国際政治の構造変容と北東アジアの安全保障

国際政治の構造変容と北東アジアの安全保障

2020年1月16日

1.国際秩序の構造変化

 安全保障は政治の関数であるので、北東アジアの安全保障環境を見るにあたってまず最近の国際政治がどう展開しているかについて概観しておく。
 第一は、米国の影響力、すなわち、パクス・アメリカーナの揺らぎと中国の台頭である。これまでの米国主導の覇権型秩序から、米中対立という勢力均衡型の国際秩序に遷移しつつあるということである。
 第二は、国際政治に対する意識の変化にかかわる問題である。冷戦終焉当時は「これが真であり、善であり、歴史のリニアーな方向性である」と誰もが信じて疑わなかった「グローバリズム」が、その後の移民問題や経済格差拡大問題などによって強い批判にさらされ、今や世界はグローバリズムから反グローバリズムの潮流に大きく変化してしまった。
 かつて圧倒的な存在感を誇っていたドイツの首相がその存在感を失った一方、国際協調に消極的で自国(一国)中心主義を標榜するアメリカのトランプ大統領やボリス・ジョンソン英首相の存在感が高まっているのはこうした時代の変化をまさに象徴している。
 それでは、このような国際政治の構造と意識の変化が、北東アジアの安全保障環境にどのような影響を与え、どのような問題を引き起こしているのか。
 第一点は、北東アジアにおける米国の影響力あるいはコミットメントの後退に対する危惧・懸念と、米国の核の傘への信憑性の低下である。
 第二点は、中国の存在感が急速に高まっていることである。また中国一国にとどまらず中国とロシアが連携してユーラシア・ランド・パワーが増勢していることも大きな懸念材料である。中露連携によって、中国はロシアという背後の脅威を考えずに北東アジアおよび太平洋地域にその勢力を集中することができるようになった。冷戦終焉後、すでに30年余が経過する中、(米国を中心とする西側諸国が)中露の間に「くさび」を打ち込み、ユーラシアのランド・パワーを引き裂かなかったことは大きな失策であった。
 第三点は、各国が国際協調や多国間主義に背を向け自国中心主義に傾斜するなか、韓国においても同盟国と距離を置き、自立化を目指す動きが強まっている。文在寅大統領の政治姿勢や個人的信条も加わり、現在の韓国は、日米同盟から距離を置き、北朝鮮および中国に対する接近の傾向が顕著である。
 識者の中には、「トランプ大統領が(政権交代して)変われば、(アメリカの自国中心主義は)変わるだろう」と予測する人もいる。しかし、トランプ大統領は、2020年秋の大統領選挙で再選される可能性が高い。仮に大統領が交代したとしても、米国の厳しい対中姿勢は共和・民主両党に共通しており、米中対立の様相は変わりそうにない。また米国の一国主義(アメリカ・ファースト)、対外コミットメント消極主義の傾向も継続すると見られる。
 一方で中国と覇権闘争を展開しつつ、その反面で同盟国との関係や対外コミットメントは縮小するという矛盾した動きは続く可能性がある。
 韓国については、次の大統領選挙で文政権に代わって保守政権が成立すればその対外政策、特に対日政策も変わるだろうという見方もあるが、私は基本的に現在とあまり変わらないのではないかと考えている。現在の韓国の対外政策の傾向は、文在寅大統領の個人的信条が大きく反映しているが、長い歴史の視点から見ると、朝鮮半島の元来の姿に回帰しつつあるのではないかと考えている。すなわち事大主義の復活である。
 第二次世界大戦から冷戦までの期間において韓国は、アジア域外にある覇権大国米国との関係を軸にし、中国とは距離を置いてきたわけだが、このような政治のスタンスは、朝鮮半島の歴史からすると、例外的な時代であった。朝鮮半島の長い歴史のほとんどは、中国に朝貢し、中華秩序の下でその生存を図るというものであった。米国の影響力が北東アジアから後退すればするほど、本来の朝鮮半島の歴史的傾向である事大主義の動きに韓国は戻っていく可能性があることを十分考えておく必要がある。

 

2.韓国の将来にとっての「悪夢」

 こうした現状認識の上で、今後留意すべき問題点をいくつか指摘しておきたい。
 まず韓国である。日米韓同盟から離れ、親北朝鮮親中国にかじを取るという変化は、韓国の将来にとって「悪夢」になるのではないかと思われる。もちろん日本にとっても、その影響が甚大であることはいうまでもない。現状において日韓関係は非常に厳しい中にあり、とくに防衛協力の面で大きな問題が顕在化しつつある。
 「ニューズウィーク」誌(2019年11月19日版)には、次のような韓国におけるアンケート結果が紹介されている。
<日本と北朝鮮との間で戦争が起きた場合、韓国はどうするか>という質問に対して、
「北朝鮮を支援すべき」46%
「日本を支援すべき」15%
 同誌の解説記事によれば、この傾向は「支持政党に違いはほとんど見られない」という。
 このデータを見ても、仮に保守政権が誕生したとしても、日韓関係の対立・葛藤状況が大きく改善されるということにはならないことは覚悟しておかなければならない。
 各国が自国中心の動きを見せる中、韓国でも自立化や独自外交の傾向を強めていくことはある程度覚悟せねばならないが、正しい在り方は、あくまでも日米韓の同盟関係の中で、ランド・パワーの膨張に吸い込まれることなく、日米という海洋勢力との連携と調整の下で自らの独自性を発揮すべきであり、南北統一を目指すべきではないか。現在のように、韓国だけが突出した形で「自立化傾向」(単独親北親中路線)を強めた場合には、日米韓同盟関係の崩壊につながり北東アジアの安全保障環境は極めて流動化することになるだろう。親北親中の政策をとることによって、対米自立、克日、それに南北統一という三大目標の実現を文在寅大統領は目指しているのであろうが、そうしたスタンスは逆に韓国の地位を低下させ、自立性を失わせる結果を招来することになろう。同じような外交の失敗は、廬武鉉政権の時代に体験済みである。そのうえ不幸なことに韓国が中国に取り込まれ、さらに朝鮮半島全体が中国やロシアなどのランド・パワーに飲み込まれてしまうのではないか、との懸念も拭いきれない。そうなれば中国の膨張と太平洋、北東アジアへの海洋進出を一層加速化させるだけではないかと考えている。

 

3.日本の課題と今後の対応

 米国の影響力後退およびコミットメント消極主義は、日本の防衛力の問題点(脆弱点)を顕著に露呈させることに繋がるだろう。そもそも米軍を補完補備する力として誕生した自衛隊は、自らの力で一国の安全保障を確保する国軍としての完結性に欠ける面がある。例えば海上自衛隊の場合、ASW(antisubmarine warfare)という対潜水艦能力だけは突出しているが、外洋での展開能力は乏しい。航空自衛や陸上自衛隊も後方補給や長期の継戦能力に非常に乏しい。敵基地攻撃力も不足しており、将来米軍に頼れなくなれば自衛隊の限界が露呈する時期も遠くないのではないか。そのうえ日韓関係が悪化し、韓国が日米韓同盟の連繋から外れていった場合、日本の生命線(安全保障のライン)が、38度線から対馬海峡に南下することを甘受しなければならない事態も想定せざるを得ない。
 最後にこのような危機的事態を防ぐために、二つの提言を述べたい。
 一つは、日米韓の同盟関係の強化活性化を急ぐことである。そのためにはまず安全保障に対する認識の共有を図らねばならない。日米韓三カ国が脅威認識および国際政治認識のすり合わせを行い、認識を共有するため、日米韓3カ国間における2+2を一刻も早く立ち上げるべきである。
 第二に、日本の防衛政策の自主自立化である。単なる防衛力・戦力だけではなく、必要以上の「自己規制」も見直す必要があるのではないか。これまで日本は、世界に稀に見る独特の安全保障組織をもち、異常ともいえる「自己規制」を行ってきた。それがなんとか保たれたのは、米国の圧倒的な核戦略があったからであって、平和憲法のおかげではなかった。しかも日韓の対立がこじれ、米国が東アジアから影響力を後退させるような趨勢の中で、日本はより自主自立的な防衛力の整備に努めなければならない。ただし、やり方を間違うと、さらに日韓関係の悪化を招きかねないので、まずは日米韓三カ国の2+2を開いて、日韓間の意思疎通を深化させながら、日本はより自立した防衛力整備に努めることである。
 かつてのように、日本が自主防衛を強めることが米国の対日懸念を生むという時代はすでに過ぎ去った。日本が自主的に防衛力整備を進めることは、日本の安全保障にとって必要であると同時に、そのような取り組みは日米同盟の強化にとっても資するものである。
 今後日本は、自主自立、日米同盟の強化という、一見矛盾するように見えるが決して矛盾することのない二つのゴール(目標)をともに実現すべきである。
 ランド・パワーの膨張に対抗するために、日韓の対立は、日本や韓国、さらに日米韓三国にとって不幸なだけではない。安全保障は、一番弱いところから崩れていく。日韓の対立は、西側自由主義社会全体の「アリの一穴」になる可能性がある。ユーラシア・ランド・パワーの膨張を防ぎ、自由で開かれた海洋秩序を守り抜くためにも、日韓の協力関係を改善し、シー・パワー(海洋同盟)に韓国の参加を求めていくことである。

(本稿は、2019年12月7日に開催された「日韓平和政策学術フォーラム」における発表内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
西川 佳秀 東洋大学教授
著者プロフィール
1955年大阪府生まれ。78年大阪大学法学部卒。防衛庁入庁、その後、内閣安全保障会議参事官補、防衛庁長官官房企画官、英国防大学留学、業務課長、防衛研究所研究室長等を歴任し、現在、東洋大学国際学部教授、(一社)平和政策研究所上席客員研究員。法学博士(大阪大学)、国際関係論修士(英リーズ大学)。専攻は、国際政治学、戦略論、安全保障政策。主な著書に、『現代安全保障論』『国際政治と軍事力』『ポスト冷戦の国際政治と日本の国家戦略』『ヘゲモニーの国際関係史』(国際安全保障学会賞受賞)『国際地域協力論』『国際平和協力論』『紛争解決と国連・国際法』『日本の外交政策―現状と課題、展望』『特攻と日本人の戦争』『日本の安全保障政策』『マスター国際政治学』他多数。

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