我々はなぜいまだに環境問題を完全に解決できないでいるのか

我々はなぜいまだに環境問題を完全に解決できないでいるのか

2019年8月20日

環境汚染は生命に対する脅威は我々の共通認識

 人類は環境問題への対応に失敗した。繁栄と質の高い生活を得るには環境を犠牲にする他はないという主義主張の奴隷に甘んじたからだ。その考え方は正しくない。従って我々は、「経済は生命に奉仕するもの」という新たな考え方を提示すべきである。
 公害は個人およびコミュニティに対する脅威である。まずもって身近な所では、各個人に対する脅威であり、同時に、社会に対する脅威、つまり社会問題なのである。
 私は今回、米韓を飛行機で往復すると5トンのCO2を排出することを知りながら、訪韓することを選択した。5トンのCO2はフランス人一人当たり年間平均排出量を上回る。私は日頃、私の仕事は気候を保護するために炭素を燃焼することであると言っている。今回韓国まで来る労力を惜しんでビデオメッセージで済ませることもできたが、訪韓しなければ皆さんとお知り合いになる機会も食事を囲んで議論する機会も得られなかった。本会議への参加を決断したことが正しかったかは皆さんの判断に任せたい。1,2
 私個人が排出するCO2量は、別視点から考察すれば軽微なものである。なぜなら全地球的に排出されるCO2量の70%はサウジアラビアなどの産油国および石油会社など90の国家・団体に帰一されるからである。従って、削減を真に検討しなければならないのは、この70%のCO2排出なのである。3
 韓国は今日、以前よりも多くの台風、しかも勢力の強い台風に悩まされるようになった。韓国のみならずアジアの大都市が台風被害に悩まされている。2005年時点で3兆ドルだった被害総額が2070年には35兆ドルに膨れ上がることが予想される。2018年に発生した台風22号(「マンクット」)は観測史上最大級の台風で、フィリピンでは70人の死者を出した。台風21号(「ジェビ」)は日本に上陸した過去最大級の台風で、日本での死者は11人となった。韓国を襲い数名の死者を出した台風25号(「コンレイ」)はカテゴリー5に相当する5番目の台風であった。東アジアおよび東南アジアを襲う台風は12%~15%増加した。カテゴリー4とカテゴリー5の台風は破壊力が通常の台風の1.5倍だが、その発生率が2倍―3倍になった地域もある―になったのである。4, 5
 韓国では降雨がない状況が続くと干ばつに見舞われることになる。2017年はそれまでの15年間で最悪の干ばつ被害に見舞われた。このような干ばつ被害も、今回の私の訪韓もそうだが、人々が化石燃料を燃焼した結果引き起こされたものなのである。
 それに対して「でも仕方がないことだ」という反論もあるだろう。それは一面の真理を言っているが、真実ではない。CO2排出量を削減する方法および大気を浄化する方法は無数にあるからである。例えば、私が経営する牧場は100%太陽光で賄っており、マイカーは電気自動車の「日産リーフ」だ。皆さんもそのような生活様式に転換できるはずだ。韓国にも起亜自動車の「ニロEV」といった素晴らしい自動車があるし、CT&Tの超小型電気自動車「e-Zone」はリリース直後から人気を博し、韓国国内のシェア35%を独占している。
 米国では、コロラド州のように、大気清浄化のために州知事が州知事令で電気自動車の利用を義務付けている州もある。韓国は世界で最も大気汚染のひどい国の一つで、大気汚染で実際に死者も出ている。大気汚染により国として毎年90億ドルのコスト負担を強いられるため、国の経済はその分競争力を失っているのが現状である。6
 その原因はどこにあるのか。多くの韓国人は「中国が原因だ」だと言うが、それは真実ではない。NASAの研究によれば、韓国に被害をもたらしている「細塵」(PM 2.5)のうち中国から飛来するのはわずか30%に過ぎない。残り70%の発生源は、韓国国内で石炭を燃焼させる火力発電所およびガソリン車である。7
 人類にとって欠くことのできない健康、経済、安全、地球の将来のどれもが「どのような未来に住みたいか」という新たな命題を我々に問いかけているのである。

 

新自由主義の先には大混乱が待ち受ける

 世界中で被害が報告される災害は決して偶然起きたものではない。マンデラ元大統領は、「奴隷制やアパルトヘイトは自然の産物ではない。貧困もしかりである」と言った。貧困は人為的なものであり、何らかの行動を起こすことで撲滅することができる。8
 公害も自然の産物ではない。マンデラ元大統領が言うように、公害も人為的なものだとすれば、解決する方法はあるはずである。
 現在人類が直面する環境問題は、天然資源を枯渇させてしまう産業経済に原因がある。産業経済では、より多くのお金とモノを生み出すことを目的として、人的資源および天然資源を枯渇させてしまう。
 新自由主義は、1944年に発行されたハイエクの『隷従への道』をバックボーンに1947年のモンペルラン協会の創設に端を発する。この創設大会にはハイエク、フリードマン、ポパー等 36人が参加したが、ファシズムや共産主義という悪から個人の創造性を守ることを目的とした。新自由主義によれば、人は欲深い生き物だがそれでも構わない、なぜなら、完全な自由市場では、各個人の意向が異なってもより大きな善に吸収されてしまうからである。9
 しかし、その考え方は誤りであり、今までうまくいった試しがない。その考え方では地球は疲弊し、人類は崖下に突き落とされることになる。
 新自由主義にとって重要なのは、完全な自由市場で個人の自由が保障されることである。成功者か否かを測る唯一の物差しがお金であり、また富を得ることは神からの祝福の証しでもある。新自由主義にとっては可能な限り小さな政府が望ましいし、私有財産および市場への出入りの自由は保護されなければならない。
 上記の内容は、ビジネス界、学術界、政界に身をおくならば、ほぼ例外なくその思考方式が刷り込まれている。新自由主義は世界中のグローバル経済政策を取り仕切っていると言っていい。10

 

新たな考え方:ナチュラル・キャピタリズムの原則11

 人類のより良い未来の構築を成そうとする世界の諸機関には、地球の健全性を維持し、人々が繁栄を分かち合う喜びを味わえるようにする責務がある。12
 再生可能な経済への道は、ナチュラル・キャピタリズムの3つの原理を実行することにある。第1の原理は資源生産性の根本的改善である。このことは収益性につながるが、もっと重要なことは、気候変動危機を回避してそれまでそれに充てられていた時間を取り戻すことができることである。生み出された時間は、循環経済やバイオミミクリ(生物模倣)のようなアプローチで全ての製品やサービスの製造・販売の見直しに充てることができる。経済とエネルギーで言えば、廃棄物を出さないサービスとフローの経済や再生可能エネルギーの利用ということになる。真に持続可能なシステムは、あらゆる種類の資源、とりわけ人的資源や自然資源を再生させるものでなければならない。13, 14, 15, 16
 結局、このような考え方は2つの新たな概念にまとめられる。脱炭素化経済と再生可能な農業への転換である。
 2018年11月文在寅大統領は、太陽光発電と風力発電を合わせた総額88億ドルの「世界最大級のソーラーパーク」建設を発表した。これは、韓国におけるエネルギー需要の再生可能エネルギー(再生可能資源)が占める割合を、2017年時点で9.7%であったものを、2030年には34%に引き上げようという計画である。ちなみに天然ガスは2030年には19%を占めることになる。原子力と石炭を合わせたシェアは現在51%だが、2030年には全体の3分の1にまで減少する。17
 出発点としては良い取組であるが、それだけでは十分ではない。なぜなら経済的事情はもっと急速な変化を求めているからである。スタンフォード大学のトニー・セバ教授は、経済的理由から世界全体のエネルギー供給は2030年までにすべて再生可能エネルギーに転換されることは間違いないと述べる。
 100%再生可能エネルギーへの転換は可能なのか。2009年、スタンフォード大学のマーク・ジェイコブソン氏は世界中のエネルギー供給は2030年までにすべて再生可能エネルギーに転換しうると述べている。ジェイコブソン氏はその方法論としてソリューション・プロジェクトを発表している。近年、クリスチャン・ブレイヤー氏らは、太陽光発電のみで全世界のエネルギー供給を賄えるとその方法論を発表した。18, 19, 20
 セバ教授は、以下4つのディスラプティブ技術(従来の技術を根底から覆すほど革新的な技術)とビジネスモデルを融合させれば100%再生可能エネルギーで賄うことは可能であるとする。4つのディスラプティブ技術とは、太陽光エネルギーのコスト削減、貯蔵(バッテリー)のコスト削減、電気自動車、自動運転車の4つである。従来のガソリン車やディ―ゼル車をTaaS (Transit as a Service) Designとして知られる再生可能エネルギーを動力源とした電気自動車に替えればコストは10分の1となる。21
 コロラド州のエクセル・エナジー社(Xcel Energy Inc.)は発電を石炭に頼る電力会社であるが、2017年終わりに新たな電気供給の事業を開始して申込者を募った。風力および太陽光で発電してバッテリー貯蔵した総量57ギガワットの電力を1キロワット時あたり3セントで販売するものである。再生可能エネルギーによる発電とバッテリー貯蔵を合わせれば、石炭を使用した火力発電と同様、電力供給の安定性は確保され、24時間安定的に電力を供給できる。しかも公害を出さない。天然ガスを使用した火力発電の最安値は1キロワット時あたり4セントであった。サウジアラビアにある再生可能エネルギー会社は2017年10月に太陽光発電で1キロワット時あたり1.7セントという世界最安値を発表したことがある。韓国を含む世界中の国家が目指すのは2030年までに100%再生可能エネルギーに転換することである。22, 23
 中国は太陽光エネルギーの2020年ゴールをすでに達成している。中国の太陽光エネルギー供給は毎年45ギガワット増加している(45ギガワットはドイツ1国の太陽光総エネルギーを上回る)。カリフォルニア州は電力の再生可能エネルギー比率をこれまで野心的といわれた「2020年までに33%」とする目標を2018年9月、「2030年までに60%」とする目標に強化した。さらに、2045年までにCO2ゼロエミッションを達成するとする。韓国の複数の自動車メーカーは付加価値の12%に責任をもつが、EV販売競争で日本、ドイツ、米国、中国のメーカーと死闘を繰り広げている。この流れは韓国にとって良い結果をもたらすかもしれない。なぜならEVに使用されるLG化学製造のバッテリーが将来の韓国経済の柱になりつつあるからである。24, 25, 26
 上記のことが正しければ、すべてに通じる重大な意味をもつことになる。この転換期にうまく転換できなければ、石油、天然ガス、石炭、ウラン、原子力、公益事業、自動車産業、融資銀行、投資ファンド・保険会社などは倒産に追い込まれてしまう。過去10年間で経験したことのないほどの大規模な経済破綻を意味する。石油を例に挙げよう。キャピタルインスティチュートのジョン・フラートンはこう予言する。世界の有力企業のバランスシートや国家のソブリンウェルスファンドに記載されている化石燃料に関して、少なくとも20兆ドルが帳簿上無価値になると。フラートンによれば、2008年のリーマンショックはわずか2.7兆ドルの担保資産の暴落を引き起こしたに過ぎない。それに比べて20兆ドルがいかに大きな額かと警告する。トニー・セバの予言が正しければ、前代未聞の経済的崩壊を見ることになる。好むと好まざるとに関わらず、全く新しい経済が登場しようとしているのだ。27
 収益性を上げつつ気候変動問題を解決する2つの方法のうちのもう1つは、再生可能な農業への転換である。再生可能な農業へ転換すれば、身体に良い食料が豊富に農村に確保される。エネルギー・化学肥料を大量消費する産業としての集約農業は、土壌炭素量を減少させ、韓国をはじめ世界中で公害を引き起こした。窒素肥料の過剰使用は土壌窒素量を減少させ、窒素酸化物その他の温室効果ガスを排出してしまう。家畜に与える飼料の給餌内容が適切でないと、家畜はゲップによって莫大な量のメタンガスを排出してしまう。メタンガスは二酸化炭素以上に温室効果の高い温室効果ガスである。このような問題のある農業は温室効果ガス全体の約4分の1を排出し、気候変動の原因となっている。すなわち農村経済にとっても人の健康にとっても阻害要因となっているのである。
 近年、ロバート・ロデールが再生可能な農業と呼んだものに関心が集まりつつある。ロデールによれば、再生可能な農業のシステムは、リソースを枯渇させたり破壊させたりする従来のものとは異なり、逆にリソースの質を高め豊かにしてくれる。また再生可能な農業のシステムは総合的なアプローチをとるので、イノベーションは強化され、環境的、社会的、経済的、精神的側面の幸福をもたらしてくれる。28
 再生可能な農業は、人間の力ではなく自然の叡智と健全な土壌の利用により二酸化炭素を固定する。再生可能な農業のアプローチは、アラン・サボリーが何十年にもわたり提唱してきたものでもある。アラン・サボリーが設立したサボリー研究所は、農業に活用したホリスティック・マネジメントとホリスティック・デシジョン・メイキングを主導して気候変動問題を解決に導こうとする。この方式を採用すれば、砂漠は草の繁茂した農地に変わり、生物多様性は回復し、川や水路といった水源が甦り、貧困や飢餓は克服できる。また全地球的な気候変動問題を解決することができる。29, 30
 炭素は自然の中では一番の害悪などではない。炭素は生命の基礎をなすものである。草食動物の群れは森林に次いで第2番目の二酸化炭素固定量である草原と共に進化したが、サボリーのアプローチはその進化のプロセスを真似たものである。つまり、草食動物は外敵から身を守るために群れを成して生活する。群れは共に移動し、一定地域のすべての草を食する。土地は踏みつけられることで耕され肥沃となり、種はひづめにより地中に入る。群れは一旦その土地を離れ、草が再び繁茂するまで戻らない。
 動物と自然のこのような相互作用が土壌微生物の棲む健全な土壌を形成する。土壌微生物は土壌炭素量を増加させ、自然な窒素サイクルを回復する。サボリーは、化石燃料の使用をやめてゼロエミッションを達成しても、気候変動による大災害は避けられないと主張する。草原やサバンナの火事は今後も継続し、砂漠化はますます加速するであろう。土壌は二酸化炭素を固定することも水分を蓄えることもできなくなるであろう。大災害を避けるには、二酸化炭素の排出削減に全世界的に取り組み、化石燃料から無害で安全なエネルギー源に替える必要がある。また効果的な家畜管理を行って大気中の余剰二酸化炭素を土壌に戻す必要がある。生物多様性の破壊やバイオマス火災を減少させ、大気中の二酸化炭素濃度の上昇を原因としない大地の砂漠化を止める唯一の方法は、収益性のあるホリスティック・マネジメントである。2010年バックミンスター・フラー・チャレンジ賞に輝いたのは、サボリーの長年の取り組み、つまりジンバブエのホリスティック・マネジメントアフリカセンターおよびサボリー研究所であった。気候変動に対する全システムソリューションの展開および持続可能な開発が評価された。31, 32, 33
 ミート・ギャベ・ブラウンは、トウモロコシや大豆を生産する農家だが、収穫量が減少したため、コスト削減のためにノースダコタ州ビスマーク近くにある2,000エーカーの農地を再生可能な農業に転換した。再生可能な農業への転換を決断した1993年当時、土壌は貧弱で、穀物を生産するには肥料、殺虫剤、除草剤が必要な状態であった。2年後の1995年にブラウンは土地を耕すのを止めた。1997年に多種被覆作物を加えた。2006年には、サボリー型放牧、つまり、牛、羊、食肉用鶏、ミツバチ、トウモロコシ、大豆を同時に導入して飼育・栽培するようになった。化学肥料や化石燃料を使用しないことによってコストが下がり、収益は増加した。2014年、トウモロコシ1ブッシェル当たり1.35ドルのコストをかけ3.5ドル以上の価格で販売した。しかし、草のみを飼料として牛肉や子羊を肥育しているため、草の需要に供給が追いつかず、農場の状態を維持することで手一杯であった。ブラウン農場が二酸化炭素をはじめとした栄養を循環させ水分を保つ能力は、動物の飼育を介さずに行なう近隣の有機農業農場の能力を上回る。化学肥料の使用量を調節する2形態の無耕農業の能力をも超えている。ブラウン農場から採取した土壌サンプルを近隣農場のものと比較したが、動物を飼育することで窒素、リン、カリウムの濃度が高くなっていることが分かった。34, 35, 36
 水抽出有機態炭素(WEOC)が高い数値を出したことが最も注目に値する。農場を購入した1993年当時、土壌有機物(炭素)はわずか1.3%であった。しかし2013年には土壌有機物を11%以上に引き上げることができた。
 ブラウンは収益を上げつつ自らの農場の土壌を再炭素化しながら、気候変動を解決しようとしている。ブラウンによれば、土壌が健全ならば、水も空気もきれいになり、植物も動物も健康になり、ひいてはヒトも健康になる。こうして健全なエコシステムをもつようになる。このシステムには基本的に環境問題はない。

 このシステムの導入によって得られることは土壌の改善にとどまらない。ウィル・ハリスはサウスジョージア州にある「ホワイト・オーク・パスチャーズ」という家族経営農場を5種の家禽、5種の食肉家畜(草のみで飼育)、採卵鶏、野菜を栽培する再生可能な農業へ転換することに成功した。成果物はネットで販売したり、高級レストランや米国東部の「ホールフーズマーケット(Whole Foods Market)」に卸したりする。ハリス氏は一度衰退したブラフトンの町の町民を137人雇用している。ハリス氏の隣の農家は、同じ面積の農場を所有するのに4人しか雇用していない。ホワイト・オーク・パスチャーズはアグリツーリズム、レストラン経営、総合スーパーを経営するため多くの人材が必要なのである。ホワイト・オーク・パスチャーズは他の農場経営者のためのデモンストレーションやトレーニングの場所でもある。37, 38
 適切に管理された牧草地ではどのくらいの二酸化炭素を固定できるか、またその速度はどのくらいか。カリフォルニア州は、酪農および牛肉事業から取れた堆肥を植物性の廃棄物と混合して実験を行なっている。元々植物性廃棄物は廃棄されるもので、廃棄すればコストがかかり、腐ってメタンガスを排出する。実験では堆肥と植物性廃棄物を混合した肥料を農場全体に散布する。毎年カリフォルニア大学バークリー校の研究者たちが土壌サンプルを深さ1mから抽出し、土壌中の二酸化炭素量を測定している。堆肥と植物性廃棄物を混合した肥料を放牧地へ1回散布したら草は通常の2倍成長し、二酸化炭素固定量は70%増加した。二酸化炭素固定量はこのように毎年増加しているのである。有機肥料を使用した場合に排出される土地面積あたり二酸化炭素相当18トン以上の温室効果ガスを30年以上固定することが可能である。39, 40
 ニューメキシコ州立大学持続型農業研究所所長のデビッド・ジョンソン博士も、同様のアプローチを開発した。博士の研究によれば、「植物と土壌微生物の相互作用を促進すれば、農地・牧草地における土壌中二酸化炭素の回収と貯留の効率が上がる。しかもこの相互作用は、土壌微生物の炭素使用効率を上昇させ、土壌中二酸化炭素の消費率を減少させる。このバイオテクノロジーを農業生態系に導入すれば、牧草地において年ヘクタールあたり平均11トン以上の二酸化炭素を回収および貯留することが可能となる。移行農地においては、年ヘクタールあたり36.7トン以上の二酸化炭素を回収および貯留することが可能である。いずれも、米国環境保護局(EPA)が推薦する「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage(CCUS)」技術の10分の1以下のコストで可能である。41, 42, 43
 世界の永年放牧地および飼料農場の面積を合計すると約34億ヘクタールになる。Soil4ClimateのSeth Itzkanによれば、ホリスティック・マネジメントを世界の放牧地で実践すれば年間10.2ギガトンの二酸化炭素が回収できる。そのようにして今後30年以上をかけて大気中の二酸化炭素濃度を産業革命以前の280ppmに戻すことが可能である。44
 再生可能な農業と二酸化炭素の排出削減と収益性を考慮した良質なエネルギー政策を組み合わせれば、収益性を上げつつ気候変動問題を解決できるのは明らかである。
 その一つの方法がチョ・ハンギュ氏が韓国と日本の技術を合わせ開発してできた「韓国自然農業」である。「韓国自然農業」は、伝統的な韓国農法とキムチなどの食材で使用される発酵法を組み合わせてIndigenous Micro Organisms (IMOs)を創造した。バクテリア、菌類、原生動物、その他有機体コロニーは穀物および家畜の生産性を高め、養豚における悪臭を絶ち、外部的投入および化石燃料への依存を減少させて農場の収益を上げてくれる。45
 このアプローチを用いれば、韓国の工業化に伴い深刻化した水質汚染の問題を長期的な計画で解決することになるであろう。1988年のオリンピック開催以降、水質は改善されてきたが、ポートランド州立大学の研究によれば、首都ソウルおよび近郊の都市部では水質汚染の水準が今なお受容可能なレベルを超えているとし、水質汚染を改善するには、河川沿いに森林や畑を増設することが奨励されるが、より厳格な規制、より高度な管理体制を整備し、森林や畑に自然緩衝機能を発揮させる必要性を指摘している。そのために再生可能な農業は効果的であろう。46

 

より良い未来の創造

 現在の経済は金融資本を最大化しようとするものであるが、この経済を押し進めれば生命維持システムを破壊してしまう。お金やモノは有用だが、より多くのお金やモノを得るために人的資本と自然資本を犠牲にするというのは愚かなことである。
 現在の経済は劣悪な資本主義と言わざるを得ない。手付かずの動植物群落と生態系の方が資本としてはより価値がある。なぜなら、手付かずの動植物群落と生態系が無ければ社会の安定も生命も経済も存立しえないからである。我々はウェルビーイングエコノミーと呼ばれる経済を創出する必要がある。ウェルビーイングエコノミーは健全な地球上の繁栄を人々が分かち合うことを可能とする。偉大な科学者で『成長の限界』の著者でもあるダナ・メドウズは地球崩壊は回避できると一貫して主張してきた。以下はダナ・メドウズの見解である。47

「人々が必要なのは巨大なアメ車ではなく、周囲から尊敬されることである。タンスいっぱいの洋服は必要ない。必要なのは自分自身に魅力があること、感動・バラエティー・美である。人々が必要なのはアイデンティティ・コミュニティ・チャレンジ・アクナレッジメント・愛・喜びである。これらを物質で満たそうとするのは、現実問題に対して決して解決できない誤った解決策で解決しようと躍起になるようなものである。そのような行動の結果として生じる心理的空虚さは、物質的繁栄に対する欲望の背後にある大きな力をもつ存在の一つなのである。非物質的存在の必要性を受け入れ、それを明確に示し、さらにそれを満足させる非物質的方法を見出した社会はより少ない物質と生産量で足り、それでいてより高いレベルの満足を人々に与えてくれる」48

 ドナ・メドウズは人間のもつ潜在性を信じ、楽観的なストーリーを語ることができる能力を信じた。すなわちドナ・メドウズは持続可能な世界は可能であると信じたのである。
 昨年秋、OECDは「第6回ワールドフォーラムオンスタティスティックス・ナレッジアンドポリシー:韓国におけるウェルビーイングの未来」を開催した。このワールドフォーラムはGDPを基に成り立っている国家システムをウェルビーイングを基に転換することがテーマであった。韓国がこのアプローチを実行すれば世界のリーダーになるであろう。
 2007年、ドイツの国会議員、ハンス・ジョセフ・フェルは北朝鮮と韓国に対し、原子力と化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を軸とした和平案を提案した。提案当時は却下されたものの、文在寅大統領はこの和平案の復活を模索する。フェルは、「再生可能エネルギーは最も費用対効果のあるエネルギーである。再生可能エネルギー技術、電池貯蔵、e-mobilityにおいて韓国がマーケットリーダーとしての位置を確立すれば、北朝鮮に雇用を創出する支援ができるであろう。100%再生可能エネルギーへの転換は、韓半島をして核のない持続可能でグリーン・エコノミーのグローバルリーダーに押し上げてくれるだろう」と述べている。49
 韓国および世界は以下の二者択一を迫られている。すなわち、人類を危機的状況に追い詰めた新自由主義の神話に固執するのか、それとも100%人類のために機能する世界を創ろうというバックミンスター・フラーのビジョンを取り入れ新たな道を選択するかである。皆でより良い未来を創ろうではないか。50

(本稿は、2019年2月12日~14日に韓国ソウルで開催された25th International Conference on the Unity of the Sciencesの基調講演を翻訳したものである。)

 

1.Flight Carbon Footprint Calculator, https://calculator.carbonfootprint.com/calculator.aspx?tab=3

2.It is one-third the annual emissions of a South Korean citizen. Koreans in the north emit only 1.6 tons per capita, per the World Bank CO2 emissions (metric tons per capita) https://data.worldbank.org/indicator/EN.ATM.CO2E.PC?view=map

3.Heede, R. Tracing anthropogenic carbon dioxide and methane emissions to fossil fuel and cement producers, 1854–2010. Climatic Change, January 2014, Volume 122, Issue 1–2, 229–241, https://link.springer.com/article/10.1007/s10584-013-0986-y

4.Losses would be to housing and buildings to the transportation system and public utilities. Poon, L. Climate change is testing Asia’s megacities. Citylab. Oct. 9, 2018, https://www.citylab.com/environment/2018/10/asian-megacities-vs-tomorrows-typhoons/572062/

5.Mei, W. Intensification of landfalling typhoons over the northwest Pacific since the late 1970s. Sept. 5, 2016, Nature Geoscience, https://www.nature.com/articles/ngeo2792

6.Harris, B. South Korea joins ranks of world’s most polluted countries. Financial Times. Mar. 29, 2017, https://www.ft.com/content/b49a9878-141b-11e7-80f4-13e067d5072c

7.https://www.youtube.com/watch?v=oovykql-f3o

8.Speech at Trafalgar Square, https://www.youtube.com/watch?v=tevKVIcHscw

9.Raworth, K. “Seven ways to think like a 21st-century economist – Tell a new story,” https://www.kateraworth.com/animations/

10.Monbiot, G. “Neoliberalism – the ideology at the root of all our problems,” The Guardian. Apr. 15, 2016, https://www.theguardian.com/books/2016/apr/15/neoliberalism-ideology-problem-george-monbiot

11.Lovins, H. Natural Capitalism Solutions, About Us, https://natcapsolutions.org/

12.Natural Capitalism Solutions, www.natcapsolutions.org/finerfuture

13.Towards a Circular Economy, http://www.ellenmacarthurfoundation.org/about/circular-economy/towards-the-circular-economy

14.Wijkman, A. Circular economy could bring 70 percent cut in carbon emissions by 2030. The Guardian. Apr. 15, 2017, https://www.theguardian.com/sustainable-business/2015/apr/15/circular-economy-jobs-climate-carbon-emissions-eu-taxation

15.Lovins, H. The triumph of solar in the energy race, Unreasonable, July 2015, http://unreasonable.is/triumph-of-the-sun/ Gilding, P. “Fossil fuels are finished – The rest Is just detail,” REneweconomy, July 23, 2015, http://reneweconomy.com.au/2015/fossil-fuels-are-finished-the-rest-is-just-detail-71574, Leggett, J. http://www.jeremyleggett.net/; see also http://blueandgreentomorrow.com/features/jeremy-leggett-high-chance-of-a-tipping-point-in-retreat-from-fossil-fuels-soon/

16.Brito L., S.Stafford. State of the Planet Declaration. Planet Under Pressure, March 26–29, 2012, http://www.planetunderpressure2012.net/pdf/state_of_planet_declaration.pdf

17.Marion, W. Korea to build world’s largest solar park, PV Magazine.  Nov.1, 2018, https://www.pv-magazine.com/2018/11/01/korea-to-build-worlds-largest-solar-park/

18.Jacobson, M. A plan to power 100 percent of the planet with renewables, Scientific American. Nov, 16, 2009, http://www.scientificamerican.com/article/a-path-to-sustainable-energy-by-2030/

19.The Solutions Project, http://thesolutionsproject.org/infographic/

20.Ram Manish, et al., “Global Energy System based on 100% Renewable Energy – Power Sector,” Research Gate, Technical Report, November 2017, https://www.researchgate.net/publication/320934766_Global_Energy_System_based_on_100_Renewable_Energy_-_Power_Sector

21.Seba, Tony, “Tony Seba: Rethinking the Future: Clean Disruption of Energy and Transportation,” You Tube, https://www.youtube.com/watch?v=duWFnukFJhQ

22.https://www.greentechmedia.com/articles/read/record-low-solar-plus-storage-price-in-xcel-solicitation

23.Dipaola, A. Saudi Arabia gets cheapest bids for solar power in auction. Bloomberg, Oct. 3, 2017, https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-10-03/saudi-arabia-gets-cheapest-ever-bids-for-solar-power-in-auction

24.Morgan, S. China eclipses Europe as 2020 solar power target is smashed. EURACTIV, Aug. 30, 2017, https://www.euractiv.com/section/energy/news/china-eclipses-europe-as-2020-solar-power-target-is-smashed/

25.Roselund, C. California’s big utilities to reach 50% renewable energy in 2020. Nov. 14, 2017, https://pv-magazine-usa.com/2017/11/14/californias-big-utilities-to-reach-50-renewable-energy-in-2020/

26.Kim, Y. Korea’s struggling auto industry.  Oct.8, 2018, http://koreajoongangdaily.joins.com/news/article/article.aspx?aid=3053987

27.Fullerton, J. The big choice, the future of finance. Capital Institute, July 19, 2011, http://capitalinstitute.org/blog/big-choice-0/

28.Rodale, R. Why regenerative agriculture? Regeneration International. http://regenerationinternational.org/why-regenerative-agriculture/

29.The Savory Institute. https://www.savory.global/institute/

30.An Introduction to Savory Hubs, You Tube, Nov. 13, 2012. https://www.youtube.com/watch?v=SKWeqkq6tP4

31.Savory, A, How to fight desertification and reverse climate change. TED, February 2013.  https://www.ted.com/talks/allan_savory_how_to_green_the_world_s_deserts_and_reverse_climate_change

32.Savory, A. Reversing global warming while meeting human needs. You Tube, Mar. 13, 2013. https://www.youtube.com/watch?v=uEAFTsFH_x4

33.Savory A. A global strategy for addressing climate change. https://www.savory.global/wp-content/uploads/2017/02/climate-change.pdf

34.Brown, G. Keys to building a healthy soil. YouTube. Dec. 8, 2014. https://www.youtube.com/watch?v=9yPjoh9YJMk

35.Brown G. Can we really regenerate our soils? Graze Magazine, Jan. 1, 2017. http://www.grazeonline.com/canweregeneratesoils

36.Brown, G. Keys to building a healthy soil. YouTube.  Dec. 8, 2014. https://www.youtube.com/watch?v=9yPjoh9YJMk

37.White Oak Pastures. http://www.whiteoakpastures.com/

38.Personal communication, Will Harris to Hunter Lovins. White Oak Pastures. Apr. 9, 2017.

39.“Can Land Management Enhance Soil Carbon Sequestration?” Marin Carbon Project,

40.http://www.marincarbonproject.org/science/land-management-carbon-sequestration

41.The Marin Carbon Project. http://www.carboncycle.org/marin-carbon-project/

42.Johnson, D. Atmospheric CO2 reduction: a practical solution! Institute for Sustainable Agriculture Research, New Mexico State University. https://newscenter.nmsu.edu/Articles/view/10461/nmsu-researcher-s-carbon-sequestration-work-highlighted-in-the-soil-will-save-us, See also: Johnson, D. Carbon sequestration: a practical approach. http://web.nmsu.edu/~johnsoda/Carbon%20Sequestration%20with%20IP%20Agriculture.pdf

43.Teague, W.R., S. Apfelbaum, R. Lal, U.P. Kreuter, J. Rowntree, C.A. Davies, R. Conser, M. Rasmussen, J. Hatfield, T. Wang, F. Wang, and P. Byck. The role of ruminants in reducing agriculture’s carbon footprint in North America. Journal of Soil and Water Conservation, doi:10.2489/jswc.71.2.156, March/April 2016―Vol. 71, No. 2. http://www.jswconline.org/content/71/2/156.full.pdf+html

44.Johnson, D. Development of soil microbial communities for promoting sustainability in agriculture and a global carbon fix. Peer J Preprints, 2015. https://peerj.com/preprints/789/

45.Personal communications, Seth Itzkan with Hunter Lovins. June 1, 2018.

46.https://natural-farming.weebly.com/

47.South Korea’s polluted river basin. Science Daily.  July 12, 2018. https://www.sciencedaily.com/releases/2018/07/180712100519.htm

48.Meadows, D. Envisioning a sustainable world. Donella Meadows Archives, Oct.24-28, 1994. http://donellameadows.org/archives/envisioning-a-sustainable-world/

49.Meadows, D. Beyond the limits: executive summary. 1992. http://natcapsolutions.org/natcaptest2/beyond-the-limits-executive-summary/

50.Fell, H. Renewable energy is a cornerstone for peace In Korea. Clean Technica.  Dec. 20, 2018. https://cleantechnica.com/2018/12/20/renewable-energy-is-a-cornerstone-for-peace-in-korea/

51.Fuller, B. About Fuller, https://www.bfi.org/about-fuller/big-ideas/world-game

政策オピニオン
L・ハンター・ロビンス Natural Capitalism Solutions代表
著者プロフィール
1950年米国生まれ。アメリカの環境保護主義者、作家、持続可能な開発の提唱者。Rocky Mountain Instituteの共同創設者であり、非営利組織のNatural Capitalism Solutions創設者・代表でもある。著作としては、『自然資本の経済―「成長の限界」を突破する新産業革命』、『ファクター4―豊かさを2倍に、資源消費を半分に』ともに共著などがある。

関連記事

  • 2019年9月24日 グローバルイシュー・平和構築

    公海の生物多様性と海洋遺伝資源をめぐる国連での議論

  • 2018年10月1日 グローバルイシュー・平和構築

    地球環境における海の役割 ―海の砂漠化と海洋生態系の未来―

  • 2018年7月4日 グローバルイシュー・平和構築

    国連海洋会議から生まれた海洋行動コミュニティに注目

  • 2020年10月6日 グローバルイシュー・平和構築

    再生可能エネルギーの可能性と課題 ―洋上風力発電による地方創生―

  • 2019年11月27日 グローバルイシュー・平和構築

    物質循環と気候変動による人間社会への影響 ―環境・資源と将来の地球―

  • 2020年2月26日 グローバルイシュー・平和構築

    日本の水産資源・漁業の未来 ―国際的議論と国内の課題―