1.子どもの発達に父親が果たす役割
父親への注目
私が子育てにおける父親の役割に関心を持ったきっかけは、自分の臨床における体験からです。私は臨床の現場で発達が遅れている子どものカウンセリングに従事していましたが、カウンセリングには、主に当事者の子どもと母親がやってくることがほとんどでした。父親の姿はほとんど見られず、大体の場合は仕事が理由ですが、休みであるはずの土曜日でも来ない。そういう家庭では母親が苦労していることが多かったように思います。一方、父親が来てくれる家庭は雰囲気が良かったように感じることが多かったです。当時はちょうどマイケル・E・ラム(Michael E. Lamb)が1970年代に発表した愛着に関する父親の役割についての理論が日本に入ってきていたこともあり、私は父親には何かあると感じるようになりました。
そうして、1990年頃からまずは父親が子どもの発達に直接与える影響について調査を始めました。当時、日本の父親研究はアメリカに比べて10年以上遅れており、日本の中でも父親の研究をしているのはほんの僅かでした。そこで、先述のマイケル・E・ラムの研究や父親の役割について執筆したデビッド・B・リン(David B. Lynn)の著書など、アメリカの先行研究を参考に研究を進めました。彼らによれば、父親が子どもに関わるほど、子どもの社会性の発達や知的・情的発達に直接的な効果があるとされていました。私も幼稚園・保育園の子ども達を対象に調査を行ったところ、父親はしつけの面において子どもの社会性の発達に影響を与えるという結果が得られています。
子どもは関係の中で育つ
そのように最初は父親の直接的な影響を調査していましたが、ある時からより現実的な視点が必要だと感じるようになりました。というのも、子どもは家庭という家族のコミュニケーションが行われる環境で育つからです。例えば、父親が子どもに話しかければ、母親もそれに反応し、父親の投げかけが単独で与えたであろう影響は変化していく。そのような家族間のやり取りやコミュニケーションが積み重なって、各々の家庭に独特の環境や雰囲気、物事の進め方が形成されていく。心理学の分野では、家族間の相互の影響に基づく家族の変化を家族システムとして捉え、そのような中で形成される家庭の動きを家族機能と呼びます。昨今では共働き家庭が増加しており、夫婦ともに育児に関わらなければなりません。そのため、家族機能を考慮に入れたシステム論的な観点からの研究が必要となります。
家族機能にも様々な形態がありますが、健全なものと病理的なものがあります。健全な家族機能は民主性、家族社交性、表現性(家族メンバーが自由に意見交換などする)、家族理想化(自分の家族が良い家族だと感じる)、結合性(家族メンバーの絆が強い)などがあります。一方、病理的な家族機能は、父親が権威的であったり、遊離性(お互いに家族内の問題に関心を示さない、家族メンバー相互に関心を持たない)、放任、葛藤(家族メンバーで言い争いが多い)なども挙げられます。
そのような家族機能は、家族メンバー間のやり取りに基づく家族システムとしての動きの特徴を示すものですが、夫婦関係の良し悪しが子どもの発達に影響をもたらすことが分かるのです。
小学校低学年の児童を対象とした調査からは、父親が家事や育児、母親とのコミュニケーションに関われば関わるほど、夫婦関係が良くなり、母親のストレスが減ることが確認されます。そして母親のストレスが低くなるほど、母親の子どもへの接し方が好ましいものになることがわかります。しかも子どもの発達も調査したところ、母親のストレスが低い家庭における子どもの成長発達は統計的に有意な水準で高いことが確認されました。具体的には社会性の発達全般が高いことが示されると同時に、社会性の中でも自己統制力が高いことも示されました。また、幼児と児童を対象とした調査からは父親との関わりが強く、母親のストレスが少ない家庭の子どもは攻撃的行動が少ないことが確認されました。
さらに、小学生を対象とした調査から、父親の家庭関与が高いほど健全な家族機能が形成され、しかも子どもの共感能力が高いことも示されています。特に小学校低学年児童では、父親の家庭関与と健全な家族機能と子どもの共感能力が相互に強い関連性を有することが示されているのです。
以上のことから、夫婦関係の良し悪しは家族のあり方に影響し、子どもの発達にも影響をもたらすということが指摘できます。
これらの一連の結果は、今教育現場ではいじめの問題を始めとして「小1プロブレム」が問題になっていますが、学校で問題行動を起こしてしまう児童は家庭環境に課題を抱えていると指摘されていることを考えれば、注目に値する事実と考えられます。
その一方で最近の若者は自己評価が低いということが言われますが、父親の関与が高い子どもほど中学生の自尊感情も他者評価も高いことが報告されています。具体的には父親が道具的サポート(問題解決のためのアドバイスなど)、共行動的サポート、そして情緒的サポートをしている場合、いずれのサポートでも子どもの自己肯定感が高かった。また、同様に父親のサポートがある子どもほど、他者を肯定的に評価しているのです。
このような結果はジョン・ボウルビー(John Bowlby)の愛着(アタッチメント)理論とも整合性を有しています。「自分は愛されている」と感じている、「自分はこういう人間だ」と胸を張れる、他者のことを評価してあげられる。そうした気持ちを持てるということは、「自分にはそれだけの価値がある」「他者は信頼できる」という感覚があるからだと考えられます。
アタッチメント理論によれば、そうした自己肯定感と他者肯定感は生後6カ月から5歳までの間に基礎的なものが形成されることが指摘されています。母親はもちろん、父親の関与も必要です。現代の若者の自尊感情が低いと言われる背景には、幼少期からの家庭環境が関わっているとも考えられるのです。
2.父親の家庭関与の効果と現状
ワーク・ライフ・バランスと夫婦関係
前述のように、子どもの発達には夫婦関係が良好であることが肝要ですが、そのためには男性が積極的に家庭に関わることが必要となります。特に、現代の共働き家庭は、女性が仕事に、家事に、育児にと多重役割を負っていることが多く、ストレスをためやすい環境です。男性が家庭に関わることによって、夫婦ともに家庭を中心としたワーク・ライフ・バランスを実現すれば、子どもの発達を含めた家族全員のウェルビーイングに資することになります。父親の家庭関与は言ってみれば夫婦のワーク・ライフ・バランスの在り方を左右する重要な問題そのものです。
実際に、共働き家庭への調査から、ライフステージ全般にわたり、夫婦の互いに対する満足度は、夫婦ともに家庭への関与が大きい時に高くなることが示されています。夫婦が日ごろ行動している生活領域を「家庭」「仕事」「余暇」「地域」の四つとすると、夫婦の生活パターンも「夫婦家庭中心型」「夫婦全関与型」「妻のみ家庭関与型」「夫婦家庭低関与型」の四つに分かれます。このうち、「夫婦家庭中心型」と「夫婦全関与型」は、夫婦ともに仕事と家庭への関与が高く、夫婦満足度も高いのです。「夫婦全関与型」の方が余暇と地域への関わりも強いが、家庭を中心としている点は共通しており、家庭を中心とした生活パターンを有している夫婦のほうが、満足度が高く、ストレスも少ないと言えます。
共働き夫婦が家庭を中心とするワーク・ライフ・バランスを持つときに満足度が高いのは、様々なライフステージを通じて夫婦のコミュニケーションが行われるからであろうと思われます。例えば、妊娠期には、出産の準備や子どもの誕生後の生活に関する話し合いが必要となります。また、妊娠期の妻は相当不安定な状態になり、出産後はマタニティブルーになるなど支援が必要な場合があります。
同様に、乳幼児期・児童期を通じた育児・家事分担の調整、中高生期から大学生期を通じた子どもの進路に関する相談、子どもの巣立ち後に行う夫婦関係の再構築など、夫婦のコミュニケーションは常に必要です。そのようなコミュニケーションが必要な時に、夫が積極的に関与し、妻の話をよく聞いたり、様々なサポートをしたりすれば、妻の満足度も上がります。逆に、夫が家庭に関心を示さず、関与を要求する妻と喧嘩をするようになれば、妻は多大なストレスを抱える。それが妊娠期であれば、子どもが生まれても満足度は低くなり、産後クライシスとも言われるように夫婦関係の亀裂を修正できないことにもなりかねないのです。
したがって、共働き夫婦にとって、仕事にのめりこむのではなく家庭を中心としたワーク・ライフ・バランスを持つことは、夫婦ともに重要になります。
男性の意識変革
しかし、日本の男性は仕事が中心であり、育児参加の意識が低く、家庭への関与が少ないのが現実です。日本の父親に、「自分がどれくらい子どもから尊敬されているか」「頼りにされているか」と尋ねると、中国、韓国と比べてかなり低い認識であることが報告されています。つまり、子どもとの繋がりが薄く影響力があまりないと評価しており、存在感の薄い父親となっているのが特徴と言えます。
父親自身に子どもと関わる意識が薄いため、政府の施策も十分な効果をあげていないのが現実です。日本の育児休業制度は徐々に整ってきていますが、男性に十分に利用されておらず、平成30年の3795か所の事業所における育児休暇の取得率は、女性が82.2%、男性が6.16%との報告です。また、平均的な取得期間を調べたところ、1カ月未満が8割、5日未満が6割で、短期間の取得が圧倒的多数を占めていたことも報告されています。
育児休暇が十分に利用されない背景には、男性の育児参加が社会的に重視されていない状況もあると思われます。若い世代には育児参加に積極的な男性もいますが、育児休暇の取得を会社に申し出ることは非常にやりづらいという。現在経済界を引っ張っている世代の多くは、叩き上げで育ってきていることが多く、この世代の人々の間では家庭よりも仕事を優先するのが当たり前という価値観が主流になっています。そのため、若い人は何も言えなくなってしまうのです。
また、過度に母親を強調する風潮が男性を育児から遠ざけていることも指摘できます。第二次大戦後、ボウルビー(1951)は戦災孤児に見られた発達の遅れの原因を母性の剥奪に求めました。このとき、日本は「母性」を「母親」と強調してしまったのです。以来、日本では育児における母親の役割が社会的に強調されてきました。
しかし、父親でも育児をすればオキシトシンと呼ばれる女性ホルモンが増加し、子どもに対して非常に柔らかい対応をするようになることも解明されており、女性が家事・育児・仕事と多重役割を負う中、男性も育児参加すべきですし、参加できる力があることが指摘されているのです。政府は育児休暇の取得率など、数値目標を達成することに躍起になっていますが、加えて父親の意識を変えることに注力すべきです。
自発的な育児休暇取得が進まない以上、ある程度強制的に取得させる方法も考慮する必要があるのではないでしょうか。
ノルウェーなどでは父親の育児取得率が約8割ですが、この成果は1993年にパパ・クォーター制度という、育児休暇の一定割合を父親に割り当てる制度を導入してからです。ノルウェーでは最長54週まで育児休暇を取得でき、44週間までは給与の100%にあたる手当が補償されます(残りの10週は80%)。そのうち6週間は父親のみが取得でき、父親が取得しなければ手当を受け取る権利を喪失します。
デンマークではもう少し先を行った制度が導入されており、夫婦で1日ごとに交代して育児休暇を取る制度になっており、こうした制度であれば母親のストレスも違ってくるのは明白です。
3.日本において父親像がもつ意味
父親像の不在
日本では社会全体として男性の家庭関与の意識が低く、父親の存在感が薄いようです。文化的に父親が家庭と関わるという意識が希薄で、まだまだ出産や子育て、家事などを自分のこととしてとらえきれていないようです。
日本と外国を比較すると日本の文化的特殊性を明確に捉えることができます。例えば、日本とアメリカは1週間の法定労働時間が同じ40時間ですが、残業などで60時間働いたときの家庭関与の仕方が違っています。日本の父親は労働時間が伸びるとともに家庭関与の時間が減る。ところが、アメリカの場合、たとえ60時間働いても父親が家庭に関与する時間は日本ほど減らないのです。余暇の時間に子どもが地域の野球チームで試合をするとなれば、積極的についていってしまう。東南アジアではベトナムも文化的にアメリカと同様の傾向があり、子どもと一緒にいる時間が長いのです。日本は韓国と似ており、父親が仕事で分離してしまっているのです。
このように、日本の男性に家庭関与意識が低いのは、現代の日本に家庭の中における明確な父親像がないということも影響していると考えられます。私が小さい頃も父親に遊んでもらった記憶はあまりありません。父親との関わりといえば、会話そのものが多くはなく、父親と距離があったように記憶しています。近代以降、日本の父親は子どもに関わっておらず、家庭の中ではかすかにしか感じられない存在だったと言えます。しかも戦争のためにそのわずかな父親像さえ消えてしまった。それが現代に至っています。
家庭の中に父親が不在であることは、次の世代への影響も大きいと考えられます。父親像は親から子どもに伝達されるものである側面が強いと思われます。父親が家庭でコミュニケーションを取って、家事に関わって、仕事も行ってという多重役割的な幅広い関わり方をしていれば、子どもも将来的にそれが当たり前だと思うようになります。逆に仕事ばかりしている父親の子どもは、そういう役割分担が当然なものだと考える割合が大きくなります。
また、家庭の中で父親の存在感が薄いと母子が過度に密着してしまい、男児が母親から自立できない場合があります。そうなると、結婚しても妻に母親の役割を求めてしまい、家事・育児に参加するよりも面倒を見てもらう意識が抜けていない可能性すら生じるのです。
そのような観点からは、日本における父親像の欠如は近代以降連綿と続いてきたものだと言え、子どもが父親の仕草を見て、家庭に対する関わりが必要であることを感じられるようにしていかなければならないと考えます。
新しい父親像の模索
今日本は社会的に手探りで父親像を探しています。女性の生き方の変化、ジェンダー観の変化、女性の社会進出など時代の変化はめまぐるしいですが、これからの男性は女性の生き方の変化をしっかりと認識し、父親としての役割を行うことが求められます。女性の社会進出が進む中で、従来の役割観を持ったままでは乗り遅れてしまいます。女性も子育てに理解がない男性は結婚相手に選ばなくなってきており、最近の未婚率の高さにも影響しているようです。
家庭における父親像が不明瞭な日本では、今の若い世代は家庭に関わる父親としての先駆者の役割が課せられています。ファザーリング・ジャパン(FJ)という父親の育児参加を促進する団体もあり、徐々にではありますが新しい父親の在り方を求める機運も高まっています。
ただ、共働き家庭では、夫にも相当のストレスがかかることには留意が必要です。男性も慣れない育児に従事するため、社会的な支援が必要となりますが、男性の育児ストレスの研究も最近は出てきています。社会的支援として、相談機関や保育園による育児相談などを充実させて、地域に広げていくということも必要です。子育て負担の軽減は夫婦だけの問題ではなく、社会全体で解決すべき問題でもあります。
男性の育児参加は単に父親に育児参加を求めるだけでなく、女性の生き方の変化、世の中の動きまで考慮して、制度設計をしていく必要があります。やれる範囲でよいが、夫婦がお互い納得して家庭生活を送れるように、日本独特の良いものを作っていこうということが求められているのではないでしょうか。
(本稿は、2020年2月18日のインタビューの内容を整理してまとめたものである。)