欧州のアジア接近とG7サミット —反中包囲網の虚実

欧州のアジア接近とG7サミット —反中包囲網の虚実

2023年5月30日
欧州で高まった対中警戒感

 ロシアのウクライナ侵略を契機に、北大西洋条約機構(NATO)は反露ウクライナ支援で結束しているが、ロシアと同じ権威主義国の中国に対しても警戒を強めている。2022年6月に採択した新たな「戦略概念」では中国を「体制上の挑戦」と位置付けた。またインド太平洋諸国との連携強化を目指し、6月のマドリードでの首脳会議にはパートナー国として日韓豪とニュージーランドの首脳を招待し、岸田首相が日本の首相として初めてNATO首脳会議に出席した。台湾との関係も強めており、今年(2023年)1月にはNATOの前事務総長ラスムセン元デンマーク首相が訪台し蔡英文総統と会談、露中の拡張に対抗し、台湾と欧州の協力関係強化推進で一致した。NATO事務総長経験者の訪台は、初であった。
 さらに4月、ブリュッセルでの外相会合に日韓豪とニュージーランド代表を招き、インド太平洋地域での中国の軍事的脅威を巡る対策を協議したほか、3月の中露首脳会談を受け、両国の動向についても意見交換を行った。この会合に日本から林外相が出席。対露制裁とウクライナ支援継続で一致、またインド太平洋の安全保障を巡る連携強化の継続も確認した。NATOのストルテンベルグ事務総長は会合後の記者会見で「中露が国際秩序に背を向ける今こそ、共に団結し続けることがより重要だ」と語った。5月に入ると、NATOが東京に連絡事務所を開設する方向で調整を進めていることが明らかになった。事務所の設置を通じて、日本を含むインド太平洋地域との連携を強化したい狙いがある。
 NATOと同様、EU(欧州連合)も中国への警戒感を強め、アジア諸国との連携強化に動き出している。今年5月にはEU加盟国と日韓などインド太平洋地域の約30カ国が会した閣僚会合を開き、気候変動対策やエネルギー安全保障での協力に加え、インド太平洋地域の安全保障問題で意見が交わされた。EUがインド太平洋諸国との閣僚会合を開くのは昨年に続き2度目。今後も連携を強化したい考えだ。

進む日欧の安全保障協力

 NATOやEUを構成する欧州の加盟国もアジアへの傾斜を深めており、特に日本との安保協力関係を強化する動きが顕著だ。EUを主導してきたドイツは2021年3月に日本との間で情報保護協定を締結、翌月には初の外務・防衛閣僚会合(2+2)が開かれ、さらに11月にはフリゲート艦バイエルンが東京に寄港し、海上自衛隊との共同訓練を行っている。
 翌22年4月にはショルツ首相が初来日し、日独首脳会談で政府間協議の立ち上げで合意した。7月にはべーアボック外相、11月にはシュタインマイヤー大統領が相次ぎ来日、その間ドイツのユーロファイター戦闘機が初めて日本に派遣され航空自衛隊と共同訓練を実施、11月には前年に続き2+2が開かれるなど日独の安全保障協力は急速に進みつつある。
 アジア重視の姿勢を見せるのは、フランスも同様だ。昨年11月に発表した「国家戦略レビュー」でフランスは核抑止力を重視するとともに、中国の海洋進出に対抗する姿勢を打ち出し、領土がある南太平洋の海軍力を強化する方針を明らかにした。今年1月の日仏首脳会談では、自衛隊と仏軍の相互往来や共同訓練など安全保障面の協力推進を確認、外務・防衛閣僚会合(2+2)の今年前半開催を目指すことでも一致した。また独仏両政府は1月にパリで合同閣議を開き、EUの外交安全保障政策の強化などをうたう共同宣言を発表。その中で「法に基づく国際秩序を支持する我々の意思と能力を示す」ため、中国が覇権主義的動きを強めるインド太平洋地域で独仏合同の軍事演習を行う計画も発表している。
 日本はこれまで英国と安保協力関係を進めてきたが、先行する日英安保協力に追いつくように、独仏も安全保障での対日関係強化を急いでいる。NATOやEU、また独仏両国がそれぞれ日本を軸にアジアとの関係構築に動くのは、ウクライナ戦争の帰趨に中国が大きな影響を及ぼすからだ。中露連携の下、中国がロシアに武器弾薬の支援等積極的な関与に出れば、戦線はさらに長期化しよう。そうした行動に出ぬよう、欧州とインド太平洋諸国が連携し、中国を牽制してその行動を抑える必要がある。逆に中国のロシアへの関与を促し、ウクライナからの露軍の撤退に漕ぎつけたい思惑もある。
 一方、日米同盟やクアッドを安保の基軸とする日本も、欧州との連携強化に積極的だ。ウクライナ支援と対露経済制裁では欧米と歩調を揃え、ロシアの力による現状変更に反対するとともに、日米欧のグローバルな枠組みを構築し、中国の台湾侵攻や東アジアでの覇権的行動を思い留まらせたいからだ。日本と欧州諸国などとの安保協力の現状は図1の通りだが、日米に欧を加えた地球規模の反中枠組みは、中国を抑止し得る力となり得るだろうか。

不可解なドイツの動き

 日米や、近年日本と緊密な安保協力体制を進めつつある英国と、欧州大陸に位置するドイツやフランスの間では、対中脅威の認識に位相がある。ドイツがまずそれを示した。習近平が3期目の国家主席続投を実現させた直後の昨年11月、ドイツのショルツ首相が訪中し習近平と会談した。コロナ災禍以降G7首脳として初の訪中であった。首脳会談では、専制主義国との対決を説く米国のバイデン政権を習近平氏が批判したのに対し、ショルツ氏も「陣営対立には反対だ」と融和の姿勢を示した。経済貿易分野で米国が進める対中デカップリングにも反対を表明し、中独の経済協力を深化させたいと述べた。
 この訪中に合わせ、中国はドイツ製薬会社ビオンテック製ワクチンの接種を許可したほか、エアバス旅客機140機の一括購入契約を交わした。ショルツ首相もフォルクスワーゲン、シーメンスなど、ドイツ大手手企業12社の最高経営責任者(CEO)らを同行し、大型の商談が次々に進められた。
 現在のショルツ政権は社会民主党、緑の党、自由民主党の連立政権で、首相のショルツ氏はメルケル前首相の親中路線を踏襲し、ウクライナ戦争後の経済・エネルギー危機打開のため中国との関係を強化する動きを見せたのだ。しかし、ロシアのウクライナ侵略を非難せず、覇権主義的な行動を強める中国への接近は、民主主義や国際平和よりも自国の実利を優先させるものと言わざるを得ない。一方中国は伝統の遠交近攻政策に拠り、経済を武器に欧州の盟主ドイツの取り込みに成功したといえる。ショルツ氏は「フォーリン・アフェアーズ」への寄稿で、孤立一辺倒の対中戦略には同意しないとし、「パートナー」と呼ぶ中国との対話の重要性を強調する、だが覇権主義を強める国への安易な接近は西側の結束を乱し、国際社会の安定にとってマイナスでしかない。
 昨年の日独首脳会談では、中国の力による現状変更に反対することで一致、またドイツは戦闘機を日本に派遣、空軍トップも参加しての共同訓練実施など一方で日本との防衛協力を進めながら、同時に中国に接近し経済協力推進を打ち出す姿勢には整合性が感じられない。このドイツの動きに欧州各国から驚きと反発の声が相次ぎ、国内でも強い批判が出た。
 そのためドイツでは融和から対決へと対中政策の見直しが進められているが、新たな政策の公表には時間がかかっている。連立政権に加わる「緑の党」は中国に懐疑的で、同党出身のアーボック外相は対中強硬派だが、シュルツ氏は日和見的といわれ、政権内部の不統一が原因だ。ドイツが本当に対中強硬政策で固まるのか、注視する必要がある。

マクロン発言の衝撃

 フランスのマクロン大統領が4月に訪中し、習近平国家主席との首脳会談に臨んだ。マクロン大統領は習近平国家主席に「ロシアを正気に戻し、交渉の場に着かせることを期待している」と述べ、ロシアに武器を供与しないよう釘を刺した。会談の後、中仏首脳会談の定例化や核兵器の不拡散などをうたう共同声明が出された。
 だがショルツ首相と同様、マクロン大統領も訪中に仏大手企業のトップら50人余を同行させた。そして航空機160機の受注や仏産豚肉など農産品の輸出拡大で中国と合意したほか、経済協力協定が結ばれた。さらに習近平国家主席はマクロン大統領の広州訪問に随行するという極めて異例な対応を取り中国のフランス重視の姿勢が鮮明になった。
 訪中の帰途、マクロン大統領は取材に応じた。仏紙レゼコーによれば、マクロン氏は「欧州が直面している最大のリスクは、自分たちのものではない危機に巻き込まれ、戦略的自律性を発揮できなくなってしまう事態だ。困ったことに欧州自身が『我々は単なる米国の追随者』と信じてしまっている」と発言。さらに「台湾危機の加速は我々の利益になるのか。その答えはノーだ。最悪なのは、台湾問題で米国の課題や中国の過剰反応に合わせて、欧州が追随しなければならない、と考えてしまうことだ」とも語っている。
 欧州は米国への追随を止め、台湾問題を巡る米中の対立から距離を置くべきとのマクロン発言は、米国に対するフランスの自律性に拘るとともに、ショルツと同様、覇権主義を強める中国の脅威よりも対中関係で得られる自国の経済的利益を優先させるものと受け取られ、自由主義諸国に大きな衝撃を与えた。

欧米分断と大陸欧州の取り込みを狙う中国

 2022年10月に中国共産党トップの総書記3期目入りを果たして以降、習近平国家主席はドイツのショルツ首相やEUのミシェル欧州理事会常任議長(EU大統領)、スペインのサンチェス首相、そしてフランスのマクロン大統領とEUのフォンデアライエン欧州委員長と欧州の首脳を相次いで北京に招いた。EUは中国と経済面で結びつきが強く、トランプ前米政権時代は米中対立と距離を置いていた。バイデン政権発足後は米国と歩調を合わせ、人権問題などで対中批判を強めるようになったが、EUや欧州諸国はウクライナ戦争への対応では米国と歩調を合わせても、対中政策ではいまも温度差がある。
 特に中国との経済関係を重視する立場から、米国が進める対中経済デカップリング(遮断)に反対する国が多い。これは米国の影響力低下を狙う中国にとって好都合だ。日米加英の首脳が訪中しないのとは対照的に、大陸欧州の首脳は陸続と訪中したが、巨大なマーケットやレアアースなどを武器に欧州諸国を取り込み、米欧連携に楔を打ち込むのが中国の狙いであり、大陸欧州諸国はその術中に嵌っている嫌いがある。

デカップリングでなくデリスキング重視の大陸欧州

 EUのフォンデアライエン欧州委員長は先月ブリュッセルで記者会見し、対中国関係を念頭に新たな「経済安全保障戦略」を提案すると発表した。新提案は6月のEU首脳会議で議論される見通しだ。EUは重要資源や先端技術の分野で脱中国依存を進めているが、フォンデアライエン氏は、「EUの対中戦略はデカップリングではなくデリスキング(危険低減)である」ことを強調した。
 即ち、ロシアへのエネルギー依存を高めたことがウクライナ戦争でEUに打撃をもたらした苦い経験と反省を踏まえ、経済安全保障の観点から、戦略的な対中経済依存を低下させ、関係先の多様化を進めるが、中国との経済関係自体は安定的に継続させ、さらに気候変動などグローバルな課題では協力していくというのがフォンデアライエンス氏の立場である。
 だが、中国の軍事的脅威を警戒、その覇権的行動に反対しながら、経済関係は維持するという政策に矛盾はないだろうか。欧州諸国は地理的遠隔さから、中国の差し迫った脅威に敏感でないこと、厳しい反中政策は中露の結託を強めウクライナ戦争でロシアを有利にさせる恐れがあることなどが理由に挙げられるが、経済重視のあまり対中関係維持に腐心する姿勢は、中国の脅威に直接晒されている日本や台湾にとっては、有事の際の同盟や同志国の信頼性を考えるうえで注意すべき動きである。近年進む欧州諸国の対日安保連携も、自らの対中関係を有利に進めるためのバーゲニング(取引)材料ではと疑いたくもなる。

広島サミット:協調と対話の対中政策

 さらに先月開催された先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)で、デカップリングでなくデリスキングの政策が、大陸欧州諸国だけでなく自由主義諸国全体の政策へ格上げされた。サミットで発表された首脳声明を再確認しておきたい。
 対中政策のうち安全保障関係は「東シナ海及び南シナ海における状況について深刻に懸念している」「力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する」「国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する」と昨年のエルマウサミットはじめこれまで同様の文言が踏襲された。人権抑圧問題も特段強調されず、逆に「一つの中国政策」に変更が無い旨が新たに付記された。G7が厳しい対中認識を示したとの一部メディアの報道は正確を欠く。
 経済では、中国の経済的威圧について深刻な懸念を表明し「その使用を控えるよう求め、適当な場合には対抗する」(経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明)としたが、その一方これまでにない協調的な姿勢を打ち出した。首脳声明は前文で「デカップリングではなく、多様化、パートナーシップの深化及びデリスキングに基づく経済的強靱性及び経済安全保障への我々のアプローチにおいて協調する」との原則を示したうえで、中国については「建設的かつ安定的な関係を構築する用意があ」り、対中政策の「方針は、中国を害することを目的としておらず、中国の経済的進歩及び発展を妨げようともしていない」「デカップリング又は内向き志向になら(ず)、同時に、経済的強靱性にはデリスキング及び多様化が必要であることを認識する」「重要なサプライチェーンにおける過度な依存を低減する」と明記された。
 G7はレアメタルや半導体など戦略物資の対中依存低減に努めるが、中国との経済関係は維持し協調的関係を採る方針を打ち出し、デカップリングから対話重視のデリスキング政策で歩調を揃えたのだ。これまで独仏、EUはデリスキング重視、それに対し米国(特に反中姿勢の強い共和党)はデカップリング重視だったが、この首脳声明を受け、サミット終了後の記者会見でバイデン大統領も「デカップリングではなく、デリスキングと関係の多様化を望む」と発言、米国も欧州諸国と歩調を揃える意向を示した。また米中関係に言及し「近いうちに雪解けが見られるだろう」と述べた。だが、通常の経済関係を活発化させながら戦略的依存だけは軽減するというアクロバティックな対応は可能なのだろうか。

総括

 米国が進める対中経済デカップリング政策の効果が出始め、中国は苦境に立たされている。それを打破すべく習近平政権は米欧分断を図るとともに、“平和の仲介役”外交で温和なイメージを強調、さらにグローバルサウスの取り込みに必死である。中国という国は、外交的に苦しい立場に追い込まれるといつもソフトアプローチに転じる。戦狼外交が影を潜め、和平仲介の外交を見せるのも過去と同じパターンだ。だが形勢が中国優位に転ずるや、再び強圧的態度に戻るのがこの国の常である。中国のソフトアプローチに乗せられ、その術策に陥ってはならない。
 サミット首脳声明は主催国の我が国が中心となり纏めたもので、日本も戦略的対中依存は避けつつも対話優先で中国との経済関係を重視する方針に拠るところとなる。G7の対中認識を共有化させるに際し岸田政権は、東アジアでの中国脅威の増大を欧州諸国に強く訴えるべきところ、逆に大陸欧州に引き寄せられ対決色が薄れた印象を受ける。無論中国経済の巨大さは無視できず、関係を一切途絶することは事実上不可能だが、協調的な経済関係構築の方針を盛り込んだことで、経済重視・経済優先の政策を正当化させ、日本の外交が対中融和に傾いたり、あるいは抑止力強化を急ぐ防衛政策との整合性が失われることがないよう注意を払う必要がある。
 また日欧の防衛協力が進み、一見日米欧のグローバルな反中包囲網形成が進んでいるかの印象を与えるが、実態は単純ではない。日本や台湾等東アジア諸国と欧州大陸諸国とは地政的な相違から、対中認識の共有一致は容易でない。しかも米国のバイデン政権も対中和解を仄めかす中、G7の中で中国に最も近い位置にある日本は、対話重視の対中政策を進める国々とどのような同盟・外交関係を進めていくのか、慎重さと自立の覚悟が求められよう。

(2023年5月26日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
ロシアのウクライナ侵攻を契機に、欧米では対ロシアのみならず、中国に対しても警戒感を強めているが、独仏など国によって温度差がみられる。それを称して最近、「デリスキング」(危険低減)と言われている。広島サミットの成果を踏まえ、今後の日本外交はどうあるべきか。

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