国際金融の実務の視点から見た東アジア情勢と日韓関係

国際金融の実務の視点から見た東アジア情勢と日韓関係

2021年9月10日
1.国際金融市場の冷酷な現実

 私はこれまで40年以上にわたって韓国と仕事上の関係があった。かつて私が銀行業界に入った80年代に、「これから日本にとって東アジアが重要になる。なかんずく、韓国、台湾、香港、シンガポール、中国が重要になるので、この地域についてしっかりやるように」と日韓経済協会の会長に言われたことを思い出す。
 日韓関係は非常に重要であり、今後もっと改善させていかないといけない。しかし意外に思うかもしれないが、米国は日韓関係に対してそれほど単純に良好な関係を願っているわけではない。日韓が力を合わせて米国に立ち向かってくるような気配が見えたときに米国は、日韓を仲良くさせないように働く。それは中国やロシアも同様で、日本と韓国がいっしょになってそれらの国に向かってくるような姿勢を見せることを非常に嫌がる。ゆえにそのようなときには、さまざまなステージにおいて日韓が仲間割れするような「爆弾」を落としてくるのである。
 それによって日韓両国は、これまで何度もさまざまな形で揺さぶられてきたように思う。それでも経済界など民間部門は、日韓がタイアップしながらなんとか対立を回避すべく努力してきたが、政治がそれをぶち壊しているというのが、現状ではないだろうか。
 ところで1997年のアジア通貨危機のとき、私は香港と韓国に駐在して金融関係の仕事をしていた。当時、日本の金融機関は、韓国のデフォルト・リスク情報を事前に察知したので、日韓当局はバイラテラルなサポートをしながら韓国のデフォルト・リスクを回避すべくぎりぎりのところまで努力をしていた。ところが、97年11月初旬になって、東京から「日韓のバイラテラルなサポートをやってはいけない」との暗黙のプレッシャーがかかり、結局韓国はデフォルトとなりIMFの管理下に陥ることになった。
 このことは韓国から見ると、「最後の最後になって日本がサポートから手を引いたために(梯子を外されてデフォルトが)起きたのだ」との誤解を生むことになった。これもその後の日韓関係をこじらせる要因の一つになったと思う。
 時期は少しさかのぼるが、1980年代半ば、私が韓国に駐在していた当時、米国のIMF担当者から次のようなことを言われたことがあった。「今後、アジア諸国が発展していけば、米国は動脈に注射を打って『血』(=利益)を抜く。また米国に不利益が及ぶような情勢になった場合には、その注射針に少し『毒』を入れていく」と。
 日韓関係について、経済界をはじめ、当事者たちはよくなってほしいと皆願っているのに、政治の世界がそれらを壊してきたという歴史がある。それをより事実に即して論理的に述べようとしても、日韓問題に関しては誤解を生んだり、曲解されたりと難しい局面があったことも事実であった。

2.中国の覇権主義と米国の確執

 さて、国際金融市場の視点から、現在の東アジア情勢について見てみよう。
 グローバルな世界から見ると、日韓関係は非常に小さなイシューにしか過ぎない。しかし、北朝鮮の核・ミサイル問題、そしてその背後にいる中国やロシアの動きが絡んでくると、(経済面ではなく)政治面で非常に注目されることになる。
 それでは国際金融筋が日韓関係に関連して注目していることは何か。国際情勢の中で米中対立の動きを見ながら、朝鮮半島がどちら側に向かっていくのかという点である。米中対立についてバイデン大統領は、「自由民主主義と専制主義との戦いだ」と述べたが、朝鮮半島の国々が専制主義の国に向かっていくことは避けたいと考えている。
 ところがその一方で、バイデン政権は、「文民」習近平政権とはディールをしたいと考えている。とくに経済面ではさまざまな連携を取りながら、中国とは発展の共有をしていきたいという考えだ。昨年の米大統領選挙において、トランプとバイデンが選挙戦を繰り広げている時に、「バイデン政権になれば米中関係はよくなるのではないか」との観測が流れていたことはその証左であろう。それは、民主党バイデン政権には中国とのコンタクト・ポイントがあるからだと思う。
 しかしその動きが政権の前面にいま出てこないのはなぜか。それは「文民」習近平政権の後ろで人民解放軍や公安部門などの力が強まっているために、「文民」習近平政権とはディールをしたいが、軍部の動きに対しては警戒しないといけないとの見方が支配的だからだ。
 とくに軍部や公安部門は、(戦後英米が築き上げてきた)米ドルを基軸とする国際通貨覇権に挑戦しようとしている。国際基軸通貨である米ドルによって国際経済をさまざまな面からコントロールしている英米にとって、そのような中国の動きは大きな挑戦(脅威)に映るのである。
 もう一つは情報覇権に対する中国の挑戦である。ハードの情報としての宇宙開発とソフトの情報としての5G開発とその普及である。中国は単独で積極的な宇宙開発を進めており、今年2021年に入っていからは火星探査機の火星着陸成功のほか、人工衛星や宇宙ステーションなどの宇宙開発事業を積極的に推進し、宇宙覇権でも米国に対して挑戦状をたたきつけているのだ。そして5Gなどソフト面においても、大きな影響を与えつつある。
 こうした覇権を求める習近平政権の後ろで糸を引いているのが中国の軍部・公安部門だという認識をバイデン政権はもっている。戦後世界をリードしてきた英米を中心とする世界秩序が中国によって揺るがされつつあるからである。そのような中国の覇権的動きがなければ、バイデン政権は中国との関係をうまくやっていくのだろうと思われる。
 とくに中国は、国際通貨覇権の中で「デジタル人民元」の推進に力を傾注している。最近、中国政府はタイ政府との間でデジタル人民元に関する委員会を立ち上げた。中国・タイ関係を軸にブレイクスルーされた場合には、東南アジア諸国全体が人民元経済圏へと一気に組み込まれていくきっかけにもなりかねない。このように中国の東南アジアへの圧力に対して、警戒心が持たれつつある情勢である。
 国際金融市場の中国に対する見方は、現在の世界的なコロナ禍の中で揺れていると思う。つまり米中衝突によって金融世界がクラッシュすることを最も恐れている。それゆえ米国の金融筋が、中国を一気にたたくような動きには出ないと思われる。もし中国をたたくにしても、直接やるのではなく、東南アジアや韓国に(経済情勢悪化を誘発させるような)圧力をかけて中国寄りの姿勢を改めさせるなどの選択肢であろう。

3.東南アジアと韓国の動きに注意

 現在、東南アジア諸国では新型コロナ感染が再拡大傾向を見せており、その影響で経済実績の悪化が予測されている。ADB(アジア開発銀行)は最近、東南アジア全体の成長率を0.4%下方修正したほか、インドネシアについては4.5%を4.1%に、タイについては3%を2%にそれぞれ下方修正した。
 国際金融市場はこうした動きをどう見ているのか。これまでハイリスク・ハイリターンの観点から東南アジアに投機性の資金を流し込んできたが、今後コロナ禍によって経済状況が悪化すれば利回りも下がるために、国際金融市場としては東南アジアに資金を置いておく必要がなくなる。
 その一方で、米国ではバイデン政権の政策の影響もあり、(短期的であるが)給付金支給や金融機関からの借入拡大、消費の拡大傾向がみられ、その結果、生産サイドも拡大して景気が順回転に入り始めている。好循環の中なので株価は比較的安定して高値を続けている。国債市場も悪化していないので、米国リスクは「グッド・リスク」と見られている。その結果、(東南アジアなどに流れていた)資金を、預金リスクが少なく利回りが高い米国に戻した方がいいのではないかという考えが高まっているように見える。例えば、タイ・バーツをドルに換えて引き上げ、米国で資金運用をするということだ。
 それを後押ししているのが、米国のテーパリング(量的金融緩和の縮小)である。もし米国でテーパリングが起こると、東南アジアで通貨安、ドル高という現象が割と短期間に連鎖的に起こるのではないかという「イマジネーション」を(国際金融市場筋では)しはじめている。
 もし仮にこのような現象(通貨安)が起きた場合、タイやインドネシアはドル建て債務が多いので、債務返済に膨大な資金(自国通貨)が必要となる。それが出来なければ、結果的にテクニカル・デフォルトに陥らざるを得なくなる。これはまさに、1997年のアジア通貨危機と再来であり、それが再び起きないとも言えない状況なのである。それゆえ警戒心をもって、われわれは東南アジア情勢を注視している。
 今後もしタイ政府が中国に肩入れするような動きを継続していけば、民主党バイデン政権は、意図的に通貨安、テクニカル・デフォルトを起こす可能性も十分にあるとみている。
 1997年のアジア通貨危機のとき、7月2日にバンク・オヴ・アメリカが急にバーツを売り始めた。その理由が分からず他の機関もわれもわれもと同様にバーツを売り始めてバーツ安を加速させた。その結果、バーツは雪だるま式に暴落して、一気にデフォルトに陥ってしまったのだった。その影響は、隣国インドネシアにも及び、ルピアが数カ月の間に八分の一まで下落した。この流れから韓国も同様にデフォルトになったのである。
 米国のテーパリングにバイデン政権の政治的意向が入ってくると、意図的にタイ・バーツ安からデフォルトという流れが起きるだろうし、それは今回も韓国に伝播する可能性は否定できない。その条件は、韓国が中国やロシアへの傾斜であろう。
 このような金融危機の可能性について、韓国政府筋でも認識を共有しているようだ。それゆえ韓国政府は、米国寄りの姿勢を示しつつあるし、日韓関係についても、もういちど日韓スワップを再締結して保険とし、韓国がデフォルトという究極の危機にならないように、動きつつあるのではないかとみている。

最後に

 このような状況下で日本はどう対応すべきか。
 現在、元徴用工や慰安婦問題などで日韓関係はぎくしゃくしているが、日本としては自由民主主義陣営を安定化させていく上からも、日韓関係をもう一度正常なものにしていく方向に議論を進めていくべきだろう。ただ、そのためには、互いの政治レベルでの信頼関係が戻ってこないと、政治家は議論・交渉のテーブルにつきたがらないのではないか。
 そこでまずは霞が関の実務者レベルで信頼関係を戻すような交渉を進め、少しでも正常な日韓関係に戻るような努力が必要だろう。そのとき米中露の影響を考慮しつつも、日韓が主人公になって自らの立ち位置から国益を確保しつつ、日韓関係の在り方について議論をしていくことが求められている。いまや日韓関係は新たなステージに入っているので、それにふさわしい日韓関係の構築に向けて日韓双方が意識をして、一歩一歩着実に前進させていくことが求められている。

(2021年8月20日に開催されたILCオンライン特別懇談会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
眞田 幸光 愛知淑徳大学教授
著者プロフィール
慶應義塾大学法学部卒。その後,東京銀行入行し,東京三菱銀行ソウル支店,ドレスナー銀行勤務などを経て,98年愛知淑徳大学助教授,2002年同教授,この間,同ビジネス学部長などを歴任し,現在に至る。専門は東アジアの地域経済と国際金融。日本格付研究所客員研究員,韓国金融研修院外部講師等も務める。主な著書に『日本の国際化と韓国』,編著『早わかり韓国 文化が見える・社会が読める』,共著『北東アジアの経済・社会の変容と日本(1-4)』他多数。
国際金融市場は、韓国や東南アジア諸国が中国に傾斜することは望んでいないし、米中対立が激化して金融世界がクラッシュすることを恐れており、その回避のためには何をやるかわからないところがある。

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