけるとよい。
 フィンランドの育児政策の一つは、父親の育児休暇取得の推奨で、「パパクオータ」と呼ばれる父親の育児休暇の取得義務がある。両親は6.6カ月ずつ育児休暇が認められ、このうち69日間までは両親間で柔軟に譲りあってよい。
 フィンランドのT・タミネンの研究では、乳幼児期に両親で共に育児休暇を取り育てた子の方が、片親に育てられた子より愛されている自信を持ち、心身の発達がよく、リーダーシップを発揮したという。
 愛着の性質を調べるための愛着の関係性尺度では、視線、声による訴えや触れかたの三つに焦点をあてる。子どもの母親を見る目がしっかりしていると、障害があってもその後の成長が素晴らしい。逆に、母親が子どもを見ていても、子どもが母親としっかり目をあわせない場合、子どもは不安定なのかもしれない。母親が抱こうとしても子どもはのけぞる。このように、愛着は子ども自身からみた親子関係を物語る体の言葉ともいえる。

愛着パターンと世代間伝達

 愛着には安定型と不安定型のパターンがある。1歳半頃までに安定型愛着を示す子は、親から分離した後、両親を見つけると喜んで寄っていく。抱き上げてもらうと安心し、親の顔色を気にせずまもなくまわりを探検し始める。
 安定型愛着はストレートに母親に抱かれていくが、不安定型愛着には三つの反応型がある。母親に怒りをぶつけて泣く〈抵抗型〉。よくも分離させたなと傷ついて怒るかのよう。そして近寄るかどうか迷う〈両価型〉。母親を見たとたん、知らぬ顔をして大人のふりをする〈回避型〉。母親が気持ちの上下の激しい対応をしたり、お利口さんを子どもに望みすぎたり、不安定なかかわりのあることが示唆される。中でも、どうしたらいいか分からない〈混乱型〉は子どもの心の発達の混乱にもつながる。両親自身の心の芯に安定型愛着がない時、あるいは不安定型愛着がある時、子どもにも不安定型愛着が形成されることを愛着の世代間研究が示している。
 M.マーラーの「分離−個体化過程」研究では、胎児が誕生した直後の母親との一体感から、母親を安全基地にして外の世界を探索し、母の所にいきつもどりつする姿が観察される。この時期を経て、3歳頃には心の内に消えることのない母親像が確立する。愛着は1歳半頃に形成されるが、長期間母親と分離しても忘れることのない母親像の確立は3歳過ぎてからである。
 全ての子どもは、母親と父親の心の奥も、二人の関係性も見抜く。両親の未解決のトラウマが封印されたままであると、ある時、地雷を踏むようなダメージがおき、子どもにもおよぶ。ものいえぬ時にどんなふれあいや遊びを体験してきたか。思春期以降の心の中の衝動性コントロールの制御にも影響する。
 そこで乳幼児の治療の際も、必ず両親と祖父母の生い立ちの概略を尋ねる。祖父母世代に戦中戦後の封印された葛藤があり、押し殺された負の記憶が、人知れず世代間伝達されることがある。

子育て家庭を応援する

 日本では今国内外で山積した問題があるが、子どもたちが幸せかどうかを最優先に考えていく大人の姿勢が大事である。
 理屈や言葉ではなく、腹の底から本当に子育て家庭を地域の皆で応援する社会を作りたい。親は、子どもといる時はただのお母さん、お父さんで十分である。わが子の成績や世間体よりも、今親子で共に生きている幸せを味わえるとよい。
 私の臨床経験ではビジネスの世界で成功しながら、一家団欒のカイロスの時間がうまく創れず、家庭が子どものこころの障害のハイリスクとなることが少なくない。逆に両親そろわぬ片親家庭に豊かなカイロスがあふれていた例もある。
 たとえばある作曲家で指揮者の男性は若くして二人の幼い息子をのこして急逝した。母子家庭で育ったその兄弟は、父親から一度も音楽の手ほどきをうけていないのに、世界的な作曲家と指揮者にそれぞれ成長した。母親は苦労しながら常に、「パパならなんて言うかしら」と明るく呟き、家の中にはいつも父親が暖かく見守る気配があった。兄弟は自然に父親の音楽を聞き、ピアノを弾くようになり、二人とも音楽家として世界的に活躍していった。母親の瞳の奥にいつも父親の笑顔が感じられていたのであろう。
 人間性の本質は、ふれあいを求め、相手を親身に思いやり、つらいことをともにのりこえようとする性質にある。
 人類進化の過程からは、人間性は言語と認知機能の発現する前に確立した。つまり知能が人間性の本質ではない。例えば無脳症(大脳皮質のうまれつきの欠損)児でも、弟があぶなくなると身をのりだして守る様子が報告されている。また言葉を失った認知症の人は、言語や理屈の鎧を脱いで豊かな人間性で生きているともいえる。
 人間は幸せに生きるように生まれつき、その意味では、誰しも好きなものを見つけ、得意なことを楽しみながら社会で活かせるような教育や政策が求められる。
 超高齢化社会の日本は、高齢者ならではの人間らしさ、優しさ、こころの豊かさ、深さがもっと発揮されて社会を浄化するとよい。
 たとえば障害をもつ自閉症児を研究したD.オッペンハイムは次のことを明らかにした。自閉症児も安定型愛着を示す子は、その後の言語力や社会性の発達がよい。子どもは可愛がられ、善意を向けあう関係性の中で育つと幸せになる。子どもが不安定型愛着を示す場合には、親を責めるのではなく、親の置かれた困難な状況をまずよく理解し一緒に問題改善に取り組むとよい。
 日本人は夫婦円満の大切さをよく知っている。これに尽きると思う。夫婦の信頼の絆が家庭の雰囲気や家族の関係性を生み出すことが暗黙の了解である。ひとりひとりが足元の親子、夫婦、兄弟の関係を実感として見つめ直すことを始めたい。

今後に向けたヒント

 最後に、今後の具体的な子育て支援策のヒントを述べよう。
 一つは産後の1年間は、特に母親が幸せな気持ちでわが子をかわいがり、育児に専念できる環境作りに予算を使う。社会が安定型愛着形成を支え、父親参加を促進し、両親との愛着関係作りに集中する。また共同育児を復活させ、親子が地域にケアされ、実家のように育児相談や支援を受けられる場創りをする。たとえば保育園の一角にその場を設け、そこになじんだ上で乳児が保育園に入るような仕組みなどがあげられる。
 また幸い日本女性が世界1、2位の長寿で、子育てを終えた後の人生が長い。それを活かし育児経験豊かな女性が社会に戻り、次世代を支える仕組みに参加するのは現実的な方法である。自然に共同保育も組み込まれやすい。
 本来は、子どもの泣き声には必ず訳がある。子どもの声はアンチエイジングの作用もあるので、社会でおおらかに受け止めていきたい。
 目の前の子どもを一番よく知るのはその親である。親を親としてリスペクトしながら育てる姿勢が大切である。いまだ日本は、なにかあると母親を責めて終わりにするが、それは間違っている。昔からの農家のように、両親共働きで地域から支援されるのが当たり前の生活を見習いたい。そこから若者の結婚への意欲、憧れも生まれてくるであろう。人との関係性の中で楽しく生きる。それが人間だと思う。

(『EN-ICHI FORUM』2023年5月号より)

政策オピニオン
渡邊 久子 世界乳幼児精神保健学会地域副会長、児童精神科医、渡邊醫院副院長
著者プロフィール
慶應義塾大学医学部卒。小児療育相談センター、横浜市立市民病院、ロンドンのタビストック・クリニック臨床研究員、慶應義塾大学病院小児科医師・同大学講師等を務める。世界乳幼児精神保健学会賞および同学会地域副会長賞を受賞。NPO法人精神保健を考える会「まいんどくらぶ」理事長、高山国際教育財団理事長。児童思春期精神医学、乳幼児精神医学専攻。著書『心育ての子育て』『子育て支援と世代間伝達』『母子臨床と世代間伝達』他多数。
子どもの発達には、幼少期に育まれる心の安心感、愛着が大切である。子育て家庭の安定型愛着形成を支え、生まれてきた子どもが幸せであることを目指す社会であってほしい。

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