対中抑止で真の同盟深化をはかれ —ウクライナに米が忙殺される今が好機だ—

対中抑止で真の同盟深化をはかれ —ウクライナに米が忙殺される今が好機だ—

2023年6月10日

 世界はいま、第2次大戦以来の大きなうねりの中におかれている。
 混乱、緊張を引き起こしているのは、いうまでもなくロシアのウクライナ侵略、中国の跳梁だ。
 この時代をどう生き抜いていくか。各国共通の命題に対する日本の答えは明らかだろう。経済力と外交力を強化し、日米関係を真の同盟関係に深化させてアジア、世界の安定に寄与していくことにつきよう。
 岸田首相は就任以来、ASEAN(東南アジア諸国連合)、台湾、太平洋島しょ国との関係を強化、防衛力強化の方針も打ち出した。
 ウクライナ問題に忙殺されるアメリカに代わって対中抑止の中心的な役割を果たすことができれば、日米関係は遅まきながら真の対等な同盟関係へ大きく前進するだろう。

広島G7、岸田外遊も中国照準

 5月に広島で開かれたG7サミット(主要国首脳会議)で議長の岸田首相は、中国問題を集中的に討議するセッションを設け、「力による現状変更は容認できない」と問題提起した。
 首脳声明には前年のエルマウ(ドイツ)サミット同様、「東、南シナ海の現状への懸念」「台湾問題の平和的解決」に加え、ことし新たに、「ロシアに、ウクライナへの侵略即時停止、撤退を働きかけるよう求める」ことが盛り込まれた。
 中国の覇権主義への警戒感をG7で共有できたことは、議長である岸田首相にとって大きな収穫だったろう。
 岸田首相が2021年10月の就任後、半年間に訪問した国は、国際会議を除けばASEAN諸国がほとんど。インド、カンボジア、インドネシア、ベトナム、タイなどだ。
 来日した首脳をみても、日米豪印によるクアッドに出席したバイデン米大統領を別として、フィリピンのマルコス大統領、カンボジアのプラック・ソコン副首相兼外相、ミクロネシア、クック諸島など太平洋島しょ国の首相、外相だ。
 インドは国境紛争によって、ベトナムは南シナ海の西沙(英語名、パラセル)諸島の領有権をめぐって、それぞれ中国と緊張関係にある。
 フィリピンも南沙(同スプラトリー)でやはり中国と対峙、インドネシアは近年、対中関係にやや慎重になっている。
 首相は各国首脳と「自由で開かれたインド太平洋構想」について意見交換、円借款や巡視船の供与を表明。中国との関係が良好なカンボジア、タイに対しても、サイバー・セキュリティー、地雷除去への無償資金協力の方針を伝えた。
 島しょ国のソロモン諸島など8カ国には22年5月、中国の王毅外相(現中国共産党政治局員)が歴訪、ソロモンとの間では安全保障条約を締結している。
 島しょ国は台湾有事で米中が相まみえる事態になった場合、重要な戦略的拠点となるだけに米中の関心は強い。
 島しょ国には日本から林外相が23年5月の連休にパラオ、フィジーを訪問。インドのモデイ首相、インドネシアのジョコ大統領が広島サミットのアウトリーチ会合に招待された。
 一方、政府関係者ではないが、自民党の萩生田光一政調会長が22年12月に台北で蔡英文総統と会談した。
 与党3役の訪台は2003年の麻生太郎政調会長(当時)以来実に19年ぶり。日台間の要人往来は今後も拍車がかかると予想される。
 日本は中国への配慮から、台湾との関係には慎重だったが、中国の急速な軍事大国化にくわえ、親中派の政治家の退場などもあって、近年、変化がもたらされた。

日米で役割分担のあうんの呼吸?

 日米首脳の間で、「インド太平洋構想」での役割分担について具体的な話し合い、合意があったかは明らかではないが、23年1月、岸田首相が訪米した際の共同声明には、こう記されている。「中国の国際秩序と整合しない行動で(同構想が)大きな挑戦に直面している。ASEAN、太平洋島しょ国との連携を強固にし、それを通じて、この地域の平和と繁栄を実現する」と。
 首相は1月の今通常国会の施政方針演説でも、「アジア、大洋州のパートナー国との連携を深め、自由で開かれたインド太平洋(構想)を推進する」と強調した。
 日米の役割分担はいわば、あうんの呼吸だ。
 ウクライナ支援が、地理的な問題、憲法上の制約から他の西側各国に比べて不十分な日本にとって、アジア太平洋で米国の負担を軽減することは、間接的なウクライナ支援につながる。

障害乗り越え、アジアのリーダーたれ

 日本がこの地域でリーダーシップをとることは、米国だけでなく、中国の強引な政治、軍事、経済的な席巻に脅威を感じている東南アジア各国からも歓迎されるかもしれない。
 しかし、障害も少なくない。
 ASEAN各国は、中国との関係が冷えきってしまうことを避けたい意向が強い。マルコス大統領が23年の年明け、日本に先立って北京を訪問、ベトナムのチョン書記長もやはり昨年10月に訪中するなど中国と不即不離の関係を維持している。各国とも、日本との関係よりも、中国との関係を優先させるかもしれない。
 中台関係にしても、蔡英文氏の任期切れとなる来年の台湾総統選の結果次第では状況が大きく変化するだろう。
 防衛力の強化に乗り出したとはいえ、経済はじめ日本の国力全体が衰退している現状でそれを実行する力があるかという疑問も残る。
 日本はそうした障害を取り除きながら、構想を進めなければならない。多くの困難を克服、日本がアジア太平洋でのメインプレーヤーになった時こそ、日米の同盟関係は、いよいよ強固となり、輝きを増すだろう。
 2001年の米同時テロをうけて米軍が、犯行グループを匿うアフガニスタンを攻撃した際、自衛隊の補給艦が米側に給油し、大いに効果をあげ、日米同盟の黄金時代を築いた。
 いまこそ、このことを思い起こすべきだろう。

政策コラム
樫山 幸夫 ジャーナリスト(元産経新聞論説委員長)
著者プロフィール
慶応義塾大学卒業後、産経新聞社に入社。社会部、政治部、ワシントン支局長、編集長、正論調査室長、監査役などを歴任。ワシントン支局長時代は、ホワイトハウスや国務省を担当し、クリントン大統領の不倫・偽証疑惑、ブッシュ政権でのイラク戦争や米朝関係などを取材した。

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