学校教育に活かしたい「幸福学」研究 ―「人間学・幸福学」で次世代の教育が変わる―

学校教育に活かしたい「幸福学」研究 ―「人間学・幸福学」で次世代の教育が変わる―

2018年9月17日

幸せになるための10年後の教育

 2018年7月、自民党文部科学部会が「10年後の教育のあり方を考えるプロジェクト」の中間報告を文科省に提出した。報告には私が提唱している「人間学・幸福学」の考え方も含まれている。10年後の学習指導要領に「人間学・幸福学」の考え方が盛り込まれる可能性が出てきた。
 そこで、学校教育に活かしたい幸福学研究、人々が幸せになるための10年後の教育について考えてみたい。
 私はもともと大学の機械工学科出身で、ロボットの心、人工知能の開発にも携わってきた。AIが2045年に人間を超えると言われるほど進歩した理由はディープラーニング(深層学習)ができるようになったからだ。教育学で言う深い学び(ディーパーラーニング)と名称が似ている。AIが人間のように深く学べるようになり、少し自律的に目的を考えられるようになったということだ。
 しかし、私の予測ではAIが人間を超えるのはもっと先の話だと思う。さらに言うとAIでは人間の深い学びは超えられないと考えている。それで人工知能ロボット研究から、人間の心の研究に移った。10年位前から人間はどのようにすれば幸せになるのか、という幸福学研究に取り組んでいる。
 幸せは結果だと考えられがちだが、原因にもなり得る。例えば、幸せな心の状態にある人は、不幸せな人よりも創造性が3倍以上高いことが米国の研究で明らかにされている。
 子供の創造性を高めたいと思ったら、子供が幸せな状態、良い心の状態であることが大事だ。幸せな状態にあると創造性や生産性が上がるばかりか、平均寿命も10年位高くなる。免疫力が高まると、病気にもなりにくい。心の病にかかる率も低い。幸せな人は知性も高く、成績もよく、外向性も高い。
 心理学、認知科学、脳神経科学が進んでいなかった時代は、宗教や哲学が幸せを研究対象にしてきた。最近は心理学、脳神経科学、ロボティクスなどの発展に伴い、幸せ研究が進み、心の世界が分かるようになってきた。そこで、私は、幸せな子育て、幸せな経営学、あるいは幸福学と教育、幸福学と〇〇というように、様々な分野に関する幸福研究を行っている。

科学に基づく「人間学・幸福学」研究がなぜ必要なのか

 そこで、以下についてお伝えしたい。まず、なぜ科学的データに基づく「人間学・幸福学」研究が必要なのか。次に、幸福学研究のエッセンス。そして今後、どう幸福学を学校教育に応用していくか。
 まず幸福学の前に人間学とつけたのは、宗教と誤解されないためである。区別するために「人間学・幸福学」とした。教育であろうとモノづくりであろうと、何のために、なぜするのかという基本的な考えがまず先になければならない。
 2000年規模の時代で考えると、明治維新前までは神仏習合の時代であった。また、仏教、儒教、朱子学が一体となって倫理学を形成してきた。明治維新で国家神道を立てた後は天皇を中心とする神道があった。
 しかし戦後、教育の全体ビジョンは文科省から示されてきたとはいえ、そもそも何のために学ぶのか、中心の教え方は教員に任せられてきた。クラスによって、伝える先生もいれば、伝えても伝わらない先生も、伝えない先生もいる。そもそも何のために学ぶのかということを、きちんと教えられないまま今日まできたのではないかと思う。
 それに対して、今回、文科省は道徳を特別な教科にすることで全体ビジョンと関係できるように対応してきた。道徳教育を格上げしたことは評価すべきことである。

幸福学は「良きあり方」の科学

 道徳はもともと倫理学である。人間はどうあるべきか、という人格教育の中心を担ってきた。しかし、子供の頃を思い出すと、親より年長の先生から人格者になるべきだと言われると、正直説教くさいと思ったものである。
 従来の道徳・倫理に対して、私が提唱する幸福学は統計学から導きだされたものである。例えば、利他的な人は幸せなのか、一万人に調査をすると、かなり強い相関関係が示される。つまり、統計データとして、人々の為に優しくすると幸せになることが示される。倫理学はそもそも利他的であるべきと、古くからの教えから導くやり方だ。
 ブリティッシュコロンビア大学のElizabeth W.Dunn博士の研究では、お金を自分のために使うグループと、他人のために使うグループの幸福度を測定すると、他人のために使った人の方が幸福度が高いことが分かった。他人のために使うと人に感謝されるため、いい気持ちが長続きする。その結果、幸福度が長く維持されるわけである。
 道徳・倫理学は、何をすべきか、何をすべきではないかを学ぶ学問である。我々はより良い世界をつくるべきである、利他的になるべきである、明確な目的をもって力強く歩むべきである、と考える。これが倫理学のポジティブな側面である。
 私が提唱する幸福学は倫理学の一部とも言える。英語ではWell-being study、まさに良きあり方の科学である。従来型の道徳も素晴らしいが、上から説教されるより、データをベースにする理科系的道徳、幸福学があってもいいのではないか。もっと「○○したい」とワクワク生き生きした気持ちからドライブされるような、新しい元気の出る道徳、データに基づく道徳をもっと取り入れるべきではないか。つまり、これからの時代は科学的な「人間学・幸福学」を従来型の人間学に加えるべきではないか、というのが私の主張である。

主体的で対話的で深い学びへ

 2000年に入り、AIとかロボットがディープラーニング(深層学習)をする時代が到来した。AIが深い学びをするようになると、人間から単純労働を奪っていくことになる。そうなると、人間がさらにより深い学びをするようになり、より創造的な文化とか芸術とかクリエイティブな知恵を使う方向に行けば、単純作業はAIがやり、人間はさらにディーパーラーニング(深い学び)をやっていけばいい。そのためにも暗記教育ではなく、人間力を増していく、人格教育に舵を切っていく必要がある。
 日本はようやく従来型教育から主体的で対話的なディーパーラーニングの方向に舵を切った。大学入試を含めて、従来型の受動的で均一なものから、能動的で多様な方向に変わっていくはずである。均一な内容を覚えるというより、それぞれの強みを生かし、やるべきことをする。その意味で、教育としては非常に難しい方向に行くのだと思う。
 この延長線上で進んでいくと、さらに能動的で内容も多様になるだろう。ITを活用した授業では外部との関係性も多様になる。
 あらゆる技術が発展する中、基本的に記憶中心型の教育ではなく、何をするのか、何をやりたいのか、一人ひとりがやりたいことを探究し、個性を伸ばしていく方向に教育は進んでいくだろう。極端なことを言うと、AIが進むと、個性がない人はロボットと同じということになる。
 まとめれば、現在、主体的で対話的で深い学びが発展しつつあるが、将来はその延長線上でなぜ学ぶのかを探究していくべきである。もう一つは、人文科学ベースではなく、自然科学・社会科学ベースの「人間学・幸福学」をエビデンスベースでやるべきである。あるいは子供たちの表情、行動といった一人ひとりの個性をビッグデータを使って把握し、伸ばしていくべきである。
 従来型からアクティブラーニングへ、その先はさらにアクティブな方向に、さらに個性を活かした方向に、教育は進んでいくべきだと思う。

世界中で進む幸福学研究

 そこで、必要になるのはサイエンスに基づく幸福学である。幸福、well-beingの学問は世界中でかなり研究が進んでいる。
 Well-beingという言葉は健康、幸せ、福祉という三つの概念を包含する言葉である。直訳すると、well-beingとはよい在り方、良好な状態のことを指す。心がいい状態を幸せ、身体がよい状態を健康とすると、健康と幸せを含めてwell-beingなのである。
 WHO(世界保健機関)の定義には「健康とは肉体的、精神的及び社会的に良好な状態であり、単に疾病また病弱の存在しないことではない」とある。この良好な状態がwell-beingである。
 心理学者の研究では、心の幸せという意味で捉えられている。幸せとwell-being、ハッピーはどう違うか。ハッピーは短期的な幸せを示す言葉で、幸せの方が広い概念である。ドラッグをやってハッピーになるとは言うが、幸せになるとは言わない。ハッピーはお酒を飲んだり美味しいものを食べたりしたときのような、短期的な感情を表わす。
 それに対して、幸せというのは長期的で深い意味がある。心が長期的に良好な状態であることを表わしている。どちらかというと幸せはhappinessよりもwell-beingに近い概念だと理解していいと思う。

幸福学は心の健康の予防医学

 well-beingの研究について、これまでの成果をお話ししたい。幸せの研究は倫理学の一部、別の味方をすると医学の一部と見ることが出来る。もともと医学は体が病気になった人を対象にしていたのに対し、元気な人をより元気にする予防医学が発達してきた。健康と幸せは体と心に対応するわけであるから、当然、心の病気に対する予防医学がなければならない。
 普通に幸せな人もさらに幸せになっていると、心の病にも体の病にもなりにくいことが分かっている。例えば、幸せな人は大腸がんになりにくい。大腸がんになる因子が様々あるなかで幸せという因子が影響している因子の一つであることが分かっている。また、幸せな人はドライアイになりにくい。このように、心が幸せな状態であると心の病気にも体の病気になりにくいことが分かってきた。健康に気を付けるのと同じように、幸せにも気を付けるべきなのである。幸福学は心の健康のための予防医学なのである。
 実際にエール大学の予防医学のChristakis教授らのネットワーク分析研究に、幸せはうつるという研究がある。肥満や喫煙もうつる。不幸せもうつるし、不幸せな心の状態の代表例である鬱もうつる。風邪が人にうつるのと同じで、心の病気や心の健康もうつる。
 教え子たちの心の健康、体の健康を願うなら、教師自身も幸福度が高い状態であることが必要な時代がやってきたと言える。

学術的に花を開き始めた

 well-beingの研究論文数は、2000年頃は毎年100件程度だったのに対し、今や毎年1000件ぐらいにまで増えている。医学系、心理学、経済学、工学、脳神経科学、経営学とさまざまな分野に広がっている。『journal of happiness studies』などの専門雑誌に、happiness、well-being、positive-psychologyに関する論文が数多く蓄積されている。Positive-psychology(ポジティブ心理学)はもともとうつ病の研究者だったマーティン・セリグマン博士が提唱したものだ。鬱の状態の人だけでなく、幸せな人がさらに幸せになる心理学研究を進めた。幸福学研究が学術的に花開き始めている。
 その理由の一つは産業の活性化が幸せに寄与しないというショッキングなデータがあるからだ。縦軸に1人当たりのGDP、横軸に幸せ度をとると、GDPは1960年代から約7倍に上昇しているのに対して、生活満足度(幸福度)はほぼ横ばいである。映画『三丁目の夕日』の時代、高度経済成長期の頃は幸せだったと言われがちだが、実は統計的には今と幸福度は変わらない。つまり日本は戦後、高度経済成長したのに、幸福度はほとんど変わっていない。これはエンジニアにとっては衝撃的な事実である。日本はモノがないから、科学技術を駆使してモノづくりをすることで日本は豊かになり幸せになると頑張ってきたにもかかわらず、GDPは増えても幸福度は変わっていない。

世界各国の幸福度の比較

 気になるデータがある。毎年3月20日、国連のワールドハッピネスデーの頃、「ワールドハッピネスレポート」が発表される。それによると、今年の世界の幸福度ランキングで、日本は54位、先進国中最下位だった。最悪の生活を0点、最高の生活を10点とするときあなたの位置は?というアンケートをすると、東アジア、東南アジア、西アジア、アジア諸国では5点を中心とする分布になるのに対し、北米や西ヨーロッパは8点が中心になる。
 しかし、欧米の方がアジアより本当に幸福度が高いのだろうか。アジアの人々の方が謙虚なだけなのかもしれない。日本での調査結果は5点と8点にピークがある。西洋的な人と東洋的な人が混在しているからだろう。日本人の平均は6.1点になる。日本は不幸ではなくて先進国の中で一番謙虚だからかもしれない。
 他の調査では、日本の幸福度は米国、フランスより上で、ドイツやフィンランドより下。先進国中、中位にある。
 日本では福井県が幸福度一番というデータがある。家の広さや貯蓄額の高さなどもあるので、幸福度が高くなる。ところが「幸せですか」と聞くと沖縄が一番高く、福井県は真ん中になる。
 質問を変えると順位が変わるので、順位比較調査にあまり一喜一憂しない方がいい。

幸福研究がもたらした成果

 さて、幸福の研究が進んできたもうひとつの理由は、「幸福学の父」と呼ばれるEd Diener先生によって人生満足尺度という、幸福度を測る良いアンケートが作られたことにある。
 ノーベル賞を受賞したプリンストン大学のダニエル・カーネマン教授の研究によると、年収が7万5千ドルまでは年収と幸福度(感情的幸福)は比例する。ところが、それ以上になると比例しなくなる。つまり年収がもっと高くなれば幸せになると思いがちだが、ある年収以上になるとほとんど幸福度に影響しない。
 雑誌『プレジデント』8月号で年収と幸福度の関係を特集記事で取り上げている。例えば、400万円以下でも幸せな人は家族や友達関係に恵まれている。人と比べない人は幸福度は高い。年収1千万円以上で不幸な人は人間関係が良くない人が多い。年収1千万円以上でも不満で、足りないと感じている。1千万円でも自由時間が少ない人は幸福度が低い。このように幸せとお金の関係が分かってきたが、これは単に一つの要因に過ぎない。
 ポジィティブ心理学の創始者のセリグマン博士は、幸せの要因として「PERMA(パーマ)」を提唱している。Positive emotion:ポジティブな感情、嬉しいこと。Engagement:何かに没頭している状態、フローな状態。Relationship:人間関係がいいこと。Meaning:生きる意味が明確であること、今の仕事の意義を深く理解していて充実感があること。Accomplishment:何かを達成の為に努力している状態。この五つが幸せに影響をすると述べている。

幸せと長寿との相関関係

 チューリヒ大学のフレイ博士は、幸せな人は不幸な人より10年以上長寿だという研究結果を発表している。幸せな人は免疫力が上がり長寿になる。幸せと様々な病気との相関関係も明らかになっている。
 また、幸せと自殺願望は反比例している。さらに老年的超越研究によると、老年、すなわち、90歳~100歳は驚くべきことに幸福度がものすごく高いことが分かっている。「朝食に梅干しご飯を食べられるだけで感謝、幸せです」と悟りに近い状態になる。日本は高齢社会に向けて老年的超越という概念を広め、早く90歳、100歳になって幸せを味わいたいと高齢者が頑張れる社会になれば、世界一の幸福大国になれる。

幸福度とパフォーマンスの関係

 幸福度とパフォーマンスの関係で言えば、幸せな人は創造性が3倍となり、生産性が31%上昇し、小売業は売り上げが37%上昇する。また多様な友達を持つ人は幸福度が高く、いろいろな友達と仕事をしている人は幸せである。チームでタスクを行う際に参加者の多様性が高い方が創造的でイノベ―ティブになる。
 日立製作所のエンジニアの矢野和男氏は幸せを加速度計で測れることを発見した。幸せな人にはある動きのパターンがあり、不幸せな人にもある動きのパターンがある。もちろん他にも測る方法はある。たとえば、東大で音声病態分析学を専門とする光吉俊二先生は、声の質で嬉しい気分、悲しい気分、鬱気分なのかをみる研究をしている。笑顔を見ても分かる。表情で犯罪する確率が高い人かどうか、判別できるという。2、3年以内に、顔を見て人格者かどうかわかる時代がくるのではないか。
 社会的課題を解決する活動への参加意欲が高い人は幸福度が高く、社会貢献や利他的生き方に興味がない人は幸福度が低い。利他的な生活をしていると、あたかも神様からのご褒美のように、幸せになるように心ができている。人を幸せにしてあげたいと思って生きていると幸せになる。こうした幸福データを各中学校の道徳の授業で伝えることで、小さな善意が社会に広がっていくのではないか。

日本人の幸せの四つの因子

 世界で様々な幸福研究が進んでいるなかで、私が行なった研究は因子分析という手法を使って、日本人の幸福度を分析したものである。日本人のデータを分析すると、幸せな人は四つの因子が高いことが分かった。
 ひとつは「やってみよう」(自己実現と成長)因子。勉強意欲が高い人は幸福度が高い。逆にやる気がない、やりたくない、やらされていると感じている人は幸福度が下がる。先生方も子供たちも、わくわくしてやってみようという状態になることが大切だ。自分に強みがあると子供も大人もやる気がでる。だから多様な可能性のなかから一人ひとりの強みを見つけていくべきである。従来型の画一的な偏差値ではなく、もっと多様な人々の強みを見つけてやってみようと思う時代をつくることが幸せのために大事だ。その意味では、まさにアクティブラーニング、主体的で対話的にやっていくなかで一人ひとりが他と対話することが重要である。
 二つ目は「ありがとう」(つながりと感謝)因子。多様な繋がり、感謝、利他性、自己有用感。これらが大切な要因である。
 三つめは「なんとかなる」(前向きと楽観)因子。前向きで楽観的な人は幸福度が高い。逆に、後ろ向きで悲観的で、自分なんかどうせできないという人は残念ながら幸福度が低い。自分の強みを見つけてチャレンジできる環境や、つながりがあれば、前向きになれる。
 そして四つめが「ありのままに」(独立と自分らしさ)である。人の目を気にせず自分らしく生きる人は幸せ度が高くなる。人の目が気になり、人より収入が多いといったような他人との比較で幸せを得ようとすると幸福度は持続しない。精神的、身体的、社会的に良好な心の状態が持続的な幸福につながる。
 この四つがそろって高いと幸せな人になる。不幸な人は残念ながら四つとも低い。残念ながら家にひき籠ってしまった人はなんとかなると思わない。後ろ向きになっていたり、一人で引き籠っているために繋がりもない。頑張ろう、やってみようという気持ちにならない。そうすると自分らしさを発揮する経験がないので、余計後ろ向きになってひき籠る。
 四つの因子がともに高い人は、多様な仲間と共に生き生きとワクワクとやりたいことを実現しようとチャレンジングな生き方になる。お花畑で寝そべって幸せだなあと休んでいる状態を幸せな状態と想像しがちだが、統計的なデータ結果から導かれるのはもう少し元気な人である。元気にワクワク、仲間と共にチャレンジしている人。こういう力強さを持つ人が幸せな人と言える。
 しかし、そうなれない人をどうしたら幸せにできるか。みんなで対話をしてそれぞれが主体的に自分の良さを見つけ、みんなで助け合って挑戦していくことを通して、四つを高めていくことが大事である。
 幸せは健康と同じで、測ることができる。さらに幸せを多面的に測ることができるようになると、例えば企業では定型的な仕事をしている人より非定型的な仕事をしている人が幸福度が高いことが分かる。すると非定型的な仕事を入れようと改善ができる。
 そのほか企業では、能力、モチベーション、やりがい、仕事満足と幸福は相関している。さらにエンゲージメント・成長の実感と幸福との相関関係が高い。しかし、なぜか、私の調査では幸せとストレスは相関があまり高くなかった。ストレスが高くても幸せな人もいるし、ストレスが低くても不幸せな人もいるということかもしれない。

どうすれば幸福度を高めることができるか

 幸福度を高める研究も進んでいる。幸福度の低い人を高める方法は多く、ひとつにはコーチングという手法がある。主体的で深い対話をする、思っていることをしっかり聞く。
 また、楽観的に肯定的に考える、利他的に振る舞い感謝する、ポジティブに物事を捉える、というようなことをすると幸福度が高まる。
 学校教育や社会人教育向けに、幸福度を高めるハッピーワークショップをやっている。小学生向けに行った、「幸せ応援シート」を使ったウェルビーイングプログラムでは、四つ葉のクローバーに四つの因子を書き込み、その周りに他の子供たちに応援メッセージを書いてもらう。始業式や卒業式にやると、とても効果がある。
 また、東大・慶大教授で文科大臣補佐官の鈴木寛先生、一橋大学名誉教授の米倉誠一郎先生らと、小中高の先生と次世代教育のあり方をともに学ぶ一般社団法人「ティーチャーズイニシアティブ」という活動をしている。
 これからは、AIが単純な知識労働型・肉体労働型労働を人間から奪う時代になる。人間が担うべきは、より人間的で感性や創造力や強みを生かし、生き生きとした各人らしい仕事であろう。例えば、思考力や未知の問題を解決する力、イノベーション、アート、文化、スポーツ、高度な技術・技能などに関わる分野である。そのために人間の成長を、生涯にわたって担い続けるのが、人間学・幸福学である。
 官産学と一緒にポジティブなやりがい、生きがい、やる気、ポジティブな人間学・幸福学を加えることで教育をよりわくわく生き生きとしたものに変え、AIに負けない人を育成することをやっていきたい。
 学校教育において幸福学を道徳教育で教えるのか、総合的学習の時間を拡張するのか、well- beingという科目を作るのか、具体的な検討はこれからだが、どれかができればいいと思っている。また、人生100年時代に向けて、高齢者を含めた大人の教育、社会人教育にも活用していきたい。

世界を幸せにする国に

 さて、「日の丸」は太陽である。太陽は何の見返りを求めず、皆にエネルギーを与え続ける存在。利他を象徴している。日本は天照大神の国、太陽信仰の国。日の丸は利他性に照らされる国と言う意味で、日本は太陽のもとの国と解釈される。しかし、太陽のように人々を照らし、みんなが幸せで平等な世界をつくる国、という思想が入っているともみなせるのではないか。
 平和・調和の国である日本から、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」の四つの因子を子供も大人もみんなが目指し、発信していこう。日本は、世界一幸せな国、いや、世界を幸せにする国、世界を照らす国になるポテンシャルを持つのではないだろうか。

全国教育者夏季特別研修会(2018年8月4日)講演より

政策オピニオン
前野 隆司 慶應義塾大学大学院教授
著者プロフィール
山口県生まれ。東京工業大学理工学研究科修士課程修了。キヤノン株式会社勤務、カリフォルニア大学客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授等を経て現職。同大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長。博士(工学)。研究分野は、ヒューマンマシンインターフェース、幸福学、感動学、共感学、イノベーション教育、コミュニティーデザイン。著書に『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』『幸せのメカニズム-実践・幸福学入門』『システム×デザイン思考で世界を変える-慶應SDM「イノベーションのつくり方」』他多数。

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