平時からの防衛作用について ―国際法に基づく法整備―

平時からの防衛作用について ―国際法に基づく法整備―

2017年4月20日

はじめに

 中国海警局船舶等の領海侵犯活動が止まらず、海洋における解放軍全般の動きも活発化している。尖閣諸島の領有主張のみならず、広域の覇権を思わせる言動(※1)が見られる中、軍艦や政府船舶の行動には注視が必要である。それらは、洋上に長く滞在でき、平時から戦時に至るまで、国家意思を国際社会に示すものである。
 中国の空母「遼寧」が、昨年12月25日から26日にかけて、ミサイル駆逐艦などを伴って、宮古島沖を通過して太平洋に進出し、バシー海峡を経て南シナ海に入った。海南島に入港し、その後、本年に入り1月11日には、大陸と台湾島の間を通峡した。この一連の行動の間、発着艦訓練をはじめ、様々な訓練が実施されている。
 遡って、記憶に鮮烈な中国軍艦の特異行動を思い起こしてみれば、2004年に漢級原子力潜水艦による、我が国領海内潜航事案があった。新しいところでは、2015年11月に、ドンディアオ級情報収集艦が、尖閣沖接続水域ぎりぎりを東西に往復するという、特異な行動があり、翌12月には、武装(機関砲搭載)中国公船による我が国領海侵犯が生起した。2016年に入り、6月にそのドンディアオ級1隻が、鹿児島県口永良部島西方で領海を侵犯した。報道では、日本と訓練中のインド海軍艦艇を追尾する航跡をとっていたとのことであるが、いずれにしても、ここに軍艦による領海侵犯事例が重ねられた。現在も我が国領海への接近が頻発している。
 航空自衛隊による不明航空機の侵入阻止とともに、海上自衛隊による周辺海域とりわけ他国軍艦等への警戒監視(※2)は、365日24時間行われている。軍艦への対応は、直ちに国家対国家の問題になることであり、自衛隊の部隊がどう行動するかということは、国家の意思を表明することに他ならない。常に政治・外交に直結する性格を有しており、異質なものに接する任務の中で、万が一の時のことも考えておかなければならないものである。政治と現場が連携できるような、法的な仕組みは、通信システムの整備と同様、主権国家として必須事項である。
 安倍総理は、行政府の長として、そして自衛隊の最高指揮官として、国家の領域や国民の生命財産を「先頭に立って守る」と言明し続けている稀有な総理大臣である。国家安全保障会議(NSC)を設置して、意思決定をするという責任を果たす態勢を築いている。2015年に、国会で、安全保障法制が審議され、日本防衛に資する多くのことが改正されたが、いわゆる「グレーゾーン」事態についての法整備はなかった。柔軟な現行法制の運用で、実効性を担保できるとの判断があったものと忖度できるが、海の守りにおける「平時からの防衛作用」発揮の観点では、根本の部分において不十分なままである。平時ゆえに警察作用とする思考ではなく、そして安全保障にかかわる議論を矮小化させないためにも、国際法に基づく防衛作用発揮のための法整備が望まれる。そこでは、国家主権についての思慮が基盤となる。

1.主権と軍隊並びに軍艦の「免除特権」

 一昨年の安全保障に関わる法制整備では、グレーゾーン事態に関する法改正はなく、電話等を用いた閣議により、速やかに自衛隊法第82条の「海上における警備行動」(以下、「海上警備行動」という。)などを発令していくということが、閣議決定されただけだった。
 石破茂元防衛大臣は昨年、「一番気になっているのはグレーゾ-ン法制ですよ。国家主権を外国勢力に侵された時、何で警察権で対応するの?本当に領土を守り切れますか?」(※3)と述べている。
 我が国に接近する他国軍艦や軍用機への対処は、平時の警戒監視や領空侵犯に対する措置(自衛隊法第84条)からはじまる。グレーゾ-ン事態や摩擦が生じた際の現場レベルでの対応、それに引き続く有事対応へと推移していく。石破氏が言っているのは、一連の防衛作用に関わる基本的なことを規定した法律が欠如しているということだ。洋上や離島をめぐる事態で、もし、現行の海上警備行動と治安出動(自衛隊法78条)を活かして法整備をしていくのだというのなら、そこに「対外的な独立権」の観点を明示する必要性がある。

(1)対内的及び対外的「主権」
 グレーゾーン対応、とりわけ他国軍艦対処を考えるにあたっては、対外的な主権についての思慮が無いと、根本的な間違いを犯すことになる。
 主権には対内的なものと対外的なものとがあり、対内的なものとは、いわゆる統治権のことで、管轄領域の秩序維持が中核となる。それは警察権を行使することにより維持される。警察権を行使するのが警察機関である。
 一方、対外的なものとは、独立権のことである。外国の権力や支配に服さないという排他的なもので、これを守り、実現しているのは軍隊である。
 対内的な秩序維持の時に、警察機関の手に負えなくなるような場合に、軍隊が警察機関に加勢することはある。我が国でいえば、自衛隊への警察権限の一部付与と特別武器使用権(治安出動で付与される権限、細部は後述する。)により、秩序維持にあたらせるというのがこれに当たる。これが自衛隊法の海上警備行動や治安出動の本来的な性格である。
 問題は、対外的な主権を守る場合のことである。石破氏の指摘にあるように、我が国では、警察権でやろうとする性向が強い。
 例えば共産党は、「侵害に対しては、警察力や自主的自警組織など憲法9条と矛盾しない自衛措置をとることが基本」(共産党第20回大会決議、1994年)としている。また有識者と呼ばれる人たちもそうである。佐々淳行氏の「もし中国海軍が出動したら、自衛隊法82条の海上警備行動を発令する。この場合でも、同法第76条による防衛出動における武力の行使ではなく、海保を支援する海上警察行動の武器の使用と解釈を統一しておく」(※4)などはその典型である。
 領有権を主張しながら侵入してくる軍艦への対処で、「日本は戦争するつもりはありませんから、海上警備行動という平和的な警察としての行動で行っています」ということは通じることではない。また、現場の自衛隊の部隊が中国艦艇に武器を使用して、それを「武力の行使とは違う武器使用です」といったところで、何の意味もなさない。一国の軍隊が他国軍隊に武器を向ければ、それが警察機関の行動を律する法律に基づくものであろうとなかろうと、国益をめぐる国家意思に基づく国家間紛争の一端を構成することになる。現実の事態生起の中で、武器使用と武力行使が、別ものの二律背反的なものであると、中国側が理解できるとも考え難い。
 また、警察行動を規定する国内法で、他国軍艦に対処したと主張すれば、軍艦の「免除特権」の観点から、国際法違反の誹りも受けかねない。国際的常識を知らない「三流国家」と見なされかねない。

(2)軍艦の「免除特権」
 軍艦には、沿岸国の管轄権から免除されるという特権がある。国際慣習法上、早い段階から確立しており、今日の「海洋法に関する国際連合条約(平成8年7月12日条約第6号)」(以下「国連海洋法条約」という。)も、このことを前提として成文化(※5)されている。軍艦は国家の分身であり、大使館が動いているようなものと例えられる由縁である。当然のこととして、我が国の海上保安庁法(昭和23年4月27日、法律第28号)でも、このことが前提にされている。例えば海上保安官等の船舶進行停止措置における武器使用権限を規定する第20条において、対象とする外国船舶からは、軍艦などは除かれている(第2項第1号)。
 例えば不審船が現れれば、民船として扱う。対応としては警察行動である。相手が武器を持っていても同じである。沿岸国の法に基づいて逮捕し、その後、種々の司法措置をとって良い。しかし相手が軍艦であれば、それらへの強制性を伴う執行は、直ちに国家対国家の問題になる。
 警察機関である海上保安庁には、軍艦への強制措置権限は規定されていない。また、そうであるがゆえに、逆に自衛隊の部隊が警察機関の権限を得て、他国軍艦に近づいて行っても、海上保安庁以上のことは、法制上できない。
 軍艦への対応は、国際法上の前提たる主権の問題から解きほぐして思慮されるべきものであり、主権が侵害されているのかどうか、というレベルで判断され、措置が講じられていくべきものである。主権侵害排除措置では、攻撃を受けることも想定されるから、自衛権(国連憲章第51条)行使についての心づもりも要る。

(3)政府船舶について
 今日、国連海洋法条約では、軍艦のみならず、政府船舶にも同様の扱いが見られる。第Ⅱ部第3節「領海における無害通航」の中では、一般船舶への適用規則とは別に、C項「軍艦及び軍艦以外の他の非商業目的のために運航される政府船舶に適用される規則」(第29条から32条)が設けられている。相手が軍艦の時のみならず、政府船舶に対しても、民船の場合の時とは異なる扱いが必要とされているのである。
 すなわち、民船への措置のように、我が国の法によって、これを捕え、司法に委ねていくことはできない。中国の政府船舶による領海侵入に対しても、警察機関の行動を規定した法を準用する海上警備行動で対応することは不適切なのである。沖縄問題などで著名な恵隆之介氏による「(中国政府船舶に対し)海上警備行動を政府が発令し、海空自の戦力を即刻投入し、国家の強い意志を示すべき」(※6)との意見は、その不適切なことを述べた典型である。投入した自衛隊の部隊に、実効的に何をさせるのか(使命をどうするのか)の思慮が欠如している。

2.海上警備行動による軍艦対応の問題

 6、7年前頃から、「領域警備」の議論が盛んに行われるようになり、その中で、多くの有識者と呼ばれる人達が、盛んに「海上警備行動」を口にするようになった。
 はじめのうちは漁船など民船を念頭に置いているものが多かったが、前述のように、やがて、政府船舶や軍艦に対しても、それを言う者が現れるようになった。
 彼らに先んじて、他国軍艦に対して海上警備行動で対処するという考え方に、先鞭をつけたのは、政府、とりわけ防衛庁(当時)、海上自衛隊であった。

(1)国連海洋法条約批准時の領水内潜没潜水艦対処方針
 長期の海洋法会議を経て、第3回国連海洋法会議で1982年に採択された条約は、1994年11月に発効(※7)となり、我が国は所要の国内法令を整備し、1996年に批准した(※8)。
 同年12月に、安全保障会議及び閣議決定を経て、我が国領水(内水及び領海)内を潜航する潜水艦に対して、海上警備行動で対応することが決定されたのである。
 それは、批准する国連海洋法条約の第20条の規定を、我が国のどのような国内法や態勢をもって担保するかという問題への答えであった。
 その第20条は「潜水船その他の水中航行機器」に関するもので、「領海における無害通航」(第3節)中、「すべての船舶に適用される規則(第17条-第26条)」の中に置かれており、その内容は「潜水船その他の水中航行機器(submarines and other underwater vehicles)は、領海においては、海面上を航行し、かつ、その旗を掲げなければならない。」とするものである。この規定に反して、潜航したまま、我が国領海に侵入する潜水艦(船)があった場合、どうするのかという検討が必要だったのである。
 潜水艦対応については、海上保安庁に探知、識別、追尾等の能力がないことから、初めから海上自衛隊が対応することになるが、第一に、その自衛隊の行動を法的にどう根拠付けていくのかという問題、第二に、実質的な対応上の課題として、当該潜水艦の侵犯に対する対応要領の確立、第三に、連続した対応上の観点からは、時間の経過とともに安全保障上の厳しい判断が必要になる場合があり得るとする問題認識があったと思われる。
 第一の問題については、前述のとおり、自衛隊法第82条で対応することが決定された。その海上警備行動は、「防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる」というものである。
 ここで、内閣総理大臣が承認を下すに当たっては、内閣法(昭和22年1月16日法律第5号)第6条に「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督する」とあり、閣議決定が必要になる。事態の推移に適合して、速やかに発令されるためには、前もって、閣議決定がなされていることが望ましく、また、当時、「重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関」(安全保障会議設置法(昭和61年5月27日法律第71号)第1条)であった安全保障会議での審議も経ておく必要があった。
 「我が国の領海及び内水で潜没航行する外国潜水艦への対処について」の閣議決定(平成8年12月)について、防衛白書は、次のように説明している。
 この閣議決定は、自衛隊の部隊が我が国の領海及び内水で潜没航行する潜水艦に対して、浮上・掲旗要求、退去要求を行うにあたり、あらかじめ閣議においてその基本方針と手順を決定しておき、個々の事案発生時に、改めて個別の閣議決定を経ることなく、内閣総理大臣の判断により、自衛隊の部隊が迅速に対処し得る途を開いたもの(※9)。

(2)中国漢級原子力潜水艦の領海潜航
 そしてこの時想定されていた事態が実際に、2004年11月に生起した。南西諸島の東側海域で、海上自衛隊が警戒監視活動により探知追尾していた潜水艦が、石垣島周辺海域の我が国領海に潜航したまま侵入したのである。その後、東シナ海に入り、迷走する中で、近傍にある尖閣諸島の領海内への再侵入が危惧され、海上警備行動が発令された。海上自衛隊は、常時防空監視が行われるエリアである防空識別圏(※10)を超えて、概ね沖縄本島の北西約500kmに至るまで探知を失することなく継続して追尾(※11)を続け、以後収束させた。日本政府は、中国海軍に属するものであると判断(※12)し、外務大臣から在京中国大使館公使に抗議を行った。これにより、中国側は、中国の原子力潜水艦であることを認めた(※13)のであった。

(3)海上警備行動による軍艦対処の不適切性とその継続
 漢級原子力潜水艦は、加圧水型軽水(原子)炉(90メガワット)で蒸気タービン2基をもって航行し、艦船にホーミングする魚雷や、空中に出て艦船に向かうミサイルを装備する。また接触、磁気、音響、圧力に感応して爆発を起こす機雷を運搬し敷設できる(※14)。
 軍艦である潜水艦に対して、警察官の行動を規定した警察官職務執行法(昭和23年7月12日 法律第136号、以下「警職法」という。)第7条を準用させる海上警備行動で、対処させることは、法的にも実効性の面からも不適切である。警職法第7条に規定されている現場警察官に付与される武器使用権限は、「犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」というもので、危害要件としては、刑法(明治40年法律第45号)第36条「正当防衛」若しくは同法第37条「緊急避難」、又は「禁固にあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる十分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとする時」などに該当する場合である。国民の自由を喪失させることのないよう、「警察比例の原則」が厳格に課せられるものだ。また、海上警備行動では、「海上保安庁法第20条2項の準用」による武器の使用が規定(自衛隊法第93条)されているが、「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶」は除かれる。
 厳格な「警察比例の原則」が課せられた警察作用による潜水艦対処は、法適用上、不適切であり、警察官のものと同様の武器使用ルールでは、実効性も限られ、国民の生命財産、日本船舶の安全等を守り抜くこともできない。
 この漢級原子力潜水艦の事案後、省庁間で情報を共有することや迅速な発令等について再確認されているが、海上警備行動で対応する方針に変更は見られなかった(※15)。
 元をたどってみれば、軍艦たる潜水艦に対する、この1996年の国連海洋法条約批准時の措置が、1999年の不審船に対する海上警備行動の発令(※16)などとも相まって、有識者たちに、海上警備行動が「万能薬」であるかの様に思わせた遠因である。

3.軍艦の「免除特権」が失われるとき

 軍艦等は、国際法で「免除特権」が認められているゆえ、その効力が失われる状況についても、同じ国際法のレベルで考えられる必要がある。それが失効するのは、沿岸国の独立権への侵害時や、沿岸国が自衛権(国連憲章第51条)を行使する必要性が生じた時である。沿岸国は先ず、他国軍艦等の行為が、主権侵害なのかどうかを判断をし、それを排除する措置をとり、もしそれに対して、相手が攻撃してくるような事態となれば、国際法上で認められている自衛権を行使し、国連安保理に報告する。そうした国際法に沿った対応をすることになる。
 自衛権の行使については、国際社会の審判を受けるから、その正当性について、国際社会の支持を得るよう意を用いなければならない。だから、最高指揮官(日本では内閣総理大臣)の意思に、現場指揮官率いる部隊の行動が合致するように、部隊の行為や武器兵装の活用状況が規定される仕組みが必須となる。法的、態勢的、通信装備的に、国民の代表たる最高指揮官の意思による、統制の仕組みが確立されていなければならない。
 軍艦への対応を考える時は、国際法のレベルで、対外的に独立権を守るという観点から解きほぐされることが不可欠である。独立権は平時から守られるものであるから、そのための平時の法制が、整備されている必要がある。

4.尖閣海域に軍艦が侵入したら!

 中国軍艦が尖閣諸島の領海に侵入するのではないか、ということが話題になっていた昨年初め、中谷防衛大臣(当時)は「軍艦の侵入には海上警備行動で対応する」旨表明した(※17)。海上警備行動は、前述のとおり、内閣総理大臣の承認を得て防衛大臣が自衛隊の部隊に発令するものである。防衛大臣の立場からすれば、自分の有している権限として、当面、海上警備行動を発令すると表明したのであろう。また、伊藤俊幸・元海将は、その様な事態に関して、「(海上警備行動発令によって)自衛隊の艦艇は武器の使用ができるようになる。武力の行使と異なり、武器の使用には警察官職務執行法を準用する制約があるものの、少なくとも不正な侵害への対処行動になる・・海上警備行動をかけると言っておくことが抑止力になる」(※18)と述べている。
 しかし、領有権を主張して入ってくる他国軍艦は、我が国の主権を害するものであり、これまで述べてきたように、それに対しては、対外的に独立権を守る防衛作用の発揮となる。直ちに国家対国家の問題となり、国際社会の支持を得なければならない性格のものとなる。このことを考えれば、先ずは、外交も経済も文化的なことも含めて、あらゆることに責任を持つ内閣総理大臣が発令者となるべきだ。この観点からも、海上警備行動による対処は不適切である。情勢を総合的に見て、これは主権侵害なのか、排除を必要とするのか、敵対行為に対してはどのように対処するのか、国際社会からどう支持を得るのか、様々な判断を要することになる。
 内閣総理大臣が発令権者である出動には、防衛出動と治安出動がある。防衛出動で想定されているのは大規模侵攻であり、原則国会の承認が必要などの理由から、初期やグレーゾーン事態では、発令が難しいという問題がある。その場合は、最低限、治安出動の発令が推奨されることになる。
 最低で治安出動との理由には、発令者が内閣総理大臣であるということのほかに、自衛隊法の第90条、第91条で「特別武器使用権限」が与えられるということがある。警職法、そして刑法などに関連した武器使用権限の他に、特別に武器が使える権限が規定されている。
 我が国の現状では、治安出動によって、実効的には、「特別武器使用権限」をもって対応し、対外的には、政府が国際法に則って対応するというのが、採り得る最良の方法である。その際、「国内法による警察行動ではない」と明確に認識してあたることが緊要となる。

5.治安出動における「特別武器使用権限」

 治安出動は、もともと国内的な騒擾などに対する治安維持のために、警察機関で足りないとする時に発令されるものである。騒擾などに外国勢力の加担があり得ることから、対外的な意味合いが無い訳ではない。
 しかし、自衛隊法第78条には、「間接侵略その他の緊急事態に関して、一般の警察力を持っては、治安を維持することができないと認められる場合」とあり、警察力が先ず思慮される概念となっており、軍隊を含む全て相手国の勢力で構成される主権侵害事態には、そぐわない。そこで、対外的な独立権を守るとの概念を入れ、警察力対応と並列に、純粋な平時防衛作用が規定されるようにすることが望まれるのだ。
 対応の実効性については、「特別武器使用権限」が付与されるため、期待できるものである。この武器使用権限は、警察法(昭和29年 法律第162号)にも、警職法にも、海上保安庁法にも、刑法にも関係しない、独立した権限として、自衛隊法の第90条と第91条に規定されているものである。
 その第90条第1項は、
 職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合(第1項第1号)、
 多衆集合して暴行若しくは脅迫をし、又は暴行若しくは脅迫をしようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合((第1項第2号)、
 小銃、機関銃(機関けん銃を含む。)、砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持し、又は所持していると疑うに足りる相当の理由のある者が暴行又は脅迫をし又はする高い蓋然性があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合(第1項第3号)
の各号の一に該当すると認める相当の理由があるときは、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる(第1項本文)とするものだ。この規定は、海上における部隊にも、第91条で、海上保安庁法第20条第2項 の規定を準用するにあたっての読み替えで、船舶進行停止措置以前の冒頭で、「・・・・及び前条第1項」が置かれており、この「特別武器使用権」が付与される。「前条第1項」とは、第90条第1項のことである。

6.法整備の具体的方向性

 治安出動は、内閣総理大臣が命令権者であり、「出動を命じた日から20日以内(自衛隊法第78条第2項)」に国会(閉会中はその後最初に召集される国会)の承認を得て行うものだ。
 付加すべき枠組みとしては、対外的独立権を守り、主権侵害排除措置をするという、対外的防衛作用発揮を、明確に目的としておくことである。武力攻撃事態への準備を促すものにもなる。その準備手続きは「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(平成15年 法律第79号)によることになる。
 発令された自衛隊の部隊の「権限規定」への付加事項は、
 主権侵害が認められる事態においては、国際の法及び慣例に従うべきところにあってはこれに従い、総理及び総理により授権された者により示される、行為及び武器・兵装使用上の制限に従う
ということである。対外的な国際法に基づく行動を明記し、官邸方針と現場行為の一致が図られるよう法的に仕組み付ける。
 次に、海上警備行動に追加すべき枠組みとしては、既に防衛大臣によって発令されている部隊に対して、主権侵害との判断を得た後に発令することができる枠組みを付加すればよいと考えられ、
 内閣総理大臣は、我が国領海及び国際水域で、他国公船(軍艦、政府船舶)及び武装船団などが、わが国国民の生命財産を脅かし、主権侵害の行為があって、これを排除する措置を必要と認める場合は、海上警備行動を行っている自衛隊の部隊に、主権侵害排除措置を命ずることが出来る。その際、武力攻撃を被ることが予測される場合は、『武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律』に従って、必要な手続きをとるものとする
という内容が考えられ、追加すべき権限規定には、治安出動の時と同様の内容が考えられる。
 法整備では、このような、現行の治安出動や海上警備行動に、平時からの防衛作用の観点を付加するやり方のほかに、平時から有事までの対外的防衛作用を網羅する「基本法」を作るやり方がある。
 その「基本法」の中に規定されるべき具体的内容としては、独立権を守る上での主権侵害性の判断基準、国際法及び慣例に従って行動するという規定、国際法上の手続き規定、防衛出動への移行手続き、受権者(判断や命令の義務を負うもの)としての内閣総理大臣の規定及び委譲権限、そして行為及び武器兵装使用上の制限による民主的統制、部隊の自衛にかかわる基本的な原則などがあげられる。
 民主的統制とは、最高指揮官である内閣総理大臣の方針と現場の行動が合致するようにすることである。国の方針は、生起事象や外交交渉の進展状況等の推移によって変化する。そのため現場との通信システムは重要であり、また、これを有効にする手段の一つとして、部隊の行為や武器兵装の活用を制限するネガティブリストによる命令法、ルールオブエンゲイジメント(rule of engagement)と呼ばれるものがある。
 このような「基本法」ができると、それに従って、自衛隊法に、平時からの防衛作用にかかわる条項が新設されることになる。それは、現状の警察力の補完として規定されている活動や出動等を、対外的な防衛作用発揮の観点で見直しまとめていくものである。現状の防衛省設置法を根拠とする警戒監視、自衛隊法による領空侵犯措置、武器等防護(第95条)、そして治安出動、海上警備行動などが、連続する防衛作用発揮の観点でまとめられていくのである。
 なおその際、軍隊が警察力を補完する場合があることは不変であるので、海上警備行動等の既存の条項は、残存させておいてよい。

7.3機関対応シナリオ

 政府は昨年、警察、保安庁及び自衛隊3機関による、離島をめぐる他国侵入事案を想定した合同訓練を実施している。設定されたシナリオの細部は不明だが、ここで、離島をめぐる事態について考えておく。
 情勢として、まず、日本周辺で、保安庁と自衛隊が対応しなければならない事象が頻発するようになり、緊迫度が増していく。中国海警局の船舶や漁船群(武装漁船、民兵乗船を含む)の活動が活発化し、軍艦、軍用機による我が国領域への接近事象が増加する。挑発的な行為、威力を示そうとする行動、目的が不明確な攪乱的な行為、公表された軍事訓練などが同時並行的に行われる。外交・経済的な問題も表面化され、行政組織全般の負荷が大きくなっていく。我が国の警察機関及び自衛隊による対応にも、量的に困難が伴うようになっていく。人員や艦船・装備等の制限から、優先度を考えなければならなくなり、やがて対応に「漏れ」が生じるようになっていく。現場は、緊張の高まりとその継続、同時に複数の任務付与により、「飽和」させられていく。
 このような中、中国は、行動に威圧的な要素を採り入れて日本の出方を観つつ、不都合が生じた時は後退し、日本の対応に「漏れ」があって、抵抗無き「好機」とみられる状況下では、同行為を繰り返し、既成事実化を図る。離島領域の日本の警戒が薄くなり、また警戒対処の継続が困難になっていると中国側が観察すれば、武装漁船群、政府船舶の侵入規模を大きくし、同時に、軍事的な圧力を試みる。
 これらの事象に対して、海上保安庁は島嶼現場で対応し、自衛隊は、軍艦等への警戒監視を強化していく。武装漁船群、政府船舶侵入に対する政府としての主権侵害性の検討、国際社会への公表、外交ルートによる抗議や交渉の段階が続く中で、解放軍の領空、領海侵犯が生起する。政府は主権侵害性を認め、これを排除する措置の必要性を表明、通商等の保護、安全確保のための誘導等の措置を行う。こうした流れのいずれかの時機に、政府は自衛隊に出動を命令し、離島に警察や自衛隊の隊員を進出させる。自衛隊による護衛や侵害排除措置を本格化させる。
 ここで想定する出動は、内閣総理大臣の命令による治安出動である。防衛出動もあるが、中国が、油断と安心を誘いつつ行う、巧妙な既成事実化の前には、国会承認のハードルは高いであろう。
 これまでの過程で、多くの課題が浮上する。政府としての侵害性の判断要領、出動の発令時機、島嶼への部隊配備要領、護衛要領(移動や初期上陸時は脆弱で狙われやすい)、侵害排除措置要領などである。
 出動の発令時機は、遅いよりは早い方が良いと考えられるが、早期の場合のデメリットとしては、国内外から我が国に対する抑制が促されやすくなること、相手にエスカレーションの口実を与えることなどである。逆に発令が遅いと、メリットとして、外交交渉力の発揮期間を長くとることができ、最終的な決断への国内外の理解も得やすくなることがあるが、デメリットとして、緊張状態が長期化し、相手に既成事実化の機会を与え、初期被害を大きくする可能性と、継続して起こる主権侵害のレベルが高まることがあげられる。
 外交は、対象国への抗議のみならず、国際社会や同盟国に、事態の推移について連続的に公表し、支持を獲得していくことが重要になる。この間、外交の推移とともに変化する政府方針と、現場の行為を合致させることは緊要である。
 治安出動の発令と同時に、政府は、防衛出動待機命令の発令、防衛出動国会承認手続きを同時並行的に行う必要性を感じるであろう。
 内閣総理大臣は自衛隊の部隊に対し、「(情勢として)主権侵害が生起している。国家の独立権を守るため、【部隊指揮官名】は、【対象国(軍)】の侵害行為を排除するため、【任務の内容】をなせ。任務遂行にあたっての政府方針及びネガティブリスト(やっていけないこと)は以下のとおり」と、発令される。ネガティブリストの中には、部隊が攻撃を受けた場合のことも網羅される。

おわりに

 1996年の台湾の総統選挙の際に、中国は台湾島の南北海上にミサイルを撃ち込んだ。米国は空母機動部隊を2個派遣する措置をとった。当時、中国はスホイ27戦闘機を数十機しか持っておらず、岡崎久彦氏はテレビ番組で「勝負あった」と分析してみせた(※19)。今日では、多数の空母部隊が派遣されたとしても、このようなの「勝負あった」型の抑止は期待できない。中国は、様々な対処正面をつくり、日本の対応に隙間が見られれば、そこに入り込んでくるのである。そこに主権侵害を排除する必要性が生起する。
 このような環境下で、極局所(スポット)で攻撃を受ける事態は、明日にでも生起し得るのだ。軍艦の領海侵犯などに対して、「平時からの防衛作用」の認識がないと、対応が後手に回り、より困難をきたすことになる。被攻撃時は、国際社会の支持を得つつ、自衛権を行使していかなければならない。国際法上の自衛権は、平時小規模一過性の衝突でも適用されるものである。これは警察機関の行動を規定した法に基づいて実施されるものではない。国際法に規定される自衛権の行使である。
 軍事を、戦時の枠の中だけに押し込めて思考していると、平時からの防衛作用ということに思いが至らなくなる。グレーゾーン事態でも、主権侵害についての判断を要し、対外的な防衛作用の発揮が必要となる。その時に、警察官が強盗を逮捕する状況と同じような、警察作用で考えようとするのでは、独立権は守れなくなる。平時から、各国の軍隊はそれを守っている。軍隊は、有事にだけ存立意義があるのではない。国家存続意思を現す「かなめ」として、平時から、国民の意思を映し出す。
 軍隊は、通商や外交の後ろ盾として重要な存在であり、国の諸機関と連携しつつ、他国による主権侵害の隙を与えないよう構え、常に機動している。隙があれば、中国のような拡張変更志向のある国の侵略を、誘引してしまうのが、現実の国際社会だ。
 元外交官である平林博氏は「外国による侵略から国を守るのは、まずは警察力、最後は自衛隊だ」(※20)としたが、侵略に対して、警察作用によるワン・クッションをおこうとする心理が働くと、警察作用の法がかぶせられ、命令が遅れ、自衛隊の部隊の初動対処が不十分となり初期被害が増す。その結果、国民の惨禍が大きくなる。海上警備行動も治安出動も、先ず警察力による対応が考えられる枠組みとなっている。侵略において必要なのは、警察の手に余るかどうかの検討ではなく、主権が侵害されているのかどうかの判断であり、それを排除する措置についての決断である。独立権を守る防衛作用発揮の任は、初めから軍隊に与えられるべきものだ。対内的な警察行為を規定した法による軍艦への対処は、国際法に鑑みても不適切なものだ。
 軍事学や防衛学が大学の教養課程で扱われておらず、有識者の軍事に関する素養も低い。分からないものは思考から排除したくなるように、軍事を忌避する心理で防衛問題を議論することになる。大学で扱われるようになって、国民の素養が高まれば、「まずは警察力」とはならず、民主国家らしく「まずは国民の意思」と置き換えられるようになるだろう。
 平時である今も、防衛作用は発揮されている。今後、より強く発揮しなければならなくなる。国際法への国民の通暁度や、民主制度の成熟度が試される度合いも高まっていく。

 

1. キーティング大将は、2008年の上院軍事委員会公聴会で、2007年5月訪中時、中国海軍高官との会談で、中国側から太平洋分割提案があったことを明らかにしている。
2.防衛省設置法(昭和29年6月9日、法律第164号)第4条「所掌事務」中18項「調査、研究」を根拠とし、防衛大臣から自衛隊部隊に命令されている常続的な活動。
3. 「単刀直言」(『産経新聞』2016年8月10日付)。
4. 佐々淳行『本当に彼らが日本を滅ぼす』(幻冬舎、2011.7.25)、205頁。
5.国連海洋法条約第32条でも保障されている。
6.恵隆之介『誰も語れなかった沖縄の真実』(ワック、2011年)、15頁。
7.国連海洋法条約第308条1項により、「60番目の批准書又は加入書が寄託された日の後12ヶ月で効力」が生じた。
8.日本は、94番目の批准国で、1996年6月20日に批准書を寄託し、条約第308条2項により、30日後の7月20日に発効となった。
9.防衛庁編『平成17年版日本の防衛:防衛白書』、165頁。
10.「防空識別圏における飛行要領に関する訓令」(防衛庁訓令第36号第2条第1項により定められている。
11.前掲『平成17年版日本の防衛:防衛白書』、166頁。
12.同上
13.同上
14. Jane’s Fighting Ship, 2006-2007, edited by Commodore Stephen Saunders RN, p.121.を参考に記述。
15.前掲『平成17年版日本の防衛:防衛白書』、166頁。細部は拙稿「領水内潜没航行潜水艦対処における防衛作用の発揮について(上)」(『安全保障と危機管理』2013年春号16‐19頁、日本安全保障・危機管理学会、2013,2,10)を参照されたい。
16.1999年3月、能登半島沖の不審船に対し、海上警備行動が発令された。
17.2016年1月12日の記者会見、「海上警備行動発令で牽制」(『産経新聞』、2016.1.13付)。
18.伊藤俊幸「武器使うぞ・・毅然と対処を」(『産経新聞』2016年7月18日付)。
19.岡崎久彦氏の当時の分析がわかる最近の論考としては、「尖閣激突、中国航空戦力が日衛を上回る日」(『文芸春秋』、2014年7月、122−129頁)がある。
20.平林博『あの国以外、世界は親日!』(ワニブックス、2015.9.10)、202頁。

政策レポート
吉田 真 国防政策論研究者・元防衛大学教授
著者プロフィール
千葉県出身(昭和32年生)。防衛大学校卒(24期)。筑波大学大学院(経営・政策)。昭和55年海上自衛隊入隊(幹部候補生学校)。護衛艦艦長、アジア太平洋戦略研究センター(ハワイ)フェロー、防衛庁海幕勤務(幕僚長副官、運用課、総務省出向)、海自幹部学校主任研究開発官、防衛大学校教授(防衛学)を歴任、平成25年退官。安保・防衛政策に関わる論考多数。映画「桜花」で軍事考証でも活躍。著書に『中国の海洋戦略にどう対処すべきか』(共著、芙蓉書房)がある。

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