IPP分析レポート

2018年7月13日

米朝首脳会談後の朝鮮半島情勢

元自衛艦隊司令官・海将 香田洋二
1949年徳島県生まれ。72年防衛大学校第十六卒業。その後、海上自衛隊に入隊し、90年護衛艦「さわゆき」艦長。海上幕僚監部防衛課長、護衛艦隊司令部幕僚長などを経て、2001年海上幕僚監部防衛部長、03年第30代護衛艦隊司令官、04年統合幕僚会議事務局長、05年佐世保地方総監、07年第36代自衛艦隊司令官。退官後、ハーバード大学アジアセンター上席研究員を歴任し、2016年3月まで国家安全保障局顧問を務めた。

 2018年6月12日、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が行われ、マスコミでも多くの論評がなされているが、こと日本において最も欠けているのは軍事の視点である。そこで私は自分のキャリアからしても、軍事の立場から述べてみたい。
 例えば、「今回の会談によって戦争の危機がなくなった」というコメントが少なくなかった。しかし北朝鮮が核保有国になる可能性もあり、そのことを想定した議論はほとんど聞かれなかった。つまりあらゆる可能性を想定しながら議論をしないと、冷静な議論とは言えないのである。

1.北朝鮮核問題の本質

 日本がアジア大陸との関係で戦争をしたのは、過去1500年余りの(文字による記録の残る)日本史の中で次の5回しかないが、そのすべてが朝鮮半島をめぐる(大陸の中国やロシアとの対立がらみの)戦争だった。
①白村江の戦い(663年)
②元寇(1274年、1281年)
③秀吉の朝鮮出兵(文禄の役1592-93年、慶長の役1597-98年)
④日清戦争(1894-95年
⑤日露戦争(1904-05年)
 このように日本の安全保障のフロントラインは、突き詰めて言えば朝鮮半島だということになる。これらの戦争において日本は、大陸にある強大な中華王朝から、かろうじて海で守られながら、その王朝が膨張しそうだ、あるいは朝鮮半島まで影響が及んで危機が迫った場合に、朝鮮半島に踏み込んで戦ったのだった。こうした地政学的構図は、日本人のNDAの中に組み込まれているようにも見え、これからも同様のことはあり得ると思う。
 ところで、北朝鮮核問題を考えるときに重要なことは、目先の議論のみにとどまらずに、この問題の本質をきっちり押えておくことだ。
 まず米朝首脳会談以前の認識を確認しておこう。昨年まで日米が中心となり国際社会は北朝鮮に圧力をかけながら、同時に対話の道も模索してきた。今年(2018年)北朝鮮は、年頭のメッセージで核とICBMの保有を宣言し(但し、米国は認めていない)、平昌オリンピック・パラリンピックを利用して融和ムードを盛り上げた。その上で、南北首脳会談、中朝首脳会談を矢継ぎ早に進めた。
 そのような融和ムードのイメージが先行しているわけだが、北朝鮮の核とICBMの本質が変化したかといえば、全く変っていない。さらにさかのぼれば、1993-94年の第一次核危機からほとんど変わっていない。むしろ北朝鮮は、核とICBMの能力を高めてきた。
 さらに恐ろしいのは核拡散である。イランの核は、オバマ政権のときに核合意をして一応核拡散を抑えたが、北朝鮮に関しては全く進展していない。われわれが考えなければならないのは、まさにこの点だ。もし(米朝首脳会談が)決裂、あるいは開催されなかった場合には、武力行使もあり得ただろう。このような可能性(危機)が本当に去ったのだろうか。
 もう一つ考えておくべきことは、北朝鮮の微笑外交の目的は、韓国文在寅政権の揺さぶり、米韓の離反、日米の離間、日本の揺さぶりなどにあることだ。
 以上からいえることは、北朝鮮核問題の本質は、単なる米朝二国間の対立ではなく、人類社会全体の問題であるということだ。つまり核開発阻止と核拡散の防止(という人類に取っての危機)をどう実効あらしめるかということなのである。

2.米朝首脳会談までの道のり

(1)2017年以降2018年3月まで
 金正恩委員長は、2017年秋以降、核実験・弾道弾の発射を中止し、今年2018年の新年メッセージでは、対米核抑止力の保有とともに経済重視の並進路線、南北融和を推し進めることを示した。ちなみに前年(2017)の新年の年頭メッセージでは、「ICBM発射実験は最終段階」と宣言しており(但し、米国は認めず)、去年中に核とICBM開発は完了したという事実の上での経済重視の並進路線なので、おそらく金正恩委員長は本気で(核開発から経済分野に国家資源配分先を変更した経済建設を)やろうとしていると思われる。
 北朝鮮が融和に動くようになった背景として、それまでの日米を中心とする国際社会の経済制裁などの圧力政策が功を奏したというおおかたの見方は正しいだろう。ただ、昨年北朝鮮が「並進路線」を言い始めたときには、経済重視・再建政策に進むことは既定路線になっていたと思う。
 そして3月に入り、韓国特使団が一泊二日の日程で訪朝し、6項目の合意をみた。その内容は次の通りで、韓国側の記者会見で明らかにされたが、問題は文書化されなかったことだ。
①4月下旬に南北首脳会談(板門店)
②南北対話継続中は、核・弾道弾試験を中止する
③米朝対話の用意
④米による体制保障による北朝鮮の非核化推進
⑤首脳間のホットライン設置
⑥良好な関係維持=韓国の芸術団などの招聘
それら6項目に加えた、従来規模の米韓合同演習の容認
 この内容を受けて、韓国特使団の首席を務めた鄭義溶・大統領府国家安保室長らが3月8日に訪米し、合意内容などを米政府に伝えた。ホワイトハウスには、もしかすると金正恩委員長の親書が届けられるのではないかとの期待もあったようだが、報告を受けて米政府は、ある意味で失望と怒りをもったという。というのは、6項目合意といっても、単なる韓国側作成のメモに過ぎず、文書化されていなかったことへの失望感であった。
 そして3月25日、金正恩委員長は、2011年5月の金正日以来7年ぶりに訪中し、習近平主席と会談した(26日)。実は、この一報(「北朝鮮最高位指導者の訪中」報道)が流れたときに、中国・韓国のマスコミ関係者の多くは、せいぜい金与正くらいではないかと憶測していたが、翌朝に金正恩委員長の訪朝だったとの事実を知って驚愕していた。
 この首脳会談の中身については報じられていないのでわからないが、私が北の立場に立って考えたときに、次のような議題を議論したのではないかと推測する。
①中朝関係の回復⇒相互の必要性が一致
②金正恩委員長の対韓・対米戦略の考え方を説明
 ・南北融和、南北首脳会談、米朝首脳会談についての考え方
③南北・米朝首脳会談への意思統一と確認
 ・朝鮮半島の非核化、北朝鮮の体制保証
 ・北朝鮮の核の脅威消滅後の核、弾道弾放棄への道筋
④米武力攻撃阻止と武力攻撃時の中朝連携の確認
 ・米朝会談が物別れ・決裂という最悪のシナリオを想定した議論
 私の考えでは、①②③については習近平主席もある程度納得、同意したと思うが、④については「たかが北朝鮮だけのために米国と戦争はしたくない」というのが中国のホンネであろうから、否定的回答をしたのではないか。

(2)2018年4月
 4月に入りさらに動きが活発化し、3月末から4月1日にかけてポンペオCIA長官が極秘に訪朝した。最大の議題は、北朝鮮の主張する「段階的非核化」か、あるいは米国の主張する「完全で検証可能かつ不可逆な非核化」(CVID=complete、verifiable、irreversible dismantlement)」なのかという、これまでの双方の主張のへだたりどう調整するのか、もし埋まらなかった場合に首脳会談をやめるのかなどの問題であった。
 米政府は、訪朝の1週間後にこのポンペオ長官訪朝の事実を公表し、「米国としては非核化協議を引き続き進めるが、北朝鮮側からは具体的提案はなかった」と発表した。そして4月12日のポンペオの国務長官指名承認のための上院外交委員会公聴会においてポンペオは、「包括的合意であればそれは幻想だ」と発言した。
 そして4月から5月にかけて二つの米韓合同演習が行われたが、これに関して北朝鮮は従来のような強い非難をせずに静観していた。マスコミ等では、この合同演習に米空母が参加しなかったことについてなんやかんやと論じているようだが、緊急事態でない限り米空母は既に決まったスケジュールにしたがって動いているだけのことで、今年の派遣はもともと計画されていなかったということ以外に、特別の意味はなかった。こうした事実関係は、正確に理解しておく必要がある。
 4月13日、米国は突然、シリア政府軍が民間人にサリンを使ったことを理由にシリアの化学兵器施設を(米英仏合同軍として)攻撃した。このことを通じてトランプ大統領は、「自分は過去のクリントン、ブッシュ、オバマ大統領とは違い、必要となれば必ずやる」という強いメッセージを北朝鮮に対して送ったのだと思う。
 4月17日~18日に安倍首相が訪米し、トランプ大統領と会談した。この時期に二日間も時間を割いたということは、トランプ大統領が安倍首相にそれなりの意を用いていること、そして両者の密な関係を物語るものである。会談では厳しい現状認識を共有しながら、日米の立場を調整すると共に、安倍首相からは拉致問題の議題化を改めて確認した。
 このときトランプ大統領は、非核化できず会談が成功すると思えなければ交渉の席を立つことも辞ないが、首脳会談の成功を強く希望するとし、米朝交渉の目標は、平和で核兵器のない朝鮮半島の実現であることを示した。
 その後、4月20日に朝鮮労働党中央委員会総会が開催されたが、翌日の「朝鮮中央通信」報道によれば、その内容は、核保有国の立場の明確化、年頭のメッセージおよび6項目合意(3月5~6日)を改めて国家として承認するものだった。すなわち、核戦力の兵器化が完結したこと、(2017年9月のICBM搭載弾頭実験成功、同年11月の火星15型のロフテッド軌道の試射成功等により)核実験や中長距離・大陸間弾道ロケット試射は不要であることなどである。
 それでは北朝鮮はなぜこの時期に既に発表したような内容を再確認するような党中央委員会総会を開いたのか。北朝鮮が米国に向けてここ数カ月の間に発信してきたメッセージは、(韓国代表団などを経由して米国に伝えられたに過ぎず)北朝鮮の公式文書では確認されていなかった。しかし党中央委員会総会で確認されたとなれば、そのメッセージの内容は金正恩委員長個人の思い付きではなく、国家としての意思表示であるとみなすことができるからである。
 米国は北朝鮮の核保有について(数カ月後には核保有国になる可能性はあるが、少なくとも現在は)明確に非核保有国だとの認識だが、その根拠は示していない。私が得た米当局や軍関係者からの情報を元に考えると、その根拠はつぎのようなことだと思われる。
①核爆発装置(核爆発物:nuclear device)は保有するが、核弾頭(nuclear war head)はまだ持っていない。
②ICBM(火星14号、15号)の打ち上げはロフテッド軌道(=高く打ち上げた軌道)のみであり、米国本土を含む射程距離1万キロ以上のICBMの成功とは言えない。ロフテッド軌道のミサイルは迎撃を難しくするとも言われるが、北朝鮮の意図としてはロフテッド軌道に打ち上げて日本海に着弾させ、日本のBMD(弾道ミサイル防衛)能力の情報収集をしようとしているのではないか。北朝鮮がロフテッド軌道の試射をするのは、米国の(北朝鮮を核保有国として認めない)認識を変えようとする揺さぶり、あるいは不満の表れではないか。ちなみに、米露英仏など弾道弾保有国はロフテッド軌道の試射は行っていない。
 そして4月27日に、南北首脳会談が板門店で開催され、「板門店宣言」に両首脳が署名した。この宣言についてはさまざまな評価がある。

<主な項目>
①南北両国の関係改善
②朝鮮半島の軍事緊張緩和と戦争の危機解消措置
③核問題を含む朝鮮半島の恒久的・強固な平和体制構築

<評価すべき点>
・なんとか前進させようという双方の意思が確認されたこと
・同一民族分断国家解消、朝鮮戦争終結への道筋合意
・核問題の解決に向けて協力

<不安な点>
・概念的合意にとどまり、具体的な事項なし
・過去の「ちゃぶ台」返しと同じ(⇒総論一致各論不一致)

 過去の例を見ると、核廃絶・核開発中止の合意はなされるのだが、実施段階の具体的事項になると対立・失速し、やがて合意が消滅したという事例は、以下のように何回もあった。
①南北合意(1992年):朝鮮半島非核化
②米朝枠組み合意(1994年)
 北朝鮮が核開発を凍結する代わりに、国際社会は軽水炉の提供、重油等の無償供与をしたが、北朝鮮は秘密裏にプルトニウム抽出・ウラン濃縮を実施していたことが発覚。
③6カ国合意(2005年、2007年)
 核開発の凍結に合意するも、その後、テポドン等7発連続発射、初の核実験(2006年)、テポドン発射、核実験(2009年)と裏切られた。
④米朝合意(2012年)
 ミサイル発射・核実験凍結とIAEA査察団の受け入れを表明するも、その後ミサイル発射を繰り返した。

 北朝鮮は自分なりの理屈をつけて合意を覆したことを正当化しているが、今後も同じことは十分あり得ることである。こうした経験から米国は、今回CVIDを強く主張したわけだ。これまで「合意」という水飲み場まで北朝鮮を連れていけたが、飲む段階で何度も裏切られたから、今度は鎖をつけてでも水樽に顔を突っ込んで飲ませないといけない。これがCVIDである。
 「板門店宣言」については、もう一点指摘すべき事項がある。既に開発済みの核爆発物の廃棄について言及していない点で、これは合意内容に示された核とICBMの実験停止とは別の本質的問題でもあり、注意を要する。
 また在韓米軍に関する事項として、次の項目について不明な点が多い。
「一切の敵対行為の中止」:
⇒南北両国・両軍によるその担保方法をどうするか。
⇒米韓合同演習、日米等多国間共同訓練の位置づけはどうなるか。
「相互武力不行使と段階的な軍縮」:
⇒武力の不行使は、南(米韓同盟)に加えて、北の軍隊も対象とするのか。
⇒軍縮の対象は、南北軍か、あるいは在韓米軍も含むのか。
⇒北朝鮮によるサイバー攻撃など軍事力を直接使用しない活動はどうするのか。
「朝鮮半島非核化の定義」:
⇒北朝鮮の核放棄を主張する米国と米国(在韓米軍)も対象とすべきとする北朝鮮の立場の対立がある。

(3)2018年5月
 5月における最大のヤマ場=危機は、5月16日~24日だった。まず北朝鮮の米国に対する態度が硬化したことで、トランプ大統領が首脳会談中止を決断。そこで北朝鮮は電光石火の如く、ダメージ・コントロールに出て、最終的に再び米朝首脳会談開催にこぎつけた。ここに北朝鮮の危機管理対処の典型的な成功例を見ることができる。
 詳しく見てみよう。5月7日、金正恩委員長は急遽大連を訪問して習近平主席と首脳会談を行った。その会談内容についての報道はなかったが、私なりに推測してみると、次のような主要議題を話し合ったのではないかと考えられる。
①直近の対米交渉の現状を説明
②金正恩委員長の米朝首脳会談に臨む姿勢を説明
・朝鮮半島非核化、北朝鮮の体制保障
・対北脅威消滅による核・弾道弾放棄の時期
③米朝首脳会談に際しての全面支持の取り付け
④米武力攻撃阻止と武力攻撃時の中朝連携の確認
⑤開催場所の見通しと必要な場合の支援要請
 上述の項目について、金正恩委員長の考えを伝えたが、前回同様④について習近平主席は確約しなかったと思う。
 金正恩委員長にしてみると、国外に出る場合、クーデタの恐れがあるのでできるだけ期間を短くしたい。そして飛行機をどうするかという問題もあった。
 5月9日、ポンペオ長官が訪朝した同じ日に、トランプ大統領はイランが核合意を遵守していないとしてイラン核合意からの離脱を発表した。イラン核合意においてオバマ大統領が弾道弾をイランとの合意対象から除外した点に対しても、トランプ大統領は不満があった。
 このことの意味は何かというと、トランプ大統領と約束しても次の大統領になって合意が破棄されるかもしれないという心配を(金正恩委員長に)与えたことである。米国による北朝鮮の体制保証を具体的にどうするのかという問題である。
 また拘束米国人の解放については、これまでも何度か同様のことがあって、今回の解放に特別な意味があったとは言えない。
 ところが5月16日北朝鮮は、突如(大規模演習でもない100機程度の)米韓共同演習Max Thunderを口実にして、「いま交渉をしている最中に、米韓共同演習をするとは一体何のつもりなのか?」と言って、前日南北間で合意した5月16日の閣僚級会談の中止を通告してきた。
 さらに同日、金桂冠第1外務次官は、「米国がリビア方式の非核化を要求するなら、南北首脳会談開催の再考もあり得る」と発言。それに対してボルトン補佐官は、「過去の過ちを繰り返さない。北朝鮮が非核化の意思がなければ米朝首脳会談は打ち切る。自分に対する非難は北朝鮮の常套手口だ」と強く反応した。
 その直後、以前から予定されていたトランプ・文在寅会談が、ワシントンDCで開かれた(5月22日)。ここでトランプ大統領は、金正恩委員長の非核化への姿勢は真剣であることとの認識を示し、北朝鮮に対して一括非核化を要求するが、条件が一致しなければ会談に応じないと発言した。それに対して文大統領は、米朝首脳会談の歴史的偉業を讃えて会談開催を強く促した。
 5月24日、今度は北朝鮮の崔善姫外務次官が、米国のリビア方式固執発言に対して「米国がわれわれの善意を冒涜し、非道に振舞い続けるなら、米朝首脳会談の再考を最高指導部に提起する」と発言した。
 同日、北朝鮮は、豊渓里の核実験場の坑道の爆破を行い、外国メディアに公開した。しかし率直に言って、坑道爆破の写真を見る限り、納得のいくものではない。
 こうした北朝鮮の態度に憤慨したトランプ大統領は、5月24日、現時点での会談は不適切と判断して、米朝首脳会談中止を金正恩委員長宛の書簡で伝えた。米国のこの態度に慌てた北朝鮮は、翌25日、金桂寛第1外務次官が、「トランプ大統領の米朝首脳会談開催という勇断を内心高く評価してきており、会談の取りやめは極めて遺憾だ。われわれは常に寛大で開かれた心で、いつでもいかなる方式であれ対座して問題を解決する用意がある」との趣旨の談話を発表。さらに同日、文在寅大統領に連絡して急遽南北首脳会談を実施し、米朝首脳会談開催への確固たる意思を表明した。
 その上で、5月30日、金英哲党副委員長が急遽訪米し、まずニューヨークでポンペオ長官と非核化および体制保証などについて二日にわたって協議をした後、6月1日ワシントンDCに飛び、今度はトランプ大統領と会談。そこで金英哲副委員長は、金正恩委員長の親書を手渡し、3日帰国の途に就いた。
 国家の最高首脳までを取り込んだこのような北朝鮮の素早い対応は、その内容の是非は別にして、なかなかできないことだ。
 この局面は北朝鮮にとって「危機」であった。それではなぜここで北朝鮮は、変身をしたのかだ。ここで米国との会談が中止に追い込まれ手を切られた場合、米国がとる最後の手段は軍事行動しかなく、それに対する恐怖があったと思う。経済的理由だけであれば、じわじわとした痛みではあるが、何とか耐え抜いていくことはできる。しかし数週間という短い時間内に軍事行動に出て一気呵成に攻められた場合、北朝鮮にはすぐに対応できる対抗手段はほとんどない。それだけは絶対避けたい。
 経済制裁の効果が効いていただけなら、急転直下、このような態度の急変は起こらなかっただろう。このことからも、北朝鮮が米国(の軍事行動)に対して本当に怖がっていることは事実であろう。これを裏返して言えば、北朝鮮の核弾道ミサイルの能力が、ニューヨークやワシントンなど米本土を狙い破滅させるまでには至っていないことの反証になるかもしれない。北朝鮮が米国の軍事攻撃に対して本当に反撃(核弾頭付ICBM)できる能力があれば、そこまで慌てる必要はないはずだ。5月16日以降の「危機」は、このようなことを暗示しているのではないかと考えられる。いずれにしても、癪ではあるが、この北朝鮮の危機管理は見事であった。

(4)2018年6月
 トランプ大統領は6月2日、米朝首脳会談を6月12日にシンガポールで行うことを正式に発表。合わせて朝鮮戦争の終結に関し、「前進できる公算」ありと示唆した。このことは在韓米軍の撤退問題とも直結する問題であったことから、同日、シンガポールのシャングリア会議に出席していたマティス国防長官は、朝鮮戦争終結に関するトランプ大統領の発言に対して、「在韓米軍問題は(米朝首脳会談の)議題にならない」と反応した。
 ただ、この流れを見て私は、トランプ大統領とマティス国防長官との間でどれだけ意思疎通がなされていたのかと疑問を感じた。
 その後、カナダ・シャルルボワでのG7サミットに出席していたトランプ大統領は「今回の対話は1回限りの機会である」と発言し(6月10日)、同日、サミットを中座して、首脳会談の開催地シンガポールに向った。
 6月11日の「朝鮮中央通信」は、初めて米朝首脳会談に言及し、時代に即した新たな朝米関係の樹立、朝鮮半島の恒久的・強固な平和体制の構築、朝鮮半島の非核化実現、共通の関心事について幅広く意見交換など行うとし、「全世界の大きな関心と期待の中での歴史上初の朝米首脳会談」だと期待を示した。
 翌6月12日、ついに米朝首脳会談が行われ、同日のFOXニュースとのインタビューにおいてトランプ大統領は、「(金正恩委員長は)帰国後ほぼ即座に非核化プロセスを始めるだろう」と発言し、(共同声明文にはCVIDについての記載はないが)非核化の具体的措置が早期に着手されるだろうと期待感を示した。
 一方、翌13日の「朝鮮中央通信」は、首脳会談について次のように報じた。
―――両首脳は、朝鮮半島の平和と安定、非核化実現過程で「段階別、同時行動の原則」の遵守が重要だという点で一致した。トランプ大統領は、米朝対話中の米韓合同軍事演習は中止し、関係改善に伴う制裁解除の意向を表明した。金正恩委員長は、米側の信頼構築措置に応じ、以後の措置を講ずる立場にある。
 ここで問題になったのは、12日の会談直後の記者会見において大統領が、米韓合同演習の中止と将来問題と条件は付けたものの、在韓米軍の撤退の可能性にまで言及したことである。会談後の記者会見でトランプ大統領は、本件が首脳会談の討議項目であったことを否定していたが、朝鮮中央通信が「金正恩委員長の『相手を敵視する軍事行動中止の先行決断が必要』との発言に対しトランプ大統領は『米韓合同軍事演習の中止や安全の保証の提供、関係改善の進展に伴う対北制裁解除』の意向があると応じた」と報じたために、そののちに正確な表現に定義しなおして「(米韓合同演習の中止を肯定的に)論議をした」と訂正した。
 次に、核廃絶プロセスについては、金正恩委員長は、「米国が北朝鮮の満足する措置を講じるならば、それに応じて非核化のプロセスを進める」という、一方的な北の核廃絶措置ではなく、米国の信頼醸成措置に応じて段階的に核廃絶措置を講ずる」という立場である。これは米国が主張してきたCVIDとは全く違うものだ。
 6月13日、ポンペオ長官は、トランプ政権1期目で北朝鮮の非核化を達成したい旨を表明すると共に、北朝鮮との交渉が不調の場合には米韓合同軍事演習を再開するとした。米国としては、NATOや日米同盟などとの含みもあり、無条件で米韓合同軍事演習を止めたのではないことを明言したのだった。
 そして14日に中国とロシアからは、そろそろ対北朝鮮経済制裁緩和を考える時期ではないかとの発言が出てきた。それとあわせるかのようにトランプ大統領も、もはや北朝鮮からの核の脅威は消滅したので、首脳会談で議論はしなかったが、在韓米軍は巨額の費用もかかるからできれば撤退したいし、軍事演習も中止して経費を節約したいと再度発言をして、周囲をあきれさせた。
 6月14日、ソウルで日米韓外相会議が開催され、その席でポンペオ長官が米朝首脳会談の結果を説明した。そこで同長官は、完全非核化まで制裁解除はないこと、トランプ大統領は拉致被害者帰国について明確に発言したこと、そして金正恩委員長からもはっきりとした返事があった旨が伝えられた。
 翌15日、米上院駐韓大使指名公聴会においてハリス氏は、金正恩委員長の非核化交渉の真剣度を判定する意味で主な軍事演習は中止すべきだと発言したが、そこには主要でない演習はやってもいいという含みを残した。
 一方、死に直面するほどにガンとの闘病生活をしていたマケイン上院議員は病床からメッセージをだして「合同軍事演習中止は間違いだ。この決定は不必要かつ一方的な譲歩であり、米国の利益にならないし、悪い交渉戦術だった」と力を振り絞って非難した。
 その後、6月19日、北朝鮮からは何のアクションもない中、米韓両政府は、8月に予定された米韓合同指揮所演習「乙支フリーダム・ガーディアン」の中止を一方的に発表した。

3.米朝首脳会談共同声明をどう見るか

 今回の米朝首脳会談声明については、賛否両論があるが、ここで整理してみよう。

(1)共同声明について
<トランプ大統領と金委員長は、新たな米朝関係の確立と、朝鮮半島における持続的で強固な平和体制の構築に関連する諸問題について、包括的で詳細、かつ誠実な意見交換をした。トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した>
 この共同声明の最大のポイントは、米国が北朝鮮の「安全の保証」を約束し、北朝鮮が「朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束」を再確認したことだ。この箇所の問題点としては、次の点である。
①米国は署名文書で北朝鮮の安全を保証した。
②北朝鮮は非核化への具体的措置の明記を回避した。
<新たな米朝関係の確立が、朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化を促進できることを認識し、トランプ大統領と金委員長は次のことを言明する。
①米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を確立すると約束する
②米国と北朝鮮は、朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を築くため共に努力する
③2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する
④米国と北朝鮮は(朝鮮戦争の米国人)捕虜や行方不明兵士の遺体の収容を約束する。これには身元特定済みの遺体の即時帰国も含まれる>
 このパラグラフで北朝鮮は、③で2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力するとしたが、そもそも「板門店宣言」自体の内容が非常に不明確であり、既に配備済核爆発物の廃棄に言及していないし、非核化への具体的手順の判断を回避している(CVIDが不明確)。
 第4項目の遺骨収集については、日本人が鈍感な部分だ。戦争犠牲者の遺骨の収集は、普通その国の軍の任務だが、日本は戦後陸海軍がなくなったので、厚生省が引き継いだ。残念ながら厚生省は余り熱心ではない。いずれにしても、核問題を中心とする共同声明の中に遺骨収集の問題が入った点は見逃してはならない。遺骨返還問題はトランプ大統領にとって中間選挙はもとより再選にも大きな影響を与えうる事案であり、共同声明で言及しないわけにはいかなかった。同時に、大統領は、この問題を引き金として同じ人道問題である拉致問題を話題に乗せたことは十分に想像できる。
<史上初の米朝首脳会談が両国間の何十年にもわたる緊張状態や敵対関係を克服し、新たな未来を切り開く上で大きな意義を持つ画期的な出来事だったと認識し、トランプ大統領と金委員長は共同声明の規定を全面的かつ迅速に実行に移すと約束する>
 「迅速に実行に移す」ことを約束したものの、その担保がなく、CVIDが骨抜きになっている上、これらが拘束力のない単なる努力目標に過ぎない。そして北朝鮮の核廃棄開始時期とその中身について、今後どのように明らかにされるか注目しなければならない。
<米朝首脳会談の成果を履行するため、米国と北朝鮮はマイク・ポンペオ米国務長官と北朝鮮の担当高官が主導して、できるだけ早い日程でさらなる交渉を行うと約束する>
 ここでのポイントは、金正恩委員長は、「迅速に実行に移す」とし、そのために米朝間の担当高官が主導して進めるとしたが、米国側担当官(ポンペオ長官)は決まっているのに北朝鮮側は決まっていない。
 こう見てくるとこの共同声明には相当「穴」があることがわかる。今日の時点で(6月20日)すでに首脳会談後1週間近くが経過しているが、何の音沙汰もない。今後、2カ月経過しても進捗していないとすれば、おそらく見通しは厳しいといえる。

(2)北朝鮮の報道
 米朝首脳会談の翌日(13日)の「朝鮮中央通信」の報道では、非核化実現過程は「段階別、同時行動の原則」で一致し、(米国の)信頼構築措置に応じて(北朝鮮は)以後の措置をとるとした。
 このような姿勢は、米国が求めてきたCVIDとは正反対のものであり、北の言う、米国の信頼構築措置という文言の意味が、米韓合同軍事演習中止なのか、見返り援助の再開なのかなど、詳細は一切不明だ。国連決議や国際社会の現状では、見返り援助の再開はほとんど期待できない措置だ。米国の立場から言うと、北朝鮮が非核化実現プロセスを進める前提の上で米韓合同軍事演習の中止をするとしているのであって、順序が逆になっている。
 これらから、米朝間の非核化プロセスには越えがたい溝が存在することも確かである。その辺については、ポンペオ長官と北朝鮮の担当官の間の会談での議論の行方を見守るしかない。

(3)米韓合同軍事演習中止と在韓米軍縮小・撤退について
 トランプ大統領が会談の中で、この問題を議題として認め、しかも大統領が自ら縮小・撤退論を言い出したことは、ある意味で米国民や同盟国に対する「背信行為」といってもいいだろう。この問題は、単に米韓同盟だけにとどまる問題ではなく、日米同盟やNATOとも関連してくるし、米国の世界戦略・同盟国の安全保障ともかかわる深刻な問題である。
 米韓同盟は、もともと朝鮮戦争後の朝鮮半島の平和と安定に寄与するという当時の要請から生まれたものであった。現在でも南北が対峙する38度線を防衛するという役割は小さくないが、米韓同盟と在韓米軍の役割は、いまや朝鮮半島に限定されず、アジア全体の安全保障と密接に関連するものに拡大・変容した。
 また在韓米軍という地上軍の役割について考えてみると、対中戦略、アジアの安全保障という視点からいうと、ユーラシア大陸の一角に米地上軍が一個師団程度でも存在し、米軍全体のメカニズムの中で機動的に運用されているということは、中国の軍事的プラニングを難しくする役割がある。戦争とは、ある面で智恵の戦いでもあるので、相手国の軍事プラニングを難しくしただけでも4割は勝ったとさえいえる。
 いまや米韓同盟は、アジアの平和に寄与すると同時に、米国の国益になりつつある。ゆえにもし米国がそこから手を引くようなこと(=縮小・撤退)があれば、その時は、日本としても米国を非難しないといけない。なぜならそれは日本の安全保障にも直結しているからである。
 トランプ大統領によるTPPからの離脱表明は経済体制の次元以上の問題があったが、今回のトランプ発言はアジアの安全保障の次元を超えて、NATO、日本、韓国という駐留米軍を伴う、世界を支えてきた安全保障の三つの同盟体制が足をすくわれたという思いだ。この点で今回の発言は、許せない行為だ。
 米国が中国と貿易・経済で対抗しているのは評価するにしても、米国の長期的競争者である中国のへの対応という観点は、不十分といわざるを得ない。というのも、在韓米軍の縮小・撤退は、中朝両国の究極的戦略目標であり、トランプ大統領の口から一方的にそれを言い出したことは、両国にとって思いがけないギフトであった。世界の中の米大統領としての発言としては極めて不適切であった。

(4)拉致問題、人道・人権問題
 米朝首脳会談後のトランプ大統領の記者会見で最初の質問が北朝鮮の人権問題であったが、まともに答えていなかったことに見られるように、(拉致問題を含め)同大統領の人道・人権問題への取り組みの弱さがはっきりした。つまりトランプ大統領は、自由とか人権の様な米国の基本価値の議論を避け、核合意のみを追求し、さらには独裁者、人権の抑圧者である金正恩委員長の人格を承認して対等な立場を演出したのである。金委員長を「素晴らしい若者だ」と褒め称えることさえしている。
 この問題は、北朝鮮だけではなく、その背後にある中国にとっても、うまく交渉をやればトランプ大統領は人権問題でそれほど攻めてこないという心証を得たように思う。
 結論としては、精緻に練り上げられた対応策と戦略が不在の、その場しのぎで「腰だめ射撃」的な米国の対応が目立った米朝首脳会談だったといえる。

4.米朝首脳会談の評価

 現時点(2018年6月20日)でいうと、まだ会談後の経過措置が出てこないために総合的な評価を下すことはできないが、両国の所期の目的の達成度という観点から評価を下すと、北朝鮮は◎、米国は×に近い△というところであろうか。
 まずいえることは、5月24日のトランプ大統領の会談中止決定という最大の危機を北朝鮮は、なりふり構わぬ全力での修復努力によって、何とか首脳会談開始にこぎつけ、北朝鮮にとって有利な環境醸成に成功したことは、ある面では(敵ながら)「見事」だったと思う。このような国と外交交渉は、改めて手ごわいといわざるを得ない。
 共同声明の内容を見てもそれはいえる。米国は北朝鮮に「安全の保証」を約束したが、北朝鮮としてはこれによって自国に対する軍事力行使の危機を当面回避することができ、今後の米朝調整の引き伸ばしを図る可能性もある。
 また声明に具体的な非核化措置が盛り込まれなかったことで、北朝鮮は「核カード」を温存することに成功したといえる半面、米国にとってはCVIDの具現に暗雲が垂れ込めた。
 トランプ大統領は、自分がやってのけたという自信を深めているふしがあるが、下手をするとこの交渉は長期化・泥沼化する恐れが十分ある。ポンペオ長官と北朝鮮の担当官との交渉の進捗状況次第ではあるが、核廃棄ができない公算も出てきている。そこでその先のシナリオとして、北朝鮮が核保有国になった場合のことをそろそろ考えて戦略を練っておく必要がある。
 最悪のシナリオとしては、北朝鮮が核保有国になることだ。北朝鮮は、すでに核保有国だと宣言しているが、現在米国は非認定の立場である。今回の交渉を通じて、CVIDを実行させられなければ、世界規模の核拡散の恐れも出てきた。
 ここで日本の立場を考えてみよう。日本が北朝鮮に切ることのできるカードは、経済再建の最大の貢献国という立場である。これをいつどのように使うかについて、しっかりと戦略を練り上げておかないといけない。タイミングとしては、非核化プロセスが進捗し拉致問題が解決したときである。どうカードを出すべきか。日本はカードを出すことを否定的にとらえてはいけない。出すときには積極的に出さないといけない。つまりそれによって非核化を完全に進め、アジアの平和安定にもっていくのである。

(本稿は、2018年6月20日に開催した「メディア有識者懇談会」における発題内容を整理してまとめたものである。)