深刻化する海洋環境問題
地球の表面の約70%を占める海から人類は海から多大な恵みを得ている。とくに海洋生態系は地球の気候やその他の環境問題において重要な役割を担っており、そこから生み出される生態系サービス(=自然からの恵み)は持続可能な人間社会にとって無くてはならないものである。
海洋環境や生態系の保全に関しては、人間の活動に起因する汚染物質や過剰な栄養塩の海洋への流入を減らし、沿岸域の開発における環境影響評価によって影響を低減する努力などがなされてきた。しかし、気候変動に伴う海水温の上昇や海洋の酸性化、藻場・干潟・マングローブ林などの重要な生物生息地の喪失、海洋ごみ、様々な要因による水産資源の減少、海上輸送による環境負荷の増大など、さまざまな海洋環境問題は深刻化している。
とくに近年ではマイクロプラスチックや大規模なサンゴ礁の大規模白化などの問題が顕在化している。地球規模での環境悪化を防止し、海洋からの生態系サービスを享受し続けるためには、海洋および沿岸域の生態系を長期的な視点で管理することが不可欠である。サンゴ礁、藻場、干潟、マングローブ林などの脆弱性の高い生態系については、科学的知見を蓄積し、より高度な技術を開発しながら、保全と修復のための取り組みをさらに推進する必要がある。また、気候変動が海洋と沿岸域の生態系に与える影響を含む様々なリスクに関する情報を収集・解析することによって、適応策への努力を支援することも重要である。
さらに近年の研究では、藻場、干潟、マングローブ林などの沿岸生態系が効率的なカーボンシンク(炭素貯蔵所)となっている可能性(「ブルーカーボン」と呼ばれる)が明らかにされつつあり、この観点からも沿岸域生態系の保全・修復は生態系サービスを高めるための非常に重要な取り組みと言える。IoT等を使った技術革新によって、海上輸送を高度化し、温室効果ガスと大気汚染物質の排出を減らすことも求められる。
エネルギー・資源の確保をどうするか
一方、世界的な経済活動の急激な増加に伴うエネルギーやその他の資源の確保は、人類が直面している大きな課題である。海洋を適切に利用することは、この問題の有力な解決方法となる可能性がある。例えば海洋は、潮汐、海流、波力、熱エネルギー、洋上風力エネルギーなどの再生可能エネルギー源としての大きな可能性を持っている。熱水鉱床等の海底鉱物資源を利用する技術開発も進められているが、適切な環境保全策を講じた上で開発を行えば、陸上での鉱物資源開発による環境汚染低減にも資する可能性がある。生物資源の利用に関しても、バイオ燃料の生産のための湧昇地域における大規模な海藻養殖や、栄養塩を豊富に含む深層水を利用することによる海洋での一次生産強化などが検討されている。また、海底下の帯水層は二酸化炭素の回収と貯留(Carbon Capture and Storage: CCS)の大きなポテンシャルを持っていると考えられている。海洋の再生可能エネルギーの導入やCCSの実現は、気候変動の緩和策として地球環境問題の解決に貢献することが大いに期待される。
開発と環境保全の調和
これらの新たな海洋利用を持続可能に実現していくためには、技術の導入が環境や社会に与える影響について十分に理解した上で、開発と環境保全を調和させるための技術を同時に開発していくべきである。特に沿岸域においては、多様なステークホルダーの合意形成を合理的かつ円滑に行うために、海洋空間計画(Marine Spatial Planning)等のアプローチを導入することや、生態系を利用した災害リスクの軽減や、海洋再生可能エネルギーの導入における漁業への相乗便益のような多面的な機能を組み合わせた技術や政策が有効と考えられる。
上記のような海洋環境・生態系の保全と持続可能社会に資する海洋利用を同時に実現していくためには、個別の視点による施策にとどまらない総合的な管理が不可欠であると考えられる。海洋と沿岸域の総合的管理の実現のためには、学際的なアプローチによる多面的な視点からの研究の推進に加えて、科学技術と政策の融合を深めていくことが求められている。
中でもとくに、海洋における環境や利用に関する情報が鍵となる。先進的な技術や新たなしくみの導入によって、時空間解像度の高い環境データや個々の利用者のアクティビティに関する情報が収集できれば、それらを解析することによって新たな世界が見えてくる。海洋においてもビッグデータを効率的に収集し、生態系と社会システムを統合的に扱うモデルで解析して、その結果を様々な関係者が共有するしくみを構築することができれば、海洋と沿岸域の総合的な管理の実現に大いに資すると考えられる。