韓国経済の現状と日韓経済依存度

韓国経済の現状と日韓経済依存度

2021年9月29日
はじめに

 昨今、日韓関係は感情的に語られることが少なくない。ここではデータと事実を中心として、韓国経済の現状と日韓経済の依存度、日韓貿易紛争などについて論じたい。

1.韓国経済が置かれた現状

(1)低下する潜在成長率

 韓国経済の現状を端的に言えば、成長率が鈍化している。高度成長だった1970年代以降、成長率は低下の一途をたどっており(図1)、2019年から2020年の潜在成長率を韓国銀行は2.5〜2.6%とし、OECDやIMFも2.5%前後においている。さらに今後の成長率は段々と鈍化していく見通しである(図2)。これまで通りに技術進歩率や資本投入量の上昇率が経済を支えたとしても、少子高齢化による労働投入量の減少が潜在成長率の足を引っ張らざるをえない。

 ただし、図2さえも楽観的な見通しだということができる。国家予算政策処は2016年時点で、21年から30年の潜在成長率を2.7%と見通していたが、現時点で潜在成長率はすでに2.5%である。IMFの見通しも同様に楽観的である。潜在成長率の低下は日本と同様、韓国においても避けられない現実である。
 マクロの状況についていえば、物価とマネー サプライの関係性は 2010 年代に大きく変化している。一般的には、マネーサプライが増えれば物価が上がると考えられ、80年代と90年代はそのごとくである。2000年代は水平に近づき、2010年代は逆相関を示している。これはマネーサプライが需要を押し上げることにつながらず、経済活動も停滞したままなので、物価も停滞するという状況を示唆している。これは日本がたどったシナリオと同じである。
 同様の変化が投資動向にも見られる。金利が下がれば、投資が活性化するという逆相関が一般的である。韓国における金利と設備投資の関係性を検討すると、90年代、2000年代には逆相関が見られるが、2010年代には金利がいくら下がっても設備投資を刺激できていない。韓国経済は日本と同じような状況に直面している可能性が高い。

(2)拡大せざるをえない社会保障関連費用

 日本では社会保障関連費用が支出の大きな部分を占めるが、韓国も今後同じ道をたどらざるをえない。OECDにおける社会保障関連支出(対GDP比率)の比較(図3)では、OECD平均19.9%に対して、韓国は10.1%。日本の22.3%と比べてもかなり低い。しかし今後は少子高齢化に伴って、韓国の社会関連費用は増加していかざるをえない。図4によれば、現在の韓国における社会保障関連支出(対GDP比率)は90年代中頃の日本と同程度である。今後の伸び率は90年代中頃以降の日本と同じ角度か、それ以上の角度になる可能性がある。

 社会保障費が増加する要因として、韓国政府の政策についても言及しておきたい。図5は韓国におけるGDP成長率と雇用率(就業率)を表している。通常では、景気と雇用は双循環の関係にあり、景気が上がれば雇用も上がり、景気が下がれば雇用も下がる。しかし図6では2010年代中頃から、経済成長率が鈍化し始めているにもかかわらず、雇用率が上がり続けている。これは雇用保護の政策に起因する。朴槿恵政権は2014年2月に「経済革新3カ年計画」を策定し、GDP成長と関係なく、雇用率70%達成を目標として掲げた(未達成)。文政権は2020年3月の「後半期仕事政策推進方向」の中で雇用率68%を目標としてあげた。「経済を無視して雇用を確保する」という政策では社会保障費を押し上げざるをえない。もちろん、高齢化なので年金や医療補助の負担は今後ますます増えていく。

 経済成長率よりも雇用保護を重視する政策の中には、「最低賃金の引き上げ」も含まれる。日本では東京における最低賃金は1041円、秋田のそれは792円に対して、韓国の最低賃金は812円、来年には853円にまで引き上がる予定である。一人当たりのGDPが日本では約4万ドル、韓国では約3万1000ドルという現実を考えると、最低賃金の引き上げが韓国企業の負担になっていることは間違いない。
 雇用保護政策が重視される要因として、韓国国内の格差問題がある。韓国における高齢者の蓄えの有無は深刻な格差である。もう一つは若者における格差である。最低賃金が引き上げられたことで、企業は非正規の雇用を削減した。アルバイト代が高くなる一方で、雇われている人と雇われていない人の格差が社会問題になっている。

2.日韓経済の現状

 日韓を単純に比較すれば、人口比(2.42:1)と一人あたりGDP(約4万ドル:約3万1000ドル)などから、経済規模では日本がはるかに大きい。しかし、両国の経済格差は着実に縮小している。90年代以降、日本の一人当たりGDPは横ばいだが、韓国は着実に上がってきた(図6)。経済格差の縮小が韓国に自信を与え、日本に対する競争意識をますます助長している。

 貿易構造に着目すると、日韓には同じトレンドがあり、「米国の地位低下と中国の地位拡大」ということができる。とくに中国への輸出依存度に着目すると、日本は2020年に初めて20%を超えたのに対して、韓国は2013年以来25%を超えている(図7)。経済的に見て、韓国のほうが中国により依存している。

 日韓の経済規模を考えると、今後、両国が国際政治の場面においてメジャープレーヤーになるとは考えにくい。「米中の意向を汲みながらどのようにプレーしていくか」が日韓の基本スタンスにならざるをえない。
 次に日韓相互の経済依存度について触れたい(図8)。顕著な傾向は韓国の輸入にしめる日本の割合が2000年頃は20%だったのに対して、2020年には10%にまで下がっている。日本への依存度が大幅に低下したことも、韓国が日本に対して強気になれる理由の一つと考えられる。さらに、日韓の製品(家電や一般機械など)が米国・中国・欧州の市場において競合していると考えらえる(図9)。

3.日韓貿易紛争

 日本は2019年7月に安全保障上の理由から、韓国向けの軍事転用可能な一部の半導体関連物品(3品目)を包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求める制度に切り替えた。日本の輸出規制は当初、韓国内に大きな衝撃を与えた。2年が経った現時点で判断できることを二点述べたい。
 一点目は、韓国では輸入を規制されたことで、韓国内で代替品を作り上げることに成功したと報道されている点である。半導体の基盤に塗る感光材レジストに関しては東進セミケムが、半導体の洗浄に使うフッ化水素に関してはソールブレインが、ディスプレイパネルの素材となるフッ素化ポリイミドに関してはコロンインダストリーが、それぞれ国産化に成功した、と報道されている。日本政府が行った輸出規制が韓国側の技術革新を刺激したことを考えると、この措置がはたして外交政策として理にかなっていたのかについて、疑問が残る。
 二点目は「韓国企業が国産化に成功した」というのが韓国側の報道という点である。半導体部品は日本だけでなく、米国や中国でも作っているので、供給元の変更は可能である。ただし、図10からわかるように、半導体分野別産業先導国の技術競争力比較で、韓国は決して高くない、と考えられているようだ。最高技術100に対して、車両用半導体設計(下位のもの)では59、人工知能半導体の設計では56であるため、技術水準としてはまだ低いようだ。サムソンの強さが際立っていることは確かだが、全行程を独自でできるわけではない。工程を一つひとつ詰めていけば、ボトルネックを少なからず上げることができるだろうが、これは韓国に限った話ではない。

4.結語

 日韓経済は双方にとって重要度が低下しているものの、無視できるほど低いわけではない。韓国では輸入の10%、輸出の5%、日本では輸出入の5%前後の関係性がある。コロナ禍前ではあるが、訪日外国人数の2位は韓国人、訪韓外国人数の2位は日本人だった。一方で、主要市場における競合度が高まっているという事実もある。
 今回は触れていないが、日韓の軍事的な協力関係は不可欠というのも事実である。韓国経済における中国依存度が高まっていることから、韓国が中国側につくという選択肢はゼロではない。現状ではソウルに米軍がいるかぎり、その可能性はゼロに限りなく近いと言えよう。しかし、米軍の撤退が現実になれば、朝鮮半島全体が中国の影響圏に入る可能性は高くなる。日韓関係の改善は北東アジアにおける地政学的なリスクを低減させることにつながるだろう。
 「競合関係とともに依存関係もある」という日韓の現実を冷静に注視する必要がある。そこに協力関係を見出す鍵があるのではないだろうか。

(本稿は、2021年8月20日に開催した「ILCオンライン特別懇談会」における発題内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
李 智雄 三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト
著者プロフィール
1976年韓国生まれ。東京大学経済学部卒業、ボストン大学大学院修士課程修了。経済学博士。韓国陸軍士官学校陸軍中尉・専任講師、東京大学客員准教授、国際大学講師、ゴールドマンサックス東京・ソウルを経て、2014年から現職。著書に『故事成語で読み解く中国経済』(日経BP 社)。
昨今、日韓関係は感情的に語られることが少なくない。軍事的にいえば、日韓の協力関係は不可欠である。日韓が協力関係を見出す鍵は日韓の現実を冷静に注視することである。

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