政策オピニオン

2019年8月8日

米中新冷戦時代におけるトランプ外交と米国議会の動向

早稲田大学社会科学総合学術院教授 中林美恵子
ワシントン州立大学大学院政治学部修士課程修了、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了。博士。1993年から約10年間、米国連邦議会上院予算委員会補佐官(共和党)を勤める。その後、独立行政法人経済産業研究所研究員、跡見学園女子大学准教授、衆議院議員(一期)、早稲田大学准教授を経て、2017年より現職。この間、米国ジョンズ・ホプキンス大学客員スカラー、中国人民大学招聘教授、学識経験者として財務省・文科省・経産省の委員など公職も歴任。日米政治・経済の緻密な実務者ネットワークをもち、現在も共和党系の行政府関係者や上院の議会関係者らとの親交が深い。主な著書に、『トランプ大統領とアメリカ議会』、『トランプ大統領はどんな人?』、『グローバル人材になれる女性のシンプルな習慣』など。

はじめに

 米国の関税発動により本格化した米中貿易戦争は、現時点で落とし所が見当たらない。米中新冷戦時代とも言われるようになり、国際社会は大きな転換期を迎えている。一方で、米国内の分断も極めて深刻である。トランプが持ち込んだ衝撃はもちろん大きいが、それだけが原因というわけではない。ここでは、ワシントンからみた中国、議会からみたトランプ外交、さらに米国内の分断の現状について述べる。

1.中国への強硬姿勢

(1)90年代からの根深い警戒心

 中国に対する米国の警戒心は、ここ数年に限ったものではない。「共産党一党独裁の中国に対して、貿易などで恩恵を与えてもいいのか」という疑問を、ワシントンは1990年代から抱いていた。中国が自由民主主義路線を取らないことはこの数年間の中国の動向が実証している。中国政府が顔認証システムなどを使って、言論の自由を完全に奪っているのは顕著な例である。数々の証拠から、「中国の(経済発展を促す)関与政策を続ける理由がなくなった」とワシントンが確信したことで、顕著な強硬路線へ転じたといえる。

(2)2019会計年度国防権限法が意味すること

法律という政策的な安定性
 国防権限法の作成は、議会の軍事委員会が担当する。委員長主導のもとで作成し、本会議へ提出。上院と下院で意見が食い違えば、それぞれで審議を重ねる。出身州などにより利害が全く違う議員たちが協議をするので、法案をまとめるには相当な苦労を要する。委員会でも本会議でも修正案をつける。
 最終的な立法化に至るまでに、上院でも下院でもコンセンサスを取らなければならない。その結果として出てきたものなので、法律には政策的な安定性がある。大統領令などは、大統領が変われば容易に変更できる。しかし法律となれば、政権が変わってもその政策をひっくり返すことは容易ではない。

徹底して中国を標的
 2019会計年度国防権限法は安全保障に関わる法律として作られた。主な内容は「海外企業による米企業の買収や合併などを審査する機関の権限強化」「米政府機関は2019年8月から中国通信大手ZTEやファーウェイなど5社のサービスや機器を使用禁止。2020年8月からは5社製品を使う企業との取引も打ち切り」「2年に一度の環太平洋合同演習(RIMPAC)への中国の参加禁止」「中国語教室『孔子学院』(米国大学などに110設置)が、米国の教育機関に資金提供をすることに制限」など。
 RIMPACへの中国の参加禁止には禁止措置の解除についても記載しており、「中国が南シナ海諸島でのすべての埋立地を放棄し、開発を停止し、兵器システムを除去することを条件」としている。孔子学院は日本の大学にもあるが、米国では大幅に規制することになった。これも国防予算の権限法に書き込まれた。

党派を超えた合意
 2019会計年度国防権限法について驚くべきは、議会での投票結果である。下院では賛成359、反対54。上院では賛成87、反対10。党派を超えて、圧倒的賛成で通っている。「孔子学院は文化の問題であるため、国防権限法に盛り込むのはふさわしくない」という声さえほとんどなかった。仮にトランプ大統領が拒否権を発動しても、乗り越えるだけの票数である。
 米国内の分断が深刻であるにもかかわらず、党派を超えてここまで一丸となれるテーマがあるのは驚きである。議会は2019会計年度国防権限法によって、中国への強硬姿勢を先鋭化させた。

(3)選挙戦略も踏まえたトランプ大統領の対中強硬

 ワシントンポスト紙の世論調査(2018年6月末)では、「米国は貿易相手国に搾取されているか?」という質問に、有権者の56%が「搾取されている」と答えた。極端に聞こえるかもしれないが、これも米国の一つの民意である。米国の貿易赤字総額の約半分は中国からの輸入であるため、トランプ大統領が中国との貿易摩擦を取り上げて強硬姿勢をアピールするのは選挙戦略の一つでもある。
 2019年3月にファーウェイは「2019会計年度米国防権限法は米国憲法違反」として訴訟した。中国ではなく米国で訴訟を起こした意図はわからないが、それだけ危機感を抱いているのだと考えられる。
 一方、トランプ政権は同年5月15日に、米国企業によるファーウェイ製品の調達を事実上禁じる大統領令に署名した。翌日には米商務省も、ファーウェイに対する事実上の輸出禁止措置を発効させた。国防権限法が施行される前の行政府の素早い行動は、国内外に大きなインパクトを与えた。


2.大統領権限を乱用するトランプと議会の反応

(1)トランプ流の貿易交渉

 米国議会は通商問題に関して、大統領に例外的な権限を与えている。主なものが通商拡大法232条と通商法301条、201条などである。トランプ外交の最大の特徴は、これら権限を使った「関税発動」である。
 通商拡大法232条は冷戦期に、議会がケネディ大統領に与えた権限であったが、トランプ大統領は232条を根拠として、2018年3月に鉄鋼アルミへの関税賦課(鉄鋼は25%、アルミは10%)を発表した。理由は「安全保障が脅かされるから」だったが、中国だけでなく日本・韓国や欧州、カナダ・メキシコなども対象とされた。日本に対しては現在も高関税が適用されており、トランプは日本をTAG交渉へ引きずり出すことに成功している。
 232条を見つけたトランプ大統領は、目を丸くして幼子のように喜んだという。232条を根拠としたトランプ大統領の関税発動には、議会も驚愕した。常識的な大統領では思いもつかない手法だったからだ。
 通商法301条は日米貿易摩擦が問題視された1980年代に、モンタナ州選出のマックス・ボーカス上院議員主導のもとで作られた。目的は不公正な貿易から米国内の産業を守るため。中国の不公正な貿易については列挙にいとまがないが、トランプ大統領は中国に対して通商法301条を使っている。
 他には、通商法201条がある。輸入の急増により米国産業が壊滅的な打撃を受けそうなときに発動することができる。

(2)議会が与えた大統領権限

 本来、すべての立法権限は議会にある。関税の決定はもちろん、予算権限さえも大統領が侵すことはできない。ただし、議会の立法措置には一年ほどの期間を要する。国の緊急事態時には大統領がすぐに対応すべきであるので、議会は例外的に大統領へ特別な権限を与えている。それが通商法や非常事態宣言などだ。
 1977年、議会は大統領に国際緊急経済権限法(IEEPA)を与えた。これは米国に脅威となる国(あるいは組織・組織人)に対して、米国の司法権の及ぶ範囲において資産を没収及び凍結することができる。あるいは外国為替取引、通貨及び有価証券の輸出入を禁止・規制することができる。歴代の大統領は緊急時にはこれを使用し、現在も29件が有効である。
 トランプ大統領はイランや北朝鮮への制裁をはじめとして、IEEPAを多発している。議会が例外的に与えた権限をトランプ大統領が多発していることから、共和党議員からも懸念の声が上がっている。

(3)通商拡大法232条を大統領から剥奪すべき

 上院の歳入委員会委員長はアイオア州選出のチャック・グラスリーである。彼は長老議員として、「議会は大統領に権限を与えすぎた。大反省をしなければならない」と話している。
 トランプがカナダ・メキシコに対して通商拡大法232条に基づく関税賦課を適用させた際に、グラスリーは「友好国に対して、しかも安全保障を理由に関税をかけるなど、あってはならない」と怒りの声を上げた。グラスリーは大統領から232条を剥奪すべく画策していた。2019年3月には大統領の通商拡大法232条を制限する法案を起草し、12人の共和党上院議員が賛成を表明していた。
 一方のトランプ大統領は、鉄鋼アルミの関税に上院が猛反発するため、2019年5月にカナダ・メキシコへの追加関税を取り下げた。新NAFTAといわれるUSNCAが議会で通過することを期待してのことでもある。関税を取り下げたことで、232条の剥奪に取り組む緊急性はなくなったが、共和党議員がトランプ大統領の言いなりではないことがよくわかる事例であった。


3.米国内の深刻な分断とトランプ大統領

(1)トランプ大統領が支持される諸要因

 トランプ大統領に対する不支持率は50%を下回ることなく相変わらず高い。一方で、この一年間の支持率は40%を切ることなく、堅調に推移している。トランプ大統領が支持される要因を数点述べる。

宗教保守の熱烈な支持
 トランプの支持層では宗教保守、特に福音派の存在感が大きい。福音派は当初からトランプを支持していたわけではないが、ペンス副大統領は彼らの信頼が厚い。ペンスは妻以外の女性とは二人きりで夕食を取らないなど、私生活でも清廉潔白で有名である。そのペンスがトランプについたのがまず大きかった。
 さらに、宗教保守は価値観を大事にする。特に、最高裁判事を保守で固めておくことを重要視している。トランプが大統領選中に最高裁判事の指名候補者リスト20名を発表したが、全員が十分に保守派の判事だった。これも福音派の心を掴む大きな要因だった。その後も社会制度や価値観に関わる具体的な政策で、トランプは福音派を始めとする宗教保守の支持を強固にしてきた。決して彼の私生活を評価しているわけではない。

好調な景気
 米国は中国との貿易戦争をやりながら、実感として景気が悪くない。2019年5月17日のFoxニュースによれば、景気に関する世論調査で「Excellent/Good」が47%(2016年12月より14%アップ)、「Only Fair/Poor」が51%(2016年12月より14%ダウン)である。総じて景気については前向きな回答が多い。
 景気も含めた米国全体の方向性に関する世論調査でも、オバマ政権のときよりも「米国は良い方向に向かっている」との回答が多い(図1)。

議会の支持率は極めて低い
 国民は米国議会を支持していない。2012年以来、議会の支持率は10%台を推移しており、最近20%台に微増した程度だ。トランプ大統領がワシントンを「泥沼」と呼び、「徹底的にぶちのめす」という趣旨の発言をしても、それは民意から大きく外れているわけではない。
 国民はワシントンのインサイダーや政治のプロ、エリートたちを嫌っている。議会内部が国民からみて不透明かつ複雑であるため、利益団体が議会を動かしていると多くの国民は信じている。エスタブリッシュメントはトランプを「政治を知らない素人」と毛嫌いするが、だからこそトランプを支持する国民は少なくない。

不法移民
 2019年3月、東京福祉大学の留学生が多数所在不明になっていることが判明した。留学生の在留期間がいずれ切れるので、ほとんどが不法移民にならざるを得ない。日本で不法移民の話題は珍しいが、米国では日常茶飯事である。統計上では、移民の4人に1人が不法移民とされる。不法移民をなくすというトランプの政策は法治国家として当然のことである。この政策に対する支持は大きい。

白人がマイノリティに
 ブルッキングス研究所によれば、2045年の米国人種別人口で、白人が過半数を割る。これは、白人がこれまで築いてきた文化・秩序・価値観・宗教的伝統という米国の根底が変わることを意味する。もちろん、有権者の主張も変わっていく。今後移民が増えれば、2045年を待たずしてその時を迎えることになる。
 白人は自らがマイノリティに転落することに対して、少なからず危機感を抱いている。これは彼らが選挙へ向かう強い動機である。トランプはこの危機感を最大限利用して、彼らを投票所へ駆り立てている。

(2)分断の現状

分断の要因
 共和党員のトランプ支持は約90%である一方で、民主党員からの支持は10%以下である。これは米国内の深刻な分断を物語っているが、トランプにすべての原因があるわけではない。国力低下にともない、米国は今後の国際社会の中でどのように立ち振る舞うべきなのか。また、グローバリズムやテクノロジーがもたらした米国社会の分断や矛盾に、ワシントンはどう対処するのか。トランプ以前の米国に、異質な大統領を生み出す素地があったわけである。

共和党はトランプに乗っ取られたわけではない
 トランプ大統領は共和党員から熱烈に支持されるため、特に来年選挙を控える共和党議員はトランプのことを悪く言えない。米国では政党内選挙である予備選挙を勝ち抜いてこそ政党の指名候補になれるため、トランプ批判は自身の予備選挙に悪影響である。これが、「共和党はトランプに乗っ取られた」と言われる所以でもある。
 しかし、上述のチャック・グラスリー上院議員を筆頭に、多くの議員は心の中までトランプに乗っ取られたわけではない。共和党からは「マフィアのボスのような大統領は恥ずかしい」「トランプは政策決定プロセスをまったく理解しておらず、官僚が忖度の嵐になっている」「民主主義を蹂躙している」という声がよく聞こえてくる。ただし、この見解が田舎を含めた共和党員の声というわけではない。

トランプ後の共和党
 共和党に対して、トランプが与えたインパクトは大きい。共和党のエリートたちはトランプ後の大統領候補について、ポール・ライアン前下院議長などを望んでいるかもしれない。しかし、エリートが米国の進路を決めるわけではない。トランプ的な候補者が再び支持される可能性も十分ある。

民主党員の要望
 民主党員はとにかく「打倒トランプ」である。2020年の大統領候補に望む最も大事な要素は「トランプを打ちのめすことができる」だった(2019年5月23日のFoxニュース)。同ニュースでは、知名度が高く、ラストベルトで人気のバイデン元副大統領が最有力候補となっていた。しかし民主党は、クリントンやオバマのように、「彗星のごとく現れる」人物を好む。今後、そんな人物が出てくることを期待する声も聞こえてくる。

(本稿は、2019年6月13日に開催した「メディア有識者懇談会」における発題を整理してまとめたものである。)