政策オピニオン

2018年1月25日

土壌微生物を利用した緑地回復と環境保護

山口大学名誉教授、多機能フィルター株式会社代表取締役社長 丸本卓哉
1942年福岡県生まれ。九州大学農学部卒業、同大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。山口大学で助手、同助教授、教授を務めた後、理事、副学長、学長(2006年~13年)などを歴任。日本農学賞、読売農学賞、日本土壌肥料学会学会賞などを受賞。現在、山口大学名誉教授、多機能フィルター株式会社代表取締役社長、京都大学監事。専門は土壌微生物学、肥科学。共著書に『土のバイオテクノロジー』『持続的農業を目指した土つくり』『土壌のバイオマス』など。

1.はじめに

 植物にとって、窒素・リン酸・カリの3つが重要な要素と言われているが、戦後日本では、農家に化学肥料をふんだんに使用する力がない時代があった。そのような時代においては、もともと土が持つ生産力、いわゆる「地力」を向上させることによって化学肥料への依存を少なくする方法が研究された。地力を最大限活用して行う農業は、最近では「持続可能な農業」として高い評価を受けている。また、有機農法では植物が窒素を含む栄養素と光のエネルギーを用いて炭水化物を生成し体内でエネルギーとして活用するが、その窒素の供給源は主に微生物の作用によって土壌中に放出されるが、微生物の体(菌体)自体も主要な供給源である。微生物は土壌中で窒素を循環させる重要な役割を担っている。
 20世紀に入り、農家などで大量の化学肥料を使用するようになり、作物生産量は大きく増加したが、その一方で土壌汚染の問題が出てきた。また作物に病気が流行したため、農薬を相当量撒かなければならなくなった。その結果、化学肥料や農薬で植物が汚染されることになった。
 そのような事態を受けて、政府・農協・農家等が化学肥料の使用量をなるべく減らし、自然に安心・安全な食料を作ろうという動きが出てきたが、まだ100パーセント理想的な農業の形態にはなっていない。化学肥料の使用を中止すれば作物生産量が一気に減少してしまうし、有機農法だけで作物生産量を安定的に確保するには10年あるいは20年にわたる取り組みが必要である。また、最近の農家は牛や馬も飼っておらず、堆肥そのものが非常に手に入りにくい状況にある。少しずつ良い方向に向ってはいるものの、これらの状況を踏まえた対策が必要である。
 本稿では、土壌微生物が緑地回復と環境保護に果たす重要な役割について、実例を示しながら述べてみたい。

1. 環境破壊の原因

 環境破壊の原因には、自然災害と人間活動の二つがある。自然災害としては、近年、火山活動、地震、台風、集中豪雨、竜巻等による甚大な被害が多数報告されている。その中でも集中豪雨は最近になって世界各地で頻発しており、大雨による河川の氾濫、冠水・浸水のニュースは数え切れない。一月分の雨が一日で降るという現象は従来は見られなかった。その原因は地球温暖化にあると考えられている。

 人間活動による環境破壊も深刻だが、主なものは次の6つである。

①開発による森林伐採
 世界では20世紀に凄まじい勢いで森林が伐採され、それは今も継続している。ブラジルでは広大な原野を切り開いて牧場や畑が作られ、酪農や作物の栽培が行われている。森林には炭酸ガスを固定して濃度を上げないようにするシステムがあるが、そのシステムが広大な面積で壊れてしまうと地球上の炭酸ガス濃度が上昇する。切り崩されている森林の面積は膨大である。この趨勢はもはや止めようがないが、森林を開発しているのは現地のブラジル人だけでない。ヨーロッパやアメリカの投資家が牧場を開拓するために何万ヘクタールという森林を伐採してしまう。伐採した木は放置され、自然に腐敗させられてきた。

②建設や大規模農業による自然破壊
 日本でも一等地の田んぼや畑が次々に開発され建物が建設されている。土は全て建物の下に埋まってしまい、土の有用性が活かされていない。温帯地帯で1mmの表土ができるのに50年位かかるので、1m³の畑の土ができるには途方もない年数がかかる。
 大規模農業も自然破壊の一つである。たとえば、アメリカのプレーリー地帯には広大な面積の畑が広がり、農業が営まれている。作物が十分に獲れなくなると、農業従事者はその土地を捨てて別の場所に行って農業を行う。大量の化学肥料と農薬を使用するため、塩類濃度が高まって作物ができなくなるからだ。
 また水が少ない所は井戸を掘って灌水するため、地下水位が徐々に下がる。毎年50cmから1m水位が下がるといずれ地下水は枯渇してしまう。カリフォルニアでは水資源濫用による水不足が深刻だ。以前はシエラネバダ山脈の雪解け水を使用していたが、それも段々と枯渇してきた。あれほど広大な土地で田んぼや畑をやると途方もない量の水が使われ、結局は住民が飲む水まで枯渇する恐れがある。農業用に大量の水を使用する農業従事者に対しては、水資源の利用権に税金をかけることなども検討すべきであろう。

③廃棄物による土・水・大気の汚染
 20世紀には世界中で廃棄物による土・水・大気の汚染が盛んに起きた。

④有害物質による食物汚染
 有害物質が食べ物にも影響するようになった。レイチェル・カーソンというアメリカの作家が『沈黙の春』で述べたように、汚染の循環によって有害物質は食べ物に入り、最終的には人間の口に入る。最近は食品衛生法に基づく食品等の検査が厳格に実施されており、有害物質が食品ひいては人の口に入る例は少なくなっているが、依然深刻な問題であることは間違いない。

⑤燃焼によるCO₂濃度の上昇
 燃焼によるCO₂濃度上昇の問題もある。石炭、ガス、石油の燃焼、自動車の排気ガス等々が炭酸ガス濃度を押し上げている。

⑥戦争による自然破壊
 戦争も自然破壊のひとつである。中東などでは今もなお多くの戦争が行われ、それによる環境破壊は言葉では表現できないほどの状況である。しかも多くの人々が命を落としている。

2. 環境破壊の悪循環

 人類による環境破壊は悪循環を引き起こしている。人間活動によってCO₂濃度上昇、オゾン層の破壊、大気・海洋汚染が起こり、それが気温上昇、地球温暖化、南極・北極の氷解、砂漠化を進行させている。
 森林も重要であるが、海が決定的なダメージを被ると人間は生きていくことができない。また南極・北極では相当な勢いで氷が解けている。カナダでは、地球温暖化の影響で年々氷河が後方に下がっている。砂漠化の問題も深刻である。中国では北京の北70kmの所まで砂漠化が進んでいる。このままの勢いで砂漠化が進めば、人類は22世紀にかけて存亡の危機に直面する。自然災害が多発し、環境はさらに悪化する。地球は人類や生物が棲めない環境になってしまうかもしれない。世界中が一体となって問題への対策を打たなければならないが、残念ながら未だその段階には至っていない。

3. 地球温暖化防止の戦略

CO₂の排出抑制
 地球温暖化を防止するにはどうしたらよいか。ひとつには、炭酸ガスを可能な限り排出しないことである。そのために1997年に京都議定書が採択され、2015年にパリ協定が採択された。しかし実行は思うように進んでいない。日本でも一時炭酸ガスが減少するかと思われたが、実際には減少していない。他国から排出権を購入して帳尻を合わせているにすぎない。政治家は10年で25パーセント削減すると宣言したが、実行が甘いようだ。ただし、仮に自動車がすべて電気自動車になれば、大幅な炭酸ガスの削減につながるだろう。先進国が電気自動車の普及に動き出したことは、地球温暖化防止には非常に良いことである。

CO₂の樹木への固定と利用
 また農業の専門家の間では、炭酸ガスを樹木に固定するという考え方がある。その意味で森林を管理することはきわめて重要だが、現在の日本の森林管理は目を覆いたくなる状況である。林業関係者や地域住民が努力していることは承知しているが、国を挙げて本格的な取り組みをしなければ森林の再生・維持は不可能である。
 そして森林における生態系の活用と回復によって生物の多様性を維持しなければならない。最近、鹿やイノシシが増え過ぎて甚大な被害を及ぼしているが、捕獲して食用にすることもできないので、今のところ駆除するしか解決方法はない。
 土壌資源の保全(土壌の侵食防止)も真剣に考えるべき課題である。土は海と同様、人類の宝であるが、人は平気で土を駄目にしてしまう。後で気付いて何とかしようとしても、その時にはすでに手遅れである。
 さらに、物質循環を促進することが肝要である。大気と水と土は循環するので毒にならないが、循環が滞ると毒になる。空気中の炭酸ガスの量が一定量を超えると人は生存できない。また空気中に含まれる気体の中で一番多いのは窒素である。地球の土壌全体にも窒素が多く含まれており、割合としては空気中より多い。大気と水と土がうまく循環しなくなると、我々人間は困ることになる。
 以上のような点を踏まえ、地球温暖化を防止するには、環境改善、環境教育・啓蒙を積極的に実施して、一般の方にも自然環境の重要性をしっかり知ってもらうしか方法はない。

4. 緑化の意義

 緑あるいは樹木を増やすということは、時間はかかるが炭酸ガス濃度を下げるためには大変効率の良い方法である。植物や樹木を育成していくことは炭酸ガスの固定に繋がる。しかしそのためには、植物や樹木が生える基盤としての土が必要である。ところが、多くの場所で大量の土が大雨で流されている実態がある。つい最近では九州中央部で大規模な山崩れが発生し、膨大な量の森林が流され、大勢の方が犠牲となった。
 緑化にはまず表土を保全しなければならない。残念ながら我々は災害が起こって初めてこのことに気付く。前述のように、表土1 mmできるのに温帯で50年かかる。岩石が単に風化し粒が小さくなっただけでは砂にはなっても土になることはない。海岸の砂は握っても団子にはならないが、畑の土は少し湿らせて握ると団子になる。土は、動植物や微生物の営みがあって初めてできるものなのである。

5. 植生における土の重要性

 草や樹木に生える根からは様々な有機物が分泌され、それを餌にする微生物が周囲に集まる。葉が枯れて地面に落ちると、小動物により細かく分解され、続いて微生物が有機物を分解し、一部は腐食として土の中に集積する。水や空気に落ち葉や動物の糞などの有機物、さらには粘土鉱物と土壌生物や微生物が混ざり合い、図2のような団粒構造ができる。団粒には隙間ができるので、その隙間に草や樹木の根が入り込んで根が発達し、生物にとっての良き棲み家となる。しかし、農薬を撒くなどして土を固くしてしまうと団粒構造が失われ、微生物が棲めなくなり作物が良く育たない。図2に描かれたキノコを外生菌根菌と言うが、外生菌根菌は菌糸を伸ばして樹木の根と共生する。また外生菌根菌の長い菌糸は、立体的なネット状に広がり土中の薄い養分を吸って植物に与える。一方植物からは生存に必要な炭水化物をもらうという共生関係がある。

6. 環境保全における微生物の役割

 外生菌根菌には何千という種類があり、それらが樹木と共生することによって森林になる。1 gの土は人の小指の先ぐらいだが、その中にいる微生物の数は原生動物103~104、藻類103~105、糸状菌103~105、放射菌105~107、細菌107~1011位である。つまり細菌なら100億位いるということだ。したがって1 m³の土の中には途方もない数の微生物がいることになる。微生物は目に見えないが、動植物の遺体の分解や腐食生成の働きを担う。土中で主要な物質循環の役割を果たしている。
 さらに面積を広げて、10 a(一反)の畑に生息する微生物の量を重さで計算すると、微生物全体で700kg、土壌動物は35kg、細菌は140~175kg、カビは490~525kgである。カビの菌糸を繋いでいくと月と地球を85回往復する長さになる。微生物が担う物質循環の最たる役割が働かなくなれば、一定の物質が循環されずに田畑に滞留してしまい、悪影響をもたらすことになる。
 前述のように、植物の根と菌類とが作る共生体を菌根と呼び、菌根を作って植物と共生する菌類のことを菌根菌と呼ぶ。菌根菌には多くの種類があるが、大きく外生菌根菌と内生菌根菌に分かれる。内生菌根菌の中には、VA菌根菌(AM菌)というものがある。外生菌根菌の大多数は、マツタケやキノコの類である。マツタケは担子菌類で菌糸をずっと伸ばしていく。ところがマツタケは宿主特異性があり、アカマツの根にしか生育しないので、マツタケの人工栽培はこれまで不可能とされてきた。マツタケを除いた他のキノコは、我々も緑化に使用するためこれまでに数種培養した。
 内生菌根菌は菌糸が根の細胞壁の内部まで入り込むのに対して、外生菌根菌は菌糸が根の細胞壁の内側に侵入しない。図3の一番下の絵は内生菌根菌であるが、細胞の中に樹枝状体あるいは嚢状体という袋を作り、その袋を通して植物と養分のやり取りをする。

7. 菌根菌と植物の共生関係

 図4は、小さな芽が些かに出たばかりの松幼苗の外生菌根菌感染の様子である。茶色に見えるのが松の根で、白く見えるのが感染した菌根菌の菌糸である。これほど小さなマツでも、菌糸を含めると根の範囲が立体的に大きく広がっているのが分かる。マツの根の長さを1とすると、菌根菌の菌糸の長さは10万倍位になると言われている。したがって、降雨により多少表土が流出しても流されることはない。しかしもし菌根菌がなければ、松の芽が出ても大きく生育する間もなく、大雨による表土流出で一気に流されてしまうことになる。


 滋賀県大津市南部に田上山(たなかみやま)という標高400m~600mの山々があり、奈良時代には、ヒノキの大木が鬱蒼と茂っていたが、都や寺院の建立のため、また火災で焼失した後の京都再建のために乱伐され、はげ山化が進んだ。明治になってオランダ人技師ヨハネス・デリーケの指導による砂防ダムの設置や植林などによる治山・治水工事が進められ次第に緑が回復したが、田上山は真砂土のため毎年のように土砂崩れが起きていた。そこで、我々の技術で緑化の試験体験を実施したところ、真砂土でも土壌流出を止め、植生が可能であることが確認できた。


 図5の赤く見える部分はリン酸で、ここに脂質が溜まっていく。最近の研究で菌根菌はリン酸の少ない所でもリン酸を摂取し、それを植物に供給する働きがあることが明らかになった。環境修復や緑化の要請がある場所は、比較的肥料が少なく、土壌の質が良好ではない。そのような土壌で短期間のうちに確実に植生を定着させていくためには、菌根菌を使用することが非常に有効な手法となる。


 図6は、アカマツの根にPt(学名はPisolithus tinctorius. 和名ではコツブタケ)という外生菌根菌が感染した様子を表している。白い部分は外生菌根菌の菌糸で、感染するとコブのように見える芽が出てくる。菌根菌の大量培養ができれば容易に緑化に利用できるのだが、キノコと同様、培養が非常に困難な点が障害となっている。
 現在、幾つかの企業が内生菌根菌を栽培して販売しているが、その手法はススキのように根の多い植物に感染させて増殖するというものである。根も土も一緒に感染源にして使用する。他に胞子を採取して感染源にすることもできる。手間がかかる分、価格も高くなるため農業用には不向きであるが、緑化に使えばビジネスになると考えて開発を始めた。しかし、まずは菌根菌がどの程度植物や木の生育に役立つのかを調査する必要があった。調査の結果、以下の点が明らかになった。
 まず、養分の取り込みが増加する。それによって植生定着にかかる時間が短縮され、植物の生育が促進される。
 次に、植物の耐乾性や耐塩性が高まることが分かった。海岸近くや岩場しかない小さな島でもマツが大きく生育することがその良い例である。厳しい環境で植物が大きく育つというのは、菌根菌が感染しているからである。菌根菌がマツに感染すると、根の中にコブができる。コブ内の塩類濃度は他の樹木部分より高い。そこに塩分が溜められて塩害が起こるのを防ぎ養分を供給する。
 さらには、植物の病虫害に対する抵抗性が増加することも分かってきた。マツ枯病に耐性の新種を開発することも重要であるが、菌根菌に感染させれば病気にかかりにくくなることも重要である。図6の写真のように、菌根菌の菌糸が細胞の中の間隙を塞ぐため病原菌が入りにくくなるのである。以前、マツに菌根菌を感染させて病虫害に対する抵抗性について調査した際、病虫害に対する抵抗性が増加することが確認された。自然界では微生物と生物が互いに助け合いながら共存している。我々人間も人間だけで生命を維持しているのではない。人間の腸の中には5~10億近い大腸菌がいるからこそ、食物を分解することができ、吸収もうまくできる。抗生物質を呑む時は必ず整腸剤を一緒に呑むはずである。人間の生活も微生物の協力があって初めて成り立つ。
 また、効率的かつ長期間安定して養分を循環できるという効果が挙げられる。この菌は人工培養できないが、それは自然界では非常に弱い菌だからである。土の中に入れると他の菌にやられてしまう。ところが植物に感染すると一転、強くなりやられなくなる。
 菌糸を伸ばすため根域土壌の安定化による土壌侵食防止に大きな貢献をすることがよくあるが、松の木があるとそこから10 m位離れた所にキノコが生えていることも頻繁に見られる。キノコの根を掘り出すと松の木に感染していることが分かる。マツタケ狩りに行くと、マツが生えている場所から相当離れたところにマツタケが生えていることもある。それはマツタケが地中ではマツに感染しているために見られる現象なのである。

8. 新しい土壌侵食防止・緑化資材の開発

多機能フィルター
 我々は30年ほど前から菌根菌を組み込んだ土壌侵食防止・緑化資材の開発に取り組み始め、完成したのが「多機能フィルター」という製品である。この製品には多くの機能が含まれていることから、製品名を「多機能フィルター」とした。また会社設立に際し、社名も「多機能フィルター株式会社」とした。
 多機能フィルターの開発には約7年を要した。シートには繊維を織らずに絡み合わせた不織布を使用している。織った繊維は衣類には適するが、空隙がなく植物が貫通しない。多機能フィルターは小さな繊維を接合させている。厚みは、5 mmから40 mmと薄い。このシートに菌根菌、土壌改良資材、肥料、植物種子等を組み込み、緑化被覆資材として完成した。多機能フィルターの基本構造は図7のように、保護ネット、ウェブ(ポリエステル)、菌根菌、植生材、基布から成る。長さは50mで、種子のあるものとないものの二種類がある。山中では種子が周辺部から飛来してくるので、必ずしも種子が入っていなくても緑化が可能だからである。
 この不織布シートを土の表面に貼ると、一度雨が降ればしっかり付着して固定する。空隙が多いので、降雨時に水はシート内を流れ、土の表面を流れることはない。以前、茨城県つくば市にある防災科学技術研究所で多機能フィルターを張った土壌での降雨を想定し、雨の量とそれによる土壌流出の有無を調べる実験を行ったことがある。斜面長20 mで1時間あたり100 mmの雨を降らせても、土壌流出は全く見られなかった。

緑化バッグ
 次に完成した製品が「緑化バッグ」である。災害地や足場の悪い急斜面などシート敷設作業が困難な場合に使用する製品として開発した。これも被覆シートには不織布を使用している。30 cm×30 cmほどの大きさの袋の中に培地、種子、肥料、菌根菌等が充填されている。素材としては、ポリエステルを使用したものの他、より環境にやさしい分解性ポリエチレンやヤシネットを使用したものもある。この緑化バッグの被服シートは半年ほど経過すると破れ始め、10年ほど経過すると無くなってしまう。この製品が環境を汚染するか否かについては、環境省とも様々な意見交換をした上で実験も行い、全く問題ないことが実証された。


 次に、裸地法面に多機能フィルターを張った場合の多機能性について述べたい。まず、斜面に多機能フィルターを貼ると、図9のようにしっかりと土に固着する。そして降雨時の雨水は最初土に浸透するが、ウェブ中を流れるので、それ以降は一切土の表面を動かすことはない。3年、5年、10年と時間が経過してもその状態は維持される。冬の寒冷期には保温効果を発揮する。乾燥を防ぐ工夫も施されている。保護ネットと基布に挟まれたウェブは繊維状で中空にしてあるので、通水性と通気性に優れている。水はけが良いだけでなく水もちも良い。たとえば夜露が降った場合は、水を捕まえてある程度保水性を保持する。通常、降雨時には雨滴が土の表面に直接当たり、雨滴の衝撃力で土壌粒子がはね飛ばされるが、多機能フィルターを貼れば衝撃力を吸収するので土壌表面に影響を及ぼさない。さらに、多機能フィルターの下の土中では、たとえ斜面が固い土であっても、根圏の土壌微生物活性が増加して物質循環が盛んになり土壌団粒構造が徐々に発達し土壌化が促進される。


 これまで20年以上、緑化は難しいと言われた場所に敢えて挑戦し、緑化施工を行ってきた。日本では全国47都道府県すべてで緑化を実施し、現在は韓国、台湾、インドネシア、フィリピン、ベトナム、米国へと事業が広がりつつある。この「多機能フィルターと菌根菌の技術」で世界の環境を修復できると期待でき、今後もできるだけ多くの場所を緑化していきたいと考えている。

9. 緑化資材を用いた環境修復の事例

 多機能フィルターと緑化バッグを実際に使用してこれまで数多くの土壌侵食防止・緑化施工に成功しているが、いくつかの事例を紹介したい。

①雲仙普賢岳における乾式航空実播工法による緑化
 図10は、長崎・雲仙普賢岳の1994年の噴火直後の様子である。火砕流は時速540キロと高速で進み、わずか数分で海岸まで達した。43名の方が犠牲になった。一面焼け野原となったが、そのまま放置しても植物は自生せず、自然な回復を期待できない。降雨時に土石流が流れて大変な事態となることから、早期の緑化の要請があり、引き受けることになった。方法としては、ヘリコプターで緑化資材を落とすしかなかったので、ヘリコプターにバケットを積み、バケットの中に緑化バッグを入れ、30m位の高度からバケットの底を開いてバッグを落下させた。2㎡位に1個のバッグが落ちるように計算して落下させた。使用した緑化バッグは、植物の種や肥料、菌根菌などを入れた約30センチ四方の「種バッグ」で、95年に土石流に埋もれた普賢岳北東の垂木台地に、翌年は水無川上流の赤松谷に、ヘリコプターで投下した。種バッグにより植生の活着が良くなり、根張りに優れ、菌根菌と植物との共生を促すことから、散布された種バッグを基地に植物は順調に成長した。生育速度は通常の1.5倍ほどで、施工5年後には木々が3mほどに、10年後には5m以上に成長した(図11)。
 1999年から2003年の調査で、種バッグに入れた菌根菌と生育地の菌根菌とのDNAが一致し、緑化の効果が証明された。こうして樹林化を目的とした新しい乾式工法として、菌根菌を使用した緑化技術が確立された。

②温井ダム(広島県)岩盤斜面の緑化
 図12は、広島県山県郡にある温井ダムである。このダムは、アーチ式としては日本で黒部ダムに次いで2番目の高さ(156m)を誇り、春夏秋はハイキング、冬はスキーを楽しむことができる地域で、観光で非常に有名な所である。ところが、アーチ式コンクリートダムの堤体付近は急勾配(傾斜は70度以上)の岩盤(花崗岩)法面となっており、環境重視の観点から広島大学の協力を得てここを緑化する計画となった。
 施工工程としては、まず国土交通省が法面のコンクリート枠施工を行い、我々がこの枠の中に土を充填し、その土の上に多機能フィルターを貼り、そこに植林をする。傾斜が急な所には必要に応じてバッグを打ち込んだ。
 植林については、まずビニールのパイプを適当な長さに切り、50 cm~1 m間隔で埋め込んでいった。数ヶ月して法面が落ち着いてから、別途ペーパーポットに菌根菌を感染させた苗を二万本作り、埋め込んだパイプを抜いた後に幼苗ポットを入れていった。図13は施工3年後の状況で緑化が進んでいる。図14は施工15年後の状況で、ダムの両脇が緑に覆われている。付近の山の緑に比べると多少足りないが、木の高さはこの時点ですでに5 m以上になっている。
 この温井ダム岩盤斜面緑化施工についてはその後の状態を詳しく調査したが、遺伝子解析により我々が感染させた菌が確実に感染していることを確認することができた。

③沖縄県米軍基地内崩落赤土流出山地斜面の緑化
 次に、沖縄県米軍基地での緑化施工の例では、基地内の頂上にヘリコプター基地の建造を計画していたが、そこに至る斜面は図15のように赤土の土壌が露出しており、降雨の度に土壌が流出してしまう状態であった。緑化の必要があり、依頼を受けて施工を行うことになった。斜面長は200 mから300mであった。図15の左側の写真は施工前、右側の写真は施工中の状況である。多機能シートを敷設して雨水を斜面脇に流す構造にした。施工2カ月後に土砂流出は完全に止まり、施工2年後には図16のように緑化が完了した。このような緑化成功例をきっかけに米軍の赤土流出防止はすべて「多機能フィルター」で行っている状況である。

④台湾屏東泥岩地帯斜面の緑化
 緑化施工は国内に留まらず海外でも数々の成功例がある。台湾の屏東に「月世界」(自然の侵食でできた月面を思わせる荒涼とした場所)と呼ばれる有名な観光名所があるが、そこは泥岩地帯であり、土砂流出が問題となっていた。土砂の流出は自然には止まらない。緑化施工を行った結果、一年後に完全に緑になった。台湾の農林水産省に当たる官庁がこの緑化施工の成功を踏まえ、我々の提供したデータおよび技術を緑化の一方法として認めることになった。

⑤中国内モンゴル高速道路法面の緑化
 中国政府は、北京オリンピックに向けて内モンゴルから北京まで高速道路を建設したが、その時に大平原の中を延々と続く道路を通した。切り崩された法面には樹木がなく、このままでは土砂崩れにより道路が遮断されてしまう可能性があったため、協力することになった。「多機能シートの張り付けや吹き付け」を行い、オリンピックまでに緑化を間に合わせることができた。中国には未だ緑化されないままの場所は依然無数にあり、環境問題が非常に深刻である。

⑥インドネシア・バリ島バトゥール山荒廃地の緑化
 最後にインドネシア・バリ島バトゥール山荒廃地の緑化施工事例である。バトゥール山には火口湖がありバリの水瓶となっている。ところが、継続的に土砂が流出するために、火口湖が毎年少しずつ埋まっていく状況にあった。そのまま放置すると貯水量が減少し、水不足が生じる恐れがあるため、緑化の必要性が差し迫り、試験施工を引き受けることになった。施工5カ月後には法面を緑化することができたが、インドネシア政府の予算の関係上、この地域全体に拡大させることはできなかった。しかし今回の施工を通じて技術を共有でき、今後は多機能フィルターを輸出することも可能である。

10. 水保全の大切さ

 上記のバリ島の緑化施工が契機となって、インドネシアからフィリピンに、さらにはマレーシア、ベトナムに我々の技術が広がりつつある。世界の環境を本気で保護しようとすれば、何らかの突破口を開いてそれを拡大していかなければいけない。
 結論として強調したいことは、水の大切さである。ガソリンが無くなっても自動車が動かなくなるだけで済むが、水が無くなれば生物は生命を維持できない。我々にとってきれいな水を保持するとともに、水が汚れない環境を造成することが非常に重要である。きれいな水と不可分の関係にあるのが森や山である。森や山がきれいな水を供給してくれるおかげで都会でも人々が生活できる。都会の人たちにもっと森や山の貴さを理解してもらいたい。国際協力を進めながら日本の技術力を生かし、国際協力ネットワークを構築することが今の我々に求められていることである。

(本稿は、2017年9月24日に開催した「福岡アカデミーフォーラム研究会」における発題を整理してまとめたものである。)