IPP政策ブリーフ

2019年11月12日

子供の養育環境改善に向けて―子供家庭福祉のための人材養成の課題―

 児童虐待死事件が大きな社会問題となる中、児童相談所職員の負担の大きさ、人員の不足が浮き彫りになっている。政府は児童福祉司をはじめ専門性を持った人材の養成を急ぐ方針を打ち出している。

 

家庭機能の低下

 もともと日本では、行政等が家族に介入するケースは少なく、家族を支援する家族政策もあまり実施されてこなかった。言い換えれば、子供の養育が家族を中心に、地域とのつながりの中で安定的になされてきたわけである。
 しかし近年、小家族化が進み、地域の結びつきが薄れる中、子供の養育を担う家族機能が低下し、虐待をはじめとする問題が拡大している。それに対して、困難を抱えた家族に対する社会的対応、専門的な家族支援の必要性が高まっている。
 家族への対応や支援を進める上で大きな課題となっているのが、専門性を持った人材の養成である。

 

現場が直面する負担

 児童虐待死の事例について分析した厚生労働省検証委員会の報告書によると、虐待の死亡事例が発生した地域の児童相談所(児相)職員が平成29年度の1年間に担当していた事例数は1人当たり平均140.5件。このうち虐待事例だけでも平均81.6件に上る。欧米ではソーシャルワーカー1人当たり平均20件前後で、日本の児相の負担がいかに大きいかを物語る。
 また、同年度の死亡事例50例(亡くなったのは52人)の約6割(29例)で児相や自治体の担当部署などの関係機関が関与していたが、定期的なリスクの見直しがなされていないなど不十分なケースが半数以上あった。
 一方、昨年、東京目黒区で起きた5歳の女の子の虐待死事件をはじめ夫婦関係に大きな問題を抱えるケースが少なくない。前述の報告書は、虐待の背景には家族全体の構造的問題があることを認識し、家族全体へのアセスメントが必要であると指摘している。家族関係に着目し、家族全体を支援できる専門性が求められるが、そうした専門家(家族療法の専門家)は家族心理士や家族相談士など合わせて1000人ほどにとどまる。しかも、家族全員へのカウンセリングを行うため一つのケースに時間をかけることになり、経済的に厳しい状況にある。

 

人材養成の課題

 国は「児童虐待防止対策体制総合強化プラン」を作成し、2022年度までに児童福祉司を2020人増員すると発表。スーパーバイザーも790人増員する。さらに児童福祉司の配置基準を4万人に1人から3万人に1人へと変更し、職員1人当たりの担当件数も平均50件から40件に減らすとしている。
 課題の一つは、今後3年間ほどで十分な能力を備えた児童福祉司を2000人以上育成できるのかということである。児童福祉司は任用資格であり、自治体の他の職員と同じように異動によって配属される行政職員であるため、基本的に勤務年数が短く、専門性が育ちにくい。
 しかも、虐待の業務に精通するだけの専門性を持つには10年かかると言われているが、厚労省が2017年に調査した段階で児童福祉司全体の44%が配属から3年未満で、10年以上勤務しているのは16%だった。新しい職員を指導できる経験者が決定的に不足している。
 経験を積まなければ保護者との関係構築など十分対応できない。暴力をふるう親への対応や時間外の勤務もあり、一人前になる前に辞めてしまう職員も少なくないという。
 また、児童福祉司の約3分の1は国家資格である社会福祉士の資格を取得しており、研修の充実によって専門性を高めることができるとの声がある。
 しかし一方で、大学などの社会福祉士の養成課程で児童・家庭福祉について学ぶのは児童福祉論1科目だけであり、しかも児童福祉論は虐待対応にはほとんど触れていないため、社会福祉士の研修だけではこの分野の専門性は高まらないとの指摘もある。そうなると結果として現場で学ぶことが多くなり、日々の虐待対応が追いつかなくなることも懸念されるというわけである。
 もう一つ、児相職員が任用制だと、子供を守る専門職、プロのソーシャルワーカーであるという意識を持つことが難しい。そうした意識の希薄さが通告受理や親子分離などの場面で、自信をもって適切な対応をとれない要因にもなる。

 

専門性を高めるために

 まず、専門性の高い人材を養成するためには、児童福祉司の国家資格化が考えられる。子供の問題や家庭の問題で特に高い専門性を持つ人材として、例えば子供の体の異常だけでなく家庭環境全般を見て虐待の有無を判断することや、親子関係、子供の発達に関する知識、さらには介入と支援という相反する機能を統合するなど、他の専門職にはない高い専門性が求められる職であることを明確にする。それによって児童福祉司としてのプロ意識も醸成する。
 ただ、国家資格化は結果として従事できる業務を狭くする可能性があるということで、慎重な意見もある。資格化を検討する場合でも、子供家庭福祉の分野を総合的にコーディネートできる指導的な人材の養成も求められるだろう。
 そして、こうした人材育成のためには、大学の養成課程を充実させる必要がある。子供や家庭、虐待対応などに関して学ぶ時間を増やすことである。
 その際、教育行政を管轄する文部科学省、児童や家族支援、医療に携わる厚労省の連携も必要になる。現在、両省がそれぞれ実施している訪問型の家族支援において、両省の政策的連携の必要性が指摘されている。同様に子供家庭福祉分野の人材養成において、省庁間の連携・協力が有効であろう。
 また、児童虐待対応のうち9割が在宅での対応であること、夫婦関係など家族間の問題が虐待をはじめ重大な問題を引き起こすことを考えれば、家族関係の改善を支援する家族療法の専門家を養成することも重要である。
 もちろん総合的な対応として、専門性を持った人材の養成には十分な予算の投入が必要である。児童虐待をはじめとする子供の問題は予防が重要だが、問題が起こることで失われる社会的コストについて推計した研究では、予防にかける予算の方がはるかに少なくて済むことが明らかになっている。
 さらに、家族を支援する専門家の養成においては、家族が「子供を養育する」という役割を担っていることを理解し、どのような専門性が求められるかを認識することも重要であろう。