朝鮮半島の軍事的安全保障の現状と日韓協力のあり方

朝鮮半島の軍事的安全保障の現状と日韓協力のあり方

2020年1月16日

はじめに

 日韓の軍事的安全保障について、作戦レベル、戦略レベル、政治・国家レベルの3階層に分けて考えてみたい。
 まず作戦レベルでは、ぎくしゃくした日韓関係の中で自衛隊と韓国軍の関係がどうかという点を見ていく。実は、この点では一般の人が心配するほど悪い関係にはないと言っていいだろう。また、戦略レベルで考えれば、日韓両国の安全保障が相互依存関係にあることは明白だ。
 ところが政治・国家レベルとなると複雑な面が出てくる。
 日本人と韓国人は見た目にも似ているが、性格的な面でも、ともに感情に重きを置くという特徴がある。つまり、日本人にとっても韓国人にとっても、どう「考えるか」ということよりも、どう「感じるか」ということの方が大切なのだ。現在のように厳しい日韓関係の中にあって、こじれた感情を克服できなければ、理論的に日韓関係を改善すべきだと主張しても聞いてもらえないという点を考えてみる。
 最後に米国の対応についての見解と課題を述べたい。

 

1.作戦レベルでの日韓協力(日韓GSOMIAの効用)

(1)日韓GSOMIAの意味
 去る(2019年)11月22日前後、私はワシントンに立ち寄った後にカナダ東部のハリファックスに飛び、そこで開催されたHalifax International Security Forumに出席していた。そのフォーラムで日韓問題を扱った分科会に参加したときの写真(略、写真にはリッパート前駐韓米国大使、エアー・カナダ陸軍司令官、私と韓国の国防部次官を務めた白承周議員が写っている)を見ると、非常に和やかな雰囲気だったことがわかる。丁度日韓GSOMIA「失効通告の停止」が韓国政府から発表されて日韓決裂という最悪のシナリオが土壇場で回避された直後のことだったからだ。
 さて、作戦レベルにおける日韓GSOMIAの意味について述べてみたい。日韓GSOMIAは、日韓両国が相互に提供した秘密の軍事情報を保護することが目的であって、受け取った情報の取り扱いを定めることによって、例えば第三国などへの漏洩を防ぐための協定である。軍事情報の提供を定めているとの誤解があるが、そうではなく、GSOMIA締結以前から両国の意思に基づいて交換してきた秘密軍事情報を保護するためのものだ。従って、GSOMIAがないことのデメリットこそあれ、破棄することのメリットは全くない。
 韓国政府が2019年8月に日韓GSOMIAを延長せず破棄する旨の通告を日本政府にしたとき、韓国政府内部の国家安全保障会議等では(延長すべきか、破棄すべきかをめぐって)非常に長い議論が行われたと言われている。とくに鄭景斗・国防部長官や軍首脳部の中には、破棄に反対する声もかなりあったとも聞いている。また野党の黄教安・自由韓国党代表はハンガーストライキを行って日韓GSOMIA破棄に反対の声を上げた。
 ここで日韓GSOMIAの利点について具体的に考えてみたい。
 2017年11月29日、北朝鮮は新型ICBM「火星15型」を、(垂直に近い角度の)ロフテッド軌道で打ち上げ、高度約4500キロ・飛行、距離約1000キロの飛行の後、青森県の西約250キロの日本海に着弾させた。この新型ミサイルは、適切な角度で発射すれば、おそらく1万数千キロの射程を持ち、北米大陸や欧州、アフリカの一部までをカバーできる大陸間弾道ミサイル(ICBM)になり得るものであった。図1は(略)、ミサイル発射当時に日本海周辺を飛行していた旅客機の位置を示している。これらの飛行機のパイロット数人から「火の玉の落下が見えた」との報告があったが、これは、ミサイルが約100キロの高度までくると大気圏に入り、空気を圧縮することによる加熱によって弾頭が数千度の高温になるため「火の玉」のように見えるからだ。この実験に際しても、韓国や北朝鮮の地上に配置されたレーダーにとって、着弾直前の軌道は水平線の下になるために見えない。日本の陸上や日本海に展開したイージス艦で捕らえた着弾直前の軌道に関する情報は韓国にとっても貴重だ。
 またその数カ月前の8月29日と9月15日にも北朝鮮は、中距離弾道ミサイルの発射実験を行った。その少し前の8月初めに北朝鮮は、「中距離弾道ミサイルをグアム沖合30キロ地点に着弾させる」と脅しをかけていており、その直後のミサイル発射実験だった。
 8月29日のミサイルは、高度550キロ、飛行距離2700キロで、9月15日のミサイルは、高度800キロ、飛行距離3700キロだった。この距離は、北朝鮮からグアムまでの距離(約3400キロ)に相当するもので、金正恩委員長の発言を裏付けるものであった。
 この間、9月3日には、160キロトン(広島型原爆の10倍のエネルギー)相当の核実験を行った。これらによって、核弾頭搭載型ミサイルをグアムまで打ち込めることを、政治的メッセージとして示したのだろう。
 ところで、9月15日のミサイルが打ち上がる過程で、まず最高高度の800キロくらいまで上がる状況は、韓国内およびその近海の艦艇のレーダーで捕捉できる。ところが、その弾道ミサイルが更に飛行し、高度が低くなると、地球面の湾曲のために、韓国内のレーダーでは捕捉できなくなる。日本上空を通過し太平洋に着弾するような場合は、日本国内の自衛隊基地や日本近海にいる艦艇のレーダーで後半の軌道を捕捉することができる。
 このようにそれぞれのレーダーでは捕捉できないところの情報を、相互に協力して提供し合うことができれば、両国とも北朝鮮をめぐるミサイル実験の分析をより包括的にすることが可能になる。日韓GSOMIAがあれば、交換した情報がしっかり保護されるため、安心してこのような軍事情報を交換できる。

(2)自衛隊と韓国軍の連携・協力
 そのほかには、自衛隊と韓国軍との間でどのような情報交換をやっているのか。
福岡にある航空自衛隊春日基地と韓国軍の大邱空軍基地との間には、文字通り「黒い電話」のホットラインが敷かれてある。一日に十数回、ホットラインを通じて邀撃管制官同士がさまざまな情報のやり取りをしている。
 例えば、韓国の管制官が、韓国の防空識別圏内に自衛隊機が直進飛行しているのをレーダーで発見した場合、そのことを日本の春日基地にホットラインを通じて連絡を入れ情報確認を行う。また「けさは、このような演習を行う」というような情報を予め伝えておき、不用な懸念を招かないようにもしている。
 また1990年代半ば以降、自衛隊と韓国軍の各教育機関(学校)に相互の学生派遣を行っている。先般の韓国海軍レーダー照射問題(2018年12月)でもめたときでも、目黒の海上自衛隊幹部学校に韓国海軍から派遣された学生が日本人学生とともに研修している。
以前、私は防衛大学校に勤務していたが、防衛大学校では、韓国陸海空軍の士官学校との間での学生交換制度があって、横須賀の防衛大学校には常時3~4人の韓国士官学校生がいる。このように日韓間で政治的にいろいろと波風があっても、軍の現場レベルではそれほど問題ないということを認識してもらいたい。
 自衛隊も韓国軍も現場レベルでは実務的な関係を保っているので、高い政治レベルでのゴーサインさえ出されれば、いつでも肩を並べて協力できる態勢にある。

 

2.戦略レベルでの協力(相互依存関係)

 1950年6月25日に北朝鮮が南進を開始して始まった朝鮮戦争では、その僅か3カ月後同年9月には、朝鮮半島南端の釜山橋頭堡がいつ陥落してもおかしくないようなところまで北朝鮮軍によって追い詰められてしまった。しかし米韓両軍がなんとか釜山の橋頭堡を防衛しきったことで、現在の韓国があるわけだ。
 このことは日本の歴史において朝鮮半島は、常に大陸勢力の海洋へ向けた「匕首」のような存在であり、島国日本の防衛の最大の要衝であった。朝鮮戦争において、米韓両軍に加えた国連軍の血と汗の努力によって(自由主義陣営の)韓国を守りきったことは、日本にとって戦後における「歴史的僥倖」であったと言っても過言でない。
 地政学的に見るときに、朝鮮半島で何か有事の際には、日本はそのバック・ヤードになる。朝鮮戦争では、福岡の板付基地からは、毎日北朝鮮に向けて戦闘機・爆撃機が飛び立っていた。また米軍が韓国に増援兵力を送る場合は、日本の港湾や空港を経由していくことになる。いわば(日本は)兵站基地であり、バック・ヤードの役割を果たすことになる。その意味で、米韓同盟を担保する意味でも、日本の役割、日米同盟の役割は無視することができない。

 

3.政治国家レベル

 日本人も韓国人も論理的に「どう考える」ということよりも感情的に「どう感じる」ということに引きずられる性癖がある。日韓はともに政治的イシューについて、感情的に反応することが多いので、その面を克服することなくして冷静な対応ができないだろう。そのため、冷静な分析に立った現実的発言がなかなかしづらい雰囲気にあるのが、日韓両国の政治的現実ではないかと思う。

 

4.日韓関係における米国の役割

 ここで米国の役割について考えてみたい。今回、日韓GSOMIAの問題では、米政府から韓国政府に対して相当政治的プレッシャーをかけていた。
 実は、日韓の安全保障協力が進展したのは、1990年代半ばからであった。レーガン政権時に国防次官補を務めたガストン・シグールと、ブッシュ(子)政権時に国務省情報局長を務めたカール・フォードがイニシアチブを取りハワイにおいて、「日米韓トラック1.5協議」を進めた(1994年8月)。その協議の過程で(瓢箪から駒のようにして)日韓間においても同様のことを進めようという話になり、同年秋から日韓防衛当局間でトラック1の交流が始まった。その中から、先述したホットラインやその他の交流の話が出てきたのだろうと思われる。
 このように米国がオネストブローカーとして日韓間の関係改善を取りもってくれたことは、(当時、私自身これに関係していたこともあり)非常に感謝している。
 現在の米国はどうかといえば、トランプ政権の下、米国のアジア戦略など不透明性が大きい。例えば、役割分担(burden sharing)や米軍駐留経費負担(HNS)など、今まで以上に米国は(日韓に対して)負担増を要求しつつあり、日韓とも対米交渉で苦労することになりそうだ。仮に理不尽な要求があった場合、米国に対する国民レベルでの反感が高まらないとも限らない。そうなると北東アジア情勢において、何のメリットもない。
 もう一つは、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」に象徴される孤立主義的傾向が、米国政治における単なる一時的現象なのか、つまりポスト・トランプの時代にも続く現象なのかということである。この点についての留意も必要だろう。

 

5.今後の展望

 最後に、課題は山積している。
 ブルックス在韓米軍司令官(当時)が2018年1月末(平昌冬季オリンピック開催直前)に訪日したとき、ご一緒する機会があった。そのときブルックス司令官は次のようなことを発言した。
 北朝鮮問題は五者(日米韓中露)が北朝鮮をしっかりとコントロールすることが重要だ。日韓の離間、米韓の離間等、五者の間の不和・葛藤は、むしろ北朝鮮にとって利することになる。五者の間で政策のプライオリティ(優先順位)に違いがあるので、その辺の調整をどう図るかという課題がある。
 また北朝鮮の核・ミサイル問題はいうまでもないが、「ソウルを火の海にする」という北朝鮮の脅し文句に見られるような北朝鮮の地上兵力問題は、韓国にとっての直接的脅威であろう。
 北朝鮮の経済的混乱に伴う(難民流出などの)問題は、韓国もそうだろうが、それ以上に中国が警戒していると思う。
 ブルックス司令官の発言にもあるように、今後は、五者の間で脅威の認識に差があり、政策のプライオリティに違いがあることを認識した上で、少なくとも韓国が心配していることを犠牲にしてまで、日本や米国が関与するということはよくないと思う。やはり違いの認識を前提にしながらも、最大公約数的な政策をどう調整し進めていくか、その努力が求められているように思う。
 慶応義塾大学の小此木政夫名誉教授は、その著書『朝鮮分断の起源:独立と統一の相克』(2018年10月、慶應義塾大学出版会)の中で、太平洋戦争の戦後処理計画について米国は、少なくとも1945年6月ごろまで、(日本はすぐに降伏しないだろうとの予想の下)日本占領の具体的計画策定に着手しておらず、終戦直前に急ごしらえで日本占領計画を具体化し始めたという。
 日本の降伏が想像以上に早かったことの含意を考える必要がある。現在、北朝鮮問題は長期化するという予想が多いようだが、戦前の日本の降伏のように、一気にやってくる場合もあり得ないわけではない。そうしたあらゆるケースを想定して、朝鮮半島の統一問題への青写真を考えておく必要がある。
 いずれにしても、北朝鮮が将来北東アジアの経済圏に平和裏に参入できるようにするためにどうするかを、今からしっかり考えておくことが大切であろう。現在の北朝鮮は、2500万の人口で120万超の兵力を動員し続けている軍事国家であるが、この比率は1945年8月の日本とほぼ同等だ。これほどの労働力を軍務に拘束しておくことの機会費用は極めて大きい。また、北朝鮮問題への対応のために、周辺国が費やしている機会費用にも留意しなければならない。朝鮮半島の対立状態が解決されてなくなるだけでも、この地域の経済発展をめぐる環境は大きく改善される。そのような変化がいつやってくるかの問題はあるにしても、それに向けたシナリオを想定しながらしっかり準備しておくことは大切である。

(本稿は、2019年12月7日に開催された「日韓平和政策学術フォーラム」における発表内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
山口 昇 国際大学副学長、笹川平和財団参与
著者プロフィール
三重県出身。1974年防衛大学校第18期卒。フレッチャー法律外交大学院修了。ハーバード大学ジョン・M.オーリン戦略研究所客員研究員、統合幕僚会議事務局軍事管理班長等を経て、在米大使館首席防衛駐在官、陸上自衛隊航空学校副校長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、防衛研究所副所長、陸上自衛隊研究本部長、防衛大学校教授、内閣官房参与等を歴任。現在、国際大学副学長・国際関係学科長・教授。笹川平和財団参与。元陸将。外務省「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」委員も務める。

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