毛沢東思想から習近平の世界戦略を読み解く

毛沢東思想から習近平の世界戦略を読み解く

2023年8月1日

 「国際情勢マンスリーレポートNo.2」では、習近平国家主席が異例の政権三期目入りを果たし権力基盤を強化させた直後から中国外交に変化の兆しが生まれたこと、そして“平和の仲介役”外交の究極の狙いが、米国の排除と中国中心の国際秩序構築にあることを指摘した。その後、中国はウクライナ戦争やパレスチナ和平仲介にも動き出した。また先進7か国首脳会議(G7広島サミット)で日本を含む自由陣営が対中政策の統一を図る中、中国は中央アジア諸国と首脳会議(「中国・中央アジアサミット」)を開催し、ユーラシアでの影響力拡大を誇示した。
 こうした最近の動きも踏まえ、毛沢東を強く意識する習近平国家主席が、中国を米国にとって代わる新たな覇権国家となすため、一体どのような世界戦略を思い描いているのかを分析してみたい。

1.進む習近平の毛沢東化:第二の毛沢東を装う

 2023年6月に訪中したブリンケン国務長官は、約30分にわたり習近平国家主席と会談した。習氏が訪中した米国務長官と会談するのは、トランプ前政権下のポンペオ氏と会談した2018年6月以来。この会談で習氏は冒頭、ブリンケン氏が秦剛外相や王毅政治局員と10時間以上にわたって会談したことに触れ「両国は幾つかの具体的な問題で進展があった。これはとても良いことだ」と上から目線で米中外相会談を評価、その後、米中双方が左右に向かい合う中で習氏一人が机の奥に座り、議長役でもあるかのように自らの立場を高めた。
 過去の国務長官の訪中では、習氏と対等に向かい合う対談方式か、2017年のティラーソン氏のように横に並んで客人をもてなす配置だった。国務長官を下座に座らせる異例の待遇となったのは、冷え込んだ米中関係を象徴するものとの報道もあるが、それだけではない。
 この会談方式は、かつての毛沢東を真似た演出だ。1960年代末、米中和解を目指しキッシンジャー大統領補佐官やニクソン大統領が訪中した際、会談の相手役は周恩来が務め、協議が峠を超えた段階になって初めて毛沢東が現れ、一段高い位置から交渉を締め括るスタイルが採られた。日中正常化交渉の際も、田中首相や大平外相は周恩来以下と条件協議を重ね、最後の段階で姿を見せた毛沢東は「もう喧嘩は済みましたか」と双方の努力を労い対日優位の姿勢を誇示した。
 三選を果たした習近平はこうした毛沢東のスタイルを真似、自らの権威の高さを示したのだ。朝貢使を謁見する中国皇帝の様でもあるが、自らが第二の毛沢東であることを国内外に示す狙いが習近平にはあったのだ。

2.毛沢東思想への回帰

 異例の国家主席三選を果たし、周囲を子飼いの部下で固めるなど独裁体制をさらに強化させた習近平氏は、1953年に建国八大元老と呼ばれた政治家・習仲勲の長男に生まれた。太子党の紅二代である。彼は中華人民共和国成立後に生まれた初の国家主席であり、習氏にとって社会主義は疑うことなき所与の秩序である。習氏は父親とプーチン大統領、それに中国建国の父毛沢東を尊敬している。なかでも毛沢東を政治の師と仰ぎ、政治の様々な面で毛沢東を持ち上げている。
 その一方、鄧小平への評価や鄧氏が残した政治的遺産に対しては冷淡だ。父親の習仲勲は、胡耀邦総書記の時に党の要職に就いたが、1985年に胡耀邦が鄧小平によって失脚させられると習仲勲も左遷され、閑職に追いやられた経緯がある。そうした鄧小平に対する私怨だけでなく、社会主義者習近平氏は鄧小平の進めた改革開放政策に対し批判的である。
 習近平氏は、中国はあくまで社会主義国家として発展すべきだと考えている。そして鄧小平の進めた改革開放路線は中国を最速で近代化させるための一時的な方便であるべきところ、何時しか資本主義の亜流のような政策が国策の主流となり、経済では日本を超え、いまや米国に迫るまでになったものの、反面、毛沢東が説き、目指した社会主義の精神や理念が急速に失われ、社会主義大国としてのあるべき発展の道が頓挫してしまったと考えている。
 習近平国家主席は2021年8月に新たなスローガンとして「共同富裕」を掲げたが、これは鄧小平時代に生み出された巨大な格差や機会の不平等を是正し、皆で豊かになろうと説くもので、鄧小平の推し進めた政策へのまさに批判であり、その克服を目指すものに他ならない(図1参照)。世界市場を席巻し経済大国として利益を上げる一方、国内では分配政策を軸に社会主義経済への傾斜を強めるのが習近平国家主席の政策だ。彼が用いる「新時代」という言葉も、これまでの鄧小平時代を終焉させ、習近平自らが社会主義への復帰・復興をめざす新たな時代をスタートさせるという宣言である。


 そして中国を社会主義国家として歩むべき王道に戻すにあたっては、もう一度建国期の毛沢東の思想に立ち返るべきであり、その役を担うのが自身であり、第二の建国者、第二の毛沢東にならんと欲しているのだ。習近平氏が後継者に相応しい候補を育てていないのは、自ら第二の毛沢東として終身の主席を目指している以上いわば当然の対応といえる。そして社会主義強国、彼が提唱する「社会主義現代化路線」を成し遂げるための戦略も、毛沢東の思想に添ったものでなければならず、抗日のための毛沢東思想を今に活かし実践することで、抗米から克米を経て中国が覇権国家になる姿を頭に描いている。毛沢東の思想や戦略は、軍事に留まらず政治・外交戦略の色彩をも併せ持つものである。
 もっとも、第二の毛沢東を目指す習近平国家主席だが、毛沢東の亜流で終わろうとは考えていない。毛沢東を超える存在となる野望を彼は抱いている。毛沢東も果たせなかった課題を成し遂げ、中華帝国完成の偉業を自らの成果とする。それが台湾の併合である。台湾併合を果たすことによって、第二の毛沢東は本家の毛沢東を超える存在として君臨できるのだ。

3.毛沢東思想から覇権国家を目指す習近平の戦略思考を読み取る

 習近平氏は、毛沢東の思想や戦略の多くを復活させようとしている。理由の一つは、彼自身がそもそも濃厚な毛沢東主義者であること。もう一つの理由は、中国共産党が現在直面する統治の危機は、毛沢東のやり方でしか対応できないと彼が判断しているからだ。
 習氏は、毛沢東を「偉大なリーダー」として国民に尊敬するよう求めている。米中対立が激しさを増す現在、彼は「毛沢東の演説や著作を研究せよ」と指示し、特に毛沢東が劣勢な中国共産党が旧大日本帝国にどうしたら勝てるかを説いた『持久戦論』をよく読めと奨励している。では習近平国家主席は、毛沢東思想を基に如何なる強国実現のための世界戦略を描いているのだろうか。
 まず米国に勝利し覇権国家になるためには、対米戦は不可避(戦争不可避論)との認識を習氏は持っている。「戦争を消滅させるには戦争を通じるよりほかはないのであり、鉄砲を不要にするには鉄砲を手にしなければならない」(毛沢東「戦争と戦略の問題」)という戦争不可避の考え方が彼の意識の根底にある。バイデン大統領は、「中国との競争はあっても対立は避けたい」というが、中国は米国との衝突も視野に入れている。有名な「銃口から政権は生まれる」(毛沢東「戦争と戦略の問題」)のスローガン宜しく、中国は決戦での対米戦勝利を視野に入れて軍事力の強化を今後も加速させるであろう。
 もっとも、現状では中国は米国を凌いだ存在ではない。劣勢の位置に留まる。それゆえ未だ中国の上に君臨する主敵米国との正面からの決戦は当面避ける必要がある。「敵が進めば我は退き、敵が留まれば我は乱し、敵が疲れれば我は打ち、敵が退けば我は進む」(毛沢東「小さな火花も広野を焼き尽くす」)。
 これは、毛沢東が遊撃戦を説明した有名な言葉だ。米国の覇権に正面からぶつからず、柔軟に対応し、長期持久の覇権闘争にもちこむことで米国を徐々に弱体化させ、そのうえで米国との最終決戦に備えるという発想だ。遊撃戦によって「強大な敵を消耗弱体化させ、力関係を変えることによって決戦に打ち勝つことができる」(林彪「人民戦争の勝利万歳」)のだ。
 次に、長期持久の遊撃戦を戦ううえで、思い描く具体的なシナリオはどのようなものか。
 毛沢東は抗日戦で「戦略的には内戦作戦、戦術的には機動戦」を重視した。この発想を今日の国際環境にトレースするならば、
*「戦略的には内戦」とは、ロシア、北朝鮮、イランなど大陸権威主義義諸国との連携を図る(地政学的に海洋国家は外線、大陸国家は内線の利を持つ)
*「戦術的な機動戦」とは、世界各地でグローバルな対米闘争を仕掛け、米国を徐々に弱体化させ中国の優位獲得を目指す。その機動戦の内容は以下の通り。
①「欧米日の各個分断」 相手の矛盾を突いて、その分断を図る
②「平和の仲介役外交」 中国の国際的威信を高めると同時に、戦略的要衝で米国の影響力を排除し、中国が利得を獲得する
③「グローバルサウス(新興・途上億)に浸透」 その取り込みを図り米国等自由主義陣営を包囲する
以下、順を追って詳しく見ていこう。

4.中露連携の維持

 2023年3月の中露首脳会談後に発表された共同声明では、ウクライナ問題についてロシアは「中国の客観的で公平な立場」を評価している。だが中国は公平な仲介役として中立を装ってはいるが、これまで一度もロシアのウクライナ侵略を非難しておらず、実際にはロシア寄りの擬似中立に過ぎない。
 中露両国は、米国に対抗し世界の多極化を進めるため互いを利用する打算的な関係で結び付いており、真の同盟関係にあるとは言い難いが、それでも中国はロシアを支え、ウクライナ戦争が契機となりロシア及びプーチン体制が崩壊する事態の回避を最重要の外交課題としている。中国がロシアを支えるのは、権威主義勢力が米国はじめ自由主義陣営に対抗するには大国ロシアの存在が必要不可欠であること、またロシアの衰退や指導者プーチンの失脚は、同じ権威主義を採る中国及び習近平体制の正統性を危殆に貶めるため絶対に回避せねばならないのだ(権威主義体制の正統性維持)。
 さらにロシアがウクライナ戦争を通して米欧の関心とその力を一身に引きつけてくれることで、中国は背後を心配することなく台湾やインド太平洋、ASEAN諸国に勢力を伸ばすことが出来る。ウクライナ戦争でロシアを支援する見返りに台湾問題にロシアを巻き込むことや、人民元決済圏にロシアを取り込むことも中国の狙いである。中国は対露支援に反対する欧米や国際世論を意識して、公然とロシアに武器弾薬を支援する動きには出ていないが、ロシア・プーチン体制を支える基本的な立場は不変であり、今後、中国がウクライナ戦争の仲介に積極的に乗り出してくる場合も、ロシア寄りの姿勢を崩すことはない。
 また中国はロシアに加え、北朝鮮やイラン、中央アジア諸国とも連携を強化し、北朝鮮−中国—中央アジアーイランを結ぶ大陸権威主義国からなるユーラシア横断軸を形成することで海洋勢力に対抗し、ユーラシアの要塞化をさらに進めていくであろう

5.敵内部の分断:戦術的機動戦1

 戦術的機動戦の第一は、自由主義陣営を形成する各国それぞれに対し、巧みな微笑外交や政治工作を展開、また各国世論の取り込みを図り、陣営の結束や足並みを乱す。さらに相互の不信、疑心暗鬼を増殖させて陣営内部からその崩壊、無力化を図ろうとする。
 具体的には、日米、日韓及び日米韓の離反や米台、米豪の離反を目的とする外交・心理戦を活発化させるであろう。同様に、米欧離反を加速させる動きも強まろう。
 2023年4月、フランスのマクロン大統領を中国に招き、習近平国家主席自らが破格の厚遇で処した。帰国の途次、マクロン大統領は、欧州が米中の危機に巻き込まれずに「戦略的な自立」を確立し、米中に対抗する「第三極」になるべきだとの持論を展開。台湾問題で「米国に追従して米国に合わせたり、中国の過剰反応に付き合ったりするのは最悪だ」と発言、物議を醸したが、対米追随を嫌い独自外交を目指すフランスが見事に中国に取り込まれた一例である。また5月には秦剛外相が訪欧、6月には李強首相がドイツやフランスを訪れ、中国の巨大な市場や天然資源を餌に、各個撃破で欧州諸国の取り込みに動いた。米国との距離を拡大させG7の結束を阻害させ、自由陣営に楔を打ち込む試みは、今後も継続的に行われるであろう。

6.“平和の仲介役外交”:戦術的機動戦2

 戦術的機動戦の第二は、“平和の仲介役外交”である。戦略的な要衝で、しかも長年にわたり関係国間の対立が深刻化している地域を選び、価値観を押し付けようとする米国に代わり、実利的な側面から中国が関係改善の橋渡し役を務めることで、戦狼外交と批判された中国外交のイメージ改善を図るとともに、平和の樹立に貢献する体で、自らの存在感と国際的な評価を高めること、さらにはエネルギーや宗教問題などで優位な位置を占め中国の国益に資する外交を繰り拡げようとしているのだ。
 平和の仲介役外交が繰り広げられているのは、主に以下の5地域である。
①中東:サウジアラビアとイランの和解、イスラエルとパレスチナ自治政府の仲介(パレスチナ問題の解決)
 中東で存在感を失いつつある米国に代わって中国が影響力を拡大させ、アラブ諸国への接近やエネルギー供給源の確保に動いている。中東の石油に依存する日本に対する牽制効果も狙う。
②アフガ二スタン:米軍撤退後のアフガニスタンで復興支援に関与し国際評価を高めるとともに、一帯一路政策を通して地下資源を掌握、さらにイスラム勢力との関係を強化しウィグル問題への関与批判を排するとともに、パキスタンとも連携しインドを牽制する
③中央アジア:ロシアの侵略に怯える中央アジア諸国に接近し、政治的庇護と開発協力を通して、ロシアに代わりこの地域を中国の影響圏に取り込む。
④東南アジア:自由主義陣営と距離を置く大陸ASEANのミャンマー、ラオス、カンボジアに接近、権威主義政権を支援することで東南アジアでの影響力拡大を狙う。またミャンマー〜中国までの陸路によるエネルギー輸送ルートを整備し、米海軍の力が強いインド洋への依存度を下げる。
⑤ウクライナ:露宇戦争に関与し、停戦の仲介と戦後復興を主導することで国際社会からの評価を獲得、また紛争当事国の一方に傾斜する米国よりも高い位置を確保、仲介役としてロシアに恩を売ることも出来る。さらに戦争が長期化した場合、欧米の力を削ぐだけでなくロシアの衰退加速で中国の勢力圏拡大が期待できるほか、膨大な経費を必要とするウクライナの戦後復興プロジェクトで主導権を握り、経済面でも大きな利益獲得を狙う

7.グローバルサウスの取り込み 「農村で都市を包囲」する戦略

 戦術的機動戦の第三類型は、いまや自由主義と権威主義の両勢力が互いに自らの側に組み込もうと熾烈な駆け引きを繰り広げているグローバスサウス(GS)と呼ばれる新興・途上国での戦いである。アフリカ、中南米および東南アジアや太平洋島嶼国が、その主たる舞台だ。アフリカは「第三世界論」の下で1960年代から中国が支援に力を入れてきた地域で、一帯一路政策よりも起源は古い。中南米や太平洋島嶼国については、中国の影響下に取り込み台湾の国際社会からの排除や米海軍のシーパワー発揮を阻害する狙いもある。グローバルサウス取り込みにおいても習氏は、毛沢東戦略を援用しようとしている。「農村で都市を包囲する」戦略がそれだ。つまり農村(GS)で都市(米欧日)を包囲するという戦法だ。
 そもそも毛沢東思想の特徴を一言で表せば、「マルクスレーニン(ML)主義の論理と中国革命の具体的実践の結合体」であり、中国という反植民地、半封建社会におけるML主義の具体運用である。毛沢東は中国の後進性に鑑み、プロレタリア階級の政権奪取には、パリコミューンのような西欧国家の方式を取らず、まず都市を占領してから農村を占領するロシアの10月革命の路線も採用しなかった。それとは逆に、まず農村を占領し、農村を以て都市を包囲した後に、徐々に都市を占領し、全中国を赤化する路線を考え出したのだ。
 即ち、敵の力の弱い農村で土地革命を起こし農民を組織し、農民を主力とする遊撃戦を行い、各地に革命根拠地(解放区)と紅軍を建設し、それらを拡大させるとともに相互に結び付け、武装した革命根拠地を以て都市を包囲し、最後の年を奪い取る方式を理論化させた。毛沢東が考え出した中国革命実現のためのこの戦略も、習近平国家主席は対米覇権闘争に援用していると思われる。彼にとって都市は米国あるいは欧州や日本であり、農村がグローバルサウスなのである。総合力では未だ敵わない主敵米国との闘争に中国が勝利するため、米国に対する直接的な攻撃は先送りにし、まずは主敵の影響力が弱い農村としてのグローバルサウスを中国が抑え、世界各所のGSで都市(米欧日)を包囲することによって主敵との戦いに勝利を収めようという戦略だ。同時に世界の各地域に進出することで米軍の戦力を拡散させる狙いもある。
 中国は、一帯一路政策をアフリカや中南米、太平洋島嶼国に適用し、経済支援や開発協力を通して自らの影響力拡大に動くだけでなく、これら地域に人民解放軍の海外拠点を設け、後方支援ネットワークを拡大する構想「プロジェクト141」を進めており、軍事的な進出も加速させている。2017年8月、中国はジブチに中国人民解放軍の初の海外基地を開設し、海兵隊を駐留させた。中国は戦力投射のために世界各地に軍事拠点の建設を計画しており、ミャンマー,タイ,シンガポール,インドネシア,パキスタン,スリランカ,UAE,ケニア, セイシェル,タンザニア,アンゴラ,タジキスタンの12 カ国がその対象と言われる。
 米国防総省が22年11月に公表した中国の軍事力に関する年次報告書では、既に中国がソロモン諸島やバヌアツ、ナミビアに対し拠点設置の提案をした可能性があると指摘している。このほか、カンボジアは米国からの援助申し出を断り、中国からの支援でリーム海軍基地の開発を行った可能性が高い。今年6月には、米本土に近接するキューバにも訓練基地や通信傍受など対米情報収集の拠点設置計画を進めていることも明らかになった(図2参照)。

 GS争奪戦は世界規模で進んでおり、ある地域では中国が勢力を広げ、他の地域では自由主義陣営が巻き返すなど一進一退の長期戦の色合いが強まっている。そうした戦いを制する戦法として毛沢東は、先にも紹介した「遊撃戦の4原則」を唱えている。それは、
「敵進めば我退き、敵止まれば我乱し 敵疲れれば我打ち 敵退けば我進む」(毛沢東「小さな火花も広野を焼き尽くす」)
というものだ。これは戦術的であると同時に戦略的な原則でもある。要すれば相手の出方に柔軟迅速に対応し主敵の米国にあたるべしということだ。自由陣営も一喜一憂することなく、長期持久の構えで中国とのグローバルな戦いに臨む覚悟が必要だ。

8.軽視すべきでない台湾武力併合の蓋然性

 習近平国家主席は中国社会主義の将来について、2035年に「社会主義現代化を基本的に実現」し、建国100年の2049年には「中華民族の偉大な復興」と「世界一流の社会主義強国」を実現する二段構えの目標を定めている。この目標を達成し、米国に代わり覇権国家の地位を獲得するとともに中国流民主主義を確立させ、人類運命共同体(西安宣言)を実現すること。そして何よりも台湾を併合し文字通り一つの中国を成し遂げることが、習近平政権の目指すゴールである。
 台湾併合の戦略として中国は、圧倒的な戦力を誇示して米軍の関与を退けつつ台湾を取り込むアプローチを重視しているものと思われる。武力による併合は犠牲も大きく、半導体など台湾の産業を崩壊させることになるからだ。米国を躊躇させその関与介入を阻むだけの強大な軍事力の保持を急ぐとともに、国民党を利用し台湾世論の懐柔浸透工作を強化し、戦わずして台湾を手に入れるという戦略だ。
 ウクライナを軍事支援しロシアの野望を阻むことは、中国の台湾侵攻阻止にも繋がると米欧は主張する。しかし逆に、プーチンによる核の威嚇が欧米、特に米国のウクライナ戦争への直接介入を阻止していることも事実だ。米国を畏怖させるだけの核戦力や軍事力を保有すれば、台湾に侵攻した際も米軍の介入を阻止できると中国は信じつつあるのではないか。それ故に欧州など遠隔の地域で平和のイメージを広げる一方、周辺のアジア地域では軍備増強に注力しているのだ。
 習近平政権の台湾統一の基本路線はあくまで「戦わずして勝つ」ことにあるといわれる。だが、武力を行使せず熟柿主義で台湾を取り込むことが中国にとってオンリーワンのアプローチと決めつけることは非常に危険だ。習氏が信奉する毛沢東思想は、あくまで壊滅戦を基本としているからだ。この点については誤解が多い。

9.毛沢東戦略の基本は決戦の重視

 我々は、毛沢東と言えば即持久戦、遊撃戦を想起しがちだが、その目的はあくまで決戦必勝のための条件作りにあることを見誤ってはいけない。毛沢東の戦略思想の根底には、壊滅戦、決戦をあくまで第一義とする考えがあるのだ。毛沢東は次のように論じている。
 「正規戦争が主要なものであって遊撃戦争は補助的なものである」(「戦争と戦略の問題」)
 「敵と味方の形勢を逆転させ、敵の戦略的包囲を、すなわち敵の外線作戦の方針を根本から打ち破り・・・・一挙にそれを消滅するためには、壊滅戦をたくさん積み重ねることである。こうした結果は主として正規戦によって得られるものであって、遊撃戦ではそれに次ぐ成果しか上げられない」(「抗日遊撃戦争の戦略問題」)
 毛沢東戦略思想の中に、我々は徹底した殲滅戦重視の考えを読み取ることが出来る。毛沢東は「赤軍にとって、その基本的方針は殲滅戦である。包囲討伐を打ち破り、革命の根拠地を発展させるには敵の実兵員を殲滅するよりほかない。敵を殺傷するのは敵を殲滅する手段として取られるものであり、そうでなければ意義がない」」という。さらに「戦いの勝敗の実現は、両軍の決戦に依存している。決戦だけが両軍の間でいずれが勝ち、いずれが負けるかという問題を解決することが出来るのである」(「当面の情勢と我々の任務」)と述べ、殲滅による決戦重視の思想を唱えているのだ。
 孫子の「 百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」の一節を根拠に、政治工作などを通して台湾の抵抗意志を削ぎ取り、無血でその併合を成し遂げるのが中国の戦略であるかの主張が散見される。無論そのような戦略を練っていることも間違いではないが、毛沢東戦略の基本は決戦の断行にあることを見落としてはならない。状況によっては武力による併合に出る可能性は十分にある。習近平国家主席が毛沢東思想の信奉者である限り、台湾有事を常に想定して中国に備えねばらない。

(2023年7月25日)

政策オピニオン
西川 佳秀 平和政策研究所上席研究員
著者プロフィール
1955年大阪府生まれ。78年大阪大学法学部卒。防衛庁入庁、その後、内閣安全保障会議参事官補、防衛庁長官官房企画官、英国防大学留学、業務課長、防衛研究所研究室長、東洋大学国際学部教授等を歴任し、現在、東洋大学現代社会総合研究所研究員、(一社)平和政策研究所上席研究員。法学博士(大阪大学)、国際関係論修士(英リーズ大学)。専攻は、国際政治学、戦略論、安全保障政策。主な著書に、『現代安全保障論』『国際政治と軍事力』『ポスト冷戦の国際政治と日本の国家戦略』『ヘゲモニーの国際関係史』(国際安全保障学会賞受賞)『国際地域協力論』『国際平和協力論』『紛争解決と国連・国際法』『日本の外交政策―現状と課題、展望』『特攻と日本人の戦争』『日本の安全保障政策』『マスター国際政治学』他多数。
毛沢東を強く意識する習近平国家主席が、中国を米国にとって代わる新たな覇権国家となすため、一体どのような世界戦略を思い描いているのかを分析する。

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