インドの軍事戦略 —インド太平洋戦略の文脈と連携強化への課題—

インドの軍事戦略 —インド太平洋戦略の文脈と連携強化への課題—

2023年11月1日
はじめに

 昨年(2022年)夏に、印パ国境および印中国境の現場を視察する機会を得た。その緊張した風景を簡単にスケッチしてみたい。印中衝突の焦点となるような標高3000メートルを越えるところに世界一きれいなパンゴン湖があり、ここを経由して中国軍がインドに侵入した。2021年2月に印中両政府が部分撤退を合意したときに中国軍は、富士山頂ほどの高度の地域において200両の戦車を二日で撤退させたという。これはこのような地域に中国が巨大なインフラを整備していることを示している。
 印パ国境付近の空港には、何やら四角い建物があるが、かなり近くに行ってもそれが何なのかわからないようになっている。それは実は戦闘機を隠しているバンカーだが、1971年の印パ戦争では、ここを狙ってパキスタン軍が攻撃を開始した。そのためインドはそれを回避すべくバンカーを設置して要塞化しているのだ。インドは実戦を経験している国だけに、こうした対応をしっかりして空爆に備えている。
 印パ国境の高速道路を走ってみると、中央分離帯に一定距離間隔でインド兵士が立っている。これはパキスタンが支援するテロリストを警戒して、多くの兵士を配置し警備体制を敷いているものだ。また多くの軍用車両・装甲車が走っているが、その車両には銃を持った兵士が配置されている。これは非常に高い緊張感をもって警備に当たっていることを物語っている。
 本稿では、インドの軍事戦略を紹介しながら、それが日本の安全保障とどうかかわるかについて考えてみたい。

1.インドにとっての安全保障

(1)インドが直面する危機

 近年、インドは経済発展が続き、国力が増大して、インドの未来は明るいと言われる。しかしインドをめぐる環境条件の中には、それを阻害する要因があり、それを抑えるのが安全保障戦略だ。それではインドにとっての安全保障上の危機とは何か。主なものを挙げると、次の三つだ。

①パキスタン対策
②中国との国境の防衛
③インド洋における安全保障

 以下、それぞれについて詳しく述べる。

(2)パキスタン対策

 1971年第三次印パ戦争が起き、東パキスタンがインドによって占領された。それを機に独立運動が活発化して、同年12月、バングラデシュ人民共和国として独立した。その結果、パキスタンは人口の6割ほどを失い、(インドと関係で)弱い立場に立たされた。そこでパキスタンは、インドに対抗するために、核兵器の開発・保有とテロ支援を始めた。とくにテロを支援して、小さな傷を千与えれば大きな国も弱体化するはずだという「千の傷戦略」を展開した。
 インドとパキスタンにまたがるカシミール・インド管理地域におけるテロによる死者数の年次推移を見ると、ソ連のアフガン撤退後に増え始め、2001年の9.11事件に伴う米国のアフガン介入を境に減少に転じ(2300人余)、その後沈静化していった。
 こうしたテロ問題に対してインドは、パキスタン対策を講じた。
 従来インドは、パキスタンを南北に分断し突破すべく、印パ国境に多くの戦車部隊を配備して対応しようとした。ところが核兵器保有国になったパキスタンは、そのようなインドに対して核兵器を使うかもしれないということから、その戦略は断念せざるを得なくなった。20年以上にわたり(有効な対策が取れずに)我慢して対応してきたインドは、2014年にモディ政権が誕生すると雰囲気が大きく変わり、次のような新しい方法を実施し始めた。

①大規模な戦車部隊の配備を止め、小さな部隊に分けて国境付近に配置し、限定攻撃を加えた(「コールド・スタート・ドクトリン」)。このような限定的な攻撃に対しては、パキスタンは核兵器を小型化し、インドの小さな攻撃には小さな核攻撃を行う準備をして対抗した。
②テロリストには特殊部隊で襲撃。
2016年に実施した結果、テロ組織の拠点が国境から遠いパキスタン国内に移動した。
③空爆。
パキスタン国内に移動したテロ組織の拠点を空爆攻撃した(2019年)。
④海上封鎖。
2016年、2019年に封鎖できる体制と整えたものの、実行はしなかった。

 さらに外交的には、パキスタンを取り囲む周辺国と連携を図りながら、対パキスタン包囲網を形成しようとしている。主なものは次の通り。

①タジキスタン空軍基地設置
②旧アフガニスタン政府への訓練、武器供与
③イラク(1970-80年代)に空軍訓練
④イラン、チャーバハール空港建設
⑤イスラエル、UAE、米国との西のQUAD
⑥オマーンがマスカット港使用をインドに許可
⑦バルチスタン(パキスタン国内)の独立運動を支援(?)

2.対中国・国境対策

(1)活発化する中国の活動

 印中国境におけるインド側への中国軍の侵入が年々増える傾向がみられる。2011年に200回ほどだったのが、2012年以降400回前後を推移した後、2019年には663回と大幅に増加した。
 1975年以来初めて2020年に死傷者が出る衝突事件が発生した(インド側だけで数えても100名近い死傷者が出た)。このとき中国軍は、鉄の棒に多くの釘が付いた武器を5000人の兵士に持たせてインド側に侵入した。
 実は、印中間では衝突がエスカレートしないために「火器を使用しない」というルールを設けていた。2017年の衝突時には、両軍とも素手、石投げ程度の攻撃だったが、2020年のときに中国は火器(銃)使用はダメだということで、(計画的に)釘の付いた鉄の棒の武器をもって侵入したのだった。中国のやり方はグレーゾーンではあるが、明らかにインド側を挑発する行為だった。
 この2020年の事件はターニングポイントとなった。この時期を前後して中国軍は、大規模なハイテク装備の移動を行った。例えば、他の地域からDF-21弾道ミサイル、J-20ステルス戦闘機、H-6爆撃機及び巡航ミサイル、S-400地対空ミサイルなど最新兵器が、印中国境地域のチベットおよび新疆ウイグル自治区に配備され、飛行場などのインフラ工事も行われ、一部は何倍も大きくなった(図1)。

 このような緊張状態は現在も続いている。

(2)インド側の対応

①インフラ強化と戦力増強
 2020年の衝突時に中国軍は、インド側のインフラに沿って侵入してきた。例を挙げると、インドは、ラダク最北端の空軍前進基地DBOにつながる道の途中(印中国境に付近)に橋を建設したが、中国軍はこれに沿って侵入し、その建設を妨害しようとしたとみられる。それに対してインドは、それに屈せずにさまざまなインフラ建設を計画通り進めた。
 もう一つは国境警備強化のための軍事力の強化である。印中の戦力比について見てみると、インドの戦力は増強されつつあるが、計画は遅れ気味のために、緊急予算を付けて急がせた。
 武器購入においては、西側各国とも協力して、急ぎ納入した。例えば、フランスは、新型戦闘機と戦闘機から撃つ射程の長いミサイルを、米国は極寒(マイナス30-40度)地域でも戦闘を継続できる防寒戦闘用コード、標高の高いところでも使えるヘリコプター、ヘリコプターで運べる火砲M777、その火砲で撃てる誘導砲弾などである。
 インドは以前、戦闘機をパキスタンとの正面に多く配備していたが、現在は、中国正面に多く配備している。

②経済制裁
 2020年以降、インドは中国に対して経済制裁をもって対抗した。具体的な措置を挙げてみよう。

4月  インドと陸上国境を有する国からの投資について政府の事前審査制に変更した。インドと陸上国境を接していてインドに投資する国は、事実上中国しかないので、中国を狙った措置ということになる。
6月  中国からの300品目の輸入について関税の引き上げ措置。
6月末 TikTokを含む中国製アプリ59製品の禁止。中国のアプリは禁止しても代替アプリが次々に出て来て増え続けている。
7月  中国からの投資50件について政府審査。
7月  中国製の工事車両などについても、国境地帯での工事での使用禁止を検討提案報道。
7月  中国の7企業を中国軍との関連企業と定める。
7月末 中国製アプリ47製品も追加で禁止。
7月末 主に中国から輸入されている370分野の製品について低品質などで、21年3月末までにインド基準に合わなければ輸入禁止を発表。
8月  中国製アプリweibo、Baidu禁止。
11月 中国製アプリの追加禁止。

 中国は、このようなインドの対抗措置に対して「インド政府は中国に対してデカップリングしようとしている」と激しく非難した。元々印中貿易は、インドが原材料を輸出し、中国はそれを加工品にして輸出するという構造で、中国の黒字基調となっている。印中貿易額は制裁措置後も増加しているものの、このような貿易構造にあるために経済制裁は中国側にとって打撃が大きく対抗措置として取られたのであった。

③攻撃的防御の導入
 インドは中国の攻撃に対抗すべく反撃能力の向上を図っている。
 中印国境を地政学的にみると、中国側は標高が高いところに位置しているために中国軍は山から攻め下る形になりインド軍の状況や戦況がよくわかる上、補給品の運搬が比較的容易で、高地にいるので高山病にもかからないという陸上戦場の利点が大きい。ところが空軍に関して言うと、状況は逆転する。中国側は標高の高い位置に基地があり空気が薄く揚力が弱いために、戦闘機攻撃には不利な条件にある。インド側は、低い標高にあるのでそのようなことはなく、空中戦において有利な戦いをすることができる。そこでインド側は大きな部隊を戦闘機に載せてチベットや新疆ウイグル地区に飛び、空挺部隊を中国軍の背後に落として補給路や食料集積地を攻撃し、挟み撃ちにする。このようにインド軍は、チベットや新疆ウイグル地区を狙った攻撃部隊を創設している。
 またチベットや新疆ウイグル地区は山岳部で、中国軍の補給線は橋梁やトンネルに依存しているので、そこをミサイルで狙い撃ちすべく、インド側はこの地域に巡航ミサイルの配備を進めている。
 そのため、2020年秋にインドは、45日間で12回というミサイル実験を行った。主なミサイルは次の通り。

・ミサイル迎撃システムで迎撃困難な超音速新型弾頭
・長射程の巡航ミサイル複数種類
・信頼性の高い既存の弾道ミサイル
・攻撃の露払いに使用する対レーダーミサイル

 インドのミサイルの技術レベルは世界トップレベルと見られ、中国がミサイルや爆撃機配備を続けているため、こうした実験によりインドに報復能力があることを誇示している。
 以上をまとめると、つぎのようになる。
 中国の印中国境での活動はエスカレートし活発化している。そこでインド側は国境防衛を強化するために、軍事、経済、外交などあらゆる分野で対抗し、中国に警告を発している。さらに既存の方法だけではなく、先述した「攻撃的防御(日本式に言えば反撃能力)」のような、防御のための攻撃に出る新しい計画も進めている。

3.インド洋対策

(1)インド洋で活発化する中国軍

 中国軍のインド洋における活動は、とくに2000年代半ばより非常に活発化している。主な展開を見てみる。

2000年代半ば ミャンマーのココ諸島に通信施設を建設
2000年代末  不審な中国漁船による情報収集活動
2009年    海賊対策と称してソマリア沖に艦艇派遣
2012年頃から 中国原潜によるパトロール開始
2014、15年  潜水艦及び支援艦がスリランカ、パキスタンに寄港。ソマリア沖でも確認
2017年    ジブチに基地設置
2018年    モルディブの政変では14隻をインド洋に展開
       常時8隻程度はインド洋に展開する体制へ
       ジブチやパキスタンに海兵隊を駐留

 インドは、中国軍の潜水艦のインド洋配備とともに、やがて空母が来るのではないかとの危機感を募らせている。インド洋地域では各国の空軍が貧弱なことから、この地域に空母が派遣された場合、軍事的に圧倒することができるために、中国になびく国が相当出て来る可能性がある。

(2)武器輸出による中国の影響力拡大

 中国は、1990年代よりインド周辺諸国に対して武器輸出による影響力拡大を積極的に推進している。スリランカの内戦では、各国が武器輸出を止めても、中国は止めなかった。
 2015年に中国は、パキスタンに8隻、バングラデシュへ2隻、それぞれ潜水艦輸出の合意をした(2016年にバングラデシュ受領)。2016年中国は、パキスタンと共同開発した戦闘機をスリランカに輸出する計画で合意したが、インド政府が強烈に反対したために、スリランカはその直後に合意を撤回した。さらに中国は、同戦闘機をミャンマーに輸出したほか、2019年には、スリランカにフリゲート艦を供与した。
 武器は高度な技術の集積であるが、厳しい環境で使うために壊れることがよくある。そこで専属の整備部隊を置いて修理することになる。一旦武器を供与すると修理・メンテナンスの関係で、武器を受けた国は供給国に依存することになる。さらに弾薬は消耗品なので補給しなければならない。このように武器の供与・輸出は、供給国(中国)に依存する構造ができやすいので、やがてその国は中国になびいていくことになる。

(3)一帯一路構想による「債務の罠」

 中国は、2000年代に「真珠の首飾り」戦略として、インド周辺諸国における商業港開発や空港建設を積極的に推進した。それに対してインドは、その軍港化を懸念し、警戒感を強めた。
 問題は中国の借款の利率が非常に高いことだ。6〜8%とも言われ、アジア開発銀行や世界銀行の利率(0.25〜3%)と比べるとかなり高い。これに苦しんだ典型例が、スリランカのハンバントタ港だ。債務が増大し、その返済に400年かかる計算であったが、親中国政権の時は債務返済を催促しなかったのに反中国政権になったとたん、中国は債務返済を強く求めた。しかし返済できないことから、スリランカは99年間のハンバントタ港管理権を中国に譲渡することになった。そのためか、最近、ハンバントタ港では(テロ対策の関係で禁止されている)迷彩服を着た中国人が多数みられるという。
 ジブチも同様で、当初民生用プロジェクトとしていた場所を、軍事基地(海軍)として中国軍に貸すことになった。その他、インド洋地域は中国が数多く進出している(図2)。

 それではインド洋地域に積極的に進出する中国側の狙いはどこにあるのか。
 中国にとって安全保障上もっとも重要なのは沿岸部の諸都市だが、そこにエネルギー源を安定供給するためのシーレーンはとくに重要だ。シーレーンを見ると、マラッカ海峡は米国が関与しており、そこを封鎖された場合には中東からの輸入がストップしてしまう(「マラッカ・ジレンマ」)。そこでマラッカ海峡に依存しない多様なルートを構築する必要がある。
 地図(図2)からもわかるように、パキスタン経由のルート、ミャンマー経由のルート、マレーシア経由のルートがある。しかしどのルートにしても、中東地域からインド洋を経ないと行けないわけで、中国はインド洋をなんとかしようと考えたのである。
 インドを中心にその周辺国はインドの国益の範囲内だが、インドの国益の範囲に介入してくる南アジア域外の大国(英国、中国、冷戦期の米国など)が本当のインドの敵だ。中国は、まさにインドの「なわばり」に手を出していることに他ならない。そこでインドは、インドの国益の範囲に介入してくる域外大国に対して圧力をかけてくれる大国(日本、ロシア、冷戦後の米国など)と手を組んで中国に圧力を加えていこうとしている(図3)。

 経済成長の著しいインド経済は、中東からの原油などのエネルギー輸入に依存しおり、シーレーン防衛はインドにとっても重要で、中国の進出は脅威となっている。また、中国の核戦力に対抗するため、インドは、核兵器搭載型原子力潜水艦を配備して対抗している。もし中国の潜水艦が、インドの核兵器搭載潜水艦をいつまでも撃沈できる位置に展開しているとなれば、核抑止にならない。こうした中国進出に対抗できないと、インド洋の安全保障の責任を担う大国として世界から認めてもらえない。

(4)インドの対中国軍事・外交戦略

 まずインドは海軍力強化に乗り出した。例えば、3000トン級の艦船の増加を見てみると、1980年以降、右肩上がりに増えており、とくに近年はさらに伸びが著しい。
 インド海軍の現状を見ると、中国400隻、米国300隻、日本140隻に対して、130隻(2021年)だ。現在のペースで増強していくと、2027年には170隻になるとみられる。
 空軍の配備をみると、これまで戦闘機はインド洋にはほとんど配備されなかったが、最近創設された部隊はインド洋地域に配備されている。中国が空母を配備してきた時に備えて、インド洋に向けた戦闘機部隊を準備している(図4、〇印部分)。

 さらにインド洋地域の各国に対する(軍事支援を中心とした)軍事・外交を積極的に展開している。例えば、留学生の受け入れ。部隊派遣による現地部隊の訓練、装備品の供給、インド海軍の施設設置などだ(図5)。とくにマダガスカル、セイシェル、モーリシャスなどにはすでにインド海軍の施設が建設されており、この周辺では米仏印が軍事連携をとっている。アセアン地域においても、インドネシアではサバング港の使用許可を取ったほか、ベトナムの港とも連携している。またココス諸島(豪)にもインド空軍の戦闘機が行っており、ここを拠点に対中潜水艦対策を行うのではないかとみられる(図6)。

 2014年にモディ政権が成立してから1年で、日米豪との連携を中心に、海軍艦艇は40カ国以上訪問している。ピューリサーチセンターの世論調査(2014年)によると、「どの国と同盟を組みたいか?」との質問に対して、インド人の約半数が米国と答え、以下、ロシア29%、日本26%などの順となっている。インド人にとっての日本は遠くてあまりなじみの薄い国に違いないのに、26%もの人が関心を寄せているのはなぜか。インド人の日本に対するイメージは、日露戦争当時の日本など、まるで神話世界の中の日本として捉えているところがあるように思う。
 中国のインド洋進出がかなり進んでおりインドの安全保障上の大きな問題となっている。そのためインドは、軍事力の強化、軍事外交の強化、敵の敵は味方などが対策の基本柱である。とくにモディ政権成立以降、その活動は目見えるほど積極的になっている。そもそもモディ政権は右派的性格が強く、軍事方面で専門家が集まりやすい傾向がみられることも背景にあるだろう。

4.日本の安全保障とインド

(1)日印は同じ安全保障環境を共有

 印中国境において中国軍の侵入事件が増えていると先述したが、それとの対比で日本近海における中国の侵入事件について見てみたい。印中国境におけるインド側への侵入事件数と尖閣諸島周辺の接続水域への侵入事件数を同じグラフに重ねてみると、ほぼ同じ傾向を示していることが分かる(図7)。

 中国は何らかの事情でインドと日本に対して同時に挑発行為を繰り返している。おそらく日本やインドが何かをやったからそうしたということではなさそうだ。このように日本とインドは、対中安全保障環境では同じ問題に直面している。

(2)ミリタリーバランスの維持

 それではこれにどう対処すべきか。
 中国が領土拡張をするのは、ミリタリーバランスが自国に傾き、「力の空白」が生じたときだという、一つのパターンがみられる。これは「泥棒タイプ」と言え、水が浸み込むように動いてくる。ちなみにロシアは、いきなり軍事侵攻をするという「強盗タイプ」だ。
 例えば、南シナ海への中国の進出である。1950年代にフランス軍がベトナムから撤退したとき西沙諸島の東半分を占拠し、70年代に米軍が南越から撤退すると西沙諸島全域を支配した。80年代にソ連がベトナムから軍勢力を縮小したときに南沙諸島へ進出し6カ所を占拠、90年代に米国がフィリピンから撤退するとミスチーフ礁を占拠した。
 そのようなやり方に対しては、ミリタリーバランスを維持し、「力の空白」を作らないことが対策になる。しかしそれはそう簡単なことではない。中国は経済力に物を言わせて軍事支出も急激に増やしている中で、小さな規模の国が対抗することは、通常の方法では難しい。事実、中国は2010〜2019年までの10年間に国防費を85%増やした。同じ期間、インドは37%増だが、日本は2%増に過ぎない。

(3)新しいシステムへの移行

 そこで新しい方法をもって対応する必要がある。
 これまで米国は二国間同盟に基づく「ハブ・アンド・スポーク」の同盟でグローバルな安全保障対応をしてきた。すべての情報を米国に集め、米国が一つひとつの問題に対応してきた。ところが米国のパワーが相対的に低下し、中国が巨大化する中で、米国は二国間同盟の国々に対してもっと負担をするように求めてきた。米国抜きの安全保障の同盟・連携をも認めるとともに、成長著しいインドやアセアンをも取り込むことを狙っている。つまりネットワーク型の協力関係への転換を図り、米国の同盟国、友好国が協力し合って負担を分担し合う体制を構築して、中国に対するミリタリーバランスが崩れないようにしようとしている(図8)。

 例えば、日本とインドが組んだ場合、中国は東側(東シナ海)と西側(印中国境)に国防力(予算や戦闘機など)を分散しなければならなくなる。インド洋でインド海軍が強くなると、日米は西太平洋に戦力を回すことができる。また南シナ海周辺国の能力構築にも貢献できる。
 このようにインドと協力することで日本は、中国とのミリタリーバランスを維持しやすくなるのである。予算には制限があるが、多くの国々が協力することによって中国のパワー(国防力)を分散させることができので、各国とも効率よく軍事予算を使うことが可能になる。中国軍の主力部隊は、主に東側の沿岸部を中心に配備していたが、近年それらをインド側に移動させている。
 中国に多方面から圧力をかけることによって中国とのミリタリーバランスを維持する。そうすることで「泥棒型」の中国は、動きにくくなるということだ。さらに最近は、反撃能力の向上が課題となっている。例えば、日豪印が同時に反撃能力の保有しようという動きである。
 そうなると中国は、台湾攻撃をしようとしてもインドを無視できないし、インドを攻撃しようとしても日本を無視できない・・・ということになる。防御力だけならば無視できるが、攻撃力が整備されると無視できず、それ相応の対応部隊をも備えておかないといけない。
 以上をまとめると、日本の安全保障にとってのインドとは、両国の連携を深めることによって中国の国防力を分散させることができる。つまり日本とインドは安全保障上の問題を共有しているのだ。従来のやりかたでは対応できないほどの中国の強引な進出に対しては、多方面から圧力をかけることでそれを抑止することにつながるのである。その意味で、インドは日本にとっても安全保障上の要と言える。

5.インドとの安全保障協力におけるロシア変数

 すでに述べたように、日米豪印は中国対策では国益を共有しているが、ロシア対策については少なくとも日米豪とインドとでは意見に温度差がある。
 ロシアは経済的に貧しい国なので短期的な脅威であるのに対して、中国は長期的な脅威だ。対ロシア対策で意見の違いが出て来ると、長期的に重要な中国脅威対策でも意見の違いが生じて連携に齟齬をきたすことになってはいけない。そこでインドとロシアの関係について理解しておく必要がある。

(1)ロシアと欧米のはざまでの中立

 とくに2022年以降(ロシアのウクライナ侵攻後)のインドの対ロシア対応を見ると、国連安保理や国連総会でロシア非難の決議に際して棄権し、2023年G20サミットの議長国インドは首脳宣言文書にロシア非難の文言を避けた。国際社会による対ロシア経済制裁下にありながら、ロシアからの原油輸入も増やしている。
 一方、西側へも配慮を示している。ロシアが提出した国連決議に対してインドは、(中国は賛成したが)棄権した。西側の対ロシア経済制裁には非難せず沈黙している。その一方で、ブチャでの戦争犯罪については(ロシアと名指しせずに)非難する。モディ・プーチン会談でモディはプーチンに対して「今は戦争の時代ではない」つまり、ウクライナ戦争をやめてほしいと主張した。ウクライナ難民への人道支援もやっている。
 以上のように、インドはロシア関連問題では一見すると矛盾するような態度を取っている。

(2)インドのロシア依存とその背景

 インドにとってロシアはどのような重要な関係を持っているのか。

①インドの安全保障を握るロシア
 武器とは、「パソコンを叩きながら使うようなもの」だから、修理と補給が必要だ。インドの武器の半数はロシア製で、しかも正面装備に多いから弾薬の供給が必要になる。
 またインドの武器の稼働率は約半分で、残り半分は修理を待っている状態にある。大規模な戦争が目前に迫った場合、急いでロシアに修理部品の供給を要請せざるを得ない。実際、第三次印パ戦争(1971年)では現実のこととなった。当時インドは、戦車の約80%が修理中だった。そこで9カ月をかけて準備し、ソ連に修理品を送ってもらった。ところがソ連から武器を載せた飛行機は重くて長距離飛行ができず、パキスタン国内に一旦着陸して給油してインドに運んできたという話がある。インドにとってソ連(ロシア)はいろいろ協力してくれた(恩義のある)国であった。

②インドに必要なロシアの拒否権
 パキスタンはテロ組織を支援し、彼らがインドを攻撃している(「千の傷戦略」)。インドとパキスタンの間で紛争が起きて1週間程経過すると、国連安保理で両国に対する軍事行動中止要請の採決がなされる。インドとしては、少なくとも軍事作戦には2〜3週間欲しいところで、そのためには安保理でどこかの国に拒否権を行使してほしいと考える。そのときインドの肩をもってくれたのがソ連(ロシア)だった。1971年の第三次印パ戦争でソ連は、2週間にわたって拒否権を出し続けインドを支援してくれた。

③ソ連時代からのつながり
 インドは冷戦時代、政治は自由民主主義、経済は社会主義型だったので、そこにソ連が入り込む余地があった。当時のインドの工業製品は品質が悪く国際競争では歯が立たなかった。ところがソ連は、そのようなインド製品を購入し代金を支払ってくれた。その代金を受けとったインド企業は、インドの各政党に寄付をし政党活動の資金面で支えた。つまり間接的にソ連の資金がインドの政党活動の下支えをしてくれたことで、ソ連はインド政治に強い影響力をもってきた。ソ連崩壊後、インドは(経済面でも)資本主義化し変化しているが、年配層ほどソ連(ロシア)への強い親近感を持っている。

(3)ロシア依存脱却の新たな動き

 かつての状況と比較すると、ロシア依存脱却の動きは明らかになっている。

①英米仏イスラエルのインドへの武器輸出
 インドへの武器輸出額変化を年次別に見てみると、1960年代から長年にわたってソ連(ロシア)が7割前後を占めてきたが、2012年ごろから低下傾向がみられ、代わって米英仏イスラエルが増えて2020年には7割近くまでになり逆転してしまった。インドは西側諸国からより多くの武器を購入するようになった結果、時間の経過とともにロシアの影響力が低下していくことにつながる。新しい武器ほど西側製になっている。

②中露パ連携の拡大
 インドが中露を信用できない理由の一つが、中露が(インドと敵対する)パキスタンとの連携を拡大していることがある。
 中国への武器輸出額推移をみると、ソ連(ロシア)はソ連崩壊ごろまで輸出していなかったのに、それ以降ロシアは武器を大量に武器を輸出してきた。最近では、2012年以降ロシアは大きく対中武器輸出額を伸ばしている。ロシアはインドに言い訳をするためにロシアからインドに輸出される武器は、中国に輸出される武器よりもいいものだと主張しているが、インドからすると確認する方法がない。
 またパキスタンへの武器輸出額の推移を見ると、ソ連(ロシア)はそれほど輸出していないが、かつては西側から多く輸出されていた。ところが過去10年ほどの変化を見ると、中国と共にロシアからの武器輸出が増える一方、西側はかなり減少している傾向がみられる。
 以上からもわかるように、西側諸国はパキスタンとの関係を切り始め、一方、中国とロシアはパキスタンへの武器輸出を増やしている。中国製の武器をパキスタンに輸出した場合、例えば、戦闘機ではエンジンがロシア製である場合も少なくない。そうなると中国製武器が入れば入るほど、ロシア製武器も入ることになる。そのような動きに対してインドは、ロシアに対して抗議をしており関係悪化につながっている。
 さらに先述したロシアの拒否権がインドにとって重要だという点についても、昨今の動きを見るとインドが何かをすれば、むしろ欧米がインドの側に立つことが予想される。そうなるとロシアの拒否権はかつてほど重要でなくなってきた。
 現時点では、日米豪とインドとでは対ロシア対応では意見が大きく違う。その原因は、歴史的な経緯からインドがロシア依存にあったからであった。しかし昨今の動きを見ると、その傾向は弱まりつつあるので、将来はもっと変わっていく可能性がある。

(2023年9月26日、IPP政策研究会における発題要旨を整理して掲載)

政策オピニオン
長尾 賢 米・ハドソン研究所研究員
著者プロフィール
学習院大学大学院修了。博士(政治学)。学習院大学東洋文化研究所、海洋政策研究財団、米・戦略国際問題研究所(CSIS)、東京財団で研究員を務め、2017年12月より現職。専門は、インドの軍事戦略、日米印安全保障協力。日本戦略研究フォーラム上席研究員、平和安全保障研究所研究委員、国際安全保障産業協会ディレクター、日本国際フォーラム、未来工学研究所、日本安全保障戦略研究所などでも研究員で、学習院大学では安全保障論を教えている。海外ではスリランカ国家安全保障研究所(INSSSL)、インディアン・ミリタリー・レヴュー(IMR)上級研究員。主な著書に、『検証 インドの軍事戦略―緊迫する周辺国とのパワーバランス』。防衛省「安全保障に関する懸賞論文」優秀賞受賞。英語論文も100本以上。
近年、インドの国際的地位が高まり、西側諸国、中露、グローバルサウスなどから各陣営への積極的なアプローチが繰り広げられている。インドの対応にはわかりにくい面があるが、インドの立場からの軍事戦略を分析する。

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