TICADは日本・アフリカ双方の利益になる協議を

TICADは日本・アフリカ双方の利益になる協議を

2019年7月6日

 828日から30日まで横浜市のパシフィコ横浜で、「第7回アフリカ開発会議(TICADⅦ)」が開催される。今年の会議にはアフリカ54カ国の代表が招待され、各国政府首脳、国際機関幹部など4500人以上が参加する見通しだ。出席する首脳は、本稿執筆時(6月末)まだ確定していないが、毎回、30名を超える大統領、首相級が顔を連ねており、6月に開催された大阪・G-20首脳会議に匹敵する大きな国際会議となることは間違いない。
 TICADTokyo International Conference on African Developmentの略であるが、2008年の第4回会議から2回連続横浜で開かれ、前回2016年の第6TICADは、アフリカ諸国の希望で会場をアフリカに移し、ケニア・ナイロビ開催だった。創設当初は5年に1度だったが、最近は3年に1度の割合で開かれている。
 私はこのTICAD199310月の第1回会議から継続して取材しており、その都度、過ぎた四半世紀のアフリカ諸国の変化を肌で感じている。第1TICADは、東京の高輪プリンスホテルで開かれた。だが、日本のマスコミの関心は低く、その頃、新聞記者だった私が会場を見渡した限り、仲間の姿は見えなかった。気合を入れて書いた長尺の記事も大幅に削られ、翌日の記事は小さなものだった。マスコミだけでなくTICADに対する日本社会の関心は、極めて低かったのだ。
 当時は冷戦の終焉で、東西両陣営によるアフリカ諸国への援助合戦が消滅、冷戦に勝利した米国も戦略的魅力を失ったアフリカに関心を失っていた。主要な援助国だった英仏など欧州の旧宗主国も、長期化する自国の経済停滞で援助疲れに陥り、アフリカに目を向ける余裕は無かった。日本もバブル経済が弾けて緊縮財政期に入っていたが、まだ余力が残っていた。世界一の援助国の責任として、逆境にあるアフリカの支援をあえて買って出たのがTICADだったのだ。アフリカ開発を取材の主題としていた私は、世界の目をアフリカに向けさせようとする日本の政策に大いに賛同した。安保理常任理事国入りなど国連改革に注力していた日本が、まとまった票を持つアフリカ諸国と良好な関係を築きたいという狙いがあったことも、もちろん否定しない。
 TICADがアフリカの開発にどれだけ貢献したのか。アフリカの経済、社会開発に対するTICAD効果だけを抽出することは難しいが、個々の日本の政府開発援助(ODA)事業を検証すると、数多の成果を見ることが出来る。特に人材育成分野での貢献は大きい。それまでの欧米の対アフリカ支援は産業育成に傾斜し、人材育成面に弱点があった。だが、日本は多様な企業・個人の能力開発(Capacity Development)を実施したことで、アフリカの生産力向上という実績を残している。その代表例は日本のものづくりの代名詞でもある「カイゼン」の普及だ。2016年のTICADを契機に始まった「カイゼン・イニシアティブ」事業は、アフリカ企業の生産作業を見直し、効率性、安全性などを改善、製造業の体質強化に貢献している。今では約30のアフリカ諸国が「カイゼン」に取り組んでおり、「カイゼン」の動きは製造業のみならず病院、公共サービスにまで及んでいる。このほかにも、2014年から始まった「アフリカの若者のための産業人材育成(ABEイニシアティブ)」によって、53カ国、1200人のアフリカの若者が日本の大学や企業で研修を積み、帰国後、アフリカ産業を支える人材になっている。
 しかし、TICADの何よりの実績は、アフリカが国際社会から見放されていた時代、アフリカに目を向け続けたことだ。現在のアフリカは豊富な天然資源、急増する人口、インド太平洋と大西洋を結ぶ地政学的優位性などから世界の耳目が集まっている。TICADはアフリカがこうした躍進時代に入るまでの苦難の時を密に支えた功労者と言えるのだ。
 今年のTICADではアフリカ経済の多角化、強靭化などと共に、雇用創出、治安、防災能力の向上、質の高いインフラの整備などが話し合われる。また、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の主題の一つにもなっている「UHCUniversal Health Coverage)」に資する保健インフラの整備も議論される方針だ。どの議題も今後のアフリカのさらなる発展に欠かせないものだけに実りの多い議論が展開されるだろう。
 日本とアフリカは近年、貿易量が拡大、人の交流も急増している。地理的には遠くとも、今では近い国だ。日本とアフリカの交流拡大において留意しなくてはならないことは、数点ある。まずは54カ国もあるアフリカを一括りで論じないことだ。政治的混乱を克服して順調に国づくりを進めている国、豊富な天然資源を活用して経済が活性化している国があれば、政治・社会の停滞で未だに開発が遅れている国もある。TICADの場ではそれぞれの国の実情に合わせた丁寧な対話が行われるべきだろう。
 最も避けなければならないのは、日本の利益追求を前面に出す議事の進行だ。2006年から北京で首脳会議が始まった「中国アフリカ協力フォーラム」は、いわば中国版の「TICAD」だが、中国の国際社会での影響力拡大やアフリカの天然資源の取り込みを狙う中国の利益確保の底意が際立つ。こうした中国の対応に、「新植民地主義」とアフリカ側の警戒感も高まっている。TICAD Ⅶで、日本とアフリカ双方の利益を確保する民主的な話し合いが実施されれば、会議は成功したと評価されるだろう。
 もう一つは日本の民間企業に対する注文だ。近年のTICADには、アフリカでのビジネスを考える日本企業代表も数多く参加している。だが、過去のTICADで出会った多くのアフリカ代表が「日本企業はアフリカのリスクを恐れて及び腰だ」と言っていた。
 確かにアフリカには不安定な要素が残る国もある。だが、石橋を叩いているだけでは双方の利益にならない。すでに数多の外国企業がアフリカでビジネスを展開しており、日本は魅力溢れるアフリカ市場に乗り遅れる危険が迫っている。一方、本格的な経済成長が始まったアフリカ諸国にとって公的資金だけでは、資金不足に陥ることは自明だ。成長に弾みをつける民間企業の直接投資が不可欠だ。TICAD Ⅶに参加する日本の民間企業の方々には双方の利益に繋がる決断を望みたい。

政策オピニオン
杉下 恒夫 国際開発機構(FASID)理事長
著者プロフィール
読売新聞編集局部長、茨城大学人文学部・大学院教授、国際協力機構(JICA)客員専門員などを歴任し、2010年から一般財団法人国際開発機構(FASID)理事長。主な著書に『青年海外協力隊の軌跡と展望―世界を翔ける日本青年の素顔』『危ういジャーナリズム―途上国の民主化とメディア』他。

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