海と気候と二酸化炭素 ―海洋シミュレーションと地球温暖化予測―

海と気候と二酸化炭素 ―海洋シミュレーションと地球温暖化予測―

2019年12月11日
グローバルイシュー・平和構築

1.はじめに

 気候の温暖化によって海がどのように変わって来たか、変わっていくかというのが本論の中心テーマになる。まず、その前提となる海の状態や流れがそもそもどういうものかを述べたい。次に、これまでに観測された主に気候の温暖化の結果としての海の変化、将来的な海洋の変化の見通しについて述べてみたい。ただ、最後の部分に関しては、私が専門とする海洋シミュレーションだけではできず、大気や気候を構成するすべての要素を包括したものでやらなければならない。
 具体的には、IPCCの第5次評価報告書が発表されたのが2013年末であるが、それに大筋沿った形で本論を進めていきたい。その中でも海の変化にとって重要だと思われる水温、海水位、海水準、海の循環の表層・深層帯等の変化は相互に関わっている。また、海は熱吸収という働きをしており、温暖化している気候の熱を吸収するという役割を海洋は担っている。それらが現在までどうだったのか、今後どうなって行くのか。海は、気候温暖化の主要な要素であると言われている二酸化炭素を吸収する役割をする。二酸化炭素を吸収した結果生じるのが海の酸性化である。その話題についても触れることにする。

 

2.海洋循環

 最初に、海洋循環について述べたい。図1は東西の海洋の水温の平均を表している。横軸は南極から北極まで縦軸は海面から深さ5,000 mくらいまでを範囲として、太平洋と大西洋のそれぞれの平均水温を示している。海面付近の水温は熱帯で30℃位で、日本の南岸の黒潮だと季節にもよるが夏ならば28℃くらいで、冬になれば15℃くらいに下がる。北極や南極であれば、約3.5%の塩分を含んでいて-1.8℃ぐらいになる。
 一方、海の大部分を占めている深海はどうなっているか。深海の定義はいろいろあるが、海洋の深いところは一様に低温であり、図1の太平洋の中央部分は1℃くらいの海水が占めている。


 それから水位という話で行くと、水位は、水平面や水平線という言葉があるように、基本的に真っ平らなようなものを想像されるかも知れないが、実際には海面には起伏がある。図2は、10年といった長い期間の水位を平均したものである。海面が水平面からどの位ずれているか、起伏しているかを示したものである。全海洋を平均した時の水平面に比べて、例えば太平洋の日本の南岸辺りは1 m位水位が高いのが平均的な状態である。それに対して日本の北に位置する北太平洋の亜寒帯といった地帯はそれよりも何十㎝か低い。南極の周囲に一番水位が低い所があり、平均よりも2 m近く水位が低い状態である。
 こうした水温や水位の分布というのがあるが、それは海洋大循環とも密接に関係している。
 海洋の大規模な循環のことを我々は海洋大循環と呼んでいるが、それを動かす理由、つまり力があって動いている。その理由つまり起源によって、海洋物理学では循環を2つに分けて考えている。1つは海を動かすエネルギーの供給源として風からエネルギーが入って来る。海上を吹く風によって海が引きずられることによって海が動くもの。これを風成循環という。風成循環の図は小学校の教科書によく掲載されている海流図と同様のものである。これは海面付近の循環であるが、海底まで及んでいることはなく、場所によって異なるが、数百メートルから千メートル位である。概ね水深200 m以内の海水層で風成循環が起こる。


 それに対して、もう1つ海を動かすエネルギー源がある。簡単に言うと、熱対流と同じようなものが海のスケールで起こっている(図3下)。高緯度で冷やされて冷たくなった水が沈んで低緯度で温められ、表層に上がってくるという循環が起こっている。海水の密度に関しては、温度ばかりではなく、塩分の変化も大きく影響して重要なので、両方を合わせて熱塩循環という呼び方をしている。
 風成循環が水平に回る循環であるのに対して、熱塩循環は海底から海面までを繋ぐような循環になっている。風成循環は、太平洋と大西洋で閉じた循環になっているのに対し、熱塩循環は深層と表層を繋ぎながらしかも太平洋と大西洋とインド洋と南極の周囲の南大洋のすべてを繋いでいる。図3の下図の赤色の矢印は表層流と書いたが、海面から数百メートルぐらいの流れを代表したものである。青色の矢印は底層流であるが、海の一番深い所を這っていく。その間の深度3,000 m位のところを深層流が流れている。
 紫色の星印で深層水形成というのを書いたが、これは冷やされるまたは塩分が高くなり重くなった海水が沈む所である。この図には4か所星印を付けたが実際には他にも何カ所かある。しかし、全部で10カ所あるかないかの限られた場所である。その場所でしか海面付近の水が何千メートルも沈むということは起こらない。しかも深層水形成が起こっている場所は10 km四方という狭い領域でしか起こっていないのが特徴である。それを出発点として青色の矢印で書かれた底層流を辿って全海洋に行き渡りつつ少しずつ表層に上がっていく。大西洋は特殊で、深層水形成の場所で沈み込んだ海水が3000 m位の深さを南下していく。その海水が上層に上がって行って、海面付近を流れる表層流になる。
 このような海洋の大規模な循環が気候温暖化において意味がある。気候をつくる上で海洋の循環は重要である。その中で最も大事な要素はおそらく海が熱を運ぶということである。
 どのくらいの規模であるかを理解して頂くために数字をいくつか述べてみたい。気候の諸現象の根源は太陽から受け取る莫大な放射エネルギーである。その中でも、地球に到達するエネルギー総量は2×1017 Wで、このうち3割ぐらいは地表や雲で反射されて宇宙空間に戻っていく。7割ぐらいは地球が一旦受け止める。全世界の電力消費量は6×1012 W位である。地球に到達するエネルギー総量と比較すると5ケタぐらい違う。それに対しては、人間の電力消費量が少ないと評価するか多いと評価するかは微妙なところであるが、私は後者の方だと考える。
 受け取る太陽放射エネルギーの大小は場所(緯度)によって異なる。それは地軸が傾いていることによるが、それが気候の状態(特に寒暖)を支配する。例えば、極域の冬では0 W/m2と全く受け取らない。一方の晴れた熱帯であれば1,000 W/m2と極端に異なる。これで気温が決まってしまうと熱帯は暑すぎてヒトも生物も住めない。極域は寒すぎてヒトも生物も住めない。現代の地球上のほとんどの所でヒトや生物が住めるというのは、太陽が受け取った熱エネルギーを地球上で再分配するからである。つまり、低緯度から高緯度に向かって熱が運ばれている。その熱を運ぶ主体となっているのが大気と海洋である。熱をもったものが動けば熱が運ばれる。熱帯から温かい空気や水が高緯度に向かって動けば高緯度に向かって熱が運ばれる。
 どの位の熱を運んでいるのかを表したのが図4である。図4は北向きの熱輸送量を表したもので、横軸が緯度を、縦軸が熱輸送量を表している。太線は大気と海洋を合わせたものである。地球上で顕著に動いていて熱を運んでいるのは大気と海洋の2つでほぼ尽きていると言っていい。どれだけ北向きに熱を運んでいるか。赤道を境に、北半球では低緯度から高緯度に熱を運んでいる。また南半球では低緯度から高緯度に熱を運んでいることを示している。このグラフの作成にあたっては、人工衛星で太陽から受け取る放射熱量と地球から出てくる放射熱量を計測した上で、どれだけの熱量が運ばれていなければならないかを計測し、そこから厳密な値を出すことができる。


 大気と海洋を分けて表したのが細い線で、実線が大気で、点線が海洋である。大気の気温と風速が地球上でまんべんなく観測されていれば大気が運ぶ熱輸送量を算出できる。海洋も同様に海流と海水温が海でまんべんなく観測されていれば海洋の熱輸送量を算出できる。実はグラフが書けるほど海の観測は豊富ではないので、全体から大気を引いたものが点線で示されたものである。緯度や場所によって違いはあるが、大気と海洋が同じような割合をもって低緯度から高緯度に熱を運んでいる。全体的にみると海洋の熱輸送量の方が少し少なく、全体の約1/3を海洋が担っている。表層を流れる風成循環と深層までも巻き込んだ熱塩循環は場所によって違いがあるが、凡そ同じぐらいの規模で低緯度から高緯度に熱を運んでいる。海洋に関して、三大大洋つまり太平洋と大西洋とインド洋に分けて示したものが図4の右の図である。一番大きな値を示す太い実線は海洋全体の熱輸送量の値を示している。海面での熱の出入りを長期間観測すると、その熱の出入りが実現されるには海の中が一方的に温まったり一方的に冷えたりしないようにこのような熱輸送が無ければならないという逆算ができる。その逆算によって書いたものがこの図である。
 この中で大西洋の熱の運び方が特徴的になっている。赤道のところで大西洋の線は、プラスの値をもっている。つまり大西洋では赤道を越えて南半球から北半球に海は熱を運んでいることを意味している。北半球での値がずっと正であるということは、北半球に熱が運び続けられているということである。一方、南半球でも常に正の値であるということは、南大西洋では気温や水温が低いはずの高緯度から低緯度に向かって熱が運ばれているということを意味する。これは他の海洋では見られない特徴である。大西洋が表す熱輸送というものが地球上の気候を形づくる上で一つ特徴的な役割を担っている。なぜそうなるかは単純なことで、図3の下図の青色の線と緑色の線と赤色の線が大西洋を循環しているが、青色の線は南から北に突き抜けて行って、緑色の線は北から南に突き抜けて行っている。赤色の線は基本的には南から北に突き抜けて行っている。青色の線が担う熱輸送は実は、あまり大きくない。それは深層では温度のコントラストが小さいからである。赤色の線は平均水温10℃~15℃の海水が南大西洋から北大西洋に流れて行く。それに対して3,000 m付近は水温4℃ほどの海水が北大西洋から南大西洋に突き抜けて流れている。その差引として熱輸送量が決まる。このように赤道を越えて行き来するような循環が大西洋で非常に顕著に存在するが、南大西洋では逆向きつまり寒い方から温かい方へ熱を運んでいる。さらにその熱を北大西洋に運び込むということが起こっている。それらが原因になることによって北大西洋の高緯度地域は気候が温暖になっている。地球温暖化とは関係なく元々の気候が温暖なのである。
 北大西洋の高緯度地域が温暖な気候であることを示す顕著な例として図5を見て頂きたい。冬季海氷分布の図は、冬に海水が凍って海氷が張る部分がある。それを白色で表している。緑色の部分は氷が張っていない所である。分かりやすくするために北緯75度の線を描いたが、北極海でも太平洋側では、冬の一番寒い時になれば、北緯45度位まで氷が張る。オホーツクの流氷はその範囲に含まれる。それに対して大西洋側は、場所によっては北緯50度位まで氷が張りだすところはあるが、北極海に食い込むように北緯80度位まで氷がないところがある。このように太平洋と大西洋では同じ緯度で見ても水温に差がある。それを担っているのが熱塩循環で、表層流が南半球の熱を集めて北半球に持って来て、この地域を温めているのである。
 このことがどのくらい重要かに関しては、数値シミュレーションとしての証拠もあれば、古気候、すなわち昔の気候はどのように変化したのかという証拠もある。図5の真ん中の図がその一例である。図の網掛けをした部分は、今から2万年程前の最終氷期の最大期と呼ばれる時期に大陸上に氷床があった地域である。現在はグリーンランドの上にしか氷はない。大西洋の上に線が4本書いてあるが、最終氷期の最大期つまり20,000年前から今までの4つの時期のどこに海氷が張っていたかという線を示している。一番下の線はPeak Glacialとあるが、18,000年ぐらい前の最終氷期の最大期にはここまで氷が張っていたのである。これは海底堆積物を調べると、当時どういう生物がいたか、どういう環境にあったかが分かり、ここまで氷が張っていたことが分かる。
 気候が氷河期から現在まで温暖化していくなかで徐々に下がっているように見えるが、11,000年ぐらい前のヤンガードリアス期に急激に寒冷化して、それから今のような状態になった。これは確かなこととして分かっている。


 グリーンランド上の氷床を掘ると、昔降った雪がどういう性質であるかが分かる。氷床というのは昔降った雪が圧縮されて固まった氷で、氷床中の水の同位体を見ると、その頃どういう気温であったかが復元できる。また炭素の同位体を調べればいつの時代だったかが復元できる。図5の右図の赤色の線を見ると、グリーンランド上の気温が2万年前から現在までどういう変遷をしているかが分かる。2万年前は-45℃と非常に低温であった。現在も-30℃ほどで低温である。徐々に気温が上がって来たのではなく、一度急激に上がって、急激に下がって、急激に上がって来たのである。このように特異的な気候の温暖化が生じたのには大西洋の深層水の熱塩循環が運んでくる熱が影響していたことはほぼ確実である。
 氷河期には大西洋の深層を繋ぐような熱塩循環はほとんどなかった。したがって、それに伴う南大西洋から北大西洋を繋ぐ熱輸送というものはなかったと考えられる。氷河期を起こすサイクルを基本的に決めるのは、太陽の周囲を回る地球の軌道予想という天文学的な理由であるが、例えば北半球の高緯度の氷床が徐々に解けてなくなっていく、さらに海氷も後退していく。そういう中で熱塩循環が徐々に出来上がっていって、大量の熱を南大西洋から赤道を越えて北大西洋の高緯度に運ぶようになって、北大西洋の高緯度域は急激に温暖化する。その過程で温暖化によって氷床が徐々に解けていく。その解けていく解け水がセントローレンス川など周辺の河川に流れる。河川に流れる解け水は塩分を含んでいないので、普通の海水に比べて軽い。軽い水が海面を覆ってしまうので熱対流が起こらなくなってしまう。それによって熱塩循環を止めてしまうということが起こる。それで一気に南大西洋から熱が運ばれて来なくなってしまって寒冷化した。つまり気温は下がるし氷が張った。その後、気候の温暖化が継続して氷床が無くなってしまえば熱塩循環が復活して、それによって現在の状態になったと考えられる。
 それで、今後起こる気候の温暖化の中でも大西洋の熱塩循環というものが止まるまで行かなくてもかなり弱まるということが予想されていて、海という視点で気候の温暖化を考えた時に非常に重要な要素として扱われている。個人的な見解としては熱塩循環が弱まるとしても気候の温暖化には強くは影響しないと思う。
 『Day after Tommorrow』という映画が10年程前に制作されたが、この映画は温暖化によって氷河期が起きるというストーリーであったが、実際に1万年前と2万年前に熱塩循環が止まることによって寒冷化したことがある。温暖化して同様なことが気候の中で起きるのではないかということを題材にして制作したものである。そのような事態は全く起こらないと考えられている。

 

3. 気候の温暖化と海洋の変化

 実際に気候の温暖化は起こっている。少なくともIPCCの報告書では気候の温暖化は確実に起こっていると言われている。気候の温暖化によって海がどの程度変化したのかを観測事実に基づき述べてみたい。
 まず、水温の上昇に関しては、データの信頼度という観点で表層75 mを一応の指標としている。1971年から2010年までの40年間を調査してみると、10年で0.11℃の割合で上昇している。これは観測的な事実として明らかになっている。表層だけではなく海は全体的に温まっている。データ量など統計的な有意性という問題があるので、一部水温は上昇しているけれども統計的に有意とまでは言えないところも一部あるが、基本的には水温の上昇は海のどこでも見られる。
 温暖化によって大気は温まっているし、海も温まっている。あるいは氷が無くなっている。産業革命以前から徐々に温暖化が始まって来たとして、現在までに気候全体で増加した熱量のうち90%が海洋に吸収されて貯蔵されていることが分かっている。これは単純に考えると、もし海が存在しなくて海が熱を吸収していなければ、大気の温暖化はいまの10倍であるという言い方になる。実際にはもっと別の要素が働くので10倍にはならないが、しかし今よりもずっと温暖化していたはずである。
 IPCCの報告書では2010年で区切っているが、2003年から2010年、その後2015年位まで温暖化の停滞期と呼ばれる期間があって全地球の平均地上気温を地上2 mで計測したものを時系列で書いていくと、20世紀後半は急上昇を始めたように見えたが、21世紀に入ってその上昇が急激に止まった。これは温暖化懐疑論が出てくる1つの理由にもなった。このいわゆる温暖化停滞期間になぜ温暖化が停滞したように見えたかに関しては、他の指標を取れば必ずしも停滞していないことはいくつも見えるが、なぜ停滞したように見えたかのメカニズムも現在はある程度明らかにされている。この期間、大気、少なくとも地上気温はあまり温まっていないのだが、海を見ると間違いなく温まっていた。温暖化の熱の90%を海が吸収して海が温まっていた。地上気温を見ると温暖化の停滞期間が存在したのかもしれないが、気候全体を見ると決して温暖化は停滞していない。
 さらに水位はどう変わって来たかというと、20世紀の最初から2010年までの全海洋の水位を平均すると0.19 m上昇したことが分かる。昔は水位の観測データがふんだんにあるわけではない。水位の観測が整備されて詳細なデータが取れるようになった1971年以降に関して言えば、その上昇の半分程度は海水の熱膨張であることが明らかになっている。水位上昇と言うと、例えばグリーンランドの氷が解けて海に流れ込んで水位が上がることが注目されがちだが、実際には水温上昇の直接の原因の半分くらいは熱膨張にあったのである。
 表層海流(風成循環)は風がつくっているので、温暖化によって気候が変化すれば、風が変化し海の循環も変化する。事実、温暖化によって風は変化した。例えば、偏西風が強まった。偏西風は日本付近を流れる海流にとっては非常に重要であるが、偏西風によって黒潮などが強まるということがあっても良いのだが、そこまでのことは起こっていない。
 熱塩循環であれば深層形成という寒い所で冷やされた水が重くなって沈んで熱塩循環をつくっているが、温暖化していくと、十分に冷やされないためにさほど重くない水しかつくれなくなるなど、深層に重い水が溜まっていても熱対流を起こせない状況が起きることが想定される。ただし、温暖化の結果として熱塩循環が弱まったという観測事実までは今のところない。
 海の熱吸収に関しては、気候全体の熱量増加のうち90%は海洋に貯蔵されると述べたが、それがどのように貯蔵されているかを表したのがIPCCの評価報告書から引用した図6である。この図は太平洋の真ん中であるABの線と大西洋の真ん中であるCDの線で大洋を縦に切ったものである。上層1,000 m位を取り出したのが下2つの図である。そこに熱塩循環に相当するものを矢印で示した。海流での熱輸送は高効率である。
 気候の温暖化は基本的には温室効果気体が大気中に放出されて大気を温めるところから始まる。海は受動的である。温まるとすれば基本的には海面から温められる。海面で温められた海水が海全体に及ぶわけだが、その方法としては熱拡散、熱伝導と呼ばれる2つがある。海の深い所まで温まるためには1000年~2000年位必要で、海の熱伝導度は地球のスケールからすれば小さいものである。熱拡散・熱伝導は低効率である。

 

4. 海による二酸化炭素の吸収と酸性化

 産業革命以降、人類が化石燃料等を燃やして余分に大気中に放出した二酸化炭素を人為的二酸化炭素と呼ぶが、そのうちの半分から3分の1位を海洋が吸収していることが様々な解析から明らかになっている。図7はそれを描いたもので、どこでどの程度人為起源の二酸化炭素が吸収されているかを示している。左側が大西洋、右側が太平洋である。但し、両者の図では目盛が異なる。大西洋の目盛は0~2.4で太平洋の目盛0~0.8の3倍である。つまり、大西洋を太平洋の目盛に合わせると、大西洋は真っ赤になる。顕著に二酸化炭素が入る地点は、北大西洋の高緯度にあるグリーランドの南ラブラドル海付近である。この地点で大気中の二酸化炭素は熱塩循環に乗って海に入っていく。熱塩循環の深層水形成の地点と一致するため、二酸化炭素が深層に送られている証拠になる。図3の緑色の矢印の流れに乗って、海の深い所に二酸化炭素がしみ込んでいる。南極の周囲の南大洋のところで1,000 m位の深さに入り込んで行く海の流れに乗って、海面付近で吸収された二酸化炭素が入り込んでいる。熱も同時に入り込んでいる。


 それでは、海が二酸化炭素を吸うというのはどういうことかをメカニズムに遡って説明したい。その前提としてまず、気候を構成する要素の中で、二酸化炭素、そしてそれに繋がる炭素というものがどのように分配されているかを図8に示している。大気、植生・土壌、化石燃料、海洋について、産業革命以前の数値とそれからの変化量を表している。単位はギガトンである。左側の数字が産業革命以前の数値で、右側のプラスやマイナスで書いたのが、産業革命以降、人為起源の二酸化炭素によって変化した量である。例えば、大気であれば、産業革命以前は589であったが、240増加したことを表している。まず見て頂きたいのは、海洋が大気、植生・土壌、化石燃料に比べて圧倒的に大きいということである。大気の60倍、植生・土壌の10倍程度である。二酸化炭素の動向を長期的に考える場合には海洋はどうなっているかというのは非常に重要である。海洋中にある大量の二酸化炭素や炭素のうち大部分は海面付近よりは深層にある。二酸化炭素や炭素の存在している形は、溶存無機炭素の状態か、水と反応してできた炭酸イオンか、重炭酸イオンかのいずれかである。
 人為起源の二酸化炭素の放出は主に化石燃料の放出で、残りの部分は例えば焼畑農業が広がったとか、植生・土壌、化石燃料は炭素の蓄積量が減っているが、減少量の3分の2くらいは大気に付加されて、残りの3分の1ぐらいが海洋に加わっている。


 では海洋はどうやって二酸化炭素を吸うのか。大気中に二酸化炭素が増えれば、海面で二酸化炭素が吸収される。海面で吸収された二酸化炭素の行き場がないと、大気との間ですぐに飽和に達してしまってそれ以上簡単には吸収されなくなってしまう。深海に送り込むようなメカニズムがあるから海が継続して二酸化炭素を吸収してくれる。もう一つ重要なのは、一般的に気体が液体に吸収されるときには、水温が低いほどたくさんの気体が溶けるということである。したがって熱塩循環は、低温の海水が高緯度で深層に沈んでいくことによって、海が二酸化炭素を吸って深層に送るということを効率的に働かせている。深層にまでつながる熱塩循環があることによって高緯度で吸収し、二酸化炭素を海は深層に送り、二酸化炭素を吸収して、温暖化を緩和する働きをしている。
 二酸化炭素の吸収のメカニズムに関して、上記がその半分で、残り半分を生物生態系が担っている。海に栄養塩と呼ばれるリン酸、硝酸、鉄などが十分にあって光が当たれば、植物プランクトンが増殖することができ、光合成によって二酸化炭素を吸収する。吸収された二酸化炭素は生物体になるが、それは他の高次の動物に食べられたりする中で、分泌物が出たり、死骸が出たり、糞が出たりする。そのかなりの部分は光が当たって植物プランクトンが増殖できるところでリサイクルしていくが、一部は深層に海の死骸という形で沈んでいく。マリンスノーというものをイメージして頂ければと思う。それが落ちていく中でバクテリア等によって分解されて、解けた状態の炭素、二酸化炭素、炭酸イオン、重炭酸イオンに戻っていく。マリンスノーが降っていくことによって、深層に高い濃度の二酸化炭素が蓄えられていくというメカニズムが元々海には備わっている。そのメカニズムに乗っかって、海面付近で余分に吸収した二酸化炭素が深層に送られていくメカニズムがある。それゆえ人為起源の二酸化炭素のうち、これまでに2分の1~3分の1の割合で海が吸収していた。IPCCの第5次評価報告書に基づくとだいたい3分の1であるが、第4次評価報告書の頃には2分の1と書かれていた。それは推定方法に誤差があるということを含むが、実際に海は二酸化炭素を吸いにくくなっているのである。
 次に二酸化炭素を海が吸うと炭酸水という酸ができるので、海水が酸性化する。それで産業革命から現在までに海面付近の海のpHが0.1位変化している。

 

5.数値気候モデル(シミュレーション)と温暖化予測

 我々は数値シミュレーションをしながら将来このままいくとどうなるかを予測してきた。我々は数値気候モデルを使って数値シミュレーションをする。それは大気や海洋を、陸域の植生・土壌を含めることもあるが、気候を構成する各要素に対して大気であれば日常天気予報をしているような数値シミュレーションを適用する。主要なものは大気と海洋の数値シミュレーションでそれを結合するが、大気の方を予測するための手段は大気大循環モデルと呼ばれていて、図10に表わした。大気組成・海面水温・入射太陽光を与えて大気の状態をシミュレートする。大気組成に二酸化炭素濃度が含まれる。このシミュレーションで大気中のどこに雲ができるか、どういう風が吹くか、どういう温度になるかということを物理の方程式に基づいてシミュレートできる数値モデルになっている。
 一方、海洋大循環モデルと呼ばれるものは、海上の大気の要素、風、気温、湿度を与えてやれば海の流れ、温度や塩分の状態がシミュレートできるというような数値モデルになっている。この2つを与えてやれば、相互に情報を与えられるので、入射太陽光と大気組成さえ分かればどんな状態でもシミュレートできる。こうしたシミュレーションをするときにはいくつかやり方があるが、一番オーソドックスには計算機上で無限のデータを扱うことはできないので、空間を有限の大きさを持つ”格子”に区切り、各格子点の状態を一定時間間隔ごとに計算する、つまり格子化するということを行う。格子の大きさが現象の表現精度や計算精度に影響を与える。格子が小さくなればなるほど精度が高い。そのためにはより高性能の計算機が求められる。現在、IPCCの第5次評価報告書では、空間の格子の切り方は、大気で通常100 km位であったが、20 km~30 km位が主流となっている。


 シミュレーション手段を用いて将来の予測をするためには、将来的に大気組成の部分がどう変わっていくかということを知らなければいけない。それに関しては、いくつかのシナリオを想定するということをやる。IPCCの第5次評価報告書では主要なシナリオが4つあり、RCP2.6、RCP4.5、RCP6、RCP8.5という名前が付いている。RCP2.6と呼ばれるものは、二酸化炭素に換算した温室効果気体の大気中の濃度が2000年で380 ppmほどであった。それが2100年に行く間にRCP2.6であれば図11の緑色の線であるが、技術の革新なり、政策的な抑制があって、今後の排出を抑えたシナリオになっている。このシナリオは2100年には421 ppmと予想している。一方、RCP8.5(紺色の線)はこの中では一番極端な例で、このまま野放図に化石燃料を消費すれば、2100年頃には約1,000 ppmになると予想している。その間にも2つのシナリオがある。
 こうした気候のシミュレーションモデルを使って、各国が独自に開発した数値モデルを持って予測をする。それを集めてIPCCの評価報告書が出来上がる。図12には集められた50のシミュレーションの平均として、RCP2.6つまり温暖化が抑えられた場合とRCP8.5つまり抑えなかったシナリオでどのような変化が生じるかを表したもので、とりわけ1986年~2005年の20年平均に対して2081年~2100年の20年平均がどれぐらい違うかというものを表している。どちらのシナリオも地球全体で見れば温暖化していくが、二酸化炭素の濃度が高くなると予想するRCP8.5の方が温暖化の度合いが激しい。図12で海と陸を比較すると、海の方が温暖化の度合いは低い。それは海が熱を吸収しているのが原因である。

 あとは緯度方向に見ると、低緯度よりは高緯度の方が温暖化が激しい。特に北極域で激しい。これは氷が解けていくということで劇的にものが変わるということに起因している。温暖化の関心事で大きいものに降水量の変化がある。図13では青色の方が降水量が増加する。赤色になるほど降水量が減ることになっている。熱帯であると降水量が増え、亜熱帯のところは降水量が減る。高緯度は降水量が増える。これは今、雨が多い少ないパターンを描くと、これと同じようなパターンになる。現在雨がたくさん降っている所はより雨が降るようになるし、現在雨が降っていないところはより雨が降らないようになる。こういう所は砂漠化が進んでいく。全地球的に大気を見た時に降水がどこで多く、どこで少ないというのは、大気側の大循環で決まっているが、温暖化というのはその循環を基本的には活発化させる方向に働くと考えられている。温暖化によってそのコントラストがもっと強まるというのが凡その予測である。図をよく見ると、点の網掛けがしてある所と斜線の網掛けがしてある所がある。図12はほぼすべて点の網掛けがしてあって、斜線の網掛けは1か所しかない。それは、約50のシミュレーションがどれくらい同じ方向の予想をしているかということを示したものである。温暖化ではなくて寒冷化するというような予測をしている部分には斜線が引いてある。気温変化の方はそれほど差は出ないが、降水量の変化は斜線がかかっている部分が非常に多いことから分かるように(図13)、シミュレーション結果が一致していない。一致していれば信頼性が高いということではないが、少なくとも一致していないというのは信頼性が低いということである。水の動きはどうなるか、それによって降水がどうなるかは予測が難しい。


 以上、大気側について述べたが、海側が今後どのように変化するかの予測結果をまとめてみたい。水温に関しては、21世紀末までの間に上層1,000 mは、温暖化の激しいシナリオではRCP8.5で2.0℃程度上昇する。2℃は相当大きな上昇である。海に棲む生物は大きな影響を受けるはずである。温暖化を抑えたシナリオのRCP2.6でも0.6℃程度上昇する。
 水位上昇に関しては、今後加速していく。今後温暖化が進めば熱膨張だけでも水位は上昇する。もちろん、南極やグリーンランド氷河もどんどん解けていく。数値としてはあいまいな部分が大きいが、21世紀末までの全海洋平均上昇は、RCP8.5で0.45-0.82 m、RCP2.6で0.26-0.55 mとなっている。
 上記は全海洋の平均であるが、局所的に大きく上昇する地域もあれば下降地域もある。それを示したのが図14である。21世紀末までにどれ位水位が上昇するか。一番大きいところは赤色で示されており、65 cmの上昇が予測されている。南極周辺は紫色となっており、水位の下降が予測されている。日本の南、つまり黒潮が流れるところは、世界でも一番水位上昇が激しくなると予測している。これは風が変化することが影響している。水位上昇の基本的なパターンというものがあって、日本の南の亜熱帯地域は、元々水位が高い所である。日本の北側は水位の低い所である。それらをつくっているのは海の循環であって、海の循環をつくっているのが風である。水位が高い所と低い所の間に偏西風が吹いている。この偏西風が温暖化と共に実際に強まっている。今後さらに強まるだろうということは多くの人が認めている。それによって海の循環も強まる。それに対応するように水位のコントラストもさらに強まっていく。熱膨張、氷河氷床の氷解で水位が全体的に上昇する上に、さらにコントラストが強まる部分が付加される。太平洋の亜熱帯域であれば全海洋の平均に比べて高い水位値を示すし、亜寒帯域では逆に低くなる。南大洋のこの辺りも強い偏西風は元々吹いていて、それによって南極の周囲は元々水位が低いが、偏西風が強くなることによって、今よりもさらに水位が低くなると予測されている。


 海流の変化に関連して、表層海流すなわち風成循環に関して言えば、偏西風と密度成層強化により、特に中緯度で風成循環が強化されることが言われているし、我々のシミュレーション結果でも出ている。図15を見ると、日本の南岸には黒潮と呼ばれる世界有数の強い海流が存在する。日本南岸を離れてさらに東に流れ去ったものは黒潮続流と呼ばれ毎秒1 mを超えるような強い流れとなっている。これが我々の予測シミュレーションでは、20世紀の終わりと21世紀の終わりでは図15の左のように違う。両者の差を拡大したのが図15の右図である。20世紀末に比べて21世紀末は2割3割黒潮が強化されていることが分かる。場所はあまり変わらないが、流れが速くなる。黒潮は元々温かい暖流で、さらに低緯度の温かい水を高緯度に運ぶ役割があるが、その熱輸送も大きくなる。さらに熱を受け取る大気にも影響が及ぶので日本付近の気候や雨の降り方にも当然影響が及ぶ。この近辺の海流の状況は、魚などの水産資源にとって重要で、この近海で卵を産むような生き物にも影響が及びうる。
 熱塩循環に関しては、深層水形成が抑制されることによって弱くなって行くだろうということをほとんどの水中予測シミュレーションでは予測している。但し、その度合いとしては、温暖化が激しいシナリオでも熱塩循環が停止するところまではいかない。これから100年位の間に2割~3割程度減るぐらいであろうと言われている。北大西洋の高緯度地域は南方から運ばれる熱が減っていくので、熱塩循環が弱まると、この地域にとっては温暖化を少し抑制する働きがある。しかし、それは温暖化そのものが、抑制される度合いよりも激しいので、温暖化を逆転させるようなことは決してない。


 気体が水に溶けるには、基本的には水温の低い方が水に溶けやすいので、水温が上がっていくと二酸化炭素を吸収しにくくなる。さらに吸収した二酸化炭素を深層に送り込む熱塩循環が弱まって行くと、海洋の二酸化炭素吸収能力は減少していくと考えられる。また炭酸系の緩衝作用というものが働いて、二酸化炭素を吸いにくくなっているという要因がある。吸収能力は減少するが、それでも吸収はするので、いきなり海から大気に二酸化炭素が放出されるようなことにはならない。大気中にどんどん二酸化炭素が付加されていけばそうなるだろうが、それを抑制すれば逆向きのことが起こるかもしれない。
 21世紀中にどれくらい酸性化が進んでいくかというと、海面付近のpHは0.3~0.5低下するという予測である。一部の海洋生物は深刻な打撃を受けるだろう。図16は海面付近炭酸カルシウム飽和度の変化を示したものであるが、炭酸カルシウムの飽和度は酸性化を語る上で重要な概念である。炭酸カルシウムはカルサイト、アラゴナイト、バテライトの3種の結晶多形がある。左側の図は現在の海が炭酸カルシウムに対してどれだけ飽和しているかを表している。紺色は過飽和の状態である。つまり炭酸カルシウムが海の中に豊富にあるという状態である。海の中にいる生物、特にプランクトンには炭酸カルシウムの殻をもったものがたくさん存在する。そのプランクトンたちは海水の中が炭酸カルシウムについて過飽和な状態でないと殻をつくることは基本的にできない。しかし、海水が二酸化炭素を吸収してpHが下がって行くと未飽和な場所が出てくる。それが温暖化が激しいシナリオRCP8.5で100年後を見ると、高緯度地域と北太平洋の亜寒帯域は生物生産が非常に盛んなところであるが、大きな影響を受けると予測されている。炭酸カルシウムをもったプランクトンが打撃を受けるという一例を表わした実験結果が図17である。写真に写っているのは円石藻という世界中の海に棲んでいる主要な植物プランクトンの1つであるが、このプランクトンは自分の身の回りに炭酸カルシウムの殻をもっている。円石藻は一枚一枚の円盤が個体でそれが群衆して球形を成して生息している。図の中の短い線は1μmで目に見えない。円石藻を実験室で培養する際に培養の仕方を2通り設けた。1つは、水槽に接している空気の二酸化炭素濃度を300 ppmという現在より少し低いくらいの空気と接した海水中で培養したもの(図17上)、もう1つは、二酸化炭素濃度800 ppmの空気と接した海水中で培養したものである(図17下)。図17の上図は基本的には変化はなく健康な状態であるが、下図は炭酸カルシウムの殻がぼやっとしてきている。つまり炭酸カルシウムが溶けてしまっているということである。要するに、大気中の二酸化炭素濃度が800 ppmほどになると生物は影響を受けるということである。

 

6. 将来的な海洋の変化の見通し(まとめ)

 終わりに、このまま温暖化が進むと海がどのように変化するのかを見ていきたい。
 海洋循環に関しては、風が変化しても即座に海は応答しないが、風が変化して海が応答しきるまでに表層循環であれば10年位かかる。風の変化に追随する形で表層循環は変化する。したがって、温暖化による風系変化に対して、表層海流(風成循環)の変化が見え始めるであろう。一方、深層海流(熱塩循環)に関しては、深層形成が停止しても、タイムラグがあるため、深層循環が止まるということはありえない。数十年から数千年という年月をかけて変化していくので、応答としては遅い。但し、応答が遅い分、二酸化炭素の排出を抑制して温暖化の原因を取り除いても影響が長く残る。そういう意味で長期的な気候変化や物質循環に今後大きな影響が及ぶと考えられる。
 気候温暖化に伴って海洋がどう変化するかについて述べたい。まず水温が上昇する。それに伴って水位が上昇する。さらに深層海流が減衰する。また、風系変化に伴って表層海流や水位上昇パターンが変化して、水位上昇の激しい所が出てくる。水温上昇と深層海流の減衰によって二酸化炭素の吸収能力が減少していく。減少するとはいっても全くなくなることはなく、吸収し続けていく。二酸化炭素を吸収することによって海が酸性化することで生態系に影響を及ぼすことになる。
 これまで二酸化炭素に起因する海洋の変化とそれによる気候への影響について述べてきた。人間の活動が環境を大々的に変えるのは二酸化炭素を媒介としてだけではなく、他の物質を媒介としても起こっている(図18)。まず炭素は生物を構成する主要な元素であり、それ以外にも窒素やリンやケイ素が海洋環境に影響を与える。太平洋にはケイ素が非常に多い。人為的な海洋環境の改編という点に関しては、二酸化炭素によるものだけではなく、窒素、リン、ケイ素の影響評価も必要である。窒素に関して言えば、大気中にも窒素があって、大気中から気体の形で海に入り、窒素固定細菌などによって硝酸になり、硝酸やアンモニアの形になれば、生物は使うことができる。元々自然なサイクルがあるわけであるが、それに対して人間側も約100年前に工業的に窒素を固定してアンモニアをつくるという方法を開発して、今や自然による海だけではなく陸上の豆類なども窒素を固定するが、自然界の生物が固定する窒素固定量よりも人間が工業的に行う窒素固定量の方が多くなってしまっている。それは基本的には化学合成肥料であるが、陸上に撒かれた分の相当量が海に流れている。日本でもそれが原因で富栄養化が問題になったことがある。人間が自然界の能力を超えて固定した分の窒素が海を通してどう環境を変えていくかというのが一つの大きな課題として問題とされている。
 リンも生物体を構成するが、リンと窒素で決定的に異なるのは、窒素は空気中に存在するが、リンは空気中にないということである。しかし、リンを撒かなければ農業生産の拡大はできない。リンは基本的にはリン鉱石という鉱物として採掘したものであるが、リン鉱石が分布している所が地球上では限られていて、資源が枯渇していくということが10年位前に言われて問題になったことがある。現在は比較的容易にリン鉱石が採掘できるようになったので、リンが枯渇するということは緊急の課題として取り上げられなくなった。リン資源が無くなった時の代替物は、今まで十分に使用されていないもの、例えば下水に入っているものなどを回収するのが現実的である。生物の骨はリン酸カルシウムでできている。そのリンを海の生物から採ってくるというアイデアもある。魚を肥料として撒くとリンの循環という意味で環境を大きく変えてしまう。我々はそういう課題も今後グローバル化に付随した課題として扱わなければいけない。

(本稿は、2019年9月20日に開催した研究会における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
羽角 博康 東京大学大気海洋研究所教授
著者プロフィール
1970年名古屋生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星物理学専攻修士課程(気候システム研究センター所属)修了、東京大学理学系研究科地球惑星物理学専攻博士課程(気候システム研究センター所属)修了。理学博士。その後、日本学術振興会特別研究員(PD) (東京大学気候システム研究センター所属)、東京大学気候システム研究センター助手、東京大学気候システム研究センター助教授、東京大学大気海洋研究所准教授を経て、2013年より現職。主な研究分野は、海洋物理学 (海洋大循環のモデリング)、気候力学 (気候の定常状態形成と大規模変動の物理)。

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