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2019年8月20日

深層海洋大循環と気候変動―未だ解明されない深海の謎―

東京大学大学院理学系研究科教授 日比谷紀之
1957年東京生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒業(1980年)。東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了(1985年)。理学博士。その後、東京大学地震研究所助手、ブリティッシュ・コロンビア大学博士研究員(海洋物理学)、ワシントン大学博士研究員(地球物理学)、北海道大学大学院理学研究科助教授、東京大学海洋研究所助教授、東京大学大学院理学系研究科地球惑星物理学専攻助教授を経て2000年より現職。国際海洋物理科学協会(IAPSO)執行委員、アジア・オセアニア地球科学会(AOGS)海洋科学セクション・プレジデント、東京大学総長補佐、東京大学海洋アライアンス機構長、日本地球惑星科学連合理事、日本海洋学会長などを歴任。日本海洋学会賞、日本海洋学会岡田賞、アジア・オセアニア地球科学会(AOGS)Distinguished Lecturer賞などを受賞。主な研究分野は、海洋力学、海洋波動理論、深海乱流。

1.はじめに

 私たちの住む地球は水の惑星と言われるように、地球表面の約70%が海である。しかし、普段は海全体のほんの一部しか目にしていない。海は深く、海底には海溝や海嶺といった凹凸が存在している。地球全体の海の深さの平均は約3,800mで富士山が沈むほどの深さで、3,000mから6,000mの深さの面積が最も広い。最も深いところは約11,000mで、世界一高い山であるエベレストさえも沈みこむ。
 これほどの大量の水をたたえた海洋はいまだ解明されていない謎も多い。しかし、近年の研究で、こうした海洋の謎が少しずつ明らかになってきた。その成果のひとつは、「深層海洋循環」と呼ばれる海水のグローバルな循環のメカニズムが解明されてきたことである。これにより、表層から深海底に至るまで、全地球的な海水の流れが定量的に議論できるようになった。
 今回は、深層海洋循環とは何か、深層海洋循環と気候変動との関係性、深層海洋循環の駆動メカニズム、今後に残された課題に焦点をあてて述べてみたい。

 

2.深層海洋循環

表層の海流

 通常、海流と言うと、海洋の中の表層中を一定の方向に帯状に流れる海水の流れを呼び、黒潮などの暖流と親潮などの寒流に大別される(図1)。通常の海流は、表層海流または風成海流とも呼ばれている。海流は主に海上を吹く風の力によって引き起こされる。海流が流れる深さは、黒潮では表面から800mほどで、最大でも約1,000mである。それよりも深いところは深層と呼ばれるが、深層には風成海流は流れていない。

深層海洋循環とは

 深層海洋循環を最初に発見したのは、米国の地球化学者ウォーレンス・ブロッカーである。ブロッカーは、世界の海洋を循環する深層水の動きをベルトコンベアに例えた(図2)。風成海流を水平循環と考えると、深層海洋循環は鉛直循環と考えることができる。水は冷却すると収縮して密度が高まる、つまり体積当たりの重さが増える。また、海水には塩分が含まれているので、塩分濃度が高いほど重くなる。こうして重くなった表層の海水が海の深部まで沈み込み、いわゆる深層水として海底を這うように流れ、全地球を巡り、最終的にまた表層へ戻っていくような循環のことを深層海洋循環という。人工衛星によるリモートセンシング技術の発達などにより、深層水が形成されている領域は、グリーンランド沖や南極域であるということがわかってきた。こうした地点では、1秒間に約2,000万トン、つまり東京ドーム16杯分の海水が沈み込んでいるとされている。一部の海水はインド洋で、かなりの量の海水が北太平洋で表層に引き上げられる。表層で海水は温められ、元の極域に戻っていく。
 深層海洋循環は、極域の冷たい海水を低緯度に運び、低緯度域の暖かい海水を極域に運ぶことで高緯度での気候が極端に寒くならないように、あるいは低緯度での気候が極端に暑くならないという、いわば、エアコンのような役割を果たしていると考えられる。

深層海洋循環の存在が明らかになった経緯

 深層海洋循環のような流れの存在は、米ソ冷戦の中、1960年代に行われた北大西洋での水爆実験がきっかけで明らかになってきた。水爆実験で発生するトリチウム(三重水素)は雨水に取り込まれ海洋中に入るが、重水素はもともと海洋中にはほとんどない化学種なので、この流れを追いかけることで海洋中の水の循環がわかることに気付いたのである。1972年から1981年にかけて、トリチウムの動きを追跡した海洋循環の観測が行われるようになり、コンベヤーベルトに例えられる深層海洋循環が存在することがわかってきた。
 また、化学解析・炭素の同位体解析で海水が大気との接触を絶ってからどの位の時間が経過したか、すなわち海水の年齢がわかるようになった。海水の年齢は、一番新しいものが北大西洋の表層で50年位であり、南方向に深くなるに従って、100年、200年、300年となる。大西洋では、西大西洋にある1,000年位の海水が一番古く、太平洋には、1,000年位から2,000年位までの海水が存在している。すなわち、大西洋に比較的新しい水があり、太平洋に比較的古い水があることがわかっている。

ヤンガードリアス期

 前述のとおり、深層海洋循環は低緯度から高緯度までのエアコンのような役割を果たしていると考えられると述べた。では、このエアコンが壊れてしまったら、何が起こるのだろうか。
 英国・ロンドンの緯度は、ほぼ北緯51度30分で北海道最北端の稚内よりさらに北に位置する。しかし、稚内に比べると、ロンドンは非常に温暖な気候である。深層海洋循環によって赤道付近で温められた海水が北大西洋の表層にたどり着き、大量の熱が大気に移行することがその原因として考えられる。もし、深層海洋循環が停止したら、英国に限らずヨーロッパ大陸は現在よりも寒冷な気候に変化するであろう。
 それは決して机上の空論ではない。デンマークの研究グループがグリーンランドで採取した氷の試料を分析して最近10万年間の気候変動を調査したところ、10万年前から現在の温暖な気候が始まる11,000年前頃まで5~10℃近くの寒冷化が繰り返し起きていることが判明した。深層海洋循環を発見したブロッカー教授は、深層海洋循環が停止することで寒冷化が起きるという説を唱えているが、その説によると、寒冷化の原因である深層海洋循環の停止が11,000年前までは何度も起きていたことになる。
 特に、一連の寒冷期の一番最後、12,900~11,500年前の寒冷期をヤンガードリアス期という。この間、最終氷期が終わり、温暖化が始まった状態から急激に寒冷化に戻った現象(ヤンガードリアス・イベント)が北半球の高緯度で起きていた。その原因はまだ解明されていないが、以下のことを推測することができる。ヤンガードリアス期では、何らかの理由でカナダのローレンタイド氷床が溶解し、塩分を含まない大量の淡水が溶け出して大西洋に流出していった。大西洋の海水は元々塩分が豊富だが、淡水が流入することで塩分濃度が低下し、密度が高まらないため深海に沈み込まなくなった。その結果、深層海洋循環が停止し、寒冷期が起きたと推察されている。映画『デイ・アフター・トゥモロー』 (2004)にインスピレーションを与えたArt BellとWhitley Strieberの共著『The Coming Global Superstorm』は、こうした北大西洋の深層海洋循環の停止による気候変動をテーマにしたものである。
 数値シミュレーションでも、海洋深層循環が停止すると、例えば北大西洋では5℃以上の気温変化が生じるなど、全球規模で気温が大きく変化することがわかっている。また、海洋生物生産にも大きな影響を及ぼし、全球の海洋生物生産、特に輸出生産、1次生産、海洋バイオマスはともに約20%減少、太平洋における海洋バイオマスにいたっては約半分にまで減少してしまう。

 

3.乱流混合

深層海流の駆動メカニズム -何が冷たい深層水を上昇させるのか-

 先ほど極域では毎秒2,000万トンの海水が深層に沈んでいると述べた。深層海洋循環が地球規模で生じているとすれば、ある地点で同量の海水が深層から表層に上昇していなければならない。
 冷たい深層水を上昇させるためには「浮力」が必要である。浮力を発生させる手っ取り早い方法は温めることである。海洋では、表層の海水が太陽熱で温められているので、この熱を下層に伝える必要があるが、下層に熱を伝えるものが「乱流」である。乱流が盛んに発生する場所では、乱流によって下層に熱が伝わり、深層水が温まって膨張し、密度が小さくなって表面に上昇してくるというプロセスが数値実験で再現されている(図3)。深層海洋循環をより深く理解するには、どこにどれだけの乱流が存在しているかということが重要になってくる。
 この考え方は元々、1960年代に海洋物理学者ウォルター・ハインリヒ・ムンク(Walter Heinrich Munk)博士が『Abyssal Recipes』という論文で、深層海洋循環と乱流が結びついていると述べたことに端を発する。Abyssalは深海という意味である。深層海洋循環は、時間的には1,500年~2,000年、空間的には何万kmにも及ぶグローバルスケールで起きる現象なのに、乱流のように1㎝位のスケールのミクロな現象と強く関連しているということで大きな反響を呼んだ。
 このようなグローバルな現象とミクロな現象に繋がりがあることがわかってきたのは、コンピュータの性能が上がり始めた1980年代終わり~90年代初頭頃であった。数値シミュレーションで乱流のパラメータを入れて、その深さや水平位置を変えてみることで、深層海洋循環のパターンや強さが変わり始めるという現象が徐々にわかってきたのである。

乱流の動力源

 そもそも乱流とは、流体の不規則な流れのことである。飛行機に乗っていると時々出合う乱気流もそのひとつの例である。地上では風が山にぶつかると乱気流が起こるが、海洋中には風はない。その代わり、海洋中では月の引力によってどこに行っても約12時間周期で行ったり来たりする潮汐流の流れが起きている。その潮汐流が海嶺・海山に衝突することで内部潮汐波が生じ、周囲の内部波場との非線形相互干渉(後述)を経て形成された近慣性流シアーの周囲に乱流が生じる(図4)。仮に、地球の周りに月という衛星がなくなってしまうと、地球上には潮汐流がなくなる。潮汐流がなくなると乱流が励起されず、表面からの熱を下層に伝える媒体がなくなってしまうため、おそらく深層循環も起きなくなってしまう。すなわち、深層海洋循環は月が駆動しているといえるのである
 米国では、以前から乱流観測を中心とした研究が盛んに行われていたが、その結論は、乱流強度は小さく、深層海洋循環のコンベヤーベルトを維持するには力不足というものであった。しかし、乱流強度が小さかった原因は、観測の行われた米国本土に近い東部太平洋には海嶺・海山がほとんどなく、平坦な海底地形が広がっているためであることが後に判明した。このような観点からすると、西部太平洋には顕著な海嶺・海山が多数存在し、かなりの海域が凹凸の激しい海底地形で占められている。深層海洋循環に対する乱流の効果を明らかにするには、この西太平洋における乱流強度の定量化が不可欠となる。

内部波の基本的理論

 海洋中には内部波という波が充満している。内部波の式を立てると、図5 (上)の4つの式、つまり水平/鉛直方向の運動方程式、密度保存の式と連続の式となる。これをwだけの式にまとめると、図5 (中)のようになる。ここでwの波動解を仮定すると、図5(下)のようになる。周期の逆数が周波数だが、海中の内部波にもNとfという上限と下限がある。ωは内部波の周波数、Nは浮力周波数(密度成層の強さの指標)、fは緯度に依存する慣性周波数で、赤道上ではゼロになり、北極では最大の値となって地球の自転角周波数の2倍になる。この上限と下限の間の様々な周波数をもつ内部波が海洋中に充満している。
 もう一点重要なのは、周波数が変わると内部波に伴う運動の向きも変わるということである。特に、周波数がその上限の浮力周波数に達するような内部波、つまり10分位の内部波に伴う運動は縦方向の振動となるが、その下限の慣性周波数に近づくと横方向の振動となる(図6)。

ギャレット&ムンクの平衡内部波スペクトル

 乱流を引き起こすには、エネルギーを必要とし、そのエネルギーは、内部潮汐波や大気擾乱から供給されることが指摘されている。また、これらのエネルギーが供給される海洋中では、様々な時空間スケールをもった内部波が互いに非線形干渉することによって内部波の平衡場を形成することが経験的に知られている。この海洋内部波の普遍平衡スペクトルをギャレット&ムンク(GM)のスペクトルと呼んでいる1
 ギャレット&ムンク(GM)スペクトルは、図7で表したように、鉛直波数と周波数の関数として定義された経験的スペクトルである。内部波の周波数の上限が浮力周波数で、下限が各緯度における慣性周波数となる。「周波数」の逆数である「周期」を使って言いかえれば、存在可能な内部波の最大の周期は慣性周期であり、緯度が30°で24時間、50°で17時間、北極で12時間、赤道では無限大である。
 では、この海洋中に存在する平衡的な内部波の場に与えられた外力エネルギーが、一体どのようにして乱流スケールにつながるのだろうか。潮汐流が海底地形にぶつかることで強力な内部潮汐波が起きる。このエネルギーは坂を駆け下るようにエネルギー密度の低いところへ移動する。これがあたかも滝の流れのようであることから、このエネルギーの流れはエネルギーカスケードと呼ばれている。つまり、潮汐流が海底地形に衝突することによって発生した内部潮汐波のエネルギーがカスケードダウンすることによって乱流が発生する。

乱流強度の緯度依存性

 これまでに、高い海嶺や海山の存在する位置に強い乱流が励起されることがわかっている。ただし、高い海嶺や海山と強い潮汐流があれば乱流が必ず励起されるとは限らず、緯度30°よりも高緯度にある海嶺や海山に潮汐流がぶつかっても乱流は大きくならないことがわかってきた。
 このことは、アリューシャン海嶺(49°N)とハワイ海嶺(28°N)を例として、数値実験を行うことで理論的に明らかになった。ギャレット&ムンクの平衡内部波の場に潮汐流と海山との衝突による内部潮汐波エネルギーを加えると、図8に示すようにアリューシャン海嶺の近傍では何も起こらないが、ハワイ海嶺の近傍には徐々に水平方向に20km~30 km、鉛直方向に20mほどの慣性周期を持つ水平流速構造が形成されてくる。すなわち、緯度30°付近では、“パラメータ共振”という内部波間の非線形相互干渉により海山の周囲に約24時間で1周するUFO円盤状の流れ(近慣性流シアー)が強まることがわかった(図9)。これはブランコが半周するごとに2回しゃがむことでその揺れ幅を増加させるメカニズムと本質的に同じである。UFO円盤状の流れ(近慣性流シアー)が強くなると、その周辺に活発な乱流が励起されるが、緯度が30°を超えると、慣性周期が24時間を下回るようになってくるので、このUFO円盤状の流れ(近慣性流シアー)は形成されず、乱流は励起されなくなってしまう。

乱流の緯度依存性の実証

 海洋中の乱流の強度分布を正確に把握するためには深海乱流計を用いた直接計測が理想であるが、深海乱流計の製作自体が技術的に非常に難しいため、当初は乱流の存在と強くリンクしているUFO円盤状の流れ(近慣性流シアー)に注目した。そのために使用したのが、水平流速の鉛直微細変動の振幅を短期間で簡便に観測できる投棄式流速計(XCP)という使い捨て型の流速計である。
 具体的には、太平洋・インド洋・大西洋にXCPを約700本投入して水平流速の鉛直微細変動の振幅を計測した。その結果、アリューシャン海嶺の近傍では、水平流速の鉛直微細変動の振幅が小さいのに対し、ハワイ海嶺の近傍では、その振幅が著しく大きくなることがわかった。Gregg (1989)による経験式2を用いて水平流速の鉛直微細変動の振幅から乱流強度を算出し、緯度分布のグラフにすると、アリューシャン海嶺は乱流強度が小さいのに対して、ハワイ海嶺や伊豆・小笠原海嶺(30°N付近)など、緯度が30°より低緯度側の海嶺付近では1 Munkよりも大きな乱流強度をもつことも明らかにされた(図10)。
 待望の我が国初の深海乱流計 TurboMap-D は、XCPを使用した頃から数年後に、アレック電子(株)との共同開発により実用化された。測器本体は重量が73kg、全長3.3mであるが、その先端部に取り付けた乱流センサーで、水平流速のマイクロスケールの鉛直シアーを計測する。測器は0.6 m/sで自由落下し、深さ1,700mでおもりを切り離して海面まで浮上させる。これにより乱流拡散強度を直接観測することが可能となった。
 図11は、これまでに世界の様々な海域で行った観測結果をもとに、中・深層における乱流強度のグローバルマッピングを行ったものである。乱流ホットスポットが、顕著な海嶺・海山が多数存在する大洋の西側、しかも緯度20°〜30°付近に集中して存在していることが明瞭に示されている。これは、数値実験で予測された乱流強度の緯度依存性を改めて実証するとともに、乱流強度の世界初の全球分布図として国際的に注目を集めた。

4. 未だ解明されていない南大洋(南極海)

 深層海洋循環は1,500年〜2,000年スケールの現象であり、それを実際に確かめることは不可能であるため、スーパーコンピュータによるシミュレーションに頼らざるを得ないのが実情である。毎秒2,000万トンと推察される深層水を表層にすべて引き上げるには、深さ1,000m〜2,000mでKv=1㎠/sの乱流強度が必要であるといわれている(ちなみに、深層海洋循環と乱流がリンクすると最初に提唱したムンク博士の名前にちなんで、この1㎠/sを1Munkと呼んでいる)。しかしながら、これまでに明らかにされてきた乱流ホットスポットをすべて足し合わせても、この乱流強度の約半分にしかならない。この乱流強度の不足を補うものとして考えられるのは、深海の凹凸地形上に形成される乱流ホットスポットであるが、深海底の凹凸地形の直上までの乱流を計測することは容易ではないため、その実態は未だ十分に解明されていない。
 もう一つの乱流ホットスポットの場としては南大洋(南極海)が挙げられる。南大洋では、上空の偏西風によって南極周極流が励起されている。この南極周極流は、陸地に遮られることなく南極大陸を取り囲むように流れている(図12)。冒頭で、海流は主に風が駆動力となって引き起こされ、海流が流れる深さは最大でも約1,000mと述べたが、この南極周極流だけは深海底まで及んでいる。ここは潮汐流が弱い海域であるが、深海底まで至る南極周極流が海底の凹凸地形にぶつかることで、強い乱流が生じている可能性がある。今後詳細な観測を行い、その実態を解明していく必要がある。

5. 深海乱流計の開発

 深海底の凹凸地形直上までの乱流を計測する必要性から、現在は、世界に7~8台しかない超深海乱流計 VMP-5500 という測器 (カナダ・Rockland社製) を用いて観測を行っている。事前に内蔵コンピュータに設定した深度に達すると、側面に取り付けたおもりが切り離され浮上していく(図13)。耐圧600気圧のこの測器により、深度約6,000m位までの乱流強度の測定が可能である。


 しかし、この測器といえども、海底寸前のところでおもりを切り離すタイミングがずれ、海底の泥にはまってしまうと、海面まで浮上できなくなってしまう。そうなった場合、潮汐流で揺り動かして泥から引き抜く必要があるが、それには大体1日以上かかってしまう。
 このような背景もあり、海底の泥にはまってしまう危険性を逆手にとって「海底に突き刺すタイプ」の超深海乱流計 VMP-X(カナダ・Rockland社製)も使用している。この測器は、先端に装着したセンサーとおもりの部分を海底に突き刺すことで、表面から海底直上までの乱流強度をすべて測定することができる。計測後は、先端部分を海底に残し、測器だけを浮上させる (図14)。海底直上の乱流もすべて観測できる最先端の測器であるが、海底に残されるセンサーとおもりの部分は高価なので、コスト面が課題となる。
 いずれにしても、様々な地点で多くの乱流観測を繰り返すことは困難なので、深層海洋循環モデルのグループと連携して “深層海洋循環に効くツボ” をある程度把握してから効率よく観測する必要がある。また、1箇所につき1回観測すれば良いというわけでもない。たとえば潮汐流は、太陽と月との位置関係に依存して、大潮-小潮の同期で強弱を繰り返す。大潮と小潮で乱流の強さは変わるので、それぞれの時期に測定する必要がある。さらに、乱流は統計値なので、理想的には同一地点において何度も測定を繰り返すことが必要である。

6. 将来に残された課題

 乱流のメカニズムの研究とともに明らかにされてきた乱流強度の情報は深層海洋循環モデルの中には未だ組み込まれていない(図15)。今後は乱流についての研究成果を深層海洋循環モデルに組み込むことで、ミクロな情報からグローバルな深層海洋循環を解明していきたいと考えている。
 また、上述したように、現在まで明らかにされた乱流強度を全て足し合わせても、毎秒2,000万トンに及ぶ深層水のすべてを表層に引き上げることができないという“Missing Mixing問題”も残されたままである。乱流の強い場所が他にあるのか、乱流以外に深層水を表層にまで引き上げる何らかのメカニズムが存在するのか、深層海洋循環の謎を解くためには、まだまだ解明すべきことが多く残されている。
 これらの研究課題を担ってくれる次世代への教育は非常に重要である。日本海洋学会では、出前授業などを通じて、全国の小・中・高校生に海洋学の最先端の研究成果に触れてもらう機会を積極的に提供している。深層海洋循環の駆動メカニズムという、海洋物理学に残されている最大の謎解きに共に挑戦してくれる若人が増えることを心から期待している。

(本稿は、2019年4月11日に開催した研究会における発題を整理してまとめたものである。)

1 Garrett, C.J.R., and W.H. Munk, 1972 : Geophys. Fluid Dyn., 2, 225-264(注)
2 Gregg, M.C.: Scaling turbulent dissipation in the thermocline. Journal of Geophysical Research, 94: 9686-9698, 1989.