海の環境危機と持続可能な海洋利用 ―資源・エネルギー・食糧―

海の環境危機と持続可能な海洋利用 ―資源・エネルギー・食糧―

2018年5月23日

はじめに

 海の環境危機は様々な視点から考えることができる。海洋環境問題に関する論文のデータベースをキーワード別に検索してみると、図1のような結果となった。表全体が右肩上がりになっているのは全体の論文数が増加したためで、その分野の環境問題が必ずしも増加しているわけではない。

 「油流出(Oil spill)」と「富栄養化(eutrophication)」は以前から存在する海洋環境問題の代表的なものである。特に富栄養化は沿岸域の環境問題としては代表的なもので、数ではかなりの割合を占める。油流出は相対的には減少している。2000年過ぎから特に顕著に増加しているのが「海洋酸性化(ocean acidification)」である。2010年頃からは「マイクロプラスチック(microplastic)」の問題が多く取り上げられている。他にも、海の生態系に悪影響を及ぼす「乱獲(overfishing)」は重要な問題であるし、船に積んだ水が生物を運んで生物の越境移入を引き起こす「バラスト水(ballast water)」の問題もある。まずこれらの問題について、以下に概観してみたい。

一.海の環境危機

1. Oil spill(油流出)
 世界規模での経済発展が進む中で、オイルやガスの海上輸送量は右肩上がりで増えている状況であるが、従来から海洋汚染を引き起こしていた船舶からのOil spillは流出量7トン以上の年間件数が10件を切る程度に減少してきている。
 1989年にアラスカで発生したエクソンバルディーズ号原油流出事故後、マルポール条約(船舶による海洋汚染防止に関する国際条約)附属書IIIが1992年に発効し、1996年7月以降に建造された船舶には原油タンクと海水間の隔壁を二重にするダブルハル(二重船殻)化が国際的に義務づけられた。ただし、タンカーの寿命が25年から30年あるため、2015年頃にようやく一重構造の古いタンカーから二重構造の新しいタンカーに入れ替わった。その他、安全性の向上等と相俟って大規模な油流出事故は大幅に減少し、Oil spillは収束に向かっている。
 しかしその一方で、メキシコ湾原油流出事故(2010年4月20日)では海底油田から約78万キロリットルの原油が流出した。被害規模はきわめて大きく数百億USドルにも上った。それ以前は船舶の事故のため、漏出する油の量は積載量に限定されたが、海底からの流出の場合は桁違いの量の油が流出する。海底深くを掘削する海底油田は今後ますます増加が見込まれるため、油流出事故に対するリスク管理を行うことが急務である。例えばブラジル海底油田は深さが3000mに達するほどである。海底油田からの油流出の頻度は船舶の事故に比較すれば少ないものの、一度起きてしまうと甚大な被害を引き起こしてしまう。

2. 富栄養化
 人間活動が活発になると都市化や土地利用の変化に伴い、窒素やリンが過剰に海に流れ込み、赤潮が発生したり、有機物が海底で分解することによって貧酸素水塊(酸素がほとんど含まれない水塊)が海底にできる問題が世界の海で起きており、特に沿岸域で深刻となっている。

3. バラスト水
 船舶で物資を輸入する時、輸入国から輸出国へは物資の代わりに海水(バラスト水)を積んで行くが、バラスト水の中に輸入国の近海にしか生息しない生物がいると、輸出国でバラスト水を排水した時に生物が移動し現地の生態系を撹乱してしまう。そこで、国際海事機関において採択された「2004年の船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」が2017年9月に発効し、今後バラスト水排出時は、事前に水中の微生物などを殺処理しなければならず、船舶内にバラスト水内微生物の処理装置を付けることが義務付けられた。日本はバラスト水処理技術においても世界をリードしているが、条約発効以前に製造された船舶に処理装置の設置を徹底させていくことなどが課題となる。

4. Overfishing(乱獲)
 世界の水産資源については、FAO(国際連合食糧農業機関)がOverfished, Fully fished, Under fishedの3つに分類している。Overfishedは乱獲状態の資源を表し、Fully fishedは限界まで利用していて、これ以上の利用は難しい状態の資源をいう。Underfishedはまだ獲る余地がある状態の資源である。魚を獲り過ぎれば当然、水産資源は枯渇し絶滅してしまうので、資源管理をしっかり行う必要がある。そして魚を獲るということは水産資源だけでなく生態系にも影響を及ぼす。つまり海中の生物による食物連鎖に影響を与えることになる。食物連鎖の一番下に生産者である植物プランクトンがいて、それを食べる動物プランクトンがいて、さらにそれを食べる魚類などがいる。漁獲により生態系で比較的上位にある魚の生物量が変化すれば、相対的に低位の生態系の生物量が大きくなり生態系のバランスが変化する。このように漁獲が生態系全体に影響を及ぼすことも指摘されている。

5. 海水温上昇と海洋酸性化(Ocean Acidification)
 大気中のCO2濃度の増加は、海洋環境にも影響を与えている。温室効果で大気温度が上昇すると、海表面の温度も上昇する。2010年における北極海地域の水温はかなりの領域で1951-1980年平均に比べて4~6.6℃も上昇している。また、大気中のCO2が海洋表層に溶け込み、海水中のCO2濃度が高まれば、一般的に弱アルカリ性である海水のpHが下がる海洋酸性化が進む。酸性化が起これば炭酸カルシウムが海水中で生成されにくくなり、サンゴや炭酸カルシウムでできた殻をもつ生物は成長しにくくなる。これらの影響は生物の分布にも影響する。例えばサンゴは海洋酸性化の影響を受けるが、海水温上昇でより白化しやすくなる。海水温が2度上昇するとサンゴの白化の確率が多くの海域で非常に高くなる。このような観点からも、CO2排出削減の対策をしっかりと打ち出さなければならない。

6. 海洋ゴミ(Marine litter)とマイクロプラスチック
 海のごみの問題は海洋環境問題の一つとして非常に重要な問題である。海岸に漂着するゴミは生物や生態系に影響を与えるとともに、景観が損なわれることなどによる経済的損失も大きい。国連環境計画(UNEP)もゴミを抑制するために教育や啓発を行っており、Massive Online Open Course on Marine Litterというe-ラーニングコースを提供している。また、オランダ人の若き青年投資家ボヤン・スラット(Boyan Slat)が、クラウドファンディング等で資金を調達しオーシャンクリーンナップというプロジェクトを行っている。プロジェクト開始当初、高校生だったボヤン・スラットは海に浮かぶアレイを考案した。そのアレイの仕組みは非常にシンプルで、羽のように伸びた大きなポール状の「浮き」に少しの角度をつけ、海の流れに任せてプカプカと浮かせておくと、そこにゴミが集まってくるというものである。このプロジェクトは沿岸でも沖合でも実施可能であるが、従来から海のゴミは海洋の真ん中に溜まると言われているため、スラット氏は海洋の真ん中でもプロジェクトを展開する。オランダの海洋工学の研究所には最先端の水槽の実験設備があるが、そこで事前にシミュレーション実験を行っており、「浮き」の下に生息する魚を傷つけない配慮もされている。
 海洋ゴミの中でも近年非常に関心が高まっているのがマイクロプラスチックの問題である。微細なプラスチック粒子が海中を漂流すれば、生物が取り込んでしまい海洋生態系への影響が予想される。海水中マイクロプラスチックだけでなく、海底への堆積も報告されている。それぞれの量と生物への影響について、調査が行われているが、未だ解明されていないことが多い。

二.海の恵み

1. 食料
 次に、海の恵みについて考察してみたい。我々は多種多様な形式で海を利用し、恵みを受けている。以下に、食料、海運、気候調整、炭素固定効果、資源、エネルギーの順序でそれぞれについて見て行きたい。
 まず食料であるが、日本人に限らず世界の人々は、水産物を獲って食料としている。つまり海の恵みを受けている。食料としての魚介類の消費量は、世界規模で見て、右肩上がりでますます増加している。貿易量も同様に伸びている。しかし、日本での1人当たりの供給量は逆に減少している。
 水産物を収穫する方法としては、海に生息する魚介類を捕獲する方法と養殖の二つがある。図2を見ると、オレンジ色のいわゆる漁獲は、1990年頃から頭打ちになっているのに対し、青色の養殖は増加しており、世界的な魚介類の需要の増加分を養殖がカバーする状況になっている。
 漁獲は、乱獲にならないように管理しなければならないし、それができなければ持続可能ではない。一方の養殖は、沿岸で過密に行えば沿岸の水質悪化を招くので、環境への影響(環境負荷)を考慮しなければいけないし、実際に環境問題の報告事例は多い。沿岸域での養殖は環境負荷が高いので、沖合で大規模に行うことも検討されている。
 図2左下はメキシコ湾で検討された沖合養殖システムの例である。沖合は波が高く流れが強いため、養殖のための生簀や構造物を保持するのが困難である。そこで考案された方法は、普段は海中に沈めておき、餌やりや魚を取り出す時のみ水面に浮かせるというタイプである。

 図2右下はノルウェーの例で、船型の生簀を係留し、魚をその中で大規模に養殖するアイデアである。ノルウェーは元々漁業国だが、北海で油田が開発されて以来産業的に潤って、海底から石油・ガスを採掘する技術は世界トップレベルを誇る。しかし、北海油田は埋蔵量が底を突きつつあるので、ノルウェーとしては石油産業から養殖にシフトしようという動きがある。養殖で生産されたノルウェー・サーモンが日本にも大量に輸出されているのを見ても分かるように、ノルウェーは養殖産業では世界トップを走る。石油掘削で培われた資源開発技術が養殖技術に転用され、様々な形態の大規模沖合養殖プロジェクトが近年盛んに提案されている。

2. 海運
 海運全体を見ると、輸送量は増加傾向にある。このまま増加が継続すると、CO2排出量は軽視できないレベルに達してしまう。同じ量の荷物を運ぶ場合、トラックに比べて海運はCO2排出量が少ないので、トラックで陸上を運ぶよりも船で海上を運んだ方がCO2削減になると言われてきた。したがって、これまで、自動車の排出するCO2排出量を削減することに集中してきたが、世界全体での海運によるCO2排出量はおおよそドイツ1国分の排出量に相当するので、海運も対策を打たずに放置することはできない。そこでEEDI(エネルギー効率設計指標)という指標での規制が既に始まっている。2013年を基準に2020年までに20%削減し、2025年までに30%削減しなければならない。この基準値を満たさない船舶は市場に出すことはできない。
 日本の造船技術はトップクラスで高性能の船舶を製造できるという面では一日の長があるが、日本を含めた先進国は船の価格競争では新興国に勝てない。CO2排出規制等にいち早く対応するような高性能な船を造る技術力で優位に立つことが重要であろう。最近では、船型の改良に加えて、舵やスクリューに付加物を取り付けて流れを制御することによって抵抗を小さくしたり、そこで発生するエネルギーを回収する技術も実用化されている。また、船底は面積が大きいので摩擦による抵抗が大きいが、そこに空気の泡を流すことによって抵抗を削減する技術も既に実証されている。
 さらには、ソフト的な対策も重要である。今は昔に比べて海流や波などの海上条件を予測する技術が進歩した。そのような情報を使用して、荒れた海ではなく穏やかな海を運航することで大幅な燃費削減を行うことも可能であり、またうまく海流に乗れば大きく燃料を削減できる。また、一般的に船はゆっくり運航した方が燃費がよい。その点を考慮した運行計画を立て、適宜減速航法を取るという省エネ航法も採用されている。

3. 気候の調整
 海は気候を調整する役割も果たしている。図3はIPCC AR5による炭素循環の模式図である。我々は、陸上で化石燃料を燃やしたり、森林伐採など土地利用を変化させることによってCO2を排出しているが、その半分ほどを海が吸収してくれている。
 さらに、海洋あるいは海底空間を利用したCO2削減方法として、Carbon capture and storage (CCS)が挙げられる。例えば、発電所で化石燃料を燃やした時に出る二酸化炭素を回収してから地中に隔離する技術である。通常は陸上の地下に隔離するが、日本では陸上に適切なサイトがないことから、海底下の適した場所に隔離することが考えられている。かつては海の中深層にCO2を溶解させるというアイデアもあったが、人間の排出物を海に投棄することは国際条約で禁止されているため、現在は認められていない。海底帯水層にCO2を溶かし込んで隔離することの実証実験が苫小牧沖で行われている。海域帯水層へのCCSには、一度地中に隔離したものが漏れ出すというリスクがある。このリスクは非常に小さくできると考えられるが、実証実験では漏れた時にCO2を検知する技術開発も含めて行われている(図4)。


 一方、藻場や干潟やマングローブなどの沿岸域生態系による炭素固定機能が10年ほど前から注目されるようになった(Blue Carbonと呼ばれている)。炭素循環を簡略して図式化した図5が示すように、人間が排出するCO2を海が吸収してくれる中で、とりわけ陸に近い沿岸の生態系がどの程度吸収しているかはよく分かっていない。沿岸域は陸域や湧昇流からくる栄養塩の供給があり浅い海底まで陽光が届くため、活発な一次生産によって相当程度CO2を固定してくれるが、これらの植物は生長も早いが枯れるのも早い。例えば、成長して枯れた海藻が土壌中に長期間堆積してくれればCO2が水や大気から土壌中に移行したことになり、隔離されることになる。また、沿岸で生長した海藻が流れ藻となって沖合で沈降すれば、深海に炭素を移送してくれる。
 海草藻場やマングローブ林や塩生湿地は、面積当たりの炭素貯留速度が高いことが分かってきているが、残念ながらこのような沿岸生態系は、森林と同様に人間活動によって大きなダメージを受けている。沿岸生態系と森林の保護と適切な維持管理は、CO2の吸収を維持するためにも非常に重要である。

4. 鉱物資源
 日本は鉱物資源に乏しいとされてきたが、EEZ内の海底にはメタンハイドレート、熱水鉱床、レアアース等の種々の資源が存在することが明らかになってきており、探査および採掘の技術開発が行われている。海底資源開発が実現すれば、日本が資源大国になる可能性もある。持続可能な海洋利用のためには、開発する際に周囲の生態系への影響を考慮する必要があるため、環境影響評価や保全措置が同時に検討されている。
 図6は熱水鉱床の場合だが、海底にはマグマで熱せられた熱水が噴出する所があり、その熱水プルームの中には非常に高い濃度の鉱物粒子が存在し、凝集すると金属の鉱床になる。一方、この熱水域には特殊な生態系があることが知られており、それを保全しながら開発する方法を考える必要がある。熱水鉱床開発の際の環境影響としては。掘削によって物理的に生態系を破壊してしまう直接的な影響以外にも、巻き上げた土砂などが濁りとなって広がる影響や、採掘した鉱物と一緒に海上に上げた海水をどう処理するかという問題もある。保全すべきところと開発すべきところをどう設定するかのゾーニングも重要であり、例えば熱水域生態系に直接影響を与えずに済むように噴出孔から少し離れた所を開発するなど、生物多様性や鉱床分布を見て最適な開発方法を決めるべきであるとの提案も成されている。

5. 再生可能エネルギー
 海洋における再生可能エネルギーとして実用化に最も近いとされるのが、海のエネルギーを利用しているわけではないが、「洋上の風力発電」であろう。ヨーロッパではウインドファームによって大規模に洋上発電が行われている。ヨーロッパでは主に海底に基盤を作ってその上に風車を立てる着床式が採用されているが、日本の海は沖に出るとすぐに深くなる場所が多いので、浮体構造物の上に風車を載せる浮体式が開発されている。その他に、海のエネルギーを取り出す再生可能エネルギーとして、「潮流発電」、「海流発電」、「波力発電」などがある。
 これらのエネルギー生産施設も海洋で大規模に展開すれば生態系に影響する可能性があることに留意しないといけない。例えば発電施設からの音や陸への送電ケーブルからの電磁波による影響などが懸念されている。現在のところ明らかに悪影響があったという報告は見受けられないが、まだ不明な点も多い。例えば風力発電の場合、鳥が風車に当たるというバードストライクに関する知見はかなり蓄積されてきているが、海流発電用の大型プロペラを水中に設置した場合に、魚がプロペラに当たるのか否か、またそれがどのような影響を及ぼすかについての知見はまだほとんどなく、これからの課題として残されている。また、図7(右下)はデンマークのウインドファームの風車の柱の海中部分の写真であるが、大量の生物が付着していることがわかる。付着した貝類は水中プランクトンを食べて成長し、排泄物や死骸を出し、それを食べる魚もいるので、付近の生態系が変化することもあり得る。
 海洋再生可能エネルギーの一つとして海洋深層水を利用した「海洋温度差発電(Ocean Thermal Energy Conversion:OTEC)」というものがある。これは、海面近くの温かい水と深海の安定した冷たい水の温度差を利用して発電する技術である。亜熱帯地域や熱帯地域ならば年間を通して発電可能であり、日本では沖縄の久米島で実証実験が行われている。深層水は温度差エネルギーの利用だけでなく、栄養塩濃度が高いという特性があるので、養殖や漁場造成への利用可能性が考えられる。実際に10年~15年前に、相模湾の深層水を汲み上げてプランクトンを増殖させ、漁場を造成する実験が行われたことがある。この時は汲み上げた深層水の量がわずかであったためすぐに拡散してしまい、目に見える効果は得られなかったが、深層水の汲み上げ量や放流水の挙動をうまく制御できれば、海域の生産力を上げることができる可能性がある。また中東などの水が不足しがちな地域では、大規模に海水を淡水化して利用しているが、温度差発電で発電した電力を淡水化のエネルギーとして使うと、ゼロエミッションで水を生成できる。さらに、低温で純度の高い水質を利点として微小なリチウム等の金属を取り出すことも検討されている。このように海洋深層水を多段階で利用し、水やエネルギーと他のプロダクトを総合的に利用しようというアイデアがある。つまり、深層水を汲み上げて温度差発電で発電、淡水化、さらに養殖もできれば、食料、水、エネルギーのすべてを深層水を利用して生産でき、熱帯地域の離島等では有効なシステムとなり得る。

三.持続可能な海洋利用に向けて

1. 包括的影響評価指標
 主に陸上で生産活動を行ってきたしてきた社会は、人口が増加し経済活動が活発になり環境容量や持続可能な範囲を超過することで、様々な環境問題が生ずるようになった。その中で、生産活動を一部海にシフトして陸上の環境負荷を減らそうという考え方が出てきた。地球トータルとしての持続可能性を高めるために海を利用することは検討する価値がある。
 一方で、海を大規模に利用すれば海への環境負荷が高まるので、環境負荷をきちんと評価してサステイナブルな範囲で海洋開発を進める必要がある。それを具体的に検討するために、日本船舶海洋工学会では何らかの指標を設けようとした。この指標の目的は、海洋利用を推進すべきか、推進すべきでないかの議論に客観的な情報を提供することにある。そのため、同一目的での陸地利用と海洋利用の比較やリスクと経済性(ベネフィットとコスト)の評価を含める必要がある。これらを鑑み提案されたのがInclusive Impact Index(III)の指標である。

III = (EF + α ・ER) + γ(CB + β・HR)

 EF はエコロジカル・フットプリント (Ecological Footprint)、ERは生態リスク(Ecological Risk)、HRは人間リスク(Human Risk)、CBは正味のコスト(コストとベネフィットの差)である。αはERを土地面積に換算する係数、βはHRをコスト換算する係数、γは環境価値と経済価値の換算係数である。
 この方法では、あるプロジェクトの環境影響と経済影響の現在価値と将来リスクを統合して評価する。環境影響の現在価値を表すEFは、人間活動が地球環境にどの程度環境負荷を与えているかを地球上の面積で評価する指標である。例えば、食料、エネルギーなどの生産や廃棄物の処理には土地が必要だが、その面積で人間活動の環境負荷を表す。それと、地球上の利用可能な面積を比較し、それを超過するか否かでサステイナブルか否かが判断できる。経済的側面の現在価値は、どの程度のコスト(C)がかかり、どの程度のメリット(B)があるかで評価する一方、将来のリスクERとHRとして評価する。
 IIIの値は、環境価値と経済価値の換算係数(γ)によって影響される。国別にGDPとEFの値を比べると、GDPが大きい国がEFも大きく、GDPが小さい国はEFも小さいという相関関係があることが分かる。そこでγの決め方の一つとして、対象となる国の総EFをその国のGDPで除して算出する方法が提案されている。

γ=ΣEF/ΣGDP

 技術革新が進むと、γは小さくなる傾向にあり、相対的に小さい環境負荷で大きな経済価値を生み出すことが表される。
 IIIに関しては、一つの指標にするのはナンセンスで、いろいろな軸で多面的に評価すべきであるという批判もあるが、合意形成のプロセスにおいて一つの議論のよりどころとしての意義はあるのではないか。

2. 生態系サービスと人間の福利の関係(ミレニアム生態系評価より)
 ミレニアム生態系評価(英語:Millennium Ecosystem Assessment, MA)は、国連が音頭を執り、21世紀の地球上の生態系状況を世界中の科学者が協力して纏めたものである(図9)。その中で使用され広く知られるようになった概念が「生態系サービス」であり、我々が生態系から受け取る様々な恵みを定量的にカウントしたものである。MAでは生態系サービスは4つに分類されている。食料、水、資源、燃料などの供給サービス、気候の調節や水質浄化等の調整サービス、リクリエーションや教育の場としての利用などの文化的サービス、それらを支える一次生産、土壌形成、栄養塩の循環等の基盤サービスである。これらが人間の福利に様々な形で繋がっている。
 これに関連して1997年に地球上の全生態系サービスをお金の価値に換算した論文がCostanzaらによって発表されている(図10)。当時の世界全体のGDPが18兆ドルである中で、生態系サービスには約33兆ドルの価値があると述べた。この論文によると生態系サービスを提供する場として海や沿岸域は非常に重要である。海は地球全体の7割の面積を占めるので、単位面積当たりの価値に面積を乗じると、海の価値が大きくなるのは当然であるが、沿岸域は、森林や湿地等の生物多様性が高い地球上の他の場所と比べても非常に大きな価値を有する場所である。沿岸域の健全な生態系を維持し、持続的に利用することは生態系サービスの観点からも非常に重要である。

3. 我が国の沿岸域環境
 沿岸域の環境問題として、かつては富栄養化が重要な課題であった。それに伴う底層の貧酸素化の問題は現在でも深刻である。例えば東京湾は、夏場は広範囲で海底に酸素がほとんどない状態になる(図11)。 東京湾の水質は高度成長期に悪化したが、陸から海に排出される窒素、リン、有機物には規制をかけており、排出量は徐々に減少している。図12左側のグラフは、陸から海に入るCOD(化学的酸素要求量、有機物量の指標)の変化を表したものである。陸から海に入る有機物量は規制により削減された。かかる水質規制は、東京湾、瀬戸内海、伊勢湾で行われている。図12右側のグラフは、東京湾の水中に含まれるCOD濃度の経年変化を表わす。長期的には右肩下がりだが、流入負荷がH26にはS54の半分ほどに減少しているのに比べると、低下が緩やかである。その理由としては、海の状況が昔と大きく異なることにある。つまり、水質浄化の機能をもつ干潟や藻場などの浅い場所が都市地域の内湾では埋立てにより失われてしまったことが影響している。

 このことを確かめるために、生態系モデルを用いて1935年から70年間の東京湾の生態系の変化を連続シミュレーションで再現した。この間の陸から海への負荷量の変動と埋立てによる地形変化を考慮している(図13)。流入負荷は高度成長期に急激に増加したものの、規制により抑制され2005年時点では大幅に減少している。埋立ての累積面積は、1960年代に激増している。

 またシミュレーションによって、平均底層溶存酸素(DO)濃度の変化に対して、流入負荷や埋立がどのように影響したかを調べた(図14)。流入負荷は1970年代から規制をかけ始めたため、その影響によるDO濃度の低下の幅が小さくなってきている。一方、埋立ての影響は、干潟の減少と、地形変化によって海水流動が変化して東京湾内の水が湾外と交換しにくくなったことであるが、これらの影響は埋立て前の状態に戻さない限り改善されないため、埋立てのDO低下への寄与は相対的に大きくなっていくことが予測される。したがって、今後は埋立て等によって失われた機能を回復していくことがより重要になる。

 2003年に自然再生推進法が施行され、埋立てによって失われた干潟・浅場・藻場の再生事業を実施していく制度ができた。海の中でも特に浅い場所は非常に重要である。干潟は生物多様性が高く、そこに棲む貝類などの生物は水中の有機物を取り込んで成長するので、水質を浄化してくれる。また、浅いので、人間の漁獲や鳥の摂餌によって、海の中の窒素やリンが系外に取り出される場にもなっている。藻場は、海藻が光合成によって栄養塩を吸収する場であるとともに、魚の産卵場・稚魚の生育場でもあり、生物多様性の観点からも重要な場所である。このように重要な浅い場所を埋立てたことが沿岸の環境悪化に繋がっているため、干潟や藻場の再生は海域における自然再生の典型であると言えよう(図15)。

 その他の海域環境修復としては、流れの制御や環境配慮型の護岸などが挙げられる。海底に重たい水が溜まり貧酸素になるので、物理的に掻き混ぜてやれば貧酸素解消になるというアイデアは古くからあるが、海は広大で1か所で掻き混ぜてもエネルギー使用量に比べて効果は非常に小さいため、少ないエネルギーでできるだけ広範囲に効果を及ぼせる工夫が必要である。例えば、深部の重たい水と浅部の軽い水を混ぜて中間の密度の水を放流すれば、その水は上部より重く下部より軽いので、重力の効果で水平に広がり小さいエネルギーで広範囲に循環させることができる。このシステムは実際に三重県の五ヶ所湾等で20年ほど前から稼動しており、海底の生態系がだいぶ回復してきている。また、埋立て等で垂直な護岸を建造すると、浅い場所がなくなるので、環境には非常に悪い。一方、例えば関西空港の護岸は、垂直構造ではなく、石を段々に積んだ傾斜構造になっている。その結果として浅場ができ、光が届くため藻場になり、従来型の護岸より環境にも良いことが分かった。以後は、傾斜を取り入れた護岸が環境配慮型護岸として各所で採用されている(図16)。

 近年日本沿岸の漁業生産は、稚魚や稚貝を放流しているため比較的安定しているサケやホタテを除くと、急激に落ち込んでいる(図17)。その原因の一つとして、栄養塩が不足し魚の餌が減少したことが挙げられている。例えば大阪湾では、湾奥部では依然として夏季に貧酸素水塊が発生し、過栄養の影響が続いている状態である。しかし湾口部では、貧酸素は解消して透明度も上昇し、逆に栄養塩が足りずにノリが生育しない(色落ち)現象も起きている。これまでは富栄養化によって悪化した水質の改善が主に考えられてきたが、日本沿岸の海は生産力がひどく落ち込んでおり、貧栄養化に対する対策も必要である。例えば一部の海域ではノリが生育する時期に下水処理場の処理能力を低下させて栄養塩を放出する方策も採られている。今後は、豊かな海に戻すことが重要な課題であり、日本の沿岸環境は転換期に来ていると言える。海からの生態系サービスを回復するためには、環境修復や自然再生が必要であるともに、沿岸漁業の立て直し等、サービスを受け取る側の課題にも取り組まなければいけない。

4. 沿岸漁業再生への取組み事例
 最後に沿岸漁業再生への取り組みを簡単に紹介したい。日本の沿岸漁業は漁業者の数が減少しており、この傾向が継続すると、今後10年ないし20年で沿岸漁業が消滅する危機にある。その中でどうすれば漁業と漁業地域が再生できるかを考えないといけない。上で述べてきた沿岸環境の再生と機能回復や、水産資源を含めた自然環境の回復は、生態系サービスの供給を増やすという意味で重要である。これらは本質的かつ重要な課題であるが、短期間で回復させることは難しいため、長期的な視点で取り組む必要がある。一方で、漁業経営や地域社会のあり方等、生態系サービスを受け取る側の姿勢および取り組みも改善していく必要があり、それらの両面で対策を打たないといけない。
 その観点に立ち我々は伊勢湾の小型底びき網漁業を対象にした取組を行っている。そこでは、環境条件や漁獲情報から魚の分布を予測するモデル(魚類動態モデル)を作成し、それに資源分布と経済的条件に基づき漁場選択や漁獲量を計算するモデル(漁獲モデル)を結合して、より効率のよい操業方法、漁具の使用、経営方法などを検討できる操業シミュレータを開発した(図18)。一方、陸上では、消費者がどの店鋪でどれ位の量の水産物を買うのかという販売ポテンシャルを、人口分布、年齢構成、交通網などのデータベースと、消費者の性向等をモデル化し統合することによって分析した。これによって直販所など漁協の販売戦略に資する情報を提供できる。

 海域のモニタリングは環境保全や漁業管理にとって非常に重要であるが、国や地方自治体が行うモニタリングは予算削減等により厳しい状況にある。そこで、漁業を行いながらモニタリングを行うことを提案している。現在、伊勢湾の小型底びき網漁船の漁具に水温や溶存酸素を計るセンサーを付けてもらい、漁をしながら環境を計測すると同時に漁獲量も記録し、GPSで位置も記録してもらっている。その結果、網を引いた線上で水質の情報が取れるようになり、従来の計測に比べて取得データ量が増加しより詳細な時空間変動を捉えることができた。またこれらのデータを分析することによって、海域環境と魚の分布の関連性が把握できる。将来的には、環境情報、生物情報、市場情報等を漁業者を含めた様々なステークホルダーが共有することによって、漁業者や消費者の経済的利益を増大させるとともに、環境や資源の面でもサステイナブルな漁業を構築することを目指している。

(本稿は、2017年11月20日に開催した「ICUS懇談会」における発題をもとに整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
多部田 茂 東京大学大学院 新領域創成科学研究科教授
著者プロフィール
1989年東京大学工学部船舶工学科卒業、1994 年東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了。工学博士。横浜国立大学工学部建設学科講師、同大学院工学研究科人工環境システム学専攻助教授、デルフト工科大学客員研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻助教授、シドニー大学客員研究員、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻准教授を歴任。現在、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻教授。専門は環境システム学、海洋環境工学、海洋生態系モデリング。

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