海洋ガバナンスの課題と展望 ―海洋の秩序形成と持続可能な開発―

海洋ガバナンスの課題と展望 ―海洋の秩序形成と持続可能な開発―

2016年10月20日

海洋ガバナンスの視点

 21世紀は海洋をめぐって大きな変化が生じている世紀である。人間社会は海洋への依存を強め、国際的空間である海洋の新秩序の形成と持続可能な開発利用の取組みがグローバルなスケールで進行している。各国は海洋をめぐって競争と協調を展開している。海に関する事柄はどこか遠い沖合の話ではない。沿岸から大洋の中心まですべてが海であり、Think global, act local.はまさに海洋に当てはまる言葉である。21世紀は各国が海洋における新たな展開にどのように対応するのか、その「海洋力」が問われる時代である。
 世界の海洋秩序と海洋政策の枠組みは、20世紀後半から急速に変化した。第二次大戦後には海洋の開発利用を可能にする科学技術が発達した。世界人口は25億人から70億人へと急増し、植民地の独立などによって国の数も増加した。資源や環境が有限であるとの認識が浸透し、地球表面の7割を占める海洋の重要性が再認識されるようになった。その結果、海洋・沿岸域が陸域と同じような総合的管理の対象と考えられるようになり、同時に、環境意識の高まりによって海洋の持続可能な開発も重要な課題となった。「海洋ガバナンス」を追及することが21世紀の課題となったのである。
 「海洋ガバナンス」という言葉は、海洋の管理を目指す法秩序の構築、並びに海洋の総合的管理および持続可能な開発に関する政策・行動計画の策定・実施の二つを基盤とした概念である。法秩序の面では、1994年に海洋法のほぼすべての分野を包括的に規定した『国連海洋法条約』が発効した。しかし、国連海洋法条約によって新たな法秩序が構築されたことは広く知られているが、実際に海洋の総合的管理や持続可能な開発を進める上でベースとなっている政策や行動計画については、日本では必ずしも十分に受け止められてこなかった。

20世紀後半の新しい海洋秩序の構築

 20世紀後半は延々と海洋の新しい秩序を構築し、それを発効させることに時間が費やされた時代であった。20世紀前半までの海洋秩序は「広い公海」と「狭い領海」の二元的区分と「海洋の自由」原則を特徴としていた。ところが1945年9月、米国がトルーマン宣言を発表し、沖合の大陸棚のエネルギー・鉱物資源開発に関する排他的権利と沿岸漁業資源保護のための保存水域の設定を主張した。それがきっかけとなり、各国は沿岸海域に対する自国の権利を主張するようになった。
 こうした動きを受け、1973年から国連海洋法条約を審議する第3次国連海洋法会議が始まった。10年にわたる長い議論を経て、1982年に海洋法のほぼ全ての分野を規定する包括的な国連海洋法条約が採択され、12年後の1994年に発効した。2016年6月現在、世界168カ国が締約国となっている。米国が国連海洋法条約に加盟していないことがよく問題視されるが、米国を含む未締約国の多くも「深海底」以外の大部分の規定を国際慣習法として認めると明言しており、国連海洋法条約は国際的に認められた海洋の新秩序となっている。海洋に関する包括的な法的枠組・ルールを定めた国連海洋法条約によって海洋に関する人間の活動を律することが原則となり、海洋の法秩序は「海洋の自由」から「海洋の管理」へと大きく転換した。
 国連海洋法条約は海洋法のほぼすべての分野を網羅する国際法だとよく言われる。「海洋の諸問題は相互に密接な関連を有し及び全体として検討される必要がある」との前文から始まり、航行等の自由の確保や沿岸国の海域および資源の管理を拡大する「領海」(距岸12海里)、「排他的経済水域」(領海の外側、距岸200海里まで)、「大陸棚」(距岸200海里+α)など様々な制度を定めている。また各国の管轄権の外にある海底を「深海底」と規定し、国際海底機構を設立して管理している。
 意外に知られていないのは、国連海洋法条約が海洋環境の保全を各国の義務と定めていることや、海洋問題に取組むには科学的調査が不可欠であるため、その発展や実施の促進を図ると定めていることなどである。同時に、海洋の開発利用、保全、管理に必要な海洋技術を発展させ、それを先進国から他の国々に移転することも促している。紛争解決についてもかなり踏み込んで規定している。
 国連海洋法条約によって新たな海域管理の制度が導入され、それ以前の「狭い公海、広い領海」という秩序がどのように変化したのか。それを端的に示しているのが【図1】の地図である。青で示された200海里の沿岸域(領海+排他的経済水域)は沿岸国の管轄下に置かれ、排他的経済水域については沿岸国の主権的権利、管轄権や環境保全の義務などが規定されている。

【図1】世界各国の200海里水域(出典:Maritime Claims and Marine Scientific Research Jurisdiction David A. Ross and Judith Fenwick)

 この図からわかるように、新しい海域管理制度は、単純に沿岸国の権利が沿岸200海里の海域にまで及ぶようになったというだけでない大きな変化をもたらしている。それは、以前は大洋上の点に過ぎなかった小島嶼の周囲にも200海里の排他的経済水域を認めたことによる。その変化がもっとも顕著に表れているのが西太平洋地域である。カリブ海、インド洋、太平洋には小島嶼国が多いが、とりわけ西太平洋は小島嶼国の存在によって海の管理が大きな影響を受ける海域である。日本からオーストラリアにかけての海域は小島嶼国の排他的経済水域で覆われて公海がほとんどなくなり、この海域を移動するにはいずれかの国の排他的経済水域を通らなければならない。
 また国連海洋法条約で排他的経済水域の制度が定められた結果、日本は領海と排他的経済水域を合わせた距岸200海里の海域面積が世界第6位となった。陸地面積と200海里面積を対比してみると、日本はニュージーランドなどとともに陸地面積の10倍を超える海域面積を有することになった国の一つである。
 したがって、わが国にとっての国連海洋法条約の意義は、まず距岸12海里の領海、その外側に世界第6番目に広大な排他的経済水域及び大陸棚が付与されたことである。これらの海域はわが国の経済発展と国民生活に必要な食料・エネルギー・鉱物資源等の確保、海域の円滑な利用、良好な海洋環境の保全、国家の安全保障並びに国際協調・協力の重要な基盤となっている。
 また「海洋の自由」の時代には国際的な法秩序が確立しておらず、最後には実力がものを言う状態であった。自衛以外の目的で武力を行使せず平和国家として国際社会発展への貢献を目指すわが国にとって、海洋空間の管理を目指して海洋法のほぼすべての側面を規定する初めての包括的な条約、いわゆる「海の憲法」ができた意義は大きい。
 さらに、海洋環境の保護、海洋の科学的調査、海洋技術の発展及び移転などはわが国が得意とする分野である。これらを通じて国際的協調・協力を促進する基盤が提供されたという点も、国連海洋法条約の意義の一つである。このように国連海洋法条約はわが国にとってきわめて重要な条約であり、その活用を通じてわが国が積極的な役割を果たす基盤となっている。

海洋の国際的な行動計画

 1992年、「国連環境開発会議」(地球サミット)は、環境と開発を統合する「持続可能な開発」原則、及び行動計画『アジェンダ21』を採択した。海洋については、第17章「海域及び沿岸域の保護及びこれらの生物資源の保護、合理的利用および開発」において、「海洋・沿岸域の統合的管理と持続可能な開発」など7つのプログラム分野の目標、行動、実施手段が具体的に定められた。
 『アジェンダ21』は、「沿岸域及び海洋環境の総合的管理と持続可能な開発を沿岸国の義務とする」とともに、「沿岸国は、地方と全国レベルで、沿岸域・海域とその資源の総合管理と持続可能な開発のための適切な調整機構(ハイレベルの政策立案機関など)を設置・強化する」ことを定めた。海洋問題に取組む際には、これが大きな指針となる。
 そのほか、海洋環境の保護、公海・領海の海洋生物資源の持続可能な利用及び保存についても定めている。また小規模な島嶼国の持続可能な開発に関する規定は、小島嶼開発途上国(SIDS)の行動計画となっていると同時に、国際社会がそれらの国々を支援するための行動計画ともなっている。
 『アジェンダ21』第17章は、その後も海洋の総合的管理と持続可能な開発に関する基本文書としてWSSD実施計画(2002年)、リオ+20成果文書『我々が求める未来』(2012年)、『持続可能な開発のためのアジェンダ2030』(2015年)などの持続可能な行動計画においても海洋に関する行動計画の基盤として引き継がれ、今もその重要性を保持している。残念ながら、日本ではこれらの行動計画が主要文書としてあまり普及しておらず、わが国の海に関する取組みは国際的に見てかなり遅れている点があると言わざるを得ない。

大きく動き出した海洋をめぐる国際的取組

 国連海洋法条約発効から20年が経過した昨年(2015年)になって、海洋をめぐる法的・政策的な取組みが、国際的にまた大きく動き出してきた。
 2015年6月には、国連総会が「国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)の保全と持続可能な利用に関して国連海洋法条約の下での法的拘束力を有する文書作成」を決議し、それを受けて、海洋遺伝資源、海洋保護区などの海域管理ツール、環境影響評価、人材育成・海洋技術移転などについて議論する準備委員会が本年3月からスタートしている。それを踏まえて2018年には政府間会議が招集され、法的文書を作成するための交渉が行われる見通しである。
 国連海洋法条約第11部(深海底)については条約の発効前に実施協定が締結され、また発効後の95年には国連公海漁業協定が採択されているが、それから20年以上にわたり、実施協定は締結されていない。海洋遺伝資源などの国家管轄権外区域の海洋生物多様性についても国連海洋法条約のもとで具体的に扱うべきだという議論が長い間なされてきて今回の総会決定となった。実施協定が締結されれば20余年ぶりとなることから、国際的な関心が集まっている。
 また2015年9月には、国連持続可能な開発サミットで『持続可能な開発のためのアジェンダ2030』が採択された。2001年の「ミレニアム開発目標」(MDGs)が見直しの時期に来ていたことや2012年の「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)の成果文書などを踏まえて、2030年までの行動計画として作成されたものである。
 さらに2015年12月には、国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催され、温暖化対策についての画期的な枠組「パリ協定」が採択された。その前文には「海洋」が「生態系」の重要な部分であることが明記されている。パリ協定は1997年に採択された京都議定書ではできなかった画期的な合意であると評価されている。
 以上のように、2015年は長年にわたって懸案となっていた海洋に関する諸問題を前進させる動きがいくつか出てきたという意味で画期的な年であり、これを契機として海洋をめぐる取組みがまた大きく動き出すと言われている。

持続可能な開発目標(SDGs)

 2015年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択された『持続可能な開発のためのアジェンダ2030』では17の「持続可能な開発目標」(SDGs)が示されているが、そのうち三つが特に海洋と関係している。目標14「海洋・海洋資源の保全・持続可能な利用」は、海洋汚染防止、海洋・沿岸生態系の回復、海洋酸性化の影響最小化、過剰漁業・IUU漁業などの終了、沿岸域・海域の10%保全など10のターゲットを掲げている。目標13は気候変動及びその影響を軽減のため緊急対策を講じること、目標17は持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナ-シップを活性化することを掲げている。
 持続可能な開発目標(SDGs)の目標14の概要は以下のとおりである。

 持続可能な開発目標(SDGs)
 目標14 海洋・海洋資源の保全、持続可能な利用

 ・2025年までに、あらゆる海洋汚染の防止、大幅削減
 ・2020年までに、海洋及び沿岸の生態系の回復
 ・海洋酸性化の影響の最小限化、対処
 ・2020年までに、過剰漁業、違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的漁業慣行を終了、科学的管理計画を実施
 ・2020年までに、少なくとも沿岸域及び海域の10パーセントを保全
 ・2020年までに、過剰漁獲能力や過剰漁獲につながる漁業補助金禁止、違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助金撤廃、同様の新たな補助金の導入抑制
 ・2030年までに、漁業、水産養殖及び観光の持続可能な管理などを通じ、小島嶼開発途上国及び後発開発途上国の海洋資源の持続的な利用による経済的便益を増大
 ・海洋の健全性の改善と、開発途上国の開発における海洋生物多様性の寄与向上のために、科学的知識の増進、研究能力の向上、及び海洋技術の移転
 ・小規模・沿岸零細漁業者に対し、海洋資源および市場へのアクセスを提供
 ・国連海洋法条約(UNCLOS)に反映されている国際法を実施することにより、海洋及び海洋資源の保全及び持続可能な利用を強化

 各ターゲットに達成期限が記されている点が、過去の行動計画とは異なる特色である。なお、期限が付されていない海洋酸性化はリオ+20の行動計画で初めて採り上げられた問題である。CO2が海水に溶け込んで海が酸性化すると貝類などが殻を作れなくなったり、サンゴ礁ができ難くなる。漁業にも大きな影響が出ると考えられている。
 沖縄のサンゴ礁は地球温暖化に伴う海水温の上昇よって白化現象が起きているため、海水温が低い海域に北上していると言われている。実際、房総半島沿岸でもサンゴ礁が観測されている。しかしCO2は海水温が低い方が海水に溶けやすいため、北の海域から酸性化が進行している。そのため、北からは酸性化が南下し、南からは温暖化が北上すると、数十年後には日本近海に造礁サンゴが生息する適地がなくなるとの指摘もある。

わが国の海洋政策

 わが国の国土面積は約38万㎢で世界第60位の広さだが、海岸線の長さは3.5万kmで世界第6位、島の数も6,852で世界有数の島嶼国である。21世紀は新たな海洋の秩序と政策によって形作られる時代であり、特に秩序の面に注目すると新しい「海洋国日本」の形が見えてくる。かつてわが国の「国土」は、陸域と領海3海里を合わせて45万㎢であった。しかし国連海洋法条約のもとで領海(含内水)が43万㎢に広がった。さらに排他的経済水域405万㎢が加わり、これらを合わせた面積は447万㎢で世界第6位となる。
 かつては、日本は北海道、本州、四国、九州とその周辺の島々からなると教えられてきた。しかし、その周りに国連海洋法条約が定める領海・排他的経済水域が加わると【図2】のようになる。これが新しい日本の国の形である。厳密に言えば、国際法の専門家が指摘するように、排他的経済水域は国際的な法制度であって領域ではない。しかし、資源についての主権的権利と海洋環境の保全に責任を持つ海域であるという意味において、排他的経済水域も含めて海の「国土」と言っても過言ではない。陸域、領海、排他的経済水域および大陸棚を合わせた「国土」は485万㎢に達し、さらに国連大陸棚限界委員会が勧告した延長大陸棚31万㎢まで加えると、わが国の「国土」はかつての10倍以上になる。
 ここで重要なのは、日本の海域の6割は北海道、本州、四国、九州以外の離島を起点としている点だ。逆に言えば、離島があるからこそ、わが国はこれだけ広大な海域を管轄できるのである。

【図2】日本の領海、接続水域、排他的経済水域(出典:海上保安庁)

海洋基本法の成立

 わが国の海洋の総合的管理と持続可能な開発に対する取組みは、2000年代の前半までしばらく足踏みしていた。そこで日本財団や海洋政策研究財団が政策提言を行い、それに基づいて海洋基本法を制定する動きが始まった。国会議員・有識者からなる海洋基本法研究会の議論を基にして法案が準備され、自民・民主・公明の三党が議員立法で法案を提出した。その結果、2007年4月に海洋基本法が衆参両院で可決され、成立した。これによりようやく海洋に対する総合的な取組みの法的仕組みができ、かつそれを実施するために内閣に総理大臣を本部長とする総合海洋政策本部が設置された。

基本理念・海洋基本計画・基本的施策・総合海洋政策本部

 海洋基本法は他の基本法と比べてもかなり具体的な内容を定めている。国は基本理念に則り、海洋に関する施策を総合的かつ計画的に策定し実施する責務を有するとし、その基本理念として、海洋の開発・利用と海洋環境保全との調和、海洋の安全の確保、海洋に関する科学的知見の充実、海洋の総合的管理、海洋に関する国際的協調など、国際的にも広く普及した理念が掲げられている。加えて、海洋産業の健全な発展を取り上げている点は、わが国の基本法の特徴である。EUなどでは同様のアプローチが見られるものの、米国やオーストラリアを始め各国の海洋政策は、環境保全に重点を置いたものが多い。
 海洋基本法第16条は、海洋に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、政府が海洋基本計画を策定するよう定めている。海洋基本計画は閣議決定し、5年ごとに見直される。また政府は、その実施に要する経費に関し必要な資金の確保を図るため予算に計上するなどの措置を講ずるよう努めなければならないとされている。
 さらに、海洋基本法は総合的に取組むべきものとして次の12の基本的施策を定めている。

 ・海洋資源の開発及び利用の推進
 ・海洋環境の保全等
 ・排他的経済水域等の開発等の推進
 ・海上輸送の確保
 ・海洋の安全の確保
 ・海洋調査の推進
 ・海洋科学技術に関する研究開発の推進等
 ・海洋産業の振興及び国際競争力の強化
 ・沿岸域の総合的管理
 ・離島の保全等
 ・国際的な連携の確保及び国際競争力の推進
 ・海洋に関する国民の理解の増進等

 海洋基本法の制定に際しては、それを実行するための体制のあり方もかなり議論された。しかし当時は総合的海洋政策の実施官庁を新設するのは難しかったので、総理が本部長を務める総合海洋政策本部を内閣に設置して対応することになった。副本部長は官房長官と新たに設置された海洋政策担当大臣が務め、すべての国務大臣が本部員となった。

第2期海洋基本計画

 2008年3月、海洋基本法に基づく初の「海洋基本計画」が閣議決定され、5年後の2013年4月には第2期「海洋基本計画」が閣議決定された。現在は、これに基づいて海洋に関する施策が進められている。
 第2期海洋基本計画では、海洋に関する施策についての基本的な方針に「本計画において重点的に推進すべき取組」という項目が新たに加えられた。その内容として、(1)海洋産業の振興と創出、(2)海洋の安全の確保、(3)海洋調査の推進、海洋情報の一元化と公開、(4)人材の育成と技術力の強化、(5)海域の総合的管理と持続可能な開発、(6)その他重点的に推進すべき取組(東日本大震災を踏まえた防災・環境対策、気候変動がもたらす北極海の変化に対する取組)が盛り込まれた。
 このうち「海域の総合的管理と持続可能な開発」は海洋ガバナンスに直接関わる特に重要なテーマである。これに関する政府が講ずべき施策として、排他的経済水域等の開発等の推進→海域管理に係る包括的な法体系を整備する、沿岸域の総合的管理→陸域と海域を一体的かつ総合的に管理する取組を推進することとし地域の計画構築に取り組む地方を支援する、離島の保全・管理→わが国の安全ならびに海洋資源の確保及び利用を図るうえで特に重要な離島について…必要な措置を講ずる、などが定められている。

取組みを強化すべき海洋政策

①排他的経済水域等の開発・利用・保全等
 海を満たす海水を取り除いてみると、日本周辺の地形は【図3】のようになる。このような空間を開発、利用、保全するのは容易な話ではない。しかし海の恩恵を持続的に享受して次世代に引き継いでいくためには、このような海域を適切に管理する必要がある。隣接国との間で境界を画定することも重要だが、海域をいかに管理するかを真剣に考えてゆかなければならない。

【図3】日本近海の海底地形図(出典:海上保安庁)

 排他的経済水域について、海洋基本法第19条は「国は、排他的経済水域等の開発、利用、保全等に関する取り組みの強化を図ることの重要性にかんがみ、海域の特性に応じた排他的経済水域等の開発等の推進、排他的経済水域等における我が国の主権的権利を侵害する行為の防止その他の排他的経済水域等の開発等の推進のために必要な措置を講ずる」と定めている。排他的経済水域の管理に関する包括的な法体系の整備は、排他的経済水域が国際的法制度として定められている海域であるだけに、我が国がこの海域をどのように管理するかを内外に示す法制度の整備を急ぐ必要があるが、議論が今も続いており、政府の取組みは進んでいない。ただし、自民党ではワーキングチームを設置して検討作業を行っており、早ければ次の臨時国会への法案提出が期待されている。
 また排他的経済水域の境界を画定する場合、隣国の排他的経済水域と海域が重なり合う場合は互いに協議する必要がある。日本はロシア、中国、韓国、北朝鮮、台湾、フィリピン、米国の7つの国・地域との間で協議して境界線を引かなければならない。【図4】のグリーン線は隣接国/相対国の排他的経済水域と重なり合う海域の想定中間線で、現在も境界が画定されていない部分である。

【図4】我が国の排他的経済水域(出典:海上保安庁)

②沿岸域の総合的管理
 沿岸域の総合的管理については、ようやく順応的管理手法を用いた海を活かしたまちづくりの取り組みが一部で動き出してきたが、まだまだ十分でない。沿岸域の問題は陸域と海域を切り離して考えることはできない。環境問題のみならず、そこに居住する人々は日常的に海を利用しており、陸域と海域を一体的にとらえて管理してゆくことが重要だ。これは国際的な共通認識であり、行動計画が定められている。冒頭のThink global, act localのコンセプトは、沿岸域の総合的管理においてもっとも必要な考え方である。わが国は沿岸域の総合的管理を海洋政策の中に適切に位置づけてきちんと行っていくべきである。
 なお、陸域と海域の一体的な管理は、市町村区域に海域が含まれなければ難しい面があるが、現在は含まれていない。手続的には可能だが、埋立の前段階として海域を市町村区域に編入する場合や、市町村合併などに伴う非常に特殊なケースに限られている。
 しかし、静岡県の浜名湖は、湖なので市町村区域に入っていて地方交付税の算定基礎にもなるが、長崎県の大村湾は二つの瀬戸で海と区切られている内水であるにもかかわらず、「湾」と呼ばれているために市町村区域に入っていない。地方交付税の算定基礎になる面積を算出する国土地理院は、内水であっても伝統的に海と言われている水域の面積は算定しない。しかし、沿岸域の管理を総合的に行うためには、海と呼ばれているが領海の基線より内側の内水域を市町村区域に編入する制度改正が必要である。
 このほか、2014年には政府が地方創生の政策を打ち出し、計画を策定して地方創生に取組む地方に対して財政支援、人的支援、情報支援を行うことになっている。沿岸域の総合的管理と地方創生の政策を組み合わせることで様々な取組みが可能になってきた。

③離島の保全・管理
 離島は多くの海域の管理の基点、あるいは拠点となっている。例えば、沖縄の先島にある石垣市や竹富町に活力があることが東シナ海の海域管理にとっても重要な要素である。また周囲に広大な200海里水域を有する東京都の沖ノ鳥島は小笠原村に属しており、市町村としての管理をしっかり行うことも大切である。海洋基本法が成立する以前には、離島振興法や特別措置法などによって離島の振興に関する取組みが行われてきたものの、保全や管理に対する意識はそれほど高まっていなかった。海洋基本計画では、「わが国の安全ならびに海洋資源の確保及び利用を図る上で特に重要な離島(いわゆる「国境離島」)について、その保全、管理及び振興に関する特別の措置について検討を行い、その結果を踏まえて必要な措置を講ずる」としている。2016年4月に有人国境離島法が成立したことで、この点は一歩前進したと言える。これまで低潮線の保全などに関する立法は行われてきたが、離島に立地する市町村の健全な維持と発展に着目した法律ができたことは注目に値する。海域管理の中で離島の保全は比較的取組みが進んでいる分野であるが、さらなる取り組み強化を期待する。
 

(本稿は2016年7月6日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題を整理してまとめたものである)

政策オピニオン
寺島 紘士 笹川平和財団常務理事・海洋政策研究所所長
著者プロフィール
1965年、東京大学法学部卒業、運輸省入省。30年の勤務の中で、旅客船、離島航路、フェリー、外航海運、内航海運、海上安全、油濁問題、港湾、物流、海洋調査、海洋情報、海上保安などの業務に関わり、大臣官房審議官のとき「海の日」の祝日化に取り組む。1994年、日本財団((財)日本船舶振興会)常務理事、海洋 ・ 船舶事業を担当。2002年シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所所長、2005年海洋政策研究財団常務理事。2015年4月、海洋政策研究財団と笹川平和財団の合併により現職。日本海洋政策学会副会長、海洋基本法戦略研究会事務局長。

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