IPP分析レポート

2015年12月7日

米国における同性婚 ―その経緯と展望―

米紙ワシントン・タイムズ記者 シェリル・ウェツスタイン
福祉、家庭、社会問題などを中心に、ニューヨークやワシントンで35年以上にわたって記者活動を続けている。1985年にワシントン・タイムズに入社、貧困、父権、十代の妊娠、性教育、性感染症、結婚、離婚、同棲、同性婚、教育問題などについて傑出した報道をしている。77年に新人記者賞、83年に「ニューヨークの心」賞(いずれもニューヨーク記者クラブ主催)など、ジャーナリストとしていくつもの賞を受賞。米国の同性婚合法化問題に関しては多くのインタビューを行い、記事の執筆を行っている。

はじめに

 米国で同性婚が合法化されたことは、歴史的で大地を揺さぶるほどの文化的な一大事だった。これは百パーセント議論の分かれる問題だ。長期化が予想される感情的な文化戦争の始まりであり、中絶の権利をめぐる42年以上の闘いに匹敵するものだ。
 筆者は新聞記者として40年近く、最初はニューヨーク、その後はワシントンD.C.で活動してきた。そのうち30年間はワシントン・タイムズの記者を務めてきた。ワシントン・タイムズの核心的な価値は「信仰」「家族」「自由」「奉仕」であり、社会の変化、特に家族のあり方や結婚をめぐる変化に強い関心を持っている。
 筆者自身が同性婚について報道するようになったのは1996年1月のことだ。ある日の夜遅く、ハワイで伝統的な価値観を重んじる活動家から電話をもらった。彼は、「シェリル、ハワイで何が起きているか知っているか?」と言うので、私は「いいえ」と答えた。「ハワイの裁判官たちが同性愛者の結婚を合法化しようとしているんだ。彼らが判決を下せば、他の州でもそれを受け入れなければならなくなる」と彼は続けた。「まさか、そんなことあり得ない」と私が言うと、「本当だ」と彼は言った。
 この会話をきっかけに、筆者は同性婚に関する最初の記事を書いた。それから20年間、同性婚を扱った約500本の記事を書き、このテーマは筆者の人生の一部となった。
 本稿では、まず同性婚をめぐる現在の状況を概観する。次に、これほど広範な影響を持つ前代未聞の社会的変化がどのようにして起きたのかを説明する。続いて、同性婚に関する連邦最高裁判所の判決と、それに対する4つの反対意見の要点を示す。最後に、判決をきっかけに米国で何が起きているかを述べる。

同性婚を合法化した「オバーゲフェル裁判」の背景

 最初に、背景となる事実を若干説明する。米国におけるこの画期的な訴訟を起こしたのは合計30人の成人で、内訳は14組のゲイ・レズビアンのカップルと、パートナーが死亡した2人のゲイ男性だ。原告の同性愛者らは、中部のオハイオ州、ケンタッキー州、テネシー州、ミシガン州の結婚法を連邦最高裁が破棄するよう求めた。原告らが結婚法を嫌ったのは、その中に結婚は「一人の男性と一人の女性の合一」という文言があり、同性カップルや一夫多妻の家庭、成人と子供の結婚などを排除していたからだ。
 重要なことだが、米国の多くのメディアは同性愛者の権利を擁護する活動に同調し、これらの州の結婚法は「同性婚禁止法」であるとレッテル貼りした。しかし、これら4州の結婚法は思いつきで成立した法律というわけではない。州憲法の修正という形で各州の議員に支持され、数百万人の有権者が賛成して成立したものだ。また、改革主義の州判事たちの判断を覆すという目的もあった。つまり有権者は、結婚とは男性と女性の合一によるものだと裁判所に釘を差したかったのだ。
 具体的には、2004年にミシガン州で州憲法の結婚に関する規定の修正案が投票総数の59%、260万人の賛成によって成立した。また同じく2004年、オハイオ州とケンタッキー州でそれぞれ62%(330万票)、75%(120万票)の賛成によって修正案が成立した。2006年にはテネシー州で投票総数の81%、140万人の賛成で成立した。ある段階では、全米50州のうち32州の有権者が類似の憲法修正案に賛成している。
 しかし、オバーゲフェル対ホッジスとして知られる裁判における連邦最高裁の判断によって、これらの修正条項は施行できなくなった。同性婚に関するこの歴史的な裁判は、原告のジェームズ・オバーゲフェルにちなんで名付けられた。ジェームズは同性愛者で、オハイオ州にパートナーであるジョン・アーサーと長年一緒に居住していた。ところがジョンが重い病気に罹った。二人はメリーランド州に飛び、そこで結婚の法的な手続きを済ませてオハイオ州に戻ったが、まもなくジョンは死亡した。ジェームズはオハイオ州当局に対し、ジョンの死亡証明書に自分の名前を「生存配偶者」として記入するよう求めた。
 それに対してオハイオ州のリチャード・ホッジス保健局長ら当局者は、同州では同性婚を認めていないのでその要求には応じられないと答えた。そこでジェームズ・オバーゲフェル氏は、パートナーの死亡証明書に自分の名前が書き込まれるように、メリーランド州で認められた同性婚がオハイオ州でも認知される権利を求めて訴えを起こした。同性愛者の他の原告たちも同じような要望を持ち、地元の州で結婚できるようにして欲しい、あるいは他州で認められた同性婚を地元の州でも認めて欲しいと求めていた。
 2015年6月26日、連邦最高裁はオバーゲフェル裁判の判決を下した。その判断は5対4で、米国の各州が同性愛カップルに結婚許可証を発行するよう求めるものだった。この判決については後述するが、この結果、同性婚は米国全土で実質的に合法化され、特に法廷で同性婚の合法化に抵抗していた13州に受け入れを認めさせるものとなった。
 想像に難くないが、同性婚賛成派は連邦最高裁の判決に歓喜した。ジェームズ・オバーゲフェルや他の原告たちは「公民権の英雄」と呼ばれ、この裁判で勝訴した弁護士たちは法の「チャンピオン」と賞賛され、全米で祝賀イベントが催された。オバマ大統領は、この判決を「アメリカの勝利だ」と述べ、大統領府はその夜ホワイトハウスを照明で虹色に照らして大々的に祝意を表したほどだった。また、この判決が下ったのは大規模な「ゲイ・パレード」がいくつかの都市で行われる直前だったため、シカゴ、ニューヨーク、シアトル、サンフランシスコなどではその週末、大がかりな祝典が催された。
 さらに、同性婚を拒否してきた13州では、数百人の郡書記官らが同性カップルへの結婚許可証の発行を準備し、その週の金曜日には数百組の幸せそうなカップルが結婚許可証を手にした。
 ところで、米国で同性カップルの結婚件数はどのくらいだろうか。実ははっきりした数字はない。多くの州では結婚したカップルが異性同士なのか、同性同士なのか記録を取っていない。我々が知り得るのは、米・国勢調査局が結婚についても調査しており、2013年の報告では約17万組が同性カップルだったということだ。
 当然ながらこの数字は増えており、今後すべての州が同性婚を許可すれば、さらに増加するだろう。すでに50%増加したと仮定すれば、同性婚は25万5,000組にのぼる(すなわち2014年、2015年に計約8万5,000組の新たな同性婚が成立したことになる)。
 25万5,000組は多く見える数字かもしれないが、統計的に言えば米国における同性婚は現在でもきわめて稀である。米国の男女間の結婚総数は約6千万組であり、仮に同性婚が25万5,000組に増えたとしても全体の0.4%に過ぎない。なお、次に結婚に関する数字が明らかになるのは2020年の国勢調査である。

新たな終わりなき文化戦争

 では現在、米国では何が起き、同性婚反対派は何をしようとしているのか。同性婚は事実上、米国のあらゆる場所に広がりつつある。一方で、さまざまな場所で抵抗も起きている。
 アラバマ州の多くの郡では、検認判事たちが結婚許可証を誰に対しても発行しなくなった。そのため同州や他の数州の議員たちは、結婚許可証の発行自体を中止するか、公務員の発行義務を免除する措置を検討している。
 ケンタッキー州のある熱心なキリスト教徒の書記官は、同性カップル(現在ではすべてのカップル)に対する結婚許可証の発行を拒否した。連邦最高裁より上位だと彼女が信じる「神の権威」がその根拠だという。その書記官、キム・デービスはすでに5日間拘束されたが、関係者は何らかの宗教的理由を認めて彼女の名前を結婚許可書類から除外する方法を検討している。
 フランシスコ・ローマ法王は2015年9月に訪米した際、キム・デービス夫妻と面会し、彼女の両親のためにロザリオ(数珠)を贈った。そして彼女を抱擁し、その勇気に感謝して「強くいて下さい」と語りかけた。9月27日にローマに向かう機内でフランシスコ法王は、「良心に従って異議を唱えることは、あらゆる人権に通じる権利のひとつである」「他人が良心に従って異議を唱えるのを認めないとすれば、その人は権利を否定しているのだ」と述べた。ある記者が、そのような権利は政府や公務員にも適用されるのかと問うと、フランシスコ法王は「それは人間の権利であり、政府の役人が人間ならその人にも権利がある。人間の権利なのだから」と答えた。
 なぜ米国には同性婚に対する抵抗があるのか。アラバマ州の判事らは憲法上の理由を挙げている。すなわち、結婚法のように家族に関わる政策の権限は連邦政府ではなく州政府にあり、したがって連邦最高裁には諸州の結婚法に干渉する権利はない。
 ちなみに、2015年10月8日には64名の法学者がオバーゲフェル判決に対して「憲法上の理由による反対」を促す声明を発表した。米国の民間非営利団体「アメリカン・プリンシプルズ・プロジェクト」の声明によれば、連邦最高裁の5人の判事の判断は、数千年にわたって夫と妻の合一によるものと考えられてきた結婚観を一掃した。しかし、そのような判断にいたる「何ら説得力のある根拠が示されていない」ため、オバーゲフェル判決によってこの問題が「法的に解決したとは考えられない」としている。
 もちろん、同性婚の支持者らはこのような見方を否定しており、声明に署名した法学者たちを「往生際の悪い敗者」と非難したり、フランシスコ法王は騙されてキム・デービス夫妻に面会したのだと主張する人々もいる。
 こうした出来事は、同性婚の合法化が米国で新たに終わりなき文化戦争を引き起こそうとしている根本的原因が、宗教的信条に関わる問題にあることを示している。多くの篤実なアメリカ人は、旧約・新約聖書に書かれているとおり、結婚とは一人の男性と一人の女性の合一として神に定められたものだと信じている。したがって、何百万人もの信者、とりわけ福音派キリスト教徒、伝統的なカトリック信者、正統派ユダヤ教徒、イスラム教徒、モルモン教徒を始めとする伝統的価値観を持つ人々にとって、同性婚は偽りであり、神の嫌悪の対象ですらあるのだ。
 この状況は、米国における中絶をめぐる文化戦争とも類似する。中絶をめぐっては、生命が受胎によって始まると信じる宗教的な人々が、人工妊娠中絶は生命を破壊する邪悪な行為であり、殺人とみなす傾向があるからだ。
 彼らのような「プロ・ライフ派」(中絶反対派)は、憲法修正第14条を適用して中絶を制限する州法を一掃した連邦最高裁のロー対ウェイド裁判およびドウ対ボルトン裁判の判決を覆すことを目指し、1973年から闘争を続けてきた。プロ・ライフ派は中絶支持派―その多くは同性婚の権利も支持している―の激しい抵抗を受け、中絶は米国国内の長年にわたる政治問題となってきた。

結婚産業の現状

 続いて、結婚産業に従事する人々が直面している事態について述べる。メディアの報道によれば、彼らは極めて喜んでいるか、逆に懸念を深めているか、どちらかに分かれている。喜んでいるのは、パン屋、花屋、写真屋、ドレスメーカー、貸衣装屋、仕出し業者など、結婚産業で働き同性婚を支持する人々だ。彼らが同性婚を支持するのは、オバーゲフェル判決によってビジネスが盛んになると考えているためだ。
 実際、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ウィリアムズ研究所の予測によれば、同性婚の結婚式や関連の旅行需要により、今後3年間で各州に26億ドルの収入がもたらされるという。すでに、同性愛者にやさしい事業を認定する「同性結婚式協会」なるものも存在する。あらゆる分野の多くの企業が同性愛にやさしいこと堂々と広告しているが、それもLGBT(ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー)関連市場が数十億ドル規模にのぼると見積もられているためだ。
 逆に、結婚ビジネスを営む経験なキリスト教徒や伝統的な信仰を持つ人々は不安を抱いている。パン屋を経営するコロラド州のジャック・フィリップとオレゴン州のアーロン・クラインとメリッサ・クラインは、同性カップルの結婚式用のケーキ作りを断ったために訴えられ、裁判になっている。クラインはケーキ作りを断ったレズビアン・カップルに対し、13万5,000ドルを支払うよう命じられた。
 一方、ワシントン州で長年花屋を営んできた年配女性バロネル・スタッツマンも裁判で争っている。彼女は店の古くからの顧客であるゲイ男性に過去に何度も生花を販売してきた。ある日、その男性が別の男性との結婚式のために花をアレンジして欲しいと注文したが、スタッツマンは信仰に反するとの理由で断った。男性は彼女を告訴した。今の状況では経営する花屋や退職基金を含め、スタッツマンは持っているものすべてを失う可能性が高い。
 ニューメキシコ州のある写真屋は、同性カップルとの裁判で敗訴して罰金を払う羽目になった。一方、アイオワ州では、かつて結婚式用のチャペルを営んでいた二人の牧師が同性婚の結婚式を執り行うことを拒んだために、罰金を支払って資産を売却することになった。その二人の牧師、ディック・オドガードとベティー・オドガードは、男女間の結婚こそが聖書に基づく結婚観であることを米国人に伝えようと、大型の広告を掲げるための資金を募り始めた。これらが現在米国で起きている状況の一部である。

結婚制度の変質が招いた同性婚の広がり

 米国で同性婚が広がった背景について書いた記事は数多くあるが、多くの新聞が参考にしていると思われる一つの見方を紹介したい。それによれば、この途方もなく重大で歴史的な変化が起きた背景には、内部と外部の複合的な理由がある。
 内部的な理由を一言で要約すれば、米国の結婚制度が徐々に変質し、同性カップルや活動家が欲するようなものへと変わってしまったということだ。一方、外部的な理由は、同性愛者の権利擁護団体が結婚の権利を求め始めると、彼らは団結し、潤沢な資金的裏付けをもって高度な長期戦略を練り、法廷や政治プロセスを通じて同性婚の合法化を目指したということだ。
 それぞれについて詳しく述べる。筆者が言及する内部的な理由の説明は、結婚学者で南ユタ大学の英文学教授であるブライス・クリステンセンによるものだ。クリステンセン教授は2004年に「同性愛者はなぜ現在のような結婚を望むようになったのか」(※1)と題する論文を書いた。
 クリステンセン教授の結論は、同性カップルが結婚許可証を要求し始める数十年前から、結婚制度は裁判官や弁護士、活動家、学者などによってすでに「根本的に再定義されていた」というものだ。同教授によれば、かつて結婚はおおむね宗教的な教義と道徳の伝統によって規定されていた。例えば、結婚は神からの祝福と見なされ、生涯持続すべきものと考えられていた。夫婦は「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、あなたとともにいる」ことを誓い、牧師は「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」と告げるのだ。
 夫婦は性生活の面でも貞節で、お互い以外の関係を放棄することを求められた。そして神が創世記で「増えよ」と言ったごとく、夫婦は子を産み、協力して育てていくことを期待された。また夫婦は、特に地域社会で善良な一員であろうとすれば、礼拝に出席することも期待された。そして夫婦はおおむねそれぞれの性別の役割に沿った生き方、つまり男性は仕事に就き、女性は家で子供の世話をすることが期待された。
 したがって、かつて結婚は宗教的経験に根ざし、永続的な一夫一婦で、子供を中心に展開するものと考えられていた。そのため、特に子供が生まれるという前提のゆえに、国家は結婚した夫婦に特別な地位や恩典を与えたのだった。夫婦こそが次世代の市民や労働力を育てる存在だったからだ。
 ここで、その時代の同性愛者の解放運動に話題を移す。1950年代から60年代、70年代、さらに80年代に至るまで、同性愛の活動家は結婚に表立った関心を持っていなかった。同性愛者の解放とは自由、すなわち「自分の人生を自分が望むように生きる自由」を得ることだった。活動家らは、警官からの嫌がらせや同性愛を犯罪扱いする法律をなくすため、行進したりロビー活動をしたりしていた。職場での差別がなくなることを求め、あるいは諍いを起こさずに医療サービスを受けたいと望んでいた。そして彼らなりのカウンター・カルチャーを自由に生きいと願っていた。
 したがって、数十年もの間、同性愛者の解放活動家は率直に言って反結婚だった。彼らから見て結婚とは「性的抑圧」「家父長制」そのものであり、「人間の性を束縛する」制度にほかならなかった。結婚生活においては性行為の目的が生殖にあり、一夫一婦の絆を守らなければならい。彼らはそのようなものを是認していなかった。
 それに対し、同性愛の権利は性的な自由、すなわち流動的な性的指向、開かれた関係、呵責感のないポリアモリー(複数の性愛)や乱交を意味していた。例えば、ある奇妙なアナーキストは、「結婚とは自由恋愛の反対語」であり、国家が「次世代の労働力の再生産にもっとも適した形で我々の性のあり方を押しつけるためのものだ」と述べた。ある二人のレズビアンは2004年にこう書いている。「私たちがいつも考えたのは、レズビアンやゲイであることの利点の一つは、結婚しなくても済むということだった。」
 では同性愛の権利運動家の結婚観はなぜ変化したのか。クリステンセン教授は次のように幅広い説明をしている。
 20世紀を通じ、米国社会は農業と家族農場を中心に形成されたものから、工業国家としてほとんどの人が都会や郊外に暮らす社会へと変遷した。その結果、家族は農場で一緒に働かず、男性は仕事に出かけ、女性は家で子育てをするようになった。その後、技術進歩によって女性が家事労働をより効率的にできるようになり、彼女たちの生活はさらに変化した。もはやバターを攪拌して創ったり、布を織ったり、衣服を手で縫ったり洗ったりする必要もなくなった。そうした雑用をする代わりに、女性たちは加工製品を買うお金と時間を獲得した。
 親が子供の世話や、車や庭園の管理を他人に任せることも、社会に受け入れられるようになった。家族生活はテレビや映画、その他の「お金で買える娯楽」を中心に展開するようになった。人々は昔のように教会には行かず、地域の奉仕活動にも参加しない。クリステンセン教授は論文で、多くの女性が仕事に就くようになり、夫婦が持つ子供の数が減るとともに、子供を持たない夫婦も増えたと述べている。
 そして1970年代にはもっとも大きな文化的変化、すなわち離婚をめぐる改革が全米に広がった。いわゆる「無過失離婚」という概念によって、夫婦は「相容れない違い」を理由にすれば、どちらに責任があるかを証明しなくても結婚生活にピリオドを打てるようになった。これによって数百万件の離婚が成立し、結婚は永続的なものという考え方は崩壊した。
 1960年代には『プレイボーイ』誌が性革命を牽引し、経口避妊薬、婚前交渉、さらには婚外交渉までも容認する文化が広がった。こうした婚外の性行為によって婚外出産が増加し、現在米国における出産の40%をシングルマザーが占めるようになった。また米国の十代後半の若者のあいだで未婚の同棲も広がった。
 この「性革命」は、大きく二つの意味で結婚制度を侵食した。まず男性も女性も性交渉は結婚してからお互いの間で行うもの、という考え方が崩れた。さらに夫婦は結婚したら子供を作るもの、という通念も揺さぶられた。最終的に結婚制度で変わらなかったのは、婚姻関係を結ぶことで得られる恩恵だった。婚姻関係があれば政府の給付金、年金、所有権、健康保険、税金、相続などで恩恵を受けられる。クリステンセン教授によれば、これによって同性愛の活動家にも結婚が魅力的なものになったのだという。
 同教授は次のように指摘する。結婚が「健全な家庭経済の仕組みを失い、子供のいない世帯が増え、常に離婚の危機に瀕する」ようになった反面、保険や雇用、政府の給付金の恩恵を享受するには引き続き好都合な制度であったため、結婚は「ついに同性愛者も参加したい」ものになったのだ。
 言い換えれば、米国の同性婚は同性カップルが結婚したくて始まったと言うより、異性婚の人々が結婚と性生活に関わるあらゆる規律や規範を変えてしまったことに端を発しているのだ。

同性婚推進派による大がかりな戦略

 こうして結婚制度が構造的に弱まるなかで、最後に必要だったのは同性カップルに結婚の扉を開ける外部からの力だけであった。それがまさに同性愛の活動家らが数十年にわたって実行してきた結婚の平等を目指す戦略であった。
 弁護士のエバン・ウルフソン、メアリー・ボヌアート、ケビン・キャスカートらを始め、数百名もの人々が協力して卓越した戦略を考案した。同性愛の活動家は「結婚の平等」を求める州レベルまたは連邦レベルの法廷闘争のみならず、同性間の性行為を犯罪と定めた法律を無効とし、性的指向や性的アイデンティティに基づいたあらゆる差別を違法とする判決を求めてきた。それらすべての法的前進が、今回の連邦最高裁における勝利の土台となったのだ。
 もう一つの大きな要素は、同性婚の支持を得るための広報活動だった。米国ではこれまで非常に多くの広報・メディアキャンペーンが実施されてきた。同性愛者の家族は「あなたの家族とまったく同じ」であり、愛情豊かなものであることを紹介したものもある。別のキャンペーンでは、同性婚は公民権の問題であると主張した。これは絶妙な着想だった。人種と同じく性的指向も生まれつきのもので変更できないと多くの米国人が納得すれば、同性婚を否定できなくなるからだ。また同性婚が「新たな公民権」であるという主張は、若い米国人にきわめて強い説得力を持った。若者は寛容で開かれた心を持ち、多文化的であることに誇りを抱いているからだ。
 一方、研究者らは同性愛者の家族に関する小規模な研究を大量に発表し、同性愛者の家庭で育てられた子供たちは非常に順調に成長しており、場合によっては異性婚の両親に育てられた子供より優れていると主張した。続いて有名人や政治家、音楽家、運動選手、実業家などの文化エリートたちが、同性愛者としてカミングアウトするようになった。オバマ大統領やクリントン前大統領も、「進化して」同性婚を支持するようになった人々だ。
 一部の有力教会も同性カップルの結婚式を執り行うようになった。米国聖公会のジーン・ロビンソン主教は、同性愛者のパートナーと結婚しても聖職者であり続けたいと求めたが、これをめぐって聖公会は二分した(ちなみに、後に彼は聖職を退いて元夫とも別れた)。米国の長老教会やキリスト合同教会なども、同性カップルの結婚式を行っている。
 再三の世論調査によれば、大半の米国人、特に若者は同性婚の合法化を受け入れており、それを嫌うのは年配世代だけという構図になりつつある。では実際に、誰が同性婚に反対の声を挙げてきたのか。今も昔も、40歳以上で、伝統的な価値観や強い宗教的信念を持ち、例えば毎日聖書などの聖典を読み、熱心に祈祷し、いつも礼拝に参加するような人々が同性婚に反対する傾向がある。
 では、1990年代に同性婚推進の大がかりな戦略が展開され始めた頃、こうした反対者たちは何をしていたのか。真実を言えば、当時これらのキリスト教徒や伝統的な価値観を持つグループは、同性婚というテーマを本気で取り上げる人がいるとは、とても信じられなかったのだ。
 彼らの多くはただ聖書を掲げ、同性愛は罪だと書かれた部分を指させば、米国というユダヤ・キリスト教の国、そして貨幣にも「我らは神を信じる」と書かれた国の大衆は同意してくれるはずだと考えていた。しかし米国の国民、特に若者たちは結婚の平等を求める「公民権」の論議を受け入れるようになっていった。
 最終的に、同性婚を認めたくない米国人たちはある効果的な戦略を作り上げた。すでに述べたように、彼らは州判事たちの判断を覆すため、州憲法を修正して結婚は一人の男性と一人の女性の合一によるとの文言を加えるという、困難で費用のかかる道を選んだのだ。
 これで大丈夫、そう彼らは信じただろう。歴史的に結婚に関連する法律は州に権限があり、合衆国憲法は同性婚の権利を認めていないため、連邦最高裁がそれを脅かすはずはないと考えたからだ。それで32州で約5,500万人の有権者が投票所に足を運び、結婚に関する州憲法の修正条項が制定された。この政治的手続きで、この問題は公明正大に解決できたと彼らは思った。ところが周知のとおり、有権者たちは裁判所で勝利したわけではなく、今や連邦最高裁が6月に下した判決によって、これら憲法修正条項や諸州の結婚法は施行できなくなってしまった。
 ここまで、同性婚が合法化された理由は一つではなかったことを示した。まず社会的・文化的な大変化によって結婚制度を規定していた力が弱められていき、それからあらゆる種類の外部からの力が、結婚は一人の男性と一人の女性によるもの、という観念を打ち砕いた。
 次に、連邦最高裁の判決について、彼らがいかに合衆国憲法の中に同性婚の権利の根拠を見出したかを説明する。

憲法のどこに同性婚の権利を見出したのか

 2015年6月26日、連邦最高裁の5人の判事たちはどのようにして合衆国憲法の中に同性婚の権利を見出したのか。同時に、多数派意見の二倍の長さに及ぶ4人の判事の反対意見についても詳しく述べる。
 合衆国憲法の中に、結婚は権利として列挙されていない。修正第1条には5種類の自由が含まれるが、もっとも重要な宗教の自由から始まっている。そこでは、連邦議会が国教を定めたり、自由な宗教活動を禁止したり、あるいは「言論や出版の自由を制限したり、国民が平穏に集会する権利を制限する」法律を制定してはならないと書かれている。また国民には苦痛の救済を求めて政府に請願する権利があるとも書かれている。
 歴史的に見て、結婚その他の家族関係に関して法律を制定するのは諸州だった。これは修正第10条に、連邦政府に「委任」していない権限については、それが「各々の州または国民に留保される」と書いてあるためだ。言い換えれば、合衆国憲法は結婚に触れておらず、あるいは結婚を連邦政府が扱う問題として委任しているわけでもないので、結婚は諸州または国民が決めるべき問題だということだ。しかしそうであれば、連邦最高裁はなぜ、結婚が一人の男性と一人の女性の間のものと規定したすべての州法を無効とする権限を行使できたのか。
 それは5人の判事たちが、修正第14条の平等保護と適正手続きに関する条項の下で、同性カップルにも結婚という基本的権利への平等なアクセスが与えられるべきことが示唆、または推論される、という合意をしたからである。さらに、もし修正第14条が同性婚の合法性を示唆しているのであれば、連邦最高裁には諸州の決定を覆してそれを認めさせる権限があると判断したのだ。
 では修正第14条とは何か。それは今から一世紀以上も前の1868年、南北戦争後に元奴隷や他の黒人たちに市民権を与えるために制定された。修正第14条が諸州に対して言っているのは、いかなる州も「法の適正な過程によらずに、その生命、自由または財産」を何人からも奪ってはならず、また何人に対する「法の平等な保護」をも否定してはならない、ということだ。
 この修正条項と「自由」という言葉は、同性婚を合法化した5人の連邦最高裁判事にとってきわめて重要なものであった。5人の判事―アンソニー・ケネディ、ルース・ギンズバーグ、スティーブン・ブライヤー、ソニア・ソトマイヨール、エレナ・ケイガンの各判事―は、彼らがまとめた28ページの意見書で以下の7点を主な論点に挙げた。

1.最高裁判所はすべての国民の「自由」を保護しなければならない。それは国民が自らを規定したり表現したり、誰と結婚したいかといった「個人的な選択」の自由を含む。
2.結婚は合衆国憲法の下での「基本的権利」である。
3.同性愛は「正常なもの」であり、同性愛者が性的指向を変えることはない。
4.同性カップルは結婚を尊重しており、それに伴う責任と特権を求め、かつ必要としている。
5.同性愛者の家族は愛情豊かで、助け合う家庭を作ることができるという明らかな証拠がある。
6.同性婚が他者に「危害を与えるリスクはない」だろう。
7.したがってゲイにとってもレズビアンにとっても、結婚こそが「この深い誓約」を実現する唯一本来の道である。

 5人の判事は、これ以外にもいくつかの重要な指摘した。第一に、四つの州はその主張するところをまったく証明しなかった。同性婚がどのように社会を不安定にし、または子供たちに危害を与え、あるいはいかなる形で否定的な影響をもたらすかについて、説得力ある説明をしていない。
 第二に、諸州は結婚に関する時代遅れの古びた考え方にこだわっている。時の流れとともに、「新たな見識や社会的理解によって、もっとも基本的な制度に巣くう『不当な不平等』が明らかになることがある。それらはかつて注目もされず、課題になることもなかった。」諸州はこの点を理解していない。言い換えれば、以前は誰にも見えなかった不正義を賢者は見ることができるのだ。
 第三に、結婚に関する論議は20年以上も続いており、これまでに膨大な量の記事、調査、研究、議論が積み重ねられてきた。この問題は目新しいものではなく、連邦最高裁は今その判断を下すことができ、判決は即時に効力を持つ。我々は本件を諸州に差し戻す必要はなく、また民主的プロセスで決議する必要もない。なぜなら、これは国民の基本的権利に関するものであり、同性愛者の家族は今も苦しんでいる。多数派の判決はこのように述べた。
 また5人の判事は次のように結論づけた。「裁判所は、同性カップルが結婚する基本的権利を行使できると判断する。この自由が今後、彼らに対して否認されることはない。」そして、これら男女は「法の下での平等な尊厳性を求めた。憲法は彼らに対し、その権利を認めるものである」と述べた。
 ケネディ判事が書いた多数派の判決文の一部は非常に詩的であったため、その文章を結婚の誓いに用いる同性カップルもいるほどだ。

4人の判事による反対意見

 判決に反対した4人の判事の言葉は、結婚の誓いで用いられることはないだろう。これら4人の判事―ジョン・ロバーツ裁判長、アントニン・スカリア判事、クラレンス・トーマス判事、サミュエル・アリート判事―は各自が意見書を書いた。その合計は64ページに及び多数派の判決文の二倍以上の長さになった。彼らは判決内容について、主に5つの点で批判した。

1.この判決は「原則に基づかず」、「憲法上の根    拠がない。」同判決には「薄いベニヤ板ほどの見せかけの法律」さえ存在せず、基本的に、選挙で選ばれたわけでもない5人の法律家が、「目新しい権利をでっちあげ」、「その権利なるものを国全体に押しつけた。」
2.判決は民主的プロセスに道を閉ざし、結婚の問題を「国民から」盗むように取り上げたものだ。「得意気に正義を謳いながら国民を犠牲にしている。」連邦最高裁を米国民の「支配者」にし、米国の「民主主義」の評価を貶めるものだ。
3.判決は、昔から今に至るまで結婚の結婚たる所以であり続けたものを無視している。つまり、結婚とは一人の男性と一人の女性が補い合う合一であり、そこで子供たちが創造されていく。諸州は人々が一緒に住んでいるか、幸せと感じているかを気にしているのではない。諸州が結婚を重視するのは、それが「異性カップルだけに可能なこと、すなわち子供の出産と密接に結びついているからだ。」
4.判決は「自由」をはき違えており、修正第14条を誤認している。
5.判決は「宗教的自由」という憲法に明記された権利を脅かすものである。この判決は「新奇の正統的見解に同意したくない米国民を中傷するために用いられることになるだろう。」

 これら反対派の判事たちが予想しているのは、人々や教会が同性婚への「出席や賛同を求められた時」に、同性婚の権利と宗教の自由の権利とが「衝突する」ことだ。反対意見には、捨て台詞のような言葉も書き込まれていた。スカリア判事は、判決は「尊大で、独りよがりで、支離滅裂だ」と述べた。ロバーツ裁判長は、数千年にわたって人間社会の基礎をなしてきた社会制度を5人の同僚判事たちが覆そうとしたのであり、「一体、何様のつもりなのか」と述べている。
 ここで、一つ自問してみたい。この「オバーゲフェル判決」は歴史の審判に堪えられるだろうか。もちろん答えは分からない。また当然ながら、判決は当分の間、覆ることもないだろう。しかしロバーツ裁判長は、南北戦争当時の不名誉な「ドレッド・スコット判決」について二度も触れている。
 「不名誉」と表現したのは、それが米国史上、最悪の最高裁判決の一つだからである。裁判所は、ドレッド・スコットを始め、黒人は決して米国市民になることはできないという判決を下した。この途方もない判決は南北戦争の引き金の一つとなり、後に修正第14条が制定されるきっかけにもなった。修正第14条は、元奴隷を含め黒人も間違いなく米国市民であることを明確にした。
 第二に、ロバーツ裁判長が述べているように、連邦最高裁には越権行為を犯した歴史があり、「超越的な立法者」のごとく振る舞う場合がある。そのため連邦最高裁に新たに加わった判事たちは裁判所を抑制し、過去の判決の誤りを正すことから始めるという。このような話を聞くと、いつか新しい連邦最高裁がオバーゲフェル判決を是正してくれると期待する人々もいるかもしれない。しかし、それは可能であるにせよ、当分は起こらないだろう。

一夫多妻の合法化も

 最後に、今後の展望を述べる。四つの点に触れたい。第一は「権利」をめぐる問題だ。すなわち、一夫多妻の権利とトランスジェンダーの権利を求める動き、そしてある種の治療を受ける権利を否定しようとする動きについてである。
 同性婚の論議が始まって以来言われてきたのは、「同性婚を合法化すれば、いずれ一夫多妻も合法化される」ということだ。同性愛者の権利を主張するグループは、一貫してこの議論に耳を貸さない。彼らは、一夫多妻制に関心はなく、連邦最高裁がすでに違法だと判断しているので問題にならないと言っている。しかし議員や伝統的な価値観を重視する団体や判事たちは、同性婚が複婚につながると繰り返し警告してきた。そして米国の家族のあり方にさらに大きな問題を引き起こしかねないと主張している。
 実際、6月の判決に対する反論の中で、ロバーツ裁判長は一夫多妻の問題も取り上げている。彼によれば、連邦最高裁が同性婚を認めるというのは大きな「飛躍」であり、結婚に関するまったく新たな進展であった。しかし一夫多妻は古代から知られており、現代でも文化によっては認められているので、裁判所が一夫多妻制を合法化するのは比較的容易だという。ロバーツ裁判長は、「もし多数派がこれほど大きな飛躍を敢えて選んだのなら、彼らがより小さな飛躍を否定するとは考え難い」と述べている。
 すでに一夫多妻の権利をめぐり、二件の訴訟が展開している。二件とも、当事者の家族がテレビのリアリティー番組に出演している。モンタナ州のネイサン・コリアーは2000年にビクトリアと結婚し、さらに2007年にクリスティーンと宗教上の結婚式を挙げた。彼らは合計8人の子供をもうけている。西部出身のコーディー・ブラウンも法的にロビンと結婚しているが、他にメリ、ジャネル、クリスティーンを含め、4人の「姉妹妻」と合計16人の子供がいる。
 この二家族に関する連邦裁判所の訴訟ではどちらも、諸州は愛する人と結婚する権利に介入すべきではない、とした連邦最高裁のオバーゲフェル判決を引用している。一夫多妻主義者らは、それを一夫多妻を望む人にはその権利があると解釈し、重婚を禁止する法律は破棄するべきだと主張している。
 もう一つの闘いは、トランスジェンダーの権利をめぐるものだ。この問題は、米国の65歳のオリンピック選手ブルース・ジェンナーによって知られるようになった。彼は最近、ケイトリン・ジェンナーという名の女性に変わった。この問題では、トランスジェンダーの人々が職場に留まり、まっとうな健康状態であると認められるよう闘っている。またホルモン投与や外科手術は医学的に必要な処置であり、健康保険が適用されるべきだと主張している。
 もちろん、すべての人が同じ立場ではない。医療専門家の中には異論もあり、「トランスジェンダーの問題は十分に理解されておらず、研究も不足している。外科手術を受けた後も自分を肯定的に受入れられない人たちが多過ぎるし、元のジェンダーに戻りたいと言う人までいる。もっと慎重になるべきだ」といった意見もある。
 しかし同性婚をめぐる裁判の勝利をきっかけに、同性愛者の権利を守る活動家は「トランスジェンダーの権利」を熱心に主張し、トランスジェンダーの人々がトイレやロッカールーム、シャワーなど性別で区別されている施設を、生物学上の体によってではなく、外見と一致するアイデンティティに応じて利用ができるように一般の支持を得ようとしている。
 この問題は学校や児童生徒も巻き込みかねず、ある種の文化戦争が勃発しようとしている。例えば「少年」が少女のトイレに入り、「少女」が少年スポーツチームに加わり、「少年」がダンスパーティーで女王に選ばれるといったことが起きている。親や教師、学生たちも、何が全員にとって正しいことなのか、加熱した論議が続いている。
 三番目の闘いの場は、実は取り去られた権利に関するものだ。つまり、子供や十代の若者が同性に対する望まない恋愛感情を軽減したり、回避するために、専門家の治療を受ける権利の問題だ。同性愛の権利擁護派は、こうした「転換療法」に強く反対する。彼らによれば、人は産まれながらに同性愛者なのであって、自分の性的指向を変えたり回避するよう促すのは、残酷で非倫理的だと主張している。さらに「ボーン・パーフェクト」(生まれながらに完璧)という名の新たなキャンペーンが始まり、「転換療法」は間違った危険なものなので、全米で全面的に禁止されるべきだと訴えている。すでに四つの州議会が法律を可決しており、子供たちや十代の若者が州の認可を受けたカウンセラーから「転換療法」を受けることができなくなった。
 ではこうした問題で誰が反撃しているのか。実は、反対しているのは元ゲイの団体だ。「ゲイ・元ゲイの親や友人」(PFOX)などの団体は、自分たちの会員は「元ゲイ」であり、それが性的指向は状況によって変わり得る証拠だとして、この療法は必要かつ重要だと主張している。これら元ゲイの団体は州に対し、彼らが受けた治療は重要だったと証言している。このため今も多くの州が治療を禁止していない。しかし連邦議会には転換治療を全米で禁止するための法案が提出されており、そこでも文化戦争が起きている。

平等をめぐるさらなる闘い

 同性婚の合法化をきっかけに、同性愛の活動家たちはもう一つの目標を掲げている。米国の公民権諸法に「性的指向」と「ジェンダー・アイデンティティ」という文言を付け加えることである。これは職業、住居、銀行、クレジット取引、公共宿泊施設の利用などで、同性愛者、バイセクシュアル、トランスジェンダーであることを理由にした差別をしてはならないというものだ。実は、これは1950年代に始まったゲイ解放運動の元々の目標だった。
 連邦議会では「平等法」と呼ばれる法案が提出され、民主党員や同性婚を支援する人々の強い支持を集めている。ある議員は「平等法」が可決されるべき理由をこう説明する。多くの州では、ゲイやレズビアンの人たちが「土曜日に結婚し、日曜日に結婚式の写真をフェイスブックに掲載すると、月曜日にはそれが発覚して解雇される」という状況にあるという。
 この問題では宗教的な法律家や伝統的価値を主張する人々が反対しており、連邦レベルの「平等法」は一部の人々を保護の対象とし、彼らに特別の権利―特に宗教的信条から同性愛が罪だと信じる人々より有利になる権利―を与えることになると警告している。彼らは、このような「平等法」は数万もの宗教系非営利団体や小規模事業者、慈善団体、養子縁組機関、宗教系の学校や病院などにトラブルを引き起こすために使われるだけだと主張する。

宗教の自由をめぐる闘い

 では同性婚の合法化について、伝統的価値や宗教を重視する団体はこれから何をしようとしているのか。彼らは立法の場や選挙、世論啓蒙や教育を通じて反撃してくるだろう。
 連邦議会には「修正第一条防衛法」案が提出されている。この法案は、政府は道徳的または宗教的な見解を理由に国民を罰することはできないと規定するものだ。言い換えれば、キリスト教徒―またはイスラム教徒、モルモン教徒、ユダヤ教徒―のパン屋が宗教上の理由から同性愛者の結婚式用にケーキを焼かないとしても、政府は報復措置を取るべきではないということだ。あるいは、カトリックなど宗教系の病院が性転換の手術を不自然で有害だと信じるなら、それを強制すべきではない。同性愛の権利グループは、この「修正第一条防衛法」を嫌い、偏見やホモフォビア(同性愛恐怖症)を助長するものであり、憲法違反だと主張している。
 興味深いことに、オバーゲフェル判決に反対した判事らは、同性婚が宗教の関わる文化衝突をもたらすと警告していた。アリート判事は、同性婚に対する「異論のあらゆる痕跡を撲滅」しようとする努力が傾けられるだろうと予言した。そして伝統的な男女間の結婚を公然と支持する人々は「政府や雇用者、学校などから偏見の固まりとレッテルを貼られ、そのごとく扱われるリスクを抱えることになる」と述べた。2016年には政治的キャンペーンも熾烈になるだろう。次期大統領が連邦最高裁判事を数名入れ替え、新たな連邦議会が「平等法」「修正第一条防衛法」などの法案を成立せるか否かを決めるからだ。

同性愛者の子供たち

 最後に、子供たちへの影響について考える。すでに述べたように、同性愛者の家庭が健全であり、中には異性愛の夫婦の家庭より優れている例もあるとする研究が数十件も発表されている。同性愛者の家庭や同性愛者の親、子供を支援する「COLAGE」「家族平等協議会」「PFLAG」などの有名な団体もある。これらの団体は同性婚の合法化を目指して熱心に闘ってきた。
 彼らの主張では、米国では同性愛者の家庭で数百万人もの子供が育てられているので、彼らも通常の家庭のように尊重され、扱われる必要がある。また彼らは、同性婚によって傷つけられる人は誰もいないと主張している。キンゼイ・モリソンというケンタッキー州の18歳の女性は、COLAGEが連邦最高裁に提出した意見書で、「『同性愛者のライフスタイル』などという見方に笑ってしまいます。なぜなら私の家庭は二人の女性が率いている点を除けば、通常の家庭と何も変わらないからです」と述べた。これらの団体は、その訴えがメディアや判事たちの耳に確実に届くよう工夫し、同性愛者の家族に何より必要なのは法律上の結婚の権利だという主張を上手く伝えた。
 裁判では、別の立場の子供たちも意見を述べたのだが、彼らの声は掻き消されてしまった。例えばロバート・オスカー・ロペスやケイティー・ファウストは、同性愛者の親に育てられ、今では30代から40代の成人だ。彼らは同性婚は間違いであると結論づけた。ドーン・ステファノウィッツという女性は連邦最高裁で、彼女のゲイの父親が数百人もの男たちを家に引き入れたこと、父親が彼女をゲイ・バーや同性愛のセックスが当たり前の場所に連れて行ったことなどを証言した。それによって彼女と兄弟たちは危険に晒され、自分が何者なのか混乱し、正常な子供時代を奪われたと述べた。
 デニース・シックという別の女性は裁判で、父親がトランスジェンダーだったと語った。彼女は、「私の家に安全な境界線はありませんでした」と述べた。父親は彼女を監視し、彼女の体を愛撫したり、衣服を奪ったり、彼女の靴を履こうとした。それは、少女から女性へと成長する時期の彼女こそ、父親が同一化したい対象そのものだったからだという。
 他にも、ロペスやファウストは「存在しない」親への癒しがたい憧れについて証言した。「やがて自分が子供を持てば、突然その感情に襲われるものです」とロペスは語った。彼はレズビアンの母親と彼女のパートナーに育てられたが、後年、彼の生物学上の父親の元へ戻っていった。ファウストは、もし連邦最高裁が「結婚を再定義しようとするならば、それは親であることを再定義することにもなるのです」と述べた。「親であることを再定義する」とは、子供が母親と父親を持つ権利を失うことであり、それは子供にとってとても辛いことだと彼女は述べた。
 こうして米国はすでに、いつ果てるとも知れない大規模な文化戦争に突入した。筆者は個人的には、その闘いが同性愛者の親に育てられた子供たちが成人するまで、そして自らの人生体験を語れるようになるまで、これから15年以上にわたって続くと考えている。大人になった子供たちが、同性婚は有益か否かについて、いるか決定的な答えを示してくれるだろう。

(文中敬称略。2015年9月30日に東京で開催された平和政策研究所「特別懇談会」における講演をもとに筆者がまとめた原稿を日本語に訳した。)

※1 Bryce Christensen, “Why Homosexuals Want What Marriage Has Now Become,” The Family in America, Howard Center for Family, Religion, and Society, April 2004.