日本の水産資源・漁業の未来 ―国際的議論と国内の課題―

日本の水産資源・漁業の未来 ―国際的議論と国内の課題―

2020年2月26日
グローバルイシュー・平和構築

1. 国内外の水産資源・漁業の概況

国外の水産資源・漁業の概況

 図1は、国連の農林水産省にあたる「食糧農業機関 (Food and Agriculture Organization: FAO)」が2年に一度発表している世界の漁業白書(The State of World Fisheries and Aquaculture: 通称SOFIA)の2018年版から引用したものである。漁業白書に掲載された最初の図である。World Capture Fisheries and Aquaculture Productionということで、1950年からの漁業生産を表している。縦軸は漁獲量(mill ton)である。近年まで継続して増加していることがわかる。但し、図の茶色部分はWild Capture Productionだが、天然の水産資源を捕獲する漁業を指す。その上の緑色部分は養殖業になる。養殖業は内水面も海面もあるが、図1を見てわかるように、いわゆる天然採捕漁業はすでに頭打ちになっており、1995年頃以降横ばいである。世界の漁業生産は現在1億7000万トンあるが、特にその近年の成長を支えているのが、緑色部分の養殖業ということになる。養殖が世界的に増加傾向にあり、2019年の時点で養殖業が占める割合は漁業が占める割合を超えた。


 なぜ世界の漁業・養殖業生産量が伸びているかと言うと、その背景にあるのが世界の水産物需要の増大である。最近50年間で水産物に対する需要は5倍に増加した。図2は各国一人当たりの需要の変化を表している。縦軸は国民一人当たりの水産物消費量を表しており、横軸は1961年から2013年までの時を表している。一番上にある青線が日本の水産物需要である。50 kgぐらいから60 kgぐらいまで増加した後、現在まで減少傾向にある。近年魚離れと言われているが、他国と比較すれば日本は魚を食べる国民であることに変わりがない。
 赤線は中国を表しているが、1980年代頃はわずか3 kg~4 kgであったが、現在30 kgにまで増加している。10倍の増加である。一人当たりで3 kg~4 kgなので、人口を掛け算すると物凄い量になる。茶色の線のインドネシアも増加している。米国やEUでは健康志向の高まりがあると言われているが、近年、水産物の需要が着実に伸びている。このような国際的な需要増もあることから、一般的に漁業・養殖業は成長産業であると世界的には言われている。


 ここから先は、wild capture fisheriesに話の焦点を移していきたい。世界の水産物需要を支えているのが、養殖業と採捕漁業であるということは先述したが、採捕漁業をする上で重要になってくるのが、水産資源である。図3は、1975年から近年までのいわゆる資源評価されている資源の水準を表したものである。緑色の下部分はまだ余裕がある資源の割合Underfishedである。緑色の真ん中部分は最大限まで利用されている資源の割合Maximally sustainably fishedである。一番上の茶色部分は取りすぎの割合Overfishedである。生物学的に適切な水準を超えて利用されている資源の割合を示している。
 1975年からの時系列を見ると、世界の水産資源の水準は悪化していると言える。特に一番上の茶色部分が、1975年当時は、世界で資源評価されている資源の10%程度であったのに、近年は33%にまで増加している。この取りすぎの部分は何とか対策を打たなければならない。


 世界では様々な取り組みがなされているが、図4は平成28年度の水産白書から引用した、世界の漁業管理機関(RFMOs)の図である。アワビ、カニ、ウニ等は定着性があるが、多くの魚はヒレで泳ぎ回るので、国境も超えていく。したがって、各国が自国の沿岸の資源をしっかり守ることも重要であるが、同時に国を超えて、生態系のスケールで国際的に連携して水産資源を管理していく必要がある。さもなければ、33%の乱獲部分は対処できない。
 世界にはいくつかの地域漁業管理機関がある。特に近年できたのが北太平洋漁業委員会(NPFC)というものである。事務局は東京海洋大学にある。このような国際機関が水産資源の持続可能な利用に向けて、様々なルールを作成したり、科学者がデータを集めて資源評価を行ったり、その結果について議論して認識を共有したり、という作業を行っている。
 図4の矢印で示した地域には、しっかりした地域漁業管理機関がない。この地域に役立つ知恵と経験がいま世界では求められている。その理由はこの地域に漁業管理機関が存在しないことも一つの理由であるが、世界の漁業の中でアジア太平洋が非常に重要だからであるというのがもう一つの理由である。
 アジア太平洋海域が世界の漁業の中で非常に重要である理由について述べたい。SOFIA2018によれば、世界の漁業者の85%がアジア太平洋地域に集中しており、漁業生産の71%がアジア太平洋地域で生産されており、漁船の75%がアジア太平洋地域に存在するとされている。つまり、図4の四角で囲った部分がWorld Fisheriesの中心なのである。この地域の問題を解決することが、世界の水産業を良い方向に導く上で非常に重要なポイントとなるのである。つまり、アジア太平洋地域が変われば世界の水産は変わる。

国内の水産資源・漁業の概況

 図5は日本国内の状況を表したものである。縦軸は生産量、横軸は1965年から50年ほどの時間軸を表している。日本の漁業生産量は1980年代に1,300万トンとピークに達した。当時、日本の漁業生産量は世界一で、その大部分が沖合漁業であった。沖合漁業の中心はマイワシだと言われている。それ以前から沖合漁業も遠洋漁業もあったが、北洋漁業でスケドウダラが捕れた。遠洋漁業は他国の近海や公海に行って漁業を行った。しかし、遠洋漁業は制度の変化(二百カイリ体制の確立)によって漁場がなくなり、漁獲量も急速に減少した。沖合漁業は1980年代には700万トン以上に上り、生産量の半分以上を占めていたが、その後減少した。その理由としては資源変動が考えられる。マイワシなどは自然に増加したり減少したりする。沖合漁業と沿岸漁業からマイワシを除いたものが青色の折れ線で示したものである。この青色の折れ線を見ても、徐々に減少していることがわかる。以上が、我が国の漁業生産を量から見た構成である。漁業の持続性という意味でも、水産資源の水準が重要になってくる。


 図6の右側は1996年に我が国が資源管理法を制定した後、近年まで日本政府と水産研究・教育機構が行ってきた水産資源の評価結果をまとめたものである。低位(赤色部分)は資源水準が低いものを示している。その上が中位のもの(黄色)で、一番上が高位のもの(青色)となっている。図6の左側は直近の2018年の調査結果である。低位が49%、中位が34%で、高位が17%で推移している。どのような割合が一番良いかは議論があるところである。低位はない方が良いという考え方もあるが、そもそも海の生態系は変動しているので、高位・中位・低位は3分の1ずつというのが自然の姿である、増減するのが自然の姿であるという意見もある。いずれにせよ、低位が49%というのは、今後人間が資源管理を強化することで改善する余地はあると考えられる。資源が低位にあるものには、マサバ対馬暖流やスケトウダラやスルメイカ等、国民にとって重要な水産資源もこの低位に含まれている。

 

2. 日本の漁業の国際的特徴

 日本の漁業を世界という枠組で見た時にどんな特徴があるか。それを踏まえて日本は世界にどう貢献できるかという議論に移っていきたい。図7も平成21年度水産白書から引用したものであるが、世界の三大漁場を表したものである。日本周辺は世界三大漁場の一つであるといわれている。古くから北東大西洋、北西大西洋、北西太平洋の3大洋が世界の大きな漁場であるとされている。日本近海は北西太平洋に含まれるが、特に日本近海は栄養豊富な親潮が北方から流れて来て、南から世界最強の海流と呼ばれる黒潮が流れて来る。しかも日本近辺は、海底の地形の多様性が高い。海溝もあれば、浅い海もあるということで、ここに潮目ができて生物生産性と多様性の高い海となっている。図8は2013年にデューク大学がまとめた世界の海の生物多様性の評価の結果であるが、赤色部分が生物多様性が高い海で、青色部分が生物多様性が低い海である。日本近海および南方の海は赤色で、特に東南アジアの海は真っ赤になっている。ここは生物多様性のホットスポットと呼ばれている。古くからこの海域が温暖な海域で安定的な海が続いたため、多くの生物がこの海域で進化したと言われている。一方、日本の北方のオホーツク海は青色になっている。それに対して、西日本や沖縄地方は赤色になっている。このように日本の海の一つの特徴は、赤色で示された東南アジアの熱帯の海(西日本・九州・沖縄)と、北方はアラスカやノルウェーのある亜寒帯のような海(オホーツク海や宗谷岬周辺)が一つの法律の下で利用されており、一つの社会の下で国民が水産資源を食料として利用しているという点である。ここに日本の果たすべき国際的役割があると思う。生態学的に見ても、東南アジアの海域と北方海域を繋いでいるのが日本である。その中身を端的に表したのが図9である。日本の周辺海域を大きく海区に分けて、それぞれについて魚種別漁獲構成をまとめたものである。円の大きさが漁獲量を表している。北海道太平洋北区は亜寒帯の海であるが、スケトウダラ、サンマ、サケ・マス、イカ、貝類(ホタテ)の漁獲量が大部分を占めている。南に下がって、太平洋北区になると、サバ類とイカ類が増える。西方や南方に行くと、アジ類の漁獲量が顕著になり、その他の統計項目が増える。種ごとの統計項目が立たないほど様々な水産資源が少しずつ捕獲される生態系になってくる。すなわち生物多様性が高いということである。北方の海は漁獲量は大きいが魚種数は少ない。生物多様性は低いが個々の資源のバイオマスは太いので、比較的管理しやすい。一方、西方、南方に行くと、様々な魚種の魚が捕獲される。実際に漁業に従事する漁民たちは様々な漁具・漁法を利用する。水産資源の食べ方も様々である。したがって、西方・南方の海は、生物多様性も高くなるし、漁業の多様性も高い。食べ方の多様性も高くなるという特徴がある。これが東南アジアに繋がっていく。

 図10は、世界の国民が総タンパク質のうち、水産物をタンパク質供給源としてどの程度摂取しているか、その割合を示したものである。縦軸は各国の首都の緯度、横軸は割合(パーセント)を示している。縦軸の0は赤道で、70が極域である。つまり、グラフの下方は熱帯地域で生物多様性の高い国々で、上方は寒冷地域で生物多様性が低く資源量が大きい国々となる。例えば、アイスランドやノルウェーの海は冷たい水である。北欧で最も有名な水産国がこのアイスランド、ノルウェーの2国であるが、この2国の国民は魚が好きである。総タンパク質の30%ぐらいを水産物に依存している。南方に下がると、ヨーロッパの大陸諸国と北米になるが、この国々の人々は10%ほどしかシーフードを食べない。タンパク質は主に畜肉や乳製品から摂取している。中緯度で特に魚に依存しているのが日本と韓国である。この2か国は中緯度では突出している。緯度が下がると、東南アジアやアフリカ沿岸国が含まれるが、この国々は例えばカンボジア、インドネシア、バングラデシュ、ミャンマー、ガーナといった国々で畜肉を買う経済的余裕がないので、自給自足ベースも含めて魚を捕って食べている部分も大きい。日本と韓国はOECD加盟国で畜肉を食べる経済力はあるが、水産物に4割依存しているということは、水産資源が好きな民族なのであろう。図10を見ると、ヨーロッパ大陸および北米の国々と北欧および日本・韓国の国々は国の中での食料政策の中における水産物の位置づけが全く異なるということがわかる。日本では食料安全保障という言葉がよく使われ、日本には水産庁という役所が独立して存在しているのは、国民の食べ物として水産物が重要であることを表している。例えばオーストラリアやカナダには、日本とは異なり、食料安全保障という発想は大きくない。資源を管理し、持続的に資源を利用していかに外貨を獲得するかという経済の観念はあるものの、国民の食べ物として安全保障上、水産物が重要であるという発想は少ない。


 図11は主な水産諸国の漁業の産業構造を調査した結果を表にしたものである。項目は漁民数、漁船数、零細比率である。日本は漁民数も漁船数も多い。とりわけ小さな漁船が多く、零細漁船がほとんどである。このような国では中央政府がトップダウン的に零細企業を管理しようとすれば相当のコストがかかる。特に監視や取り締まりにかかるコストが高く、管理は難しいと言われている。アジア太平洋アフリカ沿岸国は日本よりもこの傾向が強い。インドネシアの漁港では無数の零細漁船がひしめき合っていて、船を沖合に出すのもひと苦労すると思われるほどである。日本の漁港には無数の零細漁船が停泊するが、きちんと整列して、船の形が同一であるのが特長である。他のアジア諸国では零細漁船を利用する点は共通だが、それぞれの船の形や色などは様々である。船に描かれる絵も国ごとに異なり、インドネシアは多民族国家なので描かれる絵も多岐にわたる。これも面白い研究テーマだろう。
 日本の漁業の特徴を簡単にまとめてみたい。日本は国際的に見た時に多様な資源を利用している。生物多様性の高い海に囲まれており、かつ環境の多様性も高い。亜寒帯から熱帯までを一つの国の中にもっている。このような国は日本とアメリカとオーストラリアぐらいしかない。水産資源を、国民の主たる蛋白源(食料)として有効利用すると同時に、多数の零細漁業者が操業し生計を立てるための産業と沖合の大規模漁業が併存する。漁業も零細からハイテク漁業まであり多様性が高い。特に遠隔地や半島や島嶼地域などでは、漁業が地域の経済を支える基幹産業となっている。食品加工・流通など関連産業も重要となっている。それに伴い、各地の文化・歴史・生態系に即した食文化が発展してきた。しかも、2013年には日本の食文化がUNESCO世界無形遺産に登録された。したがって、日本にはアジア太平洋と欧米を繋ぐ国際的役割があるのである。

 

3. 日本の水産資源・漁業管理の制度的経緯

 日本は古くから魚を食べる民族である。漁業制度の歴史も古くからある。現在分かっている漁業制度を定めた最古の法律は、飛鳥時代の701年から編纂された大宝律令だと言われている。その中の養老雑例の中に「山川藪澤之利公私共之」という文言がある。藪・沢・川・海・山の自然の恵みは特別な事情のない限り皆のものである。しかし、田畑は異なる。田畑には律令制が敷かれ、中央集権国家の下で戸籍が作られ、使用者および使用面積が登録され、その面積の大きさに応じて年貢を納めていた。一方で田畑以外の自然資源は皆が使用し、皆がルールを作って管理せよという意味である。この考え方は一般的に山川藪澤法理と言われており、いわゆる入り会いの考え方に繋がっていく。
 山川藪澤法理は鎌倉時代の御成敗式目の中に「山林藪澤公私共ニ利ス」とほぼ同じ文言で受け継がれている。江戸時代になると、地方分権が進み、地方のルールは藩が決めていたが、国交や防衛や税金などの国の骨格に関わるものは江戸幕府が直接ルールを作った。それが律令要略というものである。その律令要略の中に「磯猟は地附根附次第也、沖は入会」という文言が定められていた。地附き根附きは沿岸のことなので、「磯漁は地附根附次第也」とは、沿岸の漁業は沿岸の漁村が行うことができ、漁村の中でルールを考えよという意味である。ルールを作ることも執行することも、あるいはルールを破った人間を処罰することも漁村の中でやるようにと定めている。
 一方の「沖は入会」について、まず沿岸と沖合の境界は海底地形と水深によって決まっていた。櫂が立つぐらいの水深が沿岸と沖合の境界であった。磯は陸から見た目の前の海だけであった。磯より先の沖合は皆で使ってよいということだった。ただし、やはりルールがあって、その海域に入り会う人間は特定されていて、その人間同士でルールを作って皆でルールを守るという仕組みが江戸時代にすでに適用されていた。明治維新の時に大改革が起きて、明治8年には欧米の資源管理・漁業管理の仕組みを導入した。しかし、現場ではそれがうまくいかず、明治19年に欧米型の資源管理・漁業管理の仕組みを取りやめて、再び山川藪澤法理に戻る。
 現在の資源管理制度については、いわゆる法律はあるが、法律は大枠を作るものである。誰がどんな漁業をするのかを定める漁業法はあるが、日本全国津々浦々というように、様々な社会や生態系が存在するので、その利用調整・規則は、資源利用者団体(漁協等)が自治的に決めている。誰が資源を利用するのか、誰が集まってルールを作るのか、お互いが監視するわけだが、お互いはどこまでを指すのかを決めるのが漁業権であったり、漁業許可であったりする。どこにどのような漁業権を設定するかは漁業者が過半数を占める漁業調整委員会などで決めることになっている。ひと言で日本の漁業の特徴をまとめると、日本では資源利用者が中心となった漁業管理をしているということになる。
 英米法諸国と漁業管理制度の比較を行ってみたい。英米法はイギリスが起源となっているが、かつての大英帝国の植民地であった国々に共通するルールである。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、シンガポール、ケニア等、多くの国々では英米法が適用されていると考えられる。その英米法は基本的にはオープンアクセスという考え方がベースにある。オープンアクセスとは、海の資源は皆のもので、国王ですらその利用を不当に制限することができないというもので、イギリスのマグナカルタが起源と思われる。資源の管理は政府の義務となっている。つまり「公共信託法理」という考え方である。理論的にしっかり確立されたのは、ジョセフ・L・サックス、カリフォルニア大学(バークレー校)教授がミシガン大学勤務時代、1970年にミシガン・ロー・レビューに発表した論文によってだと言われている。自然資源から得られるある種の利益は市民にとって特に重要である。だから政府はそこから私的占有を排除するとともに健全な状態に保持する善管の義務を有する。乱獲が起きると悪いのは政府であるとして環境NGOは政府を訴える。公共信託法理で訴えることができる。それで政府が負ける。環境保全も同様である。空気や川の水が汚染されたら、政府の責任である。環境NGOは国民を代表して政府を訴えるので、特に英米法諸国の環境NGOが非常に活躍できる制度的な背景はこの辺りにある。
 米国の水産庁にあたるNOAA Fisheriesのウェブページをみると、About UsのところでOur Missionと題して、NOAA Fisheries is responsible for the stewardship of the nation’s ocean resources and their habitat.としている。つまり国民の財産である海の資源とその生息地をその管理者、すなわち執事として守っていくのがNOAA Fisheriesの役割なのだと述べている。これは英米法の特徴的なところである。したがって、管理が必要な資源や環境については、政府がトップダウン的に科学に基づいて決定する。水産資源の場合はTotal Allowable Catchという魚種ごとに捕獲可能な上限量を決める。英米法諸国では、そのようなTACと呼ばれる制度が発達しているのである。そして政府が決めたTACを誰がどう利用するかについては、基本的には全員が使って良いことになっているので(Open Access)、自由競争により強い者が勝つという仕組みとなっている。
 映画『フォレストガンプ』の主人公のフォレストガンプは、ベトナム戦争で活躍してたくさんの勲章をもらう。帰国してからエビ漁業者になる。別にメキシコ湾の住民でも何でもない。そういうことができるのは米国ならではである。誰でも漁業者になることができる。週末のみ漁業者になることもできる。船を購入してライセンスを取得して、政府が決めたルールをきちんと守れば誰でも漁業に従事できるのが欧米である。これには多くの利点がある。常に新しい血が入って来る。技術的な革新も進む。競争力は常に維持できる。しかし、この制度では、政府と資源利用者の関係は、取り締まる側と取り締まられる側の関係となる。したがって常に政府は資源利用者を監視する、コントロールするというような考え方になってしまう。
 以上をまとめると、欧米で公的責務とされる資源や漁業の管理という役割の一部を日本では地域の漁業者が担っている。政府と地元の人々が一緒に管理するこのような仕組みを近年「コ・マネジメント(共同管理)」と呼んでいる。特にアジア太平洋の沿岸部分については膨大な数の漁船と漁業者が存在するので、政府がトップダウンではなく、コ・マネジメントを行う必要があるというのが国際的な共通認識となっている。実際、諸外国でもコ・マネジメントの制度が広がりつつある。
 図12は日本のコ・マネジメントのイメージ図であるが、左上の写真でマイクを握っているのは都道府県の行政官である。今後施行される法律や制度についての説明を漁業者に行っている。行政的な情報である。左下の写真は、都道府県研究機関の研究者が地域の重要な資源について、特に生物学的な特徴を科学的に発表する様子である。右側は漁師たちであるが、行政的・科学的情報に基づいて、実際の浜のルールを決める。そのルールを守っていくのも漁師たちである。漁師がルールを作成し、ルールを守るという仕組みを持つのが日本の特徴である。漁協の役員になると毎月15回位会議に出席してルール作りやその執行をするという。したがって当然、漁に出る時間は減るし、漁具の手入れをする時間も減るが、そういうルール作りも含めて漁業なのだと彼らは言う。この辺が欧米と異なるところである。欧米ではルール作りは政府の仕事である。その中でいかに漁獲量を上げるか、競争力を高めるかが漁業者の役割である。

 

4. 水産資源・漁業管理のこれから

 水産資源・漁業管理のこれからについて述べてみたい。まず日本であるが、日本の漁業生産量は減少している。原因は様々考えられる。魚種によっても地域によっても原因は異なる。私は以下の5つの原因があると考えており、その原因ごとに対処法も違ってくる。①獲りすぎには、資源管理の強化が必要である。②環境破壊や水質汚染(特に沿岸の藻場干潟の破壊など)の問題には、自然回復・生態系保全の強化が必要である。③獲らない(売れない、儲からない、獲る人がいない)問題には、高付加価値化、魚食普及が必要である。④環境変動(レジームシフト、温暖化・酸性化)の問題には、変動に合わせた獲り方、順応的漁獲が必要となる。⑤資源回復のための積極的な獲り控えには、資源回復後の適切な管理が必要である。
 出口管理は取りすぎ防止の有効な政策オプションである(図13)。2018年の年末に漁業法の大改革があり、特に出口管理が強化された。それは正しい方向である。しかし、出口管理だけで日本の漁業のすべての問題が解決できるわけではない。特に沿岸漁業については、現場の実態に即した仕組み、特にアジア諸国にも役立つような仕組みを日本が考えていくことが重要である。Best Practiceを日本が作り上げて、アジア諸国に国際発信していくことが重要である。


 図14は水産白書から引用しているが、全魚種の8割を占める魚種の数を表している。北欧の国々は6種類で全漁獲量の8割を超えてしまう。北欧の国々は生態系が単純で資源はそれぞれ多い。日本や韓国は20種前後で、インドネシアに行くと50種を超える。このような特徴をもつ西欧とインドネシアを繋ぐような仕組みを作るのが日本の役割である。幅広い魚種を様々な漁具・漁法と多様な管理施策で持続的に利用していく仕組みを作る必要がある。
 現在、中央水産研究所は、長年にわたる津々浦々の漁業者が積み重ねてきた工夫やBest Practiceを集めた漁師の知恵のデータベースを「浜の道具箱」として提供している。研究者は「浜の道具箱」のようなものを整備して各地の漁業者の工夫を促すべきである。このデータベースの中に答えはなく、データベースを参考にしながら、地域で議論することで、その地域に一番相応しいものが見えてくる。地域のディスカッションを生み出す仕組みとして「浜の道具箱」を作っている。繰り返しになるが、アジア太平洋が変われば、世界の水産は変わる。アジアの一国としての日本が生態系保全と持続的な水産資源の利用を調和させるBest Practiceを科学的に提示していくことが国際的な義務なのである。


 コ・マネジメントは大きな柱になるが、同時に弱点や限界もある。地元の経験や知恵、特に漁協シニアクラスの意見が重要になるので、科学的・定量的な管理概念が希薄にならざるを得ない。さらに、単価の高いものは採取するが、漁業対象種以外の生物については手薄になってしまう。また、取り組みの多くが地域単位なので、都道府県ベースで広域種への対応は難しい。その点については、しっかり地域間、漁業者間の調整をしていく役割が行政にある。また漁業者間の話し合いではなかなか多数決は行われず、とことん話し合って合意形成するので、ともすると、合意できる程度のことしか合意されなくなってしまう。抜本的な取り組みというのは導入されにくい傾向がある。
 抜本的な取り組みを導入しなければいけない場合には、しっかり導入しなければいけない。どこがクリティカルなポイントか(そこを超えてしまうと取り返しがつかなくなる“閾値”のこと)については、科学がその判断基準をしっかり整備すべきである。
 このようなコ・マネジメントの弱点にはしっかり科学的・制度的に対処しなければいけないが、それと平行して、持続可能な漁業の実現に向けて社会全体で行うべきことはある。科学の役割もあれば、投資家の役割もある。特に重要なのがエコラベルである(図15)。消費者の役割である。Buying is Votingという言葉がある。購入するという行為はその商品をサポートするという意思表示である。安ければ良いという買い方ではなく、責任ある消費をすることが消費者のこれからの重要な役割である。
 ではどのような漁獲が生態系保全の観点から合理的か。これについては、Balanced Harvestingという考え方がある。IUCNという国際環境保護団体が行っている研究である。IUCNは2008年に設立され、事務局はブリュッセルにある。IUCNのミッションは、持続的利用と生態系保護という二つの管理理念の橋渡し(bridge)を行うことにある。座長はSerge M. Garcia (France)というFAOの資源管理で有名な方が務めており、その他、EUの行政官、生態学者、経済学者等様々な専門家による分離融合のチームで漁業について議論している。IUCNは書籍の出版や『サイエンス誌』の寄稿なども行っている。IUCNが提言するバランスの取れた漁獲とは、生態系の上から下までまんべんなく食べるということである。図16の左側に生態系のピラミッドがあるが、上から下までその量に応じて少しずつ均等に漁獲しようということである。生態系ピラミッドをウェディングケーキに例えると、今までの漁業は、一番上にのっていたイチゴばかりを食べるような漁業であったが、下のスポンジも美味しく食べるのがバランスの取れた漁獲である。生態系の中でも小さい生物から大きい生物までをまんべんなく食べる。一つの種の中でも、小型魚も食べるし、成熟魚も食べるということである。もちろん乱獲にある魚種は食べてはいけない。しかし、資源がある程度増えた後は、理論的には、小魚も食べることが生態系全体から見れば、生産量も上がり、資源崩壊も減少し、生態系の健全性の回復力も高くなる。

 現状は、世界的な傾向として、高位捕食者を過剰利用して低位被捕食者を過少利用している。バランスをとるためにはまず、過剰利用でかつ資源が低水準のものを優先的に資源回復させなければならない。回復後は小型個体から大型個体までまんべんなく利用する必要がある。一方、高位の資源(カタクチイワシ瀬戸内海、マダラ日本海、その他未利用資源)はもっと利用すべきである。最高位捕食者(例:クジラ、トドなど)についても、適切に管理してバランスを取るべきである。要するに、その時たくさん獲れるものを美味しくいただくということが重要である。
 日本には元来、雑魚食文化、小魚を食べる文化がある。小魚も食べることが重要であるというのがBalanced Harvestingの考え方である。生態系自体も変動しているので、その変動に合わせれば、まだまだ魚は獲れる。南極海や中層には、未だ利用されていない膨大な資源があると言われている。生態系全体から獲っていけば、水産資源について過度に悲観する必要はないであろう。


 もう少し視野を広げて、魚が住む場所、海の環境保全について、最新の動向を紹介したい。The Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services (IPBES)という国際的な組織がある。気候変動でIPCCがあるが、その生物多様性条約版がこのIPBESである。科学者と行政官の集まりである。近年、IPBESが世界中の生態系の評価を行った。アジア太平洋評価は、筆者もリードオーサーの一人として参加したが、海に関して、乱獲、外来種、病気、汚染等、多くの問題が指摘されている。2048年に資源が消滅するという極端な見解もあるほどである。
 取るべき対策に関しては、地域のコミュニティの重要性が強調されている。地域のコミュニティが中央政府あるいは国を超えた国際機関と連携すべきだとして、日本の漁業権に基づくコ・マネジメントは成功例の一つとして紹介されている。アジア太平洋評価以外にも世界には、アフリカ評価、ヨーロッパ評価、南北アメリカ評価の3つの評価がある。これら4つの評価をまとめたものがグローバル評価である。グローバル評価は、100万種絶滅する惧れなどに触れているが、その結論の一つは、今後はコミュニティが重要で、共同管理が重要であるとする。コ・マネジメントにも触れている。この方向性は間違いない。政府が全体的な見地から、広域的な観点から行う仕事と地域がボトムアップで行う仕事の両方が組み合わさることが大事である。政府の施策も引き続き重要であるし、地域の活動も重要である。ステークホルダーの違いもあれば、省庁の違いもあるが、今後様々なセクターを超えた合意形成が重要となる。どういう省庁間の施策の組み合わせが一番良いのかという議論が今後行われていくであろう。
 上記の考え方はSDGsとも深く関わる。SDGsの14番目の項目が水産資源に関するものだが、あるNGOが行った世界のSDGs達成度評価によれば、日本は世界15位であった。比較的上位である。しかし、ゴール14に関しては、過剰漁獲問題を中心にまだ大きな課題が残るという評価である。したがって、漁業法の施行に合わせて資源管理にさらに力を注いでいくという政策の方向性は、SDGsの達成という意味でも重要である。
 SDGsはネクサス・アプローチというアプローチ方法を採用しているが、これは個別のゴールではなく、まとめて相乗効果を狙おうというものである。セクターごと、専門ごとのアプローチではなく、一つの問題に取り組むことで、周辺の分野にシナジーが発生するという考え方である。水産資源はその典型であると言われている。水産資源の問題を解決することで、Hunger (ゴール2)、Poverty (ゴール1)、Economic Growth (ゴール8)、Cities & Communities (ゴール11)、Consumption/Production (ゴール12)、Climate (ゴール13)を解決することができる。それは研究者にとって非常に大きなチャンスである。専門分野を超えた研究が個別の研究よりも大きなインパクトをもたらすというのがSDGsの哲学である。このようなネクサス・アプローチは、世界の漁業に関する法律を見ても、漁業に関するNGOの取組みを見ても言えることである。例えば、オーストラリアの漁業法は2017年に改正されたが、それまでは資源を管理して、絶滅危惧種保護が中心であったが、改正されて、Consider recreational and indigenous fisheriesおよびConsider social implicationsの文言が加わり、社会面も含まれるようになった。これは豪州としては大きな変化である。
 世界の漁業に関する議論は収束しているが、日本における水産資源・漁業の管理の目的は5つに分かれる。図18は水研セが2009年にまとめたものである。資源・環境保全の実現、国民への食料供給の保障、産業の健全な発展、地域社会への貢献、文化の振興の5つである。この5つを総合的に進めていくことが、日本の水産政策の考え方の一つの方向性である。世界もSDGsもこの方向に向っている。
 アメリカの社会科学者Zimmermannが書いた文献によれば、資源とは、「自然-人間-文化の相互作用から生まれ出でるもの」としている。魚がそこにいるだけでは、それは資源ではなく単なるバイオマスである。資源を適正に利用できる技術・制度ができて、また美味しく食べる文化もあってはじめて「資源になる」という考え方である。そのどこかが欠けてしまっても、資源とは言えない。しかし、一匹の魚でも、文化や技術が進めば、その資源の価値は大きくなる。したがって、多様な海の恵みと人間の関わりを太く強くしてはじめて、本当の意味での「持続可能な漁業」なのである。

 

5. まとめ

 世界の漁業・養殖業生産は大きく増大している一方で、世界の資源の状態は悪化している。世界の水産資源にとって、特にアジア・太平洋での取組が重要である。日本の漁業・養殖業生産は減少傾向にあり、資源状態も約半分が「低位」である。日本の漁業にとってもアジアの漁業にとっても、資源利用者を中心として政府と科学が協働するコ・マネジメントが重要である。
 今後は、生産量減少の原因の科学的特定と、原因に応じた取り組み、施策を組み合わせていくことが重要(乱獲、未利用、環境破壊、環境変動、獲り控え)となる。その施策の一つとして出口管理(TAC等)は有効な手段であるし、他にも、コ・マネジメントは有用である。小魚なども、獲れるものをおいしく上手に食べることが、生態系保全にも整合的である。特に、消費者の役割は大きい(エコラベルは重要)。また、沿岸環境保全には、地域の役割が重要である。これらの施策を組み合わせていくことが重要である。
 真の「持続可能な漁業」とは、多様な海の恵みと人間の関わりを、太く強くしていくことである。水産資源のみでなく、環境・食料・地域・文化など、横断的な問題解決アプローチとシナジー創出が、近年の食料問題に限らず、水産問題に限らず、環境の広い文脈での流れである。我々研究者の科学のテーマとしても非常に興味深いところである。
 大気海洋科学は、国と国をつなぎ、文化と文化をつなぐ科学であり、差別を超え客観的差異を理解する英知である。科学の本来の目的は、そうした平和の希求にあると思う。この人類の英知の進歩に少しでも貢献できるよう精進していきたい。その意味で最後に、「海の研究は国際協力を抜きにして進めることはできない」(植松光夫、『学術の動向』2018年4月号)ことを述べて終わりたい。

(本稿は、2020年1月17日に行われたICUS懇談会における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
牧野 光琢 東京大学大気海洋研究所教授
著者プロフィール
佐賀県生まれ。京都大学農学部水産学科卒。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院修士課程修了(Master of Philosophy)。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了(環境政策論)、博士号取得。横浜国立大学大学院環境情報研究院 21世紀COE「生物・生態環境リスクマネジメント」博士研究員、(独)水産総合研究センター 中央水産研究所勤務 (2016年より水産研究・教育機構に改称)、経営経済研究センター主任研究員、漁業管理グループ長、水産政策グループ長、東京海洋大学客員教授などを経て、2019年より東京大学大気海洋研究所 国際連携研究センター 国際学術分野 教授。専門は水産・海洋政策に関する制度・経済分析。