はじめに
2016年3月、保育所に入所できなかった母親による「保育園落ちた!」の匿名ブログがメディアで広く取り上げられたことで、待機児童問題が大きな社会問題となった。
仕事と子育ての両立支援を図る「少子化対策」として、2002年に小泉内閣が「待機児童ゼロ作戦」を打ち出し、歴代政権も様々な待機児童対策を推し進めてきた。しかし、この20年余、待機児童は解消されるどころか、保育所を増やせば増やすほど、新たな保育需要を生むという悪循環が続いている。
「一億総活躍社会」の掛け声の下、政府は待機児童解消の補正予算を組み、3月28日厚生労働省が緊急的な対応策を発表した。保育の質の問題を後回しに、量の確保を優先する経済主導の保育所対策に、保育士や専門家からは保育が崩壊するとの懸念の声が高まっている。
2015年の東京の合計特殊出生率は1.17、突出した低さにある。これまで待機児童解消を掲げる保育所対策が出生率の改善につながったというデータは挙がっていない。少子化の最大の原因は若者の非婚化・晩婚化にあり、待機児童解消は育児支援にはなっても、少子化解消にはほとんど結びつかないからである。
待機児童が最も多い東京圏の待機児童問題は、いまや出口の見えない隘路に入っている。「女性が輝く社会」を掲げ、政府や東京圏の自治体が進める待機児童解消の問題点と打開策を探っていきたい。
1.待機児童問題をどう捉えるか
待機児童の現状
1994年に厚生労働省が「エンゼルプラン」発表以後、保育所入所希望が増え、待機児童は2005年頃まで高水準が続いた。その後、保育の規制緩和により一旦は減少するが、2007年度を底に再び増加、2万人台で推移している。
子供の数が減少するなかで、共働き世帯の増加等により保育所入所希望の数は増え続けている。厚労省の「保育所関連状況取りまとめ」によると、2015年4月時点で待機児童数は2万3167人。直近では、2016年4月時点で2万3553人と前年を上回り、待機児童の定義から除外されている潜在的待機児童数は約3倍の6万7354人に上った。
さらに待機児童を年齢別にみると、2015年4月時点で3歳児未満が85.9%を占める(0歳児が14.1%、1、2歳児が71.8%、3歳児以上は14.1%)。とくに近年、3歳児未満の低年齢児の保育需要が増えており、待機児童の創出につながっている。
待機児童は首都圏東京の問題
待機児童数を全国レベルでみると、東京都が最も多く、神奈川、埼玉、千葉の1都3県で全体の半数を占める。さらに待機児童数が100人以上いる市区町村は首都圏と関西圏に集中している(図1)。
全国の保育受入れ枠は2015年4月時点で、認可・認可外等をあわせて253万1692人、利用児童数は237万3614人である。全体では受入量の方が利用数を約16万人分も上回っている。地方の市区町村では多くの保育所が定員割れの状態にあり、閉園、合併する園も少なくない。
つまり、待機児童問題というのは都市部という限定された地域の問題であり、とりわけ首都圏東京の問題と捉えることができる。
東京一極集中がもたらした人口問題
一方、待機児童問題は長期的な人口移動の観点から言えば、東京一極集中がもたらした人口問題の弊害と捉えることができる。東京の合計特殊出生率は全国でも突出した低さにあり、待機児童問題が深刻化したのは地方からの人口流入が主要な原因だからである。
東京都の総人口の推移をみると、1996年までの約30年、約1100万人台で推移していた。ところが1997年以降は増加に転じ、東京一極集中が加速していく。2015年には全国の39道府県で人口が減少するなか、東京都は前年比2.69%増の1351万人となった(図2)。
東京圏は世帯主の平均年収が高く、片働きの専業主婦世帯の割合も高い傾向にある。幼稚園が主流の東京圏は保育所整備の遅れもあり、一極集中が始まるのと軌を一にして、東京圏の待機児童問題が起こるようになった。
2.待機児童が解消されない理由
(1)保育の需要の現状と課題
地方から都市部への若者の人口移動が原因
東京圏では、就学前児童人口と共働き世帯の増加、女性の社会進出による保育ニーズの拡大が待機児童問題の背景にある。
近年、東京都の待機児童数は毎年8千人前後で推移。それに対応して保育所定員数(認可と認証保育所の合計)も、毎年ほぼ待機児童数に等しい数が増えている。2016年4月時点で東京都の待機児童数は前年比652人増の8466人。利用児童数は前年より1万4192人増え、過去最多の26万1705人となった。
ニッセイ基礎研究所「地方圏・東京圏における若年層の人口移動」(2014年9月4日、竹内一雅氏)によると、2013年の東京圏の転入超過数は全体で約9万7千人。ただ、若者(15~29歳)に限ると転入超過は9万8千人に上る。つまり転入の大半は若者である。長期的にみると、地方圏の転出超過数と東京圏の転入超過数はほぼ等しい状況が続いている。
若者人口が首都圏に流れ、そのまま定住し結婚した子育て世帯によって生まれた保育需要の伸びに、保育供給が追い付かないという状況が続いている。
東京都の就学前児童人口は2015年に63万419人と、2010年(60万1368人)から約2万9千人増えている。さらに2015年の保育所利用児童は24万7513人、2010年(19万3532人)から5万4千人も増えている。
ところが、東京の合計特殊出生率は1.12(2010年)から、1.17(2015年)とほぼ横ばい状態。日本の平均1.46を大きく下回っている。それだけでなく、待機児童ゼロ対策で保育所を整備して、子育て支援を図った地域においても、大幅な出生率向上につながっていない。
専業主婦から共働きへの希望の増加
1990年代後半から若者人口の首都圏流入が進む一方、日本経済は長期に亘って低迷状態が続いてきた。若者の非正規雇用の割合は4割に上り、若い子育て世帯では共働きをせざるを得ない経済状況にある。「子供の相対的貧困率」(等価可処分所得<可処分所得を世帯人数で割って算出>が全人口の中央値の半分未満の世帯の子供の割合)は1990年代半ばから上昇傾向にあり、子供のいる世帯では6人に1人、母子世帯では子供の5割以上が貧困状態にある。母子世帯など、家計を支えるために子供を預けて働かざるを得ない、緊急的な保育を要する子育て世帯が増えている。
一方、男女共同参画が進み、1997年に共働き世帯が専業主婦世帯を上回る。男女共同参画社会基本法施行後は、一時保育や延長保育など、利用者本位の保育サービスが急拡大し、母親が乳児を預けることへの抵抗感が薄れていく。
共励保育園理事長の長田安司氏は著書『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』で、「保育サービスを拡大すればするほど、預けたい母親たちが増える。これが、待機児童が減らない真の原因です」と書いている。親のニーズに合わせて使い勝手のよい保育の供給量を増やせば、それを上回る保育の需要が喚起されるというのである。
背景に保育所に偏重した子育て支援
子供を預けて働きたい親が増える背景には、子育て支援が保育所利用世帯に限られ、しかも手厚い制度になっていることがある。
総務省の「労働力調査」によると、30歳以降専業主婦になる専業主婦世帯と出産子育て中も育休を利用し、生涯働き続ける共働き世帯の生涯収入を比べると、約1億5千万円の差が生じると試算している。
その上「保育要件に欠ける」資格を持つ親は、0歳児を預ければ月40万円余の税金を保育サービスとして受益するのに対して、家庭で育児する場合は、全児童対象の児童手当だけである。仕事と家庭の両立支援を図る保育所偏重の子育て支援は、著しく社会的公平性を欠いていると言わざるを得ない。
在宅育児より子供を預ける方がはるかに経済的メリットが大きければ、当然、子供を預けて働こうと親は考え、保育需要は増え続ける。今日の待機児童を巡る問題は、親の就労を支える保育所対策に偏重した、政府の少子化対策が招いた失態といえる。
認可・認可外の保育所格差
待機児童が解消されないもう一つの理由は、認可と認可外の保育料を含めたサービス格差の問題がある。国の保育設置基準を満たした認可保育所は保育料2万円前後に対して、税金補助が少ない認可外は6万円前後と高い。保育の質が高く保育料が安い認可、認可と比べて一般的に質が低く保育料が高い認可外、この2つが存在すれば、利用者は圧倒的に認可保育所を希望する。入所できる保育所があるにもかかわらず、認可保育所を希望し待機する、あるいは育休を切り上げて早期入所させるといった、保活競争を生んでいる。
全体の保育供給量を増やすだけでは問題は改善せず、認可保育所を増やすかあるいは認可・認可外の格差をなくさない限り、待機児童がなくなることはない。
(2)都市部における保育所増設の限界
慢性的な保育士不足
「一億総活躍社会」実現を掲げる政府は2015年末、保育受入れ数を2017年度末までに50万人分増やすとした。それには新たに9万人の保育士が必要となる。そのために政府は保育の資格要件を条件付きで小学校教諭も可とし、さらに地域限定の保育士、小規模保育所では半分が無資格でもよいと、なし崩し的に資格要件を緩和させている。
厚生労働省調査によると、保育士資格はあるが保育の仕事に就いていない潜在保育士は全国で70万人に上る。こうした潜在的保育士を再活用したり、保育士資格取得要件を緩和することで、保育士の数の不足を補うことはできる。しかし、数は確保できても、これで保育の質が担保されるとは限らない。保育士の平均給与は約21万円と全産業平均を下回る上に、認可と認可外では保育士給与に差がある。
保育士の半数は勤務経験7年以下の若い保育士が多い。その理由は、子育てを機に離職する保育士が多いからである。
離職率が高いのは、給与の問題だけではない。保育士の雇用環境全般の改善が進まなければ、保育士人材の確保は容易ではない。
保育所用地確保の限界
さらに待機児童が多い都市部では、保育所用地の確保が限界にきている。千葉県市川市では開所予定だった保育所が地域住民の理解を得られず開所を断念した。また東京・杉並区では待機児童を持つ母親たちが保育所の増設を求め、区に異議申し立てを行った。待機児童解消を掲げる杉並区では待機児童が2017年春には500人を超すと見込まれ、緊急な対応を迫られている。区内の公園を保育所に転用する計画を進めているが、説明会では住民から「子供の遊び場がなくなる」と強い反対運動が起こった。
首都圏では新たな保育用地確保は見込めない。そのため、小規模保育所や事業所内保育所を増やす計画だが、保育の質の低下が懸念されている。
自治体の財政を圧迫
2015年に始まった「子ども子育て支援新制度」では、利用の要件が「保育に欠ける」から「保育を必要とする」に大幅に緩和され、パートや夜間就労、求職活動、就学、介護、育休中の人などにも拡大された。
新児童福祉法24条1項には、保育を必要とする保護者が保育所を希望すれば、該当児童を保育する義務が市町村に課せられている、とある。保育の需要に応えるため、自治体が新たに保育所を設置する場合、1億5千万円とも言われる費用が掛かる上、設置後も運営コストが掛かってくる。少子化で子供の数が激減するなかで、川崎市のような政令都市でも、保育所の運営コストの上昇が財政を圧迫し、新たな設置に消極的にならざるを得ない。全国的に公立保育所は激減しており、社会福祉法人や民間に委託する流れが加速している。民間参入により、低コストの小規模保育所や事業所内保育所が増えている。
保育の質が低下
用地の問題や保育士不足が解消されないなか、厚労省は基準を緩めた小規模認可保育所や事業所内保育所による保育量の拡大を推奨している。しかし、利用者の親は子供を入所できる保育所があればどこでもいいわけではない。保育の質が担保されてこそ、親は安心して預けて働くことができる。
小規模認可保育所や事業所内保育所は園庭がない上に、認可保育所と比べると給与や待遇面で劣るため、良い保育士が集まりにくい。保育入所を希望する親は、できるだけ質が高い認可保育所を選択するため、量の拡大をしても、「質」が確保されなければ待機児童問題は解消されない。
また待機児童の深刻度合は地域差が大きいため、必然的に空きが多い地域に子育て世帯が集まってくる。保育所を増やしても、他の地域から子育て世帯が流入するため、新たな需要が創出され、待機児童が生まれてしまう。
3.待機児童ゼロ対策の問題点
量の確保優先の場当たり的な政府の緊急対応策
2016年3月、政府が打ち出した緊急的な対応策は、保育士賃金の実質4%引き上げ、定員19人以下の小規模保育22人まで拡大、企業内保育所の拡大、人員配置や面積基準で国の基準を上回る市区町村に児童の受け入れ要請をするなど、国の基準より手厚い保育を行っている自治体に基準を緩和して、一人でも多くの待機児童の受け入れを求めるものだった。
規制緩和と保育所増設により、保育現場は慢性的な保育士不足の状態にあり、子供の安全・安心を損ねかねない「質」の低下が懸念されている。
今回の政府の待機児童解消の目玉は事業所内保育所である。5月、政府が示した事業所内保育所制度の詳細には、認可並みの補助金を出すことに加え、認可よりも保育士や定員の基準を緩和させ、設置の手続きも簡素化される。2017年度までに10万人分の保育供給量の半分の5万人分を事業所内保育所で補う計画という。勤務時間にあわせて、24時間、長時間保育対応の事業所内保育所は企業には好都合であっても、子供の長時間保育を助長しかねない。
「子ども・子育て支援新制度」では19人以下の小規模認可保育の拡大で3歳児未満の待機児童解消を図るとしているが、3歳以降の預け先が不確定という理由で利用は広がっていない。そのため、東京都の要請を受けて政府は小規模保育所で3歳以降も受け入れる方向で検討している。
小規模保育所は有資格者が半分いれば開所できる。3歳未満と3歳以上の幼児、発達段階が異なる年齢の子供を一緒に保育するのは、保育士の力量が求められる。子供の年齢に応じた発達を促す環境として適切とはいいがたい。
量の確保最優先の場当たり的な待機児童対策によって、なし崩し的に保育の基準が崩されている。
「子供の健全育成」の視点を欠いた待機児童解消
1994年のエンゼルプラン、99年の新エンゼルプランはいずれも、子供のためを掲げながら、中身は女性の就労促進を目的とした経済・労働対策だったと言える。90年代から少子化の政策策定に関わってきた元厚生省担当課長の大泉博子氏は「省庁再編後の厚労省では局長は労働省出身者が占めた。だから少子化問題は『女子労働の改善』という視点で捉えられ、『子供の健全育成』の視点がない体制になっていると言わざるをえない。これは現在も続いている重大な問題である」と述べている。
少子化社会対策基本法施行の翌年2004年には少子化社会対策大綱が策定され、子ども子育て応援プランが打ち出される。2010年子ども・子育てビジョン、2015年に子ども・子育て支援新制度に変わった後も、女性の雇用促進と就労支援を目的とする待機児童解消は引き継がれている。
規制緩和がもたらす保育事故
「子供の健全育成」の視点がないまま規制緩和による保育所拡張が進み、保育事故も頻発している。東京都独自の基準による認可保育所制度がスタートし、保育13時間開所が常態化。企業の保育参入も広がり、園庭がない小規模保育では半分は保育士資格がないなど、保育の質へのチェック体制が不十分なまま、規制緩和が進んでいった。
先進諸国のなかで、13時間もの長時間保育を行っている国は日本くらいである。長時間保育によって、母子が一緒に過ごす時間が極端に不足すれば、母子間の愛着関係に深刻な影響を及ぼす。
ジャーナリストの小林美希氏の著書『ルポ保育崩壊』には、利益優先の企業保育参入によって、子供が育つために守られるべき基準が削られていく、ブラック保育の実態がリポートされている。また15年以上に亘り、保育事故を取材してきた猪熊弘子氏は著書『「子育て」という政治』のなかで、「規制緩和と待機児童の問題と保育事故は密接に関係している」と書いている。
厚生労働省のまとめによると、2015年保育施設内の死亡事故は認可外が10件、認可が2件、認定こども園と小規模保育が各1件、合わせて14件。0歳児が半数の7人を占め、うつぶせ寝によるものが多い。30日以上の負傷・疾病を伴う重大事故は死亡事故を含めると399件に上る。最近は安全安心と言われる認可保育所でも死亡事故が報告されるようになった。
約3万件の保育事故現場を調査した㈱アイギス社長の脇貴志氏は、0歳児の事故が過半数を占め、認可外保育所の事故が約7割、睡眠中の事故が多い、と書いている。
4.国は待機児童問題にどう取り組むべきか
労働政策ではなく、子供の育成という視点で保育政策を
アベノミクスによる企業業績の改善で、保育所等申し込み数は2年前と比べて急激に増えている。2015年11月12日、一億総活躍国民会議の塩崎恭久委員提出資料には、第2の矢「夢を紡ぐ子育て支援」(基本的な考え方)として、「就業と子育ての両立」の実現を掲げている。妊娠・出産、子育てによる不本意退職を解消する。働きたいと希望する人すべての労働市場参加や継続就業を実現する。成長に必要な労働力の確保を通じて「希望を生み出す強い経済」に貢献するとしている。
具体的な数値目標として、女性(25~44歳)の就業率を2020年76%、2020年代中に欧州の出生率の高い国並みの80%程度にする。第1子出産前後の女性の継続就業率を2020年までに55%、20年代中に60%。1、2歳児の保育利用率を60%(島根・福井並み)。男性の育児休業取得率2020年13%などを掲げている(図3)。
しかし、人口過密な東京圏で保育利用率を福井並みにするのは、人材、用地確保の観点からもほぼ不可能である。それだけでなく、多くの女性は出産後の継続就労を願っているわけではない。国立社会保障・人口問題研究所の第5回全国家庭動向調査(2013年調査)によると、既婚女性の77.3%が「子供が3歳くらいまでは、母親は仕事を持たずに育児に専念したほうがよい」と回答している。既婚女性の約8割は、乳幼児のうちは在宅育児を希望しているにも関わらず、様々な事情により保育所に子供を預けているわけである。
女性の希望に適っていない上に実現性が乏しい目標を掲げ、女性の就労促進を煽り、政府自ら保育需要を喚起していると言える。労働政策ではなく、子供の育成という視点で待機児童問題に取り組むべきである。
「保育」と「家庭育児支援」とのバランスを取る
介護や医療など社会保障費が増大するなか、自治体はとくに高コストの0歳児保育を増やせないという財政状況にある。
例えば、板橋区が公表している保育資料によると、児童1人当たりの月の保育費用は3歳児11万357円、2歳児18万5637円、1歳児20万7158円、0歳児では41万1324円。0歳児は1、2歳児の2倍、3歳児の4倍に上る。
高コストの0歳児の需要を抑制していくために、育児休業制度を徹底させる必要がある。ちなみにフランスなど欧州では、女性の労働力率が日本のようなM字型にならないのは、育休も就業中とみなされているからで、仕事をしているわけではない。従来の保育所偏重の子育て支援策を是正し、待機児童が多い0歳、1歳児は家庭育児にシフトさせるのが望ましい。
若い子育て世帯では経済的理由で共働きを選択せざるを得ない、あるいは非正規雇用では育休を取得できない状況がある。増える子育て貧困世帯に対して、不本意な認可外保育を選択するリスクを減らすために、所得制限を設けた上で月10万円程度の在宅育児支援等を行い、「保育」と「家庭育児」を選択できるようにする。
また0歳児保育の需要を減らすために、学習院大学教授の鈴木亘氏は、高コストの0歳児の保育料を引き上げる、育休給付金の対象を非正社員にも拡大する、0歳児を家庭で育てた方にポイント加算し、保育所入所を実質1歳児にする、などを提案している。
また神戸学院大学教授の金子勇氏は、子供のあるなしにかかわらず社会全体で育児負担を共有する「子育て基金」を提唱している。低年齢児の待機児童を減らすだけでなく、「認可保育所利用世帯」と「家庭育児世帯」が享受する公費の格差を是正することにもつながる。
フランス、スウェーデンなど出生率の高い国は、GDPに占める家族関係社会支出の割合は日本が1%程度なのに対し、2%と高い。子供の最善の利益を考え、基本的に長時間保育や0歳児保育は行っていない。育児手当と充実した育児休業制度で子供が健やかに育つ保育環境と親が子育てする権利を保障している。
東京一極集中を是正、人口の流れを変える
日本創生会議・人口減少問題検討分科会が発表した「ストップ少子化・地方元気戦略」(2014年5月8日)によると、「地方から大都市への『若者流入』は日本全体の『人口減少』に拍車をかけていると言える。少子化対策の視点からも、地方から若者(男女) が大都市へ流出する『人の流れ』を変えることが重要である。」とリポートしている。
東京圏の人口の動態予測によると、2020年をピークに人口は減少傾向に入り、団塊の世代が介護年齢を迎える2025年頃から、介護の施設や人手不足で大量の介護難民が創出されると言われている。
東京・首都圏のような人口過密都市で、近い将来に結婚・出産・子育て・介護という家族の再生産機能の維持が困難な状況になっていく。都市部の待機児童問題は喫緊の課題であり、既存の施設や空き教室などを活用して、今の保育需要に対処していかなければならない。
しかし、長期的には企業や職場などの地方分散化により、人口一極集中を是正しない限り、保育の供給量より需要が上回るという、待機児童が解消されない状態が続く。
まとめ
今日の待機児童を巡る問題は、親の就労を支える保育所対策に偏重した、政府の少子化対策が招いた失態といえる。小泉政権以来の「待機児童ゼロ対策」は出生率の回復にならなかったにもかかわらず、今日の「ニッポン一億総活躍社会プラン」に至るまで、待機児童ゼロ対策は引き継がれている。
日本が継続的に成長発展するためには、女性を積極的に活用していく「女性活躍社会」の実現は進めていかなければならない。しかし、保育の質の維持・向上が伴わない状態で、子育て中の女性の就労を促進すれば、未来を担う逞しい次世代が育っていかない。
長期的な人口移動の観点から言えば、待機児童問題は人口の一極集中がもたらした弊害と捉えることができる。全人口の4分の1が集中する人口過密な東京圏において、保育所の拡充は様々な意味で限界にきている。
喫緊の待機児童問題に対処するために保育の供給量を増やすことも必要だが、同時に待機児童が多い低年齢児の保育需要を減らす対策も考えていかなければならない。
そのために、従来の労働政策としての保育所偏重の子育て支援を見直し、子供の健全育成に十分に配慮し、家族政策としての子育て支援を考えていく必要がある。
《参考文献》
池本美香 編著『親が参画する保育をつくる』勁草書房
猪熊弘子 著『「子育て」という政治』角川新書
長田安司 著『「便利な」保育園が奪う 本当はもっと大切なもの』幻冬舎ルネッサンス
金子勇 著『少子化する高齢社会』NHKブックス
小林美希 著『ルポ保育崩壊』岩波新書
小峰隆夫+21世紀政策研究所 編『実効性のある少子化対策のあり方』経団連出版
全国保育団体連絡会・保育研究所 編『2015保育白書』ひとなる書房
月刊誌『Wedge』(2016年5月号)
大泉博子「少子化対策はなぜ効果をあげられないのか」月刊『圓一』(2016年3月号)