米中覇権争いと日韓関係の展望

米中覇権争いと日韓関係の展望

2020年9月9日
平和外交・安全保障

 ここ数年、日韓関係は歴史認識問題に始まり、さまざまな出来事が重なり合い葛藤が増幅してどうにも解決が難しい様相を呈している。そうした日韓関係だけを見ていては、その問題の本質を見誤りかねない。そこで新冷戦ともいわれる米中対立とグローバルな経済・金融界の動きを前提にして昨今の日韓関係を分析し、今後の展望を述べてみたい。

1.英米の秩序によって成り立つ現在の世界秩序

 現在の世界秩序は、英米の秩序を基本として成り立っている。すなわち、言語は英語、基軸通貨は米ドル(それ以前は、スターリング・ポンド)、とくに金融は英米システムというように、準拠法(governing law)や司法(jurisdiction)など英米の基本秩序が現在のグローバル・スタンダードになっている。
 モノ規格(およびマネジメントシステム規格)の国際標準を規格するISO(国際標準化機構、1947年設立)も、そもそも英国発のシステムを基準に世界化したものだ。以前の日本工業界ではJISが多用されていたが、現在ではほとんどISOが制定した「ISO規格」が国際標準として用いられている。さらに会計基準も、英米の基準がグローバル・スタンダードになっている。
 このようなグローバル・スタンダードをもとにさまざまな国際機構が動いているが、その大半が第二次世界大戦の戦勝国の論理に則っている。主な国際機構を挙げてみる。
・IMF(International Monetary Fund、国際通貨基金、1944年設立):グローバル通貨の交換に関するルール作りとその管理・監督を行っている。
・IBRD(International Bank for Reconstruction and Development、国際復興開発銀行、1945設立):戦後、IBRDを中心とする世界銀行グループが構築された。IBRDは世界の復興と開発のためのルール作りと管理・監督を行っている。
・WTO(World Trade Organization、世界貿易機関、1995年設立):GATTウルグアイ・ラウンドの合意によるWTO設立協定に基づいて設立された。WTOは、世界の貿易と投資のルール作りと管理・監督を行っている。
 さらに加えれば、第二次世界大戦前に設立された組織であるBIS(Bank for International Settlements、国際決済銀行、1930年設立)は、世界の金融機関のルール作りと管理・監督をしている。
 戦後このような国際機関を中心にグローバルな経済秩序によって世界をマネージしていくシステムが作られたが、その基本は法治社会、貨幣経済社会である。これらは国連の戦勝国を中心とする国々の論理によって構築され、今も同じように運営されている。
 こうした認識に立って、次に日韓関係について分析してみたい。

2.世界経済を握るアングロサクソン民族

 かつて銀行勤務時代に韓国に留学しソウル大学で現地の教授から多くのことを学んだ。あるとき韓国にきた米国商工会議所のトップから次のようなことを聞かされた。
——将来米国は、アジアの国々(同盟国)に注射針を打ち込むだろう。その国が米国の言う通りに動いていれば、上手に注射針を入れてコントロールするが、言うことを聞かなくなったら、「毒」を盛ってその国をコントロールする。米国は将来このような戦略を展開するであろう、と。
 当時は、その意味がよく理解できなかったが、1997年のアジア通貨危機を経験する中で、その言葉の意味をはっきり理解することができた。
 米国がアジアの同盟国に「上手に注射針を入れる」とはどういうことか。それは情報と金融を握る、つまり米国はこれらの国々の情報通信産業と金融業界に深く入り込んで行き、その国の「根っこ」の部分をつかむことのできる「ポジション」を作ろうというのである。
 アジア通貨危機では、タイ、インドネシア、韓国など、これらの国々の(当時の)実体経済は決して悪くなかったのに、米国によって金融(の蛇口)を締められた結果、テクニカル・デフォルトになったのだ。
 20世紀末に東アジア地域の新興諸国が著しく経済発展したが、それらの国々は「縁故主義的資本主義」(Crony Capitalism)的色彩を帯びていた。米国の国際金融筋は、地縁、血縁、学閥などによって経済社会システムが運営されていては、米国資本が入る余地がないとの強い不満をもっていた。
 さらに1994年頃から中国の経済成長が一段と加速し始めたために、米国はこのまま東アジアの国々を放置していてはいけないと認識した。そこで米国は、金融のチャンネルを使って「注射針」を打ち込み、その蛇口を締める手段に打って出たのだ。
 そのころ私は香港駐在の銀行に勤務してアジア地域を統括していた。インドネシアに行ったとき欧米の金融関係者から「ミセス・クオータを知っているか?」と聞かれたことがあった。何のことかと思ったら、スハルト大統領夫人が首都ジャカルタの不動産の約4分の1の利権を握っているということに由来する言葉だった。そして「こんな縁故主義のはびこる国のビジネス界に、われわれはこれ以上融資することはできない」と言い切った。
 その後、「(欧米金融が貸付しているにもかかわらず)インドネシアの負債比率はかなり高く、対外債務が深刻になっている」「われわれは現地の経済についてそのデータを定量分析して貸付を行っているのに、そもそもそのデータ自体が怪しい」などと疑義を呈して言いがかりをつけてきた。
 韓国の場合も同様だった。当時、韓国の銀行は、恒常的にドル資金不足の状態だった。一方、外資系銀行はドル資金余剰状態であったから、外資系銀行は韓国の銀行にオーバー・ナイトで「翌日渡しの資金」を供与することで資金が循環していた。ところが、前述のような認識に立った外資系銀行は、そのような形の資金供与を止めてしまった。さらに貸出中の既存資金を回収しはじめ、新規貸し出しも止めた。その結果、韓国の銀行は資金繰りが回らなくなり、テクニカル・デフォルトに陥ったのだった。
 デフォルトになった韓国は、IMFに救済(緊急融資)を求めた(1997年12月21日)。IMFは管財人のような立場で韓国に乗りこみ構造改革を断行した。当時私は、韓国に勤務していてその現場を直接見ることができた。IMFの担当者は、ソウル・南山のホテルに陣取って、横柄な態度で韓国の担当長官(大臣)を呼びつけてはさまざまな指示をしていた。その様子を見ながら私は、韓国の方々は、IMFによって主権を奪われ「屈辱的な心情」を味わったのではないかと感じた。
 当時韓国の実体経済は決して悪かったわけではなかったから、その2年後の1999年には早くもV字回復を遂げることができた。国際金融が蛇口を締めたためにデフォルトになったのだから、金融の蛇口を開けてやれば資金は流れ始めるので急速に回復していった。しかもタイミングよく、ウォン安のときに蛇口を開けてやったので、一気にブレイクすることができた。
 このとき米国は、IMFを管財人として韓国に送り込むことによって、米国型のグローバル・スタンダードを徹底的に植え付けた。実際、通貨危機後、韓国の大企業には社外役員として米国通の外部役員がかなり入ってくるようになった。ビッグ・ディールをやりながら韓国産業界は再構築されていった。
 表面上は米国式のグローバル・スタンダードを植え付けられたわけだが、韓国人の立場からすると、彼らのプライドが相当傷つけられたと思う。しかし韓国人の心まではつかみきれていなかったのではないか。

3.米中覇権争い

(1)恐ろしいアングロサクソン民族

 アングロサクソンの人々は、実際彼らと一緒に仕事をしてみると、ある面で非常に「恐ろしい」存在だと感じる。近代ヨーロッパの大航海時代の後発者であったアングロサクソン民族は、世界に進出する中で、アジアの大国、すなわちインドと中国を押さえようとした。まずインドを植民地化し、マラッカ海峡のシンガポールを押さえて東アジアに乗り出してきた。中国に対しては、アヘン戦争を足掛かりに「眠れる獅子」を侵略し始めた。その後、日本とは一時期日英同盟(1902-23年)を結んではいたもの、日本の拡張に伴い敵対し始めると日英同盟を破棄し、日本に対してABCD包囲網などで抑えにかかった。
 このような歴史を見ながら感じることは、アングロサクソン民族はアジアの国々の台頭(覇権)を決して許さないという思いをもっているということだ。あくまでも自分たちが優位の立場に立ち、自分たちのスタンダードに従ってコントロールしていこうと考える。それが「動脈に注射針を入れてコントロールする」という彼らのやり方なのである。
 第二次世界大戦では、アングロサクソン民族のコントロールの対象が(アジアでは)日本であったが、現在では、それが中国になっているということである。
 これと関連する話として、「5 eyes」(正式名称はUKUSA協定)がある。1940年6月に、米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドの5カ国(旧英連邦諸国)が情報活動の連繋を始めたことがその嚆矢であった。今日でもこの組織は機能していて、昨今は中国の華為技術対応で、その強化が進められている。その一環で、日本を5 eyesに加えてはどうかという話まで出てきた。
 こうした動きに対して、アジア諸国からは「(日本は)またアングロサクソン側につくのか」という不信の見方も出ている。日本としてはこれをきっかけに、国際社会の中で(国連憲章に規定された「敵国条項」に該当する)敗戦国ではない立ち位置を築くことができるチャンスとして捉えることも可能であろう。もし日本が、5 eyesに加えられたとすれば、アングロサクソン民族からかなり信用されたということになるので、敵国条項から外してもらう取引に使えるのではないかと考えられる。

(2)情報をめぐる米中の覇権争い

 国際社会の秩序が大変動を起こしている昨今の情勢下で、覇権(ヘゲモニー)の対立が米中間で明らかになってきた。ヘゲモニーの「対立軸」が何かといえば、「情報」である。
 かつてK.マルクスは、「生産手段を押さえる者がブルジョアであり、そうでない者がプロレタリアだ」といった。現在の世界では、「金融を押さえる者がブルジョアである」と考えられる。しかし今後の世界は、「情報を押さえる者がブルジョア」となるだろう。
 そうした認識に立って私は、以前から「これからは情報覇権争いが始まる」と主張してきた。早く正確なよい情報を誰よりも先に得ることによって、ビジネスであれば儲けることができる。戦争であれば、重要な情報を得るために諜報活動を率先して行い勝利を目指す。ゆえに情報を制するものが、世界を制するのである。
 米中間で繰り広げられる、現在の情報覇権争いは、ハード面で言えば、人工衛星などの「宇宙開発」である。事実、昨今の情報のほとんどが人工衛星経由となっていることからも明らかである。そのため中国は、単独で宇宙開発を推進しており、2019年1月に月の裏側探査まで成功させた。トランプ大統領は、そうした中国の動きを見ながら、「宇宙軍」を創設した。ちなみに日本でも今年度(2020年)、宇宙やサイバーなどの新領域での防衛体制強化を手厚くすべく「宇宙作戦隊」(仮称)創設のための予算をつけた。ちなみにロシアは、20世紀のソ連とは違い、米国と協力しながら宇宙開発を進めている。
 もう一方のソフト面の情報覇権争いが5Gである。いくらハード面で優位に立ったとしても、ソフトを握られてしまっては勝ち目がなくなる可能性がある。そのため5Gをめぐる米中の争いが激化しているのである。
 5G開発を現実に落として見ると、米国にとっては不幸にも華為技術がリードしている。華為技術に続くのが、サムスン(韓国)、台湾積体電路製造(TSMC)である。ある調査によれば、5Gの市場占有率は華為技術が35%、サムスンが15%という。もし中韓が連携した場合には、市場の50%を占めることになるので、米国にとっては不公正だという憂慮がある。そこで米国は、華為技術とサムスンが連携しないか非常に神経質になって、モニタリングを始めている。
 華為技術の創業者(任正非、1944- )は、もともと人民解放軍出身の企業家で、その後民間として中国国内で事業を拡大しながら足場を固め、現在グローバル展開を繰り広げている。中国という社会主義国で作られた民間企業であるから、民間と言っても、自由主義社会の民間とは全然違うので、その点からして疑問があると米国は主張する。
 この点については議論の余地もあるかもしれないが、それ以上に米国が強硬に主張しているのは、華為技術は自前の技術開発ではなく米国の技術を盗んでいるという点だ(知的財産権の侵害)。米中摩擦のスタートはここから出発し、結果的に関税引き上げ合戦を繰り広げた。こうした文脈の中で米国は、華為技術に対する厳しい対抗措置を講じているのである。
 トランプ大統領の最終的な狙いは、「華為からモノを買うな、華為にモノを売るな」という戦術に見られるように、最後はグローバルな連携をとりながら「兵糧攻め」にしようとしているようだ。
 華為技術はすでにかなり大きく成長したので、その予算を見ると固定費の占める割合がかなり高くなっている。売り上げが固定費を下回れば当然赤字になるわけだから、トランプ大統領は「モノ(製品)を買うな」「モノ(原材料)を売るな」という戦略に出たのである。

(3)対韓輸出管理強化問題の背景

 前述のような流れの中で、日本が製造している(軍事転用が可能な)半導体材料3品目が、韓国を経由して中国に流れているのではないかという疑義が米国から呈された。具体的な証拠は示されていないようだが、どうも韓国から中国に横流しされているようだというわけだ。
 その傍証としては、日本が韓国に売った製品(半導体材料3品目)の総量と韓国国内消費量を比較した時に、どうも後者の方が少ないのではないかという疑義なのである。そこで米国は日本政府に対して、輸出国として韓国に輸出した製品の動き(契約書どおり韓国国内で使用されているかどうか)をきちんと管理せよと要求してきた。それを受けて日本政府は、2019年7月に韓国に対して半導体材料の輸出管理強化措置を講じたのであった。
 されに先立つ2019年6月28-29日、G20大阪サミットにおいて、主催国として安倍首相は「自由、公正、無差別な貿易体制を維持強化していくべき」であると自由貿易推進を宣言した。ところがその数日後に、韓国に対しては輸出規制をするという政府の方針が出された。普通に考えれば、それは論理に合わない行動だ。それでも日本政府がそのような措置を取らざるを得なかったのは、米政府からの強い圧力があったからだと認識している。
 米中の覇権争いの下、日韓関係において出てきた出来事の一つが、対韓輸出管理強化だった。レジスト、フッ化水素、フッ素化ポリイミドの3品目の扱いについて韓国政府に照会してもいまだに明快な回答がない。韓国政府は管理を徹底していると主張しているのだが、日韓政府間で認識の隔たりが収まらない根本には、米政府が(韓国側がしっかりとしたエビデンスを提出していないため)納得しておらず日本政府としては規制を解除できないということなのである。
 そこで韓国政府はこの問題を(日本側の輸出管理強化は不当であると)WTOに訴えることにした。当事者間の話し合いが進まないので、韓国政府はWTOに要請して紛争処理小委員会を設置し、ここで審理することになった。
 こうした日韓の動きを見ていた米トランプ政権は、最近これに関して「日本側の輸出管理強化は、安全保障のために行っていることであるから、WTO違反にはならないので問題ない」と主張し始めた。
 類似の例として、福島原発事故後の韓国政府による福島など8県産水産物の輸入禁止問題への対応がある。まず韓国政府がWTOに要請してこの問題の紛争処理小委員会を設置した。小委員会では日本の主張が認められたものの、上級委員会では負けてしまった。今度は、逆になる可能性もある。ただしWTOの委員の人員不足のため、小委員会の審理も数年を要するだろうし、その後の上級委員会が果たして開かれるかという見方もある。
 日韓二国関係だけの視点で見ていると双方の主張の応酬のようにしか見えないが、米中対立というより上の次元から見れば、米国が日本の後ろ盾になっていることは明らかである。
 これらの問題を韓国の立場から見るとどうなるか。彼らは、WTOに訴えることを通して国際社会に日本政府の措置が国際ルールに違反していると訴える場ができる。その場を通じて韓国が数年にわたり日本の不当性を主張し続けることは、少なくとも文政権にとってはメリットであると考えているようだ。なぜなら、国際社会の中で日本を「悪者」に仕立てていくことが、文政権の対日政策の戦術あるいは戦略になっていると考えられるからである。その目的は何か。
 文政権の最大の政策課題は、南北融和から将来の南北統一の実現である。その目的実現には資金が必要だ。30年前の東西ドイツ統合に際して西ドイツが負担した額を考えると、現在の韓国がそれと同様に北朝鮮を抱え込むことは不可能だと考えた。それならばどこかの国から資金を得るしかない。ロシア、中国、米国など、いろいろと思案してみても、現状で考えられる国は日本以外にない。しかし日本にしても、日韓基本条約(および日韓請求権協定)によって補償問題は解決済みとされているから簡単にはいかない。そこで日本は国際社会の中でふさわしい行動を取っておらず、戦争責任を果たしていないと、世界に訴えることによって資金問題解決の道を開いていこうと考えた。公式の場で日本の不当性を訴えていく場が、一つでも増えていくことは、文政権の外交政策にとってはプラスなのである。
 韓国向け半導体材料の輸出管理強化、さらにその延長としてのWTO提訴問題は、根が深い問題で、譬えてみれば「複雑骨折」をしているような状態といえる。だから解決は非常に難しいのではないか。解決が難しいとはいっても、公式の場で日本の不当性を訴え宣伝し続けることだけでも、韓国にとっては十分意味(価値)があると思っているようだ。

4.見過ごすことのできない元徴用工訴訟問題

 もう一つは、元徴用工訴訟問題から派生した在韓日本企業の資産売却問題である。
 ところで、私の基本姿勢は韓国と仲良くしようという立場である。一方で、アングロサクソン民族のえげつないやり方に対しては、日韓が協力して対応していくという方法も意味があると考えている。例えば、英国の対アジア政策を振り返ると、シンガポールとマレーシアを分離し、インドとパキスタンを仲たがいさせて利を得ようとしたことからも、その老獪さがわかる。日韓が連携することを、ときには阻害しようとすることもあるので、日韓が上手に共存共栄できる道があればそうしていきたい。ただ文政権に関しては、先述したような戦術を取っている限り、日本としては取りつく島がないだろう。それで厳しい言い方をするのである。
 元徴用工問題について多くの国会議員は、1965年の日韓基本条約(および日韓請求権協定)によってこの問題は解決済みだと考えており、日本政府も基本的に同様の立場である。日韓国交正常化交渉の過程で、元徴用工に対する未払い賃金など個人への補償についても話し合われたのだが、韓国政府(当時、朴正熙政権)は、個人に対する補償は政府が対応すると答えて決着したのだから、韓国内の問題であるとの認識である。国際社会に向けても、日本としてはやるべきことはしっかりとやっていると主張している。
 このような日本の主張は、日韓議員連盟や日韓経済協会などを通じて韓国側に伝えられている。しかしかつてと比べるとかなりパイプが細くなっていることも事実である。かつては日韓双方とも知日派、知韓派の人がそれなりにいて、互いに腹を割って話し合える関係にあり、しかも両国の政権の重要ポストを占めていた。今そのようなパイプを通じたコンタクト・ポイントがほとんどない中で、表明上の議論だけが対立を繰り返す構造になっている。
 ところで、2018年10月の元徴用工訴訟の判決文をどう読むかである。一般人の認識では、徴用された元労働者への一部未払い賃金を補償するために、日本製鉄(旧新日鉄住金)の資産を売却してそれに充当すべきと理解されているようだが、大法院の判決文をよく読むとそうではない。元徴用工が日本製鉄による不当労働によって精神的苦痛を受けたので、それに対する精神的損害賠償をするために資産売却を行うというのである(注:韓国大法院判決「原告の損害賠償請求権は、日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配及び侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権である」)。
 別の読み方もあるかもしれないが、この解釈を前提とすれば、この問題は単に一企業の問題に限定されるのではなく、日本が戦争中に行ったことによって朝鮮民族全体が精神的苦痛を受けたのでそれに対する賠償を支払えという意味にまで拡大解釈される可能性(リスク)もあると見なければならない。
 こう考えたときに、元徴用工訴訟問題は、一企業の資産現金化ということに限定して見過ごしては決していけない。
 日本の立場からいえば、日本製鉄の資産が不当に接収されるということになる。国際金融界の常識からすると、資産の不当接収は「カントリー・リスク」に相当する、重大な事項である。ゆえにこの問題は決して妥協したり引いたりしてはいけない案件なのである。
 もし韓国側が本当に資産の売却行為に着手した場合には、日韓関係は取り返しのつかないところに行く可能性がある。マスコミでも報道されているように、そうなったときの日本側の報復措置としては、ビザの発給停止などヒトの交流停止措置がある。それによって日本から技術者がいけなくなることで韓国側もダメージは大きいだろうが、それはまた日本にとっても代償を支払わなければならないはめになる。
 1997年のアジア通貨危機の例に倣って、対韓金融制裁という話も出ている。それを成功させるための絶対的条件は、基軸通貨(米ドル)を使った「蛇口締め」の実行である。しかしそれは日本単独では不可能で、米国が協力しない限りできない。こう考えると、米国も日本と同じような認識に立たない限り、金融制裁は難しいと考えなければならない。
 現状の日韓関係を考えると、互いに譲ることができない立場だから、泥沼化していく可能性が高いのではないか。
 先述したように、日本としては「取りつく島がない」状態なので、韓国政府を相手にせずに議論することである。これと関連するかのように、最近小野寺元防衛相は「丁寧な無視」で韓国に対していくことを提唱している。
 しかし「丁寧な無視」だけでは、リスクがあると思う。韓国の外交戦略は非常に巧みで、国際社会に対して「韓国の立場が善で、日本のやり方は不当だ」と宣伝する方法が非常にうまい。そこで日本は、国際社会に向けて日本のやり方は正当であることをもっとしっかりと主張してほしいと思う。残念ながら、日本の主張は非常に弱い。
 ちなみに、国際金融筋で非常に評判の高いのが康京和外相だ。彼女は、欧米のTVなどメディアにしばしば出演して英語で巧みに語りかけている。しかも冷静な発言なので、欧米では受けがいい。それを聞いていると、韓国側の主張の正当性がますます補強されていくのを感じる。康外相は、日本の悪口は(控えめながら)ところどころにちりばめている。その結果、日本の立場は次第に悪くなりつつあるような気がする。この点は、気を付けてみていた方がいい。

5.米大統領選の日韓への影響

 最後に、米中関係と米大統領選を軸として、その日韓への影響について述べてみたい。
 現状(8月上旬現在)では、トランプ・バイデン両候補とも五分五分だ。さらに言えば、接戦ではあるが、トランプの方がやや有利ではないかという見方もある。
 米国の世論調査の結果(その多くは「バイデンが10ポイントほどリード」)については、前回の大統領選挙の苦い経験もあって、世論調査そのものに対する疑義がある。もう一つの要因は、(世論調査に表れてこない)いわゆる「隠れトランプ」票の存在である。
 今誰が大統領になっても、コロナ禍に伴う厳しい景気を回復させることは難しいし、そもそもコロナ禍による景気の落ち込みはトランプの責任とは言い切れない。この点について、多くの米国民は比較的公正な見方をしている。例えば、トランプ政権以前、6-7%近くあった失業率が3%台になるなど、トランプ政権は米国民に雇用機会を提供してきたといえる。
 少なくともコロナ禍が米国を襲うまでは、好景気に支えられて大統領選は問題なしと考えていたが、トランプ陣営はコロナ禍によって計算が狂ってしまった。とくに、5月の黒人圧死事件後に暴動が起きた時、トランプ大統領が「連邦軍を出動させる用意がある」と発言したことは、大きなミスだった。この発言は共和党のサポーターからもブーイングがあった。
 しかしトランプ大統領は、クールな発想の持ち主だから、選挙に勝つために相手の弱点を攻めることを考えている。その一つが、米国民に広く浸透している反中意識を利用した戦略だ。香港問題、新疆ウイグル人の人権抑圧、南シナ海・東シナ海問題などを取り上げて、積極的な攻勢に出て米国民の愛国心に訴えた。最後に(大統領選挙日前の対中包囲網が整った段階の)絶妙のタイミングを見はからって、「中国とつながっているのがバイデン候補だ」ととどめの発言をするのではないか。
 トランプが再選された場合どうなるか。トランプ自身はイデオロギーの信奉者ではないので、中国のイデオロギーや習近平が嫌いなわけではない。再選されたならば、(米中対立局面から)一旦引き、中国が再びすり寄ってきたところで中国を利用する手を打つというように、様子見局面になるのではないかと思われる。
 トランプは、あくまで自分にとって有利か不利かといった利益でもって判断を下す人間で、方針を180度転換することに対して何の躊躇もない。一旦引いて、中国の出方を見ながら次の手を打つ。コロナ禍がなければ、今年前半に米中貿易摩擦は一旦解消するはずだった。
 民主党バイデン候補が勝った場合には、中国国内の人権と民主主義に対する対応では、米国世論の声もあるので強硬策を取るだろうが、グローバルに解決すべき課題(地球温暖化、核軍縮など)については、中国とひざを交えてしっかりと議論する立場を取るだろう。ゆえに民主党政権になった場合は、やはり一旦中国に寄っていくだろう。
 日韓関係への影響としては、大統領選後、若干緩和するだろうが、根源的には米中間の情報覇権争いが継続していくので、とくに対韓輸出管理強化問題は、だれが大統領になっても容易に解決しないだろう。

(2020年8月6日、研究会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
眞田 幸光 愛知淑徳大学教授
著者プロフィール
慶應義塾大学法学部卒。その後、東京銀行入行し、東京三菱銀行ソウル支店、ドレスナー銀行勤務などを経て、98年愛知淑徳大学助教授、2002年同教授、この間、同ビジネス学部長などを歴任し、現在に至る。専門は東アジアの地域経済と国際金融。日本格付研究所客員研究員、韓国金融研修院外部講師等も務める。主な著書に『日本の国際化と韓国』、編著『早わかり韓国 文化が見える・社会が読める』、共著『北東アジアの経済・社会の変容と日本(1-4)』他多数。
新冷戦ともいわれる米中対立とグローバルな経済・金融界の動きを前提にして昨今の日韓関係を分析し、今後の展望を述べる。

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