一般社団法人 平和政策研究所代表理事
林 正寿(早稲田大学名誉教授)
現実の問題の解決
人類史において人びとはつねに様々な問題を抱えていましたが、それらの現実の問題をいかに解決するかをめぐって学問や科学は発展してきました。現在のわが国や国際社会には深刻な問題が溢れており、それらの問題の解決は多くの人々の叡智の結集を必要とします。平和政策研究所の目標は、わが国や国際社会の抱える問題を分析して最適解を模索し、政府や社会に提言し、その実現にささやかながら貢献することです。
温かい心と規範の世界
筆者の専門分野は経済学ですが、平和政策の研究にも経済学の研究と同じく2つのことが不可欠な要請です。一つは暖かい心であり、ケンブリッジ学派の総帥であったアルフレッド・マーシャルは経済学を学ぶ学生に、スラム街の視察を要請しました。人間性を否定する極貧のなかで生きるスラム街の住民を含めて、国民全体の経済厚生を高めることが、経済学の目的です。サハラ以南のアフリカ諸国やインドの現状も見てきましたが、人間として品位ある生活ができるように人びとの経済厚生を高めることが、国際社会における経済学の課題です。我々を取り巻く諸問題は経済問題にとどまらず、政治、平和、治安、家庭などのさまざまな分野において存在します。 規範は価値判断であり客観的に何が正しいかを証明できませんが、望ましい社会や国家の建設には不可欠の価値前提です。もっとも明確に規範を説くのは宗教ですが、ほとんどの宗教は基本的な価値観については一致しています。しかし社会は時には健全で普遍的な価値観から逸脱し、さまざまな困難と不幸に陥りますが、明確に確信をもって健全な価値観を国民に訴え教育するのは社会的責任といえます。
冷静な頭脳と実証の世界
アルフレッド・マーシャルが暖かい心に加えて要求したのは、冷静な頭脳です。貧困者や虐げられた人びとのために涙を流すだけでは問題は解決せず、冷静な頭脳でさまざまな要因の因果関係を分析し解決策を模索することが肝要です。暖かい心は願望的思考法に堕してはならず、あくまでも解決策は現実の制約条件を満たすものでなければなりません。学問において不可欠なのが実証研究であり、事実がどうなのかが問題であり、願望的思考法を排除した透徹した現実主義が要求されます。日本人は暖かい心では国際的にも高い評価を得ることができますが、冷静な頭脳と透徹した現実的思考という点では劣っています。臭い物には蓋をして先送りするのが得意ですが、蓋を開けた時には末期症状を呈しており手に余る状況になっています。事実がどうかが実証の世界の問題ですから、価値観がいかに異なってもすべての人々により共通に認識されねばなりません。平和政策研究所のいかなる提言であろうと、実証の世界にしっかりと立脚したものでなければなりません。