多層な安全保障協力の構築と「新日英同盟」 ―今後の日本の外交安全保障戦略―

多層な安全保障協力の構築と「新日英同盟」 ―今後の日本の外交安全保障戦略―

2018年9月19日

はじめに

 日英の安全保障協力の深化は数年前に比較すると隔世の感がある。私が所属する英国王立防衛安全保障研究所アジア本部(RUSI Japan)が設立された2012年、日英同盟の復活など話題にしても、それはほとんど冗談に近いものでしかなかった。ところが、最近ではロンドンで会合に出席すると、日英の安全保障協力に関する話題は普通のことであり、特に英国議会では関心が高い。
 2018年7月初め、外相に就任したジェレミー・ハント氏(前保健・社会福祉相)は英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の古くからの友人であり、RUSIの会合にもしばしば出席していた。ハント外相は、1990年代に日本で英語教師を勤めたこともあって、日本の文化や歴史に造詣が深く、日本に多くの友人・知人をもつ親日家だ。そして、彼は、以前から日英が安全保障面でのつながりを深めることに高い関心を持っていた。そのような人物が、英国の外相に就任した意味は小さくない。

 

1.EU離脱後の英国の大戦略:グローバル・ブリテン

 最近、英国の歴史学者は口をそろえて、現在の世界情勢は第一次世界大戦前と酷似していると指摘する。大国が衰退し始め、その影響力を低下させる一方、その力の空白を突いて、他の国家が膨張し始め、世界に混沌と不確実性が蔓延しているという点である。
 欧州では英国がEUから離脱し(2016年)、ロシアがクリミアを併合(2014年)、第二次世界大戦以来、初めて中東に軍事介入し、バルト海や黒海で軍事的活動を活発化させている。英国でのロシア人の元スパイ暗殺未遂事件(2018年3月)では、ロシア情報機関が英国内で軍事用の化学兵器を使用したと英国政府は断定、ロシア外交官を国外追放処分にする報復措置を取り、多くの欧州諸国もこれに追随して同様の措置を取った。また、シリアではロシアの支援する政府軍が反政府軍に対して化学兵器を使用した疑いがあるとして、米英仏がシリア政府軍の陣地や化学兵器関連施設に対する空爆を行った(2018年4月)。
 また、ロシアの脅威の高まりに対応して欧州では徴兵制を復活させる兆しまで見られる。スウェーデンが2018年から徴兵制を復活させたほか、フランスも徴兵制について検討しており、ドイツでも徴兵制を復活すべきかどうかという議論が起きている。
 一方、アジアでは中国が東シナ海、南シナ海に艦艇を頻繁に派遣して、南シナ海の南沙諸島の島嶼部やそこに建築した工作物の軍事拠点化を進めている。また、空母の建造を急ピッチで進めるなどして、南シナ海、東シナ海の内海化を推し進めており、その内海をベースに西太平洋やインド洋にまで進出しようとしている。勢力圏を海にまで拡大しようとする試みである。
 これに対して、米国はオバマ前政権が世界の警察官としての役割を返上することを宣言し、海外の紛争への関与を極力避けようとする孤立主義的な動きを加速させた。これに続いたトランプ政権もアメリカ第一主義の名の下、米国の利益追求には執着するものの、それ以外の問題については積極的な関与を避ける傾向にある。
 こうした中で、日本の安全保障戦略は大幅な見直しを余儀なくされている。英国もこの点では同様で、日英両国とも安全保障のパートナーを増やして、安全保障の傘をより大きく広げることをめざしている。そのための顕著な動きが、昨年(2017年)8月のメイ英国首相の日本訪問であった。メイ首相はアジア歴訪の途中とか、国際会議参加のついでに日本に立ち寄ったのではなく、ただ安倍首相との会談のためにだけ日本まではるばるやってきた。そして、日英の両首脳は、「安全保障協力に関する日英共同宣言」を発表し、日英の戦略的関係をよりグローバルなものとして次の段階に引き上げることを再確認したのである。それはつまり、日英両国の関係がこれまでのパートナーの段階から同盟国の段階へと移行することを示すものであった。実際、メイ首相はNHKのインタビューの中で、「もはや日本は、(英国にとって)パートナーであり、同盟国なのです」と、日本との関係を「Allies(同盟国)」と初めて呼んだ。また、河野外相も記者会見で、「日英関係はパートナーの段階から同盟の段階に入ることを意味する」と述べた。日英間で両首脳が互いを同盟国と呼び合うのは、1923年、かつての日英同盟が解消して以来、初めてのことであった。
 この急速な日英接近の背景には、日本の安倍政権の国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の政策と、アジアへ回帰し、世界国家への返り咲きを目指す英国の「グローバル・ブリテン」のビジョンが見事に調和している点がある。日英共同宣言の中でも英国はこの点を強調しており、今後、グローバル・パワーとして、日本との同盟関係を活用しながらインド太平洋地域の安定に関与していく方針を明確にしている。
 英国は1968年、スエズ運河以東からの撤退を正式に表明し、以来、欧州の一国として、欧州の安全保障にのみ注力するようになり、アジア地域へコミットメントはほとんど行っていない。それが、EUから離脱することによって、英国は外交の「フリーハンド」を手にすることになり、そのことが英国をかつてのようなグローバル・パワーへと突き動かしているのである。メイ首相はこの戦略を「グローバル・ブリテン(Global Britain)」と呼び、そのために欠かせないアジアのパートナーこそ日本であると考えているようだ。
 ただ、この英国の方針はメイ首相によって唐突に登場したのではなく、英国政府は2015年に公表した報告書「国家安全保障戦略」の中でもすでに明らかにしていた。この報告書は実に12回にわたり日本との関係について言及しており、日本のことを同盟国(Allies)と呼んだのであった。また、この報告書の内容を具体化するたの副次的報告書(National Capability Report)が定期的に公表されているが、その最新版(2018年春)では、日英安全保障関係について1頁を割いて詳しく述べている。英国の熱意が感じ取れる。

 

2.日英の安全保障協力の具体化

 日英首脳の合意については2017年12月、ロンドンで開催された日英外務防衛担当閣僚会議(2プラス2)において詳細に協議された。その結果、インド太平洋地域の安定のために英国は近く配備予定の最新型空母をこの地域に展開させること、日英は北朝鮮の脅威に共同で対処すること、自衛隊と英軍との共同演習を定例化すること、将来型の戦闘機の共同研究を進めることなど23項目について合意した。そして、河野外相は会談後の記者会見で「英国がスエズ以東にカムバックすることを歓迎する」と表明した。
 このように2017年は、日英の安全保障関係がパートナーの関係から同盟国の関係へと劇的に変化した年であったが、日英接近の動きは実はかなり前から水面下で準備されてきたものだった。
 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)は2012年、東京にアジア本部を設置し、2013年10月には、英国のアンドルー王子(エリザベス女王の次男)を東京に招聘して、第1回日英安全保障会議を開催し、その後この会議は、ロンドンと東京で定期的に開催されている。
 また、海上自衛隊と英国海軍はもともと伝統的なつながりが深かったが、2015年2月、横須賀の海上自衛隊自衛艦隊司令部に英国海軍から連絡将校が派遣され、常駐するようになった。100年前の日英同盟解消以来初めてのことだ。また、ソマリア沖で海賊対策の任務に当たっている多国籍海軍部隊(第151統合任務部隊=CTF-151)の司令官に海上自衛隊の海将補が就任するときは、英国海軍から補佐役として参謀長が派遣されることが慣例となっている。
 2016年には、英国空軍の戦闘機、ユーロファイターの部隊が三沢基地に飛来し、航空自衛隊と初めての共同訓練を実施した。日本国内で、米軍以外の外国の戦闘機部隊との共同訓練が実施されるのは初めてである。また、これに対する答礼として、航空自衛隊の戦闘機の部隊が、米国以外では初めて英国に展開する計画も進んでいる。
 また、同じ時期、陸上自衛隊富士学校のレンジャーが英国ウェールズの英国陸軍基地で、英国陸軍、米海兵隊とともに偵察活動の共同訓練を行った。
 2017年5月、陸上自衛隊、米海兵隊、それにフランス海軍が参加した日米英仏の共同演習が初めて実施された。多国籍の演習ではあったが、演習を主導したのは日英であった。そして、2018年、英国海軍は自衛隊が重視する上陸作戦能力の向上を支援するため、上陸作戦用の海軍艦艇を日本に派遣し、沼津周辺で日英共同での水陸両用作戦の訓練を行う計画があるほか、秋には英国陸軍も富士山麓のキャンプ富士(自衛隊演習場)で、陸上自衛隊との初めての共同訓練を実施する計画である。
 こうした日英の安全保障協力を定着化させるため、法整備も着々と進められている。すでに日英間では、互いに軍事用物資の補給を可能にする物品役務相互提供協定(ACSA)が結ばれたほか、部隊が相手国を訪問した際の法的地位を定めた訪問部隊地位協定(VTA)も準備が進められている。 

 

3.新しい形態の「同盟」関係

(1)包括的な安全保障協力同盟
 ここで注意が必要なことは「同盟」の意味である。メディア的には「日英同盟の復活」とか「新日英同盟」などという表現が踊っているが、「同盟」の中味は21世紀の現代と100年前の旧日英同盟とではその目的や構造が大きく違っていることに留意しなくてはならない。
 この新しい同盟関係について、日本では准同盟などと呼ばれるが、英国では、New Type of Alliance(同盟の新しい形態)と呼ばれることがある。「同盟」はかつて、利害を共有する国同士が協力して共通の敵に立ち向かう軍事同盟のことを指していた。日米同盟しかり、NATOしかりである。しかし、このような旧来の軍事同盟は近年、人道支援やテロ対策、平和維持活動に利用されるようになり、目的も構造も大きく変化してきている。「同盟」を軍事同盟として限定的に解釈するのはもはや時代遅れの感がある。
 そこで、日英が今、構築しようとしている同盟について、100年前の「旧日英同盟」と比較しながら考えてみたい。旧同盟と新同盟で似ているのは、地政学的視点である。旧日英同盟では、ユーラシアのランドパワー(内陸国家)であるロシアが勢力圏を拡大するのをシーパワー(海洋国家)である英国が日本と共同して阻止しようとする軍事同盟であった。この同盟によって、日本は日露戦争でロシアを破ることができたし、それによって日本の国際社会での地位を向上させることもできた。つまり、ユーラシアのランドパワーを牽制しようという意味では「新日英同盟」は旧同盟と共通している。
 一方、最も大きな違いは戦争に備えた同盟ではないと言う点だ。同盟である以上、軍事的な協力関係があることはもちろんだが、この同盟はむしろ平和時に大きく機能する。海洋安全保障、テロ対策、サイバー・セキュリティ、インテリジェンス協力、人道災害支援、平和維持活動、防衛装備品の共同開発など、多様化する安全保障のあらゆる分野で包括的に協力し合うことがその主な目的である。
 例えば、日本の警察庁は2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、2012年にロンドンでオリンピックを経験した英国の警備態勢やテロ対策に高い関心を持っている。そのため、ノウハウの提供を求めて、英内務省やロンドン警視庁(通称「スコットランドヤード」)との協力関係を進めている。また、日本の公安当局は、物理的テロだけではなく、サイバーテロへの警戒を強めている。2012年のロンドン・オリンピックでは、実際に電力供給施設に対するサイバー攻撃が確認された。また、2012年にはなかった新たな課題として、ドローンを利用したテロ攻撃も想定されており、英国ではサイバー対策やドローン対策についての研究が進められており、日本も高い関心を持っている。
 このように、さまざまな安全保障問題に対して日英が協調して取り組むことが新しい同盟の根幹であり、東京オリンピック、パラリンピックに向けた日英協力は将来の「新日英同盟」へ向けた一つのステップになるのではないかと思われる。

(2)ネットワーク型同盟の時代
 現代では同盟の構造が大きく変化していることにも留意しなくてはならない。(図1)

 アジア地域の同盟の構造は自転車の車輪の形に例えて、米国がその中心にハブとして位置し、その周囲にはスポークとして米国の同盟国が位置している。これは「ハブ・アンド・スポーク型同盟」と言われている。このタイプの同盟の問題点はスポークの国がハブの国に比べて力が弱すぎると、常に強いハブの国(米国)に寄り添う追従主義に陥りがちになり、万一、スポーク国とハブ国の利害が一致しなければ機能不全に陥るということである。つまり、スポーク国は戦略的に自立するのが難しいという欠陥を常に抱えている。
 そのため、2000年代以降、スポークの国同士が協力関係を強める傾向が強まっており、これが「ネットワーク型同盟」と呼ばれている。安倍政権が進めようとしている安全保障戦略はこのネットワーク型の同盟の構築である。

 図2は現代の西側の安全保障同盟を図式化したものである。米州相互防衛条約にしてもNATOにしても、米国とカナダを中心にネットワーク化されていることがわかる。また、欧州ではNATOが存在する一方、EUも安全保障面での同盟の機能を有している。その中で英国は頂点に位置する一方、東南アジアや南太平洋の英連邦諸国4カ国(オーストラリア、マレーシア、シンガポール、ニュージーランド)と5カ国防衛取極(FPDA=Five Power Defence Arrangements)という安全保障関係を結んでいるほか、その他の一部の英連邦諸国とも個別に安全保障関係を結んでいる。
 ところがこの図からもわかるように、日本はこうした世界的な安全保障のネットワークとは無縁の存在である。安倍政権が現在、目指している「インド太平洋戦略」は、このような同盟のネットワーク化を目指すものであり、それによって日本の米国との同盟を補強しようとするものである。しかし、ネットワーク型同盟ではあっても、同盟にはNATOにおける米英のようにコア(中軸)になる二国間関係が必要である。東南アジア諸国やインド地域は英国がかつて宗主国だった国が多い上に、日本との関係も良好な国家が多い。コアになる二国は、ユーラシアの両端に位置する日本と英国であるべきだろう。
 ただ、現在の日本政府の試みには疑問符もつく。例えば、日豪米印、日豪米、日英、日米英など、さまざまな組み合わせが試されているが、これらの変化に富んだ同盟関係をどのように統合し、運用しようというのか。それらを結びつける総合的な日本の戦略が見えてこない。その答えの一つは、おそらく「インド太平洋戦略」だろう。しかし、それが具体的にどのような概念なのか、それに関するまとまった戦略文書はまだ公表されたことがない。それぞれの政府機関が都合よく標語のようにインド太平洋戦略という用語を使うが、その戦略の中味が具体的に政府によって説明されたことがない。本来なら「インド太平洋戦略」についての戦略文書が発表され、それに基づいて防衛力の整備計画が進められ、装備の調達という段階に至るのが自然な筋道と思えるが、日本の場合、戦略など議論されないまま、空母型護衛艦に戦闘機を搭載するべきかどうかという飛躍した議論が突然始まってしまう。議論の順序が逆であろう。

 

4.21世紀の「日英同盟」はなぜ必要か?

(1)地政学的連携
 地政学的に見て、日英両国はユーラシア大陸の東西の両端に位置する海洋国家である。その安全を確保するために、ユーラシアのランドパワー(内陸国家)を牽制する役目を宿命的に負っている。日本は、中国の海洋覇権を警戒し、英国はロシアの欧州方面への覇権拡大を牽制している。ロシアが欧州正面で活発に動くことができるのは、その背後で中国が暗黙の了解を与えているからであり、一方、中国が南シナ海から太平洋に進出できるのは、その背後でロシアが黙認しているからに他ならない。もし、中露間に一定の緊張関係があれば、中露ともユーラシアの外に向けて覇権を拡大することはほとんど不可能に近い。
 英国のある歴史家は、「中露の接近を許したのは、冷戦後の西側外交の最大の過ちだった」と述べた。英国はロシア、日本は中国とそれぞれ別々の脅威に対峙しているようにも見えるが、地政学的な視点に立てば日英両国はユーラシアのひとかたまりのランドパワーを相手にしているのであって、本質的には同じ脅威に直面しているのである。したがって、日英の対ロシア、対中国外交は常に調和したものでなくてはならない。
 加えて、日英両国はともに米国の重要な戦略的パートナーだ。日英はそれぞれ米国と同盟関係にあり、情報・外交・軍事などさまざまな分野で深い協力関係がある。日英がいま「新同盟」を構築することは、単なる歴史の偶然ではなく、地政学的な必然として理解するべきだろう。
 英国は核保有国であり、国連安保理の常任理事国、米国とも肩を並べる最強の情報機関を持ち、ロイターやBBCのような世界に影響力を持つ報道機関があり、国際石油資本があり、世界の保険料率を決定する機能を持ち、世界の金融センターであるシティを持つ。このような国家が日本と同盟関係を結ぶことは、日本にとって非常に大きな国益となろう。

(2)地球規模の日英米連携「平和と安定の正三角形」
 このように日本と英国は、さまざまな面から親和性のある国家同士であり、この関係は将来的に日英二国間にとどまらず、米国との同盟関係をどう調和させていくかという問題に発展するだろう。それは当然の成り行きとして、日英米の3カ国同盟の追求へと発展していくに違いない。しかし、この同盟は覇権を目指した同盟ではなく、「平和と安定の正三角形」とも言えるような新しい安全保障の枠組みでなくてはならない。これが実現すれば日本は常に時には英国、時には米国と連携しながら、国際社会の諸問題に対処することが可能になり、米国追従と批判される現状から抜け出し、第二次世界大戦後初めて戦略的自律を手に入れることが可能になるだろう。

 

5.新日英同盟の今後の展開

 冷戦時代、太平洋には日米同盟など太平洋をまたぐ<汎太平洋同盟>があり、もう一方には大西洋をまたぐ<汎大西洋同盟>としてのNATOが存在していた。ところが、冷戦後の世界では、ユーラシア大陸の南側に弧を描く地域(中東、南アジア、東南アジア、朝鮮半島)に世界の不安定要素が集中しているにもかかわらず、この地域をカバーする<汎ユーラシア同盟>は存在していない。日本と英国が進めるネットワーク型の同盟は将来、汎ユーラシア同盟に発展する可能性を秘めている。
 そのためには、日本と英国の間で常に外交政策の調和をはかる必要があるだろう。英国がロシアと緊張関係にあるときに、日本が北方領土のためにロシアとの関係強化を進めるようなことは同盟の視点からすると好ましくはない。もし、それを日本の特殊な事情だから仕方ないと主張するなら、英国が、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加することを批判することも控えなくてはならなくなる。互いの事情を認識し合い、調和を図ることは同盟を維持するために必要なことである。
 英国は欧州のバルト海や黒海だけでなく、東シナ海や南シナ海に対しても少しずつ目を向けつつある。グローバル・ブリテンという戦略が背景にあるわけだが、日本も欧州のバルト海や黒海で起きていることにもっと目を向けなくてはならない。英国で起きたロシア人亡命スパイの暗殺未遂事件に関連して、欧州の多くの国が英国に同調して厳しい対抗措置をロシアに対して取ったものの、日本は特段の対応をしていない。その対応が適切かどうか慎重に考慮しなくてはならないだろう。
 英国は歴史的に同盟関係を外交のツールとして利用してきた国だ。英米同盟、NATO、EUの安全保障枠組み、英連邦国家との同盟など、多層的な同盟関係を維持しながら、そのときどきの直面する問題に応じて、これらの同盟をうまく使い分けて、国の戦略的な自律を維持してきた。日本も米国、英国との同盟関係を軸に、アジア太平洋諸国との間にネットワーク型の同盟を張り巡らし、それらをバランスよく配合した多層的な同盟関係を操りながら、新しい外交を進めていく必要があるだろう。

(本稿は、2018年7月13日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
秋元 千明 英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長
著者プロフィール
早稲田大学卒業後、NHK入局。30年以上にわたり軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務めた。2012年、英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長に就任し、現在に至る。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任。2013年、日英安全保障協力を促進するためのプロジェクトとして日英安全保障会議を開催し、英アンドルー王子を招聘した。主な著書に『アジア震撼 中台危機・黄書記亡命の真実』『戦略の地政学―ランドパワーVSシーパワー』、論文に「地政学からみた日米同盟」「ユーラシア大陸をまたぐ日英同盟の再構築を」「日英同盟復活で多層的な安全保障協力を」ほか。

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