1.日韓関係の現在地—最新の世論調査から—
昨今の厳しい日韓関係について考察するにあたっては、政治・外交などさまざまな側面を見つめなければならないが、ここでは韓国市民がどのような対日観をもっているのかといった市民の意識の動向に焦点を絞って述べてみたい。そこで、言論NPOと韓国の東アジア研究院が共同で毎年行っている「日韓共同世論調査」の最新の結果(第8回、2020年9〜10月実施、同年10月15日発表。https://www.genron-npo.net/world/archives/9083-2.html)をもとに、お話を進めていきたい。
(1)悪化する韓国人の対日感情
「韓国人が日本に対してよくない印象持っている人の割合」の経年変化を見ると、ここ数年は減少傾向にあったが、今回71.6%と昨年値より20Pも増え、その分「良い印象をもっている人」は31.7%から12.3%へと激減した。
現在の日韓関係に対する認識については、「非常に悪い/どちらかといえば悪い」が88.4%を占めた。「どちらともいえない」と判断を留保した人が27.0%(2019年)から9.4%と三分の一に減ったのを見ると、この群の人たちが「悪い」という認識に転じたと思われる。
今後の日韓関係については、「悪くなっていく/どちらかといえば悪くなっていく」という回答者が27.4%を占め、「良くなっていく/どちらかといえば良くなっていく」は17.5%、「変わらない」が49.0%だった。
以上からわかるように、韓国人の日本に対する印象がこの1年間で著しく悪化したことが、世論調査からも裏付けられた。この要因としては、2019年7月に日本政府が行った半導体素材の輸出管理措置の厳格化が大きな影響を及ぼしたと考えられる。2019年のこの世論調査は同年5月ごろに行われ、その後日本の輸出規制強化措置が実施されたので、2020年の調査は同措置後はじめての調査となった。
日本に対して良くない印象持っている理由についてみると、歴史認識や領土にかかわる理由(「韓国を侵略した歴史について正しく反省していないから」61.3%、「独島をめぐる領土対立があるから」45.0%)が多いものの、前年からはやや減っている。反対に、「日本の政治指導者の言動に好感を持っていないから」などが増え、「日本政府が輸出規制強化措置を取っているから」を挙げた人も8.8%いた。
日本に対する良くない印象を持っている理由として、歴史認識や領土問題を挙げる人が多いのは、毎年のことだ。今回は、そのなかの幾分かの割合の人たちが「日本の政治指導者に対する反発」や「輸出規制強化措置」を理由に挙げたのではないだろうか。
(2)「日韓関係重視」はあくまで経済が背景
これまでに見たように、韓国人の対日感情が大きく悪化する中で、興味深いデータもあり、それは、「日韓関係は重要である/どちらかといえば重要」と考える人が82.0%と、2019年の84.4%とほとんど変わらないことだ。「重要ではない/どちらかといえば重要でない」が13.2%と4P増えてはいるものの、多くの韓国人は「日韓関係は重要だ」と言うのだ。
韓国世論の反応は、一見、矛盾しているようだが、それは、日韓関係が重要だと考える理由を見るとわかる。「経済や産業の面で相互依存関係を強めており、多くの共通利益があるから」や、「重要な貿易相手だから」という経済面の理由を挙げる人が大きく増えて過半数を超え、「隣国同士だから」、「同じアジアの国として歴史的にも文化的にも深い関係を持っているから」を上回っている。
2018年、2019年の調査では、以上の4項目がいずれもほぼ4割程度で横並びの傾向を示していたから、今回は経済関係についての理由が増えていることがわかる。
「経済関係ゆえに日本が重要だ」と見ているに過ぎず、多くの韓国人は日本を友好国と見なしているわけではない。
「今も友好国だと思う」は3.2%に過ぎず、「以前は友好国だったが、現在はそう思えない」が24.4%、「以前から友好国だと思ったことはない」が51.9%を占めている。
こうした中で気になるのが、日韓の間で軍事紛争が起きると考える人が増えていることだ。
現実的には、日韓間で軍事紛争・衝突が起きる可能性は低いにもかかわらず、韓国人の意識のレベルではそれへの懸念や不安が高まっていることが見えてくる。もとより、軍事大国の日本が攻めてくるというイメージを持たれてきたと思うが、ここに来て、日本に対して底知れない不安、何をやりだすか分からないという思いがあるのだろう。
日韓関係の困難な現状にどう対応すべきかを聞いても、「無視すべき」や「何もする必要はない」が増えている。
ここ数年の間、日韓関係では日韓慰安婦合意(2015年)とその破棄、元徴用工訴訟問題などがあってぎくしゃくしていた。そのなかで日本は、韓国の無関心さ、無作為に対していらだちや怒りをつのらせ、嫌韓・反韓感情が高揚したのに対して、韓国は、とくに政治・外交面での対日関係への関心が薄まっていた。ところが、この1年で韓国は、昨年(2019年)7月の日本政府による輸出管理の厳格化をきっかけに日本に対する不信や警戒心が再び頭をもたげてきた。
2.韓国国民の意識変化
(1)コロナ禍で自信を深めた韓国人
昨今の韓国国民の対日意識の変化について、次のような仮説を立ててみた。
<日本に対する意識は、旅客船セウォル号沈没事故で良くなり、コロナ禍によって再び悪くなったのではないか>
もともと韓国人の一般的な日本人観は、「きちんとしている」「親切」「街がきれい」「秩序がある」「(自然災害などへのマニュアルがあって)準備ができている」といったもので、その点では、好感を持っていた。東日本大震災(2011年)の時には、被災地での被災者の秩序立った日本人の行動を称賛していた。現在でも、そういった意識はあり、先述の世論調査にも表れている。
韓国人は自らの優れた特質として、しばしば、「臨機応変さ」や、「柔軟性」を挙げる。韓国の高度成長をリードした財閥系企業の経営を見ても分かるが、意思決定の速さ、状況変化に対する素早い対応などは確かにあり、韓国人はそれらを自らの強みと認識していた。それとの対比で日本に対しては、「規律正しいが融通が利かない」「(意思決定や状況変化に対応する)スピードが遅い」などの否定的な見方があった。
ところが、2014年4月にセウォル号沈没事故が起きると、非常時に備えることの重要さやマニュアルの必要性などを再び痛感し、肯定的な受け止め方に反転した。船舶の不法改造とそれを黙認した行政当局の怠慢、プロフェッショナルさに欠けた船長の行動、海洋警察の対処のお粗末さなどを目の当たりにして、「自信喪失」に陥ったからだ。
ところが、2020年に起きたコロナ禍は、再び韓国人の対日意識を大きく変化させることになったのではないか。
韓国のコロナ感染対策は一定程度成功していることは多くが認めるところだ。それは5年前の感染症MERS(中東呼吸器症候群)対応に失敗した教訓をもとに韓国政府がしっかり準備した結果でもあった。政府の中央防疫対策本部の鄭銀敬(チョン・ウンギョン)本部長は、国民からの信頼も厚い。文在寅大統領は、韓国の成功を「K防疫」と称して、世界に喧伝している。
韓国ギャラップの世論調査(2020年10月16日、「デイリーオピニオン」)によれば、大統領を支持する理由として、第一位に「コロナ対策」(29%)が挙げられており、他の項目を引き離している。一方、支持しない理由としてコロナ対策を挙げた人は3%だった。この結果から、韓国のコロナ対策については保守層も含めて広く支持されていることがわかる。
こうしたなかで、韓国人の日本を見る視線が大きく変化した。コロナ感染拡大第一波の際の混乱を見てのことだ。この頃、韓国のサイト上で、千葉県のある大型スーパーでマスクを買い求める人々が商品の争奪戦を繰り広げた様子を映した動画が注目を集めたことがあった。それを伝えた記事には、「秩序・マニュアルの国、日本はどこに?衝撃的なマスク争奪戦」などという見出しが付けられた。
同じ時期の韓国では、マスクの在庫を知らせるアプリが開発されて広く利用された。そのアプリをみると、どの店舗でどのくらいの在庫があるかがわかる。
以前から韓国人は、自らについて、緻密な対応や危機管理は不得手だと考えていた。ところが今回のコロナ禍に際して、自分たちもやればできるという一定の自信につながったのではないか。
さらに、国際舞台での韓国の活躍も、韓国人の自尊心をくすぐったことだろう。
ポン・ジュノ監督の映画『パラサイト 半地下の家族』のアカデミー賞受賞は、アジア初の快挙であった。『パラサイト』成功の背景には、韓国映画界の長年の努力と緻密な準備があった。『パラサイト』を制作したサムスン・グループ系の映画会社、CJエンターテインメントを率いる実業家・映画プロデューサー李美敬(イ・ミギョン)氏の功績もある。彼女は米国のハリウッドで長年にわたり地道にその発言力を伸ばしてきた。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画会社に資金援助も行ったこともあった。このようなバックグラウンド・ストーリーは、韓国ではよく知られた話となっている。
(2)「輸出規制強化措置の危機を乗り越えた」との自信
2019年7月に日本政府が行った輸出管理の厳格化は、韓国人に相当大きなインパクトを与えたが、その危機を乗り越えつつあると認識していることも指摘しておかねばなるまい。韓国の産業構造が脆弱だということは、韓国人自身、誰もがわかっていた。日本はそこを攻めてきた、自分たちの首を絞めようとしていると驚き、先述した世論調査に見られるように対日観の大きな変化につながったのだった。
安倍首相に対する不信感があったところに、輸出管理強化措置が加わり、日本はそこまでやるのかと受け止めた。先にも述べたような、日本に対する「得体の知れなさ」を感じたのだろう。日頃はそれを意識することはさほどないのだろうが、今回の措置によってそれが呼び起こされたのではないか。
それまで慰安婦問題や元徴用工問題について日本が声を大にして抗議しても、あまり耳を傾けることのなかった韓国国民が、輸出管理措置については非常に危機感を覚えて反応した。
ところが、日本の措置に対抗して韓国は、半導体部品の輸入先の多角化だけではなく、国産化も視野に入れて推進し、それらに成功しつつあると韓国では報道されている。こうした対応によって脱日本を図り、「経済安保」(文在寅大統領)を促進しようとしている。「素材(ソジェ)」「部品(ブプン)」「装備(ジャンビ)」の頭文字を取って「ソブジャン」という言葉があるが、弱かった「ソブジャン」の生産がうまく行きつつあるというのだ。
もちろん、ことはそれほど容易ではないとの見方もあるが、韓国メディアの報道もあり、困難を克服しつつあるとの楽観論が広がっている。
確かに、今年(2020年)のGDP成長率の予測値(7-8月時点)は、韓国−1.3%、日本−4.5%となっている。韓国のマイナス成長は、1997年のアジア通貨危機以来とはいえ、それでも小幅で、日本と比べても悪くない。
「ソブジャン」を輸入に頼らざるを得ない産業構造の脆弱性は以前から指摘されてきたことで、韓国にとっては、長年のコンプレックスであった。1980年代に現代自動車が輸出に成功した「ポニー」は三菱自動車のエンジンを搭載していた。いまも、サムスンのギャラクシーが世界を席巻しているといっても、そのコア部品は日本製であることもよく知られた事実である。
ところが韓国人は、ここ1年の大きな変化を通して脱日本に成功できるのではないか、新たな一歩を踏み出せるのではないかと、認識し始めているように思える。
(3)コロナ後の変化
このような折、韓国で『ピーク・ジャパン—最後の頂点を極めた日本の膨張への野望と予定された結末—』(2020年6月刊)という本が出版され、2020年7〜8月の政治・経済分野のベストセラーになった。リーマンショック、民主党の自滅が引き起こした政治の失敗、国際的な存在感の低下などにより、日本は膨張や成長から衰退へと向かわざるを得ないという内容で、この見立てが正しいかどうかは別にして、韓国人の人口に膾炙したことが注目される。そこには彼らの対日認識が反映しているのであろう。日本は肥大化しすぎて改革できないとの見方は、韓国人にとって受け入れやすい主張だった。
もちろん、このように「日本は大したことない」と意識されたことはこれまでにもあって、1994年にKBS東京特派員だったの田麗玉(チョン・ヨオク)が著した『悲しい日本人』(原著は『日本はない』1993年)がベストセラーになったこともある。
日本に対する意識は、これまでも上下動を繰り返してきた。いまは下がったところにあるが、この状態は長期に及ぶ可能性がある。というのは、これまでと今では、客観的情勢が大きく変化しているからである。すなわち、日本と韓国は水平関係になっている。OECD(経済協力開発機構)が示す一人当たりGDPでみると、日本と韓国はほぼ並んでおり、年によっては韓国が上回る。労働生産性では、すでに韓国が日本を追い越し、購買力平価でも、まもなく日本を上回る状況にある。
もう一つの理由として、コロナ禍によって韓国人訪日観光客の減少が避けられない点がある。韓国の大手書店に行くと、東京の片田舎の居酒屋の紹介までした旅行ガイドブックが売られているほどに、日本旅行愛好者やリピーターが多かった。韓国人訪日観光客は、2018年750万人、2019年500万人だったが、今年はコロナ禍の影響で激減するだろう。皮膚感覚で日本を体験する機会が減ることの影響は大きい。日本に対して悪い印象を持っていたとしても、実際日本に来て体験する中で、日本の魅力を感じたり良い印象を持つことになった人も少なくなかったはずだ。
日韓関係は、政治・外交面で厳しい状況が続いても、サブカルチャー、グルメ、コスメ、旅行は人気があり、そうした大衆文化や、多重・多層な交流がぎりぎりなんとか支えているという状況認識が広く共有されていたと思う。
しかし、今後はどうなるのか。政治・外交の困難さは今後も長期的に継続するだろう。元徴用工訴訟問題で在韓日本企業の資産売却が着手された場合、さらに厳しくなることは明らかである。経済面でも、相互依存関係の希薄化が進行しつつある。人の往来にしても、コロナ禍と日本敬遠の空気によって、すぐに元に戻ることは期待できない。残るのはサブカルチャー、グルメ、コスメなどの大衆文化であるが、これが日韓関係を支えるには荷が重すぎる。
3.水平関係の中の連携は可能か
そもそも、サブカルチャー、あるいは大衆文化は、市民の対外認識を向上させるのだろうか。確かに、サブカルチャーは、コロナ禍でも人気がある。例えば、韓国ドラマは今でも日本で人気があるし、韓国では日本の小説やミステリーものが書店で平積みになって売られている。「若い人は屈託ないから大丈夫だ。日本ではK-POPが人気だし、韓国では村上春樹が人気だ。これらが日韓をつないでくれる」などと語られたりもする。この見方に対して、私は若干疑問を持っている。
かつて韓国で「鉄腕アトム」や「ブルーライトヨコハマ」が人気を博したことがあったが、その後の日韓関係にいい影響があっただろうか。日本で韓流ブームの反動で起きたのは反韓・嫌韓ムードだった。
小針進ほかによる『日中韓の相互イメージとポピュラー文化』(明石書店、2019年)によると、「韓国ドラマ視聴時間」が増えれば「韓国への好意度」も増えるという関連性はあまり見られない。逆に、「韓国への好意度」のある人はが、「韓国ドラマ視聴時間」が多いのであって、排外主義的な傾向のある人はそもそも韓国ドラマを見ないし、好意度も低い。つまりもともと韓国に好意を持っていた人が韓国ドラマをよく見るのであり、女性で韓国ドラマが好きな人は韓国にも好意を持つ傾向が強いに過ぎないのである。
韓国人はどのようなイメージで日本をとらえ、好き嫌いを判断しているのだろうか。
ポピュラー文化別に日本への好意度がどの程度あるかを調べてみると(小針・前掲書2019)、日本の友達がいることや、日本の音楽は好意度にプラスに働くが、アニメは連関性が低い。日本料理は有能さ、かっこよさ、好意度にプラスに働く。香港や台湾でも同様の調査をしているが、ほぼ同じ結果で、ポピュラー文化別の好意度寄与では料理が最も有効となっている。こうした調査から見ても、サブカルチャーは、日韓関係改善に寄与するには、力不足ということになる。
「サブカル」を超えて必要なのは何であろうか。それは、より意識的な共感、能動的な連携であろう。その時に必要なのは、「てこ」となるべきサブスタンスである。
日韓の市民を結びつけるサブスタンスとして何が考えられるか。ひとつのヒントになりそうなのは、韓国でベストセラーとなった小説、『82年生まれ、キム・ジヨン』(原著2016年)である。日本でも翻訳されて人気を博し、2020年10月には日本で映画が公開された。この本には、社会の中での女性の生きづらさ、働きづらさが描かれており、日韓の女性たちが共感しあえる余地がありそうだ。女性問題に関連しては、働く環境の向上や、セクハラなど、日韓で共通する課題が多く見られる。
日韓の市民が「よりよい生活」、「よりよい人生」、「より良い世の中」を実現するために変えていかなければならないのは女性問題にとどまらない。共感し合いながら、能動的に連携できるサブスタンスを見つけ出すことはできないだろうか。
新しい日韓の協力の形として、これからもっと伸ばすべきこともある。厳しい雇用情勢を受けて、韓国の大学生が日本での就職を目指す動きが始まっているほか、インドネシアでの液化天然ガスプラントなど、第三国における経済協力も注目される。
こうした取り組みを進めるためには、強力なプロデューサー役が必要であり、人材の発掘や育成も重要になるだろう。政治や外交面が厳しいだけに、より意識的、能動的な働きかけが求められる。
(2020年10月21日、政策研究会における発題内容を整理して掲載)