海洋生態系の保全 ―グローバルとローカルの課題―

海洋生態系の保全 ―グローバルとローカルの課題―

2020年9月11日
グローバルイシュー・平和構築
1. 線虫を研究する意義

 私のバックグラウンドは海の生物学で、特に専門にしているのが線虫(線形動物)という生物である。線虫の中で一般的に馴染みのあるものは回虫や蟯虫である。線虫に関連して有名な言葉がある。もし地球上から線虫以外全部取り除いて月から地球を見たら、地球の輪郭がはっきりと見えるだろう。もし、その種類をしっかり調べたら、例えば、人に寄生する回虫などの多くいる場所は都市であったということが分かる。例えば、松をたくさん枯らしているマツクイムシも線虫の一種であるが、マツクイムシがいるところは松林であったに違いないと判断できる。地球上には多種の線虫が存在する。大きな推定値としては1億種位、控えめな推定値でも百万種類と言われている。私は特に深海に生息する線虫を中心に研究をしてきた。
 例えば、カエノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)というのは、ゲノムが完全に解読された最初の多細胞生物だが、これも線虫である。つまり、動物を理解するのに最も適した生物が線虫なのである。
 1億種も生息するので、試料を得るたびに種類組成が変化する。寿命が非常に短いので、環境が悪化すればすぐに変動するし、環境の健全性が回復すれば、非常に早く元に戻る。したがって、環境のモニタリングにも利用価値がある。例えば、最近では、深海底のマンガン団塊の開発が環境に対してどの程度影響するかのモニタリングにおいても線虫を使用するのが最も相応しいと考えられている。日本には、海底鉱物資源の開発を目的とした国策企業があるが、1990年代には資源開発を行うことでどの程度の範囲、周辺に底泥が飛び散るかという研究を行っていた。底泥が0.1 mmぐらい堆積するような所でも、線虫の種数は激変していた。激変という言葉を使ったのは、多少増加するからである。では、なぜ増加するのか?生態学では、適度の強度の撹乱は生物多様性の保全に効果があるとされている。その理論が線虫を使用したモニタリングによって実証されたといえる。海に生息する線虫は大部分が1 mm以下なので、肉眼で見るのは相当厳しいが、線虫の生態を研究することで、人間社会に貢献できる時代になってきている。

2. JAMSTECとGODACの紹介
図1 JAMSTECが所有する主な船舶(写真提供:JAMSTEC)

 私が所属する国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、1971年に創立された。来年(2021年)が創立50周年ということになる。最先端の海洋施設を活用して、海洋と地球と生命の研究を行っている。その研究を通じて社会の発展に寄与するというのがJAMSTECのミッションである。文部科学省傘下の国立研究開発法人は7つあるが、その内の1つである。
 JAMSTECは、人が乗れる船だけで8隻を擁する。一研究機関が8隻の船を所有するというのは、世界的に見ても例がない。小さな島国の海軍の所有する船よりも大きい船を所有するとさえ言われる。8隻の中で一番大きな船は「CHIKYU」という海底掘削船である。グロストン(G.T.)で57,000トン、水面からの高さは120mある。横浜港に停泊中にコロナ感染者が出たダイヤモンドプリンセス号(115,870トン、高さ54m)と比べると、重量では約半分だが、高さは2倍以上ある大きな船である。
 また、「しんかい6500(SHINKAI 6500)」という有人の潜水艇を所有する。この潜水艇は、水深6,500 mまで安全に潜ることができる。数年前まで世界でもっとも深い水深まで潜れる有人の潜水艇であったが、現在は、中国が開発した7,000 m級の潜水艇に世界一の座を譲り渡している。
 その他に、無人の海洋観測機器も多く所有している。去年(2019年)6月頃にギリシャで海底探査技術の国際コンペティションが開催された。無人の潜水艇を使って24時間で10 km四方の海底をどれだけ正確に地形調査できるかという競技だった。日本財団が経済的支援をした国際チームが優勝したが、単独国家のチームとしてはJAMSTECが1位に入った。船を稼働するには莫大な費用が掛かる。ちなみに「CHIKYU」を1日稼働させるとざっと4,000万円かかるといわれている。したがって、費用対効果を高めるためにも、現在は無人機の開発を熱心に行っている。
 「地球シミュレータ」というスーパーコンピューターがあるが、1980年代に開発された第1世代の地球シミュレータは、世界で一番速いスパコンであった。現在は第3世代が活躍していて、今年中に第4世代に移行する予定である。「富岳」とそれ以前の「京」はスカラー機であるが、地球シミュレータはベクトル機なので、スパコンとしてのアーキテクチャーが異なる。地球シミュレータは流体のシミュレーションなどの計算には高い性能を誇るスパコンである。
 「しんかい6500」の映像や地球シミュレータの計算結果などをアーカイブして公開しているのが国際海洋環境情報センター(GODAC)という組織である。沖縄県名護市にある。なぜなら、そこがAIやITの経済特区として指定されているからである。その中で主導的立場の研究機関がJAMSTECのデータアーカイブセンターであるGODAC(Global Oceanographic DAta Center)ということになる。GODACのミッションは技術開発と情報発信と社会貢献である。特に社会貢献では、地元の人を雇用するという社会貢献もさることながら、沖縄県民に海洋科学を普及する活動を積極的に行っている。年間約2万人の沖縄県民が来訪する。沖縄県の人口を考慮すると、高い割合で県民が利用する海洋教育施設として活動しているといえる。

図2 JAMSTECが所有する無人海洋観測機器・地球シミュレータ(写真提供:JAMSTEC)
図3 GODACについて

3. 海洋環境問題の急速な注目

ダボス会議とG7 科学技術大臣会合

 「ダボス会議」と呼ばれる世界経済フォーラム(WEF)では、2014年頃から海洋生態系の危機を強くアピールするようになった。ダボス会議では主に以下の5つのポイントが特に強調されている。すなわち、1. 魚介類の乱獲 2. 沿岸環境の汚染 3. 生息地の破壊 4. 地球温暖化 5. 海洋酸性化である。
 2015年に、ドイツのシュロス・エルコウで開催されたG7サミットに向けてG7科学技術大臣会合がベルリンで開催され、「海洋の未来(Future of the Ocean:Impact of Human Activities on Marine Systems)」という共同声明が出された。海洋には、海洋の酸性化、温暖化、貧酸素化、生物多様性の喪失、海洋生態系の劣化の問題が生じていることから、海洋の未来には非常に大きな懸念があるという共同声明が出されたわけである。この声明は、ドイツの科学アカデミーが、G7各国の科学アカデミーと協働してS7(Science7)として事前に発出していた提言に対応して出されたものだったので、世界的にもインパクトのあるものとなった。翌2016年は日本がG7のホスト国であった。G7科学技術大臣会合はつくば市で行われ、その時も、海洋科学の推進と海洋環境の保全の重要性が指摘された。
 並行して、世界的にはSDGsがあらゆる政策の骨格となってきている。SDGsのなかでは14番目の項目として、”Life Below Water”ということで海洋環境の保全が取り上げられている。この項目について討議するThe United Nations Ocean Conferenceが2017年に国連本部で開催された。このイベントは国連が過去に開催したものの中で最大規模のものだったと聞いている。
 海洋環境の保全の重要性を謳った2015年のG7科学技術大臣会合(ドイツ2015)の流れはその後も続いており、2018年にはカナダで行われたG7科学技術大臣会合(カナダ2018)でも海洋の問題が取り上げられたが、特にエネルギー問題と海洋環境の問題の繋がりが大きいということで、この年から、エネルギー問題と海洋環境問題が一緒に取り上げられるようになった。

S20Japan2019

 G7以外にもう一つある首脳会議としてG20があるが、G20に関連した動きの中にも、S7同様、サイエンス20(S20)というものがある。S20は、G20各国の科学アカデミーで構成されるが、G20へ向けて科学の観点からの共同声明を採択する。昨年2019年は大阪でG20が開催されたので、それに向けて日本学術会議が主導して海洋環境の危機と海洋環境の保全を訴えた共同声明を採択した。この声明に関しては私も執筆者として参加している。以下、2019年のS20Japanが採択した共同声明について述べる。
 ダボス会議が取り上げた5つの問題にプラスチックの問題は明示的には含まれていなかった。しかし海洋のプラスチックごみの問題が2017年・2018年頃から大きく取り上げられるようになったので、プラスチックごみの問題に焦点を当て、さらに地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の問題も重要なので、そこにも焦点を当てることになった。
 大気中に増加し続ける二酸化炭素によって、気候が温暖化し、海洋酸性化を引き起こす。さらに、温暖化することによって、海の成層が強まる。成層とは、軽い水と重い水のギャップである。海の表面は、太陽光で温められるため軽い水となる。一方の深海には冷たく重い水がある。海の健全性を保つためには、軽い水と重い水が混ざり合う必要があるが、海の表面が温まり過ぎると、一層軽い水になってしまい、重い水とうまく混ざらなくなってしまう。混ざらないと、深海の水は大気に接触しなくなる。したがって、深層の水は酸素が少なくなる。
 温暖化により海水温が上がると生物活性が高まる。酸素を大量に消費するようになる。海水中の酸素消費量が増えるので、これも海水中の酸素を減らすことに繋がってしまう。したがって、プラスチックの問題のみならず、二酸化炭素の問題も非常に重要なので、この二本立てとした。温暖化が起きれば磯焼けのような現象が生じるし、海水が酸性化すれば貝殻は溶けてしまう。また、深海にもプラスチックごみは大量にあるのだということを世界の科学者たちと共有した。そして最終的に次のテーマのもと、6つの提言を行った。
 テーマは「海洋生態系への脅威と海洋環境の保全—特に気候変動及び海洋プラスチックごみについて」である。
 第1の提言は、専門家が科学的根拠に基づいて政策決定に助言をする必要があるということである。これは科学者にも責任があるという意味である。
 第2の提言は、海洋生態系にはいろいろなストレスがかかっているので、それらを除去する必要性を謳っている。
 第3の提言は、いろいろなものの循環の効率性を高めCO2排出量を減らし、プラスチックが海に流入しないようにすることが重要だということである。
 海は3億㎢あり広くて未知のことがたくさんあるので、研究インフラの整備が必要であるというのが第4の提言である。ひとつの国の力で海全体を理解し把握することはできないので、各国でデータを共有する必要があるというのが第5の提言である。第6の提言として国際協力の下での調査研究活動と情報共有の推進が謳われている。
 これを受けて、G20のエネルギー環境閣僚会合では海洋プラスチックごみを減らそう、循環型社会を作ろうというような共同声明が出ている。

SDGsの中の項目14

 すでに指摘したように、今の世界はSDGsというキーワードで基本的に動いていると言って良い。その中の海洋に関する項目14では、どのような目標が出ているのかを紹介しておく。
 7つの項目と3つの目標から構成されている。他のSDGsの項目と比較して特徴的なのは、達成の期限が2030年ではないものがたくさんあるということである。SDGsは2030年が達成目標の期限であるはずなのに、例えば、沿岸域及び海域の10%を2020年までに効果的な方法で保全すること、つまり我が国に当てはめれば、管轄水域の10%を海洋保護区とすることが目標となっている。他にも海洋ゴミ問題は2025年までに解決するなど、極めて意欲的な目標になっている。これを達成するための国連の会議が2017年6月に開催されたことは、すでに紹介した。この中では、各国が行う取り組みが1372個のコミットメント(約束)として出されている。北太平洋からは225個のコミットメントがでていて、全体の15%を占める。突出して多いのは、南太平洋の307個で全体の21%である。北太平洋諸国の方が圧倒的に国力は大きいはずなのに、南太平洋にコミットメントが多いのは、SIDS(Small Islands Developing Countries)が多くのコミットメントをしているからである。国別のランキングを見ると、セイシェル、コスタリカ、フィジー、サモア、インドネシアなどのコミットメントが非常に多い。日本よりも数が多い国には、そのような発展途上国が多く含まれている。

図4 持続可能な開発目標(SDGs)
図5  SDGs目標14

 

民間レベルの活動

 国連レベルだけではなく、民間レベルでも、海洋環境の保全にかかわる活動は世界的に近年活発である。2014年にケリー米国務長官の呼びかけで始まったOur Ocean Conferenceはその後毎年開催されている。民間のカンファレンスではあるが、国際的な影響力が大きく、2018年にインドネシアのバリで開催された際には、我が国も政府としてコミットメントを出している。
 最近は国内の動きも活発である。その証左として、『海洋基本計画』の中に「環境」という言葉が何回使用されたかを調べると、第2期『海洋基本計画』では135回であったのに対して、第3期『海洋基本計画』では285回と倍以上に増えている。また、『環境基本計画』の中に「海洋」という言葉が何回出てきたかを調べると、1994年の第1次『環境基本計画』には15回しか出て来なかったが、2019年に刊行された第5次『環境基本計画』には60回弱出てきた。最近は、海洋環境に対する関心が高まってきているといって良い(白山, 2020)。
 大阪で行われたG20では、「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が確認された。今後はブルーエコノミーを推進するのだということを宣言している。「ブルーエコノミー」は、2010年にゼロエミッション構想を考案したガンター・パウリ氏の著書『The Blue Economy』が起源とされるが、海洋資源の持続可能な開発とともに、イノベーションにより雇用を創出するアイデアとして注目を集めた。ブルーエコノミーの考え方は、国連などの国際機関にも急速に浸透している。民間レベルでも、例えば、日本財団は、株式会社セブン&アイ・ホールディングスと連携して「プラごみを海に出さない」という大きな事業を行っている。

4. 海洋環境問題に関する科学的知見—海洋に迫る5つの危機—

魚介類の乱獲

 海の環境は本当に危機なのかを見ていきたい。まず、漁業は海洋生態系にインパクトを与えているかだが、人間活動が魚類群集に大きな影響を与えていることは間違いない。2000年から2010年まで私が関わっていた国際的な研究プロジェクトCensus of Marine Lifeが、昔の海はどうだったのかを調査した。ここにあるのはその中で発掘された1枚の写真(図6)である。白鯨で有名な米国フロリダ州のKey Westである。この場所で1958年にある家族が釣りをしたら写真のように大きな魚が釣れた。しかし、この家族が使用した船が現在も使用できるということで、我々の仲間が同じ海域で釣りをしたら、釣れたのは写真(図6)のように小ぶりの魚ばかりであった。約60年前と最近の釣果を比較してみて、海の生態系が大きく変化していることは間違いない。特徴は、大きな魚がいなくなって、小さな魚が増えたということである。
 漁業としては高値で売れる大きな魚を捕獲しようとする。そうすると、当然の結果として、小さな魚が増えるということが起きる。世界的には、違法・無報告・無規制漁業(Illegal Unreported Unregulated Fishing)も問題になっている。世界の漁獲量の3分の1がIUU Fishingだという統計が出ている。日本もIUU Fishingに関して決して無関係ではない。そのことを示す例として次の事案を挙げることができる。中国から日本への冷凍メバチマグロの輸出入の統計(図7)を見ると、日本が公表した輸入量は中国が報告した輸出量をはるかに超えており、両者には明らかな乖離がある。中国政府の統計にのらない流通経路で、日本に入ってくるものがかなりあるということがデータから見て取れる。

図6 海洋生態系への漁業の影響
図7 違法・無報告・無規制漁業の問題

 

沿岸環境の汚染

 沿岸海域の汚染にはどういうものがあるか。まず、Oil spill(油流出)の問題がある。これに関しては、2010年メキシコ湾原油流出事故が記憶に新しい。(注:講演後の7月末に我が国の船舶がモーリシャスの沿岸で座礁し、油類の流出事故を起こした。)この事故は、Deepwater Horizonという石油掘削施設が爆発を起こし掘削パイプが折れ、石油がカリブ海に噴出したというものである。しかし、やはり何と言ってもプラスチックごみの問題が沿岸環境の汚染の一番大きな問題であろう。
 World Economic Forum(WEF) 2017のレポートによると、2050年には、海に存在するプラスチックの量と海を泳いでいる魚の量とを重量ベースで比較すると、プラスチックの量の方が多くなると予測している。現在の経済成長が今後も続けば、2050年には世界で約330億トンのプラスチックが製造される。日本のようによく管理されているところでも約1%が海に漏れ出ている。世界平均で言うと、3%程度が海に漏れ出ている。したがって、330億トンの3%に相当する10億トンのプラスチックが2050年までに海に溜まると予測できる。海に生息する魚は8億トンから10億トン(Wilson et al.)なので、その範囲の最小値である8億トンは超えてしまう。プラスチックごみの問題は非常に深刻な問題だといって良い。

図8 プラスチックとさかなの重量比較 (JAMSTEC 中嶋氏提供)

 大型の海洋生物がプラスチックを誤飲して死ぬということが数多く報告されている。誤飲による死亡率が全体の死亡率をどれ位底上げしているかは、実際にはわかっていない。アカウミガメの鼻の中からプラスチック製のストローが出てきただけで、スターバックスのストローがプラスチック製から紙製に変わるぐらいのインパクトはある。また、プラスチックの中には海水より軽いものがある。するとその種のプラスチックは生物が付着した状態で他の海域に流れて行くので、侵略的外来種の媒介体となる可能性がある。
 しかし、一番深刻な問題は海底に落ちているプラスチックごみである。図9は1988年に撮影された駿河湾の海底の写真であるが、この時すでにおびただしい数のレジ袋が海底を漂っている。当時、海底写真を解析して、正体不明な筋が海底に多数見られたので、深海の生物がつくった跡(生痕化石という)であると信じていた。しかし実際は、レジ袋が海底をひっかいてできたものだったのである。
 さらに、世界一深いマリアナ海溝チャレンジャー海淵の10,898 mの深海でもレジ袋の破片が見つかっている(図10)。海底に溜まったプラスチックごみに関しては、JAMSTECで深海デブリデータベースを作って、すべてアーカイブしてあるので閲覧が可能である。深海デブリデータベースを分析すれば、深海にはプラスチックゴミが散乱していて、圧倒的にプラスチックごみが多数を占めることがお分かりいただける。

図9 駿河湾の海底にもたくさんのレジ袋が発見された
図10 世界最深部でもレジ袋が見つかった

 深海デブリデータベースはSDGs項目14の自発的貢献に登録済みである。世界で唯一の深海の海底ゴミのデータベースなので、世界中からアクセスがある。海洋ゴミの研究をされている九州大学の磯部篤彦教授によれば、50年後ぐらいには、相当量のプラスチックごみが海洋中を漂うようになるが、プラスチックごみの量がどの程度になると、生物に影響があるのかシミュレーション結果が出ている。適切なプラスチックごみの管理体制を整えない限り、海洋プラスチックによる海洋汚染のレベルは、深刻な影響が出るとされている閾値を超え、生態系は回復できなくなる可能性がある。2020年では対数スケールなので低い数字だが、2060年になると場所によっては危険な領域に入って来る(図11)。近い将来、海洋生態系に影響が出て来る可能性が高い。海に流れ出たプラスチックごみ、とりわけマイクロプラスチックごみは回収しようとしても無理である。なぜなら膨大なコストがかかるからである。だから、海にプラスチックを出さないことが大事である。我が国だけでなく、世界中の国々がプラスチックを出さないための行動指針を決定して行動している。マレーシアでは、プラスチックごみの大半が一回しか使用しないプラスチックなので、2030年までに使い捨てプラスチックの利用をゼロにするという国家目標を掲げて取り組みを行っている。

図11 数値モデルによる太平洋海域におけるマイクロプラスチックの分布密度の50年後の予測

生息地の破壊

 世界経済フォーラムが言う海洋に迫る5つの危機のうちの3番目は、生息地の破壊である。例えば、温暖化すると、海水面が上昇する。海水面の上昇はかなりはっきりと観測されているが、現在の経済成長が今後も継続すれば、最悪のシナリオでは2100年頃に海面は1 m上昇する。海面が1 m上昇すると、日本の砂浜で残るのは有明海と三河湾だけになる。日本国内のほぼすべての砂浜が無くなると言ってよい。砂浜が無くなってしまうと、どんなインパクトがあるか。干潟の漁業資源が激減し、砂浜のリクリエーションの価値も無くなってしまう。RCP8.5のシナリオのもとでは、2100年には南日本ではほぼ海岸のエコツーリズムはゼロになってしまう。つまり海水浴に行ける場所が無くなってしまうということが予想される。

地球温暖化

 最大の問題は、5つの危機のうちの4番目地球温暖化である。1890年から2020年までのデータを使って計算をすると、海洋全体として、100年あたり0.68℃の速度で水温が上昇しているが(気象庁)、産業革命以前にもっていた地球全体の熱量と現在もっている熱量を比較した時の差の熱量の93%は海洋が蓄えている(図12)。それは比熱がまるで違うからである。

図12 地球上の熱はどこにあるか

 温暖化による生物学的な問題のひとつとして、磯焼け(Isoyake)がある。昆布の繁茂する寒冷地だけでなく、ワカメやホンダワラ等の適地で、海藻類が繁茂しているはずのいわゆるガラモ場でも、ウニが増加して、海藻類がなくなってしまう現象が起こっている。この現象を磯焼け(Isoyake)という。英語でもIsoyakeという。原因はいろいろ考えられているが、海藻の専門家である横浜康継筑波大学名誉教授によれば、究極の原因は温暖化だということだ。今までは、ウニが海藻類を食べる量を海藻類の成長量が上回っていたので、ガラモ場が形成されていた。しかし、水温が上昇すると植物の基礎代謝が上がる。光合成の量が同じで基礎代謝が上がれば、成長量は減るということになる。一方、ウニは水温が上がると活性が上がって食べる量が増える。その結果、海藻の成長量とウニの摂食量のバランスが崩れて、磯焼け(Isoyake)現象が起きるのではないかと言われている。
 磯焼けしなくても昆布の適地は温暖化によって高緯度地方に移動していくので、北海道では現在8種類ぐらいの昆布が分布しているが、2090年位になると昆布の生息が豊かなところでもわずか3種類だけしか生息していないと予測される。つまり国内の昆布の分布が縮小し、本州から昆布は無くなると予測される。
 さらに、サンゴ礁の白化という現象がある。図13は、沖縄県の石垣島と西表島の間に広がる日本国内最大のサンゴ礁海域の様子を2016年に撮影したものである。この海域のサンゴ礁が非常な高温に晒されて、造礁サンゴの白化現象が起きている。健全な造礁サンゴは紫色をしていて、体内に褐虫藻という藻類がいる。造礁サンゴは褐虫藻と共生関係にある。水温が30℃を超えると褐虫藻が造礁サンゴの体内から逃げ出してしまう。褐虫藻との共生がないと造礁サンゴは飢餓状態になって、死滅してしまう。

図13 造礁サンゴの白化(2016年石西礁湖)

海洋酸性化

 最後5番目が海洋酸性化である。驚くべきことに、海洋酸性化は観測できるほどはっきりと起きている現象である。1990年代と2020年代では海水のpHが約0.05下がっている。pHは対数スケールなので、0.05下がるというのは、水素イオンの量からいうと相当に多くなっていると言うことができる。酸性化が起きると、生物は炭酸カルシウムの骨格、例えば貝殻を作るのが難しくなる。特に水温が低いと炭酸カルシウムの飽和度が下がり、ついには未飽和になる。つまり作った貝殻が海水に溶けるようになってしまう。ベーリング海などでは、すでに貝殻が溶けている貝がフィールドで捕獲されるようになっている。実験的には、現在の大気の状態でウニやマガキガイを飼えば順調に成長するが、二酸化炭素の十分な排出削減がなかった場合に、2050年頃に予想される大気の二酸化炭素濃度でウニやマガキガイを飼育すると、やせ細って行って最後は死んでしまう。この結果が現実に起こったとすると、将来のお寿司は、ウニや貝類は食べられなくなる。しかも海藻が無くなるから、海苔巻きも難しいかもしれない。IPCCの1.5℃のシナリオは人類が最も努力して達成できるシナリオだが、たとえIPCCの1.5℃のシナリオが達成できたとしても、サンゴ礁は深刻な影響を受けるだろうというのが、最近の将来予測である。

貧酸素化

 最近問題になっているものとして海洋の貧酸素化がある。貧酸素化というのは、有機物が多い海域で、その分解に多くの酸素が使われるために起こる現象で、一般的に植物プランクトンが多く生息する沿岸の表層で起こる。だから、東部太平洋やベンガル湾などは特に深刻である。前述のS20でも取り上げられているが、様々なフォーラムでの科学者や専門家の発言を聞くと、貧酸素化が問題であることは皆理解している。貧酸素化に関わっている科学者や専門家も非常に数が多く、論文も多数発表されている。

5. 国連持続可能な開発のための海洋科学の10年

 世界的な環境問題の解決に向けて海洋科学にもしっかり貢献してほしいということで、国連の総会が2021年から2030年までを海洋科学の10年と位置付けている。2020年までが生物多様性の10年だったので、その後継ということになる。持続可能な開発に貢献するという文言がついているのは、海洋科学がただ発展するのではだめで、その結果としてSDGsのさまざまな項目に貢献しなければいけないということである。それで、海洋科学では、現状を明らかにするためのデータを収集した上で、そのデータを分析し、情報化する必要がある。そのうえで、知識体系を構築し、政策提言をすべしというのが、国連海洋科学の10年である。

図14 国連持続可能な開発に貢献する海洋科学の10年
図15 SDGsによる資金配分

 月に行った宇宙飛行士の数は二桁である。前述した世界で一番深いチャレンジャー海淵に行ったことがある人は、わずか3人である。
 NASAのLUNAR CHART(1979)を見れば月表面の山の標高がセンチメートル単位でわかるのに対して、海底の地図に関しては、10 ㎢に1つでもデータがあれば良い方である。その位しかデータがない。さらに言えば、99%の海の面積については、そこにどういう生物が生息しているか分かっていないのが現状である。しかし、それなりに情報は蓄積してきている。海洋に関する科学論文の数は、2000年代の中頃には年間1万本ぐらいだったが、最近では5,000本ほど増えて、年間15,000本位が発表されている。日本の論文の発表数は世界の中では第7位ぐらいである。
 海洋生物多様性情報システム(OBIS)の2010年10月のデータ数は3,000万しかない。世界の海は3億㎢であるから、3,000万というデータの数がいかに少ないかが分かる。しかし、2010年にOBISの基礎を作ったCensus of Marine Lifeプロジェクトが終了した後もデータはどんどん増えていて、いまでは5,000万位になった。でもまだ5,000万で億の単位には届いていない。今後、どんどんデータを増やしていく必要がある。少ないデータからでも、西部太平洋は世界で一番生物多様性が高い海域であることが、わかる。歴史的には、コーラルトライアングルと呼ばれている。日本の沿岸は、その生物多様性のホットスポットの北の端に位置している。海洋研究は非常に重要であるが、SDGsのそれぞれの目標に対する各国の拠出金についてのコミットメントの統計をみると、残念ながらSDGsの中で項目14は一番数値が低い(図15)。今後項目14に対するコミットメントを項目3や項目4程度にまで増やしてほしいというのが海洋関係者の望みである。図15が2021年から2030年の10年間を海洋科学の10年とした動機付けとなっている。最終的には海洋をClean(きれい)で、healthy(健全)でresilient(強靭)でpredicted(予測可能)にすることが期待されている。
 世界中の人が一所懸命にSDGsの項目14の下、海洋科学を推進して持続可能な海洋にしたいということで努力をしているところである。

 

(本稿は、2020年6月12日に行われたICUS懇談会における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
白山 義久 国立研究開発法人海洋研究開発機構特任参事、京都大学名誉教授
著者プロフィール
東京都生まれ。東京大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科動物学専攻博士課程修了。理学博士。日本学術振興会奨励研究員、東京大学海洋研究所助手、東京大学海洋研究所助教授、京都大学理学部附属瀬戸臨海実験所教授(理学部教授を兼任)、京都大学大学院理学研究科附属瀬戸臨海実験所長、京都大学フィールド科学教育研究センター長などを経て、2011年に京都大学を退職(名誉教授就任)し、国立研究開発法人海洋研究開発機構 理事就任。2017年に同機構理事を退任し特任参事となって現在に至る。専門は海洋生物学。特にメイオベントス(小型底生生物)の生態学、線形・動吻・胴甲動物の系統分類学、深海生物の保全生物学等の研究を主に進めてきた。近年は、沿岸の生物多様性を地球規模で解析するNaGISA計画、海洋酸性化の生物に対する影響等の研究、沿岸生態系の統合的管理に関する研究と研究成果の社会への還元も行っている。世界80か国、2000人以上が関わった海洋生物コンセンサスプロジェクト(CoML)の科学推進委員会のメンバーを務めた。また、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間プラットフォーム(IPBES)の学際的専門家パネル(MEP)メンバーも務めた。
海は面積にすると3億㎢と広大で、世界一深い海溝は深さ1万mを超える。未知のことが多いが、地球温暖化やプラスチックごみ等で環境破壊が深刻であることが分かってきた。

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