持続可能な開発に対して科学技術政策が与えるインパクト ―破壊とインクルーシブを目指すイノベーション―

持続可能な開発に対して科学技術政策が与えるインパクト ―破壊とインクルーシブを目指すイノベーション―

グローバルイシュー・平和構築
1. コンセプトの背景と定義

背景1:SDGsは「誰一人取り残さない」道程を探すプロセス

 持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)は、17のゴールと169のターゲット、232の指標から成り立っています。SDGsは、2015年に国連加盟国の合意のもと、2030年までに達成を目指す地球規模の課題を設定しています。SDGsはその前(2000年から2015年まで)に実施されていたミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)と以下の3点で異なります。第1に、発展途上国のみが対象ではなく、先進国を含めた全世界が対象となっていること。第2に、多様性と独自性を尊重するというスタンス。最後に最も重要な特徴として、序文に「誰一人取り残さない」という目標が掲げられていることです。これはMDGsで貧困人口を半分に減らすという目標が期限である2015年の前に達成されたものの、その大部分が中国によるものであり、その他の途上国では貧困人口の減少があまり見られなかったため、結果として多くの人を取り残してしまいました。この反省の意味を込めて、「誰一人取り残さない」という視点がSDGsには取り入れられています。
 17の大きなゴールをそれぞれ2030年後までに達成するための努力を行う、ということを加盟国の間で合意していますが、各国、置かれている状況は異なることからゴールまでには異なる道程が考えられます。どのような道程を選択していくのかが各国にとっての課題といえます。
 また、2014年の国連貿易開発会議(UNCTAD)の試算によると(図2)、SDGsを達成するための資金が足りないことが明らかになっています。SDGsのために必要なインフラを整備するため費用は全体で年間約3.9兆米ドルと試算されていますが、そのうち公的資金から支給されている1.4米ドルを差し引くと、年間2.5兆米ドルが不足しています。足りない資金は民間から調達する必要がありますが、現在民間からの資金は全体のわずか0.9%、多くても1.8%しかありません。また、それらは主に先進国に偏っているのです(図2)。
 もちろん、2014年当時の試算された内容はテクノロジーの進展によって変化しているものもあります。インフラの項目は、電力、交通網、通信、水と衛生、食糧・農業、気候変動・緩和、気候変動・適応、保険・健康、教育となっていますが、電力に関しては、再生エネルギーシステムによる分散型発電が、通信に関しては、携帯電話の普及により、固定回線は必要なくなっています。また水と衛生に関しても、分散型水浄化設備を設置できる可能性が広がりつつあるなど、技術革新により、従来と異なる、より安価な代替案を選択できるようになっているため、試算通りの額が必要であるかはさらなる検討が必要でしょう。

【図1】SDGsの17の目標
【図2】UNCTAD(2014)の試算根拠

背景2:SDGs「誰一人取り残さない」道程を模索

 SDGs序文に書かれた「誰一人取り残さない」ためには、多様な利害関係者の協力関係を構築することが必要であり、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」がその手段となりえます。現在目標17のターゲット6に記載されているように「技術促進メカニズム(Technology Facilitation Mechanism)」が設置されています。この「技術促進メカニズム」は、SDG達成のために科学技術イノベーション(サイエンス、テクノロジー、イノベーションの頭文字をとってSTIと呼ばれる)で人類が直面している経済・社会・環境の様々な課題の解決に貢献することを世界は期待しているとも言えるでしょう。このSTIをSDGs達成のために導入していくロードマップ(道程)のためのガイドブックが作成されています。
 現在、5か国(ガーナ、エチオピア、ケニア、インド、クロアチア)でロードマップを導入しています。この他に先進国からEUと日本が加わっており、この件においての途上国への支援に中心的な役割を担っています。このロードマップの作成は各国政府主導で行なっており、私の知る限りで民間の位置づけは明確には定義されていない。どちらかと言うと、国家が主導してロードマップを作成するというプロセスに至っていると言えます。

背景3:科学技術イノベーションの目的は社会課題解決

 次に科学技術イノベーションの役割は世界においてどのような変遷を辿ってきたかについて述べます。現在、科学技術イノベーション政策は第3フェーズにあると言われています。1950年〜80年が第1フェーズといわれ、この時期は、R&D(研究開発)がイノベーションの中心的な役割を果たすと考えられていました。アポロ月面着陸計画などの大型研究開発プロジェクトが政策の目玉であり、政府と大学や研究所が中心的な担い手でした。この当時は冷戦下にあったことから科学技術における研究開発は米ソ間の軍備拡張競争(覇権)にも関係していたことから、科学技術の実用化が直接の目的にされていませんでした。もちろん、この間、軍事用に開発された技術の多くは民用(デュアルユース)されています。しかしながら、研究開発から民用されるまでの過程はリニアモデル(R&D投資=イノベーション:民用化)に従うと考えられていました。
 1980年〜2010年は第2フェーズといわれ、この時期は生産性向上や競争力がより重要になり、科学技術を実装して、いかに経済活動に結び付けるかが重要になりました。この変化に伴い、イノベーションの主体は企業が担うと考えられるようになりました。つまり、企業の生産性向上、競争力を強化するために、政府と大学や研究機関は連携・協調していくことが重要と考えられ、そのための科学技術とイノベーションをつなげる政策が必要となり、イノベーション・システムという考え方が広がりました。企業との連携・協調させるイノベーション政策事例として産官学連携やオープンイノベーションをあげることができます。
 2010年以降は第3フェーズとされ1、トランスフォーメーションという概念が重要視されます。トランスフォーメーションとは、すなわち変革です。ちなみに、SDGsの序文の冒頭に”transforming our world”(我々の世界を変革する)とあり、序文中にも、”bold and transformative steps”(大胆かつ変革的な手段)を取る必要があるという表現があります。フェーズ2までに様々な技術が実装され、生産性向上が重視されてきましたが、それと同時に地球温暖化、貧富の格差などの社会課題を生み出しました。この状況から持続可能な社会経済システムへの変容が必要と考えられ始めているのです。しかしながら、トランスフォーメーションを起こすのは困難です。これには今までの企業と政府と大学と研究機関に加え、市民もその担い手に加わる必要があります。さらに、今までのように経済的繁栄のみを追求するだけではなく、多様性や異なる価値観の共生が大事であるという価値観の共有が重要となります。そう言った意味でSDGsはまさに目指すべき未来の姿を地球レベルで共有する政策目標と言えるでしょう。つまり、科学技術イノベーション政策の主眼がトランスフォーメーションになり、SDGsがその政策目標を提供することで、STI とSDGsの2つが収斂されつつあります。事実、OECD や世界銀行ではSDGsの達成に向けた科学技術イノベーションの活用(STI for SDGs)、社会課題解決型イノベーションの促進やミッション型イノベーション政策が現在議論されています。

【図1】SDGsの17の目標

背景4:トランスフォーメーションの失敗2

 各フェーズで行われた政策介入の理由として、第1フェーズでは市場の失敗、第2フェーズでは市場の失敗とシステムの失敗が挙げられています。第3フェーズではトランスフォーメーションの失敗がそれらに加えられています。このトランスフォーメーションの失敗は以下の4つの理由によって政策の介入の必要性を説明しています。
 第1は、新しい方向性を自ら探すことができないことです。つまり、既存の社会経済システムは、慣性、既得権、習慣などの理由により今までの経路を依存し、自らより良い方向への軌道修正をすることが困難です。この点において、SDGsのような社会課題という大きなゴールは、新たな方向性を示し、戦略や政策が立てやすくなります。(Back casting型政策形成とも言われます)。
 第2に、潜在的需要の明示化が困難であることです。市場があればそこで商品やサービスへの生産性を高め、競争力をつけることができますが、市場が形成されていない潜在的な需要を既存のシステムでは掘り起こせないのです。ここに、シュンペーターの唱える「創造的破壊(ディスラプション)」を起こして新しい市場を形成する企業家が重要な役割を担います。企業家は、潜在的なニーズを顕在化することで新しい需要を喚起し、商品やサービスを普及させ、市場を形成し場合によっては新しい産業も新興しトランスフォーメーションを実現します。
 第3に、社会課題を解決するための政策は既存の制度的枠組みでは調整しきれないことです。次々に起こる社会課題は、既存のセクターや国境の壁を崩して連携しないと解決に至るのは大変困難です。縦割り構造やセクターや国境の壁を超えたレベルでの政策調整が介入によって必要となります。
 第4に、再帰性、つまり、失敗から学び自己修正することが困難なことです。これから科学技術の急速な進化と伝播により将来の予測が難しく不確実性が高くなると言われています。しかしながら、不確実性が高いことを理由に新しい試みを行わないと社会、経済が停滞してしまいます。不確実でも小さな実験を行い、結果を検証して、間違いを修正しながら前に進めていく過程が必要になってきます。これには政府は失敗しない、大企業は失敗しないという「無謬性」から脱却していく必要があります。事実、現在様々な政策策定の手法が施行されています。これらはエビデンスに基づく政策策定(EBPM)、規制のサンドボックス、バーチャルリアリティ(VR)を使ったシミュレーション、未来洞察などです。
 以上の4つの理由はトランスフォーメーションを阻むものであり、これらを乗り越えるために政策介入を行うことをトランスフォーメーション失敗への対応と位置付けられます。

以上からわかること

 SDGsは近未来に地球規模で達成すべき方向性を示しています。序文に書かれた「誰一人取り残さない」を達成するには、発展途上国と協働し、気候変動、貧困・飢餓の問題を解決し、格差を解消していく必要があります。科学技術イノベーション(STI)はこの状況に対応する手段を提供していると言えます。つまりイノベーションによってもたらされる「破壊的創造(ディスラプション)」は、SDGsの実現に向けて社会のシステムを変容してゆく契機であり、企業家はその触媒的な役割を担っていると言えるでしょう。
 なお、SDGsについての国連における議論は現在のところ国家レベルで進められています。しかしながら、資金面においても民間の役割を模索するなど、社会課題対策への対応に民間セクターの役割が重要であることは認識されています。

2. SDGs達成のための破壊的インクルーシブ・イノベーション

破壊的イノベーションとは何か

 SDGs達成に向けたトランスフォーメーションを起こすには、破壊的でインクルーシブなイノベーション(DII)だと位置付けています。これは2つのコンセプトから成り立っています。一つは破壊的イノベーションです。破壊的イノベーションとは、企業のイノベーション研究の第一人者であるクレイトン・クリステンセン教授が1997に発刊された著書『The Innovator’s Dilemma(邦訳:イノベーションのジレンマ)』で述べた概念であり、既存の市場に代替する新しい市場やネットワークを形成するようなイノベーションを指します。ある製品でトップシェアを誇る大企業は、自社製品をより良くするために既存の購買者を意識して製品を改良しがちになりますが、その考え方を継続していくと、潜在的な購買層(需要)を見失ってしまいます。一方、市場が形成されていない潜在的な購買層の需要に対応する企業家は既存の市場をディスルプト(破壊)し、新しい市場を形成し、既存の大企業に変わってトップリーダーの地位に躍り出ることが可能です。逆に、潜在的な需要を見落とすことでトップシェアを誇っていた大企業が一気に経営不振に陥ることもあります。企業は、この脅威を真摯に受け止め、自らが破壊的イノベーターとなり、市場に新しい価値を提供し続ける必要があります。例えば、フレームワークコンピュータを長年生産している会社が既存の顧客のニーズである性能を改善することのみを行い、より小型で廉価なパーソナルコンピュータの潜在的需要を見逃すことで、コンピュータの市場のリーダーの地位を他の会社にとって変わられた事例があります。
 破壊的イノベーションの特徴は、第1に、利用者が必要なサービスを利用しやすい形、つまり、タイムリーで、低価格で、シンプルで、アクセスが容易な形で提供することです。例えばパーソナルコンピュータ、マイクロファイナンス、MOOC(Massive Open Online Course:ムーク)は各々、フレームワークコンピュータ、金融機関による融資、大学教育に対する破壊的イノベーションの具体例と言えます。
 第2に、第一に挙げられた製品モデルを広範にスケールアップできることです。スケールアップすることで、新しい市場や産業を構築し、社会を変容されるインパクトにつながります。
 第3に、従来と異なる資源調達方法を用いることです。例えば、クラウドファンディング(英語: crowdfunding)は、不特定多数の人(群衆:crowd)から資金(funding)をインターネット経由で賛同する活動に財源の提供や協力を行う資金調達方法です。他にも、貧困層や低所得者層を対象に、困窮の緩和を目的として行われる小規模の金融サービスでマイクロファイナンスも今までと異なる方法が活用されつつあります。
 第4に、従来と異なるビジネスモデルを活用することです。例えば、シェアリングエコノミー(英語:sharing economy)は、物・サービス・場所などを、多くの人と共有・交換して利用する社会的な仕組み、マスカスタマイゼーション(英語: mass customization)は、より個人のニーズに寄り添った多品種少量生産を可能とする柔軟な製造システムです。他にも、サブスクリプションなど、ものを所有するという消費からサービスへの対価へ必要に応じて支払うという新しい形のビジネスが現れ、無駄を省いた有効な資源の利用を可能にしています。
 クリステンセン教授は2020年1月にお亡くなりになりましたが、晩年の著書『Prosperity Paradox(邦訳:繁栄のパラドックス)』では、発展途上国でインフラ整備や、貧困世帯への支援をしても長期的には解決にいたらず、市場が創造されて初めて問題解決になると述べています。なぜなら、新しい市場は必要とされているものやサービスを潜在的利用者(貧困層)に提供することで形成され、新たな雇用や利益を創出し、社会を繁栄へと変容させるからです。このように考えると、市場創造型イノベーション、つまりディスルプティブな(破壊的)イノベーションは、インクルーシブでもあるのです。

【図2】UNCTAD(2014)の試算根拠

インクルーシブ(包摂的)イノベーションとは何か

 イノベーションは生産性の向上と結び付けて考えられることが多いのですが、社会的便益の向上とも深く関わっています。2000年位からイノベーションの社会的側面への貢献を示す概念がいくつか紹介されており、その主なものとして以下のものがあります。
●Innovation for Base/Bottom of Pyramid3 低所得者層を消費者として(後に担い手)として経済活動に取り込む考え方としてのイノベーション。
●Grassroots innovation4 低所得者層をイノベーションの担い手とする考え方。
●Frugal innovation5 安く、簡易でも高品質を広く提供するための組み合わせを強調したイノベーション。
●Social innovation6 市民社会が担い手となる意識改革から問題解決を図るイノベーション。
●Inclusive innovation7 取り残された人々を取り込み、インパクトを生むイノベーション。
●User-led innovation, Free innovation8 利用者がイノベーションの担い手となり、独自に問題解決を図る。後者は見返りを求めず広くイノベーションを共有するイノベーション。
 例えば、サーファー同士が体験に基づき波乗りしやすいボードの形状などをシェアして、サーフボードの改良につなげるといったものがUser-led innovationの例として挙げられます。近年、Free innovationはデジタル技術を用いることによって、イノベーションをより広範にインパクトを生めるイノベーションになっています。具体例として、ファブラボ(FABLAB)があります。ファブラボは、ほぼあらゆるものをつくることを目標とし、3Dプリンタやカッティングマシンなど共通する工作機械を備えた実験的な市民工房のネットワークです。ファブラボは世界中に存在し、市民が自由に利用できる。2002年にマサチューセッツ工科大学(通称:MIT)ニール・ガーシェンフェルド教授の下でスタートし、2019年時点で、世界90カ国、1600カ所以上に広がっています。
 ファブラボは、COVID-19のパンデミックが発生した今年、人道支援に大いに貢献しました。例えば、サージカルマスクなどの医療必需品のプロダクトデザインを世界中のファブラボネットワークで共有して3Dプリンタでプリントアウトすることで、フィリピンのような島嶼において輸送する必要なしに離島の病院に供給することを可能としました。また、スペインでもエンジニアが既存の水中マスクを呼吸マスクに改良するデザインをファブラボのネットワークで共有し、呼吸マスクの供給不足に迅速に対処することが可能となりました。このやり方はvon Hippelが言うFree innovationの考え方と非常によく類似しています。
 以上、多様なバリエーションのある社会的側面に注目したイノベーション研究の共通項は以下のようにまとめることができます。①イノベーションによって生み出される社会的インパクトを重視していること。②ボトムアップからのイノベーションとイノベーションによって生じる便益を広く均等に波及することを主眼に置いていること。③デジタル技術によってインパクトが大きく波及するような環境が構築されつつあること。④イノベーションの担い手、市場、その両方という見方で類型化できること。⑤技術が主ではないが、近年デジタル技術(ICT、携帯電話)はインパクトを拡大させていること。⑥市民参加を募ること。⑦共創を促進させることがより安易、広範囲に実施できるようになったこと。⑧主なアクターは、個人、企業、社会投資家であるが、これらに限らないこと、です。
 英国マンチェスター大学リチャード・ヒークス教授は、上記に関連して、「取り残された」人々のニーズを包摂する6つの異なるレベルに分けています。レベル1は、イノベーションの意図的に取り残された人々のニーズを取り込もうとするもの。レベル2は、そのイノベーションが取り残された人々が利用できるものであること(消費)。レベル3は、そのイノベーションが取り残された人々の生活にプラスの影響をもたらすものであること(インパクト)。レベル4は、イノベーションの開発に取り残された人々が携わるものであること(プロセス)。レベル5は、そのイノベーションがインクルーシブな構造内で開発されたものであること(構造)。レベル6は、そのイノベーションがインクルーシブな知識フレームやディスコース内で開発されたものであること(構造後)。これら6つのレベルを考察することで、多くの潜在的利用者を包摂し、新しいシステムを構築することができること、です。このように社会的側面に注目したイノベーションを包摂性のレベル別に整理することができます。

【図5】Heeks and Foster, 2014の図

 これまでにみてきた破壊的イノベーションもインクルーシブ・イノベーションは、相互補完的で、社会課題解決に非常に有効な概念です。
 破壊的イノベーションは、既存の市場、企業、製品、およびアライアンスを代替する新しい市場および価値ネットワークを形成します。新市場が多くの人の満たされていない需要(潜在的需要)を満たします。これらは、簡易、廉価、高品質で、新しいビジネスモデルや資源を活用し、雇用を創出(スキル不足を克服する)、利益も創出(資源・資金不足を克服する)します。したがって、社会転換を起こす(時間と意識不足を克服する)と考えることができます。
 一方のインクルーシブ・イノベーションは、社会課題への解決策を提示し、社会の変化をもたらします。イノベーションが廉価で、より良い、普遍的かつ独自性が強く、持続可能であるため、多くの人が利用でき、スケールアップされ、ボトムアップ・参加型課題解決が可能となります。
 通常のイノベーション、破壊的イノベーション、インクルーシブ・イノベーション、破壊的インクルーシブ・イノベーションをマトリックス図にまとめると、図6のようになります。ディスラプションのレベルが低く、包摂性のレベルが低いものが通常の漸進的なイノベーションで、両方が高いものが破壊的インクルーシブ・イノベーション(DII)となります。破壊的インクルーシブ・イノベーション(DII)は、新しい市場もしくは価値ネットワークを形成し、多くの潜在的利用者を包摂することで社会的なインパクトをもたらすイノベーションと定義づけることができます。

【図6】破壊的インクルーシブ・イノベーション(DII)とは
3.トランスフォーメーションを起こすにはどうすればよいか

 破壊的インクルーシブ・イノベーション(DII)をトランスフォーメーションにつなげて、インパクトをもたらすにはどうすれば良いのでしょうか。次に①政策と制度、②新興技術、③新しい方向性とリスクについて考察します。

①政策と制度

 まず、トランスフォーメーションを阻む要因として、政策と制度が考えられます。組織には慣性の法則や経路依存性があります。これは人も組織もLock-inといって今までのやり方を踏襲しようとすることです。また、現在の従事者は既得権限を握っており、長期的便益でなく短期的リターンを優先しようとします。さらに、個々人の行動規範の変化は緩やかで、習慣のように無意識的に同じ行動を継続する傾向があります。
 また、トランスフォーメーションを起こすにあたっては、誘導型政策は現に存在していますが、現状を破壊するような政策はほとんど施行されていないことが近年の研究で明らかになっています9。イノベーション・システムは現状を維持した上で向上を目指すものであるため、「トランスフォーメンションの失敗」への対処ができません10。地球規模の経済や社会的つながりが強まる今日、トランスフォーメンションには所得の異なる国々の共創が必要であり、そのプロセスは複雑です11。またトランスフォーメンションには、政府、国際機関のみならず、民間企業、NGO、市民団体、大学、研究機関など多くの利害関係者の関与が必要であるが、それらの合意形成が困難です。トランスフォーメンションを実現するには、絶対的に有意である(安く、簡易で、入手しやすく、普遍的な)解決策を、早く、広範に(誰一人残さず)社会に浸透させることが必要となります。
 図7の表はスタンフォード大学のリチャード・スコット教授が制度についてまとめたもので、制度を規制的(ルール)なもの、規範的(社会通念)なもの、認識—文化的(慣習)なものに分類しています。
 例えば、新型コロナ感染症が拡大する中、日本では慣習の一部として、マスクの着用を法律で定めなくても、社会的義務として実践していますが、西欧ではマスクを着用するという習慣がなく、ルールで強制しなければなりません。しかし、時間の経過とともにマスクの着用は社会通念になりつつあると考えられます。このように、異なるレベルの制度、つまり、法制度、社会通念、慣習を理解することで異なる社会において必要な政策形態や過程を理解することができます。

【図7】3つの異なる制度への働きかけ

②新興技術とインパクト

 AIや物のインターネット化(IoT)に代表される新興技術はトランスフォーメーションの源泉だと考えられています。しかし、新興技術は不確実性が高く、トランスフォーメーションに繋がるかは定かではありません。
 例えば、携帯電話は、有効技術(Enabling technology)に該当します。なぜなら、携帯電話を使った派生技術(derivative technology)が生じるからです。例えば、携帯電話は現在多くのアプリケーションなど(派生技術)によって、通話以外の機能が可能になり利用者便益が向上しました。このように新興技術は使いこなすための付随するシステムが形成されなければ、汎用性は限定されます。一方、汎用技術は私たちの生活に組み込まれ、その技術が大きく社会を変えて行きます。新興技術は注目されますが、付随するサービス、インフラ、システムが形成されなくては、インパクトのスケールが限定的です。つまり、イノベーションの相互補完的なエコシステムの形成が必要となるのです。

【図8】技術のタイプとインパクト

③新しい方向性とリスク

 不確実な将来に向けての実験と改良を繰り返す必要性が高まっています。これは新興技術の進化12及び伝播13の速度が早まり、新興技術の進化に見合う法律、規制や倫理の考え方が追い付かない(ペーシングの問題)ことに起因しています14。技術の進展の速度に合わせて小規模の実験、実装を繰り返しつつ管理していくアジャイルなガバナンスが必要となっています(World Economic Forum, 2019)。不確実性が高まる中、政府の「無謬性の原則」という前提は成り成り立たなくなっているのではないでしょうか。
 また、この一環として、供給サイド(つまり生産者を対象とするイノベーション政策)だけでなく需要サイドに働きかける政策が必要になるでしょう。供給サイドに働きかける政策は、将来必要となるものを市民と対話しながら社会に働きかけるものです15。望ましい(例えばエコ・プロダクト、倫理的プロダクト)、潜在的需要のある新しい製品やサービスを小規模で実験しながら政策を試行するための政策ツールとして国家戦略特区制度や規制のサンドボックス制度が現在試されています。最近ではスーパーシティ法によってより柔軟に住民や民間企業が参加し、都市レベルで実証都市、スマートシティ、自動運転を含むモビリティなどの新しい試みが施行されつつあります。
 しかしながら、トランスフォーメーションのための政策介入の効果はまだまだ限定的かつ漸進的だと言われています16。新興技術は、新規性はあるものの、そのインパクトの程はその周りに構築されるエコシステムがなければ不確実です。トランスフォーメーションに向けての方向性および多様な新しい可能性を探求していくには政府だけではなく市民に参加していただき、市民の需要を理解しなければいけません。また、将来の不確実性に対処するべく、新しい技術の導入方策を小規模レベルで積極的に実験し、様々なステークホルダーとの議論を深めていく必要があります。

4. 事例からの考察

 ここではいくつかの具体的な例を、挙げさせていただきます。

R.A.マシェルカー氏とリライアンス・ジオ(インド)

 昨年、政策研究大学院大学で開催したセミナーにインド国家研究教授のR・A・マシェルカー氏をお招きしました。マシェルカー氏は、2018年に第三国科学アカデミーレノボ2018を受賞された方です。マシェルカー氏は、Affordable(購入しやすい)、Scalable(規模を拡大しやすい)、Sustainable(持続可能な)、Universal(普遍的な)、Rapid(迅速な)、Excellent(卓越した)、Distinctive(独自の)なInnovation、頭文字をとってASSURED Innovationが重要だと述べています。
 マシェルカー氏が挙げた事例の一つがインドのリライアンス・ジオ(Reliance Jio)の携帯電話サービスです。同社は2016年にインドの携帯電話市場に新規参入し、その際まだ2G(第2世代移動通信システム)の通信方式が主流だったインドにおいて、4G(第4世代移動通信システム)による高速通信サービスを極めて安価な料金で提供し、加入者を短期間に急拡大させ、インドの通信事業と人々の生活に大きな影響を与えました17

【図9】そのほかの事例研究

アービシュカール・キャピタル(インド)

 インドにあるアービシュカール・キャピタルは社会インパクト投資を行っています。アービシュカールは2001年に設立された、現在まで6つのファンドから70の投資を行っているインパクト投資の草分け的存在です。近年、活動はインドのみならず、インドネシア、スリランカ、バングラデシュ、東西アフリカでも活動しています。これら投資の内部収益率(IRR)は民間ベンチャーと遜色ないほど非常に優秀な投資実績です。インパクトファンドは、普通のベンチャーキャピタルと異なり、社会的インパクトと経済的リターンの双方を目的としています。
 社会インパクト投資についてもう少し良く理解するためにアービシュカール・キャピタルが2012年以降投資をしているNEPRAという企業事例をご紹介します。NEPRAは2011年、グジャラート州アフマダバードに設立された、インドで最初のゴミ処理場です。インドでは2030年までに3.9億トンのゴミを排出すると言われており、ゴミ問題は大変大きな環境問題です。これまでゴミ集積場がありましたが、リサイクルを行うゴミ処理場は存在していなかったのです。アービシュカールはこの点を問題視しており、NEPRAに投資を決めました。
 NAPRAのビジネスモデルは今までのゴミ集積場と大きく異なるものでした。まず、既存のウエイストピッカーというインフォーマルなゴミ拾いをしている人々からゴミを買い取ります。買い取る金額は決まっており、計量するとそのまま料金が支払える透明性の高いシステムになっています。また、市内ホテル、オフィス、レストランなど事業所と契約し依頼を受けてゴミを回収するサービスも展開しています。これは契約しているUberのような個人経営の運転手が依頼のあった時点でゴミを受け取りに行くシステムを取っています。ゴミの収集時刻、重さなど全てのデータが処理場にクラウドシステムで連絡され、量に応じて運転手に料金が支払われます。回収されたゴミは、処理場で最初は手作業、それから機械によってされます。こうして仕分けられた大部分はリサイクル資源として業者、残りはセメント工場に燃料の一部として売却されます。この事業によって、ゴミは資源としてマテリアルサイクルに加えられたとともに、この事業によって多くの雇用が創出されました。なお、アフマダバードの自治体はNEPRAの経営に直接関わっていませんが、ゴミ処理場の土地の提供、ゴミの回収、リサイクルの重要性について直接住民への啓蒙活動、プラスティクゴミ管理法の導入、街を2031年までにゴミゼロにする目標を掲げるなど、相乗効果の生まれる環境を構築しています。今後NEPRAはこのモデルを2025年までにインドの25都市に展開する計画を立てています。つまりアフマダバードの試験的取り組みがビジネスモデルとしてインド全土にスケールアップされるのです。
 このようにNEPRAの活動は元々解決困難であったゴミ問題を、バラバラに行動しているアクターを協働に導くことで一つのビジネスモデルを構築しました。このビジネスモデルがインドの他の都市へとスケールアップをされることでより大きな収益を生み出すとともに深刻なゴミの問題を解決し、雇用を創出するという社会的インパクトも生み出しています。アービシュカール・キャピタルに代表される社会インパクト投資はNEPARのような企業に投資を行うことによりインクルーシブであり、破壊的なイノベーションを促進しているのです。

【図10】アービシュカール・キャピタル 投資事例:NEPRA インドのゴミ処理最大手

 アービシュカール・キャピタルと業態は異なりますが、ほかにも経済的収益の他に社会的インパクトを生み出している企業と事例をご紹介させていただきます。

イースト・ベンチャーズ

 イースト・ベンチャーズはインドネシアで活躍しているベンチャーキャピタルです。創設者の一人はミクシー(Mixi)の立ち上げに関わったプログラマーです。イースト・ベンチャーはインドネシアでのベンチャーキャピタルのパイオニア的な存在です。このイースト・ベンチャーズが行った事例でWarung Pintar(スマートキオスク)事業があります。これはインドネシアの路上によくある屋台(キオスク)を同社が投資した系列事業からデジタル決済、Wi-Fi、ディスプレイ、セキュリティカメラ、EVの充電ステーションなどのテクノロジーやデジタルサービス提供し、スマートキオスクにするという事業です。この事業は3年間で2,000台のキオスクに成長しています。このキオスク事業によって広くデジタルサービスを提供(伝播)できるとともに、屋台を経営している個人事業者により安定した収入源をもたらすことを可能としました。

サムライ・インクベート

 サムライ・インクベートは、日本での経験を持つインキュベーション機能を持つベンチャーキャピタルです。現在イスラエル、東アフリカ、南アフリカで事業展開しています。アフリカでは、2018年から様々なスタートアップに投資を行っています。サムライ・インクベートの投資先にケニアで行われているMPostという事例があります。ケニアでは住所が利用されていないことから、ものを配送する際の障害となっていました。このため、多くの人が郵便局内の私書箱を利用しています。しかし、日本に比べて郵便局の数は限られているので、遅延や未配送が生じていました。MPostはこの私書箱と携帯電話のアプリケーションをつなげることで、配送の問題を解決するビジネスです。さらにサムライインキュベートは、このMPostに補完的なサービスへ戦略的に投資を行うことで、利用者の利便性が向上できるとともに、収益の回収を確実にしています。例えば、MPostとバイク便などのサービス、デジタル決済、E—Commerceなどの会社へ投資することによって事業の相乗効果を見込めるのみならず、ケニアで必要とされる社会的インフラをバリューチェーンに連なるスタートアップへ投資することで構築していると考えることができます。

上記事例からわかること

 以上事例からわかることは以下の通りです。
●社会課題へ挑戦することで新しいビジネスチャンスを生み出せる。
●市場を形成することでインクルーシブな雇用や便益が醸成できる。
●技術の実装と社会課題への挑戦にはエコシステムの形成が必要である。
●新しい形のファイナンスが様々な形で活用されている。
●一つの成功例をスケールアップさせることでインパクトを拡大できる。
●ネットワークで協働し新しいプロジェクトへと展開できる。
●政策との協調もしくは、政府の空白(インフラなど)を埋め、ベーシックニーズを賄う事業が展開されている。
●より政策との連携を強固にすることで、トランスフォーメーションへの礎となりうる。

5. まとめ

 最後に、本稿をまとめてみたい。
●SDGs のロードマップと並行する形で民間企業によるボトムアップからのSDGsの達成に向けた様々な取り組みがなされている。
●トランスフォーメーションには、政府も含め様々なステークホルダーの参加と協働が必要である。
●科学技術イノベーションの活用と多様性に富むステークホルダーとの協働と新しい仕組み(エコシステム)が必要である。
●上記エコシステムを形成することで SDGsの達成に向けたトランスフォーメーションへの道程を描くことが可能である。
●このプロセスを政策面でサポートしていく必要がある。そして、そのいくつかはすでに行われつつあるが、これからさらに発展させていく必要がある。

 

1 Schot and Steinmeuller, 2018を参照
2 背景4はWeber and Rohracher, 2012を元にしている。
3 Prahalad, 2005
4 Gupta, 2003; Smith et al, 2017
5 Prahalad & Mashelkar, 2010
6 Mulgan, 2012, Nicholls & Murdock, 2012
7 Chataway et al, Heeks et al, 2014
8 von Hippel, 1998, 2018
9 Kivimaa and Kern, 2017
10 Weber and Rohracher, 2016
11 Schot and Steinmeuller, 2018
12 例えば、米国人口の全体の25%に固定電話が普及するのに50年位かかったが、携帯電話が米国全体に普及するのに5〜6年しかかからなかったと言われています。
13 Garret, 2015
14 Marchant et al, 2011
15 Edler and Georghiou, 2007
16 Kivimaa and Kern, 2016
17 R.A Mashelkar氏GRIPSシンポジウム「破壊的インクルーシブ・イノベーション」資料よりベーション」資料より(http://www.grips.ac.jp/cms/wpcontent/uploads/2019/02/keynote2.pdf)

政策オピニオン
飯塚 倫子 政策研究大学院大学教授
著者プロフィール
政策研究大学院大学(GRIPS)には2018年4月より勤務。それ以前は国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所にて研究員(UNU-MERIT:2008-2018)、国連ラテンアメリカ・カリブ経済環境委員会にて環境担当官(UNECLAC:1997-2000)、財団法人国際開発センターにて研究員(IDCJ:1993-1996年、2000-2002年)として勤務。現在、イギリス、サセックス大学の科学政策研究ユニット(SPRU)のアソシエートフェロー及びオランダ、国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)のアフィリエイトフェローを兼任する。サセックス大学の科学政策研究所(SPRU)にて科学技術政策のDPhil、サセックス大学開発学研究所(IDS)において開発学のMPhil、ロンドン大学インペリアルカレッジにおいて環境管理のディプロマを取得。専門は、途上国における科学技術イノベーション政策で、発展途上国や新興国における持続可能な発展促進、自然資源、農業分野における開発及びイノベーション政策を主な研究分野とする。
発展途上国の社会課題解決には破壊的インクルーシブ・イノベーションによる変革が鍵となり、科学技術の活用と多様な利害関係者との協働と新たなエコシステムが必要となる。

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