習近平の対外政策と日本の戦略

習近平の対外政策と日本の戦略

2023年6月3日
1 中国外交の変化:戦狼外交から“平和の仲介役”外交へ

 今年3月に開かれた全人代(全国人民代表大会)で、習近平は国家主席として異例の3期目入りを果たし、自らの権力基盤をさらに強固なものとすることに成功した。そのような権力の集中と独占を背景に、第三期習近平政権の外交政策にも変化が生まれつつある。一言でいえば、威嚇や恫喝を用いる“戦狼外交”が影を潜める一方、国際紛争や国家対立の解消に積極的に関与する「平和の仲介役」として中国が振舞い始めるようになったのだ。
 中国の対外政策から強圧的覇権主義的な外交が完全に姿を消したわけではない。南シナ海や台湾など周辺の諸国・地域に対しては、これまで同様に大規模軍事演習の実施や戦闘機などによる領空侵犯、一方的な海域・島嶼の占有等力を背景とした強圧的外交を続けている。
 だがそれと並行して、今年に入り中国は、長年敵対関係にあったサウジアラビアとイランの関係修復の仲介役を果たした(3月10日)ほか、ロシアとウクライナの双方に停戦を呼びかけ、停戦実現を求める文書(「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場」)を発表した(2月24日)。またモスクワに飛んだ習近平国家主席は、ロシアのプーチン大統領との首脳会談でウクライナ戦争について協議、「責任のある対話が最良の道」と強調し和平を呼びかけ(中露共同声明)、さらには習近平はロシアのウクライナ侵攻以来初めてゼレンスキー大統領と電話会談を行い、仲介役として建設的な役割を果たす姿勢を強調し、和平交渉を推進するため中国政府の特別代表をウクライナに派遣すると表明した(4月26日)。
 このほかにも中国は、国軍と民主派が対立し和解の目途が断たないミャンマーや、米軍撤退後タリバンが復権し混乱が続くアフガニスタンの秩序回復に乗り出す動きも見せている。

2 中国主導の世界秩序構築を目指す習近平政権

 中国が和平の仲介役に動きだした狙いは何か。まず戦狼外交の負のイメージを払拭すること、そして世界をリードする大国に相応しい平和志向国家の姿を作り出すことにある。そのうえで米国が“世界の警察官”の役割を放棄し地域紛争の解決が滞っている現状を巧みに利用し、中国がその解決に動くことで米国主導の国際秩序に代わり中国を中心とした新たな国際秩序の構築を目指していると思われる。
 自由や人権などの価値観を強調し、その諾否で各国を区分する米国流の善悪二元的アプローチを中国は採らず、専ら現実かつ実利的な視点に立ち妥協成立を優先させる手法を重視している。中国は事あるごとに米国の民主主義だけが民主主義ではないと主張している。一帯一路の経済援助に加え、中国共産党の意志決定の迅速さや効率性をアピールし“中国流の民主主義”をアピールすることで、独裁や権威主義が支配する多くの途上国の支持取り付けを狙っているのだ。
 それは、世界秩序の形成には自由主義勢力と権威主義勢力の狭間に立つグローバルサウスを取り込むことで中国流の秩序をグローバル化させる必要があるからだ。同時に中国は欧米諸国間の分断を図り、自由主義陣営の弱体化も企図している。訪中したマクロン大統領が米国追随の外交を否定したのは、その成果の表れともいえる。

3 中国の対日政策

 では中国の対日外交は、どのように変わるのか。現在の日米関係は過去にない程緊密良好であり、他方日本人の対中感情は悪い。そのような状況下で中国が日本に威圧的な姿勢を露骨に見せれば、日米同盟をさらに強固なものとさせてしまう。そうした愚を避けるため、尖閣諸島に対する領有権誇示や南西諸島周辺での軍事行動は継続させるが、表面上対日外交のスタンスを極端に変化させることはないだろう。
 ただ機を見て習近平訪日のカードを切ることは予想される。また経済回復を図るには日本の技術が必要なため、日本の企業財界への働きかけや取り込み工作を積極的に進め、日中経済のデカップリング阻止に動くと思われる。さらに世論工作や宣伝活動を活発化させ、日中友好を強調、演出すると同時に、日本の対米追随や歴史認識を批判して日米離反や日韓対立を煽り、日米同盟の弱体化や日米韓の分裂を促そうとするだろう。
 安全保障面では注意を要する。中国が「核心的利益の中の核心」と位置付ける台湾への日本の関与や支援を排除する目的で、中台紛争や米中紛争に日本が巻き込まれる危険を殊更に煽ることで反撃能力の整備や日米防衛協力の推進を妨げ、さらに日台の接近阻止に動くことが予想される。反中包囲網形成を防ぐため、日本とフィリピンやベトナムなどASEAN諸国の間に楔を打ってくることも考えられる。既に呉江浩 駐日大使はそのような動きを活発化せている。

4 政策提言:日本が採るべき対中戦略

 こうした習近平政権の対日外交に対し、日本はどのように対応すべきであろうか。ここでは、以下の5本柱の外交・安全保障戦略を提唱したい。

 ①米国に指導力発揮を慫慂・・・中国が米国に取って代わろうとする動きを阻むには米国に“世界の警察官”としての自覚を促し、国際問題に積極的に関与するよう促すことが必要だ。

 ②中国主導の世界秩序構築の脅威を警告・・・G7やQUADなどの国際枠組みを通じ自由で開放的な国際秩序の意義と重要性を説き、現在の世界秩序が中国に崩されぬよう行動すべきだ。欧州諸国と連携を強め、またG7を第二の国連に格上げさせる取り組みも一考だ。 

 ③中国周辺諸国との連携強化・中国国内の民主化・・・米欧だけでなく、中国の周辺に位置するASEANやインド、中央アジア諸国との関係も強化し、権威主義の膨張を阻むとともに、ウイグルや香港等中国国内における人権や民主主義弾圧の実態を世界に訴え続ける必要がある(対中人権外交の強化)。

 ④経済安全保障体制の強化・・・米欧との連携の下に経済安全保障体制の整備強化を急ぎ、先端技術の漏洩窃取の防止や不正な貿易ルールの排除に努め、日本が中国経済に取り込まれないようにすることが肝要だ。

 ⑤日本の防衛力強化と台湾侵攻阻止のための抑止力向上・・・中国の軍事的脅威に対処するとともに中国の台湾への武力侵攻を防ぐためにも、日米の防衛協力を深化させると同時に日本の自主防衛力を高め抑止力の向上を図るべきだ。“戦える自衛隊”への脱皮が抑止力強化の最上の方策である。平和国家の名の下、検討することをタブー視してきた一連の安全保障政策(核の共有、非核三原則、武器輸出禁止)の見直しも急がねばならない。

 これら一連の外交・安全保障戦略と並行して、国内においては、中国の諜報活動や違法な海外警察の取り締まり、さらにSNSなどを用いた偽情報流布などによる世論工作を防ぐため、スパイ防止法の制定をはじめ対諜報及び対情報政策の強化を急がねばならない。

(平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

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