ユネスコ海洋リテラシー教育における日本の果たすべき役割

ユネスコ海洋リテラシー教育における日本の果たすべき役割

2020年12月3日
はじめに

 水が7割の表面を覆う地球環境に、大きな変化が起きている。2019年、IPCCは「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書」1)をまとめた。最近の数十年にわたる地球温暖化の影響で、氷床、氷河の質量が大幅に減少し、2300年には海面が最大5.4m上昇するだけでなく、100年に一度起きるような海面水位の極端現象が、熱帯においては2050年までに頻繁に(多くの場所において1年に1回以上)起こると予測している。このままで推移すれば、世界中の大都市が海抜の低い沿岸域に分布していることから、多くの人々は近い将来移転を余儀なくされるであろう。
 このような状況を改善するためには、世界中の人々が海洋と人類との関わり合いの理解すなわち海洋リテラシーの認識を深め、共に行動することが求められる。

海洋リテラシーの定義と歴史的展開

 海洋リテラシーとは、「海が人類に与える影響と人類が海に与える影響を理解すること」と定義され、海洋リテラシー教育は、人類にとっての海の重要性を理解し、海について伝えることができ、海とその資源に関して情報に基づいた責任ある決定を下すことができる一般市民の育成を目指すものである2)。海洋リテラシーは、7つの基本原則と45の基本概念を備え、2004年に開始された海洋リテラシーキャンペーンの一環として米国で公開された。このキャンペーンは、カレッジオブエクスポラレーション、アメリカ海洋大気庁、NMEA(アメリカ海洋教育学会)などに所属する海洋研究者、海洋教育者が、海洋の重要性に対する一般市民の認識の欠如、米国の科学カリキュラムに海洋のトピックがないことへの懸念から、海洋リテラシーを持った人材育成を目指し作成された3)
 2014年、名古屋で行われた世界ESD会議において、UNESCOのIOC(Intergovernmental Oceanographic Commission: 政府間海洋科学委員会)が主催した会議では、「グローバルかつローカルな課題解決をはかるためにどのような海洋教育を行うべきか」が議論され海洋リテラシー教育の具体的事例が紹介された4)
 2015年、ヨーロッパでは、アメリカで作成された海洋リテラシーを基にSea Changeプロジェクトが開始された。Sea Changeプロジェクトは、EUの資金提供を受け、欧州市民が海洋リテラシーの認識を高め、海洋に対して責任ある行動を取ることで、健全な海洋環境や地域社会そして地球環境の改善を目指すものである5)
 2015年、アジアでは、日本、台湾、中国、バングラデシュの大学機関等に所属する研究者・教育者が海洋リテラシー教育の推進を目指しアジア海洋教育学会設立のためのワークショップを開催した6)

国連SDGsと海洋リテラシー

 2017年7月、国連本部にて、「国際海洋会議」が開催された。これを受け、2017年12月5日、SDGs14「海の豊かさを守ろう」を目指し、新たに国連「持続可能な海洋科学の10年」を立ち上げると発表した。さらに同日、ユネスコのヴェネツィア支部でユネスコ-IOC(政府間海洋学委員会)主催「海洋リテラシー国際会議」が開催され、当会議において、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向け「海洋リテラシー」を基軸としたグローバルな海洋教育の推進のための協働活動「海洋リテラシー教育」を2021-2030年に取り組むことが確認された7)。この日に合わせ、IOCユネスコは、グローバルな海洋リテラシー教育を推進するためのガイドブック「海洋リテラシーツールキット」を開発し、全世界での普及・教育を目指すと発表した。このガイドブックには、東京海洋大学の「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」8)が、先進事例として紹介された9)
 2020年6月8日、ユネスコ海洋リテラシーバーチャルサミットがオンラインで開催され、ユネスコ海洋リテラシー教育による地球課題解決のためのネットワーク構築が全世界に呼びかけられた。ユネスコが提唱する海洋リテラシー教育によって、海洋科学のみならず様々な地域、国々の文化、歴史をつなげるプラットフォームが提供されることになった10)

東アジア各国の海洋教育政策

 近年、東アジア各国では、初等中等教育における海洋教育政策に力が注がれている。中国では、次の3つの課題を掲げ海洋強国を目指している。1つは、海洋権益の確保、2つ目は、海洋産業の維持発展のための人材育成、3つ目は、海洋環境問題の改善である。経済発展に伴い、沿岸域では富栄養化の問題が多発し水質悪化が著しく、海洋環境の改善が急務である。こうした中で,青島市では中国海洋大学が中心となり市内の全小学校、中学校,高等学校で海洋教育が行われ、また中国100箇所に海洋教育センターが設置されるなど海洋教育に力を注いでいる11)。今後も、中国における海洋教育は重要性を高めていくものと考えられる12)
 台湾では、2008年に小中学校海洋教育課程綱要が発効され、教育カリキュラムに海洋教育が導入され、すべての小中学生は海洋教育を実施することとなった。さらに、22市に海洋資源教育センターを設置し、全小中高生の海洋教育の推進を後押しするとともに、台湾海洋大学と台湾海洋科技博物館が主宰し、全国の海洋教育の教師トレーニングを実施するなど統括した教育管理体制を整えている13)。近年の国際調査で、台湾高校生の海洋リテラシーは上位に位置している14)
 韓国では、2017年4月に国家レベルの体系的な海洋教育を実施するため、5カ年計画の海洋教育ロードマップを発表し、「未来資源の宝庫であり、次世代の食料である海洋に対する教育は先進海洋強国へ跳躍するための必須要件である」という考えから、体系的な海洋教育を実施するための法整備をはじめ、「国立海洋科学教育館」などの専門機関の設立に力を注いでおり、国家プロジェクトとしての海洋教育が行われている15,16)。また、韓国シーグラントは、全国に韓国シーグラント大学ネットワークを有し、自治体と連携を図りながら海洋研究、アウトリーチ、教育活動に力を注いでいる17)
 日本での海洋教育の公共政策としては、水産教育がある。水産教育は、全国に46校ある水産・海洋系高等学校において行われているが、高等学校の0.3%であり、普通教育、義務教育における教育課程には存在していない。また、学習指導要領の記述を見ると、1998年発行の小学校学習指導要領における「海」の記載はゼロであり、2008年で1か所、2007年で3か所である。2007年に公布された海洋基本法第28条には国民の海洋理解促進が記載されているものの、十分な公共政策が行われているとは言い難い。

公共政策としての海洋リテラシー教育を

 以上のように、東アジア4ヶ国の海洋教育の公共政策を見ると、明らかに日本は東アジアの国々の中で、後塵を拝していると言わざるを得ない。
 ただ、海洋リテラシー教育としては、2007年、世界に先駆け東京海洋大学において水圏環境リテラシー教育推進プログラムが設置され14年にわたって人材育成が行われている。同時に、各地でNPO、学校等による地域協働の海洋教育が内発的・自発的に行われ、それらの個別の活動内容は,海洋教育者間で世界的に評価されている。しかしながら、公共政策としての海洋リテラシー教育は十分とは言い難い。
 南アフリカのTWO OCEANS 水族館の教育部長であるラッセル・スティーブンス氏とサミット後今後の協力について話し合ったが、アフリカ圏では海洋リテラシー教育のみならず、一般教育におけるリテラシーも十分ではない状態だという。このような例は、一地域だけではないだろう。世界の海洋が危機的な状況にある中で、海洋リテラシー教育の先進事例として紹介されている我が国の取り組みは、国際的なネットワークの下で海洋リテラシー教育を先導する役割が期待されている。我が国が,海洋リテラシー教育を公共政策として実施することで、ユネスコの海洋リテラシー教育の模範となり、「持続可能な海洋科学の10年」、「 SDGs14」の目標達成に大きく貢献するものと考える。

 

1) 榎本浩之.「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書」を読み解く
https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/202001/349001.html

2) College of Exploration (2013). Ocean Literacy, The Essential Principles and Fundamental Concepts of Ocean Sciences for Learners of All Ages
https://www.coexploration.org/oceanliteracy/documents/OceanLitChart.pdf

3) Cava, F., Schoedinger, S., Strang, C. and Tuddenham, P. (2005). Science content and standards for ocean literacy: A report on ocean literacy.
http://coexploration.org/oceanliteracy/documents/OLit2004-05_Final_Report.pdf

4) UNESCO世界ESD会議に出席
https://blog.goo.ne.jp/hypom/e/ab262b42fff1ea4dbe8fa2a7eaaec758

5) Sea Change Project
https://www.seachangeproject.eu/

6) Asia Marine Educators Association
https://www.facebook.com/groups/AMEA2015/

7) IOC UNESCO
https://oceanconference.un.org/commitments/?id=15187

8) 佐々木剛(2017), 水圏環境リテラシー教育推進プログラムの成果と課題 (シンポジウム 沿岸の水産・海洋学に関わる大学教育の在り方), 沿岸海洋研究,55(1) 23-32.
https://researchmap.jp/t-sasaki385/published_papers/8475040

9) IOC UNESCO
http://unesdoc.unesco.org/images/0026/002607/260721E.pdf 

10) Virtual Ocean Literacy Summit on 8 June 2020
https://education.ocean.org/olsummit

11) 馬勇(2019). 中国の海洋教育について,アジア海洋教育学会講演会.岩手県宮古市

12) 全国人大代表周洪宇:整合海洋教育源,形成形成“拳力量”
https://mp.weixin.qq.com/s/Z-of3XAbQF9KO-AVuPkzAA

13) 韓 力群,佐々木 剛(2011).東アジアにおける海洋教育:台湾の地域連携教育を中心にして, 水圏環境教育研究誌,4(1),1-37.

14) Fauville, G., Strang, C., Cannady, M. A., & Chen, Y.-F. (2019). Development of the International Ocean Literacy Survey: measuring knowledge across the world. Environmental Education Research, 25(2), 238–263.

15) 田中智志(2020). 温暖化に挑む海洋教育—呼応的かつ活動的に, 258p, 東進堂.

16) 国立海洋科学教育館
https://www.ilovesea.or.kr/eduGarden/eduTemplet.do?menuCode=010308

17) 自然の恵みと災害(NCP)に向き合って生きていくために
https://blog.goo.ne.jp/hypom/e/f15b7d841d181b7750214e380baa0090

(2020年11月15日 URL参照)

政策オピニオン
佐々木 剛 東京海洋大学水圏環境教育学研究室 教授
著者プロフィール
1966年生まれ。東京海洋大学海洋科学部海洋政策文化学科教授。専門分野:水圏環境教育学、水産教育学、水圏環境リテラシープログラム。1990年東京水産大学水産学部水産養殖学科卒。1990年~2006年岩手県立宮古水産高等学校教諭。その間1997年上越教育大学大学院修士課程、2004年東京水産大学水産学研究科博士後期課程修了。2008年カルフォルニア大学バークレー校訪問研究員。2006 年4月准教授、2018年4月より現職。博士(水産学)。著書に、『日本の海洋資源』(祥伝社)、『水圏環境教育の理論と実践』(成山堂書店)(単著)、『魚類環境生態学入門』(東海大学出版会)、『水族館の仕事』(東海大学出版会)、『里海探偵団が行く!』(農文協)、『写真で見る自然環境再生』(オーム社)(以上共著)他。岩手県大槌町、宮古市での東日本大震災における復興支援の教育活動が認められ、2013年アメリカ海洋教育学会会長賞、2016 ジャパンレジリエンスアワード金賞受賞、2017年ユネスコIOCオーシャンリテラシーツールキットに掲載された。
地球温暖化で、海面水位の極端現象が起きつつある。状況の改善には、人々が海洋と人類との関わり合いの理解すなわち海洋リテラシーの認識を深め、共に行動する必要がある。

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