ポストコロナの世界秩序と新型コロナの多角的影響 ―世界的潮流からみた昨今の日韓関係の考察―

ポストコロナの世界秩序と新型コロナの多角的影響 ―世界的潮流からみた昨今の日韓関係の考察―

2020年8月19日
平和外交・安全保障

 コロナ禍は引き続くが、コロナのこれまでの政治社会的影響を把握し、ポストコロナの世界秩序を展望してみたい。日々動きのあるコロナと米中対立をめぐる状況であるが、現時点での考察を試みる。また、慰安婦問題をめぐる昨今の日韓関係についても考察する。

1.コロナ禍の世界的影響

 今年2020年に入り世界に拡散した新型コロナウィルス感染は、世界各国の実に多様な分野に複合的影響を与えている。その特徴的な内容を挙げてみる。

①増え続ける犠牲者数
 コロナは7月になっても世界の多くの地域で収束の気配をみせておらず、コロナは6月下旬に約50万人の犠牲者を出している(7月末には67万人に達した)。
 あまり報道されていないが、途上国や紛争地域での感染者拡大も深刻になっている。6月に入って世界保健機関(WHO)は、南アメリカや南アジアでの感染拡大へ警告を発した。アフリカを含めて、こうした地域の感染者や死者の統計がきちんと把握されているのかという問題がある。一例として、ナイジェリアの北部カノ州でコロナ原因と思われる不審死500人があった(6月8日)。それまでナイジェリアは感染拡大を抑えていたのに、急にこのような数字が出てきた。
 さらに、途上国では公衆衛生の問題がある。感染症予防は手洗いが必要だが、地域によっては手洗いする水がないという現実がある。また医療関係者のみならず、コミュニティにおける啓発のためのスタッフ(人的資源)の不足、病院などインフラの問題も深刻である。同様の状況は難民キャンプでもある。そもそも難民キャンプは、衛生状態、インフラも劣悪なうえ、いわゆる3密状態であるから、感染症拡大の心配がある。

②世界経済の悪化
 コロナは世界経済を悪化させている。2020年の世界経済の見通しについて、世界銀行が−5.2%、IMFが−3%とそれぞれ予測している。コロナ禍の特徴として、その影響が先進国・新興国・途上国を問わずに及んでいるために、経済の停滞を救済する牽引国がないということがある。この点が、リーマンショックの経済危機との大きな違いであり、経済の先行きが非常に不透明になっている。

③失業率の増加
 コロナ感染拡大と防止対策によって多くのビジネスが休業、閉鎖を余儀なくされ、結果として失業率は軒並み上がっている。日本経済新聞社の報道によれば、国内の5月の完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月比0.3ポイント悪化している。これもワークシェアリングや、常用雇用を希望していながらパートで働いている人を反映していない。米国の失業率は、今年4月にそれまでの4%前後から14.7%に跳ね上がり、5月も13.3%であった。さらに経済協力開発機構(OECD)は、第2波が来た場合には、加盟国の失業率は、5月の8.4%から年末には12.6%になると7月上旬に報告した。

④貧困の拡大と子供への影響
 コロナ禍は、生命の危険に加えて、経済的社会問題もひきおこしている。これまでの国際社会の努力は、極度の貧困を世界人口の約10%の7億人まで減少することができたが、コロナ禍の経済悪化で、それが11億人へと増大する懸念が指摘されている。推計値は多少違うが、国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)は、「新型コロナのパンデミックにより、世界人口の8%に相当する5億人が貧困に陥るおそれがある」と警鐘を鳴らした(4月8日)。これにより、1990年以来初めて、30年ぶりに貧困も世界的に増大することになる。貧困削減は、国際機関が取り組む課題の中で最も成功したものの一つであったが、それが水泡に帰してしまうほどの衝撃的出来事が起ころうとしている。
 貧困は、子供たちの健康・栄養状況や学習環境の悪化ももたらす。さらに、コロナ禍はひとの行き来と交通の往来を遮断するために、他の感染症対策やコロナ以外の感染症の定期予防接種(ポリオやはしかなど)にも影響が及んでいる。WHOは「乳児8000万人の危機」と警告し(5月22日)、それは少なくとも68カ国に及ぶとしている。
 そして教育格差の問題も深刻である。コロナ禍により移動が制限され、オンラインによる授業も、教師の側、生徒の側にネット環境が整っていない地域が少なくない。教育格差は長期的な影響を与える問題であり、将来的には「失われた世代」を生みかねない。また、経済悪影響がもたらす貧困拡大は、悪条件下での児童労働が再び増加する可能性を含む。

⑤移民労働者への影響(感染・貧困・足止め・労働力不足)
 世界の移民労働者は、およそ1億7500万人以上である(難民や永久居住者をも含む)が、多くの移民労働者が職を失い、感染し、貧困に陥り、国に帰れないという苦境に追い込まれている。途上国の出稼ぎ労働者は、出稼ぎ国で職を失い送金できなくなり、かといって母国でも職を得られるわけではない。世界銀行は今年の海外送金額の減少を約20%と推計している。
 さらに、移民労働者は、(特殊技能者を除いて)概してどの国においても低賃金で劣悪な環境に置かれている。そして言語の問題も大きいこともあり、公共サービスを十分受けられない。日本でもコロナ禍のときに、海外からの技能実習生が期間終了後帰国しようとして帰れず、収入もないという二重の困難に遭遇した。不法労働者の窮状はなおさらである。
 こうした移民労働者の保護に関する国際条約に、「全ての移住労働者及びその家族の構成員の権利の保護に関する国際条約」がある。しかし、移民を出している国は批准するも、(日本を含めて)移民受け入れ国の多くがこれに批准していない。
 この条約のポイントは、不法就労を含む全ての外国人労働者とその家族に自由権的基本権を保障すること、受け入れ国の労働者と同一の報酬、社会福祉、医療サービスを受け、労働組合に加入もしくは参加する権利の保障、移住労働者の子どもの出生と国籍の登録・教育権の保障などである。ホスト国には非常に要求の高い条約となっている。
 労働者の権利保護の国際機関には、ILO(国際労働機関)やIMO(国連移住機関)などがある。しかしWHOやUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が現地活動に根付いているのに比べると、これらの機関の現地活動は限られており、それは今後の課題であろう。
 コロナ禍での移民労働者の問題は、日本では労働力の問題ともなる。実際日本では、技能実習生が入国できないために農作業ができず困っている農村もあり、また介護福祉の分野でも東南アジアからの労働者に負うところが少なくない。労働力問題は、今後の一層日本経済の課題となるだろう。

⑥自由貿易体制の弱体化
 各国での感染拡大に伴い、コメ・小麦などの穀物を含む食料や医療関連品の輸出制限を実施した国々がある。一方で、医療物資不足の状況を利用して中国は「マスク外交」を展開した。医療用マスクや防護服をアジアやヨーロッパに送ったが、規格外や品質の問題だけではなく、中国の居丈高な姿勢が欧州各国と中国との摩擦を生じた。
 コロナにおいては、各国が医療品、医薬品、医療機器の国際供給への依存への警戒を高め、自国生産に傾いているが、ファイナンシャルタイムズのマーティン・ウルフはその間違いを指摘する。問題なのは貿易ではなく、供給不足であり、供給不足を供給網の強靭化という国際貿易がもたらす供給源の多様化で補うことが大切であるという。自国生産の結果細分化された国際市場は、量産効果、技術革新への投資の余裕もなくなると警戒する。1  

⑦コロナとポピュリズム
 コロナ禍は、ポピュリスト的傾向をも浮き彫りにした。ブラジルの大統領は、ブラジルでの急増するコロナ感染者・死者数などのデータを(一時的ではあったが)非公開とした。またロシアのプーチン大統領は、(コロナ感染が収まらない中でも)外出制限の解除を進めた。そこには(自身の大統領の任期をさらに延長できるようにするための)憲法改正の国民投票を控えているという事情があるといわれている(7月1日の国民投票で憲法改正案は8割近くの賛成で可決され、改正憲法は4日に発効した)。ポピュリズムは、コロナ対策を犠牲にしうる。

2.ポストコロナの世界秩序

 前述のようにコロナ禍が露呈した多岐にわたる問題は、ポストコロナの世界秩序にどのように影響するのだろうか。ある意味、コロナ禍は総じて悪い意味で「歴史を逆流させ、そして歴史を早めもした」と言える。世界秩序は、この混沌とした状況によってどう変化するであろうか。
 世界秩序の維持は、①力の強い一国(覇権国)による場合、②主要国間の協調(G7やG20等)による場合、③国際機関という制度やルールに基づく秩序、さらにそのさらなる変容としてのグローバルガバナンス(非国家的主体も参加するガバナンス)による場合などが考えられる。ここではこの主な三つの観点から見てみたい。

(1) <覇権国としての米国>

①民主主義・人権の価値の維持のための指導者の資質
 5月のアフリカ系アメリカ人の白人警察官による暴行死に端を発し、全米に広がった反人種差別運動とその暴動化は、アメリカ社会の根深い人種問題を露呈した。さらに、いわば社会の分断化を招くようなトランプ大統領の言動からは、アメリカ大統領の統治能力が問題となった。
 トランプ大統領が反人種差別運動に対して連邦軍を投入すると発言して、アメリカ社会で反発を受けた。それを利用して中国は、過去の天安門事件でのデモ隊の軍事鎮圧を正当化した。ところが、それに対して明確に反論したのはポンペオ国務長官で、トランプ大統領ではなかった。また、天安門事件31周年に中国の人権活動家にあったのもポンぺオ国務長官であった。 

②コロナ対策における適切なリーダーシップ
 世界一の大国においても、社会の多方面に影響を及ぼすコロナを免れることはできず、また、アメリカは人口100万人当たりの感染者数も高く、多くの犠牲者を出している。コロナ対策においても、トランプ大統領は、11月の大統領選挙の再選しか眼中にないようで、経済政策を優先させ社会を通常に戻そうとしている。アメリカの新型コロナウィルス死者数は、7月末の時点で、15万人に達し、感染拡大も続いている。しかし、トランプ大統領は学校の再開を促しており、秋に再開しない学校への補助金打ち切りの可能性まで示唆している。

③米国社会の分断の促進
 コロナ禍は、アメリカ社会の人種格差(コロナ感染死亡率において、黒人が他の人種よりも高い)が、所得格差、健康格差に通底するものであることを浮き彫りにした。さらに雇用環境の悪化は、低所得層の間でより深刻である。またここ十年くらいの間に中間層の没落が促進しつつあったが、コロナ禍によって格差がさらに拡大しうることは、アメリカ社会そしてアメリカ民主主義の不安定化を招くだろう。

④一国主義
 トランプ大統領は、コロナ禍にあって「WHOとの関係を終わらせる」と発言していた(5月29日)が、7月6日国連側が、アメリカのWHO脱退(来年の7月6日脱退)の正式な通知を受け取ったことを認めている。これは今までのトランプ大統領の多岐にわたる一国主義(ユネスコ、国連人権理事会、パリ協定からの脱退など)が、今回の中国寄りのWHOへの反発により加速されたものであろう。
 コロナ禍が保護主義の風潮を高める危険がある中で、トランプ大統領は、これまでのWTOへの非協力的姿勢(上級委員会の欠員補充阻止)や対中国貿易制裁にも見られるように、自由貿易の推進者になっていない。
 バイデン大統領候補は、対中強硬論が高まる米国内世論を反映して対中貿易強硬姿勢を示すだろう。しかし、WHOに関しては、11月の大統領選に当選すればWHOに戻るといっており、コロナをめぐる国際協調を主導する可能性もある。
 コロナは、総じてアメリカの弱さを露呈し、一国主義を促進している。アメリカの覇権国としてのイニシアティヴを今後期待することは難しいかもしれない。

(2)<国際社会における中国の地位の行方>

 中国の急激な経済的軍事的台頭は、コロナ禍で強硬的外交でより顕著になっている。今後の世界秩序を考えるにあたって、アメリカに対峙しつつある中国のコロナ禍での現状を理解することは重要である。

①共産党支配の国内体制の安定性
 共産党支配の正統性と安定性は常に問われている。今日において、共産党の事実上の正統性は「階級論」ではなく、「経済発展」である。南シナ海での軍事拠点化など強硬な姿勢もこの文脈で理解しうる。「(中国の立場からは)約14億の国民を養うためには、食料・エネルギー資源の確保が重要で、海外への出口としては南シナ海が重要なルートである。ゆえに南シナ海への進出は防衛的なものだ」という主張になる。この意味で国内体制の安定性確保は共産党支配にとって重要事項であり、経済問題はそれと直結している。

②マイナス経済成長
 共産党への国民の支持が、「(国民が)共産党を支持するのは、今日より明日を豊かにしてくれるからだ」ということになると、コロナ禍での経済マイナス成長は、中国指導部にとっては大きな脅威になる。今年の第二四半期がコロナ禍によってマイナス成長になり、今後の経済成長は重要な問題である。5月の中国全国人民代表大会でも、初めて経済成長率目標を設定しなかった。

③新型コロナで明らかになる権威主義体制の強みと弱み 
 新型コロナ対策では感染拡大防止、感染者の追跡のために、中国は大幅な私権の制限を行った。ベトナム同様、権威主義体制下では私権は規制しやすい。ただ、これは権威主義体制(非民主主義体制)の脆弱性を示している。武漢で感染者が発生した直後に、ある医師が警鐘をならしたが、警察によって訓戒処分にされた。国家監察委員会の調査チームが、原因不明の肺炎患者を確認し、武漢市の公安当局は警察の訓戒処分を撤回したが、訓戒が情報隠蔽や初動対策の遅れにつながったことについては触れていない。権威主義では、現場で何が起きているのか、それを正しくくみ取ることができず、たとえくみ取ったとしても隠蔽してしまい対策が後手に回ってしまうのである。
 さらにこうした問題自体の検証を、コロナ終息後に権威主義的体制の国で果たしてできるのかという疑問もある。実際、中国政府は「新型コロナ白書」を6月7日に出したが、これは政府の正しさを強調しており、それまでの施策を正当化するとともに、「中国は被害国で、世界的ウイルス対策に貢献した」「汚名をかぶせて政治問題にするのは断固反対」「中国はいかなる賠償請求も受け入れない」という声明であった。
 データ公開が遅れて感染が広がったという国際社会からの指摘にも中国は同意していない。独立機関による中国の隠ぺい問題についての国際的な検証を提案したオーストラリアに対して中国は、反発するだけではなく、貿易ルール上の根拠が不十分のままに牛肉輸入を停止し、大麦輸出に追加関税をかけた。さらには、中国国民にオーストラリア旅行をしないように呼び掛けるなどの報復措置まで講じた。ただ、7月上旬に、WHOがウイルス発生源調査のための専門家チームの中国派遣を決め、中国政府もその受け入れを表明した。

④大国意識に基づく強引かつ強硬な対外政策
 コロナ禍において中国外交はより強硬になりつつある。マスク外交は勿論のこと、各国がコロナ対策に忙殺されているからこそ、自国のアジェンダを遂行していく。例えば、今年4月には空母「遼寧」が宮古海峡を通過し、南シナ海で訓練を実施した。そして、昨今の尖閣周辺での中国公船の頻繁な航行、台湾沖での人民解放軍の活動活発化、南シナ海での積極的な軍事拠点化の推進、海警局の当局船のベトナム漁船への体当たり事故、南シナ海の各諸島を統括する行政区「西沙区」「南沙区」の設置、インドとの国境係争地域ラダックでの衝突などがある。
 北京で制定され、6月30日から施行された香港国家安全維持法は、中国政府に対する反逆や転覆を警戒し、香港の民主化、一国二制度をさらに脆弱なものにしている。各国からの懸念の声には内政干渉であると反論している。

(3)<対中警戒の動きと対中経済依存>

 国内での脆弱性を抱えながらも強硬姿勢を続ける中国に対しては、アメリカだけではなく、各国の警戒も高まっている。南シナ問題を抱えながらも、これまでどちらかというと中国寄りといわれてきたフィリピンのドゥテルテ大統領は、今年2月に米軍地位協定の破棄を通告したが、6月になって「破棄」留保を明らかにし、共同軍事演習も継続することを表明した。
 インドネシアも対中硬化を深めている。高速鉄道建設計画では中国がその受注に成功したが、その後トラブルがあって、日本にも参加を打診してきた。また中国が南シナ海の海洋権益(いわゆる「九段線」)に関して話し合い解決を提案したが、インドネシアは中国の一方的な主張にすぎないとして拒否した。さらに中国漁船に乗組員として働いていたインドネシア人船員が、操業中に過酷な労働を強いられ死亡し、その遺体が海中に投棄されるという事件が起きて、重大な人権問題として浮上した(2020年5月)。
 地域大国であるインドとオーストラリアの連携も深まっている。6月には両国の首相がテレビ会談を行い、安保分野での協力強化と外交・防衛分野の閣僚級協議(2プラス2)を実施することで合意した。さらに米印が主導して行ってきた「マラバール」海上合同訓練にオーストラリアも参加することになった。インドは、従来「自由で開かれたインド太平洋」構想に対しては、「包括的」であるべきということを主張し、常に慎重であった。日米との関係も強める一方で、ロシアや中国との安定的な関係維持を目指していたからである。しかし、最近の中国とのラダックでの国境紛争の経緯もあり、オーストラリアとの安保協力を高めたといえる。
 機密情報共有枠組みを持つ英米加豪そしてニュージーランドは、それぞれ中国の香港政策に厳しい姿勢を見せている。アメリカは、中国共産党の当局者に制裁を科し、カナダは中国への軍事物資の輸出凍結決定、ニュージーランドは中国との関係を見直すとしている。その中でも顕著なのは、2010年代に親中政策をとっていた英国の姿勢の変化である。英国は、2010年代は、中国の進めるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に欧州で最初に参加を表明し、国内の次世代原発運営企業への中国資金導入を決めるなど親中的な態度を見せてきたが、5Gネットワークに使用されるHuawei製品の使用範囲の縮小など見直しの動きも最近は見せ始めた。国歌条例や香港国家安全維持法制に反対し、一国二制度の危機を憂慮して英国は、香港返還の原点である「中英共同宣言」(1984年)の順守を求めたが、中国外務省の報道官は、「中英共同宣言は、中国の香港政策を拘束する効力はない」との考えを示していた。香港返還交渉当時の英国は、一国二制度を維持することによって中国本土にも民主化の影響を及ぼし「本土の香港化」を考えていたが、現実には「香港の本土化」になってしまっていると認識し、対中姿勢を硬化している。イギリスは香港市民に対し、市民権獲得の道を開く方針を発表している。
 ただ、中国に対する警戒心がありながらも、多くの国には対中経済依存という現実がある。これらの警戒姿勢の実効性は、注視する必要がある。例えば、英国はBrexitでEU離脱をしたために経済面での困難が予想され、中国との関係を完全に切ることは容易なことではないだろう。オーストラリアにとっても中国は最大の貿易相手国である。さらに、インドも国境衝突で、中国製品ボイコット運動、投資規制の動きが起っているが、その実効性は不透明だ。インドの最大の貿易相手は中国である。インドの産業界は、医薬品原料、肥料、自動車部品、電子機器・部品なども中国からの輸入に大きく頼っている。
 東南アジア諸国は、中小国として対中経済依存が大きいだけではなく、地域における大国の関与に敏感であり、こうした対中警戒が、持続的なものかは不透明で注視する必要がある。
 米ソ冷戦と違い、多くの国が対中経済依存にあるなかで、中国への依存度を低くする動きも、どこまで効果的に進められるか不明である。米ソ冷戦では米国や西側諸国は、ソ連なしで生きていけた。しかし今の国際経済の構図では、分断は共倒れする。だから中国を牽制しつつも、リベラル秩序に引き入れる必要がある。しかし、それへの戦略となるような、硬軟入り交ぜた対中戦略は、上述したような覇権国アメリカの一国主義と対中強硬政策の中に見出されていない。

(4)<主要国間協調の行方>

 そのような中で、コロナ禍での中国の強硬姿勢に対する自由と民主主義の維持は、コロナ対策とともに主要国間協調の重要な役割となってくる。中国による香港国家安全維持法の制定準備に対して、G7外相は、「重大な懸念」を示す共同声明を発表し、香港で守られてきた権利や自由の尊重を強調し、中国政府に再考を強く要求した。しかし、香港国家安全維持法が施行されても、G7の共同声明は出ていない。上述のように、英米豪加各国は制裁措置をとるが、日本、ヨーロッパ諸国は制裁措置をとっていない。欧州連合のミシェル欧州理事会常任議長は、中国の決定は遺憾だと述べ、欧州委員長も協力国と対応を協議というが、EUの第二の貿易相手国の中国への制裁の可能性はない。制裁ではなく対抗措置(香港市民、学生へのビザや犯罪人引渡条約の見直しなど)にとどまると思われる。
 そもそも各主要国の金融機関も集中する香港情勢をめぐっては、良く考え抜かれた対中政策が必要となる。金融関係の制裁のダメージが、複雑な国際金融のネットワークを通じて、結局は制裁国やその関係企業に跳ね返ってくる恐れもある。
 さらに、中国の主眼は台湾であることを念頭に、香港情勢の行方を注視する必要がある。中国の対香港強硬姿勢は実質的には防衛的といえよう。天安門事件の経験もあるためか、中国は今回は武力を使用しなかった。香港への関与、圧力の行使には、注意深いといえる。そもそも中国が香港国家維持法を制定したのも、2019年の大規模デモ(「逃亡犯罪条例」改正案への反対運動)以来の混乱を収拾できない香港行政府の統治能力の限界を見極め、9月に控える香港立法会議員選(7月末に延期決定)で親米勢力の民主派が増加し収拾がつかなくなる前に、早い段階で介入したといえる。一国二制度はそもそも台湾政策であり、行き過ぎた民主化統制は香港の国際金融都市としての地位をも脅かし、それは中国にも損失である。今後は香港国家安全維持法の運用を注意深くみて、実際の運用において逐一警告を発することが必要であろう。
 また上述したようにコロナ禍は世界各地で経済悪化、貧困拡大、公衆衛生の脆弱な国や地域でのさらなる感染拡大も招いている。途上国の経済開発や福祉に寄与するというルールを持つ開発援助委員会のメンバーではない中国の援助の悪影響を広げないためにも、コロナ対策のための幅広い経済社会的国際協力を人的、資金、技術の面で推進して、感染拡大防止、景気回復を行ってゆくことが必要となる。ヨーロッパはコロナ復興基金設立を合意し結束を見せたが、世界規模でのコロナ復興のグランドデザインは主要国間においても十分な議論もなされていない。

(5)<国際機関の役割>

 国連の各機関は、様々な対立や困難はありながらも動き出してはいる。新型コロナ感染の拡大を受けてグテレス国連事務総長は2020年3月、(シリア、リビア、イエメンなどを念頭に置いて)「世界中に即時停戦を求める」と呼び掛けたが、一部、ミャンマーの少数民族などで停戦に応じた例はあったものの、ほとんどの地域で応答がなかった。
 国連安保理は、かつてエイズやエボラ出血熱などの感染症問題で安保理決議を出した。感染症に関する安保理決議の意味は、「国際の安全と平和への脅威になる」との共通認識を生み、各国の行動を促すことである。
 今回のコロナ禍は、エイズやエボラ出血熱と比べても世界的な広がりでは格段の差があったが、米中対立のために安保理決議はかなり遅れた。WHOがパンデミック宣言を出したのは3月11日だったが、安保理がコロナ禍をめぐって非公開会合を開いたのが4月9日だった。一か月近く時間を要した背景には米中の対立があった。米国は、会議で中国の責任論を問うべきと主張し、一方の中国は、責任論が議題になる安保理の議論には参加しないと反論した。7月1日になってようやく安保理はコロナに関する初の決議である停戦要求の決議を全会一致で採択した。
 2020年5月のWHO総会は、治療薬やワクチンの公平な利用に向けて国際的協調を目指す決議を採択した。ただ、特許が条件づけられ制限されるとなると、開発の動機付けの部分でインセンティブが削がれる可能性もあり、そのバランスをとるべく民間でのイニシアティヴが始まっている。2017年1月に発足した「感染症流行対策イノベーション連合」は、各国やビル&メリンダ・ゲイツ財団等からの資金を、民間企業や研究機関にコロナ薬開発に提供する仕組みを設定し、ここにかかわる研究者や企業は、公正な価格での十分な供給を約束した上で研究開発することが求められている。つまり「公正な価格での十分な供給」とは、薬の開発に伴う特許について占有しないこと(強制実施権)である。このような非国家主体も参加するグローバルな枠組みも活用しての国際的協調の強化が望まれる。
 WHOについては、中国の影響力が増加しているといわれているが、アメリカが持つ影響力を簡単に凌ぐことは、アメリカ脱退後も容易ではないだろう。WHOにおける米国の役割は大きく、米国の拠出金はWHO歳入の12%を占めている。一方、中国の自発的拠出金は0.97%に過ぎない。さらに、都立大学の詫摩教授が指摘するように、WHOは、安保理などの機関と違い公衆衛生、医療関係の専門家・技術者の集団で、主たる事業の組織力、企画力、指導力や人的資源や資金、技術は、アメリカ政府そして専門家、財団などが貢献してきた。詫摩教授は、WHOにそのような能力を提供してきた米国の力量は、一朝一夕で追いつけるものではないと指摘している。2  こう見ると、中国がWHOのみならず、グローバル・ヘルスを有効に率いてゆくことは容易ではないだろう。
 コロナ禍での国際協調の指針として、2015年に国連で決議された「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標のうち、目標1と3と6(1:貧困根絶、3:健康的な生活と福祉、6:安全な水と衛生)がある。ただSDGsを国際社会が共有していても、誰がどこに資金を出すかという課題がある。そもそもSDGs達成のための資金不足は従来から指摘されていた。コロナで大幅な財政出動を行い、経済不況に陥る援助国、途上国の実情に鑑みれば、民間資金の活用や費用対効果を見極めた優先順位づけによる早期達成目標の設定の必要が重要となる。また、開発援助委員会ルールに則る戦略的なODAが、中国の援助外交の弊害を抑えることができるであろう。

(6)<今後の展望>

 ポストコロナの国際秩序における米の動向は非常に流動的で、中国の台頭も加速している。覇権国としてのアメリカの強い指導力を期待することは難しい。中国の現状を見据え、長期的な視野に立ち、過度な反応を控えた着実な対中政策を通じて、共通課題を認識しながらの主要国間協調、国際機関を通じてのコロナ対策の国際協力、そしてリベラルな秩序の維持と強化がさらに期待される。

3.昨今の日韓問題

(1)国際情勢とリンクする日韓関係

 日韓関係、そして歴史認識問題は、単に二国間関係だけではなく、(周辺国の動向を含む)世界秩序の変動に大きな影響を受けて動いてきた。
 1965年の日韓請求権協定が結ばれた背景には、激化する冷戦下で、米国が日韓両国に働きかけて国交正常化交渉が進められた。それは長期に渡る困難な交渉であった。しかし結局韓国側に不満は残り、後に慰安婦問題や徴用工問題となって表れてきた。90年代は、冷戦終結による人権の普遍化とともに、戦後補償問題が噴出し、アフリカや旧ユーゴにみられるような民族紛争の激化、戦場における女性の人権などが注目されるようになった。さらにこの時代の情報技術の発展により、人権活動家やNGOの活動が活発化し、国連に対する影響が高まった。慰安婦問題はこの時代的文脈の中で顕著になっていった。
 その後、2010年代以降は、日韓の国力差が縮まったことと、中国の台頭があり、韓国では対中傾斜、対日軽視の傾向が顕著になり、日韓関係はいよいよ悪化した。2015年の日韓慰安婦合意は、日韓の歩み寄りというよりは、北朝鮮の核・ミサイル危機、そして中国の台頭を警戒した米国の助言によって進められたといえる。
 日韓が、信頼醸成を通じて国際情勢に頼らずに、歴史認識問題をより自律的に解決してゆく余地はどのくらいあるのであろうか。昨今生じた元慰安婦による挺対協糾弾とその影響を、世界的趨勢と共に概観することで短く考察してみたい。

(2)元慰安婦・李容洙の訴えと挺対協の問題

 この春、元慰安婦・李容洙が、30年以上にわたってともに歩んできた挺対協(現「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」=正義連)に対して、二つの観点から異議をとなえた。その二つとは、正義連の会計不正疑惑(補助金、寄付金の使途)と被害者の意向軽視についてであるが、ここでは後者について検討してみたい。
 元慰安婦・李容洙は、挺対協への様々な異議を唱えた。「水曜集会は分断をまねくものだ」「募金のお金が元慰安婦のために使われていない」などと訴えて正義連が被害者を尊重していないことが明らかにされた。
 被害者(元慰安婦)個人は弱者なので、自分たちの意見や主張を効果的に公的な政策や手段に乗せる知識やノウハウ、資金をもっていない。被害者を支援する活動家は、知識と組織力と資金力をもつプロである。しかし、一般のNGOが情報、資金、メディアへの注目度、世論の支持、政治闘争などの競争での生き残りを図るように、挺対協も韓国国内世論向けの民族主義言説に固執した。ゆえに、被害者支援団体でありながら、次第に被害者の立場が軽視されていくことになった。
 加えて、慰安婦問題の支援団体の二つの団体、正義連と太平洋戦争犠牲者遺族会(以下「遺族会」)の経緯をみると、挺対協がいかに元慰安婦達を独占してきたかが明らかになる。
 遺族会は、1974年に結成された団体で(83年に再編)正義連よりも歴史が古い。太平洋戦争時代に、朝鮮人で日本軍人・軍属として徴用され戦死・不明の人が非常に多かったことから、遺族会はその名簿を日本政府に要求し、さらに91年12月には戦後補償を求めて集団提訴を行った。その原告団の中に、元慰安婦もいた。
 この裁判を支援したのがジャーナリストの臼杵敬子であり、彼女はその後今日にいたるまで、多様な形で元軍人・軍族、徴用者やその遺族、そして元慰安婦を支援している。臼杵は「日本の戦後責任をハッキリさせる会」=通称「ハッキリ会」の主要メンバーとして遺族会とともに地道におこなった被害者に対する聞き取りの証言集を機関誌『ハッキリ通信』にまとめた。その目的は、アジア太平洋戦争の戦争責任が戦後責任をも生じさせている中で、軍人軍属、徴用者の名簿調査を連携して行い、日本政府に対し名簿の完全収集とその公開を求め、遺族会の対日訴訟の行動を支援してゆくことであった。事実を知らなければ真の謝罪や補償、そして関係再構築はできないという思いがあった。『ハッキリ通信』には、被害者の貴重な証言が残っている。最初に証言をした金学順も遺族会による対日裁判の原告であった。
 しかし、当時の挺対協が次第に慰安婦元被害者を「代弁」してゆき、それは必ずしも和解を目指したものではなかった。日本政府が2回の政府調査を行った際に、元慰安婦に聞き取りをおこなった。挺対協は日本の法的責任を求める一方で、日本側の聞き取りに協力しなかった。その後1995年に日本政府が設置したアジア女性基金による償い金について、挺対協は受け取らないようにと被害者たちを指導し、受け取った被害者を非難した。
 一方、遺族会の役割は大きかった。日本政府の聞き取りに協力したのは遺族会であった。そもそも遺族会は、元慰安婦だけではなく様々な被害者の聞き取り作業を独自に進めており、聞き取り当時存命中であり、日本語も話せた被害者本人の証言が多く集められた。韓国政府に要求して1993年に「慰安婦生活安定支援法」を実現させたのも遺族会だった。しかし戦争の犠牲者の中で、元慰安婦だけが挺対協によって社会からクローズアップされるようになり、遺族会としてはその他の被害者犠牲者への協力も挺対協に求めたが、かなわなかった。
 挺対協が元慰安婦の多様な声を反映しないということで最近問題点になったのは、ソウルにある南山公園の慰安婦「記憶の場」の石碑問題である(2016年8月建立)。その石碑には、元慰安婦の方々の名前が彫られているが、本人または遺族の同意を得ずに名前を彫った例があった。それに怒った遺族が石碑に彫られた当人の名前を消したという出来事があった。その遺族は、名前を彫られて公表されたことで自分の家族が嫌がらせを受けてそうしたのだった。
 李明博政権で慰安婦問題の対日交渉にあたった元高官は、元慰安婦たちが日本からの補償金を望んでいたにもかかわらず、挺対協は日本政府の法的責任の認定に固執し、結局、元慰安婦よりも自分の利益たちを追求する団体であったと語っている。3
 2015年合意をめぐる問題は、挺対協が日韓和解努力を妨げていることも明らかにした。挺対協は、外交部からレクチャーを受けたにもかかわらず、被害者にその内容も伝えず、「合意が被害者の意思を反映していない」と合意に反対した。そして2015年合意に基づいて設置された「和解・癒し」財団に対抗して、「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団」を立ち上げた。「和解・癒し」財団による現金支給を、3分の2の生存者が受け取ったにもかかわらず、挺対協に近い文政権は、「和解・癒し」財団を日本に相談なく一方的に解散した。しかし、その後どうしたいのか、交渉をしない。このままでは、問題を未解決にすることによって日本との関係をこじらせること自体が目的と思われても仕方ない。

(3)元慰安婦の多様な姿・声の存在に対する社会の無関心

 今回、李容洙の告発によって挺対協の活動の在り方の問題は脚光を浴びたが、そもそも元慰安婦の多様な声の存在は、様々な媒体が伝えていた。それを支援団体、そして社会が十分に汲み取ってこなかったことも問題である。元慰安婦の声に無関心であった社会は、都合のよい証言しか取り上げない挺対協の増長を許したともいえる。これらの問題は、支援団体のみならず、社会によって教訓とされるべきである。
 これまでに下記のような記録、支援、研究を通じて、元慰安婦の多様な声が示されてきた。

①「ハッキリ通信」 1991年11月—1997年12月
「ハッキリ会」は、太平洋戦争遺族会の被害者裁判支援を行い、 何が起こったのかを「ハッキリ」させることを目的として立ち上がった。「ハッキリ会」は国家補償を求めてはいたが、被害者中心主義の立場で、アジア女性基金に協力した。メンバーの臼杵敬子は、アジア女性基金が終了(2007年解散)した後の外務省の継続事業「フォローアップ事業」の民間担当者として、 毎年数回訪韓して、とくに地方在住の元慰安婦の方々を訪ねてドライブに連れていき、 祭日などのお祝を共にするなど多様な奉仕活動を長きにわたり行ってきた。最近の文春オンラインに、 赤石晋一郎による臼杵敬子の一連のインタビューが掲載されている。臼杵は1990年代当時の活動、 元慰安婦達の様子を語っている。

https://bunshun.jp/articles/-/38177
https://bunshun.jp/articles/-/38178
https://bunshun.jp/articles/-/38366
https://bunshun.jp/articles/-/38367
https://bunshun.jp/articles/-/38627
https://bunshun.jp/articles/-/38632
https://bunshun.jp/articles/-/39015
https://bunshun.jp/articles/-/39016

②臼杵敬子(インタビュー:天野恵一・岡真理)「『慰安婦』被害者の尊厳と人権ハッキリ会の立場から」『インパクション』197号、1998年、48−77頁。
 遺族会の活動の来歴、臼杵が遺族会の活動に協力するようになった経緯、協力の様子、ハッキリ会の考えと活動などが詳細に説明されている。

③土井俊邦「記憶と生きる」(http://doi-toshikuni.net/j/kioku/)撮影1994−1997年 公開2015年
 土井敏邦のドキュメンタリー「記憶と生きる」では、元慰安婦たちの率直な心情が語られており、元慰安婦達は聖人化されていない。

④山谷哲夫「沖縄のハルモニ 証言 従軍慰安婦」(1977-79年制作)
 忠清南道礼山郡生まれ沖縄で亡くなった、元慰安婦・裴奉奇(1914〜1991)の人生を描いた作品である。朝鮮への帰郷を頑なに拒む裴奉奇の言葉に不幸な生い立ちが表れている。

⑤元慰安婦・沈美子の裁判 2004年
 元慰安婦の沈美子は、水曜集会を中止せよという裁判を起こした人物であるが、挺対協は彼女を「にせもの」だと反論した。しかし彼女は、1990年代に韓国政府が元慰安婦として認定し、支援金も出している。もし「にせもの」ならば、韓国政府の認定が誤っていたことになる。彼女の事例は、韓国社会において、モデル被害者ではない被害者の声は届かない現実を表している。

⑥山下英愛『ナショナリズムの狭間から』(明石書店、2008年)
 山下英愛は、初期の挺対協の活動に関わった人物だが、民族主義に偏った言説により元慰安婦のさまざまな声をすくい上げられていないことを著している。

⑦朴裕河『帝国の慰安婦—植民地支配と記憶の闘い—』(朝日新聞出版、2014年)
 朝鮮人慰安婦をとりまく複雑な権力関係の構造的分析。国家、家父長制、そして民族という三重の複雑な支配構造下に置かれた朝鮮人慰安婦の繊細な心理を、様々な資料を通じて読み解きながら、日本の植民地統治の根本的責任を問いている。

⑧イ・ヘミン「あなたのお母さんが慰安婦であるならば、名前を残したいであろうか」『新東亜』(2016年12月)
 韓国人ジャーナリストのイ・ヘミンは、上述の南山公園の慰安婦「記憶の場」の問題についての考察を、月刊誌に寄せ、「記憶の場」の石碑を被害者軽視として問題視している。

(4)慰安婦問題の今後の展望

 慰安婦問題をめぐる今春の騒動(元慰安婦・李容洙の正義連告発と正義連の会計不正問題)は、今後日韓関係にどう影響するであろうか。

①日韓歴史認識ギャップの深さ
 活動団体内部の会計不正問題は正されるだろうが、正義連による慰安婦言説は継続されるだろう。今年4月の総選挙で国会議員に当選した前正義連代表の尹美香や正義連をめぐる論争は、韓国の与党と野党の対立とリンクして政争化している側面があり、それは、革新か保守か、そして反日か親日かという対立構図でもある。ただ、韓国の主要メディアの問題の焦点は、総じて正義連の不正支出の問題、元慰安婦と市民を欺いてきた点、そして進歩(革新)派の既得権化であり、正義連が海外にも展開してきた過激な言説自体(李容洙が避けたかったという「性奴隷」という言葉の使用についても)を問題視していない。かえって『反日種族主義』的な「親日」言説に、今回の事例が乗っ取られることを警戒している。また、今回の騒動によっても慰安婦問題運動は続く、と文大統領は述べており、挺対協の被害者軽視が日韓和解努力をも妨げてきたことも問題視していない。
 木村光彦による『日本統治下の朝鮮』や李栄薫編著の『反日種族主義』のように、日本では客観的な史実に基づく分析を歓迎する向きがある一方で韓国では植民地近代化論に対する反発が再び起きている。学者による客観的な数字をもっての議論でさえも、対立する解釈に展開する現状が日韓の間にはある。
 また韓国社会における慰安婦問題の位置は、日本における拉致問題と同じで、批判の余地のない聖域という面がある。その一方で、両方とも多くの国民はかなり無関心である点も共通している。
 認識の分断の根深さは、徴用工問題にも表れている。2005年のノムヒョン政権による調査が、日韓請求権協定で解決との結論を出している徴用工問題について、韓国側は問題提起をするが、請求権協定に則った解決(仲介)手続きの日本からの要請には答えていない。日韓の間で国際法が機能していない。最近公表された読売新聞と韓国日報の共同世論調査(2020年6月)によると、日本企業賠償の韓国最高裁判決を国際法違反だとする日本政府の主張に対して、日本人は「納得できる」が79%、韓国人は「納得できない」が81%だった。
 歴史認識と国民感情が日韓で相当乖離している現実を、今更ながら認識する必要がある。

②世界的な歴史不正義是正運動の潮流
 慰安婦問題は、世界的な歴史的不正義是正運動の潮流にもあり、日本からの詳細な事実の発信が冷静な議論の土俵に乗ることはなかなか難しい。歴史的不正義是正運動とは、奴隷貿易など過去には違法ではなかった問題を、道徳的に責められるべき問題として現代において追及する運動である。昨今、こうした運動の道義的主張が緊張を高めている。
 2001年に南アフリカのダーバンで、国連主催の人種差別撤廃条約の特別総会が開かれた。そのとき被植民地諸国が、旧宗主国(先進諸国)に対して奴隷制に対する謝罪と補償を要求した。それに対してアメリカは中途退席した。その後、第2回の会議が2009年に開かれたが、アメリカ、ドイツ、イタリア、オランダ、オーストラリアなどは不参加であった。
 今年5月に米国で発生した白人警察官による黒人暴行死亡事件をきっかけに、人種差別反対の運動が米国から世界に飛び火したが、それはかつて植民地時代に奴隷貿易で富を築いたエドワード・コルストンの銅像(英国ブリストル)やコロンブスの銅像(米国)を倒す運動にまで発展した。
 過去の問題を現代世代が解決する上で大切なのは、過去を直視し、現世代、次世代が過去の問題のためにいがみ合うことを防ぎ、ともに協力して過ちを繰り返さないようにしてゆくことである。像を撤去しても奴隷問題や人種問題は解決されない。そもそも上記の銅像は、人種差別を称えることを目的としたものではなかった。銅像の持つ意味をもう少し冷静に考える必要がある。偶像化することは問題だが、像を通して、自省や対話のきっかけ、想像力を膨らませるきっかけになるのであれば、それは意味がある。上記の像の撤去の事例は、逆に(過去の不幸な事実に対する)忘却をもたらしかねない。皮肉なことだが、昨今の奴隷関係の像「撤去」運動と、慰安婦像「設置」運動は、像を糾弾の視点のみから扱い、対話の機会を失わせ、和解に資さないという意味で共通している。

最後に

 韓国は、今回のコロナ対策で「成功」したといわれ自信を深めると同時に、対日強硬姿勢も見せている。例えば、竹島周辺での軍事訓練、徴用工問題での現金化手続きの推進、輸出管理問題でのWTOへの提訴などである。また、トランプ大統領提案の、G7に韓国を含む4カ国を加えた「G11」の開催に対する日本の反対について、韓国は過剰に反発している。
 世界規模の被害と影響をもたらしているいわば歴史的事件であるコロナ禍が、協力や戦略的対話の契機にさえならないことが、日韓間の相互信頼の欠如の深刻さを物語っている。しかしその状態は両国ともに負の影響しかもたらさない。コロナ禍を日韓の枠を超えた人類のための新しい安全保障と位置づけ、医療専門家協力や医療物資供給協力など共通分野を広く見出し、機能的な協力関係を強化する努力が強く望まれる。それがまた、新しい次元の日韓関係の端緒となりうるかもしれない。

(2020年6月11日。原稿修正8月4日)

 

1 マーティン・ウルフ「金曜日オピニオン」『日本経済新聞』2020年6月26日、6面。

2 詫摩佳代「1000字でわかるグローバル・ヘルス 資金・人員面で代替は困難」『読売新聞』2002年6月8日、10面。

3 「『正義連は自分の利益追求』・・・日本と交渉 韓国元高官」読売新聞5月24日。

政策オピニオン
熊谷 奈緒子 青山学院大学教授
著者プロフィール
1997年国際基督教大学大学院修士課程修了(行政学)。2009年米国・ニューヨーク市立大学大学院博士課程修了。国際大学准教授等を経て、現在、青山学院大学教授。政治学博士。専門は、国際機構論、国際政治学、国際紛争処理論、戦後日本外交。著書に『慰安婦問題』。
ポストコロナの世界秩序はどのように変化するだろうか。コロナの政治社会的影響を把握し、米中対立をめぐる状況や慰安婦問題をめぐる昨今の日韓関係について考察したい。

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