好戦的な北朝鮮にどう対処するか ―Dealing with a Belligerent North Korea―

好戦的な北朝鮮にどう対処するか ―Dealing with a Belligerent North Korea―

2017年7月24日

1994年の「枠組み合意」

 北朝鮮に関する25年間の交渉や対応の失敗について振り返ってみたい。
 周知のとおり、1993年から続けられてきた北朝鮮の核兵器開発を断念させる努力は、失敗だった。北朝鮮は1994年の「枠組み合意」で寧辺でのプルトニウム計画を凍結させたものの、現状を見れば北朝鮮の核兵器に対する野望をくいとめることはできなかった。
 米国が日本や韓国と密接に連携し、北朝鮮のクムホに2基の軽水炉を建設しているとき、そして軽水炉が操業を開始できるまでの暫定措置として米国が重油を提供している間も、北朝鮮は秘かに核兵器に必要なウラン濃縮プログラムを進めていたのだ。
 1994年に「枠組み合意」が成立したとき、我々は自己満足に陥り、まるで目標を達成したかのように思い込んでしまった。北朝鮮で故・金日成主席に交わって金正日が新しい指導者になったが、当時、食料不足が進行し、全土で深刻な飢餓が広がっていた。軍隊の中での意見衝突なども報じられ、北朝鮮の体制転換を憶測したが、それは間違っていた。
 極秘裏に進められたウラン濃縮プログラムが判明し、「枠組み合意」は2002年に決裂し、さらに北朝鮮は核拡散防止条約(NPT)から脱退した。2003年夏から我々は、六カ国協議を始めることになった。

六カ国協議と「共同声明」

 2005年9月になり、非常に注目すべき出来事、すなわち「共同声明」(2005年9月19日)が発表された。
 六カ国が「共同声明」に署名し、北朝鮮に包括的かつ検証可能な非核化を約束させ、引き換えに安全保障を与えるほか、北朝鮮が核非保有国としてNPT体制に戻れば、経済開発を支援し、軽水炉を提供することを約束したのだ。
 しかしマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)という銀行に預けられていた北朝鮮の2400万ドルの資金が凍結されていたため、共同声明は当初、実施されなかった。しかし米国がこの資金凍結を解除し、ニューヨークの連邦準備制度を通じて北朝鮮に返還したので、北朝鮮は協議と「共同声明」の実施に応じるようになった。
 ここで言明したいのは、この「共同声明」は当時も、そして今でも包括的な文書になっているということだ。同文書は包括的で検証可能な非核化に触れているだけでなく、北東アジアの安全保障体制にも言及し、北朝鮮については経済開発や体制保障への懸念にも言及されている。大変に説得力のある文書になっていた。
 ついでながら、現在ワシントンに駐在されている日本大使の佐々江氏は、当時、筆頭の交渉者で、同じく当時の斎木外務次官とともに、同文書の作成・実施に尽力された。この二人の立派な愛国者を讃えたい。
 さらに「共同声明」では2国間問題もあり、北朝鮮に対しては明確に述べたが、核問題の収拾は米国との外交関係に限られる問題ではない。
 そうした2国間問題の中には、これらの六カ国が関与する権限もなく責任をとれない内容もあった。したがって米国との外交関係を望むのであれば、我々が関心を有する他の問題についても言及するような、包括的で検証可能な文書をまとめる必要があった。
 そのため包括的かつ検証可能な形で文書をまとめることが米朝関係前進の必須条件ではあるが、我々は人権問題や不正取引、ドル紙幣の偽造、薬品偽造なども取り上げようとした。
 日本にとっての関心事項は拉致被害者の問題などだろう。韓国にとっては南北に分断された家族の問題だ。こうした問題も北朝鮮に対して、2国間協議の中で取り上げる必要があることを伝えた。このように「共同声明」は非常に包括的な文書だった。そして当時の指導者・金正日はこの文書に署名したのだ。
 この「共同声明」は2008年に破棄された。北朝鮮側が疑念のある施設に査察官が立ち入ることの許可する監視・検証プロトコルへの署名を拒んだためだ。それ以前は我々と北朝鮮は合意ができており、査察官らが関連施設に立ち入れるはずだった。こうした検証に関する口頭での合意を、書面に書き残すように要求した時に北朝鮮側は拒否したのだ。

金正恩政権による核・ミサイル開発

 そして2009年初頭から、北朝鮮との間で公式の交渉が行われなくなった。その期間を振り返ってみよう。なぜなら、それこそがすべての関係者を捉えたまま、今も我々の注意を引き付けており、日本、韓国そして米国の安全保障に直結していることだからだ。
 2011年12月に金正恩が父親に代わってからの5年間に、北朝鮮は70発以上のミサイルを発射し、2度の核実験を強行した。彼らの核兵器計画は急速に進展し、核実験は一気に大規模になり、プルトニウムと濃縮ウランによる20発から30発の核弾頭を縮小化する能力まで保有するようになった。この問題を調べ続けている消息通のシンクタンク(複数)によれば、2020年までに北朝鮮は百発以上の核弾頭を保有するかもしれない。
 北朝鮮のミサイル計画は極めて総合的なもので、一部をリビアに売り、シリアやイランに供給している。スカッド型ミサイルは韓国に届き、ノドン型は日本を射程にいれ、中距離弾道ミサイルのひとつは、安倍首相がトランプ大統領とフロリダ州・マーアラゴで会談中に打ち上げを成功させた。この中距離弾道ミサイルは射程が2000キロを超えるが、そのシステムが極めて独特なのは、固体燃料を使った移動式であることだ。これはミサイルが移動可能で、燃料の注入が非常に迅速にできることだ。
 したがって、中距離弾道ミサイル(固体燃料、移動式)と、潜水艦搭載型弾道ミサイル(SLBM)、さらに1年~3年の間に、米国全土を標的にできる大陸間弾道ミサイルの開発が可能になるだろう。KN-08とKN-14もある。今のところは日本と韓国にとっての実際の脅威となっているが、3年~5年の間に米国にとっても同様の脅威になるということだ。
 さらに言えば、北朝鮮が非対称戦争能力を向上させていることは明らかで、通常兵器を強化する傍らで、ソニーピクチャー事件が示すような強力なサイバー能力と、VX神経剤やサリンなどの化学兵器を向上させている。これが我々の問題視している北朝鮮なのだ。もちろん、日本は核の脅威という生存に関わる事態に直面しているので、多くの米国人よりこのことを熟知しているはずだ。
 拉致問題については、2002年に小泉首相が金正日と会談した際、金正日は日本人13名の拉致を認めたが、そのうち8名はすでに死亡していると説明し、残り5名の日本帰国を許した。問題となったのは、それが13名だけだったのか、8名はどういう状況で死亡したのか、他にも拉致被害者がいるのかなど、重大かつ決定的な問題だ。
 さらに注視すべきなのが、金正恩という人物だ。この若者は一体どういう人間なのか。叔父の張成沢や、腹違いの兄である金正男を殺害したほか、朝鮮人民軍や朝鮮労働党の幹部クラス150人以上を処刑したり排除した事実は、金正恩が権力を掌握し、あらゆる政敵、特に中国に近い者たちを排除してきたことを物語っている。彼の残虐性は誰の目にも明らかだ。恐怖による支配、それが現在の平壌の状況だ。

トランプ政権の北朝鮮政策

 最近、トランプ大統領は北朝鮮問題こそ優先事項の一つであり、収拾しなければならないと明確に述べた。同時に、先制攻撃から交渉まで、あらゆる選択肢が検討の対象であると語り、さらに適切な条件下で金正恩に会う用意があるとまで語っている。5月1日にもトランプ大統領は、条件が整えば金正恩と交渉するのもやぶさかでないと語った。
 私が理解する限り、その条件とはミサイル発射や核実験、そして核物質の製造を一時停止することであり、北朝鮮が包括的で検証可能な朝鮮半島の非核化に応じる用意があることを意味する。そうした協議のテーマとして、北朝鮮は体制保証の確保、経済開発支援、制裁解除、その他の懸案を俎上に載せることができる。
 金正恩が支配する北朝鮮の目標は、米国を始めとする国々が北朝鮮を「核兵器保有国」として認めることだ。2003年以来、彼らはパキスタンを引き合いに出し、米国が核兵器保有国のパキスタンと外交関係を持ち続けていることに言及してきた。しかし我々は一貫して、それは認められないと言い続けてきた。北朝鮮が核兵器を保有すれば東アジアでの核競争を引き起こし、米国が広範な核抑止力を約束したとしても、韓国、台湾、日本やインドネシアなどが核兵器保有を要求するに違いない。
 それはまた、核兵器・施設や核物質が「ならずもの国家」や、テロリストなど国家以外の組織の手に渡っていく結果を生みかねない。さらに核兵器が偶発的に使用される可能性さえある。
 我々は北朝鮮がシリアに何をしたか、決して忘れてはならない。すなわち北朝鮮は1997年から、シリアのアル・キバルに原子炉の建設を始めた。幸いなことにイスラエルが2007年、その施設を破壊した。明らかにしておくべきことは、その建設が進められたのが、前述の「枠組み合意」が決裂し、その後に六カ国協議が始まるまでの時期に当たる。この事実に留意しておきたい。
 したがって我々が包括的かつ検証可能な非核化を主張しているのは、地域的な核競争の懸念だけでなく、北朝鮮の国家としての実力と可能性についても問題にしているのである。このことを的確に見なければならない。
 そして北朝鮮が行ってきた不正取引、それがタバコや医薬品の偽造であれ、兵器やミサイルの売却であれ、目的は核・ミサイル計画を支える資金作りなのだ。
 我々が問題にしている北朝鮮は、二つの顔を持っていることを常に留意しておかなければならない。すなわち一方では新たな建築が進められている平壌であり、他方で深刻な栄養失調が目撃され、公的な配給システムが機能しないため一部に私的市場が目立ち始めた別の北朝鮮だ。北朝鮮では経済システムが機能していないのだ。
 それではなぜ、包括的かつ検証可能な非核化が不可欠なのか。なぜなら、それこそ我々が目指しているものだからだ。トランプ大統領は適切な条件の下で金正恩と会談する用意があると発言しているが、何が「適切な条件」であるかは明らかだ。ミサイル発射を続け、核実験を強行し、核物質を製造し続ける北朝鮮とは協議に応じないということだ。それらの活動全てを停止する必要がある。停止し、それを維持しなければならない。
 最後に中国について触れておく。最近の北朝鮮は、北京の言動に明確な不満を表明するようになった。しかし北朝鮮から批判を浴びても、中国の協力があってこそ、北朝鮮がミサイルと核の計画を停止し、包括的で検証可能な非核化に向けた協議に入ることが可能なのだ。
 こうしたことを行いつつ、実力を保持しながら、日本や韓国のミサイル防衛能力を強め、米国・日本・韓国の3カ国間の情報共有、軍事作戦、そして外交分野で協力を強めていく必要がある。また制裁措置の強化も必要であり、北朝鮮系の制裁対象になっている企業とビジネスをしている金融機関や事業体への二次的制裁措置も実施していかなければならない。

(本稿は2017年5月9日に行われた都内での講演をまとめて翻訳したものである。文責事務局。)

 

(資料)

第4回六者会合に関する共同声明(仮訳)

2005年9月19日 於:北京

 第4回六者会合は、北京において、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、日本国、大韓民国、ロシア連邦及びアメリカ合衆国の間で、2005年7月26日から8月7日まで及び9月13日から19日まで開催された。
 武大偉中華人民共和国外交部副部長、金桂冠朝鮮民主主義人民共和国外務副相、佐々江賢一郎日本国外務省アジア大洋州局長、宋旻淳大韓民国外交通商部次官補、アレクサンドル・アレクセーエフ・ロシア連邦外務次官及びクリストファー・ヒル・アメリカ合衆国東アジア太平洋問題担当国務次官補が、それぞれの代表団の団長として会合に参加した。
 武大偉外交部副部長が会合の議長を務めた。
 朝鮮半島及び北東アジア地域全体の平和と安定のため、六者は、相互尊重及び平等の精神の下、過去三回の会合における共通の理解に基づいて、朝鮮半島の非核化に関する真剣かつ実務的な協議を行い、この文脈において、以下のとおり意見の一致をみた。

1.六者は、六者会合の目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化であることを一致して再確認した。
 朝鮮民主主義人民共和国は、すべての核兵器及び既存の核計画を放棄すること、並びに、核兵器不拡散条約及びIAEA保障措置に早期に復帰することを約束した。
 アメリカ合衆国は、朝鮮半島において核兵器を有しないこと、及び、朝鮮民主主義人民共和国に対して核兵器又は通常兵器による攻撃又は侵略を行う意図を有しないことを確認した。
 大韓民国は、その領域内において核兵器が存在しないことを確認するとともに、1992年の朝鮮半島の非核化に関する共同宣言に従って核兵器を受領せず、かつ、配備しないとの約束を再確認した。
 1992年の朝鮮半島の非核化に関する共同宣言は、遵守され、かつ、実施されるべきである。
 朝鮮民主主義人民共和国は、原子力の平和的利用の権利を有する旨発言した。他の参加者は、この発言を尊重する旨述べるとともに、適当な時期に、朝鮮民主主義人民共和国への軽水炉提供問題について議論を行うことに合意した。

2.六者は、その関係において、国連憲章の目的及び原則並びに国際関係について認められた規範を遵守することを約束した。
  朝鮮民主主義人民共和国及びアメリカ合衆国は、相互の主権を尊重すること、平和的に共存すること、及び二国間関係に関するそれぞれの政策に従って国交を正常化するための措置をとることを約束した。
 朝鮮民主主義人民共和国及び日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとることを約束した。

3.六者は、エネルギー、貿易及び投資の分野における経済面の協力を、二国間又は多数国間で推進することを約束した。
 中華人民共和国、日本国、大韓民国、ロシア連邦及びアメリカ合衆国は、朝鮮民主主義人民共和国に対するエネルギー支援の意向につき述べた。
 大韓民国は、朝鮮民主主義人民共和国に対する200万キロワットの電力供給に関する2005年7月12日の提案を再確認した。

4.六者は、北東アジア地域の永続的な平和と安定のための共同の努力を約束した。
 直接の当事者は、適当な話合いの場で、朝鮮半島における恒久的な平和体制について協議する。
 六者は、北東アジア地域における安全保障面の協力を促進するための方策について探求していくことに合意した。

5.六者は、「約束対約束、行動対行動」の原則に従い、前記の意見が一致した事項についてこれらを段階的に実施していくために、調整された措置をとることに合意した。

6.六者は、第五回六者会合を、北京において、2005年11月初旬の今後の協議を通じて決定される日に開催することに合意した。

 

(出典:外務省ホームページ)

政策オピニオン
ジョセフ・デトラニ 元米国務省・六カ国協議担当特使
著者プロフィール
ニューヨーク大学卒業。空軍勤務の後、1974年に中央情報局(CIA)分析官となり、東アジア作戦本部長、欧州作戦本部長、技術支援部長、広報部長、長官特別補佐官などを歴任。2003年から国務省で北朝鮮核問題に関する六カ国協議担当特使、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)米国代表などを務める。その後、国家情報長官上級顧問、国家拡散対策センター所長なども歴任した。

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