海外の学校における子供の共感性を育む取り組み

海外の学校における子供の共感性を育む取り組み

なぜ共感性が大切か

 我が国ではいじめやDV、児童虐待などが深刻化しており、人々の間に思いやりを育むことが急務になっている。海外には学校ベースで子供たちが利他的な行動をとれるよう、思いやりの基礎になる共感性(empathy)を育てるためのプログラムがある。
 子供たちの共感性を育むことが重要とされるのは、共感性が十分に育っていれば他者の気持ちを理解し、思いやりを持って接することができると考えられているからである。ベルン大学(スイス)のダビッド・ラッチ(David Latsch)氏らによれば、共感とは他者の感情的状態を理解し、その他者に成り代わって同じ感情を体験することである。また、ラッチ氏らは「共感的な人は、そうでない人に比べてより向社会的(注)で、攻撃性が低」く、「同情的であることが多く、利他的である」とも述べている。加えて、「いじめのような攻撃的行動は共感性の欠如と関係があることもわかっている」としており、共感性が周囲と円満な関係を築き、助け合うために重要な要素であることを示している。
 多くの子供が後に親になるという点からも、共感性を養っていくことは極めて重要である。東京大学大学院教授の遠藤利彦氏によれば、乳幼児の感情的発達を支えるのは親などの共感的反応である。子供が怖がって泣くなどしたとき、養育者はつい自分も顔をゆがめるなど、子供と同じような表情や声の調子になることがある。そのように子供の心の状態を映し出すことによって、子供の中でミラーニューロンという共感性の基盤と考えられる神経が発達する可能性があるという。また、養育者が「痛かったね」や「かわいそうだね」などと声掛けをすることで、子供は「自分の気持ちにあった言葉を貼りつけていくことができる」という。つまり、親の共感的な声かけにより、子供が感情を理解し共感性を持つ手助けをしている可能性が高い。したがって、親になることを想定して共感性を育むことには意義がある。

ルーツ・オブ・エンパシー

 海外で子供の共感性を育むために行われているプログラムの一つに、ルーツ・オブ・エンパシー(Roots of Empathy:ROE)がある。ROEは1996年にカナダのトロントで始まった。主に小学生を対象とし、「感情的リテラシーと共感の発達を手助けし、児童の向社会的な行動を増進、攻撃的行動を減らすこと」を目的としている。
 ROEを受講する児童達は、共感性を伸ばすために9カ月にわたり27回のレッスンを受ける。レッスンには、近隣に住む乳児とその親が招かれ、児童たちは体験的に乳児の感情の発達を観察していくことになる。レッスンは3回1セットとなっており、訪問前講習、乳幼児と親の訪問、訪問後講習を通して一つのテーマを扱う。そのため、テーマは合計九つある(表を参照)。

 このレッスンの中核となるのは、やはり乳児とその親の訪問である。児童たちは乳児と親が訪問してきたとき、自分たちが何を見たのか言葉にするように促される。これは乳児の感情にラベルを貼り、感情への理解を深めることに繋がっている(感情的リテラシー)。また、乳児の発達を見守るのと同時に、親が乳児に応答する方法を見て効果的な養育についても学んでいく。これらのことについて、ラッチ氏らは「乳児が自分の気持ちを表し、(親に)即座に反応することを求めることは、子供たちに他者の感情を認識し、共感的に反応することを直接学ぶ機会を与える」と述べている。
 また、訪問前講習と訪問後講習では、そうした体験的学習の準備とフォローアップが行われる。具体的にはディスカッションや関連した本を読むこと、日記を書くことの他、美術的な制作活動を行う。こうした活動を通して、実際に見聞きした内容を知識としても蓄えていく。
 このようなプログラムを通じ、ROEでは児童たちが自分の感情と他者の感情を理解し、共感的に、受容的になれるよう支援することを目指している。

プログラムの効果

 ラッチ氏らは、スイスで実施されたROEプログラムの効果を実証的に分析した。ROEを実施する13のクラスと特に実施しない10のクラス(コントロールグループ)を準備し、プログラム前後の共感性に関するアンケート結果を比較した。アンケート結果は本人と教師、抽出されたクラスメートのものを合わせ、分散分析にかけられた。
 その結果、ROEは共感性の向上、攻撃性の低下、向社会的行動の増加に有意な効果が見られたという。サンプルの数に関わらない効果の大きさを示す効果量dは、0.34(攻撃性の減少)から0.5(共感性の向上)の範囲をとった。この結果は、ラッチ氏らによれば「一般的なSEL(社会性と情動の学習)プログラムより、いくらか高い効果であった」という。また、プログラム終了1年後の追跡調査でも共感性の向上と攻撃性の低下は効果が維持され、統計的にも有意なままであった。このことから、ROEには子供の共感性を向上させる効果があると言える。
 いじめの増加や、DV・児童虐待の増加が懸念される我が国でも子供、そしてのちの大人・親の共感性を育むことは重要である。課題を抱えている人ほど支援の手が届きにくいことを考えれば、ROEのような学校ベースのプログラムも一考に値するだろう。

(注)向社会性:人の為、社会のために振舞おうとする性質

 

【参考文献】

遠藤利彦(2012)「第80回公開シンポジウム 子育て・子育ちの基本について考える—アタッチメントと子どもの社会性の発達」甲南大学国際子ども学研究センター https://www.crn.or.jp/KONANWU/bulletin/vol.14/80_ENDOU.pdf

Latsch, D., Stauffer, M. and Bollinger, M. (2017) Evaluation of the Roots of Empathy program in Switzerland, year 2015 to 2017. Full Report. Bern: Bern University of Applied Sciences.

コラム
いじめやDV、虐待など昨今の社会では思いやりを欠いた振る舞いが引き起こす問題が深刻化している。海外では子供の頃から思いやりの素になる共感性を育む取り組みがある。 編集部

関連記事

  • 2020年9月21日 家庭基盤充実

    道徳教育に求められる人間像・社会像の構築 ―コロナ後を見据えた新しい道徳の創造―

  • 2021年5月17日 家庭基盤充実

    家庭、学校、地域で取り組む「親になるための教育」

  • 2016年6月3日 家庭基盤充実

    いじめを防ぐ「ピア・メディエーション」の試み ―学校・家庭・地域の連携と人格教育―

  • 2020年10月27日 家庭基盤充実

    学校における子供の携帯電話持ち込みを考える

  • 2020年7月14日 家庭基盤充実

    韓国で始まったオンライン授業の現状と課題

  • 2020年10月27日 家庭基盤充実

    WITHコロナ社会の学びの保障 ―「学びの保障」総合対策パッケージ