ウクライナ戦争の現状:強まる混迷・長期化の様相 —“終わりなき戦争”で良いのか—

ウクライナ戦争の現状:強まる混迷・長期化の様相 —“終わりなき戦争”で良いのか—

2023年11月1日
1.ウクライナ軍の反転攻勢開始

 ロシア・ウクライナ戦争開始から1年半以上が経過し、まもなく2年目を迎えようとしている。戦争が長期化するなか、戦闘を続ける両当事国は、停戦実現のための条件をどのように考えているのか。
 開戦当初はロシアとウクライナの間で和平に向けた動きもあった。昨年3月、トルコが仲介する停戦交渉において、ウクライナ側は北大西洋条約機構(NATO)に代わる安全保障の枠組みが出来れば中立化を受け入れ、ウクライナ国内での外国軍の駐留や基地は認めず、核兵器など大量破壊兵器も保有しないとした。またクリミア半島の帰属問題については、15年間かけて議論するとして“棚上げ‘にすることを提案した。一方ロシア側は停戦交渉にあたり、ゼレンスキー大統領の退陣(非ナチ化)は求めないとした。しかしその後、キーウ近郊のブチャでロシア軍が民間人を多数殺害したことからウクライナ側が態度を硬化させ、停戦交渉は中止され、当事国間の直接の話し合いはいまも止まったままである。
 以後、ウクライナ側は、クリミアを含めた「全領土の奪還」(=2014年の国境線まで領土を回復する)と露軍の完全撤退を目標に掲げるようになった。ゼレンスキー大統領は昨年11月、ウクライナの領土の一体性や露軍の撤退など10項目にわたる「平和の公式」を発表した(1)。これに対しロシア側は、クリミアやウクライナ東・南部の4州は既にロシアの領土であり、それを認めるようウクライナ側に迫っており、双方の立場は大きく異なっている。
 和平に向けた動きが見通せない中、戦争の長期化でウクライナの被害は増大する一方で、国民の戦争疲れも指摘される。そのうえ後述するように、いままでウクライナを支援してきた欧米諸国にも支援疲れが表面化しつつある。武器の提供をはじめとする支援の先細りを懸念するゼレンスキー大統領は、行き詰った戦局を打開すべく「年内の勝利」を目標に掲げるようになった。
 そして5月のG7(先進7カ国首脳会議)広島サミットに出席し、日米欧各国首脳に長期支援を求めた後、6月上旬から領土奪還のための大規模な反転攻勢に出た。ウクライナ側の戦術は、千キロ以上に広がる長大な戦線のうち、露軍の守りの手薄な南部のザポリージャ、ヘルソン州や東部ドネツク州のバフムートなどに戦力を集中させ、露軍防御陣地を分断突破しアゾフ海沿岸部へ進出。南部クリミアを砲撃の射程圏内に収めるところまで領土を奪還するとともに要衝メルトポリなどを奪い返し、ロシア領とクリミアを結ぶ補給線を分断してクリミアの露軍を孤立化させ、大規模な駐留の維持を難しくさせることを狙うものである。

2.クリミア半島奪還に賭ける熱い思い

 ゼレンスキー大統領は、ロシアに占拠されている東・南部4州と2014年に奪われたクリミア半島の奪還をめざしているが、なかでもロシアによる侵略の起点となったクリミア半島の奪還に賭ける思いは非常に強い。それを物語るのが、ウメロフ氏の国防相への起用だ。
 国防省を巡る汚職不正事件が後を絶たないことの責任を問われ、23年9月、ゼレンスキー大統領はレズニコフ国防相を解任し、その後任に国有財産基金のトップを務めていたルステム・ウメロフ氏を任命した。ウメロフ氏の起用は汚職対策と捉えられているが、それだけではない。この人事は、ロシアに奪われたクリミア半島の奪還に対する大統領の決意の強さをも示している。ウメロフ氏は、クリミア・タタール人のイスラム教徒なのだ。
 クリミア・タタール人は、クリミアがロシア帝国に併合される以前、クリミア半島を中心に先住していたテュルク系ムスリム住民をその起源とする。第2次世界大戦ではナチス・ドイツとの協力を疑われ、スターリンによって中央アジアに追放された。1944年5月、20万人超のクリミア・タタール人が突然強制移住を命じられ、荷物をまとめる余裕も与えられず列車に押し込まれ、数千キロ離れたウズベクやカザフへ移送されたのだ。その途次、あるいは移送先に到着した直後に数万人以上のクリミア・タタール人が亡くなった。ウメロフ氏の家族もこの時クリミアから追放され、同氏は1982年に移送先のウズベク・ソヴィエト社会主義共和国で生まれている。
 以後、クリミア・タタール人は故郷クリミアへの帰還実現を悲願とし、ようやく1980年代後半、ウメロフ氏の家族を含む多くのクリミア・タタール人がクリミア半島への帰郷を許された。現在、クリミア・タタール人はクリミア半島の人口のおよそ12%〜15%を占めている。2014年のロシアによるクリミア半島強奪は、彼らにとっては二度目の故郷喪失となる。クリミア奪還という目標は非現実的だとの意見もあるが、ゼレンスキー氏がその目標を実現するうえで最も重要なポストにクリミア・タタール人を据えたのは、クリミア奪還を決して諦めないとの強いメッセージが込められているのだ。今次の反攻作戦にもクリミア・タタール人の部隊が参加している。

3.和平を視野に入れた反転攻勢

 反転攻勢開始後の7月、ゼレンスキー大統領はロシアとの停戦条件について、「ウクライナ軍が本来のロシア国境まで達した時に外交交渉の前提が整う」と述べ、奪われた南部クリミア半島や東部ドンバス地域も含め、これまでと同様、全土の奪還が反転攻勢の目標であることを改めて強調した。またスペインのサンチェス首相との共同記者会見で、ロシアが侵攻を始めた昨年2月時点の境界は「国境ではない」と訴えている。ロシア側も、クリミアに加え、2022年10月に住民投票によって東・南部4州がロシアに「併合」された「領土上の新たな現実」をウクライナが認めることが交渉に応じる前提であるとの立場を崩していない
 ところが、ゼレンスキー大統領はこうした立場とは異なる和平案を密かに検討しているとの報道が一部メディアでなされた。反攻作戦で一定の領土を奪還することを前提に、年内にロシアとの停戦協議を始める計画があるというものだ。ワシントン・ポスト紙が6月30日に報じた。ゼレンスキー大統領はこれまで全領土を奪還するまでプーチン政権との交渉を拒否する姿勢を強調しており、ワシントンポスト紙の記事が事実ならば、ウクライナ側の大きな方針転換となる。
 同紙によれば、米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官が6月にウクライナを極秘訪問した際、ゼレンスキー氏や情報機関トップらとの会談で計画について説明を受けたという。その計画によれば、ウクライナ軍は反転攻勢によってロシアが2014年に一方的に併合した南部クリミアを砲撃の射程圏内に収めるところまで領土を奪還する。また東部ドネツク州の要衝バフムト方面でも地上部隊を前進させ、ロシアに圧力をかけることで、全領土の奪還を未だ達成していなくとも停戦交渉に入るというものだ。しかし、クリミア射程圏まで領土を奪還するというウクライナの計画は、反転攻勢の遅れで実現が難しくなっている。

4.厚いロシアの防御陣地

 国土の2割近くを占める東部と南部の露軍占領地の分断を目指すウクライナ軍は、欧米から供与されたドイツ製主力戦車レオパルトを前線に投入し、重武装での反転攻撃を実施、東部、南部の各所で露軍と激しい戦闘を繰り広げている。


 しかし、反撃に着手した時期が予定よりも遅れ、その間ロシアに強固な防御網を築く時間を与えてしまった。露軍は南部サボリージャ州を中心に、鉄壁の防御陣地を構築(図1参照)。戦車の進攻を阻むトレンチ(溝)に落ちると欧米から調達した戦車も身動きが取れなくなる。その先には1平方メートルあたり5〜6個もの地雷を敷き詰めた地雷原が待ち受ける。さらに対戦車壕や「竜の歯」と呼ばれる高さ1メートルほどの四角錐の形をしたコンクリートブロックの障害物がウクライナ軍に立ちはだかる。それらを突破しても、塹壕に立て籠もるロシア兵が待ち構え狙撃してくる。攻撃ヘリの大量投入や通信妨害などの戦法もウクライナ軍の進撃を阻む。そのほか露軍は南部ヘルソン州でドニエプル川に設置されたカホフカ水力発電所のダムを爆破、決壊させウクライナ軍の進撃を阻止している。
 このように幾重にも敷かれた露軍の強固な防衛線を打ち破ることは容易でなく、これが苦戦の原因となっている。6月上旬に開始した反攻作戦の最初の2週間だけで、ウクライナ軍は戦場に投入した兵器の20%を失ったと伝えられる。昨年9月、ウクライナ軍が北東部ハルキウ州で反攻作戦を展開した際は、6日間で3千平方キロの領土を奪還したが、今年6月の反転攻勢では当初一月の間にロシアから奪還した南部の領土は約160平方キロに留まり、進撃のペースは非常に遅い。
 年内の勝利を目標としてきたウクライナだが、レズニコフ国防相は7月下旬、CNNのインタビューで「来年夏までにロシアに勝利する」と軌道修正し、早くも越年を視野に入れざるを得なくなった。ゼレンスキー大統領も「希望よりも遅れている」ことを認めた。

5.ウクライナ軍が露軍の防衛線を突破

 苦戦するウクライナ軍を助けるため、自由ロシア軍やロシア義勇軍などの親宇反露派武装組織がウクライナ軍の南部攻勢と連動して、ロシア西部国境に位置するベルゴロド州などに侵入し陽動作戦を展開している。またウクライナ側は首都モスクワなどロシア領内への無人機攻撃を繰り返し、ロシア市民に動揺を与えている。一方ロシア側も、キーウなどウクライナ後方地域の都市や生産設備、穀物拠点、電力インフラ等へのミサイルやイラン製無人機による攻撃を多用し、ウクライナの継戦能力や戦意の低下を狙っている。

 そうした中、反転攻勢を進めるウクライナ軍は8月末、ようやく南部サボロジエ州で露軍の第1防衛線を突破することに成功し、ザポリージャ州西部のロボティネ村奪還を宣言。同州の要衝トクマクに向け前進を開始した。ウクライナ軍はその後も少しずつ前進を続けており、同州ロボティネ東方の集落ベルボベ村でロシアの第3防衛線を装甲車で突破している。こうした勢いを維持し、ウクライナ軍がさらにロシアの防衛線を各所で突破、なかでも交通の要衝であるトクマクを奪還できるか否かが南部戦線の行方を占う一つの鍵になる(図2参照)。
 ただ露軍もトクマク周辺の防衛線の強化を急いでおり、ウクライナの歩兵部隊が防衛線を突破したとしても、その後に装甲車などの大部隊が続き、線や点ではなく露軍陣地を面で制圧しない限り領土の奪還には至らない。
 一方クリミア半島では、露軍の補給路寸断を目的に、昨年10月に続き今年7月、ウクライナ軍は南部クリミアと露本土を結ぶ「クリミア大橋」をミサイル攻撃した。また露軍海軍基地への無人機攻撃やロシアのタンカー、露軍揚陸艦を水上無人艇で攻撃。さらに9月にはセバストポリにある黒海艦隊司令部をピンポイント攻撃で破壊するなど露軍に大きな打撃を与えている。クリミア半島への攻撃には、英国やフランスから供与を受けた巡航ミサイルが威力を発揮している。先述したようにゼレンスキー大統領は、公式にはいまも全領土の奪還を目標に掲げている。ウクライナの世論調査も「たとえ戦争が長引いても領土問題で妥協すべきではない」との意見が8割を超える。だがクリミアや東・南部各州を取り戻すための具体論になると、その道筋は見えて来ない。
 そのうえウクライナ側には時間の制約がある。晩秋から初冬にかけて雪や冷雨で地面が泥濘み出すと戦車が使えず、進撃は困難になるからだ。大規模な戦闘が可能なのは「あと一月」と言われている。本格的な冬が到来すれば反転攻勢は事実上終了となり、来春まで阻止持久で持ちこたえるしかない。さらにより深刻な事情も表面化しつつある。米国はじめ各国のウクライナ支援に陰りが出始めているのだ。

6.欧米諸国の支援疲れ

 ロシアの軍事侵攻以来、ウクライナでは18歳から60歳の男性が徴兵の対象となり、出国が禁じられた。しかし、各地の徴兵事務所の責任者に賄賂を贈るなどの汚職があとを絶たない。露軍侵攻当初、愛国的な精神が横溢していたウクライナも、戦争の長期化や犠牲の増大に伴い、厭戦気分や徴兵逃れ、武器の横流しなどの不正が目立ち始めている。戦争疲れはウクライナだけに留まらず、ウクライナを支援してきた各国でも顕著になっている。
 米国では共和党支持者の中から、ウクライナ戦争への支援削減や見直しを求める声が強まっている。CNNが8月に行った世論調査では「議会はウクライナ支援のための追加支援を承認すべきではない」という回答が55%となった。共和党支持者だとこの回答は71%に上る。また「ウクライナに十分な支援をした」が51%で、「もっと支援すべきだ」の48%を上回った。トランプやデサンティス、ラマスワミら共和党の大統領候補もウクライナ支援の継続に否定的だ。
 そのため、政府機関の一部閉鎖を回避するため9月末に成立したつなぎ予算では、下院多数派を握る共和党の賛成を取り付けるため、ウクライナ支援分の経費が除外された。国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官は「短期間でも支援が途切れれば、戦況は一変」し、プーチン大統領を利することになると警告、また議会が追加資金を承認しなければ、米国の支援は「あと2カ月程度で底を突く」と指摘したが、マッカーシー下院議長を解任に追い込んだ共和党強硬右派は支援に強く反対しており、ウクライナ支援継続の先行きは不透明だ。
 欧州でも、ウクライナに隣接するポーランドやスロバキアで、ウクライナ支援を見直す姿勢が目立ってきた。ポーランドは、ロシアがウクライナに軍侵攻をして以来一貫してウクライナを支援し、100万人以上の避難民を受け入れたほか重火器を積極的に提供してきた。ところが9月になり、モラウィエツキ首相はウクライナへの武器供与を停止すると表明した。問題の背景には、ロシアがウクライナ産穀物の黒海経由での輸出にストップをかけて以来、ウクライナ産の安価な穀物がポーランドに輸送され、ポーランド農民の生活を脅かすようになったことが関わっている。ポーランド政府は同じ事情にあるスロバキア、ハンガリーと共にウクライナ産穀物の輸入禁止処置を取ったところ、ウクライナ政府がポーランドを世界貿易機関(WTO)に提訴したため、モラウィエツキ首相が反発したのだ。
 ポーランドでは議会選挙が控えており、2期8年間政権を運営してきた保守系与党「法と正義(PiS)」と中道リベラル派の最大野党「市民プラットフォーム」(PO)が拮抗していた。与党「法と正義」が政権を維持するには、ウクライナ産穀物の輸入を禁じ党の有力支持基盤である農民層の支持を固める必要があったのだ。
 スロバキアやハンガリーでも選挙や世論がウクライナ支援策に影響を及ぼしている。スロバキアでは9月末の議会選挙で、ウクライナへの軍事支援停止と対露制裁に反対するフィツォ元首相率いる中道左派野党スメルが第一党になり、10月下旬フィツォ氏を首相とする新連立政権が発足し、ウクライナへの軍事支援停止を正式に表明した。一方ハンガリーは、ウクライナ国内のハンガリー系住民の権利が守られていないとして、オルバン首相は権利が回復されるまで国際的な問題ではウクライナを支持しないと表明した。今後、ウクライナ支援の足並みの乱れが東欧に留まらず各国に広がりを見せる事態が懸念される。

7.さらなる戦争の長期化とウクライナの苦境

 大規模な反転攻勢もウクライナが見込んだほどの戦果は挙げられず、戦局は一進一退が続いている。欧米では、今回の反転攻勢でもウクライナが強く望むクリミア半島の奪還は難しいとの見方が支配的だ。ゼレンスキー大統領は9月、CNNのインタビューで「誰かと妥協や対話をしたくても、嘘つきとは不可能だ」と述べ、プーチン大統領との停戦交渉に否定的な考えを示した。領土奪還で大きな進展が得られない以上、交渉を進めたくとも進めるめどが立たないのが実情だ。
 他方、ロシア側がクリミア半島返還交渉に応じる可能性はほとんどない。クリミア半島はソ連の支配下にあったが、フルシチョフ政権時代の1954年にウクライナ共和国に管轄され、ソ連崩壊以降は独立したウクライナの領土となった。こうした歴史的経緯からロシア系住民が多く住む地柄だ。プーチン政権への批判が強まっていた2014年、ウクライナの政変でロシア寄りのヤヌコビッチ政権が倒れるや、プーチン大統領は覆面部隊を送り込んでクリミア半島を電撃的に制圧。現地の親露派勢力と住民投票を強行してロシアに併合した。
 この失地回復でロシア国民の愛国ムードが高まり、プーチン政権支持率の回復と政権基盤の盤石化に繋がった。プーチン大統領にとってクリミアは自らの力の象徴であり、政権のレガシーともなっている。これを安易に手放せば、自身の政治的権威や支配力の低下を招く虞がある。来年3月に大統領選挙を控えるプーチン大統領がそのような選択肢を選ぶとは考え難い。戦況が激変しない限り、既に露領への編入手続きを終えた東・南部諸州の返還交渉にも応じないだろう。
 しかもロシアは長期戦を戦い抜く態勢を着々と整えつつある。プーチン大統領は志願兵30万人を新たに確保できたと発表、また来年1月から徴兵上限を現行の27歳から30歳に引き上げるほか、来年の国防費を今年の1.7倍に増やす。ロシアに対する経済制裁も、実際に参加しているのは世界の国の4分の1程に過ぎず、巧妙な抜け道も用意されており制裁の効果は限定的だ。民主国家であれば、長期戦に伴い厭戦気分が蔓延して政治的に苦しい立場に追い込まれるが、強権支配に慣れたロシアではプーチンの独裁体制は安定的で、戦争継続を阻む国内の力は弱い。プーチン大統領は10月、南部ソチで開かれた国際情勢に関する会議で演説し、ウクライナ支援を含む政府予算を巡る米国共和党の内紛や、欧州諸国に広がる支援疲れを念頭に「西側からの援助が打ち切られれば、ウクライナの軍事活動と経済は数日で崩壊するだろう」と強気の姿勢を誇示した。
 これに対しウクライナ側はロシアへの越境攻撃が政治的に行えず、露軍の拠点を叩けないばかりか、戦争が長引くほど自国領土の荒廃と犠牲者の増大を招くことになる。国境線が長大なため築城や防御陣地構築にも限界が伴う。ウクライナが軍事的に勝利することは極めて難しい状況にある。そのうえ欧米では支援見直しの声が高まっている。来年の米国大統領選挙でウクライナ支援の停止と対露融和を説くトランプ氏が再選されれば、戦争の継続自体が危うくなろう。逆にプーチン大統領にすれば、長期戦に持ち込めばロシアに有利な国際環境が生まれることが期待でき、停戦交渉に臨む条件を引き下げることも望み薄だ。
 ロシアのラブロフ外相は9月、ニューヨークの国連本部での記者会見で、ゼレンスキー大統領が提唱する「10項目の和平案」について「完全に実現不可能だ」と断言し、「交渉による解決は今のところ考えられず、ウクライナが戦争で雌雄を決するというのであれば、ロシアは受けて立つ。戦場でぜひ解決しよう」と述べ、ロシアは一歩も退かず目的完遂に向け戦い続ける決意を表明した。

8.第三国による和平仲介の動き

 和平実現に向けた第三国の動きを見ると、今年2月、中国がロシアとウクライナの和平協議を呼びかけ「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題した12項目の和平協議のための条件を提示した。だがこの12項目には、ウクライナが和平の前提としている「露軍の占領地からの全面撤退」が含まれておらず、また対露制裁の一方的停止などロシア寄りの提案のため具体的な動きには繋がらなかった。7月にはサンクトペテルブルクで開催された第2回「ロシア・アフリカ首脳会議」でアフリカ諸国が和平案を提示、そのほかG7やグローバルサウスなどが参加した各国高官による和平協議が6月デンマークで、8月にはサウジアラビアで開かれたが、いずれも和平交渉を動かすだけの成果を得ることは出来なかった。しかも欧州連合(EU)や米国はウクライナ支援の立場を堅持するだけで、表立って和平仲介に動こうとしていない。

9.総括

 ロシアに停戦の意志は乏しく、戦争継続の態勢を固めている。一方、ウクライナは反転攻勢で停戦交渉のための有利な条件を作り出せず、国土の荒廃や厭戦気分の高まり、さらに欧米の支援疲れに直面し、苦しい立場に追い込まれている。第三国による和平仲介の動きも期待薄だ。トランプ政権誕生の可能性など置かれている厳しい状況を踏まえるならば、ロシアとの間で停戦に向けた話し合いを再開させる時期に来ているように思える。
 その場合、例えば①関係国がウクライナの安全を保障する枠組みを用意する場合は、NATO加盟は断念する②クリミアの帰属は未解決案件として棚上げする。さらに③ロシアが併合した東・南部4州(ドネツク、ヘルソン、ルハンスク、ザポリージャ)についても全面返還に拘らないなどロシアを協議の場に引き出すため思い切った交渉条件の引き下げがウクライナには必要となろう。
 過去、ロシアに停戦合意を破棄された苦い体験を持つため、ウクライナはロシアとの講和や領土を巡る協議には懐疑的だ。それは一時的な和平に過ぎず結局は領土の喪失と再度の侵略をロシアに許すだけだと見ているからだ。そのような不信感は理解出来るし、両国の対立や相互不信は深く根を張っており、一時の講和や停戦によって恒久的な和解や関係改善が実現するとも思えない。しかし停戦を求めず、減少する支援の下で泥沼の長期戦を続ければ国土の荒廃と犠牲者の増大は極大化し、国家復興の途も閉ざされてしまう。
 過度な期待を持つことなく、関係諸国の関与と保障の下で、まずは被害極限と復興のための時を稼ぐ戦術的な講和や停戦へと歩を進めるべきではないか。パレスチナ紛争の勃発で、ウクライナに対する欧米の関与や支援はさらに低下を来す恐れが出てきた。戦いを続ければ続けるほどロシアよりも苦しい立場に追い込まれていく現実を、いまウクライナは直視すべきである。交戦相手のロシアも、戦争の長期化に伴い対中依存を強めており、これ以上戦争を長引かせ、中国の属国になり下がるような事態は避けたいはずだ。対話の糸口は皆無ではない。
 当事国だけでなく、ウクライナ戦争に関与することで欧州も米国も国力を低下させている。現在、ロシア支援の姿勢を見せながら中立を保ち、巧みに国力の損失を回避している中国だけが利する構図が生まれつつある。西側諸国が力による現状変更を認めず、侵略を許さぬという国際結束の重要性を誇示し続けるだけでは、ウクライナを瓦礫に埋める一方で中国にフリーハンドを与え、覇権主義的行動を許す危険が高まるばかりだ。停戦に向けて中国が主導権を握る事態も考えおかねばならない。
 欧米、特に米国はこれまでのような武器支援策の延長に留まらず、少しでもウクライナ側が有利となる枠組みの下での停戦実現に向け外交的なイニシアティブを発揮する段階に来ている。ウクライナも、そして支援する国々も、まさに正念場を迎えている。

(2023年10月23日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

 

【注釈】

(1)ゼレンスキー大統領は昨年11月15日、G20首脳会議の際に、以下のような戦争終結・平和の保証のための10条件「平和の公式(ピース・フォーミュラ)」を公表した。①放射能・核の安全②食糧安全保障③エネルギー安全保障④すべての被拘束者と追放された人々の解放⑤国連憲章の履行とウクライナの領土一体性と世界の秩序の回復⑥露軍の撤退と戦闘の停止⑦正義の回復⑧環境破壊行為(エコサイド)対策⑨エスカレーションの防止⑩戦争終結の確認。もっとも「平和の公式」の第6項目「露軍の撤退」が、2022年2月24日の侵略開始時のラインまでの撤退を指すのか、1991年の独立達成時のラインの達成を意味するのかは文面上からは明確ではない。第5項目「ウクライナの領土一体性」も同様の問題を孕んでいる。

国際情勢マンスリーレポート
ウクライナ戦争が長期化の様相を呈する中、停戦に向けた環境条件は厳しさを増す一方だ。ウクライナ戦争の現状を分析し、今後の展望を考察する。

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