家族療法による家族力再生への提言 ―深刻化する子どもの養育環境問題―

家族療法による家族力再生への提言 ―深刻化する子どもの養育環境問題―

2019年10月25日

はじめに

 我が国では不登校や引きこもりなど、子どもの養育に関する問題が社会的課題となっている。不登校・引きこもりというと、往々にして母親の養育や子どもの問題に注目が集まりがちだが、子どもや母親だけに原因があるとは言えない。子どもの問題行動や情動問題は子・親・祖父母の間の親子関係、そして夫婦関係の課題が互いに絡み合った複雑な問題である。
 それらを解決するためには家族全体を支援対象とする家族療法が有効である。本稿では家族療法の概要を紹介し、日本への導入について提言したい。

 

1.アメリカの家族崩壊と家族療法

 アメリカでは1970年代に家族崩壊が進行し、子どもの摂食障害、心身症、引きこもり、虐待、DVなどが社会現象となった。深刻化する家族問題に対処するため、アメリカでは家族療法が開発され、社会運動となった。我が国はアメリカに倣った社会を形成してきたため、遠からず同様に家族問題が多発する時期を迎えると推測され、家族療法を取り入れる必要がある。

アメリカの家族崩壊

 アメリカで家族崩壊が進行する契機となったのはキャリア構造の変化である。70年代には、より良い職を求めて転職を繰り返すことが一般的になり、夫婦で別々の都市で働くことも珍しくなくなった。その結果、関係の維持が難しくなった夫婦は離婚し、新しいパートナーと再婚した人々も結局同様の理由で離婚に至ることが多くなった。当時は結婚した2組に1組が離婚し、離婚・再婚は「選択の結果」として当たり前に受け入れられるものとなっていった。
 親たちにとっては単なる選択の結果でも、子どもにとって親の離婚・再婚は重大事である。親が離婚すれば、子どもは自分の意思とは関係なく親権のない親と引き離される。頻繁な離婚・再婚は子どもの情緒的健康を悪化させ、心身症や非行といった問題行動・情動問題を深刻にした。また、ついていった親の新しいパートナーと良好な関係が築けないことも多く、DVや虐待などが増えていった。そのようにして、アメリカでは家族構成が流動的になり、離婚・再婚に端を発する問題が深刻になっていったのである。
 私は当時アメリカに滞在しており、アメリカの家族崩壊の実情を目撃した。そして、アメリカの後を追う我が国でも、20年もすれば家族に関係する同じような問題が多発するようになると危惧した。

家族療法への注目

 しかし、アメリカでは家族崩壊が進行すると同時に、その対策も考案されていた。その一つが家族療法である。家族療法は個々の家族成員が抱える問題の原因を家族内の関係性に求め、家族の全成員を当事者として扱う手法である。子どもの不登校や引きこもりも、子ども自身あるいは母親のみの問題として捉えるのではなく、子・親・祖父母の三世代にわたる親子関係、そして夫婦関係を含んだ問題としてとらえるところに特徴がある。その観点から、問題を抱えている当人との1対1のカウンセリングではなく、家族同席で行われる家族カウンセリングを主な活動としている。
 家族療法は社会運動となり、ジャーナリズムも大きく取り扱った。ニューヨークタイムズも特集を組み、「イタリアから来た家族療法専門家がシンポジウムをした」という記事がトップニュースになった。専門家には家族療法の必要性を見抜くような見識が求められ、一般読者も関心を持っていたのである。

危機感が薄い日本

 一方、我が国では家族問題を解決しようという社会運動が起こる兆しは見えない。家族問題の広がりに対して、欧米と比べて危機感が薄く、「何とかなる」という楽観的な思い込みが広がっている。家族療法のことを知っている人もほとんどおらず、返ってくる反応は「何の役に立つのか?」という期待感のないものばかりである。心理の専門家の間でも家族を問題解決の単位とする意識は薄く、3万5000人いる臨床心理士も家族療法については詳しく知らない者が大半である。
 しかし、報道されるような家族内の悲惨な事件は、一般家庭にとっても縁のない話ではない。そうした事件は特定の異常な親が起こしていると思われがちだが、現代では親子関係・夫婦関係に難を抱える家庭が増えている。普通の家庭でも少し条件が変われば虐待などの問題が発生し得る。
 したがって、我が国においても家族療法を取り入れ、家族丸ごとを支援する体制の構築が急がれている。

 

2.家族療法の枠組み

 前述のように、家族療法は複雑な家族問題を家族成員の関係性からとらえる手法である。子どもの養育上の問題を改善しようするとき、我が国にも家族問題を多世代に存在する課題の連鎖として分析する家族療法の視点が役立つ。以下では家族療法の枠組みを概観する。

家族療法の基本原則

 まず、家族療法を実践する際には、次の三つのポイントがある。
 一つ目は原因(犯人)探しをしないことである。家族内のコミュニケーションがうまくいっていない場合、多くの人は他者に原因を求める。しかし、他者のせいにすれば自分は悪くないという意識がはたらき、決して問題は解決しない。自分も家族の「課題」に関わっているという発想に転換し、そこから生まれた根拠をもとに解決方法を探っていくことが重要である。
 二つ目は、個人プレーからチームプレーに変えることである。一般的な心理カウンセリングでは、1人のカウンセラーが1人のクライエントと向き合って悩みを聞き、自分は積極的には発言しないやり方が主流である。対して、家族療法では複雑な家族問題に対応するため、2人か3人の支援チームを作ることがポイントになってきている。
 三つ目は、「笑顔を増やす」ことをカウンセリングの評価基準とすることである。私は国際医療福祉大学・赤坂キャンパスで家族カウンセリングの相談室を運営している。そこでは、受付の担当者がクライエントの変化を見ている。最初、暗い顔で、斜めに離れて、不満そうな雰囲気で夫婦が歩いてくる。それが、面接が終わった後には、手をつながないまでも、笑顔で、かなり接近して歩いて帰る。科学的・統計的ではないが、こうした経験的で客観的なエビデンスも重要である。
 家族療法では、これら三つのポイントを基本原則とし、家族全体で問題の解決を目指していく。

夫婦関係への注目

 こうした家族療法の視点に立つと、子どもの課題に親世代の夫婦関係が与える影響が見えてくる。
 例えば、子どもが不登校であるとき、背後にある夫婦関係の歪みを認識することは重要である。一般的に、我が国では子どもの学校不適応があると母親の責任だけに焦点が当てられ、父親は生活費を稼いでいればよいと免罪されてきた。しかし、そのような父親の在り方に問題がないわけではない。
 養育において父親の存在感が薄いと、母子密着による悪循環が起こる。母子密着とは、母親が子どもを心配するあまり過干渉や共依存にある状態のことである。母子が過度に密着していると、父親は疎外感を感じ仕事に居場所を求める傾向がある。母親は内心で養育に関わらない父親に失望し、さらに子どもに密着する。結果、父親は余計に家庭から離れ、母子密着が強化されていくという悪循環が起こる。それにより、子どもは自尊感情を育む機会を逸してしまう。
 家族療法はこの悪循環を断つ手法である。子どもの不登校を家族全体の課題と考え、父親を養育に参加させることで夫婦関係の改善を促す。そうすると、母世代(親世代)と子世代の間の「世代間境界」(適切な世代間の距離)ができ、子どもは適切に親離れして、自分のしたいことを見つけていく。そのようにして、月に1回の家族療法を5回、6回行うと、子どもは学校に通い始める。
 夫婦関係を改善することが子どもの課題を解決することにつながる。心理支援の従事者は夫婦をチームにすることを心掛けるとよい。

夫婦療法と日本的工夫

 このように、子どもの問題を解決するうえで、夫婦関係をうまくマネジメントすることは核心的に重要である。欧米でも離婚が全ての解決にならないという考えが一般的になり、どう婚姻関係を維持するかに焦点が当たるようになった。ジョン・ゴットマン(John Gottman)というアメリカの夫婦療法の専門家が「リペア・アテンプト」という予防的な関係修復の手法も開発している。
 こうした家族療法の内容に、日本の夫婦の特性に配慮した工夫を取り入れればなお効果的である。日本の夫婦は関係に問題が起きても本音を口にしない。それでは夫婦の問題は根本的に解決しないが、決定的な関係破綻は回避できる。そのような夫婦の特性を考慮に入れ、我が国でも夫婦療法が定式化されてきた。
 夫婦療法では5段階のステップを踏んでカウンセリングを行う。①まず、部屋に入ってきた夫婦の座る場所と向きに注目し、二人の関係の査定を行う。②次に、コミュニケーションの問題は互いに原因があるという円環的視点から面接を行い、中立性を維持する。③同時に、手触りのよい軽量の粘土(天使の粘土)を触りながらカウンセリングを行う。日本人はモノを触るなど、非言語的技法を使うと落ち着く傾向がある。そして、④FIT(家族イメージ法)という手法を用いて、家族内の関係を可視化する。最後に⑤夫婦の微笑み返しを確認する。
 この5段階を踏んだ夫婦療法においては、言葉で理屈を言うだけでなく、非言語的な手法が採用されている。禅宗の「只管打座」ではないが、ただ座って、じっと禅に努めるように、行為から自分で気づきを得る、東洋的手法が取り入れられている。軽量粘土を使用する手法もその一つである。粘土を触っていると自然と笑顔が出てくるが、夫婦は互いにその笑顔を見て自らに向けられているかのように感じ、雰囲気が柔らかくなっていく。

「家族イメージ法」

 同じように、私が開発した「家族イメージ法(FIT:Family Image Technique)」も、自らの気づきを可能にする手法である。FITではクライエントが方眼シートの中に円形シールを貼っていく。円形シールは人物を表し、色が濃いほど家族内でパワーがある。5段階で家族成員のパワーを評価し、家族成員一人ひとりに当てはまる色を選ぶ。また、円形シールには鼻のシンボルがついており、成員それぞれの関心の向きを表す。そして、直線のシールで、お互いの結びつきの強さや距離感を表す。最初、問題を抱えた家族は何を解決すべきか共有できていないことが多いが、FITの結果を互いに確認しておけば家族成員間の認識のズレを少なくできる。
 FITは職場の関係などでも応用でき、自分と上司や部下の理想的な関係と現状を比較することにも使える。
 家族同席面接においても「FIT現実図」を描いたうえで「FIT希望図」を描けば、どのような家族関係を望んでいるか、話し合うきっかけにもなる。
 このように、家族問題は家族全体の課題であるという観点を持ち、行動を通して自分から気づきを得る手法を用いることで、日本の家族・夫婦は関係を改善していくことができる。関係改善が家族問題の解決につながるのである。

家族イメージ法の概念図(FIT希望図)

 

3.早急な体制整備の必要

 ここまで述べてきたように、我が国はアメリカと同じような「家族問題多発社会」への道を歩んでおり、家族療法はその対応策となり得る。しかし、国内では家族療法を実践しうる体制があまりに整っていない。家族問題に根本的に対処するため、家族丸ごとを支援できる人材を育成することが急務となっている。

家族支援専門家の現状

 我が国において家族療法を用いて家族全体を支援できる人材は極めて少数である。2019年現在、その内訳は家族心理士が101名、家族相談士が843名で、あわせて1000人ほどしかいない。対するアメリカは修士号を取得しているレベルの支援専門家が10万人以上いる。人口比を計算に入れても決定的に数が違う。
 また家族支援の現場で新しい人材を育成しようにも環境が伴っていない。一番の問題は、人材を育成するための指導者が圧倒的に不足していることである。児童相談所の職員は人事で配置されるため、4年以上勤めている職員がほとんどいない。
 自分の経験からすれば、50年間臨床心理に従事して、ようやく家族問題に対処できるようになってきた。そのため、10年、20年勤めたとしても専門性という意味ではまだまだ研鑽が必要であるし、座学だけではどうにもならない。早急に指導者となれる人材を育成しなければ、我が国は備えの無い状態で危機の時代を迎えなければならないであろう。
 十分な数の指導者を養成するためには、国の積極的な関わりも重要である。家族療法は家族全員を交えてカウンセリングを行うため、どうしても一つのケースに時間がかかり、商業ベースに乗りにくい。現在家族の心理支援に従事する人材も、年収200~300万円ほどの所得しかない。そのように厳しい経済事情にも関わらず、自費で研修を受けに来ている。十分な人材育成のためには国の支援が決定的に重要である。
 北欧では多くの女性大臣が家族療法の発想を取り入れ、20年前から、教育、技術開発を積み上げている。日本の政治家にも、マクロな経済システムとミクロな2~3人の関係をリンクさせるシステム論的発想を持ってほしい。

「小チーム・モデル」の有効性

 十分な環境が整っていない中でも有効な策があるとすれば、小チームによる人材育成と現場実践の両立である。「小チーム・モデル」は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部のトマス・ボーデンハイマー教授(Prof. Thomas Bodenheimer)が提唱した。欧米ではプライマリー・ケアや家庭医療(Family Medicine)に導入されており、我が国でも教育や福祉の現場への採用が議論されている。
 今後、心理の分野にもこの小チーム・モデルを取り入れ、2~3人のチームで心理支援に取り組むことが望ましい。なぜなら、専門性の高いベテランが足りなくとも、初心者と少し経験のある中級の指導者でチームを作れば、助け合って問題を解決することが可能となるからである。小チーム・モデルは、専門性が十分でなくとも「察する力」にたけた日本語話者だからこそ有効な方法でもある。チームを作れば初心者や大学院生も現場に入っていける。このモデルは児童相談所における人材育成にも適用できるであろう。
 私自身、小チーム・モデルによる人材育成として60名近い大学院生の指導をしている。彼らを複数の小チームに編成し、いろいろな運営をシステム化し、統合的に運営している。我が国には170の臨床心理士養成大学院があるが、こうした取り組みは稀である。私たちは設備等、恵まれているので、モデルコースとして展開したいと思っている
 小チーム・モデルで現場を支えているうちに、国が家族療法に向けて大きく舵を切ってくれることを期待している。

 

おわりに

 家族問題を解決するためのポイントは夫婦関係である。親世代の夫婦関係が子ども世代に影響を与え、祖父母世代の夫婦関係が親世代に影響を与える。それを考慮した時、家族療法によって、多世代の夫婦・親子関係を一体的に解決することは極めて重要である。
 医療が発達した現代では、夫婦で過ごす時間が長い。今の小学2年生の半数は107歳まで生きるといわれる。仕事を退職しても人生が40年続く。20~30年前には考えられなかったことが、人生モデルとして既に想定されている。
 そうした時代に家族関係・夫婦関係を支援できる人材をどう育成していくかを真剣に考えなければならない。家族政策に関するプラットフォームをつくって優秀な人材を集め、プランを立てて国家にも認めてもらうことが必要である。それを急速に始めないと間に合わない。今から始めて2040~2050年にやっと専門家が出てくると考えている。少なくとも2020年代には着手しなくてはならない。家族療法に挑戦してくれるところがあれば、私も出かけて行ってお手伝いしたいと考えている。

(本稿は、2019年8月22日に開催した政策研究会における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
亀口 憲治 国際医療福祉大学大学院教授
著者プロフィール
福岡県生まれ。九州大学大学院教育学研究科博士課程全単位取得。ニューヨーク州立大学フルブライト研究員。福岡教育大学教授、東京大学大学院教育学研究科教授、同大総長補佐、同大臨床心理学コース主任教授等を経て、現職。東京大学名誉教授。放送大学客員教授。(一社)家族心理士・家族相談士資格認定機構理事長なども務める。博士(教育心理学)。専門は臨床心理学、家族療法、家族心理学、システム心理学。著書に『家族臨床心理学』『心理臨床大事典』『家族システムの心理学』『家族療法的カウンセリング』『家族力の根拠』『心理療法ハンドブック』『家族療法』他。

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