人類と自然の健全な未来のために、根本的に必要なことは何か

人類と自然の健全な未来のために、根本的に必要なことは何か

1.  はじめに

 私は、本特集のコラムの執筆依頼を受けてから、何を書くべきかを考えた。頂いた仮題は「エネルギーと持続可能な地域社会」であったが、このテーマの論文や記事は今や優れたものがたくさんあるし、それらを短くまとめることは私には難しい。そこで本稿では、人類と自然の健全な未来のために、根本的に必要なことのみに焦点を絞りたい。

2.  欲望の方向転換を

 私たちホモ・サピエンスは、その誕生以降、「農業革命」「都市革命」「精神革命」「科学革命」という文明的変革を遂げてきた(伊東、 2016; 2022)。17世紀に起こった「科学革命」は、その後の「産業革命」や今日の「情報革命」を可能にしたことで、多くの便宜を人類に与えてきた。その一方で、私たちホモ・サピエンスは、地球環境問題、パンデミックの問題、核兵器や原発を巡る問題、貧困と搾取の問題、民族間や宗教間の対立、ナショナリズムと難民の問題など、人類と自然の未来を脅かす問題を引き起こしてきた。
 こうした問題を解決するために必要なことは、欲望の方向転換である。私たちホモ・サピエンスには際限ない欲望を生む仕組みが備わっていることが、ゲノミクスを中心とするバイオインフォマティクスや精神神経内分泌学などによって明らかにされつつある(例えば、Sousa et al., 2017; Tik et al., 2018)。そしてこの際限ない欲望こそが上述の諸問題の根源にある。よって、課題は「欲望をどの方向に向けるか」である。これは、「何のために生きるのか」という、人類にとっての根本的な問題と不可分である。

3.  自他についての統合的な認識への転換を

 では、どうしたら欲望の方向転換が可能になるのか。欲望の方向転換のためには、自他を分別するという脳の根本的な特性を乗り越える必要がある。自他を分別するという脳の特性は、自分と他者とのつながりや、世界とのつながりをつくりあげる機能を果たしているが、その一方で種々の囚われや執着の原因にもなっている。
 自他を分別するという脳の根本的な特性を乗り越えるためには、自他についての認識を統合的なものに変える必要がある。自他についての統合的な認識とは、分別と無分別の両方の視座で自他を認識することである(Akiyama, 2022)。自他無分別とは、文字通り、自他を分けない視座のことである。自他無分別の場合、原理的に、囚われや執着は生じ得ない。
 ここで、数ある統合的枠組みの中から、ケン・ウィルバーの統合的枠組みを紹介したい。ケン・ウィルバーの統合的枠組みには5つの柱があるが、ここでは四象限的枠組みのみを紹介したい。この四象限的枠組みは、森羅万象を、個と集団の内面と外面という、4つの異なる視点から捉えようとしているに過ぎない(図1)。しかし、万物の理論と名付けられているだけあって、あらゆる事象に応用可能である。


 各象限の説明は、次の通りである。左上象限は、個の内面的側面であるから、主観的象限であり、個人的ならびに志向的な象限となる。象限という言葉がわかりにくければ、視点と読み替えてもいい。つまり、左上象限は、主観的視点であり、個人的ならびに志向的な視点である。左下象限は、集団の内面的側面であるから、間主観的象限であり、文化的な象限である。右上象限は、個の外面的側面だから、客観的象限であり、物理的ならびに行動的な象限である。右下象限は、集団の外面的側面だから、間客観的象限であり、社会的ならびにシステム的な象限である。
 注記すべきことは、以下の4つである。第一は、分別と無分別の両方の視座を導入していることである。そのことを示すために、破線を用いた。第二に、四象限は相互作用する。第三に、四象限は入れ子構造である。入れ子構造の意味は、ここに示した四象限を包含する四象限もあるし、ここに示した四象限の各象限の中にも別の四象限が無数にあるということである。第四に、すべての象限が等しく重要である。どの象限を切り捨てても、現実を見るその視点を失うことになる。この四象限に調和があるかどうかが一つの重要な基準となる。だから、この四象限的枠組みは、私たちの認識や行動をチェックすることにも、政策を評価することにも役立つ。

4.人類と自然の健全な未来に向けて

 自他についての統合的な認識の追究に限らず、統合的な認識の追究は、根本問題の追究につながる。例えば、宇宙の起源を探究しようとすると、物質の根本問題に辿り着く。根本問題とは、掘り下げようとしてもそれ以上掘り下げられない大本の問題のことである。この定義に従えば、原理的に、根本問題は一つのはずである。それが何か、私にはまだわからない。しかし、私たちホモ・サピエンスにとっての根本問題に近い問題は、例えば、「世界はいかにあるのか」、「その世界で、何のために、どう生きるのか」であると思う。このように、統合的な認識の追究は、自他の生き方や世界のあり方を根源的に問うことにもつながる。そしてそれこそが、人類と自然の健全な未来を築くために求められることであると思う。

 

参考文献

Akiyama T. (2022). Integral Studies and Integral Practices for Humanity and Nature. Philosophies 7(4):82. https://doi.org/10.3390/philosophies7040082

伊東俊太郎. (2016). 文明の転換期:人類の過去と未来. 東洋学術研究 55(1): 114–131.

伊東俊太郎. (2022). 人類史の精神革命:ソクラテス,孔子,ブッダ,イエスの生涯と思想. 中央公論新社. 352p.

Sousa, A. M., Zhu, Y., Raghanti, M. A., Kitchen, R. R., Onorati, M., Tebbenkamp, A. T., … & Sestan, N. (2017). Molecular and cellular reorganization of neural circuits in the human lineage. Science, 358(6366), 1027-1032.

Tik, M., Sladky, R., Luft, C. D. B., Willinger, D., Hoffmann, A., Banissy, M. J., … & Windischberger, C. (2018). Ultra‐high‐field fMRI insights on insight: Neural correlates of the Aha!‐moment. Human brain mapping, 39(8), 3241-3252.

Wilber, K. (2000). A theory of everything: An integral vision for business, politics, science and spirituality. Shambhala, Boston.

ウィルバー, K. (2002). 万物の理論:ビジネス・政治・科学からスピリチュアリティまで. トランスビュー, 東京, 317p.

政策コラム
秋山 知宏 神戸情報大学院大学客員教授
著者プロフィール
名古屋大学大学院環境学研究科博士課程修了、博士(理学)。東京大学助教や京都大学研究員等を経て上記現職のほか、南京大学客員教授や上智大学非常勤講師などをつとめる。人類と自然の健全な未来のために、統合学とその実践に取り組む。

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