アメリカの就学前教育の現状
ノーベル賞受賞学者のジェームズ・ヘックマン博士が、乳幼児期の教育投資の重要性を実証したことから、アメリカにおいても未就学児教育への関心は非常に高い。
アメリカの教育は、日本や韓国のように全国一律教育ではなく、各州政府や学校区が教育行政の役割を担っている。国の教育省が州の教育に介入するのは、国からの資金提供や学校給食サポートなど、州の教育運営費の約8%ほどである。各州によって差はあるものの、5歳児のキンダガーデンが義務教育にあたり、それ以前はプリスクールという括りになる。
また、多数の州で「児童を一人にしてはいけない」という法律を定めており、年齢ごとに保護者が育児に必要な時間のガイドラインを定めている。この法律の影響もあり、共働きの子育て家庭は、未就学児をプリスクールなどの教育機関に通わせるか、チャイルドケアセンターなどの保育機関に通わせるか、ベビーシッターサービスを利用するか、家族・親戚などに見てもらうか、いずれかを選択している。
未就学児教育の不平等
こうした未就学児の養育環境の違いは、子供の教育に大きな不平等を生み出している。プリスクール等の教育機関への自己負担額が高く、収入によって教育の質が大きく変わるからである。実際に、アメリカでプリスクールに通っている未就学児は全体の55%と、先進国のなかでも下位に位置している。
プリスクールの平均教育費は、半分以上の州で大学費用よりも高く、年間1万ドル(約120万円)以上に達する。このため、高所得家庭の児童はプリスクールに通い、アルファベットや数字だけでなく、外国語教育や楽器などの音楽教育を受けられる一方、低所得家庭の児童は、自宅で親族と過ごすようになる。
ヘッドスタートプログラムの課題
未就学児教育の不平等さに対し、アメリカ教育省も憂慮を示している。1965年から始まったヘッドスタートプログラムは、アメリカ健康保健省による低所得家庭の未就学児教育補助プログラムである。貧困家庭の3~4歳児を対象に、教育だけでなく栄養ある給食と健康管理の機会も提供している。
全米ヘッドスタート協会のデータによると、現在、全米で約73万以上のヘッドスタートプログラム施設があり、全未就学児の約10%がヘッドスタートプログラムを利用している。
未就学児教育の不平等解消の為に始まったヘッドスタートだが、教育の質が州ごとに平準化されていないという課題を抱えている。
ミシガン大学経済学教授のスティーブン・バーネット博士は自身の研究から、ヘッドスタートプログラムの教育の質の不平等さを指摘している。まず、貧困家庭の児童数に対し、資金が十分に供給されておらず、教育の質と必要時間を考慮すると、サービスを必要とする全ての児童に機会を与えることが困難になっているという点だ。
さらに、教育機会とその質において、州によって大きな差が出てきている。例えば、ニューヨーク州やオレゴン州はヘッドスタートプログラムに児童1人当たり約1万ドルを投じている。一方、アーカンソー州やオクラハマ州では6700ドル程度に止まっている。また施設によって、週5日、朝から夕方までフルタイムでプログラムを提供している施設もあれば、週3日や午前中だけに止まる施設も多い。
州政府と連邦政府の教育投資
アメリカでは未就学児の教育は基本的に州政府が責任を持っている。ところが、多くの場合、州政府は公私立のプリスクールを始めとする未就学児教育機関に資金を供給し、ヘッドスタートプログラムなどの貧困家庭を対象にした教育機関には、連邦政府から資金が供給されている。連邦政府と各州政府では教育投資の中身が異なっている。乳幼児期の教育格差を是正するために、前述のバーネット博士やワシントンポスト紙は、連邦政府からの資金を増やす必要があると主張している。
ヘックマン博士が指摘している通り、国全体の経済成長や貧困解消のためには、未就学児教育への投資が最も費用対効果が高い。2018年にアメリカ政府はより多くの家庭がより質の高い教育プログラムに参加できるよう、児童扶養税額控除を児童1人当たり1000ドルから2倍の2000ドルに引き上げた。
また軍機関は、軍に従事する家庭の子供のため、各家庭と教育機関に年間700万ドルを投じている。その他、米ヤフー社の会長であるロイ・ボストック氏、Honeywell社CEOであるジェイムズ・ライナー氏らは児童教育投資のための非営利団体を運営し、全ての児童がプリスクールに通えるよう支援するなど、民間の投資も増えている。
未就学児教育への不平等感が高まる中、これから連邦政府の大きな投資が不可欠になってくるだろう。