ロシアの世界戦略と日米露関係 ―中露関係を踏まえて―

ロシアの世界戦略と日米露関係 ―中露関係を踏まえて―

2017年6月1日

1.ロシアのグランド・ストラテジーと8つの戦術

(1)ロシアのグランド・ストラテジー
 ロシアの世界戦略を理解するには、グランド・ストラテジー(Grand Strategy)を押さえておく必要がある。グランド・ストラテジーとは、外交の基本を成す大戦略であり、それを達成するための手段が戦術となる。一般的に、プーチンはさまざまな手段を組み合わせて状況に対応する優れた戦術家(Cocktail of Instruments)だと評されている。
 一言で言えば、ロシアのグランド・ストラテジーは「勢力圏の維持」にある。ロシアにとっての勢力圏(Sphere of Interests)は、第一に「旧ソ連諸国」であり、第二に「旧共産圏と北極圏などの新しい領域」となる。とくに第一の勢力圏を守ることがロシア外交の根幹をなしている。
 ロシアの国際政治では、「多極的世界を目指す」ということも強調される。特に、米国が進める政策を一極支配と捉え、中国などと組んで多極的世界を作り、その一角をなすこともロシアの重要な戦略であることには違いない。しかし、これも「勢力圏の維持」があってこそ可能であると、ロシア自身は認識している。

(2)ロシアの戦術
 グランド・ストラテジーを達成するためのロシアの戦術・手段は大きく8つ上げることができる。
①外交とビジネス
 これはソ連時代からつながりが深い旧ソ連諸国を、ロシアの勢力圏に維持しておくために有効な手段とされている。ロシアの意に適わなければ、査証を拒否したり、禁輸措置を講ずることで、相手にダメージを与えることができる。
②情報とプロパガンダ(メディア)
 2016年の米大統領選挙でも、ロシアはさまざまな情報とプロパガンダを有効に使って干渉したと騒がれた。メディアを活用した情報戦術は決して目新しいものではなく、ソ連時代からずっと使われている。
③政治家のすげ替えと教会の利用
 政治家のすげ替えとは、(相手)国内のクーデタ支援や様々なレベルでの長短期的な政治的干渉などによって達成が目指される。ロシア正教の絆を利用することもあり、人的要素から相手国の内政を揺るがしていく。
④反対勢力・市民社会・過激派の支援
 金銭面、技術面で相手国内の対抗勢力を支援し、内政の不安定化を図る。
⑤破壊活動・テロリズム
 世界中で不可解な事件(暗殺など)が起きているが、一部は間違いなくロシアが首謀したと言われている。
⑥経済・エネルギー戦争
 これは①とも重複する。旧ソ連諸国の中で、エネルギー非産出国は、石油・天然ガスの多くをロシアに依存している場合が多いが、政治的にロシアと相容れない場合、エネルギー価格を釣り上げたり供給を停止したりするほか、また、相手国の輸出産品に対して禁輸措置などを講じて、相手国を追い込む。
⑦凍結された紛争や民族間の緊張の創出や操作
 「凍結された紛争」とは、(相手国で)停戦合意ができていながらも、領土の不法占拠や戦闘の散発が継続し、「真の平和が達成されない状態」であるが、ロシアはそれらを意図的に創出して来た。その際に、ロシアは相手国内に存在する分離主義勢力(未承認国家を構成)を支援することで、あえて民族間の緊張を生み出し、相手国の情勢を不安定化させる。この戦術は、ジョージア(グルジア)、アゼルバイジャン、モルドバ、近年のウクライナなどで効果的に用いられた。
⑧正規・非正規の戦争
 正規戦としての軍事戦争に加えて、近年、サイバーテロやリトル・グリーンメン(特にウクライナにおいて、実際はロシア兵だが、腕章や身分を隠して親ロシア派として活動している武装勢力)にみられる非正規戦を、ロシアは効果的に用いている。非正規と正規の両者が混在した形で用いられるハイブリッド戦争は中東のISIS(イスラーム国)も使う戦術で、近年問題になっており、「21世紀型戦争」ともいわれている。
 これら、主に8点に集約される手段を使って、ロシアは勢力圏維持のための政策を行っている。

(3)ロシアの情報戦を後押しする「脱真実」現象
 ロシアの情報戦について補足すると、現在のようなサイバー攻撃・情報戦は、2000年頃から旧ソ連諸国のエストニア、ジョージア、ウクライナにおける選挙や政治状況に影響を与えてきた。2016年の米大統領選挙でも、ロシアがサイバー攻撃や情報戦略を仕掛けていたのではないかと疑われているが、ロシアの情報戦はハイブリッド戦争の中でも極めて有効な手段に位置づけられている。
 ロシアのサイバー攻撃を担当するのが、サンクトペテルブルクなどに拠点を持つトロール部隊(政府組織)で、ウクライナ危機で注目を集めた。トロール部隊は各自が40人位のIDを作成し、 ロシア側に都合の良い情報をSNSでどんどん発信する(例えば、ヒラリーのスキャンダル記事など)。書き込み数が多いため、真実味を帯びて広がっていく。加えてトロール部隊のみならず、一般の愛国主義者たちも自発的に同様なことを行っているとも言われている。
 ロシアの情報戦をさらに有効にしているのが、嘘のニュース(fake news)が世論を作る「脱真実」現象で、それは近年世界に広がりつつある。人間は、真実かどうかよりも、信じたい情報を優先する傾向がある。これを政治サイドが利用することはこれまでにも見られたが、近年の顕著な「脱真実」現象はロシアの情報戦を大いに後押ししている。2017年は欧州で重要な選挙が相次ぐため、各国ともその傾向の高まりに戦々恐々としている。

2.日米露関係を考える視点

(1)日米露の基本的関係
 日露関係では言うまでもなく、北方領土問題がネックとなっている。ロシアが主張するように、北方領土は第二次世界大戦における戦勝の利なのかどうかという歴史的な問題である。加えて、日米安保の存在も重要な要素になっている。これは、2016年12月のプーチン大統領の訪日における発言で、より明らかになった。北方領土を日本に返還した後、そこに在日米軍が駐留するとなれば、ロシアにはとても容認できるものではない。
 日米関係では、日本は日米安保に依存しており、米国は日露接近を牽制してきた。だが、この状況はロシアに、「日本はいつも米国の言いなりで、外交的に自立していない。こんな国とは話にならない」と思わせるものであった。ただ、安倍・オバマ関係が良くなかったことは、ロシアにとっては好機に感じられた。日米関係が良くなると、日本は単独行動(例えばG7で唯一、対露制裁を部分的に解除するなど)を取りづらくなるため、日本の自由度を高めるにも日米関係に歪みがある方がロシアにとっては都合が良いのである。
 米露関係は、冷戦後もスムーズに改善されたわけではなく、複雑な歩みを重ねている。1990年代は冷戦の残り香から、なんとなくロシアを仮想敵国とみる状況が続き、NATOも存続させた。2001年米国同時多発テロ後などは、テロとの戦いでの共同歩調を軸に、非常に短い米露蜜月期間も存在した。しかし、基本的に「イデオロギー抜きの冷戦的状況」が多かれ少なかれ続いてきたというのが実態だった。特に、新冷戦的な状況は2008年の南オセチア紛争に端を発するロシア・ジョージア戦争(日本では「グルジア紛争」と呼ばれて来た)、2013年末から続いているウクライナ危機を経て高まってきている。米露対立の裏で、ロシアは中国と手を組み、米国による一極的支配ではない多極的世界を目指す動きも継続している。
 その一方で、皮肉なようだが、ロシア内政の安定化に「米国ファクター」が大きく貢献しているのもまた事実だ。ウクライナ危機後、対露制裁などもありロシア経済は悪化したが、その時ですらプーチンは高い支持率を維持していた。高支持率維持の最大の理由はもちろん「クリミア併合」であるが、特に経済状況が悪化してからは、現在の経済状況の悪化やロシアの孤立は「米国の策略だ」というプロパガンダを国民に信じさせ、それが成功していることも大きい。米露関係が改善すると、内政の不満の受け皿がなくなるというジレンマもある。

(2)狭間の政治学
 欧米とロシアの冷戦的状況の間で揺れ動く諸国には、「狭間の政治学」が働いている。主に旧ソ連諸国が該当するが、日本もその一例といえるだろう。旧ソ連諸国の外交志向は、主に親露・親欧米・中立の3つに分類される。時期や指導者によって揺らぐこともあるが、これらの国々は独自の外交をやろうとしても外部要因によって妨害される傾向が強い。例えば、2003年ジョージアでの「バラ革命」、2004年ウクライナでの「オレンジ革命」など、一連のいわゆる「カラー革命」には、欧米の支援があったと言われている。逆に、ジョージア、ウクライナが親欧米路線に舵を切り、明確に「EUやNATOへの加盟」を目指した結果、両国はロシア・ジョージア戦争や現在まで続くウクライナ危機に見舞われた。これらは、「狭間」の国々が親欧米路線に傾き過ぎたことに対する「ロシアから懲罰」と考えるのが妥当だろう。状況は全くと同じとは言えないが、日本が日米安保と日露関係の狭間でジレンマに陥っている状況は、「狭間の政治」として考えうる。

3.中露関係の現実

(1)中露は蜜月?
 一般的に中露は蜜月と表現されることが多いが、必ずしもそうではない。中露関係は、利害が一致する部分と相反する部分の両面を持つジレンマを抱えた関係である。

 上記のように、利害が一致する部分としては、ともに反米であり、多極的世界の維持を目指している点があげられる。軍事やエネルギーなどの経済的実利でも協力関係にある。
 一方、上海協力機構やBRICSでは、対外的には協調関係を強調しつつも、内部ではそれぞれ勢力圏争いを展開しており、協力関係とはいい難い。
 中露が相反する部分としては、両国が主導したい影響圏(旧ソ連、東欧、北極圏)及び、地政学的戦略が重なっていることが主な原因である。
 以上のような現状から、中露関係は「離婚なき便宜的結婚」と呼ばれる。決別することはありえないが、軍事同盟に発展することも考えられず、相互に不信感を抱いている。特に、ロシアは対中不信が強い。軍事技術を中国が模倣することから、ロシアは軍事協力にずっと及び腰だった。北方領土についても、日露の歴史問題や日米安保の問題だけでなく、対中国拠点としてロシアは重要視している側面を忘れるべきではない。このように、中露は相互に不信感を持ってはいるものの、実利的要素と対米政策という観点から、「戦略的パートナーシップ」を組んでいるというのが実情だ。
 さらにいえば、ロシアにとって、中露の戦略的パートナーシップの本質は「安心供与(reassurance)」ということができる。冷戦時代には、軍事力を強化することで安全保障を図った。しかし、このやり方では軍事費が増大し、国力には悪影響を与えてしまうことを冷戦時代に学んだ。そこで、少し矛盾する考え方だが、相手国に安心を確信させる政治的方策を取ることで、自国の安全を確保するという戦略「安心供与」が目指されるようになった。つまり、潜在的に軍事的不信感があるからこそ、協調的な政治的関係を維持していくという一見矛盾するアプローチで中露関係を維持しているのである。2014年のウクライナ危機以降、中露の戦略的パートナーシップは歴史的に最高水準にあるとされている。
 しかし近年、これまでロシアでタブーとされてきた「中国脅威論」について、プーチンや有識者たちも言及するようになった。「離婚なき便宜的結婚」といっても、中露は決して盤石ではなく、脆弱な関係といわざるをえない。

(2)地政学的にかち合うプーチンの戦略と習近平の戦略
 近年、ロシアの勢力圏を乱すような中国の動きが目立っている。具体的には、プーチンのユーラシア連合構想と、習近平のシルクロード経済ベルト構想(一帯一路構想)が領域的に被っており、「中国がロシアの勢力圏を脅かしているのでは」との懸念がある。
① プーチンのユーラシア連合構想
 ユーラシア連合構想は、プーチンが三期目の大統領選出馬前の2011年10月に発表された。ロシア、カザフスタン、ベラルーシという関税同盟・統一経済圏を維持している国々を中心に、共通通貨の導入や就労の自由化を検討しながら、2015年までに「ユーラシア経済同盟」を発足させ、経済的な繋がりを基盤としながら、政治や社会面でも統合を進める構想となっている。「ユーラシア経済同盟」については、足並みには乱れがあるものの、実際に2015年1月1日に発足した。
 構想が発表されたとき、旧ソ連諸国をはじめとする諸外国から、ソ連復活の試みではないかと不安視されたが、プーチンは「歴史に葬られたものを復活させる試みは無邪気すぎる」とし、EUとアジアを結ぶ架け橋を作り、グローバル化に貢献する意向であることを強調した。EUのような地域機構を作り、国際的な影響力を強める狙いのようである。
 このように、三期目のプーチン政権のキーワードは旧ソ連圏を含む「ユーラシア」である。ソ連解体後には、ユーラシア派と西欧派の路線対立が見られたが、現政権ではユーラシア、東方を優先することが明確となった。
② 習近平のシルクロード関連構想
 習近平は2013年9月に、後に「一帯一路」構想の一部となる 「シルクロード経済ベルト構想」をカザフスタンで提唱した。カザフスタン、ベラルーシは、ロシアが主導するすべての地域連合に加盟しているが、カザフスタンは旧ソ連の中でも、特にロシアにとって重要な国である。面積はロシアの次に大きく、接する国境が長い上、石油・天然ガスも産出するなど、戦略的な意義が大きい。そのカザフスタンで習近平が同構想を発表したのには、大きな意味があった。
 構想の内容は、太平洋からバルト海に至る基幹道路を建設し、人民元と各国通貨の直接交換取引を目指すというものだが、これはロシアの勢力圏と完全に重なっている。習近平は「人口30億人のシルクロード経済ベルトの市場規模と潜在力は他に例がない」とその意義を強調した。
 次に習近平が発表したのが「一帯一路」構想で、2014年11月に中国で開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議(APEC)で提唱されたものだ。中国が世界経済の中心的位置を占めていた歴史的なシルクロードの再現を意識し、大規模なインフラ整備・貿易促進・資金の往来の促進などによって、現代版の海と陸のシルクロードを構築する構想となっている。約60の対象国に加え、ASEAN、EU、アラブ連盟などの国際組織も支持を表明している。しかし、計画域内に戦争・地域紛争・内乱が多く、中国の台頭を恐れる国も少なくないなど、懸念材料も多い。陸のシルクロードはロシアの勢力圏の多くを縦断しているが、中国主導でのインフラ網の整備は着実に進んでいる。
 さらに2015年12月25日にはアジアインフラ投資銀行(AIIB)が発足し、翌年1月16日には開業式典を行った。AIIBは日米が主導するアジア開発銀行(ADB)では賄いきれないアジアのインフラ整備を目指しており、「一帯一路」とはペア的な存在となっている。公にはシルクロード基金が一帯一路の資金調達源とされているが、AIIBは一帯一路のATMとも言われている。一帯一路によって輸送路を整備し、それを利用して、公共財を輸送することにより、中国のソフトパワーを拡散する目的もあると見られる。
 2013年に打ち出されて以降、非常に早いペースで進んでいる計画だが、AIIB単独の実績は極めて少なく、ほとんどは共同プロジェクトであるため、実質的にはまだまだこれからだ(創設時に57カ国が加盟、2017年3月現在で加盟国は70カ国に達した)。英国をはじめとする西欧諸国は軒並み加盟しているが、日本と米国は不参加の姿勢を維持している。
 ロシアもAIIBに加盟しているが、ここにはウクライナ危機における対露制裁の失敗がその背景にあるといわれている(なお、AIIBにおいてロシアがアジア枠で加盟していることは注目に値する)。もちろん、AIIBは中国主導の枠組みであるため、加盟に際してはロシアでは多くの議論がかわされた。加盟に肯定的な意見としては「優遇的資金供与の特恵が得られる」「最初から完全な権利で銀行運営に参加する可能性がある」「軍事大国としてばかりでなく、経済大国としてのアピールができる」「反米的性格を持つので、ロシアの利益に見合う」などがあった一方、否定的な意見としては「AIIBが西側に対抗する金融機関となって、米国主導の経済システムに打撃を与えるまでの道のりは厳しい」「ロシアが望む中米関係の悪化に即結びつかない」「BRICS新開発銀行とAIIBの性格の類似性とそれによるリスク」「AIIBのガバナンスが不透明」などが上がっていた。
③ 中露の連携とロシアの本音
 2015年5月、ロシアで開かれた対独戦勝記念式典において中露共同声明が発表され、「ユーラシア経済同盟とシルクロード経済ベルト構想を連携させる」と明記された。ただ、「連携」は連携以上でも以下でもない。
 そもそも、両国のプロジェクトは衝突するのか、という議論もある。二つは似て非なるものであり、同床異夢ではないか、と。確かに、対象地域はかなり競合するが、そもそもレベルの違うプロジェクトである。ロシアの目標は主権国家を主体とした明確な目標を持ったものである一方で、中国の一帯一路は地域を大雑把に捉える曖昧な計画だ。ただ、どちらも地域インフラや経済基盤を整備するという点では共通している。ユーラシアの中心部において誰にとっても利益となる新たな経済発展地域が形成されれば、中露双方にとって有益だ、という結論に至った。
 ただ、ロシアとしては、中央アジアを完全な勢力圏として維持できないにしても、「軍事はロシア、経済は中国」という分業体制を確立させたい。しかし現状では、軍事的な部分でも中国が進出しつつあり、ロシアは苛立ちを隠せない。
 連携という言葉で美しくまとめているが、本来ロシアの影響圏を侵害する中国の構想は、ロシアにとって決して喜ばしいものではない。しかし、ウクライナ危機後の対露制裁、それに伴う国際的な孤立、石油価格の低下やルーブル下落で経済状況も厳しい中で、中国に対して強気の態度に出られないというのが本音だろう。そのため国内外に対して、「一帯一路構想がロシアの利益になる」という言説を強調しつつ、中国の出方を見守るしかないのが実情だ。ただし、中国のジュニア・パートナー(弟分)に甘んじることだけは避けたいという思いは強い。
④二大プロジェクトが共存するために
 中露がそれぞれ掲げるプロジェクトの共存が成功するかどうかには、三つの鍵がある。
(ⅰ)ロシアの経済復興、中国経済の減退の停止
 現実としてロシア経済は厳しいが、協調の結果とはいえ、石油価格が若干回復している。これに加えて、中国経済の減退が終息すれば、両プロジェクトが並立できるだろう。
(ⅱ)ロシアの「相対化戦略」が成功するか否か
 「相対化戦略」とは、ロシアが中国以外の第三国との戦略的関係を強化して、中国のジュニア・パートナー(格下の関係)になり下がらないように外交バランスを保つ戦略である。第三国の候補としては、アジア地域のできるだけ強力なパートナーが望ましく、インド、イラン、ベトナム、韓国、日本などが上げられる。こういった国々と連携することで、中国が巨大な存在であっても、格下になるのを避けることができる。
 ロシアにとって、日本は中国との相対化には都合がいい国だ。経済力もあり、隣国かつ島国であるため戦略的にも利用しやすい位置にある。良好な日露関係は、ロシアにとって中国に取り込まれないための安全弁となる。ロシアからみれば、日露関係は経済だけでなく、中国ファクターとも絡んでいる。
(ⅲ)カザフスタンの動向
 カザフスタンは中国とも国境を接しており、ウイグル問題などで早い時期から協力関係にある。近年はパイプライン開通で、通商関係も極めて緊密になった。中国の方も、習近平が「シルクロード経済圏構想」をカザフスタンで発表するなど、「一帯一路」計画の完全なパートナーとみなしている。2015年5月の対独戦勝記念パレード訪露の直前には、習近平が突然カザフスタンを訪問するなど(当然、ロシアは反感を抱いた)、中国はその戦略的意義は高さをかなり重視していると言える。
 一方、ロシアとカザフスタンは上述のように終始盟友関係で、カザフスタンはロシアが主導するすべての国際機関、グループ、プロジェクトに参加してきた。ただ、2015年に入って両国間に初めて緊張関係が生まれた。ロシアのルーブル下落を受け、カザフスタンが対露禁輸政策をとると、ロシアも対抗措置をとったために貿易戦争の様相を呈し、ユーラシア経済同盟に暗雲が漂った。
 このように中露両国にとって、カザフスタンを押さえておく戦略的意義は高い。だからこそ、カザフスタンがしっかりとしたバランサーになれるかどうか、これが中露関係維持に欠かせない。
 実際、カザフスタンはこれまで絶妙なバランス外交をとってきた。ソ連解体後、一貫して権力の座にいるヌルスルタン・ナザルバエフ現大統領の手腕ゆえ、といわれているが、既に76歳の高齢である。ソ連解体後、ナザルバエフと同様に政権トップに君臨し続けたウズベキスタンのカリモフ大統領が78歳で2016年9月に亡くなった。ポスト・ナザルバエフが中露間でバランス外交を維持できるかどうかについて、強い懸念がもたれている。

(3)旧ソ連エネルギー市場に進出する中国
①中央アジア-中国のガスパイプライン
 中央アジアに位置する旧ソ連諸国は豊富な石油や天然ガスを有しているが、ここに中国が進出している。
 2003年、中国はカザフスタンの「カシャガン」油田(推定埋蔵量380億バレル)など2つの油田の原油掘削権と、アゼルバイジャンの「ピルサガト」油田(確認埋蔵量は約700万トンの中規模油田)の権益50%を所得した。同年、中国石油天然ガス集団(CNPC)とカザフスタンのカズムナイガスは、カスピ海の原油を中国に輸出する大規模パイプラインの建設を促進する合意文書に調印した。
 中国-カザフスタンのパイプラインでは、第一期工事(カザフスタンのアタス~ウイグルの阿拉山口までの1200km)が2004年9月に着工、06年7月には稼動を開始した。第二期工事(カザフスタンのアティラウ~阿拉山口の3000km)は05年3月に着工。またパイプライン建設と平行して、石油精製工場(1000万トン規模)とエチレン工場(120万トン規模)も建設しており、地域全体を活性化させるプロジェクトとなっている。
 トルクメニスタンと中国を結ぶパイプライン(1833km)も2009年に完成している。これはトルクメニスタンの天然ガスをウズベキスタン、カザフスタン経由で中国に輸送するもので、2009年12月にトルクメニスタンで四カ国首脳が始動ボタンを押して完成を祝した。四カ国がエネルギールートでつながったわけだが、これはロシアの影響圏を完全に侵食することとなった。中国石油天然ガス集団(CNPC)は30年間にわたり、年間300億立方メートル以上の天然ガスを輸入することになっている(カザフ産も含めると最終的に年間400億立方メートルの予定)。
 さらに2011年、トルクメニスタン-中国の第二分岐パイプラインができたことで、ウズベキスタンの天然ガスも中国へ輸送されるようになった。現在、中央アジアにおける旧ソ連主要三カ国のエネルギーが、中国に輸出されている状況だ。
②中央アジアと中国のエネルギー協力の意義
 中央アジアの国々は、不条理な条件の下、ロシアへの天然ガス輸出を強要されてきた。ロシア以外への輸出では、少量でも多額の手数料をロシアから徴収された。そのため、ロシア以外では少量をイランに輸出するのみだった。一方ロシアは、中央アジアから安くガスを輸入して、欧州に高く売りつけていた。
 しかし、中国へ直接輸出できるようになったことで、中央アジア諸国は重要な経済基盤を確保できるようになった。つまり、中国-中央アジアにおけるエネルギー協力は、中央アジア側の「販路の多様化」というニーズと、中国側の「資源確保」という思惑が合致したものなのである。中央アジアの政治経済体系はロシア中心から、明らかに転換しつつある。
 一方で、中国からの巨額の援助は資源目当てでしかない、という不安の声が中央アジアの一部の住民から出ているのも事実だ。一部では抗議運動が起こり、政府との摩擦に至るケースもあったが、それでも、全体的に見れば、中央アジアの政府も住民も概ね中国の進出には好意的である。
③ロシアの反応
 「勢力圏の維持」を外交の根幹とするロシアにとって、中央アジアにおける中国の進出を看過できるはずはない。しかし、名目的には中国向けパイプラインに支持を表明している。それでも、以下の3点には危機感を強めている。
(ⅰ)中国が中央アジアのエネルギー網を手中に収めながら影響力を強化しつつあること。
(ⅱ)中央アジア産天然ガスの独占と買い叩きが不可能となること。
(ⅲ)ロシアのシベリア産天然ガスの対中輸出において、価格的にトルクメニスタンが直接の脅威になること。
 長年、ロシアは中国との天然ガス契約で揉めてきた。しかし、2014年のウクライナ危機以降、ロシアガス不買運動が欧州で起こる中で、中国への大型のガス供給契約が合意された。エネルギー問題では、ロシア自身が中国に頭が上がらない部分がある。対中国、対中央アジア、対欧州など、ロシアはエネルギー政策における全般的な変更を迫られている。ユーラシア全体のエネルギー貿易図にも大きな影響が出る可能性は高い。

(4)2016年の激震
①トランプショックの影響
 トランプ大統領の誕生は世界に大きな衝撃を与えた。トランプは選挙期間中、日米安保における拠出金などで不満を述べていたため、今後の日米関係が懸念されていた。しかし、安倍首相の訪米時の様子を見ても、当面は問題ないだろう。また、トランプは大統領就任直前に、台湾総統と電話会談をするなど、中国も強く警戒していたが、安倍首相訪米直前に、改めて「一つの中国」認識を示して、中国も一安心した。
 日米関係の緊密化は日露関係には悪影響を与え、中国も警戒感を示す。逆に、米露関係の進展は、日露関係にも好影響をもたらす可能性が高い。そのため、米露関係の動向に日本も注目しているが、現実にはぎくしゃくしつつある。
 トランプ政権はNATO軽視だとも言われ、バルト三国やウクライナなど、日常的にロシアの脅威を味わっている国々はそれを危惧していた。しかし、マティス国防長官らの訪欧によってNATO重視も確認された。
 他方、2016年12月の訪日直前にプーチンの対日姿勢が硬化した。その理由について、一部マスコミは「トランプ現象の影響だ」と報じたが、私はそうは思わない。訪日直前に、北方領土に地対艦ミサイルが設置され、二島返還に対してもプーチンが難色を示したわけだが、既に2016年3月には地対艦ミサイル設置の計画は発表されていた。北方領土についても、もともと二島ですら返還する気はなかったという意見が有力だった。たとえ現状でトランプがロシアに友好的と見られていたとしても、その姿勢が大統領就任後も不変であるかどうかはわからない。ロシアのように外交に慎重な国が、今後どう傾くともわからない指導者にすべてをかけて、日本に対する外交方針を一変させるとは考えにくい。他方、トランプ政権による旧ソ連諸国への進出には警戒しているだろう。ビジネス面での米国の勢いがロシアの勢力圏に入ることを警戒している。
②ポピュリズムの台頭
 ポピュリズムの問題は、2016年にBREXITやトランプ候補の米大統領当選が現実になることで、声高に論じられ始めた。しかし実際は、「2008年の金融危機とそれに続くリセッションの余波」として説明する方が適切といえる。その背景には、市民の要請に対する政府の対応能力が低下していることも一因として上げられる。
 右派ポピュリストは移民問題を国家アイデンティティの危機として、声を大にして問題視している。実際に、シリアからの移民問題が欧州の安定を揺るがしており、強硬姿勢の指導者が支持を受けやすい状況となっている。ポピュリズムの台頭が「新しい妖怪」と欧州で呼ばれる一方で、プーチンはかなり以前から欧州のポピュリストを支持してきた。2013年頃から欧州の右派ポピュリストと接触し始め、資金援助もしてきたのである。2014年の選挙では、すでに反緊縮、反EUを掲げたポピュリスト政党の勝利が目立っていた。イギリス、フランス、デンマーク、ギリシアにおける議会選挙で、ポピュリスト政党が1位となった。その他、イタリアでは2位、フィンランドでは3位、スペインでは4位と健闘していたのである。このように、ポピュリズムの台頭は昨年突然始まった現象ではない。
 とはいえ、BREXIT、トランプ当選、イタリア与党の敗北などの昨年(2016年)の動きは象徴的だった。オーストリアだけは、緑の党(与党)が50.3%でかろうじて勝利し、選挙での激震を回避した。
 このように2014年から顕著になってきたポピュリズムの台頭をより鮮明にしたのは「難民問題とテロ」だった。昨年末、ベルリンで起こったトラックによるテロ(12人死亡)により、ドイツのメルケル首相も大きな打撃を受けている。容疑者が移民のチュニジア人であったため、欧州での反移民の風潮がさらに高まった。

(5)今後の展望
 2017年はEU主要国で選挙が立て続けに行われる。3月のオランダ下院選挙、4-5月のフランス大統領選挙、6月のフランス国民議会(下院)総選挙、秋にはドイツの下院議員選挙などが予定されており、それぞれポピュリズムの後押しを受けた右派の勢力の台頭が予測されている。もしEUが大きく変化するようなことになれば、ロシア、米国など、世界のさまざまな関係図式に影響を与えることになる。
 世界全体の流動性はますます高くなっており、それはしばらく継続する傾向にある。全体像がまだよくわからないトランプ政権の動きや、欧州の選挙結果次第では、今年も大きな変動(EUの縮小・解体などの可能性など)が十分考えられる。これらの出方次第で、プーチンの動向も変わってくるだろう。
 ただし、ロシアが置かれている状況が大きく好転することも考えにくい。産業構造の多角化を叫びながら、資源頼みの現状はほとんど変わっていない。中央アジアにおける覇権争いでも、中国に負ける兆候はすでに見え始めている。極東を独自で開発する資金も能力もなく、現状では極東につけていたお金をクリミアに回している。近年注目されてきた北極海航路もコストがかかりすぎて、経済的試算が見込める段階ではない。それでも、巧みな戦術を駆使して、国際社会の中で大国としての存在感を維持しているのが、現ロシアの姿だといえるだろう。米露蜜月は難しいものの、プーチンがトランプ政権に期待することに大きな変化はない。対露制裁を解除し、ロシア国内やウクライナ、シリアにおけるロシアの自由度を容認してくれることだ。
 日米関係では、少なくとも現在の安倍・トランプ関係を見る限り、比較的希望が持てる状況だが、日露関係は楽観視できない。昨年の首脳会談の果実と言える共同経済活動も、早急に始まらなければロシアは待てないと言っている。近々の北方領土返還はほぼ絶望的な状況だ。
 ただ、ロシアとしては北方領土の発展には日本の力が必須だと感じている。安倍政権が掲げた「8つの経済協力」をはじめ、日本の顔が見える援助を極東・北方領土で続けていけば、ロシアにおける日本のプレゼンスも高まっていくだろう。
 中露関係では、中国の経済減退が懸念材料である。トランプ政権が6兆円の軍事費増強を発表したが、ロシアが軍事力を増強するのは難しい。中露の合同軍事演習などで、軍事的プレゼンスを米国に見せつける機会が増えるかもしれない。
 昨年に引き続き、2017年も想定外の変化が生じる可能性は高い。日本も世界も、変化に柔軟に対応する政策形成が求められる。

(本稿は、2017年3月4日に開催した政策研究会における発題内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授
著者プロフィール
1995年慶應義塾大学総合政策学部卒。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了・同博士課程単位取得退学。その後、東京外国語大学准教授、静岡県立大学准教授等を経て、現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。この間、米コロンビア大学ハリマン研究所研究員を務めた。2006年博士(政策・メディア)。専門は、国際政治、旧ソ連政治研究、紛争・平和研究。主な著書に、『旧ソ連地域と紛争―石油・民族・テロをめぐる地政学』『コーカサス-国際関係の十字路』『ロシア 苦悩する大国 多極化する世界』『未承認国家と覇権なき世界』『アゼルバイジャン-文明が交錯する「火の国」』他多数。

関連記事

  • 2020年8月26日 平和外交・安全保障

    ウクライナ危機の世界史的意義 ―ロシア・ウクライナ関係史の視点から―

  • 2018年4月9日 平和外交・安全保障

    日本の外交戦略:北朝鮮・中国・ロシア、そして長期的ビジョン

  • 2018年9月3日 グローバルイシュー・平和構築

    中国の軍事外交と国連PKO ―存在感を増す中国にどう向き合うか―

  • 2019年1月15日 平和外交・安全保障

    米露・米中関係の悪化と日EU関係

  • 2013年11月28日 平和外交・安全保障

    新中華帝国を画策する習近平政権と日本の対応 ―軍と一体化した反日姿勢とその野望―

  • 2018年5月30日 平和外交・安全保障

    習近平政権の宗教政策と中国カトリック教会の処遇