政策オピニオン

2018年7月13日

海の生物資源を増やすための環境づくり

長崎大学名誉教授 中田英昭
1972年東京大学農学部水産学科卒業、1977年東京大学大学院農学系研究科水産学専攻博士課程修了。農学博士。東京大学海洋研究所助教授、長崎大学水産学部(海洋資源動態科学講座)教授、長崎大学大学院生産科学研究科教授、長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科教授、同研究科長などを歴任。水産海洋学会副会長、日本水産学会理事、日本海洋学会評議員などを務めた。現在、長崎大学名誉教授。専門は水産海洋学、沿岸海洋学。

一.はじめに

 海は地球の表面積のほぼ7割を占める。また、地球上の水の大部分(約97%)は海に存在していることから、海は地球を支える大切なサブシステムになっている。一方、海の深さは約4,000mで、地球の直径12,700kmに比べるとごく僅かであり、地球を非常に薄い水の膜が包んでいる状態と見ることができる。光が届くのはその薄い水の膜のごく表面に限られ、そこで光エネルギーを使って植物プランクトンが、海の動物の食料のもとになる有機物を生産する。そして、プランクトンを小型の魚が、それをさらに大型の魚が食べて成長していく。人間はその一部を漁獲し食料として利用している。言うまでもなく、それらの間には精妙なバランスが存在する。その一方で、世界の人口の3分の1以上は海岸から100km圏内で生活しており、人間活動のストレスやインパクトを海は強く受けている。
 長崎周辺の黄海、東シナ海の海面漁獲量は世界全体のほぼ10%を占めており、生物生産力がきわめて高い海域として知られている。その理由として、広大な大陸棚(水深200mよりも浅い海)が広がっていること、中国の長江などの大陸河川から大量の栄養が供給されていること、さらには、黒潮と沿岸水の間に魚が集まりやすい潮境が形成されることが挙げられる。

二.海の生物資源を考察する上で前提となる知識

1.生物生産力が高い沿岸域

 図1は、地球の表面を人工衛星から見たもので、海表面の植物プランクトンの色素の量(クロロフィル色素量)から植物プランクトン量を推定したものである。赤色や黄色の所は色素が多い所で、生物の生産が活発な場所を表す。海の大部分は青紫色で、生産性が低い砂漠のような場所であること、生物の生産力が高い場所は沿岸海域に偏在していることが分かる。したがって、生物資源を増やすためには、沿岸域の環境を保全してその生物生産力を十分に活用することが重要な課題となる。
 では、なぜ沿岸海域に生産力の高い所が偏るのだろうか。そもそも陸と海とでは生物を生産する仕組みが全く違う。植物が光エネルギーと水と栄養を使って有機物を作り出すことを光合成と呼び、陸上では森林が有機物を生産する主な役割を担っている。冬になり木の葉が枯れると、地面に落ち、それを微生物が分解をしてリサイクルをする。陸上では物質の循環サイクルは狭い範囲で閉じており、栄養がうまく循環するようになっている。
 一方、海の中では、光が届く場所が水面付近に限られていて150m~200m潜ると暗黒の世界になってしまう。有機物を作り出すのに必要な光は深さ方向に急速に減衰していく。そのため、光を使って有機物を作り出すプランクトンは海の上層に局在し、それが死んで死骸になると、海底の方に沈んでいく。それを微生物が分解して栄養に転換してくれるのだが、水深が深いと光が届かない下層に栄養が溜まることになる。有機物を作り出すには光と栄養の両方が必要であるが、海では光と栄養の両方が揃っている場所は少なく、ほとんどの海では両者がアンバランスな状態にある。
 沿岸海域は水深が浅く、潮流や風などの力で海水が上下に混合されやすい。また河川水の流入や風が吹くことで海水の循環が起き、それに伴い下層の水が上層に運ばれる。沿岸海域にはそのような物理的な仕組みが用意されている。沿岸海域に多様な生物の棲み場が存在することも生産力を高める重要な要素になっている。
 最近よく使われる「生態系サービス」という言葉は、人類が享受できる価値として生態系の機能を捉えたものである。図2は、20年ほど前に生態学者のロバート・コンスタンザ教授が行った経済的価値の試算を基に、広島大学の小路淳博士が作成したグラフである。河口域や藻場など沿岸浅海域の生態系サービスの経済価値が格段に高いことが分かる(約2万ドル/ha/年)。魚類生産機能をサービスの評価に含めると価値はさらに高くなる。
2.陸の生態系と海の生態系における物質循環の相違

 魚類の生産を支えているのが生態系の物質循環である。繰り返しになるが、植物プランクトンは有機物を作り出す。それを魚や動物プランクトンが消費する。食べ残しや死骸が海底に溜まっていくとバクテリアや微生物がリサイクルをする。すなわち、生産者、消費者、分解者がうまくつながって、物質循環が円滑なときに海は健全な状態となる。
 この物質循環も、陸の生態系と海の生態系では大きな違いがある。陸の生態系ではたとえば、森林に木が何本あるかという生物量(ストック)そのものが大きな影響力を持つ。言いかえれば、森林では生物が成長したり、死亡して減ったりするフローの部分が小さいのに対して、海はその逆で、微小なプランクトンが生産を主に担っているため生物量は非常に小さく、その一方で、フローの部分がその10倍以上と推定されている。そのようなことから陸上の生態系はストックの系、海の生態系はフローの系と呼ばれることがある。
 したがって、陸上の生態系を評価する際は、森に木が何本生えているか、どういう生物が何匹棲んでいるかを調べれば大体の様子が掴めるが、海の中は、プランクトンや魚がどれくらいいるかを見るだけでは不十分で、物質の循環、つまりフローをある程度把握しなければ、生態系の評価は難しい。微小な生物が物質循環の中心となっていることもあって、海の物質循環に関する研究にはまだ多くの課題が残されている。

3.海の生物資源変動のしくみ

 海の生物資源が変動するメカニズムについてもお話ししておきたい。魚は発育の初期に、卵から孵化して仔稚魚の時代を経て幼魚になり、そして資源に加入する。この発育の初期段階での死亡率が最も高い。すなわち、大量に卵から孵化するのだが、その後、大量に死亡して、僅かに生き残った個体が成長して次の世代を形成する。これが魚の資源変動のしくみとなっており、発育の初期で資源量の水準が決まる。この発育初期の生き残りに関与する要因の一つは、流れによる輸送の状況である。すなわち、発育初期の卵や仔魚の時代は、自分で泳ぐ力があまりないので、海の流れによって様々な場所に運ばれていく。生き残るのに適した環境の場所に流れで運ばれると順調に成長していくことができるが、反対に餌が十分にない場所や自分を食べる生物が多い場所に運ばれてしまうと生き残ることができない。
 私のもともとの専門はこの卵や仔魚の輸送に関する研究であり、海の流れと生物資源の関係を調べることが研究者としての出発点であった。日本近海の生物資源を育てる重要な働きをしているのが黒潮と親潮という海流のシステムである。黒潮は、温度が高いが、餌の生産のもとになる栄養が足りない。逆に親潮は、栄養は豊富であるが、温度が低い。そのため多くの生産資源が温度の高い黒潮の周辺海域で卵を産み、孵化した仔魚は黒潮の流れに乗って北方へ運ばれ黒潮と親潮の潮境で餌を食べて成長する。成熟すると卵を産みに黒潮の方に戻ってくる。そのような生活サイクルを繰り返す魚が多い。海流システムが気候の影響等で変化すると、魚の生息環境が大きく変動して、魚の資源にもその影響が及ぶ。

 

三.海流の変化と海の生物資源の関係

1. 黒潮の大蛇行

 黒潮は本州の太平洋岸に沿って流れており、房総半島から太平洋の方に向きを変えたものを黒潮続流と呼んでいる。図3左上は、黒潮の流路を重ね書きしたものである。四国の沖まではほぼ一定して同じ所を流れているが、紀伊半島から伊豆沖のいわゆる遠州灘と言われる辺りでは流路が大きく変動する。沖の方を蛇行して流れる場合を大蛇行流路と呼ぶ。黒潮続流も大きく蛇行することが知られている。
 図3右は、潮岬から黒潮までの距離を指標にとって、黒潮の蛇行状態をグラフで示したものである。1970年代後半から80年代にかけては頻繁に大蛇行が起きていたことが分かる。2000年代に入ると、2004年~2005年まで大蛇行していた時期があったが、それ以降はずっと接岸して流れる状態が続いた。2017年8月下旬に、気象庁と海上保安庁は「2005年8月以来12年ぶりに黒潮が大蛇行しているとみられる」と発表した。どのようなメカニズムで黒潮が蛇行するのかについては明らかになっていないが、流路が大きく蛇行すると船舶の航行、漁業の操業、あるいは高潮災害、生物資源の変動に影響する可能性がある。

2. 東シナ海におけるマアジ仔魚の輸送

 東シナ海を例にして魚の仔魚が輸送されることが資源にどのように影響するのかを示したい。十数年前に東シナ海のマアジの産卵場が台湾の北東部にあることが分かった。そこで、マアジ資源の元になる仔魚がその産卵場から九州西方、日本海、太平洋にどのように輸送されるのかを調査した。図4はマアジの輸送・加入機構を模式的に示したものである。おそらく黒潮や対馬暖流によって輸送されていくものと考えられるが、どのくらいの量がそこで生き残ることができるのかは明らかでなかった。
 図5は、産卵場の近くで採集された孵化したばかりのマアジの仔魚の数と、その後成長して生き残り九州近海で採集された稚魚の数を年ごとに比較したものである。たとえば2001年は、孵化した仔魚が少なかったにもかかわらず、稚魚がたくさん捕獲された。つまり生き残りの状態が非常に良かったと思われる。しかし、翌年になると、孵化した仔魚の採集数が非常に多いのに、稚魚の数は最も少なくなっている。このように年ごとの生き残りの状況に大きな違いが見られるが、その原因については完全には分かっていない。
3. 数値シミュレーションを用いた検討

 この問題を考える一つの方法として数値モデルを使ったシミュレーションが最近よく行われるようになった。産卵場で卵に見立てた粒子を投入し、それが流れによってどのように輸送されていくのか、その過程で温度や餌の影響を受けて仔魚がどの程度死亡するのか、それをシミュレーションで再現しようというわけである。
 たとえば、台湾北東部の産卵場で2月1日に産まれたマアジ仔魚の輸送のシミュレーションが行われ、産卵場で孵化した仔魚が黒潮に乗り日本の南岸に運ばれていく様子が再現された。少し時間が経過したものは九州の西方に運ばれて、60日後ぐらいから日本海にも移動していく。
 このシミュレーションの結果を基に、輸送される仔魚が日本海、東シナ海、太平洋にどのような割合で配分されるのか、どの程度が生き残るのかを推定することができる。また、ゼロ歳の魚の漁獲量(尾数)に関する現場の情報が得られれば、それと比較することによってシミュレーションによる推定の妥当性をある程度検証することができる(図6)。
 仔魚の輸送量と生残量のグラフ(図6、シミュレーションを行った北海道大学の笠井亮秀教授から提供)を見ると、輸送される量は太平洋の方が圧倒的に多いにもかかわらず、太平洋では生残量が日本海に比べて少ない。この結果は、日本海には太平洋に比べて仔魚の生き残りに有利な環境条件があることを示唆している。このシミュレーションでは、仔魚を死亡させる原因として2つのことが想定されている。ひとつは産卵時期にあたる冬の低水温、もうひとつは餌不足である。黒潮に乗って太平洋に運ばれた仔魚にとっては、餌不足が死亡の主な原因となっている可能性がある。こうした点の解明は今後の課題となっている。

4.東シナ海の生態系や生物資源の重要性

 ここまでマアジの例を述べたが、他にもマサバ、クロマグロ、ブリ類、スルメイカ等の種々の魚が東シナ海で産卵し、日本近海の水産資源全体を支えている。その意味で、東シナ海は日本の水産資源にとってきわめて重要な海である。
 先に述べたように、発育の初期にどの程度生き残ることができるかが資源の水準を決定する。次の世代を確保することは、海の生物資源を食料として持続的に利用していく上で非常に重要である。そのためには、東シナ海を含め、水産資源とくにその発育初期の生活場所の環境や生態系を保全していくことが必要不可欠である。
 海の生態系は多くの種類の生物が共存することではじめて健全に働く。これが生物多様性を保全することの意味である。そのような健全な生態系は健全な環境のもとにしか存在しないので、海の環境を大切にすることが重要になってくる。

 

四. 海の生物資源減少の原因

1. 沿岸環境の悪化

 日本の沿岸漁業の漁獲量は1985年をピークに減少を続けている。2009年には底をついたようにも見えるが、その後も全く増えていないのが現状である。漁獲量減少の原因を早急に解明して対策を講じる必要がある。こうした近年の海の生物資源の減少は、沿岸環境の悪化が一因となっている可能性がある。
 沿岸環境の悪化がなぜ問題なのか。いま水産業において大きな問題のひとつになっているのは食料自給率の低下である。その原因は輸入量の増加であり、輸入量の増加の原因は、国内の生産量が減っているからである。ではなぜ国内の生産量が減ったのか。それは水産資源量と漁業者が減っているからである。ではなぜ水産資源量が減ったのだろうか。漁業による獲り過ぎの問題もあるが、沿岸環境の悪化が影響を及ぼしていることも否めない。漁業者が減ったのはどうしてか。それは環境条件の良い漁場や資源量が減少したからであり、それに付随して漁業者の高齢化や後継者不足の問題も生じている。このように基本的には、沿岸環境の悪化が資源量と漁業者の減少に大きく影響しているという構図が見えてくる。ではなぜ環境は悪化したのか。それは環境への人為的な負荷(物理的改変を含む)が増大したからである。経済発展、人口や産業の沿岸域への集中などがその原因として挙げられる。
 もう少し具体的に言えば、経済発展や人口・産業の集中により、陸から流入する窒素やリンの負荷量が増加した。また、海岸の埋め立て・護岸の造成等による海岸の人工化が急速に進められた。この2つが大きなストレスになって海の自然の浄化能力が低下し、環境が悪化したと考えられる。特に赤潮(植物プランクトンの異常増殖)や海底付近の貧酸素化が日本沿岸各地で大きな問題になっている。

2. 長崎県周辺の海で起こっている様々な環境問題

 長崎県周辺の事例をいくつか紹介したい。表層から底層への酸素供給が制限される夏になると、大村湾では海底付近に沈積した有機物の分解に酸素が消費され、毎年、貧酸素水塊(極度の酸欠状態の水塊)が発達する。この貧酸素水塊はしばしば無酸素状態になり、それが風の作用で岸近くに押し寄せる「青潮」を引き起こすことがある。これらが生物の生息に大きな影響を及ぼすことは言うまでもない。また、長崎県南部の橘湾と北部の伊万里湾では、赤潮の発生が養殖場に大きな被害をもたらしている。その他、エチゼンクラゲの大発生や、海洋の温暖化に起因する生物種の変化、藻場の衰退、さらには、沿岸環境悪化の要因となる海岸の人工化(埋め立て、護岸造成等)、海洋における漂流・漂着ゴミとくにプラスチックによる汚染も大きな問題となってきている。それらについて、以下に要点を述べる。

(1)大村湾における貧酸素水塊とその生物影響
 夏になると表面で加熱された温度の高い水は軽いので上層に、冷たい水は重いので下層に分布する。温かい水と冷たい水の間に不連続に温度が変化する「躍層」が発達し、上下の水の混合が起きにくくなる。冬は逆に表面の水が冷やされて重くなり、下層に沈みこむため、上下に水がよく混合される。このように夏の海と冬の海で構造が大きく変わる。夏の海では上層と下層の水が混合されないため、空気中から海に溶け込んだ酸素が下層に供給されなくなる。その一方で、海底では溜まった有機物が分解される際に酸素を消費するため、極度の酸欠状態になる。このようにして酸欠状態になった水塊を「貧酸素水塊」と呼んでいる。大村湾の底層は夏になると図7に示したように、酸素がほとんどない状態(図7に赤色で表示)になる。
 この貧酸素水塊の発生には、大村湾の流れも大きく関与していることが分かってきた。すなわち、大村湾の入り口(湾口部、西海橋の下)は潮流が非常に速く、水が上下に混合されるが、湾内に入ると流れが急に弱くなり、夏には上に低密度水(温度が高く、塩分が低い水)、下に高密度水(温度が低く、塩分が高い水)が、層状に分布する。上層の低密度水と下層の高密度水が湾口部で混合すると中間の密度の水ができる。こうした密度の違いが原因になって流れが発生するが、混合された水は湾内の底層には流入できず中層に流入するため底層に停滞した水塊ができ、そこで一方的に酸素が消費され貧酸素化(あるいは無酸素化)が進行する。

 海水中の酸素濃度が減少すると底棲生物の数や種類が急激に少なくなる。さらに貧酸素により生物が死亡すると浄化能力が低下する。また貧酸素化により酸化還元電位が低下すると、海底の泥から栄養塩(窒素やリン)が溶け出す。これらの栄養塩が表層に運ばれると植物プランクトンの増殖が促進され、その死骸の分解により酸素消費も加速されて、貧酸素(無酸素)水塊がさらに発達する。その結果、さらに多量の栄養塩が海底泥から溶け出す。陸から栄養が流入するだけではなく、海底に蓄積された栄養も供給されることになり、海の水質が急速に悪化する。このように物質循環が大きく変化すると、陸からの栄養負荷を削減しても効果があがらず、海の環境が回復しにくくなる。
 実際に大村湾の1952年ごろからの調査データを分析した結果、湾奥では50年代後半から貧酸素水塊が継続的に出現し、60年代後半からそれが湾中央へ拡大、70年代末には北部まで広がっていることがわかった。貧酸素化した水塊が継続して出現する海域の広がりに対応して、海底に生息する魚類の漁獲量が減少し続けてきたものと考えている。

(2)大村湾における青潮の発生
 2007年と2008年のいずれも9月前半に、大村湾奥部(津水湾)で青潮の発生が報告されている。青潮は、硫化水素を含む無酸素水塊が風の作用で岸近くに湧昇して、海の表面で酸化されて硫黄の結晶が析出するために青白い色を呈する現象をいう。無酸素水塊が岸近くに押し寄せるため、浅海域に生息する魚介類の大量斃死を引き起こすことがある。
 大村湾における青潮の発生は、先に述べた大村湾の流れの構造の季節変化と密接に関連している。すなわち、9月に入り、8月まで湾内の中層に流入していた湾口の混合水が底層から流入するようになる。そのため貧酸素化(無酸素化)した湾中央部底層の水塊は湾の奥の方に押し込まれる(図7参照)。その時に南東の風が吹き続けると、青潮が発生する可能性がある。発生のメカニズムが解明されてきたので、湾口部の混合水が湾内に流入する深さが中層から底層に変化する時期をモニターすることによって、その1~2週間後に湾奥部で青潮が発生する可能性があることを予知することができる。そのような「青潮警戒情報」を漁業者に発信することによって、漁業被害を低減することができるかもしれない。

(3)有害赤潮の原因となるプランクトン
 2009年に橘湾で「シャットネラ赤潮」による甚大な養殖被害が発生した。シャットネラは、魚の鰓にダメージを与え窒息死させてしまうため、魚類養殖を中心に水産業に大きな損害を与える有害プランクトンとして知られ、夏季に沿岸海域でしばしば赤潮を形成する。図8は、日本沿岸域で有害赤潮の原因となる代表的なプランクトンを示したものである。A~Dはラフィド藻(シャットネラ)、E~Hは渦鞭毛藻である。Fは、2017年7~8月に松浦市の伊万里湾沿岸で発生した養殖被害の原因となったカレニア・ミキモトイである。赤潮の発生機構にはまだ不明の点が多いが、並行して赤潮の効果的な防除の方法についての研究も進められており、今後の研究の進展を期待したい。
(4)エチゼンクラゲの大発生
 エチゼンクラゲが大発生して、長崎県対馬から日本海沿岸の定置網漁業に大きな被害を与えている。エチゼンクラゲはおよそ40年に一度の頻度で大発生することが記録されていたが、2000年代に入ってからは大発生を繰り返している。2005年の事例は歴史的にみて最大の規模であった。巨大なクラゲなので、定置網に入ると揚網ができず網が破損する原因にもなる。ただし、2009年以降は甚大な被害事例は報告されていない。エチゼンクラゲがどういうメカニズムで繁殖するのかまだ完全には明らかにされていないが、概ね次のようである。
 エチゼンクラゲの発生源は黄海から渤海にあり、そこから海流に乗って日本海沿岸を北上する。大発生の原因としては、1)魚が減少したこと(これが主な原因と思われる。魚が減少して餌をめぐる競争相手が減り、クラゲの天下になった)、2) 水温上昇による越冬個体の増加、3)人工護岸や海洋構造物建造によるポリプ(polyp: 刺胞動物のヒドロ虫類・鉢虫類・花虫類などの固着生活をするステージをいう)の付着基盤の増加、4)富栄養化に伴う餌生物(動物プランクトン)の増加などが考えられている。

(5)海岸の人工化とその浅海域への影響
 次に埋め立て等による海岸の人工化の影響について述べたい。埋め立て前の海岸はなだらかな傾斜で、様々な生物が生息して浄化能力が高い。一方、埋め立て後は生息環境が単純化され、人工的な深みができるとそこに貧酸素水塊が発生するようになる。
 図9は、横軸に人工化された海岸の割合、左図の縦軸に海底に棲んでいる魚介類の漁獲量、右図の縦軸には透明度を取り、全国の閉鎖性海湾のデータをプロットしてみたものである。湾にそれぞれ個性があるので個々のデータにばらつきはあるが、最大値を繋いでいくと、海岸が人工化された湾ほど透明度が低下し、漁獲量が減少する傾向が見られることが分かる。おそらく海岸の人工化による流れの減少(海水の停滞)、生息場の消失、生物による浄化機能の低下が、複合的に大きな影響を及ぼしていることを示すものと考えている。
 たとえば三河湾は日本一のアサリの漁獲量を誇っていたが、1970年代前半に漁獲量が激減した(図10左上)。三河湾沿岸における赤潮発生状況(年間の赤潮発生日数)と累積埋め立て面積の経年変化を調べると、赤潮の発生頻度や規模が拡大した時期は1970年代後半から1980年代に入ってからで、それは埋め立て面積が増加しアサリの漁獲量が著しく減少した時期に対応しており、陸から三河湾に負荷される窒素やリンの量が急激に増大した1960年代とは符合しない(図10下)。
 アサリの漁獲量が激減した時期に、海岸の埋め立て面積が急増している。埋め立てによりアサリをはじめ様々な生物が生息する浅海域が失われ、そのため海の生物が減少し浄化能力が低下したものと考えられる。この事例からも、埋め立て等による海岸の人工化が海の環境を悪化させる原因になることが分かる。様々な生物が元気に育つ海は浄化能力が高く、その意味でも生物多様性を保全することは重要である。

 大村湾でも沿岸の土地利用の変化に伴い海岸の人工化が進んでいる。1945年、1970年、2000年における大村湾(奥部の津水湾)の海岸線の様子を比較してみた結果、以前は緑地が非常に多かったが、急速に減少して市街地(赤)等に姿を変え、それと同時に海岸の埋め立てが進行していることが分かった。急激に変化したのは1970年以降である。1970年には河口の大部分が干潟であったが、2000年ごろまでに様子が一変している(図11)。津水湾では2mより浅い海の面積の53%が消失したものと推定されており、大村湾全体でも、1975年以降、5m以浅の海域面積が75%に減少したと言われている。
 図12の上の写真は1962年ごろの久留里海水浴場(時津町)の写真である。下の写真は、同じ場所の現在の様子であり、1962年ごろとは海岸の土地利用の状況が激変していることが分かる。

(6)温暖化による海面水温の上昇
 温暖化についても触れておきたい。気象庁が発表した「東シナ海北部および南部の平均海面水温平年差(℃)の推移」(図13)によれば、水温はいずれも右肩上がりで温暖化が進んでいることがわかる。さらに五島南部に位置する男女群島の女島で1955年~2006年9月に旬ごとに測定された表面水温の経年変化を図14に示した。1970年代後半までは約7年周期で変動していたが、1980年代から緩やかに上昇、1998年以降はさらに上昇している。特に2000年代になって温度が高くなっていることが分かる。これを夏と冬に分けて整理すると、近年は冬に温度が下がらなくなっていることが特徴として見えてきた。

 水産研究・教育機構西海区水産研究所の中川雅弘氏の報告によれば、近年、五島市(福江島周辺海域)等で水揚げされる魚のうち、熱帯性のハタ類の漁獲量が急増している。特にアカハタは、2013年には2008年に比べて水揚げ尾数が11.6倍、重量比率でも6.0倍になっており、スジアラは尾数で3.6倍、重量比率で3.8倍に増加している。五島市周辺の水温が越冬可能な水温に達していることが原因の一つと考えられている。
 また、トラフグの養殖は長崎の水産業にとって非常に重要であるが、養殖ができる場所は水温29℃以下と考えられており、温暖化に伴う水温上昇の影響が懸念されている。図15右に青色で表示した29℃の等値線は、将来、水温がさらに1度上昇すれば、長崎県より北側に移動してしまい、現在の技術では長崎県でトラフグの養殖ができなくなってしまう。これまで100年間の水温上昇率が公表されているが、東シナ海から日本海にかけての上昇率は他の海域よりも高めである(図15左)。

 温暖化の進行に伴い、沿岸でも様々な変化が起きている。図16は対馬沿岸の藻場が衰退した磯焼けの状況を示したものである。aとbは大型褐藻の成長阻害により藻場が衰退している様子、cはガンガゼ等による食害、dは大型褐藻群落と小型海藻群落の衰退を表している。また同じ時期に、造礁サンゴの定着と群集の形成も進行していることが報告されている。
 対馬沿岸全域で藻場の衰退が拡大している原因のひとつは水温の上昇である。高い温度に耐えられない藻類は枯死してしまう。また、植物を食べる南方系の魚が増加し、活動が活発になってきている。他方、南方系の海藻が増加しているという情報もある。つまり、従来の藻場は衰退しているが、その代わり南方系の藻場が形成されている可能性がある。今後、こうした状況を踏まえながら、たとえば食害魚を食材として人間が利用することを含め、早急に対策を検討していくことが必要であろう。

3.新たな環境問題

(1)海の酸性化
 温暖化と並行して海の酸性化が問題となっている。大気中の二酸化炭素が増えたために海水が酸性化されているという問題である。酸性化が進むと、骨が溶けやすくなるため、骨格を作る様々な生物に影響が出てくる可能性がある。特にサンゴ礁については、温度によるダメージに加えて、海水の酸性化の影響が非常に懸念されている。

(2)マイクロプラスチック
 海に捨てられた日用品や漁具等が、対馬等の海岸に大量に漂着して「海ゴミ」の問題を引き起こしている。そのうち7割から8割はプラスチックである。プラスチックは時間が経つとだんだん細かくはなるものの、分解しないため無くなることはない。5㎜以下のサイズのものを「マイクロプラスチック」と呼んでおり、それを魚が餌と間違って食べたり、PCB等の汚染物質がそれに吸着されたりすることが問題となっている。マイクロプラスチックは、海を浮遊して何千キロも運ばれたり、海底近くに沈んだりしていることが報告されている。今すぐに対策を講じなければならないというものではないが、今後、海洋環境の保全において大きな問題になる可能性が高い。

4.水産資源の変動要因:人為的な制御の可能性

 水産資源の変動要因には大きく次の4つが考えられる。1)温暖化など地球規模の気候・海洋変動の影響、2)黒潮大蛇行など海流や海況の局地的な変化の影響、3)沿岸埋め立て等による環境悪化・環境汚染の影響、4)漁業による乱獲。1)と2)は人為的に制御することが困難なので、何らかの適応策を講ずるしかない。3)と4)は制御可能であり、環境管理・資源管理をしっかり行う必要がある。実際にはこれらの要因が重なり合って影響を及ぼしている状況が見られることも多い。モニタリング等によってその状況を十分に把握し、温暖化の影響が顕在化することがないように、種々の方策を総合的に検討していくことが必要である。

 

五.環境施策の今後の方向性:自然の再生と「豊かな海」の創生

 最後に、今後の環境施策の方向性について述べたい。これまで沿岸海域の環境管理の施策は、公害で「汚れた海」を「きれいな海」にすることに注力されてきた。陸から流入する栄養負荷等の規制によって「きれいな海」はかなりの程度実現されたが、それだけでは魚が増えず、かつての漁獲量のレベルを回復することができない状況である。そこで現在は、自然の再生ということで「豊かな海」を実現することを施策の目標とするようになってきた。そのような環境施策の変化を反映して、近年は、持続的循環型社会、統合的流域管理・森川海の連携、生物多様性の保全、「里海」の創生がキーワードとしてよく用いられるようになっている。
 図17に示したように、1940年代から1950年代は物質循環が円滑で、豊かな生態系が存在していたものと考えられるが、1960年代から1970年代の高度経済成長期に環境が急速に悪化した。環境被害が発生し、環境改善の必要性に迫られ、水質保全対策を講じた結果、水質については一定の効果が見られるようになってきた。しかしながら、水質は改善されたものの、生態系のバランスは崩れた状態で、円滑な物質循環と豊かな生態系を十分に取り戻せないでいる。そうした現状を踏まえて、今後は、生物資源を増やしていくためにも図17に赤色矢印で示した環境改善の方向性が重要と考えている。

 ただ、1940年代から1950年代の海に戻すことは現実的ではないので、将来を見通しながら、どのような方向性を持って何を行うのかを明確にする必要がある。おそらく自然の生態系の新しいバランスを創り出すことを目指すのが一つの方向ではないかと思う。そのための具体策について、検討しているところである。

 たとえば、大村湾をはじめとする閉鎖性の内湾で大きな問題となっている貧酸素環境の改善は、生態系のバランス回復のカギとなる重要な課題の一つと考えられる。図18に一例として、貧酸素環境を改善するための総合的なシステムの構想図を示した。このシステムでは、海底に空気を送り込んで底層の水をゆっくり上昇させ、上層の酸素濃度の高い水と混合させることによって、貧酸素化の程度や影響を緩和することを目指している。同時にサブシステムにより浅海域の生物を増やして、浄化機能を全体に高めることが効果的である。このように浅い海と深い海の環境改善のための幾つかの方策を複合的に組み合わせることが必要であろう。浅い海の生物を増やすことによって浄化能力を底上げしていくことは、長崎県の第3期大村湾環境保全・活性化行動計画にも取り入れられている。
 海の環境の回復には相応の長い時間を必要とする。今後も次の世代につなげていく息の長い取り組みが求められる。

(本稿は、2017年12月6日に開催した長崎未来平和フォーラムにおける発題をもとに整理してまとめたものである。)