IPP分析レポート

2019年2月22日

日本の安全保障政策を考える―基本政策の理解と論点整理・再考―

東洋大学教授・平和政策研究所上席客員研究員 西川佳秀
1955年大阪府生まれ。78年大阪大学法学部卒。防衛庁入庁、その後、内閣安全保障会議参事官補、防衛庁長官官房企画官、英国防大学留学、防衛研究所研究室長等を歴任し、現在、東洋大学国際学部教授、(一社)平和政策研究所上席客員研究員。法学博士(大阪大学)、国際関係論MA(英国リーズ大学)。専攻は、国際政治学、戦略論、安全保障政策。主な著書に、『現代安全保障論』『国際政治と軍事力』『ポスト冷戦の国際政治と日本の国家戦略』『ヘゲモニーの国際関係史』(国際安全保障学会賞受賞)『国際地域協力論』『国際平和協力論』『紛争解決と国連・国際法』『日本の外交政策―現状と課題、展望』『特攻と日本人の戦争』『日本の安全保障政策』『マスター国際政治学』他多数。

はじめに

 我が国の安全保障政策は日本国憲法の規定に端を発し非常に複雑な様相を呈しており、実行組織である自衛隊の権限や行動には他国では見られない正当化を必要としている。
 近年、歴代の政府の努力により憲法の制約下でも自衛隊が国防の任を果たせる環境が整いつつある。しかし、憲法の制約をそのままに結果のみを追求したため、法的にあるいは軍事的に一部合理性を欠いた安全保障政策体系ができあがった。以下では我が国の安全保障政策の概要を紹介しつつ、それをより健全に整備するために検討すべき論点を提示していく。

 

1.日本国憲法の解釈と自衛隊

 我が国の安全保障政策の枠組みは三つの法規によって形成されてきた。三つの法規とは、平和主義を謳う日本国憲法、一般的主権国家の権利を示す国連憲章、我が国単独では対処できない国防上の問題を扱う日米安全保障条約(1960)である。また、この三つ法規の範囲で具体的な行動指針を形成しているものが政府の憲法解釈、「国防の基本方針」(現在は「国家安全保障戦略」へ改定)や「防衛政策の基本」といった閣議決定である。他に経産省(当時は通産省)が所管する武器輸出三原則(現在は「防衛装備移転三原則」へ改定)も政策上の統一見解として安全保障政策の一角を成しているといえよう。
 これらの安全保障政策枠組みの中でも特に重要なのが政府の憲法解釈である。憲法解釈は日本国憲法の条文を実際に運用する方法を決定しており、自衛権の発動要件や自衛隊の権限を定めているため議論の中心となっている。

(1)自衛権の容認と発動要件

 日本国憲法において国防にかかわる条文は平和主義を掲げる第9条である。第9条は2つの項で構成されており、それぞれ第1項が戦争放棄を、第2項が戦力の不保持を規定している。
 政府はこの第9条の条文を国連憲章などの国際法が定める主権国家の権利と照らし合わせて憲法解釈を作成している。国連憲章によれば、一般的に主権国家は自らの存立と国民を守る自衛権を持つ。したがって、我が国も国際法上自衛権を持つが、日本国憲法はその発動に一定の制限を設けているというのが政府の立場である。

 ①第1項の解釈

 第1項に関する最大の争点は、放棄を定めている「戦争」に自国防衛のための武力行使が含まれるか否かということである。第1項の条文を見ると、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を「国際紛争を解決する手段として」は「放棄する」とある。政府の解釈によれば、「国権」を「発動」するとは国の権利として利益を追求すること、すなわち国益を追求することを意味する。そのため、第1項は他国との間にある国際問題において国益を確保するために武力を用いない、ということを表す。したがって、政府の憲法解釈によれば第1項は自衛のための武力行使は否定していない。我が国は国際法上個別的自衛権を保持するし、憲法上も行使できると解釈される。
 もう一つの争点は集団的自衛権が認められるか、というものである。従来、政府の憲法解釈においても集団的自衛権は行使できないとされていた。しかし、国連憲章は主権国家に集団的自衛権を認めている。そのため、国際法を範とする政府としては日本も集団的自衛権を保持することに不自然さはない。また、近年中国との間に抱える尖閣諸島問題や北朝鮮のミサイル問題などに対応するため自衛隊と米軍の連携強化が不可欠となっている。そのため、第二次安倍政権により憲法解釈が変更され、憲法上集団的自衛権も一部行使可能となった。
 このように、政府の解釈によれば我が国は個別的自衛権と一部の集団的自衛権を有し、憲法上自衛のために武力を行使することが可能となっている。

 ②第2項の解釈

 第2項について争点となるのは、自衛隊が本項の禁止する戦力にあたるか否かである。第2項の条文を見てみると、「前項の目的を達するため」「戦力」を「保持しない」とある。政府の解釈では、「前項の目的」とは第1項が禁じている国際問題における武力を用いた国益追及であり、そのための戦力は保有できない。一方、自衛のための必要最小限度の武力は第2項が禁止する戦力にあたらず、自衛隊は合憲と解釈されている。

 ③自衛権発動の3要件
 前述のとおり政府の憲法解釈により、我が国は平和主義を保ちつつ自衛権を保有し、自衛のための武力を行使することができるとされている。それゆえに、自衛という状況が認められるためにいくつかの要件が発生することとなった。

 武力行使が自衛権の行使と認められるためには3つの要件を満たす必要がある。第一の要件は、我が国に対して急迫不正の侵略があり、国家の存立と国民の生命・自由・幸福追求権に深刻な危険が及ぶ状況が発生していることである。第二次安倍政権によって集団的自衛権が合憲とされたことにともない、我が国と密接な関係がある他国への侵略があった場合も発動要件をみたすこととなった。第二の要件は武力行使以外に侵略を退ける手段がないことである。そして、第三の要件は行使される武力が必要最小限であることを要請している。
 この第三の要件は自衛隊の存在に法的根拠を与えるものであるが、同時にその権限と行動に制約を課すものでもある。通常国際法では自衛権に要求される要素は武力の均衡性である。例えば、侵略者が小銃を持って攻撃してきた場合、防衛側は小銃ないし同等以下の武力で対応しなければならない。しかし小銃が迫撃砲になれば迫撃砲以下の武力で対応する。つまり、相手の武力に比例して防衛側も武力を高めることが可能なのである。これに対して、我が国の自衛隊に課される「必要最小限度の実力」という要件は、相手が迫撃砲で攻撃してこようとも、小銃で撃退可能ならば迫撃砲並みの武力を行使しないことを要請する。これは軍事常識よりも刑法上の正当防衛に近い考え方で、一般国際法よりも厳しい要件といえる。

(2)自衛隊の権限

 ①自衛隊は軍隊か
 自衛隊には「必要最小限度を超える実力を保持し得ない」という制約があるが、国際法上軍隊として扱われている。ただし、一般的に軍隊が保有する軍法会議(特別裁判所)も設置されず、自衛官の活動の多くは刑法で律せられるなど、通常の軍隊とは異なる面も多い。
 2019年現在、安倍政権は憲法第9条の第1項・第2項を変えず、自衛隊の設置を明記した「第9条の2」を付け加えて合憲とする意向である。しかし、第9条1項が存在し続ける限り、自衛隊は依然として一般的な軍隊のように国益実現ための柔軟な活動をすることはできない。

 ②自衛隊の行動範囲
 自衛隊は領土・領海・領海はもちろん、自衛のための必要な限度であれば公海・公空においても活動することができる。しかし、武力行使の目的で自衛隊を他国の領土・領海・領空に派遣することはできない。それは他国における邦人保護などの場合も同様である。いかに邦人保護・救出のためでも、自衛隊が組織として他国で武力を行使するということは自衛のための必要最小限度と認められないとされている。
 しかし、実際に邦人救出活動が必要になった場合は出動しないわけにはいかない。そのため、邦人保護・救出などやむを得ない事情がある場合は、隊員個々人の正当防衛権を行使することによってその任にあたることになっている。武器の使用も法的には組織ではなく個人の責任において必要最小限のみ認められている。ただし、自衛隊法改正により航空機や船舶で救出に向かうことはできるようになった。
 政府は、「武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること」を海外派兵、「(正式な定義はないが)武力行使の目的を持たないで部隊を他国へ派遣すること」は海外派遣と呼ばれる。政府は自衛隊の海外派兵は認められないが、海外派遣は、任務・権限について法的に規定されているものは可能であるとの立場をとり、明確に両者を区別している。
 一方、他国の領土・領海内にある敵基地の攻撃はできるのか、ということが1954年ごろから何度も議論されてきた。この頃から弾道ミサイルが出現したためであり、冷戦後には北朝鮮のミサイル問題が大きくなり、現在までの懸念事項となっているからである。ミサイルは従来の航空機による攻撃とは違い、一度発射されれば高射砲などで撃墜することは困難である。そのため、防衛のために発射基地自体を攻撃することの是非が問われたのである。
 これについて、有名な政府の答弁がある。

「我が国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのみ、ほかに手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。」(1956年2月29日、衆・内閣委員会、鳩山総理答弁船田防衛庁長官代読)

 この答弁によれば、憲法の趣旨は「座して死をまつ」というものではないということである。ミサイル攻撃などにより「急迫不正の侵害」が行われ、「他に手段がない」と認められ、敵基地の攻撃が自衛のための「必要最小限度の措置」であれば、自衛権の発動要件を満たすということであろう。

 

2.自衛力の限界

 自衛権の保有と並んで議論になってきたのは、自衛隊はどのような兵器を持ちうるかということである。一つのメルクマールとなったのは、自衛権の発動要件と同様に保有する兵器が自衛のための必要最小限度にあたるか否かであった。そのため、政府は兵器を攻撃的兵器と防御的兵器に分け、防御的兵器のみを自衛隊に配備可能としている。
 攻撃的兵器とは、もっぱら相手に壊滅的打撃を与えることを目的とした兵器のことである。例えば、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、長距離戦略爆撃機のように他国を攻撃する以外の用途が考えられず、破壊力も大きいものが該当する。他に、米軍が保有しているような攻撃型空母も該当すると考えられる。
 一方、防御的兵器は攻撃的兵器に該当しない兵器のことを指し、自衛のための必要最小限度に該当するかによって分類される。そのため、あくまで理論上ではあるが、戦術核未満の自衛用小型核兵器が開発された場合、非核三原則を別にすれば我が国も核兵器を保有し得る。また、同様に核エネルギーを動力機関として利用し、SLBMを搭載しない原子力潜水艦を保有することは可能である。
 この防御的兵器の基準は時代によって変遷する場合がある。自衛隊に配備された航空機の航続距離に関する国会での議論がよい例である。1960年代後半に航空自衛隊に導入された戦闘機F-4EJは2900kmの航続距離を持っていた。国会では、航続距離が長く、さらには空中給油機能を備えている本機は攻撃的兵器にあたるとの指摘があり、空中給油機能を外して配備することとなった。それに対し、1970年代中盤に導入されたF-15Jは4600kmの航続距離を持つうえ、空中給油機能も備えていたが現状のまま導入された。これは航続距離の長さが任務に従事できる時間を延ばすため、導入する機数を少なくできるという説明があったからと考えられる。そして、2011年のF-35A導入時は、北朝鮮のミサイル問題を背景に世論が変化し、航続距離の長さは問題とならなかった。
 また、兵器の多用途性をもって防御的兵器に分類される場合もある。2015年に就役した護衛艦いずもは対潜哨戒ヘリを搭載するヘリ搭載型護衛艦として運用されているが、2018年末に垂直離陸が可能な戦闘機F-35Bを搭載できるよう改修する計画があると報道された。これは事実上空母として運用されることになるとの批判がおこった。その批判に対し、政府は常時戦闘機を搭載せず多用途に使用するため、もっぱら相手に壊滅的打撃を与える攻撃型兵器とは異なると説明した。
 以上のように、自衛隊に配備可能とされる装備は、時代の要請や用途により必要最小限度の武力と認められれば合憲と判断される傾向にある。攻撃的兵器と防御的兵器の区分は必要最小限度という基準に合わせた相対的な尺度として運用されており、軍事常識からみれば一概に防御的と言い切れない兵器も配備の対象となっている。しかし、法的にあるいは憲法上認められるべきかという議論とともに、国防上必要か否かという観点からも配備の是非を考える必要がある。

 

3.専守防衛

 専守防衛は我が国の安全保障政策の大きな特徴であり、他国には見られない概念である。一般的に国民の間で持たれている専守防衛のイメージは読んで字のごとくである。つまり、我が国の武力は領土・領空・領海を越えて行使されることはなく、もっぱら侵入してくる脅威を必要最小限の武力で撃退することだと認識されている場合が多い。
 一方、政府の定義によれば、専守防衛とは「相手から武力攻撃を受けた時にはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限る等憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略」の姿勢をいう。政府はこれを専守防御、あるいは戦略守勢とほぼ同義であると解釈・説明している(例えば1981年3月19日、参議院予算委員会における堀江正夫議員に対する大村防衛庁長官、塩田防衛局長答弁など)。
 専守防衛の一般的なイメージと政府による定義は一見同じことを述べているように読める。しかし、政府の定義には一般的なイメージとは異なる解釈ができる部分がある。その解釈の差が、我が国の安全保障政策に影響を与えていることを見ていこう。

(1)専守防衛の一般的イメージと提起される問題点

 専守防衛のもとでは「相手からの武力攻撃を受けた時にはじめて」防衛力を行使することが可能となる。これを一般的イメージと同じ様に解釈すれば、安全保障にかかわる方針としていくつかの問題が提起される。
 一点目は尖閣諸島などの離島防衛に関する問題である。専守防衛を貫く場合、敵の攻撃を所与とするために一度は離島を占領されてしまい、防衛力の行使は奪還作戦からになるのではないかという疑念が呈されている。
 二点目は国土戦場化の問題である。一点目にも共通することであるが、相手の武力攻撃を前提にするということは我が国の国土に攻め込まれる危険性をはらんでいる。通常の国防とは領土の保全と国民の保護を目的に行われる。そのため、国土に攻め込まれるということは、すでに国防の目的を一部果たせていないに等しい。軍事的な予防措置とることができなければ、そうでない場合と比べて国土が戦場となる可能性は高まる。
 三点目は効果的・効率的な防衛が困難となるという問題である。待ち受けの戦いは「敵の選ぶ地での戦い」となり、膨大な防衛力が必要となる。そうすれば防衛費が増大するほか、必要最小限度の実力のみを保持するという方針と矛盾が生じかねない。
 四点目の問題はスタンドオフ攻撃への対応が困難ということである。スタンドオフ攻撃とは、敵基地攻撃の可能性においても触れた巡航ミサイルによる攻撃のことである。自衛隊は防衛に徹して領土・領海から出ず、米軍に敵ミサイル基地攻撃を任せるだけでよいのかという指摘もある。
 以上のような問題が、専守防衛の一般的イメージに対して提起されている。

(2)政府の定義する専守防衛と戦略守勢

 前項で論じたように、一般に普及している専守防衛の概念は軍事的に非常識であり、わざわざ国を守りにくくしていると見ることもできる。しかし、政府の国会答弁などを細かく見ていくと、意外にも一般通念よりも我が国の安全を保障するために必要な行動を起こす余地が残されていることがわかる。
 まず注目すべきは、政府の定義が「相手から武力攻撃を受けたとき」を「被害が発生したとき」と断定していないことである。この件について、政府は真珠湾答弁という有名な答弁を残している。真珠湾答弁とは、太平洋戦争の発端である真珠湾攻撃を例に、どの時点で武力攻撃が発生したと判断するのかという質問に答えた国会答弁である。旧日本軍の空母から爆撃機が発艦した時点、最初の爆弾が爆撃機から投下された時点、投下された爆弾が着弾した時点など、いずれの時点なのかが問われた。これに対して政府の答弁は、相手国の意図、国際情勢などから個別に判断する必要があるため、仮定の話には答えられないというものであった。したがって、他のタイミングをして「武力攻撃を受けたとき」と解釈する余地があると考えられる。すなわち、被害が出る前、武力攻撃のための進軍が始まった段階などで「武力攻撃を受けた」と判断できる可能性がある。
 次に重要なのは、専守防衛が戦略守勢と同義としている点である。本来、戦略守勢とは戦術攻勢を含む軍事用語である。つまり、大局的に防衛を行うために要所では攻勢にでるという姿勢を表す。憲法解釈上、ミサイルによる我が国への攻撃が画策されている場合、自衛権の範囲で敵ミサイル基地を攻撃することが可能であることはすでに述べた。これは戦術的に攻勢に出て、大局的に防衛を果たす例といえよう。
 以上のように、防衛力の行使が必ずしも被害発生の後ではないこと、専守防衛が戦略守勢と同義という答弁があることを鑑みると、専守防衛の一般的イメージから提起される問題点の大部分は克服される余地がある。また、この点に関しては自衛隊が通常の軍隊にかなり近い水準の行動をとり得る政治環境が整っていると推測される。

(3)専守防衛に関する政治的課題

 一般的な専守防衛のイメージと比べて政府の定義には国防上必要な行動をとるためにある程度柔軟な運用を行う余地がある。しかし、そのように専守防衛の一般的なイメージと政府の定義の間に差があることは安全保障政策をある意味不健全な形にしているともいえる。一般的イメージにしたがって専守防衛を解釈し、安全保障政策の方針として不適切としている主張がある反面、政府の定義による正確な姿を知らせず、柔軟に運用できる環境を整えている面がある。
 そうした安全保障政策上のダブルスタンダードは専守防衛をめぐって一つの政治的課題を生じさせている。上述のように歪な発展を遂げている専守防衛の概念を下ろして安全保障政策を健全化するのか、周辺国や国内世論に配慮して我が国がこれまで築き上げてきた平和国家としてのイメージを守るのか、選択を迫られているのである。
 そのような政治的課題に対応する方法として、3つの案が考えられる。いずれも戦略的守勢を国防方針の基本とする点は共通である。

 案1:専守防衛の表現は維持しつつ、防衛力の実質的な強化を目指す
 ・解釈で「専守防衛=戦略守勢」であることを前提にし、防御的な先制攻撃・戦術的攻勢を採り得る余地を残す。
 ・専守防衛の範囲内との解釈で、報復戦力を保有して抑止力の向上を図る。

 案2:専守防衛の表現を改める
 ・積極的平和主義に対応させて、「積極防衛」、「積極防御」、「戦略守勢」などを新原則とする。
 ・内容的には案1と大差はないが、「被害発生を前提としている」「領土・領海・領空でしか戦えない」などの誤解是正の効果が見込める。
 ・他方、平和国家路線の転換ではないかとの疑念を生む。

 案3:専守防衛の概念を否定はしないが、その使用頻度を徐々に低下させ、「自衛のための必要最小限度の防衛力」で統一的に対応する。詳細を問われた場合は戦略守勢である旨説明する。

 ・自衛のための必要最小限度の防衛力=戦略守勢の防衛力という枠組みに整理することで、国防政策の基本概念が簡明化される。

 以上の3つである。案1は現在の防衛政策の不明瞭な実態を追認するもので、改善効果は期待できない。案2は専守防衛によって生じる国内の齟齬を解消できるという点で意義があるが、軍拡路線への転換などと日本非難の材料となり、ナショナルブレンディングに負の影響を与える危険がある。よって、案3は案1と2の中間。時間をかけて日本しか用いていない専守防衛のタームに代わり、軍事常識である戦略守勢の概念を定着させるもので、現実的な対応と思われる。その際、戦略守勢は戦術的攻勢を含む概念であることは明確化させる必要があろう。
 専守防衛の概念は我が国の安全保障政策の方向性に大きな影響力を持っている。同時に国内世論と国際関係にも重大な影響を持っている。したがって、健全な安全保障政策を構築していくならば、その概念について正確な認識を共有していくことが望ましいといえるであろう。

 

4.非核三原則

 非核三原則は我が国が掲げる平和主義の大きな特徴の一つである。しかし、近年核の傘による防備を提供しているアメリカは孤立主義に立ち返る傾向があり、北朝鮮や中国などの核保有国に対しての防備に課題がある。
 非核三原則は1967年12月に時の佐藤栄作首相が国会答弁で述べた内容がのちに規範化したものである。佐藤首相が非核三原則を口にした理由は2つあげられる。第一に当時まだ米軍統治下にあった小笠原諸島と沖縄が本土に復帰する際に、核兵器がそのまま残るのかという疑念への回答が必要とされたことである。そして第二には、当時アメリカから要請のあった核不拡散条約(NPT)への加盟の代償として、核の傘による保証を得られたことがあげられる。
 このような経緯から、非核三原則は憲法上の要請ではなく、政府の方針ないしは国是ということができよう。ただし、核兵器の製造や保有は、日米原子力協力協定やそれを受けた原子力基本法で禁止されている。また、核不拡散条約を批准したことで我が国は非核兵器国として核兵器の製造や取得をしないこと等の義務を負っている。
 以上のような制約はあるが、弱体化が懸念される核の傘による保証を代替するとすれば3つの見直し案が考えられる。第1の案は、非核三原則を二原則に変更し、米軍の核兵器持ち込みを容認することである。冷戦下、ソ連の中距離核SS20に対抗して、西ドイツは米国の中距離核パーシングⅡを導入しようと動いた。そのような中距離核や核巡航ミサイルを日本領内に配備したり、戦略原潜の母港を整備したりすることが考えられる。第2の案は非核三原則のうち「つくらず」のみを残し、一原則に改める案である。アメリカから核兵器の供与を受け、核の日米コードシェアリング(発射スイッチの共同管理)を行うことが可能となる。最後の案は、非核三原則を全廃し、独自の核武装をめざすアプローチである。以上のような3案が考えられるが、国内への核兵器持ち込みには国民のアレルギーが強いこと、国土が狭隘なことから、いずれの案を採用するにしても潜水艦戦力による報復戦力の整備が上策であろう。
 2019年現在、我が国はいまだアメリカの核の傘の保護下にある。しかし、アメリカは歴史的に孤立主義に立ち返ることが多い国である。また、米朝交渉にてアメリカが自国に対するミサイルを破棄させるだけで北朝鮮との交渉を終わらせないとも限らない。重要なことは根拠のない楽観主義には陥らず、十分な備えをしておくことである。

 

5.その他の諸問題

 前章までに扱った論点のほかにも、個別に考慮すべき問題がいくつかある。いずれも自衛隊や防衛力の在り方に関する重要な論点である。

(1)自衛隊の権限規定の在り方

 通常、国家の軍隊がとり得る行動は法律で禁じられた行為以外のすべてである。この権限規定方式はネガティブ方式と呼ばれる。それに対して、自衛隊の権限はとり得る行動を法律に列挙して規定する個別規定方式となっている。つまり、自衛隊は通常の軍隊とは逆に、法律に規定がない行動をとってはならない。
 個別規定方式は一見自衛隊の暴走を防止するための規定のように思われるが、法治主義の観点から望ましくない事態を発生させる場合がある。2001年にアメリカで9.11同時多発テロが発生した際、横須賀に停泊していた米空母が陸地からの攻撃を警戒して沖合に避難した。それにあたり、海上自衛隊に護衛を依頼したが、当時は集団的自衛権が否定されていたので米艦防護を行う法的根拠は存在しなかった。しかし、海上自衛隊は情報収集というほとんど関係ない根拠を持ち出し、これを実施してしまった。
 このように、個別規定方式では活動の法的根拠が限定されているため、本来行えない活動もこじつけで実施してしまう事態を誘発し得る。そうした現状は、シビリアンコントロール観点からは望ましくないため、法的整合性をとるためにはネガティブ方式への転換が必要である。ただし、個別規定方式からネガティブ方式への変更は法体系を根本的に変えることになるので、非常な困難をともなう。

(2)武力行使と武器の使用

 自衛隊の行動範囲に関する説明で一部触れたが、自衛隊は武力行使と「武器の使用」を別の概念として扱っている。武力行使は任務として自衛隊が組織的に武力を使うことを指す。一方、「武器の使用」というのは、隊員個人の正当防衛権で武器を使うことを指す。自衛隊が他国の領内で武力行使を行うことは自衛権の範囲を越えるとして認められていない。そのため、邦人保護・救出やPKO活動のために自衛隊が他国に派遣される際には「武器の使用」のみが認められる。
 「武器の使用」という括りには様々な問題がある。「武器の使用」を行う場合、自衛官は自分や自分の管理下にいる部下を守るために武器を使うことができる。しかし、それが過剰防衛と判断されると隊員個々人が罪に問われることになる。また、敵から攻撃を受けたときに反撃の法的根拠が隊員個々人の正当防衛権にゆだねられており、組織だった部隊としての作戦行動をとるべきこととの乖離がはなはだしい。自衛官に個人責任を問うことになったり、自衛官の身が危険にさらされることにもなる。
 最近は徐々に「武器の使用」について、個人の正当防衛権の行使という法理を用いず、任務遂行上必要最小限の行使であれば可能とされるようになってきたが、不自然な法解釈のしわ寄せは自衛官が被っている実態は是正すべきである。

(3)自衛隊の統合問題

 近年、陸自上自衛隊と海上自衛隊の関係は戦前の旧軍と同じ問題を抱えている。太平洋戦争中、旧陸軍と海軍は相互に不信感を持っており、うまく連携をとれていなかった。陸軍は島嶼部での戦闘に際して海軍と連携するのではなく自分で空母や潜水艦、輸送船を持つことまで考慮に入れていた。
 現代に立ち返ってみると、尖閣諸島をはじめとした南西諸島が安全保障上の問題になっている。海上自衛隊は対潜作戦や米軍の空母と行動を共にすることが多いため、陸上自衛隊の中には島嶼への兵員輸送が滞りなく行われることについて疑問不安視する声がある。そのような考えの発露として、陸上自衛隊は自ら陸上自衛官を防衛対象の島に運ぶため、米海兵隊が使用するAAV7を購入したほか、独自に輸送艦を整備する方針だと伝えられている。従来は、陸上自衛隊は海上自衛隊保有のLCACで上陸することになっており、今後、防衛力整備や部隊の運用構想において効率性や重複の排除に十分留意すべきであり、文民統制を確保するためには、政治家や国民も自衛隊の在り方に関心を払う必要がある。

(4)情報・時空戦力の不備

 コンピューターおよびネットワーク技術の発達により、サイバー攻撃や電子戦攻撃への対抗力が重要となっているが、この分野で日本は世界標準から相当の遅れをとっている。多大な戦力を準備しても、サイバー攻撃によって指揮中枢機能が瞬時に麻痺させられたり、部隊の行動が停止させられたりすれば、本来の作戦行動が出来なくなる可能性があり、早急な対応が必要である。

(5)武器の開発・国産化体制の問題

 米国から過度に武器の購入を求められていることに加え、国産された装備品も海外への輸出には制約が多いことから、国内の武器産業は苦しい状況が続いている。そのため、生産技術や開発能力が失われつつあるのが実態だ。

(6)自衛隊と米軍の関係

 日本の防衛にあたり、自衛隊は米軍との共同作戦を前提にしており、独自の作戦遂行能力が十分ではない。例えば海上自衛隊は対機雷戦や対潜戦能力など米海軍を補完する形で整備されてきた経緯があり、長距離外洋展開能力は非常に低い。補給線の維持などの継戦能力も十分とは言えない。一方、陸上自衛隊は冷戦期に対ソ連防衛のため北海道方面を中心に展開していたことから、世界戦略を重視する米軍との連携は三自衛隊の中では最も薄かった。近年、ミサイル防衛への参画や南西諸島防衛で米軍との連携を深めており、これまでの連合運用の遅れを取り戻そうとしている。航空自衛隊は米空軍の指導を受けて発足、発展した経緯からほぼ米軍と一体化している。最新鋭の航空機の導入や戦術ノウハウを米軍から学ぶ思想は強い。こうした背景から、各自衛隊は陸海空相互間の統合運用の強化よりも、カウンターパートである米軍との関係緊密化に熱心な面があり、自衛隊としての統合運用能力や自衛隊間の整合ある作戦構想の立案に不安がある。
 我が国の安全保障政策を健全化するために、これらの論点についても十分に議論する必要があろう。

 

おわりに

 我が国の安全保障政策をめぐっては、様々な論点が存在する。とりわけ日本国憲法が自衛のための軍事力の保有を正面から認めていないため、自衛のための必要最小限の防衛力とは何か、専守防衛の是非などは現代にいたっても明確なコンセンサスを得ていない。そうした安全保障政策の屋台骨が定まっていなければ様々にひずみが発生することは自明である。国を守るために十分で健全な安全保障政策を整備するために、これらの論点について綿密に検討する必要がある。

(2019年1月23日)