再生可能エネルギーの可能性と課題 ―洋上風力発電による地方創生―

再生可能エネルギーの可能性と課題 ―洋上風力発電による地方創生―

2020年10月6日
はじめに

 わが国は、「パリ協定」(2015年採択)を受けて閣議決定された「地球温暖化対策基本計画」(2018年)に基づき、2050年までにCO2の80%削減を目標として掲げている。しかし、脱炭素化の切り札として期待された原子力発電は、福島第一原発の事故以降、次々と停止に追い込まれている。今後、仮に再稼働できたとしても、現状では原子力に多くを期待することは困難なのが実情だ。わが国は、再生可能エネルギーの拡大に向かわざるを得ない状況に置かれている。
 そうした中、「第5次エネルギー基本計画」では、再生可能エネルギーを将来の「主力電源」とする方針が打ち出された。さらに、2019年に「再エネ海域利用法」が施行されたのを受けて、2020年7月には、梶山弘志経産相(当時)は海洋エネルギーの「洋上風力発電」を再生可能エネルギー拡大の「切り札」にすることを明らかにした。
 本稿では、わが国におけるエネルギー政策の現状と課題を振り返りつつ、再生可能エネルギーの可能性、とりわけ海洋エネルギーである「洋上風力発電」の将来性について検討したい。あわせて、洋上風力発電が、「SDGsによる地方創生」の切り札の一つとなり得ることも提起したい。

1.再生可能エネルギーの可能性と課題

曖昧さが残る「第5次エネルギー基本計画」

 エネルギーには、「安全性」(Safety)を前提とした上で「3つのE」、すなわち、「エネルギーの安定供給」(Energy Security)、「経済効率性の向上」(Economic Efficiency)、「環境への適合」(Environment)を満たすことが求められる。このすべてを一つのエネルギー源で満たすことは難しいため、各国では国内事情や国際情勢に鑑みて、さまざまなエネルギー源を組み合わせたエネルギー政策を立てている。
 わが国では「エネルギー政策基本法」に基づき、エネルギー需給に関する中長期的な基本方針である「エネルギー基本計画」を定めている。この基本計画は、少なくとも3年ごとに検討が加えられ、必要に応じて変更、閣議決定することが定められている。
 最新の「第5次エネルギー基本計画」(2018年閣議決定)では、再生可能エネルギーを将来の「主力電源化」する方針が打ち出された。同時に、「第4次エネルギー基本計画」(2014年閣議決定)で決定された「2030エネルギーミックス(電源構成)」はそのまま踏襲された。
 「2030エネルギーミックス」は、火力56%、原子力20〜22%、再生可能エネルギー22〜24%とされている。第5次エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーは、将来の主力電源化を見込み、コスト削減や電力を電力系統に流す時に発生する「系統制約」の克服などに取り組むこと。原子力は、依存度をできるかぎり低減するという方針の下、安全最優先の再稼動や使用済燃料対策など、必要な対応を着実に進める。そして、化石燃料は、企業による自主開発の促進、高効率火力発電の有効活用に取り組む、災害リスクへの対応強化を図るなどとしている。
 だが、原子力発電に関しては、仮に再稼働できたとしても、東日本大震災前の32%はおろか、「2030エネルギーミックス」で想定されている20〜22%を達成することは困難な状況にある。再生可能エネルギーに関しても、目標の数値を達成する具体的方策は明らかにされていない。
 「第5次エネルギー基本計画」では、長期方針として2050年に向けて「エネルギー転換」と「脱炭素化」に挑戦すること、経済的に自立し、「脱炭素化」した再生可能エネルギーの主力電源化をめざすとしている。「2030エネルギーミックス」では、依然として火力を主力電源とすることを想定していることから、再生可能エネルギーを「主力電源化」する時期は2050年を想定しているように思われる。

再生可能エネルギーの長所と短所

 わが国におけるエネルギーの主力電源は、これまで「火力」であった。1970年代の二度にわたるオイルショック以降、「石油」から「天然ガス」にシフトしたが、発電コストが非常に安いことから、長期にわたり石炭火力も大きな比重を占めてきた(2016年時点で、石油9%、天然ガス42%、石炭32%)。
 しかし、2015年に採択されたパリ協定(2020年運用開始)を受けて閣議決定された「地球温暖化対策基本計画」に基づき、わが国は2050年までにCO2を80%削減することを目標に掲げている。現状では原子力に多くを期待できないことから、脱炭素化を進めるには再生可能エネルギーの割合を大幅に引き上げ、火力を削減するしか方法はない。再生可能エネルギーの拡充は、今後のエネルギー基本政策の基軸とならざるを得ない状況にある。
 再生可能エネルギーを主力電源化するメリットは、①有害物質を排出しない「地球に優しいエネルギー」であること、②太陽光や風力などの自然エネルギーは、無限に供給される純国産エネルギーであるため、エネルギー自給率が向上するところにある。
 他方、現時点でのデメリットとしては「発電コストが高い」「エネルギー密度が低い」「天候などに左右される」ことなどがある。エネルギー密度が低いため、火力発電所と同程度の電力を得るには、例えば太陽光では、広大な土地に巨大な太陽光パネルを設置しなければならない。また、天候によって出力が左右されるため、使い切れない電気を貯め、足りない電気を補う必要が出てくる。
 再生可能エネルギーには、主に太陽光、風力、(中小)水力、地熱、バイオマスがあるが、いずれにも長所と短所がある。

地熱発電 日本は世界屈指の地熱保有国であり、地熱発電に有利である。しかし、地熱発電は開発期間が10年程度と長く、開発費用も高額である。また、地熱発電に適した火山地帯の多くは国立公園内かその周辺に位置して温泉街が立ち並ぶことが多く、温泉街との交渉が容易ではない。

水力発電 水資源が豊かな日本に向いていると言える。しかし、ダム建設には時間を要し、山林に建設するため自然破壊につながる。農業用水路や浄水道施設などで発電できる中小規模のタイプの水力発電も利用されている。大型の水力発電に比べて生態系を脅かす可能性は少ないものの、河川法に基づき河川管理者(国または都道府県)の許可や登録が必要で手続きが複雑である。ゴミの除去などメンテナンスの必要もある。設置費用やメンテナンス費用を考えると、コストがまだまだ高い。

バイオマス 原料の安定供給確保に課題がある。また、原料の収集、運搬、管理にコストがかかる。

太陽光発電 わが国では太陽光発電が相当量普及している。政府が2012年から開始した固定価格買取制度、及び政府や地方自治体から給付された補助金によるところが大きい。しかし、その後、導入量が増加し導入費用が充分に下がってきたという理由で国の補助金制度は廃止され、各地方自治体も次々に廃止している。日本の太陽光発電設備利用率は全国平均14.8%と決して高くない。独立行政法人統計センターによれば降水日数の全国平均は122日である(2018年)。雨が降る日は太陽光発電で電力を供給できない。また、わが国は平地面積が限られているため、太陽光発電には自ずと限界がある。

風力 太陽光の発電原価よりも、風力の発電原価の方がはるかに安いことから、再生可能エネルギー先進国の欧州を筆頭に、世界の潮流は風力発電になっている。ただし、陸上でも海上でも風車を設置できるが、台風など風が強すぎては発電できない。また、多額の初期投資が必要となる。

再生可能エネルギーにシフトする世界の現状

 欧州では、再生可能エネルギーを積極的に取り入れている。それは、1986年に発生したチェルノブイリ原発(現在の軽水炉とは違う古いタイプの原発)事故により脱原発が進み、再生可能エネルギーに早くから着目したことが大きい。
 チェルノブイリ原発事故により、放射性物質が欧州各国に運ばれ、主に北欧、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、ベルギーなどに降り注いだ。ホットスポットが出現し、土地、水、動物、植物などが汚染され、子供や妊婦はガンの恐怖に脅え続けて、精神的にも経済的にも大きな苦痛を強いられたと言われる。このことから、多少電気料金が高くなっても再生可能エネルギーを活用するという国民的選択がなされたのである。それに加えて、2011年の福島原子力発電所事故で脱原発が加速したこと。さらに、パリ協定を受けて、脱炭素に積極的に取り組んでいるためである。
 米国でも、トランプ大統領はパリ協定から離脱したが(離脱が完了するのは2020年11月)、企業レベルでは脱炭素に向けた非常に積極的な取り組みがなされている。「RE100」(事業運営を100%再生可能エネルギーで賄うことを公約した企業によるグローバルなイニシアティブ)には、米国を拠点とする世界的企業が多く加盟している。
 国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界の総発電量に占める再生可能エネルギーによる発電の割合は、2016年時点で26%、38.5%の石炭に次ぐ第2位となっている。
 ドイツでは、再生可能エネルギーは2015年時点で総発電量の30%に達している。ドイツ環境省は2030年までに50%以上、2050年までに80%に引き上げることを目標としている。ドイツが再生可能エネルギー拡大に国民の同意が得られた最大の理由は、再生可能エネルギー開発により経済が成長し、雇用が増えたことにある。

2. 海洋エネルギー開発の可能性と課題

わが国における洋上風力発電の現状

 では、わが国の導入ポテンシャルおよび世界の導入動向を考慮した上で、再生可能エネルギーの中の何を主力電源化すべきであろうか。
 既に述べたように、政府は洋上風力発電を再生可能エネルギー拡大の「切り札」とすることを明らかにしている。2020年 7月に開催された「洋上風力に関する官民協議会」で、梶山経産相は「大規模電源開発の可能性がある残された唯一の領域である洋上風力開発を積極的に進め、製造業等の国内産業の復興を期する」「再エネが当たり前の社会をつくる。その中核を担うのが洋上風力」であり、「2040年に3000万KW超」を目安に検討するとの考えを示した。
 欧州で洋上風力発電を最も多く導入しているイギリスでは、現在、約1000万kW(原発10基分)まで進んでいる。さらに、3200万kWまで増やす計画だ。わが国は、まだ2万kW程度である。遅きに失した感はあるものの、洋上風力発電の本格的導入に向けて大きく一歩を踏み出したと言ってよい。
 既にその動きは始まっている。政府は、2018年に「再エネ海域利用法」を制定、翌年4月に施行した。同法にもとづいて、政府の担当省庁と地方自治体は、地域情報をもとに促進地域の指定と事業者選定を行う。この法律の趣旨は、海の利用に法的根拠を与え、新規事業者と既存事業者との協議の道を開き、民間の電力事業を国と地方が一定の管理・支援を行い、地域産業として定着させることにある。
 この法律ができたことで、洋上風力発電事業に法的根拠が与えられ、選定事業者は促進区域に指定された海域を30年間継続して占有することができるようになった。また、既存事業者(主に漁業者)との交渉のガイドラインもできた。
 資源エネルギー庁と国土交通省港湾局は、2019年12月に合同で「長崎県五島市沖」を促進区域に指定。さらに、2020年7月には、「千葉県銚子市沖」、「秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖」、「秋田県由利本荘市沖」を促進区域に指定した。これら4つの促進区域は今後、発電事業を行う事業者を公募することになる。
 全国で最初に促進区域に指定された長崎県五島市は、指定以前から洋上風力発電の実用化の段階にあった。2万キロワット程度の発電能力を目標に、既に関連企業が9社、70数名の雇用が発生している。洋上風力発電には秒速7メートル以上の風が吹くことが条件とされているが、五島市沖の海は好適地だ。漁業との共生をはかりながらエネルギーの島づくりを目指している。
 資源エネルギー庁によれば、現在、全国17区域で洋上風力発電の実証実験が継続中または終了している。これまでに指定された4つの促進区域を第1期として、さらに第2期、第3期と新たな地域が促進区域に選ばれていくであろう。

なぜ、洋上風力発電なのか

 では、洋上風力発電には、どのような利点があるだろうか。
 第一に、何よりも海洋国家としてのわが国の利点が活かせることだ。わが国の排他的経済水域の面積は世界第6位で、広大な海を所有する。既に述べたように、太陽光発電の原価よりも、風力発電の原価の方がはるかに安いことから、世界の潮流は風力発電になっている。
 米国のように広大な陸地を要する国は陸上風力を普及させれば良い。しかし、わが国のように陸地面積の限られた国は、洋上風力発電を推進する必要がある。起伏が多く、乱気流が発生しやすい、風向きが変わりやすい陸上と違い、海上では常に安定した風が吹いている。欧州では遠浅の海が広がるが、わが国の海は沖合に出ると急に水深が深くなる。洋上風力発電にしても、水深50メートルを超えれば着床式ではコストがかかる。日本の地理的事情に鑑みて、「着床式」と「浮体式」を推進することが望ましい。
 第二に、風力発電は人間がコントロール可能な単純な原理でできていることである。そもそも発電とは、自然が有するエネルギーを人工的に電力に変換することだ。風力発電は空気の流れで風車を回転させることで空気の運動エネルギーを電力に変換する。その原理は単純であり、人間がコントロールしやすい。事故が起きた時もコントロールが容易である。
 第三に、かつて風力発電所は、「大規模・集中型電源」である原子力や火力との対比で、「小規模・分散型電源」と位置づけられた。しかし、近年の洋上風力発電所は、「大規模・集中型電源」として原発並みの「規模の経済性(スケールメリット)」によるコスト削減の追求が可能になった。1基当たりの設備容量が大型化し、かつ1地点に100基近く建てることができれば、発電量当たりの建設・維持管理費や海底ケーブル敷設費が低減し、「規模の経済性」がいっそう進む。第二、第三の利点およびこれまでの実証データ、実用化動向を見ても、洋上風力が海洋エネルギーの中でも抜きんでている。
 第四に、用地となる土地の購入が不要という点が、大きなメリットである。再エネ海域利用法により促進区域が指定された後、公募で選定された事業者は、促進区域を最長30年占有できる。つまり、事業者は土地を購入しなくて良く、風車を建設すれば良い。陸上に発電機を設置する場合には、土地を購入しなければならない。道路の建設も必要となる。地方自治体は海域を事業者に貸し出すだけで電力が供給され、税収も増えるという仕組みができる。各当事者にとって投資効率が高い。
 第五に、再生可能エネルギーの中でも、洋上風力発電は、わが国の環境保護に資する発電方法である。わが国の豊かな自然環境は、しっかりと保護し、後世に残して行かなければいけない。山野を開拓して大型ダムやその他の発電施設を建設すれば、森林破壊や生態系の破壊をもたらす。洋上風力発電は、装置を海に建設して風を利用するため、環境破壊は最小限度に抑えられる。洋上風力発電の装置を陸から離れた沖合に設置すれば、風車から出る騒音の被害は回避でき、水産業への影響も少ない。
 第六に、洋上風力発電のわが国導入ポテンシャルの数値が非常に高いことである。環境省の平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書によれば、わが国の風力発電のポテンシャルは、約19億kW(陸上風力3億kW、洋上風力16億kW)と非常に高い。太陽光発電の導入ポテンシャル1.5億kWの10倍である。
 第七に、洋上風力発電には地方における経済効果も期待できる。風力発電は、約2万点の部品による組み立て産業であり(ちなみにガソリン車は約3万点、電気自動車は約1万点)、他の機器に比べて産業の広がりが非常に大きい。
 ドイツでは、風車メーカーがドイツ国内で生産活動を行っており、風力発電機を生産する工場の周辺には、部品供給工場や材料工場、設計企業など多種多様な企業、研究所、大学などが集積して立地する都市が出現している。これらの都市が雇用を生み、研究水準を高めている。
 また、海洋国家である英国では北海油田がピークの5分の1まで採掘量が減少、大量の労働者が職を失う事態となり、エネルギーの代替手段と失業者の職を考えざるを得なかった。大陸棚は王室の所有である。北海油田の開発では、事業者に鉱区を貸してリース料を徴収していた。洋上風力発電でも同様に、発電事業者に海域を貸し出してリース料を徴収することにした。
 洋上風力発電事業者が発電設備と発電所を建設して英国人を雇用し、エネルギーを作ることで問題が解決した。英国の陸上風力発電はドイツに比べて後発だが洋上風力プロジェクトは大規模で欧州で最も普及している。

洋上風力発電を推進する上での課題

 第一に、最大の弱点は天候に左右され、一定の出力を得られないことである。日本には大型の台風が頻繁にやってくるが、大型の台風にも耐えられる強度のものが必要となる。2019年9月に首都圏を襲った台風15号の最大瞬間風速は57.5m/s。また、2020年9月に九州を襲ったスーパー台風10号の最大瞬間風速は、長崎市野母崎で観測された59.4 m/sであった。近年の頻発する大型台風を想定して、最大瞬間風速60m〜70m/sに耐えられる強度は、最低でも必要である。また、冬の日本海側では雷も頻繁に発生する。雷に対する避雷針、つまり高性能のレセプター(受容体)の設置も不可欠である。
 第二に、海上で工事・維持修理するため、その作業が天候に左右されることである。天候の悪い日は工事ができず、工事日数が延びてしまう。
 第三に、採算性の確保の問題がある。「国際再生可能エネルギー機構」(IRENA)によれば、洋上風力発電の発電コストは、着床式の場合、過去10年間で29%低下、1kWhあたり12円程度となった。陸上風力発電は1kWhあたり5.5円程度まで価格が低下している。2011年12月に国家戦略室が出した「コスト等検証委員会報告書」は、洋上風力は2020年で9.4〜23.1円/kWh、2030年で8.6〜23.1円/kWhと推計している。海外における着床式洋上風力の発電原価は10円未満のところも多くあるが、日本に比べて建設費が安いことが理由だ。
 海底電力ケーブル網の費用を国、発電事業者、電力会社のいずれが負担するのかも課題だ。2012年7月に施行されたいわゆる「再エネ特措法」により、固定価格買取制度がスタートした。買取価格が高過ぎればバブルが起き、低すぎると投資が起きないという欧州の例を教訓にして、長期的な導入目標を定めた上で、「適正な価格」を導入すべきである。
 第四に、浮体式の洋上風力発電は、着床式に比べて、まだ実証実験の数が少ないことがある。2011年度から実証実験がスタートした福島県沖の浮体式洋上風力発電は、3基の風車のうち最大の7000 kWの風車1基が撤去されることになった。海面から羽根の先端まで200m近くある世界最大級の風車であったが、油圧式変速機の不具合などで稼働率が低かった。
 しかし、長崎県五島市沖に設置されている浮体式洋上風力発電設備は、順調に稼働している。浮体式は、浮体の上に風車を載せて、錨を下ろす構造である。いくつかの技術的課題を克服する必要があるが、技術開発が進められており、将来の大規模実用化は問題ないと思われる。

洋上風力発電の今後の展望

 国際エネルギー機関(IEA)は、世界の洋上風力発電能力が2020年から2040年までの20年間に15倍に拡大し、洋上風力発電の市場規模は1兆ドル規模になると試算する。日本風力発電協会(JWPA)は、政府による明確な洋上風力発電の導入目標の設定を求めて、2030年時点で1000万kWと示している(2030年のエネルギーミックスでも1000万kWの導入が見通されている)。1000万kWが実現した場合、経済波及効果を13〜15兆円(2030年までの累計)、雇用創出効果を8〜9万人(2030年時点)と推計している。
 再エネ海域利用法により、洋上風力発電に関する法制度が整備されたことで、今後は、市場の形成とともに急拡大することが予想される。全国では、投資を目的とした民間主催のセミナーや勉強会が盛んに行われ始めている。
 経産省の計画通り、2040年に洋上風力発電により3000万kWの設備容量を確保できれば、原発30基分、ほぼ福島原発事故以前の原発の設備容量になる。日本風力発電協会は、2050年のわが国推定需要総電力量に対して風力発電が30%以上を担うロードマップを策定している。その時点で洋上風力発電は9000万kW、陸上風力発電は4000万kW、合計1億3000万kWを目標とする。国際大学大学院国際経営学研究科教授の橘川氏は、再生可能エネのコスト低減、火力発電でのCCS(CO2回収・貯留)の徹底、原発のリプレース(建て替え)が達成されることを条件に2050年時点での電源ミックスは、再生可能エネ50%、火力40%、原子力10%と、再生可能エネルギーの「主力電源化」が達成されるとしている。
 ところで、エネルギー全体の使用割合でみた場合、世界では電気は全体の20%弱、わが国では45%ほどである。いずれにしても、自動車の燃料や熱エネルギーとしての使用割合の方が多い。日本では水素エネルギー開発が盛んに行われてきた。再生可能エネルギーや電気は貯蔵が難しいが、洋上風力発電の余剰電力を利用して水素をつくり出すことができれば、水素を貯蔵して、水素自動車や様々な産業に活用できる。わが国が実現を目指す水素社会が現実のものとなる。

3.海洋エネルギー開発と地方創生

日本の電気事業制度改革と地方創生

 わが国では大手電力会社が送電線を所有し、新規事業者が再生可能エネルギー発電事業に参入しようとしても、送電手段がないことが問題となっていた。ドイツでは発電事業者と送電事業者は別会社で、新規電気事業者が参入しやすい状況にある。
 しかし、わが国でも2016年に電力小売りが全面自由化された。自由化された発電と小売の分野では、多数の事業者が競争関係にある。地域独占の大手電力会社は、中立の立場で、全ての発電事業者・小売電気事業者に対して公平に送配電サービスを提供する必要がある。このため、2020年4月に大手電力会社が送配電を兼営することは、原則、禁止された(法的分離)。
 また、2020年6月には、電気事業法やFIT法(再生可能エネルギー特別措置法)などの改正を盛り込んだ「エネルギー供給強靱化法」が成立した。これは、再生可能エネルギーの導入拡大と国民負担の軽減を目指したものだ。
 同法は、一部電源を市場連動型の支援制度に移行させるほか、送配電事業者の収入に上限をかけ、その範囲内でのコスト効率化を促すことを柱としている。自然災害に備えるため、早急に制度的な手当てが必要なものを除き、2022年4月に施行される予定だ。このように、大手電力会社が電力供給を独占する制度的問題があったが、今回の電気事業法改正で大きく変化することが期待される。
 また、同法の成立で、災害時でも電力供給ができるレジリエンス対策が強化され、各自治体がエネルギーの自立を推進しやすい環境整備に一歩近づいた。自治体でエネルギー生産をせずに特定の地域に任せて電力の供給を受けるだけの体制では、地震などの災害時に電気や水道水の供給が途絶えるなどの弊害が生じてしまう。2018年に北海道厚真町で発生した震度7の地震で道内全域が停電した事例がある。
 地方自治体は、現在人口減少や産業空洞化によって危機的状況にある。そうした中で、地域における豊富な再生可能エネルギーを活用し、地域活性化に結び付けようとするアイデアが生まれている。洋上風力関連では、洋上風力発電の観光資源としての活用、風車の基礎部分周辺に魚類を蝟集させる漁業との協調などが可能である。
 わが国は再エネ普及が大きく遅れ、産業競争力も大きく低下した。洋上風力に必要な回転式機械システムは日本製造業の得意分野であり、さらに必要な海洋土木、海底ケーブル、鉄鋼・造船分野も日本の得意分野である。現地生産が適した海底基礎、羽根、支持鉄塔等の大型化に対応できれば十分に競争力が期待できる。モノづくり日本の底力で地方産業が復興する期待が高まる。

SDGsによる地方創生と洋上風力発電

 現在、わが国では地方創生の取組においてSDGsを重要な政策の柱として位置づけている。SDGsを活用した施策を通じて、地域コミュニティを強化・活性化し、地域の課題を「統合的」に解決することが、全国の自治体に要請されている。
 SDGsは、「経済」「社会」「環境」を不可分のものとして捉え、地域社会の広範な課題を統合的に解決しながら、バランスのとれた持続可能な開発を目指すことを特徴としている。わが国におけるSDGsを活用した地方創生にも、こうした考え方が採り入れられている。
 SDGsを活用した地方創生は「経済」「社会」「環境」の3つの要素を同時に満たすものでなければならない。洋上風力発電は、そのための有力な施策の一つと言える。
 まず、洋上風力発電には、地方における「経済」開発が期待できる。発電事業は、地産地消で、市民の毎日の生活に欠かせない電力を供給することから、地域との親和性が高い。電力は1日24時間絶やすことはできない。年間を通じて安定した供給体制が求められる。それは何十年にもわたって継続されなければならない。
 市民はより安価な電力を安心して長期にわたって利用することを願う。市民の需要を満たす電力事業は地域になくてはならない存在になる。これまで大手電力会社から電力を購入していた地域が自ら電力を生産し、地産地消しながら、余剰電力は海のない地方自治体に供給することで電力事業が地域を潤し、富をもたらすことになる。
 また、洋上風力発電に必要な発電装置製造、土木工事、輸送据置、メンテナンス、電力管理、環境アセスメント、研究開発の一連のサプライチェーンを一地域で賄うことで多くの雇用が生まれる。事業者が大学や行政と協力関係を築くことで、市民を巻き込んだ地域全体のまちおこしに繋がる。自動車産業も材料部品の調達から組み立てを経て製品化するまでのネットワークの裾野が広いが、エネルギー開発はそれ以上に広範なサプライチェーンに属する現地産業を育成することになる。
 また、洋上風力発電は「社会」、つまりコミュニティの形成にも貢献する。電力事業を中心とした広範なサプライチェーンの輪が大学や行政と連携し、既存事業者や市民と連携すれば、様々な形態のコミュニティが形成される。多くの雇用が創出され、多くの若者世帯が地域に住めば、子どもたちが増える。学校をはじめとした地域社会への人の循環が生まれる。
 さらに、洋上風力発電は「環境」保護にも資する。海洋国家であるわが国は、広大な海を後世に残していかなければならない。また、陸上の67%を占める森林も大切な自然資源だ。そこには動植物や魚類をはじめとした様々な生き物の生態系がある。我々は地球に住む無数の生き物たちとその生態系の中で共生している。洋上風力発電の設備による生態系への影響は少なく、万が一設備が倒壊しても、周囲への影響は小さい。

4. 提言

(1) 海洋国家の特性を生かせる海洋エネルギー開発、洋上風力発電の推進を

 排他的経済水域世界第6位の広大な海を持つわが国は、陸は険しい山に囲まれており、平地が少ない。この地理的な特徴を生かせるのは海洋エネルギーを置いて他にはない。欧州が導入して成功している洋上風力発電をわが国にも導入して拡大すべきである。沿岸に行くと水深が深くなるわが国の海の特長から見て、浮体式洋上風力発電の研究開発・実用化を推進すべきである。

(2)地方分散型社会を目指し、地方自治体におけるエネルギー自立体制の推進を

 新型コロナウイルス感染症により、2020年7月に東京圏からの転出者数が初めて転入者数を上回った。政府はテレワークを推奨し、国民の働き方も大きく変化している。新型コロナウイルス感染症を機に、これまでの課題であった東京圏一極集中から地方分散型社会に移行する兆候が見える。地方分散型社会では、各地方自治体の主体性自立性が求められる。人・モノ・金を地方が自前で賄う社会、その中にはエネルギーの自立も含まれる。他県から電力を購入するのではなく、県内で電力を生産して消費する。モノと金を県内で回すのである。エネルギーの自立が成されれば、災害時にも停電を起こさず、電力を供給できる。エネルギーの強靭化にも繋がる。

(3)材料から組立まですべてを現地調達するサプライチェーン・ネットワーク構築を

 エネルギー開発は多くの人の力を必要とする。関係する団体は、電力会社、建設会社、大手メーカー、大学、研究所、地方自治体などである。そこで働く人は、技術者・学者・研究者・公務員など多岐にわたる。その人達の家族が一地域で生活するようになれば、日常生活に必要なスーパー、ホームセンター、各種店舗、ガソリンスタンド、病院、学校、銀行、郵便局などが作られていく。風車を支える浮体構造物には造船の技術を応用できるので、わが国の経済成長を下支えしてきた造船業のように、洋上風力発電事業は、壮大な町おこしに繋がっていくことが期待できる。

(4)産学官連携による研究開発・産業振興・人材育成の共同研究開発事業の推進を

 海洋エネルギー発電事業が始まれば、装置・発電・送電の性能、効率性、安全性を向上させるため、より高い技術を追究する研究開発が必要だ。地域に大学があれば、海洋エネルギー開発を学び研究できる学科の新設が望まれる。産学官連携による研究活動が生まれれば、優秀な人材は大学卒業後も大学で学んだことを生かせる地域の発電事業に携わろうとするだろう。
 これまでは、優秀な人材を自然に恵まれた地方が生み育て、首都圏に輩出してきた。今後は、地方で育てられた優秀な人材は、家族や友人のネットワークが広がる地域コミュニティで活躍する時代となる。地域に多くの若者世帯が居住すれば、地域に住む子どもたちが増える。
 海・山・川の自然環境に恵まれた地域には、組織の垣根を超えた人々のコミュニティが形成される。お年寄りから働き盛りの中高年や青年、そして子どもたちにつながりが生まれる。皆が自然からの恩恵を受け、温かなつながりの中で、協力して生活するようになれば、生きがいをもち、笑顔の絶えない幸福な明るい社会が築かれるのではないだろうか。

 

■参考文献

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 http://www.genanshin.jp/db/fm/plantstatusN.php?x=d

7. 石原孟 特集/省エネ技術者も知っておきたい再エネ技術(解説)「洋上風力発電の最新動向と将来展望について」月刊『省エネルギー』2020年9月29日閲覧.
 http://windeng.t.u-tokyo.ac.jp/ishihara/article/2019-2.pdf

8. 石原孟「再生エネの切り札になるか 本格稼働に向け動き加速」『日刊建設工業新聞』2019年11月7日、2020年9月29日閲覧.

9. 橘川武郎 対局を読み「今」を切り取る世界経済評論IMPACT「エネルギーの未来:2050年の電源ミックスを展望する」2020年9月29日閲覧.
 http://www.world-economic-review.jp/impact/article1825.html

10. 山家公雄「梶山経産大臣発言の衝撃と意義-エネルギー革新に託す産業政策-」2020年8月6日、2020年9月29日閲覧.
 http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0197.html

11. IEA “Fuels-and-Technologies-Coal” 2020年9月30日閲覧.
 https://www.iea.org/fuels-and-technologies/coal

12. IEA Press Release “Offshore wind to become a $1 trillion industry,” October 25, 2019 2020年9月30日閲覧.
 https://www.iea.org/news/offshore-wind-to-become-a-1-trillion-industry

13. エコライフドットコム「太陽光発電総合情報」2020年9月29日閲覧.
 http://standard-project.net/solar/words/operation-rate.html

14. 岩本晃一著『洋上風力発電—次世代エネルギーの切り札』B&Tブックス 日刊工業新聞社.

15. 木下健「『海洋立国』日本の戦略考える—海洋エネルギー利用の可能性と課題」21世紀ビジョンの会. 平和政策研究所. 2017年1月23日.

政策レポート

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