政策提言

2020年3月24日

日本の対中総合戦略―採るべき15 の戦略・3 つの改革―

はじめに 米中戦争の時代

 トランプ政権の登場によって、アメリカと中国の関係は、それまでの“協調“から”対立”へと大きく変化した。2018年7月から4次にわたりトランプ大統領が制裁関税を課すなど米中の経済戦争が表面化したが、両国の対立は経済や技術にとどまらない。2017年12月に発表された「国家安全保障戦略」やそれに続く「中国の軍事力」(19年1月)などにおいて、トランプ政権は中国をアメリカの安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義した。また国際法や戦後の世界秩序を否定し力で現状変更を試みている国だと名指しで非難し、それに対抗して米主導の国際体制を守らなければならないと主張している。さらに2018年10月にはペンス副大統領がハドソン研究所で激烈な中国批判の演説を行い、米中関係が政治、経済、軍事、技術、情報など全面対決の段階に入ったことを世界に知らしめることになった。
 現下の米中対立をかっての米ソ冷戦と比べると、対立があらゆる分野に広がっている点は類似するが、大きな相違点もある。まず軍事分野では、米ソが拮抗していた冷戦時代と異なり、アメリカは中国に対し圧倒的な優位を維持している。他方、経済分野では逆の状況が出現している。冷戦当時、西側がソ連や社会主義陣営の経済に依存する比重は極めて小さく、ソ連陣営を世界から切り離し孤立させる「封じ込め政策」の採用が可能であった。しかし、経済のグローバル化が進んだことやアメリカ経済のパワーダウン、それと対照的な中国の経済大国化に伴い、中国を世界の経済システムから切り離したり封じ込めることは困難であるばかりか、逆に民主主義諸国自身の経済に甚大なダメージが及ぶことになる。そのため、現下の対中戦争を勝ち抜くためには、封じ込め政策のたんなる模倣ではなく、中国との関わりを維持しつつ、その膨張と覇権主義を食い止めるという難しいアプローチが求められている。グローバル化の進展が顕著で、企業の活動や情報が国境を超えて世界中に拡散している。その一方、国家の独立と至高性を原理とする主権国家制度が依然として国際社会の基本構造をなしていることも事実だ。
 中国はグローバル化の波を最大限利用し、自由主義諸国の市場、ソフト、技術に積極的にアクセスし、自国製品の輸出など貿易の拡大や最新技術の盗み出しに総力を挙げている。資本主義に背を向けたソ連とは異なり、貪欲に自由貿易システムに参入したことが急速な発展を可能にした。
 だがそれと同時に、外部から中国に向かう流れにはファイアウォールを築き、他国の関与を排除、国内市場を開かず、民主主義や開放自由に関する情報を徹底的に遮断途絶させる閉鎖主義を堅持している。海外の企業にはソースコードの開示をビジネスの対価として求めながら、中国国内で得たデータはインターネット安全法を盾にその海外持ち出しを禁じているのはその一例だ。またWTO(世界貿易機関)への加盟を認められ自由貿易の恩恵を得ながら、加盟の条件であった国有企業への政府関与の禁止や変動相場制への以降は果たそうとしていない。
 さらにこの「閉鎖」戦略によって中国は、アメリカのプラットフォーマーの活動を制限しつつ中国版GAFAと呼べる強大なプラットフォーマー「BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)」を育て挙げ、アメリカを超えるネット社会を作り上げた。利益奪取のためにはグローバル化の恩恵を最大限に享受しながら、利益防護のためには国家主義に徹する二面性、これが中国の実像である。

 

1 日本を取り巻く厳しい内外環境

 アメリカと中国の間に位置し、しかも“安全保障ではアメリカ、経済では中国”と両大国の双方に大きく依存している日本は否応なしに米中の対立に巻き込まれ、関わりを避けることは難しい。それゆえこの21世紀の覇権闘争に如何に対処すべきかを真剣に考えねばならず、そのためにはまず「己自身を知る」必要がある。そこで、日本を取り巻く内外の環境や問題点を確認しておきたい。

<国際環境>
 ①北東アジアにおける緊張の高まりと不透明さの増大
 ②アメリカで高まる自国中心主義と国際社会に対する相対的な影響力の低下
 日本が位置する北東アジアでは、中国が経済・軍事大国化し、それに伴い覇権主義的な行動が増えているが、日本が直面しているのは中国の脅威だけではない。プーチン政権下のロシアは、中国と同様に独裁と全体主義的な性格を深めており、また中国との関係を強化することでアメリカ主導の国際秩序を打破しようとしている。日露の関係は、北方領土問題の解決が見通せず経済協力も進展を見ない。朝鮮半島では、北朝鮮の核・ミサイル脅威は年ごとに強まり、日朝間では拉致問題解決の展望は得られず、国交正常化への動きもとん挫したままだ。一方韓国では親北親中の文在寅政権が誕生し、日米韓の同盟は揺らぎ、日韓関係も戦後最悪の状況に陥っている。さらに中台関係の悪化により、日本のシーレーンの一部をなす台湾海峡の緊張は高まっている。かように北東アジアの国際関係が緊張の度合いを増しつつあるなか、アメリカではトランプ政権の誕生で自国第一主義が強まり、同盟国に対するコミットメントや国際社会に対する影響力の低下が懸念されている。

<国内環境>
 今世紀に入り日本の社会・経済構造は急速に悪化し、国力や活力は著しく低下してしまった。
 ③経済大国時代の終焉・技術開発力の低落・新たな国家目標(ナショナルゴール)の不在
 ④少子高齢化による生産労働人口の減少・社会保障費用の増大・自然災害の増加と社会資本の老朽化等
 こうした厳しい内外の環境と限られた国力資源の制約のなかで、数世紀の時を経て巨大帝国に変貌しつつある昇竜中国への対処が、いま日本には求められている。

 

2 中国を理解するために

●対中認識を誤らせる三つの落とし穴
 適切な戦略を立てるには、己を知るだけでは足りず、相手を正しく知ることが何より重要である。かって石橋湛山は「中国を尊重しようと批判しようと、安易に日本と等し並みに考え、同じ概念でとらえようとする日本の知識人は、後を絶たない」ことを嘆いたが、強大化した中国を「知らず」では済まされない時代を生きる我々も、残念ながら以下のような錯覚・思い込みのため歪んだ中国理解に陥っているのが実情だ。
 ①日中は同文同種の間柄である
 ②日中は4千年にわたる長い国交の歴史を持つ
 ③中国は政治や思想、文化で日本に優位する聖賢の国である。

<同文同種の誤解:地政・国民性・政治構造の相違>
 日本と中国は一衣帯水の関係にあり、ともに類似した国柄で、中国人の思考や国民性、また国家属性などは日本のそれと大差なかろうとの思い込みが日本人には強い。確かに日本と中国は、ともに漢字文化圏に属す国である。だが、大陸国家の中国は海洋に対する親和性が非常に低く、古来より外洋に乗り出した民族体験もほとんど持たず(台湾と琉球、済州島と琉球の識別ができなかった)、四面環海で海洋国家の代表格である日本との地政的特徴は全く相反している。「同文」ではあっても「同種」の間柄ではないのだ。
 国家属性を比べても、日本はヨーロッパで生まれた一民族一国家を基準とする国民国家のモデルに近い構造をなしているのに対し、中国は様々な異民族の集積による多民族国家である。この相違が明治以降急速な欧化と近代国家つくりに成功した日本とそれができなかった中国の差となった。中国には「中国人」という「一つの国民」は存在しない。漢字という表意文字を用いて異民族間のコミュニケーションを実現することで共通の交易圏が生まれ、それが「漢族(中国人)」の範囲となった。そのため国家が隆盛し交易圏が広がれば漢族の範囲も拡大し、逆に衰退すれば漢族も縮小する。それに伴い国家の勢力範囲や境界も時代によって大きく変化してきた。また国民国家の論理に馴染まないにも拘わらず近代国家の体裁を整える必要から、擬制に過ぎない「一つの中国」や「中華民族」という国是・スローガンを掲げているが、現実には多元性が高く構成員間の乖離も大きいためその実現は容易ではない。つまり民族や国家としての一体性や凝集力の維持が、この国の抱える問題点であり、構造的な弱点ともなっている。
 こうした共同体の性格の違いから、同じ国民としての意識が高い日本人は集団調和的で周囲への配慮に拘るが、人種的に複雑多様な中国の場合、互いの熾烈な競争に勝ち抜くため、自己主張が強く権力闘争が常となり、また国家や社会よりも個人(宗族)の利益を優先しがちとなるなど両国の国民性や行動倫理には極めて大きな違いがある。

<“日中国交2千年”の誤解:政経分離こそ日中外交の伝統>
 日中の間では古来より交易が重ねられてきたが、国家間の正式な外交関係が維持されていた期間は意外にも非常に短い。即ち、紀元前2~紀元3世紀に北部九州の倭国王や卑弥呼が前漢・後漢や魏に、5世紀には倭の五王が南宋に朝貢した。6~9世紀には遣隋使や遣唐使が派遣されたが、遣使は天皇一代一度の事業で二十年に一度、派遣回数も20回に満たない。しかも8世紀以降の往来は新羅・唐の商人ら私人間の交易活動が中心であった。その後、宋元明清との間で日本が正式な外交関係を開くことはなかった。明治以後、清や中華民国とは国交を持ったが、現在の中共政府と国交を樹立したのは1972年と未だ半世紀に至っていない。
 このように、俗に日中2千年の交わりといっても、専らそれは経済を軸に文化や宗教等非政治的な分野の交流が中心をなし、国と国との外交関係を保っていた期間は僅か数世紀に過ぎない。つまり日本と中国の史的関係は政経分離(政冷経熱)がその基本をなしていたのだ。なぜ正規の外交関係が築かれなかったかといえば、その大きな原因は中国が東アジアで形成していた冊封システム(華夷秩序)と呼ばれる国際秩序の存在であった。それは常に中国が世界の中心で、相手国を属国と扱う上下関係の固定された国際システムであったため、中国と外交関係を開くことは、即その属国になることを意味していたからである。
 朝鮮半島の諸国は冊封システムを受け容れ、中国王朝交代の度に朝貢し、属国であり続けることで自国の生存を確保してきた。これに対し日本(倭国)は海で大陸と隔てられ中国の直接的な脅威を受けることが少なく、日中対等の外交関係を維持しようと努めてきた。そのため、貴重な品々や宗教、思想などの入手は商人や僧侶等民間・個人主体の往来に委ねる一方、歴代の政権は中国の王朝と距離を置き、政経分離の原則で臨んできた。手に入れたいものは獲得しつつ、政治的にはあくまで対等独立を旨とし、中国に諂わず、また大陸内部の政変や政治的圧力を回避するという合理的なアプローチに拠っていた。

<歪んだ対中認識:情報不足が生み出した虚像とコンプレックス>
 我が国は、中国から仏教や儒教、朱子学などの諸学諸思想の多くを受け入れてきた。そのため、中国は日本の国づくりにおける師匠であり、かつ目指すべき模範国家と位置づけられてきた。だが、「知」の分野で圧倒的な存在とみなされていた中国に渡り、実際の中国社会を見知った日本人は極く少数に過ぎない。日本の知識層は専ら文献だけを拠り所に思考を重ね、想像を膨らませてきたため、彼らが思い描く中国と実像の中国には大きな乖離が伴っていた。特に中国尊崇の念が強かったのが江戸時代の儒学者たちである。彼らは書物の文言だけを一方的に信じ込み、中国を聖賢の国と美化し、日本が目指す模範国家中国のイメージを振りまいてきた。長い歴史を通じ文字情報だけで中国を評価、認識し続けてきた結果、日本人の心には深い中国尊崇の意識と、その裏返しである対中コンプレックスが植え付けられてしまった(1)。
 皮肉な物言いをすれば、孔子の説く人倫の道は、日本では広く支持され、中国に追い付けとばかりに実践もされたが、それが可能であったのは我が国の民度がもともと高いからである。日本では社会常識化している道徳倫理を説いた孔子が中国で聖人とまで崇められるのは、彼の国では道義が乱れ、個人優先の自己中心主義や手段を択ばぬ凄まじい権力闘争が茶飯事だからだ。宗教や神を持たず、徹底した現世利益の意識に支配されてきた中国では公衆道徳や社会秩序の維持が困難となりやすい。それ故に、実現困難な人倫の道を説いた儒者が崇められたのである。近代に入り日本人は一転して中国蔑視の感情を抱くようになるが、それは実際の中国に触れそれまでの憧憬の念が裏切られたがゆえの反動であった。
 戦後の共産中国も徹底した情報統制を敷き、正確な中国理解が妨げられてきた。不都合な情報は外に出さない一方、宣伝戦には長じているため、外から中国を覗くと実像が見えず、虚像ばかりに縛られてしまうことになる。毛沢東の時代、文化大革命を美化し日本が範とすべき指針とまで報じた一部メディアが日本に存在したのも、そのような弊害の一例である。広大な領域の中で様々な民族が拮抗と対立、共存を探る複合多様な国家でありながら、これまでの日本は極く限られた一部情報のみを頼り、かつそれを鵜呑みにして理想大国中国のイメージを一方的に作り上げ、逆に自らを卑下する失態を重ねてきたのだ。日本の対中コンプレックスは、時に卑屈、時に尊大傲慢な対中姿勢となって顕在化し、冷静で合理的な中国政策の形成を困難にした。同じ愚を繰り返さぬためには、中国研究(シノロジー)のための学術拠点作りや現地事情に精通した中国専門家の育成、情報収集体制の整備等を進め中国の実態に深く迫ること、そして有害無益なコンプレックスを克服することである。

●中国の脅威の本質
 中国という国家の属性を理解するととともに、日本にとって現在の中国がどのような脅威になっているのかを把握しなければならない。対象国の脅威分析がなされねば、それに対処するための戦略を構築することもできないからである。先の提言で指摘したように、中国の脅威の本質は以下の3点に要約できる(2)。
 ①自国中心・自国優位の意識と覇権膨張主義 中華民族の偉大な復興
 ②独裁・抑圧の政治体制と恐るべき監視管理の社会システム
 ③普遍的価値を尊重順守せず、国際ルール・国際公共財の形成・提供の責務を果たそうとしない異質性
 中国は常に世界の中心であり周辺国に優位し、同心円的にその領域や影響力を周辺に拡大させることは必然との発想が歴史的重層的に形成されてきた(中華思想に基づく華夷秩序)。習近平独裁の下で、それは「中華民族の偉大な復興」のスローガンに集約される。具体的には、中国共産党結党100年目に当たる2025年には軍事強国となり第二列島線を支配、そして中華人民共和国建国100年目に当たる2049年にはアメリカを凌ぎ世界一の覇権国家になることである。
 また中国では共産党の一党独裁の下、全体主義的で個人の自由を認めない抑圧の体制が敷かれてきたが、さらに近年ではITなど先端技術を最大限駆使し、党の国民一人一人に対する情報や行動の管理・統制が徹底され、G.オーウェルも予想し得なかった究極の管理監視国家が出現している。
 さらに、古来より血で血を洗う凄まじい権力闘争を重ねる一方、神や宗教が存在せず、またその存在を否定するこの国では契約や人権の意識は芽生えず、民主主義を経験することもなかった。そのうえ徹底した人間(自己)中心主義も加わって、中国には公や普遍、共存・融和の意識が欠落し、国際秩序の維持やルールの形成、国際公共財の提供に関心を払おうとしない。こうした欧米社会とは相容れない異質な意識・行動準則を持つ国が、世界を支配した時の恐怖は想像に絶する。

●中国の戦略的弱点
 かように中国は日本や国際社会に対する深刻な脅威となっているが、この国がもたらす脅威の構造が、実は中国自身の力の限界、つまり弱点にもなっている。その主なものを以下に列挙するが、その多くは、覇権国家に挑みながら結局は敗れ去った過去の大国が抱えていたのと同じ問題や矛盾である。中国に処するには、こうした弱点を突くことが何にもまして重要である。
 1 華夷秩序に代表される徹底した自国優位・自国中心の意識と外交は対等平等を旨とする近代の国際関係を否定するもので、周辺諸国に不安と恐怖を与え、真の友好国や同盟国を持つことが困難になっていること
 2 大陸国家でありながら海洋国家に挑戦するため、膨大な陸上兵力に加えて海軍力の増強にも乗り出し、大きな軍事負担を強いられること
 3 共産党一党独裁と習近平独裁という党・個人による二重独裁の政治システムが、一部特権階級の横暴と腐敗、民意の封殺を招き、公平で開放的な社会の形成や創造性を阻んでいること
 4 政治的には全体主義的で個人の抑圧を強いる共産主義の思想と体制を固守堅持しながら、経済的には自由と開放が基調の資本主義を受容・拡大させる矛盾を抱えていること
 5 人類共通の価値を守護するための普遍的国際システムの形成に必要な国際公共財を負担・提供しなければならないという自覚や責任感を持ち併せていないこと
 さらに民族としての凝集性の低さや急速な少子高齢化、生産人口の減少、環境破壊なども国力の維持を困難にする要因である。このような弱点を抱える限り、中国が世界の覇権国家になることは難しい。新たな覇権国家にもなれない国に与するのか、あるいは自由と民主、法の支配する開放的な国際社会を守るための行動に出るのか。日本が選ぶべき途は自ずから明らかであろう。

●中国が用いる戦略・戦術
 中国分析の最後に、覇権大国を目指す中国が多用する政治外交戦略の特徴を挙げておく。
 (1)総合性
 (2)長期性
 (3)柔軟性
 (4)力の重視
 (5)矛盾の活用
 戦略を総合的に捉える中国は、政治・経済・軍事、さらには文化や心理、歴史認識にいたるまで、影響力行使の手段として効果があると考えられれば合法違法を問わずあらゆる資源を活用する(「超限戦」)。また中国人民解放軍の政治工作条例に「世論戦、心理戦、法律戦の「三戦」任務が加えられた(03年)。これは中国の有利になるよう国際世論や相手国内の世論に影響を与える、心理戦で敵の士気を低下させる、国際法や国内法を駆使して中国への反発や抵抗を抑え込む戦略である。三戦や超限戦重視の思考からも窺えるように、中国は様々な手段を組み合わせて総合的相乗的な効果の発揮に長けている。
 第二に、世論の力が強く短時間に成果を上げることが求められる民主主義国とは異なり、共産党一党独裁体制を採る中国では、目標達成のために長い時間をかけることが可能だ。そのため、漸進的小活動の蓄積によって現状変更を図るサラミスライス戦術が得意である。南シナ海における島嶼の略奪や、尖閣諸島に連日海警船を送り込み徐々に海域支配の既成事実化を図ろうとしているのはその好例だ。
 さらに中国の戦略は極めて柔軟性が高い。激しく対立している相手国とも、時に融和姿勢を見せて譲歩を勝ち取ったり、時間稼ぎを図る。逆に協力の姿勢を見せながら、一方で攻撃の手を緩めない。日中関係改善に方針転換を図ったと装いながら尖閣諸島に海警船を連日送り込んでくるのはその典型例だ(一面抵抗・一面服従)。昨日までの敵と突如和解に踏み切り、友好国となることもしばしばだ。機を見るに敏で、国際情勢に柔軟に対処し、前言を翻す発言や行動をとることも厭わないからだ。対ソ戦略上、日中の国交回復を必要とする時は過去の戦争問題を一切封印し、国力がつけば一転戦争責任を問うて相手を責める。また中国は、攻撃一辺倒の国ではない。敵が有利な局面では決して戦わず、偽計や謀略で相手を弱らせ、彼我の優位が逆転して初めて攻撃に移る。
 第四の特徴は、権力主義的な政治観が強いため、力、特に軍事力を非常に重視する国である。影響力行使のため多種多様な手段を使い分けるが、その一方、国家の威信や体制・秩序の維持に必要と考えれば、軍隊や暴力の行使を躊躇わない国である。天安門事件はその代表である。
 最後に、中国は相手陣営の対立や矛盾を利用し、不協和を増大させてその結集力を弱めたり、当面の敵を倒すため別の敵を味方に取り込む(敵の敵は味方)ことに長じている。相矛盾した国際ルールを併用し、自らの体制維持には一国主義や自国中心主義に拠るが、他国の技術の入手や市場開拓のためにはグローバリズムに便乗する(非対称的アプローチ)のも同類だ。

 

3 対中戦略の基本方針

 以上の考察を基に、次の通り対中戦略の基本方針を示す。

●三つの戦略目標
 日米安全保障障条約に基づく日米同盟を基軸とし、自由主義諸国との連携を図りつつ、緊張緩和の努力・信頼醸成措置を重ね、中国との平和的・競争的な共存の実現を目指す。但し
 ①中国による強権の発動や暴力の威嚇には屈しない(反覇権主義)
 ②中国の全体主義や抑圧的な体制には反対する(反国家主義)
 ③人権や民主主義など普遍的価値と開放的国際秩序の受容を中国に求める(異質性の排除)

●戦略策定における着意と五つの準則
 覇権大国を目指し膨張を続ける中国に処するにあたり、心すべき五つの準則を挙げる。
 ①日中同盟の幻想を捨て、あくまで戦略的共存を図る国として対処せよ
 海洋国家日本と大陸国家中国とは地政的性格が異なるばかりでなく、互いの政治体制や発展の方向性、関心利益なども一致せず、共通利益を見出すことは容易ではない。そもそも「日本軍と戦ったこと」(反日)に自らのレゾンデートルを求める中国共産党と日本の間に真の友好や信頼関係を築くことは困難である。そのため、日本と中国が同盟関係に立つことはあり得ない。日本の基軸はあくまで日米安全保障条約を核とする日米同盟であり、たとえ中国のアジアおよび世界における影響力がさらに拡大しようとも、中国は戦略的な共存関係を保つ国でしかなく、アメリカに代わる新たな同盟国とはなり得ない。
 ②国力の格差を踏まえ、日中二国間(bilateral)での対処をなるべく避け、価値観を共有する友好諸国との関係を強化し、多国間(multilateral)の枠組みを活用せよ
 冷戦の終焉後、急速に大国化した現在の中国に対して、今の日本は軍事力はもとより既に経済力でも二国間関係では中国に対抗することは困難になった。友が少ない中国を動かすには、主敵を絞り我が友を増やし、マルチラテラルの枠組みを活用することで中国に臨むことが肝要である。蟷螂之斧の愚は、断じて避けねばならない。
 ③政治と経済の分離を基本とし、中国の国際政治秩序から距離を置け
 先に見たように、日本は古来より、日中対等の外交を原則としてきた。中国と陸続きのアジア諸国とは異なり、常に中国が世界の中心をなし、他国の上位に立つことを恒久不変のルールとする華夷秩序に服することを良しとせず、歴史一時期を除いてそれに加わることを回避し続けてきたのである。その一方、民間ベースを主体とした経済的な接触は重ねてきた。共産党独裁の政治システムを堅持し、覇権主義的対外行動を強めている現在の中国と、民主主義国家の日本が緊密な政治外交関係を築くことは適切ではなく困難でもある。よって日本は中国の覇権主義に巻き込まれぬよう政治的には距離をおき、他方で交易関係は民間主導で深めていくという伝統的なスタンスに回帰すべきである。
 ④覇道によらず王道を以て対処せよ
 中国が覇権主義的な政策を採る場合も、日本はそれに覇権主義的に対応することなく、正義・人道・法の支配・民主主義の国際条理に基づき行動し、日本が説く「理の正しさ、行いの気高さ」を世界に示し、国際世論をわが友とせよ
 ⑤総合的かつ長期的(時間・空間軸)に対応せよ
 経済外交に偏ることなく、政治・経済・軍事・文化など幅広い手段を相互連関させ複合的に用いることで、影響力のシームレス化を高めるとともに相乗的な効果の発揮を狙う。また内政と外交の連携を図るなど総合的な手段の行使に配意する。それと同時に、対中戦略にあたっては、淡泊で気忙な日本人の国民性から、時々の雰囲気や時流に流され情緒的便宜的な対応に陥らぬよう短慮を戒めるとともに、長期的な視点と計画に基づき、腰を据えた持久対処の心づもりが求められる。長期的であることは消極受動的であることを意味するものではなく、常に積極主導の対応が必要である。これらの指針を踏まえて、以下では、目標達成に向けた分野ごとの具体的な戦略を提示する。

 

各論 中国の脅威に処するための15の戦略

 安倍政権は、「地球を俯瞰する外交」の名の下に積極的な国際外交を展開するとともに、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を打ち出し、自由と民主主義、法の支配による国際秩序の構築と同盟関係強化の努力を続けている。それらは中国を強く意識した政策でもあり、高く評価することができる。以下では、これまでの安倍外交を踏まえつつ、今後我が国が本格的に取り組む必要があるか、これまで以上に強化すべき戦略上の重点項目を挙げる。

1 政治戦略

●日米同盟の強化(戦略1)
 四面環海の特性に加え、資源に乏しく海外との交易に生存と発展を託さねばならない国情を考えれば、日本の拠るべき位置は海洋国家、貿易国家としての発展にある。貿易国家としての繁栄を持続させるには、開放的な世界と自由貿易体制が堅持されねばならず、そうした国際環境の創出が日本の死活的な国益である。それは海洋国家アメリカの価値観や利害とも完全に一致する。しかも、自由で開かれた国際環境(=国際公共財)を地球規模で提供し得る国はアメリカをおいて他に無い。それらを考え併せれば、アメリカとの協力、即ち日米同盟関係を強化・発展させることが日本の採る国策の基本であることが理解されよう。
 <3つのK>
 日米同盟を強化するには、以下の3つのK(緊密・共有・強靭)が重要となる。
 ①日米連携の緊密化(深い意思疎通)
 ②価値観世界認識の共有化(人権、民主主義自由主義の重視など認識を等しくする)
 ③同盟システムの強靭化(自衛隊・米軍の円滑な共同行動、相互補完性向上等)
 ①②は、同盟の質的な強化を図るうえで必須の要請だが、対抗勢力による同盟離反・引き離し工作を防ぐうえでも重要な施策である。昨今中国は日本に対して微笑外交を展開しているが、それは悪化する米中関係への対処策としての戦術的接近に過ぎず、真の友好を目的としたものではない。それどころか中国は日米同盟の分断解体を狙い、政治工作や宣伝戦等様々なアプローチを仕掛けている。日本が中国の謀略詐術に嵌らないためには、平素から日米の連携や価値観の共有に努め、付け込ませる隙を生まないことが重要である。
 ③に係る施策としては、全自衛隊基地と米軍基地の共同使用化や武器装備品の互換共用化の推進などがあげられる。自衛隊の新規装備品導入に当たっては、国産か輸入か二者択一的な論議が繰り返されてきたが、膨大な開発経費を一国だけで負担することは困難になっており、今後は日米それぞれの得意分野を持ち寄り、武器および武器関連技術の共同開発体制を進めるべきである。同様に、日本単独での対応に限界が伴うミサイル防衛や宇宙防衛、対サイバー電脳戦でも日米のシステム連携が不可欠だ。また今後予想される米軍のアジア地域での中距離ミサイルの配備問題についても、日本は初期の構想段階から積極的に関与し協力すべきである。
 <日米役割り分担の見直し・自主自立性の発揮>
 安倍政権によって、それまでの一国平和主義から積極的平和主義へと安全保障政策の基本が転換されたことを踏まえ、日米間の政治・安全保障に関する役割分担を見直し、これまで専らアメリカに依存してきた分野でも我が国が対応できる任務は、今後自主的な判断の下で自らが積極的に取り組むべきである。国際平和協力活動や人間の安全保障、平和構築業務では既にそのような動きが生まれているが、今後は多国間同盟の形成や友好諸国間の意見の調整等戦略的な活動も引き受けるとともに、特に防衛政策で日本の自主自立性を高めることが重要である。それは日米同盟の強化と相反するものではない。逆に対米依存の継続こそ、アメリカの対日不信感を生む温床となる。
 <集団的自衛権の完全な行使を可能にする>
 防衛力の自主性を高めるためには、諸外国と同様に集団的自衛権をフルで行使できるようにしなければならない。安倍政権は2015年に平和安全保法制を整備し、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追及の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合(「存立危機事態」には、他に適当な手段がなく、必要最小限度にとどまることを条件に、集団的自衛権の限定的な行使に途を開いた。それは戦後日本の安全保障政策を転換させる画期的な施策であり英断である。
 しかし、自衛隊が集団的自衛権を行使して米軍を守るためには「日本自身の存立が脅かされる」必要がある。そのため海外での日米共同行動などの局面では、依然として「米軍は自衛隊を守るが自衛隊は米軍を守れない」片務的なシチュエーションは残ったままだ。日米の防衛役割を改め、より均衡がとれた双務的なものに近づけるとともに日本の防衛力を高めるためにも、集団的自衛権の完全な行使が可能となるよう憲法解釈を再度改めるか、必要であれば改憲も視野に入れるべきである。

●海洋同盟の構築:リムランド防衛(戦略2)
 世界の覇権闘争の歴史を眺めれば、それがユーラシア大陸の中央に所在する大陸勢力とその周縁部に位置する海洋勢力の戦いであることがわかる。梅棹忠夫は『文明の生態史観』の中で、ユーラシア大陸の中心部から生まれる勢力を「中央アジア的暴力」と名付けたが、現在における「中央アジア的暴力」の主役は中国とロシアである。特に中国は改革開放政策による経済成長をバックに、急速にその軍事的・政治的な影響力を高めている。一方冷戦で一敗地に塗れたロシア(旧ソ連)は、中国との戦略的な連携を図り影響力の拡大に腐心している。
 中露ともアメリカの一国支配を阻むには互いの連携と協調が不可欠と考えており、真の同盟関係には立ち得ないものの、戦術的な友好関係を装っている。即ちロシアはコーカサスからバルカン、中東、東欧に対して影響力を拡大し、中国は背後の脅威をロシアが食い止める好機に乗じて、東のアジア・太平洋、さらに南のインド洋方面への浸透進出を重ねている。自由で開かれた海洋秩序の下、シーレーンによる交易を生命線とする海洋勢力は、この二つのランド・パワーがユーラシアの内部から外部へと膨張を続け、海洋の支配に乗り出す事態を阻止しなければならない。
 <ハブスポークからメッシュ型の多国間防衛網への転換>
 冷戦後の国際関係を見ると、依然としてアメリカの存在感が他国を圧倒してはいるが、その影響力が冷戦当時に比べて相対的に小さくなっていることも事実である。そのため日本は、引き続き日米同盟を外交の基軸とする一方で、アメリカの力を補うため多国間の安全保障枠組を築く必要がある。
 現在のアジア太平洋地域の安保枠組みは、アメリカと域内諸国との個別二国間の同盟関係で構築されている(ハブスポーク型)が、今後は日米の同盟関係をアジア太平洋地域における安全保障のコア枠組みとしつつ、日本はASEANや台湾、南アジアなどの域内諸国と二国間、多国間の安全保障のフレームワークを築き上げ、NATOのようなより柔軟で、しかも弾力性の強いメッシュ型の同盟関係へと発展させていくべきである。
 <海洋島嶼国家との同盟構築:リムランド&シーレーンの防衛>
 米中戦争の本質は、膨張と覇権を強める大陸国家と、それを食い止めようとする海洋国家の戦いであり、ユーラシア大陸の南を東西に走る弧状地帯(リムランド)は、海洋勢力と大陸勢力の角逐の主戦場である。海洋国家である日本は「自由で開かれたインド太平洋戦略」の枠組みの下で、ASEAN諸国や台湾、オセアニアや南太平洋の島嶼国、さらにインドやスリランカ等の海洋国家との連携を深め海洋同盟を構築することによって大陸勢力のリムランド進出を食い止め、海洋の自由とシーレーンを守らなければならない。海洋同盟は、日米二国間関係の発展・緊密化と矛盾するものではなく、逆にそれを強化補完する機能を担うことができる。また日本一国では限界があっても、多国同盟の力をもってすれば、アメリカが孤立主義や自国第一に陥ることを防ぐこともできる。
 <台湾との戦略的関係の強化>
 海洋同盟構想の中で焦眉の急となるのが、台湾との関係強化である。中国は台湾問題を譲れない「核心的利益」と位置づけており、また習近平が毛沢東を超える偉大な指導者となるためには、台湾の併合はどうしても成し遂げねばならない課題である。そのため2019年1月、台湾に向けた演説で習近平は、香港と同じ一国二制度の受け入れを台湾に強く迫るとともに、独立の動きに対しては軍事力の行使も厭わない旨明言した。同年7月に発表された「国防白書」でも「台湾独立勢力を最大の脅威」と位置づけ、台湾統一のためなら「武力の使用は放棄しない。台湾を中国から分裂させようとする動きがあれば、中国軍は一切の代償を惜しまず、国家の統一を守る」と強い表現で威嚇した。
 実際に中国は台湾侵攻能力を年々強化しており、19年3月末には中国軍の戦闘機が中国と台湾の実質的な停戦ラインと位置づけられている中間線を越えて台湾本島側の空域に侵入、6月には空母遼寧が台湾海峡を航行するなど相次ぐ中国の挑発行為で台湾周辺の緊張は急速に高まっている。
 中国は一貫して台湾問題を内政問題と称し外国の関与を排斥するが、中国共産党が台湾を占領、統治したことは一度もない。歴史的にも大陸中国の王朝が台湾に影響力を行使したのは清朝以降に過ぎない。1972年の日中国交正常化交渉にあたり日本政府は「台湾が中国の一部である」という中国の主張(一つの中国)を「十分に理解し、尊重」したが、それに同意したわけではない(日中共同声明第3項)。わが国は、中国が威嚇や武力によって台湾を併合する事態を断じて容認することはできない。
 そもそも台湾は極めて親日的で、かつ日本のシーレーン防衛上の要衝である。南西諸島の防衛体制を強化し、日米豪、ASEAN諸国との連携を強化しても、台湾が中国に占領支配されれば南シナ海は中国の聖域となり、さらに台湾周辺海域を突破口として中国海軍の太平洋進出は一挙に進み、西太平洋全体が中国の海と化す。そうなれば日本のシーレーンが危殆に瀕するだけでなく、中国膨張の矛先は尖閣と沖縄、五島列島へと北上するであろう。また中国が台湾侵攻に踏み切った場合、軍事作戦を有利に進めるには南西諸島を扼す必要があることから、台湾有事は即日本有事となることは必定である。かように台湾の存立維持は台湾だけの問題ではなく、日本及び自由主義諸国の安全保障にとって死活的に重要な課題である。
 1972年の日台断交以後、日本と台湾の公的な交流は閉ざされ、政治・安全保障に関する対話や協議の場も非常に限られてしまったが、台湾への支援は日本生存のための施策にほかならない。今後は台湾との接触交流を深め、当面はセカンドトラックの枠組みの下で、シンクタンクやアカデミズム、メディア関係者を軸に対話と協議の機会を増やしつつ、将来的には日台の政治家・軍事関係者相互の交流や政策協議の場を設けるべきである。同時に、日本が東南アジア諸国等を対象に実施している能力構築支援活動(地震津波等の防災対策や災害救援、人道支援、海賊対処、潜水医学、衛生、航空気象、海洋安保能力の向上支援など)を台湾にも適用実施するとともに、開発協力大綱に基づき、巡視船や海洋監視のための航空機、人命救助システムなどの提供も検討してはどうか。さらに護衛艦の台湾寄港や共同訓練の実施、日台防衛・外務当局の恒常的な情報交換、戦略的協議を活発化させ、潜水艦やミサイル防衛など武器技術の供与も視野に入れるべきだ。台湾への軍事的圧力や暴力による現状変更に強く反対し、法の秩序と自由と、民主主義を擁護・支援するとの政治宣言を国会で発出することも一考に値しよう。
 台湾との連携は日台二国間の関係に留まるものではない。自由と民主主義を基調とする台湾は「自由で開かれたインド太平洋戦略」の一翼を担い得る重要なパートナーであり、海洋同盟諸国から構成される多国間の戦略・安全保障協議の一員としてその参加に途を開き、戦略的連携を深めることも重要である。

●普遍的価値と開放的国際秩序の擁護:武器としての価値観(戦略3)
 中国は、僅か千人余りの特権幹部が14億の民衆を支配する共産党一党独裁の全体主義国家である。そのため国の内外いずれにおいても、人権や民主主義といった普遍的な価値を堅持する姿勢に欠けている。こうした国が将来、世界の覇権を握ることは国際社会にとって重大な脅威となる。そのため、自由と民主主義を国是とし、国際平和の実現をめざす日本は、民主主義の擁護、基本的人権の確保、法の支配や立憲主義、民族自決といった普遍的価値や公正・公平な貿易ルールの実現に尽力すべきである。抑圧と独裁の中国に対して、理念や普遍的価値観をいわば武器となし、その守護者として行動すべきである。
 このいわば“価値観戦争”において救済の対象となるのは、抑圧の下に置かれている中国の大衆をはじめ、民族自決を否定されたチベットやウイグル、内蒙古等自治区とされている中国周辺領域の人々、さらに一帯一路という名の下に膨大な債務着けによって社会資本や領土まで簒奪され、中国の管理下に組み込まれつつあるアジア・アフリカ諸国の人たちである。
 <中国共産党と中国市民の分離:インバウンド活用による民主自由化浸透作戦>
 自由や基本的人権の享受が脅かされ、抑圧と監視の下に置かれている中国の市民も共産党独裁体制の被害者である。習近平政権はグレートファイアーウォールと呼ばれるネット検閲システムによって海外における民主化運動の波及を防ぐ一方、国内では共産党独裁体制を守るため検閲・監視体制を強化し、市民の行動や思想を統制し、信仰迫害も強めている。
 日本は権力主体である共産党組織と一般市民を同一視するのではなく、民衆の自由獲得や権利の擁護に支援を惜しんではならない。また日中間の文化や学術、芸術など幅広い分野での人交流や留学生の受け入れ、あるいは中国人観光客の増加に努めるなど中国からのインバウンドを拡大し自由と民主主主義が保障されている国の姿を知らしめ、民主政や人権、法の支配の重要性やその意義を理解させることによって中国における民主化の動きを加速させることも重要だ。おもてなしと平和愛好の日本および日本人の実際の姿に中国市民が触れることによって、共産党が進めてきた愛国反日教育の嘘や捏造を悟らせるとともに、人と人との真の日中友好実現を目指すべきである。反共=反中国人であってはならない。全体主義の脅威に、日本人も中国市民も共に手を携え立ち向かっていこう。
 残念なことだが、天安門事件によって亡命を余儀なくされ、いまも海外で中国の民主化実現のための活動を続けている市民運動家や学生に対する日本社会の対応は極めて消極的である。日本がアジアで最も成熟した民主主義国家であることを誇るのであれば、隣国である中国の民主化実現のために奮闘している在外の活動家に日本社会として温かい眼差しと支援の手を差し向けるべきではないか。
 <少数民族および香港民主化運動への戦略的支援>
 中国には55の少数民族が存在するが、共産党政権は「中華民族」なる架空の民族概念を用いて、非漢族の人々に対する抑圧的な支配を続け自由と独立を妨げるとともに、洗脳教育や婚姻政策を用いて漢族への同化を強引に押し進め、民族の尊厳を冒している。共産党当局の徹底した情報統制によって、各少数民族に対する迫害の実態は外部世界には伝わりにくいが、特に弾圧が激しいのがチベットや新疆ウイグル自治区である。
 いずれも中国が建国後に武力制圧した地域であり、「チベットでは家族が1人も虐殺の目に遭っていない人は見当たらない」(ペマ・ギャルポ氏)といわれるほど仏教徒や仏教への激しい弾圧が繰り返されている。新疆ウイグル自治区では、テロとの戦いを名目にイスラム教徒への監視と抑圧を続け、また100万人以上のウイグル人が再教育センターと名付けられた強制収容所に投獄し、共産主義教育の徹底や漢族化を図っている。内モンゴル自治区も状況は同様で、モンゴル遊牧民を漢族が住む都市部に強制移住させる「生態移民」政策が進められ、資源や土地は漢族に奪われ乱開発で草原は砂漠化している。
 日本政府は中国政府を刺激することを恐れ、こうした弾圧政策に対して終始沈黙を通してきた。しかし、普遍的な価値の実現は内政不干渉の国際原則に勝る。少数者への迫害や弾圧を防ぐため、他に手段がない場合には国際機関や関係諸国が救済のための介入を行うことが認められるようになった(「保護する責任の法理」)。日本は、中国政府が繰り返している非人道的な措置・施策に強く警告を発するとともに、少数者の基本的人権や民族自決の権利が脅かされることのないよう国連など国際機関や諸外国と連携し積極的に関与すべきだ。民主化運動を武力制圧した天安門事件の際、人権弾圧に抗議し世界各国は厳しい対中経済制裁を発動した。しかるに中国の甘言に乗った日本が真っ先に緩和に動いたため制裁が骨抜きとなり、共産党独裁体制が息を吹き返す結果に終わった。同じ轍を踏んではならない。
 一国二制度を採る香港でも、逃亡犯条例改正を強行する動きを見せるなど英国統治時代の自由が失われ、議会も行政府も住民の意思が反映されず、大陸との一体化が進められている。人口750万の香港が14億人を支配する北京の共産党政権を相手に民主自由化を死守するには、国際世論の支援が不可欠である。19年9月に米議会は民主政治の低下などがあれば外交行動や経済制裁を発動する香港民主法を成立させたが、アジアの民主国家日本も民主化支援の先頭に立つべきである。香港は日本に期待し、台湾も日本を注視している。香港の学生や市民の側に立ち、また少数民族の人権擁護のために動くことなしに、価値観外交を唱える資格は無い。
 <国際世論戦での優位獲得>
 “価値観の戦い”に勝利するには、諸外国の人々や国際世論に巧みに訴えかけ、我が国の主張に対する理解と支持を獲得するための取り組みが不可欠である。日露戦争当時、全米を講演して周り日本の開戦目的の正当性を説いた金子堅太郎や出版活動を通して親日世論を育てた朝河貫一、岡倉天心等の努力があったから日本は欧米金融市場から厖大な戦費を調達することができたのである。
 ところが戦後の日本外交では、外交官や政治家、知識人が世界各地を奔走し、我が国の立場や主張をアピールし支持を訴えることが少なくなり、国際世論の取り付けや宣伝戦は日本外交の最も不得手な分野となってしまった。政府は国際世論戦を優位に進めるため対外広報活動に対する十分な予算措置と専門家の育成を急ぐとともに、必要に応じ民間企業が海外に展開する支店や駐在員等のネットワークの活用も視野に入れた官民挙げての戦略的な海外広報体制の整備に取り組むべきである。
 <歴史認識戦で勝利せよ>
 国際世論戦には、中国が執拗に繰り返している反日宣伝戦への対処も含まれる。虚偽の事実で相手を貶めるのは中国の得意技である。しかも、歴史認識さえも外交上の有力な武器として利用する。中国は国内(愛国反日洗脳教育)のみならず、世界のメディアや国連などの国際機関を利用し、日本の戦争責任や南京虐殺に関する虚構や誇大宣伝を発信し続けており、2015年にはユネスコに働きかけてが「南京大虐殺文書」を世界記憶遺産に登録させた。さらに韓国ともタッグを組んでオーストラリア等で慰安婦像の設置を画策する等日本の国際的評価を貶め、自らがアジアを代表する大国にとって代わろうとしている。政治に利用できるとなれば、歴史を歪曲、修正し、抹殺も厭わない悪質極まりない中国の宣伝戦に対し、日本は終始受け身の対応に甘んじてきた。
 国際社会では、主張する内容の正当性や真否如何よりも、先に大声で叫んだ側が注目され、その訴えが国際世論を動かすことが多い。いくら正論をもって反論しても、エクスキューズに回ること自体が宣伝戦では敗北であることを自覚し、仕掛けられる前に日本から国際社会に向けて発信すべきである。過去の戦争責任に対しては、戦後民主国家となった日本が冷戦という社会主義勢力との戦で重要や役割を果たし、その勝利と世界の平和に大いなる貢献をなした史実を、また戦後における平和国家としての取組や国際協力の実績をアピールし、ナショナルブランディングの向上によって中国の宣伝戦に対抗すべきである(3)。

●ユーラシア・ランド・パワーの分断と孤立化(戦略4)
 小国が国力で遥かに勝る大国に立ち向かう場合、自身の味方を増やすだけでなく、主敵を絞り込むため敵勢力の連帯に楔を打ち、その分断や離反を促す必要がある。中国はともにユーラシアのランド・パワーであるロシアとの関係を強化し、また朝鮮戦争でともにアメリカと戦った“血の友誼”を強調し、北朝鮮の後見役であるかに振舞っている。これに対し日本は、露朝に働きかけ中国との間に距離を持たせ、ユーラシア・ランド・パワーの一枚岩化を阻む外交を展開すべきだ。友好国や同盟国が少ない中国に対し、陣営内の離反を促すことは効果的な施策となる。
 <中露の分断・ユーラシア同盟の阻止>
 中国がロシアとの関係維持に腐心するのは、かって中ソ対立をアメリカに利用されて、その戦略的優位を許したことへの反省があるからだ。中国もロシアも、ともに一国だけではアメリカにかなわないが、連携してあたればアメリカを牽制し、その影響力を抑えることも可能となる。再び中国がロシアと対立すれば、アメリカを凌いで覇権国家となる野望は潰えてしまう。その悪夢を防ぐために、ロシアとの良好な関係が必要なのだ(反米一極主義同盟)。
 中国とロシアはお互いを戦略的パートナーと称しているが、両国にとって連携を維持することのメリットは大きい。ロシアと友好関係を維持し、またそのロシアがヨーロッパや中東に睨みを利かせることで、中国は北や西からの脅威に晒されることなく、自らの影響力を太平洋やインド洋など東や南方に集中することが可能となる。また軍事大国を目指し、一方で1994年以降エネルギー輸入国となった中国にとって、大量の武器や天然ガスなど豊富なエネルギー資源を供給してくれるロシアの存在は重宝である。ロシアもエネルギーを大量購入してくれる顧客の存在は好都合であり、シベリア開発への中国の投資も期待できる。
 かように対米牽制や短期的な相互利得の魅力から、戦術的協力関係を維持してはいるが、ともに誇り高き大国でしかも覇権主義的な中露は本来競合しあう関係にあり、真の同盟国とはなり得ない。長大な国境線を抱えているだけでなく、経済力で大きくロシアを引き離した中国はシベリアやカザフスタンなどに強引な人・資本の進出を続けており、これがロシアや中央アジア諸国の反発を生み対中警戒心も強まっている。中露の戦術的連帯関係は当分の間、維持されようが、相反可能性の高い中露には今後も揺さぶりをかけ続け、楔を打ち込んで相互不信の増幅を図るべきである。国力の制約から、対中対露の二正面作戦を採れない日本は、戦略的観点からロシアとの関係改善や信頼醸成を進め、また北方領土を巡る話し合いの枠組みも存続させるべきだ。四島の返還可能性とは別に、日露両国が緊密な協議の場を維持し経済協力の流れを生み出すことが、オホーツクから北極海への進出を虎視眈々と狙っている中国への牽制になるからだ。
 <中朝の分断・北朝鮮の対中離反を促す>
 中国が北朝鮮との良好な関係を誇示するのは、対朝カードが北朝鮮の核・ミサイル問題の解決をめざす日米等自由諸国に対するバーゲニングパワーになるからだ。しかし、現実の中朝関係は、決して友好的なものではない。金正日も金正恩も中国の覇権主義を強く警戒しており、その朝鮮半島への影響力拡大を阻み、中国の介入を回避しようと努めている。張成沢の処刑は、北朝鮮の中国に対する警戒心や不信感の強さを示す事件である。
 トランプ政権は、北朝鮮の中国傾斜を阻み、アメリカの側に引き寄せようとしている。北朝鮮に対し核の放棄など厳しい政策を突き付け北朝鮮の中国依存を強めさせるのではなく、北朝鮮が脅威のレベルを低減させれば体制保障を約し、中朝を離反させることが中国の脅威を封じるうえで得策との判断が働いている。米朝問題は米中問題であり、北朝鮮問題の本質は対中国問題である。日本も中長期的な努力で拉致問題の刺を外し、日朝の国交正常化と経済援助の実施で北朝鮮を日米の側に誘導し、中国の浸透拡大を防ぐべきである。
 <中韓の接近阻止>
 朝鮮半島は、海洋勢力と大陸勢力がぶつかり合う接点であり、海陸いずれの勢力が優位を占めるかによって半島の政治色も変化する。第二次世界大戦後、アメリカの影響力が圧倒的に優位であった時代が続いた。しかし対テロ戦争以後、アメリカの力が相対的に低下し、他方、中国の存在感が高まったことで、米韓同盟に揺らぎが出始めており、逆に韓国に対する中国の影響力が強まりつつある。親北親中の文在寅政権誕生も、こうした地政的モメンタムと深く関わっている。また中国は韓国の竹島不法占領を支持し、日本の主張を侵略主義の再来などと非難することで、中韓接近と日韓の離反を画策してきた。
 しかし、中国の影響力が半島の南にまで拡大する事態になれば、自由諸国の防衛ラインは朝鮮戦争以前のアチソンラインまで後退を強いられ、日本の防衛ラインも38度線から対馬海峡へと一挙に南下する。日本海は東海どころか中国海と化し、米海軍も海上自衛隊も日本海での作戦行動に著しい制約を受けることになる。そればかりか、核兵器を保有する親中の統一大朝鮮(韓国)が出現する可能性も生まれてくる。
 そうした事態を防ぎ、中国の影響力が半島から日本海に膨張することを阻止するためには、全力を挙げて韓国の中国傾斜を阻み、日米韓同盟の再生を実現しなければならない。
日韓関係改善の必要性は単に対中政策のためだけではないが、中国の北東アジアへの勢力拡大を阻むため、日本は自由と民主主義の重要性を一般の韓国国民と共有し、彼らに日米韓同盟の必要性と親中政権の愚かさ、危険性を理解してもらえるよう粘り強く説得を続けねばならない。
 <中欧の接近阻止>
 中国は遠交近攻の政策に基づき、その経済力を見せ札にして欧州諸国やアフリカとの友好関係強化に努めている。経済的な魅力に幻惑されてEUが中国に靡けば、ユーラシア大陸のほとんどの地域が中国の支配下に組み込まれてしまう。また経済進出を果たした中東やアフリカ諸国に中国が軍事拠点を構築し始めれば、ペルシャ湾~インド洋~太平洋における自由諸国のシーレーンは危殆に瀕する。これらアジア域外の諸国はオリエンタリズムの影響で中国を憧憬視する傾向にあり、また距離の隔絶や文化の相違等から共産中国の脅威の実相を見誤りやすい。
 日本はアジアを代表する民主主義国として、これら地域の国々に対して一帯一路の危険性を説くだけでなく、共産党独裁の国が人権や自由にとっていかに重大な脅威であるかを説き、中国に傾斜する事態を阻止する責務がある。

●間接侵略への対処(戦略5)
 脅威は国外からくるものばかりではない。総合的長期的な戦略に長けている中国は、観光ブームに乗じ、あるいは留学、結婚、貿易、移民等様々な手段を利用して相手国内に工作員を送り込み、情報・心理戦や謀略活動、世論の誘導や扇情、非合法活動の支援等あらゆる手法を駆使し国家の内部からその切り崩しを狙っている。そうした間接侵略には次の段階があるが、中国による各般の活動に警戒を怠ってはならない。
 第1段階 工作員を送り込み、政府上層部の掌握と洗脳
 第2段階 宣伝。メディアの掌握。大衆の扇動。無意識の誘導。
 第3段階 教育の掌握。国家意識の破壊。
 第4段階 抵抗意識の破壊。平和や人類愛をプロパガンダとして利用
 第5段階 教育やメディアを利用して、自分で考える力を奪う
 最終段階 国民が無抵抗で腑抜けになったときに大量移住して侵略完了(4)
 <入国管理体制の厳格化>
 近年来日する外国人観光客が急増している。特に増加が著しいのが中国人で、2011年に104万人だったものが18年には800万人を突破し、1千万人に迫りつつある。この間、日本政府はインバウンド効果の拡大を期待し、中国人観光客のビザ要件を大幅に緩和した。また中国の大型観光船が頻繁に日本を訪れるようになり、寄港時の入国審査も簡略化された。
 しかし、大量に入国する一般中国人観光客に混じって工作員が送り込まれる危険がある。厳に入国後の失踪者や不法残留者が増加する傾向にある。また奄美大島のように自衛隊施設の近傍にクルーズ船係留地を誘致する動きもある。そのため、空港や港湾施設での監視強化や審査官の増員など入国管理体制の厳格化が必要である。
 <外国人の不動産取得制限・重要施設周辺の監視と警戒の徹底>
 北海道や対馬、南西諸島などで日本の不動産を買い漁る外国人が増えている。なかでも中国人や中国資本による不動産の蚕食は日本全土で8万ヘクタール(広島市や仙台市に相当)に上り、自衛隊駐屯地や米軍基地、原発等の重要施設周辺や涵養林・水源の近傍地を購入するケースが多い。また中国人富裕層向けの別荘用地か、中国人コミュニティの建設を狙っているのか取得の目的や意図が不透明な事案も相次いでおり、十分に警戒する必要がある。
 現在、日本には外国人による不動産取得を規制する法規はなく、国籍にかかわらず誰でも自由に売買でき、登記の義務さえない。外国資本による水源地買収を監視するため、2012年に北海道庁は水資源保全条例を制定した。しかし、国境離島や海岸線、国防施設や原発、ダムなどの重要インフラ周辺の土地が知らぬ間に中国など外国資本の手に落ちる事態を防ぐには、各自治体の対応に委ねるだけでなく国による法規制が必要不可欠である。諸外国では外国資本の不動産取得を規制する法律が整備されている(韓国の外国人土地法,タイのタイ王国土地法など)、我が国も中国などの外国資本による不動産売買に規制を加えるため、日本の安全保障や国民生活にとって重要な地域の不動産を売買する場合は事前の許可を必要とし、また取得状況を毎年開示するとともに違反行為には罰則規定を設けるなど強制力を伴う立法措置が必要である(5)。
 <心理戦や政治工作の監視強化>
 中国で海外工作活動を取り仕切るのは、中国共産党中央委員会の統一戦線工作部(統戦部)とされる(6)。統戦部の工作はオーストラリアやニュージーランド、シンガポール、台湾等での報告例があるが、中でもオーストラリアでは在留中国人が政治家に接近し、容共思想の宣伝や贈賄などの違法活動を繰り返していたことが判明し、大きな社会問題になった。日本では、「琉球は中国に朝貢していた属国であり、中国は沖縄に対する領有権を有する」旨の主張や論考が一部メデアィに出始めている。フェイクニュースの流布や、政治家、知識人、メディア関係者への買収、贈賄工作等を通して世論、国民意識を中国に有利な方向に誘導・操作し、逆に反米ムードを煽り日米離反を促すといった政治工作(心理戦)は、悟られぬよう時間をかけて徐々に進められるため発覚しにくく、自覚のないまま中国の協力者に仕立てられてしまう者も多い。また中国は日本を含む世界各地に孔子学院を設けているが、これが宣伝や心理戦活動の拠点になっており、各国で批判が起きている。
 中国が2010年に制定した国防動員法は、有事の際の国民動員と全分野を国家統制に置くことを定めており、中国本土だけなく在外中国人にも適用され、祖国のために行動することを義務付けている。現在75万人いる在日中国人のほとんどが20~40代でこの動員法の対象者である。08年の北京オリンピックの際、長野市で行われた聖火リレーの沿道に多数の中国人が沿道に大挙して集団行動に出たが、「日本には50個師団のトロイの木馬(潜入した兵士)が居る」との指摘もある。中国による日本国内での一連の心理戦や政治工作、諜報活動、さらに騒擾の惹起を防ぐため、公安当局の監視体制の強化が求められる。
 <機密情報の管理強化・スパイ防止法の制定>
 さらに、機密情報や技術を盗み出すスパイ活動の危険も増大している。2004年には日本の上海総領事館で、機密文書を扱う日本人職員が自殺する事件が起きた。浮気の事実を中国の情報局に掴まれ、脅迫を受けて情報提供を迫られた結果といわれている。2012年には在日中国大使館の一等書記官のスパイ活動が発覚(李華光事件)。自衛官の配偶者である中国人女性を経由して、防衛情報が中国に漏洩しているとの報道もある。
 しかし、現在の日本ではスパイ活動によって国防や外交上の機密情報等が盗み出されても、スパイ活動そのものを禁じ、またスパイを逮捕する法律がない。そのため諸外国では重大犯罪として死刑や無期懲役に処せられるスパイ活動が、日本では出入国管理法違反や窃盗罪等刑の軽い特別法や一般刑法でしか取り締まることができず、スパイが野放し状態になっている。政府は情報管理体制の点検強化に努めるとともに、スパイ防止法の制定を急ぐべきである。「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼する日本国憲法は性善説に立っているが、残念にして現実の世界は違う原理が作用しているのである。

 

2 軍事戦略:意志・能力・同盟の強化    

 中国は我が国防衛費の4倍強の予算を軍備強化に充てており、公表額だけを見ても毎年10%以上の伸びを続けている。一方、尖閣諸島周辺海域には軍艦を含む公船を連日派遣し、領土的野心を隠そうともしない。2019年7月に発表された国防白書では、習近平国家主席の「強軍思想」に基づき、「戦えば必ず勝つ」強い軍隊を作るためには高度の技術革新と情報化により軍事革命を完遂させる必要があるとしている。そして2020年までに戦略構築能力を整備し、35年までに軍事戦略や装備体系の近代化を成し遂げ、21世紀半ばには米軍と伍して戦える世界最高水準の軍隊にする目標を掲げている。
 急速に質・量双方の強化が続く中国の軍事力に対し、隙のない防衛体制を構築するためには今後日本も長期にわたり相応の防衛努力が必要となるが、装備品の取得整備や彼我戦闘力の優劣だけが問われるのではない。軍事力の用い方においても中国の戦略は総合的である。暴力的行使のみに傾斜せず、むしろ圧倒的な武力の誇示や威嚇、恫喝によって、あるいは猜疑や不信の意識を煽り敵同盟国を分断・分裂させて、相手国の屈服や抵抗意志の無力化を狙うことに特徴がある。「中国に抗っても無駄だ」、「抵抗することは犠牲を拡大するだけで愚策だ」、「アメリカが日本を守るはずがない」といった世論を惹起させ、戦わずして勝利を手に入れる中国の戦法に屈しないためには、国防に対する国民意識の向上や士気の高揚、また日米同盟の強化に努めることが何よりも肝要である。

●海上防衛力の強化(戦略6)
 西太平洋(第1・2列島線以西)の制海権(シーコントロール)獲得を目指す中国は、米海軍の中国近海への接近を阻むため(A2/AD戦略)、攻撃型潜水艦や水上艦艇、さらに弾道ミサイルや作戦用航空機の増強を続けている。それと同時に中国は従来の沿岸型海軍から広大な海洋を支配する外征型海軍への脱皮を目標に掲げ、アメリカの空母機動部隊に対抗し得る本格的な空母部隊の整備、運用に力を注いでいる。さらに中国は南シナ海の島嶼を不法に占領し、対空ミサイルの配備や兵員の常設などその基地化も進めている。中東で石油を満載した日本のタンカーはホルムズ海峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾海峡やバシー海峡を経て日本に到達するが、日本の生命線であるシーレーンの一部をなす南シナ海は既に中国の支配下に落ちつつある。
 こうした中国海軍の動きは我が国の安全保障のみならず海洋の自由に対する重大な脅威であり、甘受することは出来ない。日本は中国海軍の第1列島線から太平洋への進出を阻止し、米軍の日本来援や西太平洋へのアクセスを可能ならしめるとともに、シーレーンの安全を確保するため、水上艦艇や潜水艦の増勢、機雷敷設能力の強化等海上防衛力を増強する必要がある。これまで海上自衛隊は米海軍の補完的な存在として、日本近海での対潜戦能力に整備の重点が置かれてきた。そのため現在の海上自衛隊は対戦戦能力では世界有数のレベルにあるものの、海外での長期展開や邦人救出、兵員輸送、対水上戦、島嶼防衛戦等の能力には限界があり、独立国家に必要とされる均衡のとれた海洋防衛力にはなっていない。今後は独力で外洋や海外での長期作戦行動が可能となるよう、補給・揚陸機能などの後方支援機能を含むバランスの取れた海上防衛力の整備と増強が求められる。
 中国海軍の膨張を阻むには海洋同盟諸国との連携を強化することも重要だ。近年アジア太平洋地域への関心を深めている英国やフランス海軍ととともに、アメリカが南シナ海や台湾海峡周辺で実施している「航行の自由作戦」に海上自衛隊も参加・支援すべきであり、さらに長期の作戦行動を可能とするため海外展開拠点の獲得も必要だ。

●領土領域防衛体制の整備:シームレスな防衛体制の構築(戦略7)
 中国はアメリカとの直接軍事対決を避ける一方、自国の周辺に存在する海洋諸国家に対しては、アメリカを刺激しないレベル(グレーゾーン事態)で既存の国際秩序を徐々に覆そうと企てている(サラミスライス戦略)。南シナ海の不法な島嶼占領や尖閣諸島領有化の動きがその代表だ。
 <尖閣諸島防衛戦略>
 かねてより中国は尖閣諸島を自国の「核心的利益」と位置づけているが、2019年7月に発表した国防白書では尖閣諸島を「中国固有の領土」と明記するようになった。連日のように同諸島周辺海域では中国の公船が接続水域での遊弋や領海侵入を繰り返している。中国は海軍、海警、民兵、漁船の4組織を巧みに使い分けて尖閣への攻勢を仕掛けてくるが、中国の公船が尖閣水域に居座るのは、同諸島の施政権を有するのは中国であり、公船は自国の領海警備の任に就いていると主張し、尖閣支配の体裁と実績作りを狙っているからだ。度重なる公船の接近・侵入を許し続ければ、尖閣周辺での自国艦艇の活動実績を基に、中国が尖閣に対する施政権の保持を公式に宣言する日もさほど遠くないであろう。
 また中国軍は、日本が少しでも隙を見せれば、まず市民を装った海上民兵らを上陸させ領有を宣言、日本が実力排除に動くと「中国領への侵略」、「軍隊による市民の殺戮」などと世界に向け声高に非難し、自国領の防衛と称して大規模な軍事攻撃で一挙に島を完全制圧し、既成事実化を図ろうと目論んでいる。日中関係は改善に向かっているようにいわれるが、安全保障を巡る環境は厳しさを増しているのが現実だ。
 さらに中国は軍事攻撃によって尖閣を奪取する動きも見せている。尖閣侵入の主体は準軍事組織の海警としながらも、海軍艦艇を付近に待機させ、時には原子力潜水艦やフリゲート艦などを接続水域に送りこんでくる。自衛隊の艦艇やヘリに実弾発射の予備となるレーダー照射を実施するなど挑発的な行動に出るだけでなく、近年尖閣から300~400キロの浙江省の温州、南麂島、福建省の霞浦に新たな軍事基地や兵站施設を建設し、尖閣への本格的な軍事攻撃能力の向上に取り組んでいる。
 日本は日米同盟の信頼性を向上させると同時に、尖閣などの離島は日本自身の力でこれを守り抜く決意と防衛体制が必要だ。米政府は「日本の施政下にある尖閣諸島は日米安保条約第5条の対象に含まれる」旨繰り返し表明しており、また「他国の領土紛争には関与しない」との立場も明らかにしている。これは、日本が尖閣などの離島を実効支配し続けていれば、侵略を受けた場合、米軍の来援可能性は高いが、一旦中国の支配を許し、あるいは両軍の島嶼争奪戦闘が続く状況下では、米軍の介入参戦を期待するのが難しいことを意味している。米シンクタンク、シカゴ評議会の調査によれば、日米安保体制を評価するアメリカ人は78%に上るが、尖閣諸島をめぐる対立を念頭に、中国が日本に軍事侵攻した場合アメリカが軍事力を行使することには55%が反対している(7)。日本人自身が血を流し断固島を守り抜く努力を見せねば、自由と民主主義の価値観を共有する同盟国日本を助けよとの世論がアメリカで澎湃と沸き起こることもないであろう。米軍は「自ら助来る者を助くる」存在であることを心すべきである。
 そもそも離島の防衛に当たっては、実効支配を維持し続けることが肝要だ。施政権の存在を示すことが難しいだけでなく、一度敵の占領を許すと、再上陸などの作戦を講じても島を奪還することが極めて困難になるからだ。必要とされるのは、奪われた尖閣を奪還するための防衛力や奪還の訓練ではなく、同島を死守するための防衛力であり、断固守り抜くための訓練である。中国を刺激するという理由で現在尖閣諸島に人員や施設を配置していないが、世界に向けて日本の領土主権を主張し、領土問題は存在しないことを明らかにするためには、恒久施設の設置や人員の常駐は不可欠である。必要と判断されれば尖閣諸島に緊急展開することができる特殊ユニット部隊を先島諸島に配備しておくのも一考である。
 また尖閣諸島に一人の中国人をも上陸、居座らせないためには、警察、海上保安庁、自衛隊相互の連携を密にし、隙を作らず尖閣強奪の機会や口実を与えないことが何よりも重要である(シームレスな防衛体制)。警察庁は、尖閣諸島をはじめとする国境離島の警備を専門とする部隊を来年度、沖縄県警に創設する方針を決めた。武装した集団が離島に不法上陸する事態を想定し、自動小銃などの銃器や装備を携行した隊員が大型ヘリなどで現地に赴き上陸した集団を制圧、検挙する計画だ。警察だけでなく、中国公船と直接対峙している海上保安庁の質量両面の強化も急がれる。海上保安官の増員や大型巡視船の増強、武装強化に加え、海上保安庁の沿岸警備隊への昇格も検討すべきだ。自衛隊に領域警備の任務を付与するとともに、海上自衛隊と海上保安庁の一体的運用を可能とする施策も必要である。さらに中国軍機の領空侵犯を阻止するには、国際法および国際慣例に従い、指示に従わない場合は中国軍機を撃墜できる権限を空自スクランブル機に認める必要がある。2012年に中国国家海洋局所属のプロペラ機が低空で尖閣諸島を領空侵犯した事案に鑑み、低空域からの航空機や無人機の侵犯を防ぐため警戒監視体制の改善も急がねばならない。
 <南西諸島防衛戦略>
 尖閣諸島だけではなく、中国海軍の太平洋進出を阻む壁となっている南西諸島防衛の体制整備も急務だ。太平洋に向かう中国海軍が必ず通過する宮古、大隅海峡を中心に南西諸島全域に地対艦ミサイル(SSM)を槍衾のように重層配備するとともに、沿岸防備のための陸上部隊を駐屯させる必要がある。人が定住しないなど抵抗を受けない島嶼は易々と中国の強奪を許すことになり、また中国軍に有人島の奪取を許すと島民が盾にされ、自衛隊の反撃が困難になるからだ。陸上自衛隊は16年に与那国島に沿岸監視隊を、19年にはSSM運用部隊を奄美大島や宮古島に配置し、石垣島への配備も進めているが、より多くの島嶼に警戒監視やミサイル部隊の配備が必要である。離島振興策の充実を図り、島民による監視体制の強化をめざすなどの知恵も求められよう。中国の航空攻撃から生き残るためには防空能力を高める必要もある。戦闘機の増強に加え、下地島をはじめ南西諸島に多くの航空基地を整備し、日米の共同使用化を図ること、さらに航空基地の抗堪化も重要だ。 

●ミサイル脅威への対処:軍備管理信頼醸成措置強化(戦略8)
 中国はA2/AD(接近阻止、領域拒否)戦略を実施するため、米軍戦力の骨幹である空母機動部隊を主目標として、空母キラーの異名をもつ東風(DF)-21Dやグアムキラーと呼ばれる東風(DF)-26などの中距離弾道ミサイルを中国沿岸地域に配備している。また台湾正面にもDF-3、11,15,16など1200発以上の弾道ミサイルを配備している。核非核両用の攻撃が可能なこれらの弾道ミサイルや巡航ミサイル(CJ-10、20)はいずれも南西諸島や日本の主要都市を射程に収めており、我が国に対する重大な脅威となっている。
 もし米中が軍事衝突し、あるいは中国が台湾侵攻に踏み切った場合、作戦を有利に進めるため中国は日本へもミサイル攻撃を仕掛けることが十分に予想される。しかし、飽和的なミサイルの同時多発攻撃を受けると、現在のミサイル防衛(MD)システムではすべての目標を撃破することはできない。またミサイル攻撃の被害を回避局限するため、在日米軍が中国ミサイルの射程圏外であるグアムなどに部隊を退避させる可能性も高い。そのためMD網を強化するだけでなくレーザーや電磁波兵器の開発を急ぐ一方で、中距離弾道ミサイルの脅威が顕在化しないよう、中国との間でホットラインの設置等危機管理と信頼頼醸成の枠組みを強化するとともに、北東アジアでの中距離弾道ミサイルの無制約な配備を規制するため、米中露を含む多国間の軍備管理条約締結の必要性を訴えていく必要がある。
 もっとも、中距離核戦力(INF)制限条約が存在していたためアメリカはアジア地域に中距離弾道ミサイルを配備しておらず、この分野では圧倒的に中国が優位を占めており、ミサイルの保有数や配備制限を目的とする条約の締結や交渉開始に中国が応じる可能性は極めて低い。しかしながら2019年7月にINF制限条約が終了し、アメリカも中距離弾道ミサイルの開発・配備が可能となった。中国を条約交渉のテーブルに着かせるとともに対中抑止力を維持するため、今後、米軍が北東アジアにミサイルを配備することが予想される。その場合、我が国は日本の領域内へのミサイル配備を受け入れる覚悟が必要だ。また非核三原則の見直し(「持ち込ませず」の撤廃)も検討の俎上に上ることになろう。

●敵基地攻撃戦力の整備:槍の機能も持て(戦略9)
 中国の軍備増強が北東アジアの脅威となっているが、翻って我が国の防衛戦略は、敵からの攻撃を受けてはじめて自衛のための必要最小限度の武力を行使する「専守防衛」戦略を維持し続けている。しかし、守勢一辺倒の戦略では圧倒的な兵力を擁する中国軍の侵攻を排除することはできず、「必要最小限度」の自制は「必要な防衛力の行使」に緩和する必要がある。また「専守防衛は戦略守勢と同旨」との政府見解もあり、「戦略守勢は戦術的攻撃を含む」のが軍事常識である。日本国憲法の平和主義は「座して死を待つこと」を求めるものではなく(1956年:鳩山首相答弁)、壊滅的破壊を被る蓋然性が高い攻撃が我が国に迫っており他に手段がない場合には、敵基地に対する自衛隊の攻撃も容認されるべきである。
 日米安保体制の下、これまでは米軍が槍の機能を発揮し、自衛隊は盾の役目に徹してきた。しかし、中国の中距離弾道ミサイルの脅威が高く、米軍の日本からの退避も想起されるなか、国防の自立性を高め、被害を最小限に食い止めるためには、迅速な反撃体制を可能とするとともに、槍の機能の一部も自衛隊が発揮しなければならない。それを可能にするには、航空機の航続距離やミサイル射程の延伸、給油機の整備、さらに攻撃目標に関する作戦情報取得のためのGPS等測位システムの整備も不可欠だ、巡航ミサイルの保有も検討課題となる。日本はいま、戦争をしない国(平和を求める国)から戦争をさせない国(平和を生み出せる国)に成長しなければならず、積極的平和主義もそのように理解すべきである。

●ハイブリッド防衛力の整備(戦略10)
 各種手段を組み合わせ総合的な戦力の発揮に巧みな中国は、核在来戦力の対米劣勢を克服するとともに、将来戦での優位獲得を目指し、伝統的な軍事的手段と非軍事的手段を組み合わせた「ハイブリッド戦」能力を強化している。その中心になるのが、サイバー・SNSなどの電脳空間や宇宙開発、さらにロボットをはじめとするAI技術である。ハイブリッド戦では、サイバー空間への攻撃や虚偽情報の拡散等純粋な武力攻撃とはいえない手段(POSOW)が複合的に用いられる。そのため、正規戦・非正規戦や平時・有事の二分法的な戦略理解が通用しないこうした「グレーゾーン」事態への対応が急がれる。
 2018年12月に策定された「防衛計画の大綱」でも、「宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域の利用の急速な拡大は、陸・海・空という従来の物理的な領域における対応を重視してきたこれまでの国家の安全保障の在り方を根本から変えようとして」おり、「(これら)新たな領域については、我が国としての優位性を獲得することが死活的に重要となっており、陸・海・空・といった従来の区分に依拠した発想から完全に脱却し、すべての領域を横断的に連携させた新たな防衛力の構築に向け、従来とは抜本的に速度で変革を図っていく必要がある」としている。しかしながら、自衛隊のハイブリッド戦対処能力は極めて初歩的な段階にとどまっており、大綱が求めるように急ピッチでその強化に当たる必要がある。
 <サイバー戦能力の整備>
 情報通信技術(ICT)の発達により、インターネットなどの情報通信ネットワークは現代社会に必要不可欠な存在となった。そのため情報通信ネットワークがサイバー攻撃を受けると、重要インフラの機能障害やシステムダウンが発生し、またネットワークに侵入して機密情報が窃取されるなど人々の生活や国家・社会の運営に深刻なダメージを被ることになる。サイバー攻撃は、コストが低く標的も自由に選べ、さらに犯行者の特定が難しいなど攻撃側が圧倒的に有利な非対称性の高い戦法であり、国際テロ組織などの非国家アクターや独裁政権、あるいは経済力の乏しい国家によって多用されている。
 中国は、戦略核戦力などの対米劣勢を補う切り札としてサイバー戦を非常に重視しており、2008年以降の主要な軍事訓練では攻撃防御の両面でサイバー戦を取り入れており、電子戦とサイバー戦の連接的運用にも熱心だ(網電一体戦)。また10万人を超えるサイバー攻撃の専門部隊を擁し、欧米諸国への攻撃を繰り返している。08年に米軍のネットワーク全体が乗っ取られ、15年には米連邦人事管理局がサイバー攻撃を受けて連邦政府職員や米軍人等2200万人以上の個人情報が盗み取られたが、中国の仕業といわれている。アメリカは中国によるサイバー窃取は国家安全保障に関する情報から知的財産に至るまで幅広くアメリカの国益を侵害するものと深刻に受け止めており、15年9月の米中首脳会談でオバマ大統領は習近平国家主席に対し、知的財産のサイバー窃取を止めるよう強く求めている。日本でも、2011年には三菱重工業に不正侵入が行われ、15年には日本年金機構などからデータが盗まれた。16年にも自衛隊の防衛情報通信基盤への不正侵入事件が起きており、中国の関与が指摘されている。
 サイバー攻撃の標的は、国際社会全体から特定の国家、政府機関、企業、個人まで極めて幅広く、また個人の犯罪行為から国家・軍の作戦まで行為主体も被害の規模も多様である。そのため国際機関や国家、企業など各主体はそれぞれの規模に応じて最適なサイバーセキュリティ対策を講じる必要があるが、それだけでは十分ではなく、相互の緊密な情報交換や連携が必要である。日本政府は、サイバーセキュリティの基本理念や国・自治体の責務などを定めたサイバーセキュリティ基本法を2014年に制定し、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)がサイバーセキュリティ政策の企画立案を担当している。しかし、これまでのNICSの取り組みは、政府横断のサイバー対処訓練や各省庁の情報システムへの侵入耐性診断等極く初歩的なものに留まっている。大規模なサイバー攻撃に対処するには、サイバーセキュリティを国家の安全保障に関わる重要施策と位置づけ、専門の組織を立ち上げるとともに、関連法の整備やサイバーセキュリティ技術の普及、セキュリティ人材育成、重要な情報通信システムへの外国企業の接近阻止、さらにセキュリティ関連投資の促進などの施策を講じるべきだ。
 一方、防衛省・自衛隊に対するサイバー攻撃対処のため、各自衛隊に専門のサイバー防護部隊が存在するほか、2014年に自衛隊指揮通信システム隊の下にサイバー防衛隊が新設された。ただ、各部隊の主な活動は、自衛隊のネットワーク情報システムの監視やウィルスの解析、サイバーセキュリティ対策基準の制定などサイバー防衛に限られており、中国の仕掛ける高度なサイバー攻撃への対処力は不十分である。中国は相手の優勢下では決して戦わず、逆に弱点を徹底的に衝いてくる。日本の防衛体制の中で最も劣弱な分野がサイバーである。たとえ空母や最新鋭の戦闘機を揃えても、一旦サイバー攻撃を受ければ我が国の防衛力は瞬時に無力化されよう。サイバー能力の如何が日本防衛体制全体の死命を制するといっても過言ではない。
 「防衛計画の大綱」も「サイバー防衛能力を抜本的に強化」する必要を認めており、指揮通信システムの抗たん秘匿性向上やサイバー専門部隊の質・規模両面の拡大強化を急ぐべきである。また大綱は「有事において、我が国への攻撃に際して用いられる相手方のサイバー空間の利用を妨げる能力」の整備についても触れている。我が国ではテロと同様、サイバー攻撃は刑法犯と位置付けられ、犯罪行為を行う部隊の保有に抵抗がある。しかし、国家が関与、実行する大規模なサイバー攻撃は、武力戦以上の甚大な被害をもたらしており、サイバー攻撃を確実に阻止するには、サイバー攻撃を受けた場合、サイバー「防御」だけでなく、対称的にサイバーで反撃する力を持つべきである。
 さらに、サイバー攻撃に対する軍事力の行使も選択肢として排除すべきではない。2019年5月、パレスチナのガザ地区を支配するハマスがイスラエルにサイバー攻撃をかけた際、イスラエル国防軍はハマスのサイバー部隊が所在する建物への空爆を実施した。アメリカの『国家安全保障戦略』(2017年)は、アメリカにサイバー攻撃を実施した相手には、抑止、防御だけでなく必要な場合は軍事的に反撃・撃破する方針を明確にしている。この問題は、サイバー攻撃が自衛権発動の対象となる武力攻撃に当たるか否かの論議に関わるが、政府は「サイバー攻撃であっても、物理的手段による攻撃と同様の極めて深刻な被害が発生し、組織的・計画的に行われていると判断される場合、武力攻撃にあたり得る」(2019年4月、岩屋毅防衛大臣の参議院外交防衛委員会での発言)と解釈しており、サイバー攻撃により被る被害が国家に致命的打撃となる危険性が想定される場合にはサイバー反撃や武力で反撃し得るオプションを保有する必要がある。アメリカなど諸外国との連携協力関係を深め、サイバー同盟(有志連合)を築くことも検討すべきだ。
 <宇宙防衛力の整備>
 中国は、宇宙の軍事利用も積極的に進めている。2016年に発表された『中国の宇宙』白書は宇宙空間の平和利用を強調するが、自身の軍事利用は否定していない。逆に、核・通常戦略でアメリカに劣る中国は、サイバー戦力と並んで宇宙空間への自由なアクセスを実現してC4ISR(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察)を確立させ、アメリカの宇宙へのアクセスを妨げて戦略的な優位を確保しようと考えている(制宙権の掌握による宇宙強国の実現)。湾岸戦争やイラク戦争、アフガニスタンでの戦闘で米軍が軍事衛星を活用した状況を詳さに分析した中国は、米軍がGPSや通信、ミサイルへの警戒など活動の基盤を衛星網に大きく依存しており、これを打撃すれば米軍の行動全体に深刻なダメージを与えることができると確信した。
 そのため、運搬手段(ロケット)や衛星、有人による月探査や宇宙開発を推進(測位衛星北斗や、軍事偵察のための地球観測衛星の打ち上げなど)するとともに、アメリカの宇宙利用を妨げるため、全地球測位システム(GPS)妨害システム、レーザー兵器やミサイル(SC-19,DN-2,3)などの対衛星兵器、衛星攻撃衛星(キラー衛星)など対衛星攻撃(ASAT)能力の整備を急いでいる。2005年にはアメリカの偵察衛星にレーザーを照射し、その活動を妨害、07年にはミサイルによる衛星破壊実験に成功している。衛星の破壊は宇宙に大量のスペースデブリ(宇宙ゴミ)を生み出し、各国の宇宙活動に大きな支障をあたえた(07年の実験では1㎝以上の破片が3万5千個以上発生)。米国防省の報告では、中国軍は対衛星ミサイルの配備に向けた訓練を活発化させているほか、低軌道の人工衛星をねらったレーザー兵器の配備も近いと予測している。
 15年末には人民解放軍にサイバーと宇宙担当の戦略支援部隊が新設され、宇宙部隊は海・空軍と同格になった。神舟の打ち上げや宇宙ステーション天宮の開発などの有人宇宙計画や月・火星探査活動も、宇宙からの偵察や情報収集、他国の宇宙活動の妨害のための拠点作りなど軍事目的との関連が指摘されている。2016年には「宇宙の日」を制定し宇宙開発を「中華民族の偉大な復興」の象徴的事業と位置付けており、軍事利用を含む宇宙開発のペースは今後さらに早まることが予想される。中国だけでなくロシアも宇宙の軍事利用に関心が高く、15年に空軍を再編して「航空宇宙軍」を創設している。
 こうした米露の動きに対抗し、宇宙での戦略的優位を維持するため、2019年8月にアメリカは宇宙領域での軍事活動を統括する宇宙統合軍(Space Command)を発足させた。宇宙統合軍は、空軍や海軍など複数の軍の機能を組み合わせた11番目の統合軍で、弾道ミサイルの警戒や人工衛星の運用、宇宙空間の監視活動などにあたることになっている。トランプ政権はこれを陸海空の各軍などと並ぶ宇宙軍(Space Force)へ昇格させたい考えだ。
宇宙統合軍のレイモンド司令官は、宇宙空間は「戦闘領域」だとした上で、衛星破壊実験を行った中国やロシアを「重大な脅威」として名指しで批判し、「宇宙空間におけるアメリカと同盟国の優位性を保つ」ため、日本など同盟国との連携を深め能力の強化を図る考えを表明(宇宙同盟)、西部カリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地にある「連合宇宙運用センター」をその基盤に位置づけ、同盟国からの連絡官の受け入れを進めている。
 この米宇宙統合軍と緊密な連携の下、日本も宇宙空間での防衛力強化を急ぐ必要がある。日本政府も2018年12月に策定した防衛大綱と中期防衛力整備計画で、サイバーと並んで宇宙空間を「新領域」として重視し、19年4月の日米の安全保障協議委員会(2プラス2)では、中露両国を念頭に宇宙・サイバー・電磁波等新たな領域での防衛協力を優先事項として強化する方針を打ち出した。防衛省は2022年度までに宇宙状況監視(SAS)体制を構築すべく、宇宙状況監視用レーダーと運用システムの導入を進めるとともに、来年度航空自衛隊に「宇宙作戦隊(仮称)」を新設する計画である。
 宇宙作戦隊は、他国の人工衛星からの電波妨害や宇宙空間を漂うスペースデブリなどで自衛隊の活動が影響を受けないよう宇宙空間を常時監視することが当面の任務とされ、航空自衛隊府中基地(東京都府中市)に約70人態勢で発足、将来的には100人態勢を目指す。宇宙空間に設置する新型の光学望遠鏡を開発するほか、米軍が発足させた宇宙軍統合軍との人的交流やノウハウの習得を図ることになる。
 日本の宇宙防衛能力の整備はまだ緒に就いたばかりだが、防衛大綱では、宇宙領域における情報収集や通信、測位能力の向上や宇宙空間の常時継続的な監視体制の構築とともに「相手方の指揮統制・情報通信を妨げる能力」を含む「宇宙利用の優位を確保するための能力強化」を整備目標に掲げており、米軍との緊密な関係を軸に、将来的には宇宙空間における抑止力強化の取り組みが期待される。中国の衛星攻撃や無力化に対処するため、指向性エネルギーによる迎撃システムの開発配備やキラー衛星攻撃能力の保有あるいは日米共同運用や技術協力なども視野に入れた宇宙防衛力の整備が必要だ。
 サイバー、宇宙に加え、ドローン(小型無人機)対策も急務だ。世界最大のドローン生産国である中国はドローンの戦力化でも世界のトップを走っている。2019年9月、サウジアラビアの石油関連施設に対する攻撃にドローンが使用され、莫大な被害が出たことは記憶に新しい。高額なミサイル防衛ステムが機能せず、しかも攻撃主体が特定しにくいなど費用対効果の面でドローンは大きな威力を発揮しており、対日攻撃でもドローンが用いられることは間違いない。しかるに防衛省の計画では来年度、妨害電波を発信してドローンの飛行を阻止する装置や網で捕獲する機材の取得経費を計上する程度で、ドローン対策は無きに等しい状況だ。限られた防衛予算の中で中国に備えるには、対ドローン対策だけでなく自衛隊装備へのドローンの本格的導入やそのための研究開発が急がれる。
 さらに中国やロシアはAI技術や電磁波の軍事への応用にも積極的である。14年のウクライナ危機で、ロシア軍は電子戦で全地球測位システム(GPS)の電波を妨害したり砲弾の電子信管を誤作動させてウクライナ軍の戦力を低下させた。米国防省は19年2月初のAI戦略を発表し、軍事分野への活用を急いでいる。またトランプ米大統領は19年3月、電磁パルス(EMP)脅威への対策強化を指示する大統領令に署名した。電磁パルス兵器の開発を進めている中露に対抗し、重要インフラ(社会基盤)等の防御能力を高める狙いがある。自衛隊も「電子戦」能力強化のため、陸上自衛隊に電磁波で相手の活動を妨害する「電子戦部隊」を設置するが、米軍との連携に加え、この分野の研究開発を主導している民間研究機関との協力体制を密にすべきである。
 <シームレスな防衛力発揮に不可欠な統合運用体制の向上>
 サイバー、宇宙、AI等それぞれの防衛力を個別単体として整備するだけでは十分とは言えない。防衛大綱では、「平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できることが重要」として、「宇宙・サイバー・電磁波を含むすべての領域における能力を有機的に融合し、・・・あらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施」を可能とする「多次元統合防衛力」の構築を整備目標に掲げているが、米軍に比べて自衛隊の統合運用に向けた取り組みは遅れている。
 対テロやサイバー、宇宙防衛のための部隊整備も三自衛隊縦割りで進められている面が強い。各自衛隊のカウンターパートとなる米軍との間では共同訓練の実施や情報・人員の交換など相当程度に連携が進んでいるが、自衛隊相互の統合や一体的な運用は統合幕僚監部が設けられはしたが、幕僚監部相互の調整が複雑化しただけで統合機能の発揮には程遠く、改善が急がれる。安倍首相は2019年度の自衛隊高級幹部会同で「航空宇宙自衛隊への深化も夢ではない」と訓示したが、米軍の宇宙軍に相当する新たな軍種の創設も検討課題である。その際には、防衛省自衛隊のみならず、宇宙開発関連の他省庁やJAXA、民間の宇宙関連企業の協力が欠かせない。
 本提言で指摘した各防衛力の整備には多額の予算が必要となるが、厳しい財政事情の下での防衛費の増額には限度がある。一定のパイの中で整備を進めるためには、①火砲や戦車など大規模地上戦闘を想定した陸上防衛力の思い切った削減小規模化②護衛艦、戦闘機等装備品の延命化③自衛隊相互の重複業務の一元化④OA等の活用による省力化と人員削減⑤後方関連業務のアウトソーシングなど既存の防衛力整備計画の大胆な見直しと徹底したコストカットが求められる。

 

3 経済・技術戦略:自由で公正な経済体制の防衛 

 目覚ましい発展を遂げた中国経済だが、この国の経済活動は先進資本主義諸国が築いてきた国際経済のルールを無視、あるいはそれを逸脱するのが常態となっている。日本がそうした異質・違法な活動を黙認し続ければ、単に公正な世界経済の秩序が崩壊するだけでなく、中国の覇権獲得を手助けすることにもなる。そのため我が国は、他の自由主義諸国と連携し中国のルール違反や不正行為を摘発排除するための制度作りを急ぐとともに、中国経済への過度な依存による従属化を防ぎ、さらに競争に負けない質の高い技術力を維持することが肝要である。
 アメリカの対中高関税政策によって経済的苦境に陥った中国は、我が国済界や政府にしきりに秋波を送り、日中の経済関係強化によって事態の改善を図ろうと目論んでいる。しかしこの誘いに応じることは、中国の不正経済体制に日本が積極的に与するもので、アメリカの対中政策を妨げることになる。目先の経済利益に幻惑されてはならない。

●不正不公平を許さぬ国際経済システムの整備(戦略11)
 中国では、莫大な資金や情報、先端技術、人材、市場の提供など国家や共産党が企業の運営に深く関わり経営戦略を差配するなど政治権力が総力を挙げて企業や産業の発展・成長を主導している(国家資本主義)。特に軍事技術や通信情報分野への関与は強く、海外に進出し研究開発やM&Aを行う企業・大学などに多額の財政支援を与えるのもその一例だ。これは、国家と私企業の分離という近代資本主義経済の基本的なルールを無視するものである。
 また中国は2002年に世界貿易機関(WTO)への加盟を認められ、経済的な特権を手にしたが、変動相場制への移行や保護主義的な数量制限、関税障壁の撤廃等加盟の際に示された条件を今日に至るまで履行していない。知的財産の獲得でも、中国は露骨なルール違反を重ねている。中国経済はアメリカの市場に依存しているが、対米依存は市場だけではない。中国は自らの努力で製品開発に必要な先端技術を生み出す努力を怠り、アメリカから窃取した技術をもとに日米欧の市場に安価な商品を大量に売り込むことで経済を発展させてきたのだ。このままの状態が続けば、不公平なルールや窃取・剽窃の蓄積によって、中国の経済や技術は自立をはじめ、やがて世界を圧倒すること日も遠くない。
 しかも中国の目的は、たんに国富を増やすことだけではない。経済や技術の力を外交や軍事目的達成の有力な手段として活用することを狙っているのだ(エコノミックステイトクラフト)。現状では兵器戦でアメリカに挑んでも勝算に乏しいため、心理・情報戦や経済・技術戦で優位を獲得し最終勝利を手にすべきだと「超限戦」が説くように、貿易や金融、経済援助、先端技術、資源等々を通して世界の覇権を握ろうと考えているのだ。
 国際社会は、不公平と不正な手段によって中国が経済・技術大国となり、また技術・経済の覇権獲得を許すわけにはいかない。そのため、一刻も早く技術情報などのデータを扱うビジネスの国際的なルール作りが必要だ。日本は欧米との連携の下、世界貿易機関(WTO)を中心として国家によるデータ開示要請を禁じるなど中国による不正不公平な貿易を許さない国際システムの整備にイニシアティブを発揮すべきである。またアメリカとも連携し、5G・6G通信技術の規格策定で主導権を握らねばならない。

●先端技術や知的財産、個人データの保護(戦略12)
 中国政府は、中国企業との取引を望む外国企業に技術の移転や供与を強要することが多い。外国企業に共同研究を持ち掛けたり、外国企業を買収し、あるいは外国企業と中国企業で合弁会社を作り、その会社を通じて技術を盗む手法、さらに中国大使館の管理下にある中国人留学生や外国企業で働いている中国人研究者を通じて技術を入手したり、サイバー攻撃で技術を盗み出すケースも多発している。しかも盗み出した技術を独自開発と称して国際特許を取得する悪質さだ。
 アメリカ企業の被害ばかりが報じられているが、新幹線の技術が窃取模倣された例からも明らかなように日本の企業も多大な損害を被っている。日本企業でリストラされた技術者を好条件で雇い入れ、企業秘密や技術情報を聞き出すのは日常茶飯事で、日本からの先端技術の漏洩は深刻である。AIやロボットなど『中国製造2025』が掲げる先端技術の多くは軍事技術としても役立ち(デュアルユース)、技術の窃取を許すことは軍事的脅威の増大を招くことにもなる。しかも5Gなど通信インフラから膨大な人的データを吸い上げ、世界全体が中国の監視・統制下に置かれつつある。人類が経験したことのない恐ろしい世界の到来が迫っているのだ。
 中国のハイテク・情報覇権を阻止するため、日本の企業や研究機関は、技術・情報の管理や保安体制の強化、人事制度の見直しを急がねばならない。アメリカでは中国による米企業への投資規制の厳格化や経済スパイの活動を厳しく摘発するための法改正作業が進んでいる。日本政府も原子力や航空・宇宙、通信など安全保障上重要な日本企業への外資や外国人投資家の出資、株式取得の制限を強化するための外為法改正作業に着手した(事前の届け出対象を株式取得の10%→1%)が、役員選任や事業売却の提案なども事前の届け出制とすべきである。輸出管理品目を厳格化するとともに、輸出管理体制全体の見直しや、不正な移転行為の告発・摘発、厳罰化を可能とする新たな立法措置を講じる必要もある。併せてアメリカやEUが取り入れているSC(セキュリティクリアランス)制度の導入も急がれる。

●研究開発体制の強化と生産効率の向上(戦略13)
 中国による経済力や技術力の世界支配を防ぐには、日本や欧米自身の力を強化する必要がある。日本では財政の困窮や国立大学の法人化などが原因となり、先端技術の開発に投入する国家予算が激減している。この状態が続けば技術立国の看板は倒れ、将来ノーベル賞受賞者の輩出は難しくなると危惧されている。また大学の乱立や教育の質の低下、海外に留学する学生の減少、若手研究者の研究環境やポスト不足などの処遇悪化等々最先端技術の開発を妨げる要因が山積している。
 限られた予算の中で、中国に伍して今後も高い技術力を維持していくには、真に国際レベルで競争が可能な研究志向型の大学を10程度に絞り込み、研究資金の重点配備や基礎研究の層の厚みを増すための予算措置を行うなど思い切った学術政策の転換に着手し、優秀な研究者が国内で腰を据えて研究活動に従事できる環境を整備すべきである。また日本では軍事技術の研究を忌避する風潮が強いが、軍用技術の多くは民生分野に幅広く応用されている。技術水準の強化を目指すには、軍事=悪の意識の克服が求められる。さらに少子高齢化の進む日本が中国に対抗するには、技術力の強化で付加価値の高い製品を開発するとともに、AIの導入等で生産効率の向上に取り組まねばならない。

●戦略的ODA政策による覇権的開発政策の阻止(戦略14)
 習近平政権が世界各地域で背局的に進めている一帯一路政策は、開発援助や地域協力をその目的に掲げてはいるが、その実態は投資先のない中国国内から膨大な資本と労働力を海外に振り向け投入することで内需の不足をカバーするとともに、援助国の返済が滞ったばあいには港湾施設や道路などの重要な社会資本を手に入れ、中国の海外進出拠点を確保することを狙いとした経済覇権的性格の強い政策である。
 南アジアやアフリカ諸国など開発のための資本に不足する国は、緩い条件で膨大な資金を供与する中国の申し出を安易に受け入れるが、援助計画が杜撰なため資金繰りがつかず債務返済が不可能な状況に陥ってしまう。そのため重要な施設が中国に奪われてしまうばかりか、中国から送り込まれる大量の労働者によって作業が賄われるため、雇用の拡大も所得の増加にもつながらない悲惨な状況が出現している(債務の罠)。また十分な環境アセスメントなども実施されず、中国企業の開発によって自然が破壊される事態(ミャンマーのダム建設など)や、突然工事が中断、放棄されるケースも生まれている(インドネシアの新幹線や第二パナマ運河建設など)。
 開発協力に豊富な実績と高い評価を得ている日本は、援助国だけが利益を得て被援助国の発展を考慮しないこのような利己的な開発プログラムの蔓延と被害の発生を防ぐ立場にある。それゆえ、アジア開発銀行や世界銀行等関係する援助機関とも連携し、あくまでも援助国の利益と発展に結びつく援助計画を今後も提供していくともに、債務管理アドバイザーの派遣等途上国がむやみに債務を増やさないための協力も必要だ。さらにTICAD(アフリカ開発会議)などの場を通して、債務の罠に陥った被害国の実情など正確な情報の提供に努め、同種被害の拡大防止に努めるべきである(8)。

●対中経済依存度の軽減と経済的脆弱性の脱却(戦略15)
 現代の国際社会は経済的な相互依存関係が強まっているが、依存の関係は必ずしも対称的ではない。自国の経済活動に重要な財やビジネスチャンスを貿易関係にある一方が相手国に大きく頼る非対称的依存の場合、関係切断のコストは自国に不利となり、相手国に対する従属的依存に陥る危険が高い。例えば2010年に尖閣諸島周辺海域で違法操業していた中国漁船の船長を逮捕した際、中国は突如日本へのレアアース輸出を禁止する報復措置に出たことは記憶に新しい。また在韓米軍のTHHARDミサイル配備を韓国が受諾するや、韓国製品の不買運動や中国人の韓国観光を禁じ、同様に中国人観光客の台湾訪問を制限して台湾の独立運動を抑え込もうとしている。資源や購買力、巨大な市場等を武器に、相手国を屈服させその譲歩を迫るのは中国の常套手段であり、対中貿易を進めるにあたりそのような“依存の罠”に陥らないような取り組みが必要である。
 クノ一ルは,経済的脆弱性を防止する方法として,「需要と供給の非弾力性」と「貿易先と商品の分散」の二点を挙げている(9)。即ち、「輸入するものがさほど必要不可欠なものではなく,しかも自国がある程度の需要独占力を発揮し得るものであること」、逆に「輸出するものが他国にとって必要不可欠なもので、しかも自国がある程度の供給独占力を享有し得る」構造にある程その国は相手国に対して非脆弱であるという。また輸出入において「相手国を分散すればする程,財の種類が広範多岐にわたればわたる程」多国からの経済戦略発動に対する非脆弱性は高まると説いている。日中の経済構造をこのような構造に近づける努力が求められる。
 経済の対中非脆弱化施策を経済システムから捉えるならば,日本経済における「代替性」「耐久性」及び「安定性」の確保が重要だといえる。「代替性」の確保には,輸出先・輸入先の分散・多様化や新たな財、代替エネルギーの開発が,「耐久性」の確保には自給率の向上や備蓄,省エネルギー化の政策が含まれる。さらに経済活動が日々間断なく営まれるものである以上,「安定性」への配慮も忘れてはならない。そのためには,安定供給(需要)確保のため,諸外国への経済支援や紛争予防・平和構築支援の取り組み,国際的な政治経済の調整メカニズムやルール作りに向けた努力も必要となる。要すれば、万一何らかの事由で日中の経済関係が途絶するような場合、日本の蒙る経済的社会的コストが、中国の蒙るコストに比してより小さいものとなるよう努めるべきだということである。
 <経済安保会議の創設>
 米中の覇権争いが経済・技術力と安全保障を一体化させたかたちで展開を見せるなど相互依存の伸展や世界市場の一体化に伴い、安全保障と経済お問題はこれまで以上に密接に絡み合うようになっている。しかも、我が国は資源や市場としての中国に大きく依存する一方、中国は経済力や技術力をテコに他国に影響力を及ぼそうとしており、日本も戦略的な対中経済政策を構築する必要が高まっている。しかし、わが国には例えば企業のデータ流出などを防止する対抗策の検討や公平な国際ルールの在り方、対象国に対する経済制裁発動の是非や同盟国との調整などを専門的に協議する場が存在しない。
 そのため、経済・技術が国家の安全保障に影響を及ぼす問題を関係閣僚が協議する場として国家経済会議を創設すべきである。安倍政権は現在の国家安全保障局に経済班を2020年4月に新設する方針と報じられているが(2020年2月現在)、検討に際しては、アメリカのクリントン政権が設置した国家経済会議が一つの参考となろう(10)。

 

4 生き残りを賭けた3つの改革

 隣国の中国は、日増しに覇権主義的な行動を強めている。いま日本は、大唐帝国の誕生で北東アジアに緊張が走るなか、白村江の大敗で倭国への唐軍来襲の脅威が迫った7世紀、また元帝国のフビライが差し向けた20万余の大軍に対し鎌倉武士が敢然捨て身の応戦をした12世紀にも匹敵する史上三度目の国難に直面しつつあるといっても過言ではない。そのような世紀レベルの危機を乗り切るには、過去の成功体験に胡坐をかくことなく既存の国家体制やシステムに大胆にメスを入れ、思い切った改革を断行する必要がある。大改革の骨幹をなすのは、以下の三つの事業である。
 ①柔軟かつ迅速な戦略決定が行える政策決定メカニズムの確立
 ②情報収集体制の強化
 ③国民意識の改革:危機感の共有と体制変革実施の決意、さらに粘り強い国民性の発揮
 そして、この大改革を成し遂げ、我が国を真の戦略大国へと導くことの出来る偉大な政治指導者の出現が待たれている。

 

●注釈

(1)「日本側では、中国の文物を大いに摂取した。だが、それはあくまでも『文物』にすぎなかった。書かれたもの、創られたものは、どうしても理念的にならざるをえない。日本は明治開国まで、中国の『理念』を浴びるように受けたけれど、中国の『現実』には、ほとんど触れなかったといってよい。・・・明治開国で、中国の現実は開放された。それは、凄まじい現実であった。明治以後の日本人には、その凄まじい現実が、ほとんど理念を汚染し尽くした中国しか、眼に映らなくなったようだ。」陳瞬臣『日本人と中国人』(祥伝社、2016年)47〜8頁。

(2)平和政策研究所政策提言N0.16『中国の脅威分析と日本の対中国基本戦略』(平和政策研究所、2019年)8〜21頁参照。

(3)安倍政権は「戦略的対外発信」政策を採用し、米国(ロサンゼルス)、英国(ロンドン)、ブラジル(サンパウロ)の3カ所に「ジャパン・ハウス」(外務省所管)を開設した。ところが、歴史認識や領土問題に関する日本の主張を発信し中韓に対抗する拠点として設けられたにも拘わらず、「ジャパン・ハウス」での政治的発信は回避され、芸能や食・芸術などの文化広報活動しか行われていないという。今後は設置個所を増加するとともに、戦略広報拠点本来の活用に努めるべきである。古森義久「世界に響く韓国の大声、日本はもっと情報発信を!」JBプレス2019年8月28日https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57443

(4) 山岡鉄秀「日本よ、情報戦はこう戦え」( 扶桑社,2018年)17頁。1972年に日中間で結ばれた「日中両国政府間の記者交換に関する交換公文」に基づき、日本のメディアには①中国敵視政策をとらない②二つの中国を作る陰謀に参加しない③中日両国の正常な関係の回復を妨げないという政治三原則の遵守が要請された。各メディアも中国での取材制限や国外追放処分を恐れ、中国批判となるテーマを取り上げない傾向があるといわれる。

(5) 1925年に制定された「外国人土地法」は現在も法的効力を有している。同法は、「国防上必要ナル地区」は政令を設けて外国資本の購入を禁止することができる。ただ政令による規制は憲法違反の疑いがあり、戦後は一度も政令は作られていない。また土地取得で国籍の差別をしない世界貿易機関(WTO)協定の存在から、外国人や外国資本であることを理由に不動産取得を一律に制限すること自体が困難との意見もある。WTO協定を考慮するならば、安全保障上の必要などを理由に国籍を問わず一定の不動産取得を制限する法律を制定すべきであろう。

(6)日本での統戦部組織としては同部の直轄組織の日本中国和平統一促進会が主体で、関連組織として全日本華僑華人中国平和統一促進会や全日本華人促進中国平和統一協議会が存在する。人民解放軍の対外組織の中国国際友好連絡会や中国共産党の外交支援組織の中国人民対外友好協会も統戦部との連携を保ち、対日友好の名の下に日本側の多様な団体、組織と活発に交流している。統戦部は日本側に基盤をおく既存の日中友好団体をも利用する。それらは日中友好協会、日本国際貿易促進協会、日中文化交流協会、日中経済協会、日中友好議員連盟、日中協会、日中友好会館などである。『産経新聞』2019年8月25日。

(7) 「安保パートナー、日本への評価最高=尖閣有事での出動には慎重−米世論調査」時事通信9月11日配信。

(8) 2019年8月に横浜市で開かれたTICADⅦでは、一帯一路や海洋進出を強める中国を念頭に、日本が目指す「海洋の自由」や「法の支配」の重要性を、これまでのインド太平洋に加えアフリカ大陸の西側の「大西洋」にも広げた「横浜宣言」を採択している。

(9)クラウス・クノ一ル『国際関係におけるパワーと経済』浦野起央・中村好寿訳(時潮社,1979年)111頁以下。

(10)『毎日新聞』2019年9月18日。アメリカではクリントン政権の下で国家経済会議(National Economic Council: NEC)が創設された。クリントン大統領は大統領選挙中から「経済力こそ、国家安全保障政策の中心課題である」と述べ、経済政策重視の姿勢を打ち出し、政権発足後の1993年に、通商代表部の強化に加えNECを創設した。NECは国内外の経済問題に関する政策決定プロセスの調整や大統領への助言を目的とし、メンバーは大統領のほか、国務、財務、農務、商務の各長官や国家安全保障担当大統領補佐官などで構成され、経済担当大統領補佐官のロバート・ルービンが会議の運営に当たった。発足当初は、アメリカ経済の再生に軸足が置かれたが、近年では中国の動きを受け、安全保障上の最先端技術の輸出規制強化などに取り組んでいる。

 

●参考文献
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岡本隆司『世界史とつなげて学ぶ中国全史』(東洋経済新報社、2019年)
岡本隆司『中国の論理』(中央公論新社、2016年)
岡本隆司『腐敗と格差の中国史』(NHK出版、2019年)
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佐々木類『静かなる日本侵略』(ハート出版、2018年)
シーラ・スミス『日中 親愛なる宿敵』(東京大学出版会、2018年)
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高原明生・服部龍二編『日中関係史 1972-2012 Ⅰ政治』(東京大学出版会、2012年)
田中明彦編『日米同盟を組み直す』(日本経済新聞社、2017年)
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デービッド・サンガー『世界の覇権が一気に変わる サイバー完全兵器』高取芳彦訳(朝日新聞出版、2019年)。
ディビッド・パトリカラコス『140字の戦争:SNSが戦場を変えた』江口泰子訳(早川書房、2019年)
寺門和夫『中国、「宇宙強国」への野望』(ウェッジ、2017年)
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西村金一 岩切成夫 末次富美雄『自衛隊は尖閣紛争をどう戦うか』((祥伝社、2014年)
濱口和久他『日本版民間防衛』(青林堂、2018年)
坂東忠信『寄生難民』(青林堂、2017年)
平野聡『「反日」中国の文明史』(筑摩書房、2014年)
廣瀬陽子『ロシアと中国 反米の戦略』(筑摩書房、2018年)
深田萌絵『日本のIT産業が中国に盗まれている』(ワック、2019年)
福山隆『軍事的視点で読み解く米中経済戦争』(ワニブックス、2019年)
ぺマ・ギャルポ『犠牲者120万人祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人』(ハート出版、2018年)
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