米中対立における中国の戦略

米中対立における中国の戦略

2019年3月12日
拡大する米中角逐

 東アジアの安全保障を脅かす当面の脅威に北朝鮮の核ミサイル問題があるが、長期的、戦略的な脅威には米中間のパワーシフトに関わる問題が根深くある。周知のように昨年来、米中間では貿易戦争が激しく展開されてきたが、今日、米中角逐はさらに新局面に拡大している。
 昨12月のアルゼンチンでの米中首脳会談で貿易戦争は90日の猶予期間が置かれ何とか決裂は回避された。しかし同時期に中国通信機器会社・ファーウェイ(華為技術)の女性幹部が米側の依頼によってカナダで拘束された事案が発生し、今日米国では起訴事件にまで拗れている。これは米中間の鬩ぎ合いが貿易問題から先端技術(5G:次世代通信)を巡る覇権争いへの拡大趨勢を見せてきたものである。しかし3月を迎えても米中角逐は解決の目処が立っておらず、その前哨戦とも言うべきベトナムでの米朝首脳会談の決裂は、中国に深刻な影響を与えている。現に今春の全国人民代表大会(全人代)では対米妥協の反応が色濃く出ている。
 米中角逐では、トランプ大統領も「国家防衛戦略(2017.12)」で指摘しているように、超音速ミサイルなど中国が進める核戦力強化に対して米国はミサイル防衛の見直し(MDR)など核戦力強化を進め、国防費の増額やINF条約脱退などを進めており、米中角逐は経済問題を越えて安全保障が関わる鬩ぎ合いにまで拡大している。

米中間の鬩ぎ合いは宇宙が主戦場に

 これら米国の懸念や焦燥感の背景には、宇宙や電磁・通信空間における米国の優位が脅かされかねない危機感がある。実際、中国は近年、宇宙空間への進出も積極的に進め、米国側の懸念をかき立てている。例えば中国は昨年末から宇宙の戦力化という面で二つ著しい成果を発表した。その一つは、年初に中国が月の裏側に中国衛星を初めて軟着陸に成功させたニュースである。
 今次の月裏面への着地成功は国を挙げた宇宙開発プロジェクトの中の一環で、「嫦娥(月面探査)計画」の成果であり、「玉兎」という自走車で月面探査させるなど、中国は米露と並ぶ宇宙大国の地位を確立している。
 そして二つめの成果は中国版全地球測位システム(GPS)の繰り上げ運用開始である。中国は早くから北斗(測位)衛星を打ち上げており、2020年から本格運用を目指していたが、それを前倒しで運用を開始するニュースが昨年末1227日に発表された。
 周知のように米国の全地球測位システム(GPS)は最大規模で地球をカバーし、わが国でもカーナビが国民の日常生活に必需化しているように、全世界にサービスを提供している。中国もこれまで北斗衛星によるアジア太平洋地域に測位システムでサービスを90カ国に提供してきた。しかし中国の北斗システムの地上測位の誤差は10mもあったが、報道(読売新聞1227日付)によれば、今回、中国は「北斗3号」衛星の打ち上げで33基体制とし、測位誤差を2.5−5mに縮めてサービスを全世界にカバーするものにした。
 このように中国の宇宙測位システムは位置情報の精度向上が図られ、ブラジル、ロシア、印度、南アフリカとでつくるBRICSの新興5カ国の枠組みにはビッグデータの運用なども可能なサービスを提供している。巨大国家の統治を支えるよう付加価値を付けたセールを提唱しており、米国への対抗や自己影響圏の拡大など国際的な影響力強化を狙いが透けて見える。
 この様な中国の宇宙進出は先端科学技術での米優位への挑戦と受け止められ、米側の不安がツキディディスの罠(米国の覇権を脅かす中国を事前に叩く)として現実化する兆しも見せてきた。国際経済を揺るがす米中貿易摩擦は宇宙を主戦場とするまで拡大してきた。

中国の覇権戦略とその注目点

 このような中国の挑戦的な対応の背景には、中国の近代史がアヘン戦争によってこじ開けられ、半植民地化された屈辱の歴史体験がある。そこで中国は「力がなければやられる」的な教訓から、今日、雪辱を果たすべく強国化を志向してきた。
 1980年代の鄧小平による改革開放政策が奏功して、中国経済は成長を早め、2010年にはわが国を抜いて米国に次ぐ世界第2位の経済大国になった。その勢いで、これまで中国は、米国に対して対等な関係を求める「新型大国関係(共に争わない、相互の核心的利益は尊重する、共にウィンウィンを追求)」を追求してきた。しかし米側から拒絶される中で、周辺国重視外交に転じ、南シナ海では中国の7岩礁の埋め立てとレーダーやミサイル配備、飛行場や軍港建設など軍事基地化を進めてきた。これも米海軍による「自由航行作戦」の反撃に直面し、紛争の危機状態を招いてきた。そこで中国は対外戦略を太平洋向けの東進から欧州に向かう「一帯一路戦略」へと西向きに転換すると共に戦略的空間の拡大に注力して宇宙重視に変えてきた。
 そして2017年秋の第19回党大会で習近平「一強体制」を構築して建国100周年に当たる21世紀中葉に向けて「世界最強で最大の影響力ある中国」構築を掲げてパックスアメリカーナ(米国による世界秩序)に挑戦してきた。この様な中国の覇権志向に対する米国の反応の1つが米中貿易戦争であり、今日の米中角逐である。先に見たように拡大する米中角逐は、既に経済を越えて次世代技術争覇から宇宙開発にまで戦場は拡大されており、再開される米中首脳会談の進展が注目される所以である。
 これまでのところ、今春の全人代での李克強総理の政府活動報告では、米中貿易戦争の早期解決に向けて多くの対米配慮の政策や立法が発表されている。しかし予算面では経済成長率が28年ぶりに6.6%と低迷する危機にも拘わらず、国防費は前年比7.5%増の19兆円近く(わが国の4倍弱)計上されており、中国の覇権志向の姿勢は変わっていない。貿易摩擦に始まる米中角逐に対して全人代での対米妥協の処置はあくまで当面の危機回避の戦術的処置であり、覇権奪取に向けた中国の戦略的対応は国防費増の姿勢に顕れており、中国の争覇の進展状況は今後とも注視していく必要がある。

政策オピニオン
茅原 郁生 拓殖大学名誉教授
著者プロフィール
防衛大学校(第六期)卒。陸上幕僚監部戦略情報幕僚、連隊長、師団幕僚長、防衛研究所研究部長、英ロンドン大学客員研究員等を歴任。拓殖大学名誉教授、元陸将補。主な著書に『中国軍事大国の原点』(第24回アジア太平洋賞受賞)『中国人民解放軍「習近平改革」の実像と限界』(PHP新書)、『中国の軍事力―2020年の将来予測―』(編著)他。

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